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ジェネリックの艱難:価格競争、非対称情報、そして販売戦略

The unexpected consequences of asymmetric competition: An application to Big Pharma

Micael Castanheira, Carmine Ornaghi, Georges Siotis 01 March 2017 

 

市場は競争的であればあるほどよい、経済学者は伝統的にそう信じてきた。しかし私たちの今回の研究では、経済学者たちの信条に反し、市場における競争と配分効率の間にはそれほどまでに強い関係がないことが検証された。先発薬の特許が切れるとジェネリック薬(後発薬)の参入が可能となり、市場は競争へと移行する。ここで製薬会社が用いる戦略には価格競争以外のものがあり、それゆえ競争の導入が配分効率を上げる結果とはならない。それはまた、社会福利への問題提起となる。

 

著者註:この記事はMaria-Angeles de Frutosと共著の論文を基としている。

 

 

医療費及び医薬費の上昇は新聞紙面のトップをにぎわせている。政府はあの手この手で経費削減を図るが、時にそれは品質を危うくする結果となりかねない。薬価高騰への対抗策として考えられたのがジェネリック薬の普及である。しかしこの記事では、ジェネリック導入策が期待ほどの効果を上げない理由を解説する。

 

ジェネリックの競争:強みと陥穽

 

ジェネリック薬について述べる際、1984年のハッチ・ワックスマン法は避けて通れない。それ以降について言うならば、ジェネリック薬の使用は時に規制を用いてまで推し進められることとなった。その考え方はごく単純なものだ。新薬(先発薬)の開発には膨大な経費がかかるのに比べ、特許が切れた後、先発薬と同一成分の薬(ジェネリック薬)を他社が作るのははるかに安上がりとなる。そこでジェネリック薬を後押しし価格競争を持ち込むことによって、巨大製薬会社が薬価を高値で維持することを抑制する。

 

ジェネリック政策の成功を示す指標はいくつか見ることができる。例えば、特許失効後一年で同一成分を持つ薬のうち元もとの先発薬の市場占有率は20%未満となる(Ellison他 1997, Berndt 2002, Grabowski他 2014)。さらには、2000年代初頭以降、ジェネリック薬との競争に晒されることになった先発薬の数は飛躍的に増えている(Aitken他 2013)。

 

それにもかかわらず、医薬品への支出は増え続けている。コンティ他(Conti et al. 2015)によるなら、「アメリカ合衆国における処方箋薬への全支出は2014年単体で13%増加している」。そして、がんの治療薬などいくつかの部門では増加は31%に達する。

 

 

何十年にもわたるジェネリック導入による競争奨励政策、それにもかかわらず、なぜ製薬会社は薬価を高く保つことができるのだろう。いくつか、その原因として確認され、既に文献として発表されているものもある(例えば技術革新や人口構成の変化など)。私達はそこから今回、直近の論文中でさらに踏み込んだ検証を行った(Castanheira他 2017)。ジェネリック競争は先発薬による市場独占に風穴を開けてきた。しかしその一方でジェネリック薬の使用率は平均で下がっている。この一見矛盾した現象を説明すると次のようになる。先発薬の特許期間が終了するとその市場には同一成分を持つジェネリック薬が参入し、数多くの製薬会社間の熾烈な競争状態となる。例えばプロザックというブランド名の抗欝剤の特許が切れると、それと同一の成分を持つ、テバ・フルオキセチン、ミラン・フルオキセチンといったジェネリック薬が参入することとなった。そして、先発薬(プロザック)は市場占有を失う。しかしそこで市場を得るのは別の成分を持つ先発薬となる。この例では、ゾロフトというブランド名を持つセルトラリン系抗欝剤がフルオキセチン全体の売上を奪う結果となった。

 

私たちは1994年以降10年間のアメリカ合衆国におけるほぼすべてのジェネリック導入事例について、四半期ごとの価格、販売量、及び販売促進の程度に関するデータを用いた。図1は95の事例について、ジェネリック薬の価格と販売量の推移をまとめたものだ。ジェネリック導入から四半期にして12単位分、つまり3年後には、同一成分を持つ元の先発薬とジェネリック薬の合計では、価格が45%下がっているにもかかわらず販売量は平均で25%減少している(その期間中、薬全体の販売量は増えているので、市場占有率の減少は更に顕著となる)。

 

1:ジェネリック導入前後の価格P)と販売量Q)

 

Mean P: 平均価格          Median P:価格の中央値

Mean Q: 平均販売量        Median Q:販売量の中央値

 

論理的解釈と実験検証

 

競争原理に反した結果はどこから来るのか。それを理解するためには、販売量を増やす手段として二つのものを考える必要がある。第一にそれは価格である。ジェネリック薬の価格弾力性は9、つまりその市場はほぼ完全な競争市場と言える(Ellison他 1997の論文で既に同一成分間の競争では高い弾力性があることが言及されている)。第二に販売促進活動がある。巨大製薬会社では販売額のうち販売促進に使われる割合は15%にも達する(DanzonとNicholson 2012)。最も高い利益が得られる製品に需要を向ける戦略については多くの論文で指摘されている(例えば、Caves他 1991, Kremer他 2016)。

 

ここで採り上げるのが価格競争と販売促進への投資額の関係である。製薬会社はより多くの利益を生む薬に対して、より多くの販売促進を行う。公平な条件で対称的競争をしているのなら選ばれるのは最も質の高い薬であり、それは患者にとって望ましい結果となる。しかし競争が非対称の場合は状況は変わってくる。ここではジェネリック競争に晒されている薬と特許に守られている薬があるため、競争に直面している薬の販売促進を止め、安価な薬の需要を減らしてしまう。図2からこの企業戦略が明らかに見て取れる。製薬会社は特許の切れる12四半期前には販売促進をすでに減少させ始めており、図の0期日、特許が切れた期日の直後にその現象の度合いを加速させている。

 

2:ジェネリック導入前後の価格(P)と販売促進投資(A)

Mean P: 平均価格        Median P:価格の中央値

Mean A: 販売促進の平均     Median A:販売促進の中央値

 

価格の下落による影響と販売促進の減少による影響、どちらが優勢になるのだろうか。私たちの理論モデルでは、直感に反し、A, B二種類の薬剤が強い代替関係にあった場合、販売促進減少の影響が勝り、結果として競争原理に反した現象が起こる。その理由は、この場合、ジェネリック導入以前から競争は熾烈になっているからだ。それゆえ、価格の引き下げと販売促進の強化、その両方が元より行われるようになる。

 

この状況ではジェネリック導入は価格に比較的小さな影響しか与えず、販売促進の減少の影響が勝る。ここで更に私達の理論を使い、需要の弾力性と市場規模によってそれぞれの影響がどう変化するのか予測してみよう。第一に、(例えば保険の適用範囲が大きいため)需要の価格弾力性が小さいときには、競争原理に逆行し価格の下落にもかかわらず販売量も減少する傾向が強くなることが予測される。第二に、市場規模が大きくなると、同様に、ジェネリック競争の導入と共に安価な薬の消費が抑えられることが予測される。これは、大きな市場では他のブランド薬が販売促進を強化することによってより利益を得ようとするからだ。

 

経済統計を用いた検証の結果は上記の予測を裏付けるものとなった。ジェネリック薬導入のみの影響により、それと競合状態にある特許薬は平均で市場占有率を12%伸ばしている。この効果は別の治療法が存在する場合、4%下落する。病院では未だブランド化されている薬の市場占有率は、薬局に比べてそこから更に3%下落する。病院は薬局に比べ、価格による影響を受けやすい。そして市場占有率の伸びは「小規模」市場で更に7%の下落が見られた。

 

デ・フルトス他によれば、製薬会社の販売促進投資が特定のブランド薬に対する患者の愛着を強める(De Frutos et al.)。これは私たちの研究と多く一致を見ることができる。私たちはこれに加え、製薬会社は利益を生まなくなった薬への愛着を他に向けるよう働きかけることも確認した。

 

結論

 

市場は競争的であればあるほどよい、それは経済学者共通の信条となっている。情報の非対称性が著しい場合など、いくつか、明らかにその信条に反する例外も確認されている。しかし、競争は市場効率と社会福利を向上させる、という認識は大筋で変わっていない。

 

しかし私たちは、経済学者共通の信条に反し、競争と配分効率の関係はそこまで強いものではない、と主張する。価格の引き下げのみが企業が顧客を惹きつける手段ではない。広告もブランド管理への投資もまた、その手段である。それら多くの手段が市場に影響を与え、そして時には競争の導入が予想とは逆の結果を招くことになる。なお、競争圧力が強まると、企業の持つ価格以外の手段が効力を持たなくなる。そしてこれら私たちの主張が机上で練られただけの理論ではないことに留意いただきたい。私たちは1兆ドル規模の製薬市場の現実に即してこれらの予測を確認した。特許が切れていない薬剤に対しては競争圧力が有効にかけられていないのだ。

 

以上のことをふまえてもう一歩話を社会福利に進めてみよう。ジェネリック薬の市場参入後に患者の余剰(消費者余剰)が増えるための十分条件は、均衡状態で特許薬の市場占有率が下がることになる。現実にはその条件がかなうことは滅多にないので、非対称型の競争は往々にして患者に不利益となる。更には、ジェネリック薬の参入による市場占有率の変化が市場配分を最も効率のよい状態近くまで導くのは何時か、その答を私たちのモデルを使って裁定するなら、それは決して起こらない、となる。そして、販売促進活動の禁止はその解決策とはならない。

 

市場の自由に任せた結果を見るなら、ジェネリック促進への公的な介入は当然と考えられる。ヨーロッパにおいてはそれは主に社会保障制度のための仕事、となる。政府介入の範囲が限られているのなら、治療を可能な限り安価に受けられるようにするのは、個々の消費者の手に委ねられる。アメリカ合衆国ではジェネリック導入後に他の特許薬に転換しないように、第三者である負担者が強い誘引策を始めている。これらの動きは競争のもたらした逆効果への内発的な反応と言える。市場は価格が調整役となることによって効率的に機能する、という見解は薬の市場では成り立っていないように見える。

 

 

References

Berndt, E R (2002), “Pharmaceuticals in US Health Care: Determinants of Quantity and Price”, Journal of Economic Perspectives 16(4), 45-66.

Castanheira, M, C Ornaghi, G Siotis, and M-A de Frutos (2017), “The Unexpected Consequences of Asymmetric Competition. An Application to Big Pharma”, CEPR Discussion Paper 11813. 

Caves, R E, M D Whinston, and M A Hurwitz (1991), “Patent expiration, entry, and competition in the US Pharmaceutical Industry”, Brookings papers on Economic Activity: Microeconomics, 1-23.

Conti, R, E Berndt, and D Howard (2015), “Cancer drug prices rise with no end in sight”, VoxEU.org.

Danzon, P M, and S Nicholson (2012), Oxford Handbook of the Economics of the Biopharmaceutical Industry, Oxford University Press.

De Frutos, M A, C Ornaghi, and G Siotis (2013), “Competition in the pharmaceutical industry: how do quality differences shape advertising strategies?”, Journal of Health Economics, 32, 268-285.  

Elison, S, I Cockburn, Z Griliches, and J Hausman (1997), “Characteristics of Demand for Pharmaceutical Products: An Exploration of Four Cephalosporins”, RAND Journal of Economics, 28 (3), 426-446.   

Grabowski H, G Long, and R Mortimer (2014), “Recent trends in brand-name and generic drug competition”, Journal of Medical Economics 17 (3):207-14.

Kremer, M, C Snyder, and N Drozdoff (2016), “Vaccines, drugs, and Zipf distributions”, VoxEU.org

経済学の革新を君に、そして新しい枠組みへ

Samuel Bowles, Wendy Carlin 07 September 2017, VoxEu.org

A new paradigm for the introductory course in economics

サミュエル・ボウルス、ウェンディ・カーリン 2017年9月7日 VoxEU

現在用いられている経済学初級課程の枠組みは、1948年にサミュエルソンによって書かれた教科書を基としている。しかしこの初級課程は経済学それ自体の劇的な発達を反映した内容とはなっていない。例を挙げるなら、不完全情報の理論と戦略的相互行動理論、これら二つは経済学において欠かすことのできない革命的発展となるが、初級課程で積極的に教えられることはない。更に経済学は、気候変動、発明と革新、経済の不安定性、格差の拡大など、その時々に直面する社会問題に絶え間なく取り組んできた。これら公共政策と経済学の関わりもまたそこで扱われることはない。これらをふまえ、私たちは経済学の発展に対応した無料の参加型オンラインテキストを作成するに至った。それは既に、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(以下、UCL)、パリ政治学院、トゥールーズ経済学院で初級経済学の標準教科書として使われている。

 

経済学者が学生に隠していることがある。実は、経済学の初級課程で教えている内容は、経済学者が実際に取り扱っているものとはかなり違っているのだ。ジョン・メイナード・ケインズ、フリードリヒ・ハイエク、ジョン・ナッシュ、これら二十世紀半ばの偉大な経済学者による三者三様の思想は徐々に経済学の世界に浸透し、経済学の理解を新たなものとした。しかし今日の初級課程に組み入れられているのは、このうちの一つだけだ。

「雇用、利子及び貨幣の一般理論」(Keynes, 1936)が出版されてから12年後、ポール・サミュエルソンは総需要という概念を中心とした教科書を記した。そしてこの教科書は、アルフレッド・マーシャルの「経済学原理」(Marshall, 1890)に替わり、英語圏における初級課程の教科書として圧倒的な地位を築いた。

サミュエルソンの「経済学」(Samuelson, 1948)はすぐにすべての経済学者が知るべき標準の知識となり、トーマス・クーンによるならそれは新しい枠組みを創り出した。これが意味するところは、研究者一般が世界を理解するための一連の基礎知識であり、そして初級教科書に取り入れられることによってその分野における共通の知識となる。経済学の世界においてマーシャルとサミュエルソンの著作以前でこれに当てはまるものを挙げるなら、ジョン・スチュワート・ミルの「経済学原理」(Mill, 1848)まで遡ることになる。

ハイエクの理念の中心にあるのは、情報の不完全性と非対称性、そして情報を効率的に処理し分配する場としての市場という概念である。その理念は、労働市場と金融市場における、競争による市場形成と不完全契約の理論の基礎となっていった。

ナッシュはゲーム理論の先駆者にして開拓者として知られる。彼はジョン・フォン・ノイマンとオスカー・モルゲンシュテルンの概念を基に、経済的もしくは政治的な状況における相互作用型の戦略行動をモデル化した。従来の経済学では当然の認識として、人は価格受容者として費用と便益が定まった選択肢の中から最適なものを選ぶ、とされてきた。しかしナッシュの見解ではそれがすべてではなく、人は互いに他人の反応を予測しながら自分の行動を決定していくものとした。それは、経済学の世界に新しい視点を与えた。

総需要、不完全情報下での経済の中心的役割、ゲーム理論による戦略的相互行動のモデル化、これらケインズ、ハイエク、ナッシュによる功績は多くの経済学者に引き継がれ、その後の経済思想の基礎となった。20世紀の終わりを待たずして、これら三つの経済学上の革新は大学院レベルで標準的に教えられるようになっている。それは、最もよく使われている経済学の教科書(Mas-Colell et al. 1995, Romer 1996)の目次を見ただけでもわかる。

経済学者は何を知り、そして学生は何を得るのか

しかし大学学部レベルでは事情は根本的に異なる。現在大学で使われている教科書の内容はサミュエルソンを基本としたものが圧倒的であり、その枠組みはマーシャルとケインズを足したものとなっている。情報の非対称性もしくは偏在性、ゲーム理論を基とした戦略的社会相互行動モデル、これらは初級コースの中では補足的に紹介されているに過ぎない。(フォン・ノイマンはサミュエルソンを辛辣にもこう評している。「30年を経てもなお彼はゲーム理論を習得していない」)

当然の結果として、その由来とは裏腹に、学生は不完全情報理論も戦略的相互行動理論も標準理論の一部修正版と捉えてしまう。完全情報を前提とした契約の完全性(さらにはそこから来る競争市場の均衡)も、競争市場への参加者を価格受容者とすることも、経済学では公理とされていたことであり、だからこそハイエクとナッシュの功績は標準理論への挑戦であった。

ここにおける課題は、不完全情報と戦略的社会相互行動の理論を取り入れた学部レベルの教科書となる。サミュエルソンが総需要の概念を教科書に取り入れたように。これが、私達COREチームが初級経済学の教科書として’The Economy’を作成するに至った第一の動機である。この教科書が新しい枠組みの構成の一助となり、そして経済学の革新的概念を効率的に初学者に教えるための道具となれば幸いである。’The Economy’は現在、オンラインテキストとしてすべての人に解放されている。また、従来型の紙の本としても入手可能である。(The CORE Team 2017)原註1

ハイエクとナッシュの革新を反映させることは’The Economy’を作成するにあたり心がけてきたことである。一方で、ハイエクの「政府の権限は所有権の保護など市場を機能させるためのルールの執行に制限されるべき」とする主張は、気候変動をはじめとする市場の失敗、そして経済の不安定性を考えるなら、疑わしくなる。

同様に、人間の行動と知覚能力を扱う研究という見地からすれば、ナッシュには実証性を伴った概念構成が求められる。人間の知覚能力の有限性、そして個々人の協力の持つ偉大な可能性、これら二つを統合することによって、土台となる概念としてはるかに適切なものを作ることができる。ケインズにも似たような調整が必要となる。ケインズは楽観的にも、政府の需要調整政策は長期では非自発的失業をなくすことができると考えている。私達はこの見解を検討すべく、モデルの作成と実証を試みた。

表1はサミュエルソンに代表される標準的枠組みと、COREによる枠組み、その基本理念の比較である。ベンチマーク・モデルとは基準として学生に示されるものであり、それと比較して例外を学ぶこととなる。例えば、競争市場は標準として示され、独占的競争がその延長で学ばれる。

表1:サミュエルソン型とCOREの枠組み比較

表1を見ればわかるように、新しい枠組みは従来のものとは随分と違う。競争行動を例にとって解説してみよう。ハイエク(Hayek, 1948)の指摘では、市場参加者を価格受容者とし市場を均衡状態にあるとする仮定は、競争市場の真摯な分析を見事にできなくする。ここにおける彼の競争の定義は、サミュエル・ジョンソンに倣い、「誰かが手に入れようとしているのと同時に他の人も同じものを手に入れようとしている状態」となる。

ハイエクの指摘はこう続く。

「では、その言うところの『完全競争』が行き渡っている市場では普段使われているどの販売手法が可能なのだろうか。広告、値下げ、更には商品及びサービスの改善(あるいは、差別化)、そのすべてが完全競争の定義からすれば除外される。そう、私が信じるところでは何一つとして使うことができない。『完全競争』とは、実のところ、すべての競争行為がなくなっている状態ということになる。」

‘The Economy’では、競争市場参加者は完全な均衡価格をただ受け入れる者ではなく、「完全なる競争者」(Makowski and Ostroy 2001) として次のように置き換えられる。市場は常に均衡状態にあるわけではなく、それはまたそこに附余利益が存在し得ることを意味する。そして、競争を阻む要因も存在する。その下で市場参加者は競争者として附余利益を得るために、入手可能な(しかし不完全な)情報を使って市場活動を行う。その市場活動の過程で市場はパレート有効な均衡へと向かう。

新しい枠組みでは競争市場が均衡に達するまでの道筋を納得できるものとして説明するだけでなく、その帰結を根本的に違った形とする。貸し手と借り手、雇用主と雇用者が非対称な情報下でのプリンシパルとエージェントとなり、その関係を規定する契約は不完全なものであるなら、金融市場も労働市場も競争市場における均衡点で落ち着くことはない(Stiglitz 1987)。

量的な制約があることを初期段階で学生に促しておくことによって、ケインズ乗数における資金的制約や長期失業などのマクロ経済学上の現象を説明するのにその場限りの仮定を用いる必要はなくなる。更には、評判、義理や愛着心、社会規範などが行動の決定要因として働く市場を学生が経験に基づいた感覚でとらえられるようになる(Brown et al. 2004)。

経済学の概念を現実の問題に即した形で教える

COREプロジェクトの第二の狙いは、学生が経済問題として懸念している事柄と授業で教えられている内容の間の乖離をなくすことにある。過去四年間、私達は多くの国の教室で次の質問を投げかけてきた。「経済学者が解くべき、最も差し迫った問題は何か」。図1はベルリンのハンボルト大学の学生たちが与えてくれた答をワードクラウドにしたものだ。それぞれの語句の大きさはそれを挙げた学生の数に比例している。

図1:「経済学者が解くべき最も差し迫った問題は何か」2016年のハンボルト大学の学生による答

シドニー、ロンドン、及びボゴタの学生によるワードクラウドもベルリンのものと非常に似通っている(それらのワードクラウドはwww.core-econ.orgのサイトから見ることができる)。更に特筆すべきは、2016年にイングランド銀行の新入社員(ほとんどは大学時に経済学専攻)、ニュージーランド財務省及び準備銀行の経済専門職員をはじめとする職員に同じ質問をしたときの答だ。そのどこでも同じように経済格差(原文ではinequality)に対する懸念があった。フランスでは失業への関心が目立っていた。気候変動と環境問題、自動化技術、財政の不安定はすべてのところで関心が高いものとして挙げられていた。

表2の左側の列には、上記の質問を通じて得た「経済学者が解くべき」問題のうち最も重要とされるもの、そのいくつかが挙げてある。右側はその問題の理解に必須となる経済学の概念である。表1と表2、両方の右側の列には類似が見て取れる。学生たちが挙げた問題の理解に必須とされる概念と、今までの初級課程では十分な関心が払われてこなかった経済学の新しい発展内容、これらは互いに補完し合うものなのだ。

表2:問題と経済概念

 

COREは現実の問題に即して概念とモデルを教えることによって、学生が学び取る経済学と経済学者の使う経済学の間の乖離を小さくしていく。経済学が経験実証型の学問となっていく(Angrist et al. 2017)にもかかわらず、標準的な教科書ではデータは主にモデルを公理として見せるために用いられる。対してCOREの教授法においては、データは現実の経済問題を理解するために用いられ、モデルはその理解を助けるものである。

表1の右側に挙げた枠組みには更なる発展が必要であり、またマーシャル、ワルラス、ケインズに見られるベンチマークのように単純な概念とはなっていない。しかしその単純化された概念を基としたモデルは、実際に観測される結果からかけ離れることが多くあることから、不適切と認識されるようになってきている。

ここで、また別の20世紀半ばの経済学者、アバ・ラーナーの臆説を挙げよう。ここでは情報は完全であり、それゆえ契約も完全だと仮定しよう。ラーナーの主張では、標準的な枠組みが成功した理由は次のようになる。

「経済活動とは、つまり既に解決されている政治問題だ。...経済学が社会科学の女王という称号を得ることができたのは、その領域を解決された政治問題に置いたことによる。」(Lerner 1972)

続けて、ラーナーの説明では経済取引上のすべての利害対立は裁判所によって強制可能な、契約によって解決される。そしてその強制は取引者が行うものではない。「解決策は、原則的に政治問題から経済活動への対立の転換だ。」

標準モデル、それは経済学を孤立させるもの

もし完全契約を基とした標準競争モデルのみを認めるなら、そこに政治の出る余地はない。労働者がその同意の通りに一生懸命に仕事をしないなら、賃金が支払われないだけだ。雇用主は雇用者に何の権力を振るう必要もない。首になる恐れを与えることさえも。企業活動の結果が会社に利益をもたらすことは契約によって保障されているのだから。次に挙げるサミュエルソンの所見は、標準的な枠組みの持つそういった特徴に誘発されたものだ。

「完全競争市場では誰が誰を雇うかは問題ではない。だから、たとえ労働が資本を雇うとしても。」(Samuelson, 1957)

完全契約を前提とするなら、人を雇うときに応募者の性格など気にする必要はない。十分な規律を持って仕事に当たってくれるか、とか更に例えば、就労時間中に友達にメールをしたりしないか、などといったことも。古いベンチマーク・モデルではこれら多くの前提を作りそれによって、経済学は「社会科学の女王」となることができた。しかしそれは、その前提に合致しない智見を無視し、孤独な統治者となることでもあったのだ。経済学者が無視してきた智見を列挙するなら次のようになる。

● 法学者による。現実社会における契約とその執行の難しさ。
● 心理学者と社会学者による。実際の人間の動機付けと思考処理過程。
● 哲学者と市井の人々による。経済上の正義、個人の自由と尊厳、これらに触発される憂慮と思索。
● 政治科学者による。会社における上意下達構造の理解に不可欠な、権力の研究。
● 歴史学者、人類学者、考古学者による。多様な統治制度の研究。統治制度は我々の経済生活と社会動向を形作り、それが将来の発展を継続させる。
● 生物学者、環境学者をはじめとした多くの人々による。経済を生物圏の一部と捉え、本質的に外部性は不可避であり、そして環境の持続可能性との関連を探る。

価格、賃金、利子率、更には不平等の度合いがどう決定されていくのか、そして経済全体がどう機能していくのか、それらの理解のためにCOREは上記の智見に教わりながら枠組みを構成することとした。

果たしてその結果は

COREの一年間の初級コ課程はそれ以降の標準教科を学習するにあたり、どう働いたのだろうか。

UCLではアントニオ・カブラレスとウェンディ・カーリンによって、パリ政治学院ではヤン・アルガンによって、トゥールーズ経済学院ではクリスチャン・ゴリアーによってCOREの初級コースは教えられている。UCLを例に取れば、COREのコースを受けた学生と受けなかった学生、その間に顕著な違いが現れた。COREのコースが始まった初年の学生と、まだ始まっていなかったその前年の学生、二年目以降の中級ミクロ及びマクロ経済学の試験結果を比較すると明らかにCOREのコースを受けた学生の成績が上回っていた。二年目以降の授業内容はその前年と何も変わっていない(二年目の成績でも、経済統計学では前年の学生との違いは見られなかった。このことからたまたま優秀な学生がその年に集中していたわけではないことがわかる)。COREの教課の優劣を判断するにはまだ早い。しかし、結果は好ましいものとなっている。その理由はCOREのコースを受けた学生が経済学に興味を持ちその後も研鑽を続けているためと、私たちは解釈している。

原註1:COREの著者は以下の通り。Yann Algan, Timothy Besley, Samuel Bowles, Antonio Cabrales, Juan Camilo Cardenas, Wendy Carlin, Diane Coyle, Marion Dumas, Georg von Graevenitz, Cameron Hepburn, Daniel Hojman, David Hope, Arjun Jayadev, Suresh Naidu, Robin Naylor, Kevin O’Rourke, Begüm Özkaynak, Malcolm Pemberton, Paul Segal, Nicholas Rau, Rajiv Sethi, Margaret Stevens, Alexander Teytelboym。ReferencesのCORE Team(2017)を参照。

訳註1:ここで「市場活動力」と約した語は、原文では”market power”。”market power”の定義を‘The Economy’のGlossaryから下に引用しておく。
market power : An attribute of a firm that can sell its product at a range of feasible prices, so that it can benefit by acting as a price-setter (rather than a price-taker).

訳註2:”economic rent”を「附余利益」と訳した。”rent”も同様(「附与」ではなく、「附余」と表記されていることに注意。「附余」という単語は現在のところ日本語にはない)。その意味は、選ばれた選択肢の効用から機会費用の効用を引いたもの。つまり、機会費用と比較した選ばれた選択肢の利益。‘The Economy’のGlossaryからeconomic rentの定義を下に引用する。
economic rent : A payment or other benefit received above and beyond what the individual would have received in his or her next best alternative.

 

References

Angrist, J, P Azoulay, G Ellison, R Hill and S Feng Lu (2017), “Economic Research Evolves: Fields and Styles”, American Economic Review: Papers and Proceedings 107(5): 293-97.

Brown, M, A Falk and E Fehr (2004), “Relational Contracts and the Nature of Market Interactions”, Econometrica 72(3): 747-80.

CORE Team (2017), The Economy, Oxford: Oxford University Press (free online at http://www.core-econ.org).

Hayek, F (1948), Individualism and Economic Order, Chicago: University of Chicago Press.

Keynes, John Maynard (1936), The General Theory of Employment, Interest and Money, London: Palgrave Macmillan.

Lerner, A (1972), “The Economics and Politics of Consumer Sovereignty,” American Economic Review 62(2): 258-66.

Makowski, L and J Ostroy (2001), “Perfect Competition and the Creativity of the Market,” Journal of Economic Literature XXXIX: 479-535.

Marshall, A (1890), Principles of Economics, London: MacMillan & Co.

Mas-Colell, A, M D Whinston and J R Green (1995), Microeconomic Theory, New York: Oxford University Press.

Mill, J S (1848), Principles of Political Economy with some of their Applications to Social Philosophy, London:
John W. Parker

Romer, D (1996), Advanced Macroeconomics, New York: McGraw-Hill.

Samuelson, P (1948), Economics, New York: McGraw-Hill.

Samuelson, P (1957), “Wages and Interest: A Modern Dissection of Marxian Economics,” American Economic Review, 47(6): 884-921.

Stiglitz, J (1987), “The Causes and Consequences of the Dependence of Quality on Price,” Journal of Economic Literature 25(1): 1-48.

 

翻訳者より、追加コメント。

この記事で紹介されている、”The Economy”のオンライン・テキストは以下から読むことができます。

http://www.core-econ.org/the-economy/book/text/0-3-contents.html

紙の本購入用のAmazon.co.jpのページは以下になります。

https://www.amazon.co.jp/Economy-Economics-Changing-World/dp/0198810245/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1514982630&sr=8-1&keywords=the+economy

サミュエル・ボウルス『道徳情操と利害感情:経済的誘引は社会目的へと導くのか、壊すのか』(2016年5月26日)

Samuel Bowles, “Moral sentiments and material interests: When economic incentives crowd in social preferences,” 26 May 2016, VoxEu.

 

社会的な目標を達成するための経済的誘引――例えば公共財への寄付に対する経済的な助成――、それによってかえって高潔さや道徳に基づく動機が押し出されてしまう。こういった事例は多く見られる。この押し出し効果は「クラウド・アウト」と呼ばれる。では逆に、文明人としての美徳を促すように政策を作る、つまり「クラウド・イン」させることは可能なのだろうか。この記事では古代アテネを例に取り、近代の制度設計と公共政策に役立つ方策を探る。

 

リチャード・ティトマス(Richard Titmuss)の名著「The Gift Relationship: From Human Blood to Social Policy 」(Titmuss 1971)の要点を挙げると、高度な社会目標を達成するために経済的誘引を用いることは逆効果になりかねない、となる。彼によれば、罰金、補助金といった誘引は人に「取引感覚」を植え付け、それまでの行動規範となっていた文化的市民としての高潔さを損なうことになりかねない。

ケネス・アロー(Kenneth Arrow)とロバート・ソロー(Robert Solow)の両者が論評を寄せていることからも、この本がいかに関心を持たれていたかがうかがえる(Solow 1971, Arrow 1972)。とは言え、アローからすればそれは「実際には経験則」に過ぎず、納得できるものではなかった。しかし現在では誘引の有効性の研究はティトマスからはるかに進んでいる。

よく引き合いに出される例として、ハイファの保育所の話がある(Gneezy and Rustichini 2000)。そこでは子供の引き取りに遅れた親に罰金を課したところ、親の遅刻は倍になった。12週間後に罰金は廃止されたが、増えた遅刻は元には戻らなかった。

これは通常、「押し出し効果/クラウド・アウト」によって説明される。かつては子供の引取りに遅れ保育所に迷惑をかけるのは後ろめたい行為だった。それが罰金によって、お金で買うことのできることとなってしまったのだ。

経済的誘引政策に否定的な人にとっては、これはその象徴的な出来事となっている。しかもこれは例外ではない。過去20年間の経済学研究で研究所内及び実地において見られた、経済的誘引が押し出し効果を引き起こした例は40以上を数える(Bowles 2016, Bowles and Polania-Reyes 2012)。これをふまえるなら、経済的誘引への反対は十分理にかなっている。

押し出し効果を示す別の事例を挙げよう。ノルウェイでは入院期間に基準を設け、それを超えた場合、病院の経営者に課金をした。その結果は意図に反し、入院期間が延びることとなった。一方でイングランドでは別の方法による成功例がある。金銭的な誘引を使う代わりに病院経営者のプライドに訴えかけ、入院期間を大幅に減らすことに成功した(Holmas et al. 2010, Besley et al. 2009)。

ここで立ち返って考えてみたい。多くの場面で押し出し効果が見られるからといって、誘引策をそのまますべて否定するのは適当なのだろうか。それともまだそこには余地があるのだろうか。その答を探るべく、アリストテレス期のギリシャの例を挙げよう。そこには経済学、特に制度設計に関して学べることがある。それは押し出し効果とは反対に、社会規範への「押入れ効果/クラウド・イン」を可能とする施策だ。

紀元前325年、アテネの市民集会はギリシャのはるか西、アドリア海に植民地と海軍基地を設けるという壮大な事業の承認を行った(Christ 1990, Ober 2008)。この事業には膨大な数の人員と289隻の船を要したが、当時は国家に属する人員も船もなく、入植者、舟の漕ぎ手、航海士、兵士、さらにはこの航海に適した船を民間から調達せねばならなかった(騎兵隊を組織するため、馬を乗せられる船もまた必要とされた)。船の指揮官と支度人はアテネの富裕層から選任され、そして彼らは期日までにピレウス港に航海に適した船を用意せねばならなかった。

責務が不当に重いと感じた市民は対応請求をすることができた。他の、同様に裕福な市民を選び、その責務を代わりに引き受けてもらうか、私有財産を交換するかだ。責務の代行人として選んだ市民がそのどちらも拒んだときには、市民により選ばれた審査官が財産の大きさに基づき、負うべき責務の判断をした。

市民集会は「(ピレウス港に)最初に船を到着させた者には500ドラクマ、二番目の者には300ドラクマ、三番目の者には200ドラクマの冠をもって」その功績を褒め称え、また「評議会の布告人は…ダンゲリア(祭)において…冠を得た者の競争への情熱を市民に明示することを目的とし…その名を公示する」とした。当時の熟練職人の日給が1ドラクマ程度だったことを考えれば、その褒賞は相当のものだった。たとえ全責務にかかる費用はそれとは比べ物にならないほど莫大なものだったとしても。

褒賞による誘引の目的が誤解されないため、法令にはアドリア海海軍基地から得られる便益が記されていた。エトルリア海賊からの防衛に加え、「市民は未来の何時においても穀物の通商と輸送を得ることができるであろう」と。

そして、その名誉と褒賞に心を動かされない人に向けて警告が用意されていた。「法令の規定に従わぬものに対しては、執政に携わる者か独立した個人であるかにかかわらず、一万ドラクマの罰金を課す。」その代金は神聖なるアテナの下へ収容された。

アリストテレスが死んだのはアドリア海派遣の開始から三年後のことだ。彼はこう、書き記した。「議員は市民の信条に訴えかけるすべを知っている。…それこそが我々を成功へと導く」。これはアテネの市民集会が心に留めていたことを如実に示している。誘引と制約は市民としての品格を育成するために使い、決して道徳の欠如を埋め合わせるものとはしなかった。

要点をまとめる

  • 褒賞は名誉を称えるもの。収賄のように人を操作し誘導するためのものではない。
  • 市民集会は次のことを明示した。誘引は公的な目的の達成のため使われるものであり、特定の個人の利得のためではない。
  • 責務に対する異議申し立ての権利は計画に市民を参加させ、誘引から来る不公平を緩和する効果を持つ。

 

さて、アテネ市民がタイムマシンに乗ってハイファまでやって来たなら、問題にどう提言するだろう。ドアには張り紙が貼られている。

「保育所は子供の引き取りに遅れて来る親への対応として科料の導入に踏み切りました。(この決定にはイスラエル民間保育所管理局の許可も得ています。)来週の日曜日より、16:10以降に子供を迎えに来た親にはその都度10シェケル(この時点で約$3)を課すことといたします。」

それがアテネ市民の共感を得ることはないだろう。

アテネ流のやり方はこうだ。

「保護者評議会は時間通りにお子さんを迎えに来てくださる保護者の方々に感謝の意を表することといたしました。定刻までに来られる方々のおかげで、お子さんの不安を減少させ、職員が自分の家族の元へと遅れることなく戻ることを可能としております。一年間、一度も遅れることなく迎えに来られた保護者の方々には500シェケルの賞をもって、親と職員の懇親会において表彰することといたします。なお、この500シェケルは年間最優秀教師への褒賞として寄付することも可能です。」

付け加えるに、

「残念ながら、10分以上遅れられた方へは1000シェケルの科料を課すことといたします。科料の支払いもまた、懇親会で発表いたします。なお、科料は年間最優秀教師への褒賞へと充てさせていただきます。」

このアテネ流のやり方で押し出し効果を逆転させられるのだろうか。そう思われる。ここで更なる実例を見てみよう。

アイルランドで2002年から導入されたレジ袋税はハイファの保育所での罰金に似ている。両施策とも、その費用を少しだけ上げることによって行動を踏み止まらせようとしている(Rosenthal 2008)。しかしその結果は全く違った。制度の開始から二週間のうちにレジ袋の使用は94%も減ることとなった。この税の導入は前例とは違い、道義心を奮い起こさせたようだ。毛皮を身に着けることと同様、レジ袋の使用は社会道徳に反する、その考えを浸透させえた。

アイルランドとハイファ、その異なる結果から何を学ぶことができるだろう。ハイファの罰金とは違い、アイルランドのレジ袋税ではその道義的な目的をはっきりとさせた。導入の前に公衆参加型の審議を重ね、十分な広報活動をもってレジ袋の廃棄が環境を破壊する要因であることを認知させた。ハイファの罰金は「お金さえ支払えば遅れてもかまわない」と受け取られたのに対し、アイルランドで発したメッセージは「エメラルド島をごみから守れ」だった。

ジェレミー・ベンサムは『道徳及び立法の諸原理序説』(1789)において、懲罰は「道徳的教示」でなければならない、とした。レジ袋税は道徳的教示だったが、遅刻への罰金は違った。同様に、助成金や成果給付を使った誘引政策も賞金よりは賄賂となってしまう危険性を孕んでいる。それを防ぐためにはアテネ市民を範としなければならない。

利害感情と道徳情操、その両者は人の行動を左右する。そして個人的な利害と道徳感覚、それらは互いに補い合う(クラウド・イン)ことも、反発し合う(クラウド・アウト)こともある。ベンサムもアテネ市民もそのことをよく理解していた。

 

References

Arrow, K. J. (1972), “Gifts and Exchanges”, Philosophy and Public Affairs 1(4): 343-62.

Besley, T., G. Bevan and K. Burchardi (2009), “Accountability and Incentives: The Impacts of Different Regimes on Hospital Waiting Times in England and Wales“, LSE.

Bowles, S. (2016), The Moral Economy: Why Good Incentives Are No Substitute for Good Citizens, New Haven: Yale University Press.

Bowles, S. and S. Polania-Reyes (2012), “Economic Incentives and Social Preferences:  Substitutes or Complements?”, Journal of Economic Literature 50(2): 368-425.

Christ, M. (1990), “Liturgy Avoidance and Antidosis in Classical Athens“, Transactions of the American Philosophical Association 10: 147-69.

Gneezy, U. and A. Rustichini (2000), “Pay Enough or Don’t Pay at All”, Quarterly Journal of Economics 115(2): 791-810.

Holmas, T. H., E. Kjerstad, H. Luras and O. R. Straume (2010), “Does Monetary Punishment Crowd out Pro-Social Motivation? A Natural Experiment on Hospital Length of Stay”, Journal of Economic Behavior & Organization (in press).

Ober, J. (2008), Democracy and Knowledge: Innovation and Learning in Classical Athens, Princeton: Princeton University Press.

Rosenthal, E. (2008), “Motivated by a Tax, Irish Spurn Plastic Bags,” New York Times, 2 February.

Solow, R. (1971), “Blood and Thunder”, Yale Law Journal 80(8): 1696-711.

Titmuss, R. M. (1971), The Gift Relationship: From Human Blood to Social Policy, New York: Pantheon Books

ケビン・ブライアン『オリバー・ハートと会社の本質』

Kevin Bryan, “Oliver Hart and the nature of the firm,” Vox, 01 November 2016

 

オリバー・ハートはベント・ホルムストロームと共に『契約理論への寄与』により2016年ノーベル経済学賞を授与された。この記事が解説するのは会社の本質を理解するためにハートが成した貢献の概要である。

 

オリバー・ハートは2016年、ベント・ホルムストロームと共にノーベル経済学賞を受賞した。残余支配権(residual control rights)訳註1に関する理論は彼を有名にした。しかし近年ではそこに触れることはほとんどない。彼は自らの信条も研究課題も根本から変えてしまった。それは年齢を重ねることから来る気まぐれでも政治的な圧力のゆえでもなく、そこには測り知れないほどに賢明で思慮深い理由がある。そう、2007年のノーベル賞受賞者であるエリック・マスキンと2014年受賞のジャン・ティロールが言明しているように。ハートの功績を理解するためには経済学の一分野としての会社の理論の歴史を短く紐解く必要がある。

 

会社が本来持つ特異性については、1991年のノーベル賞受賞者、ロナルド・コースにまで遡る。しかしまずは2007年のノーベル賞受賞者、レオニード・ハーヴッツの秀逸なる定理を紹介したい。その論旨は次の通り。経済全体で作られている物は実に多種多様であるのに対し、個々人が持っている情報はごく限られている。そこで市場活動の調整役として機能するのが競争価格である。

 

鉛筆を例に採ろう。黒鉛が採掘され、樹木から木材が切り出され、ゴムの木の樹液が採取され加工され、これらの原材料は工場に運ばれ鉛筆という形に組み合わされ、そして小売店へと輸送される。これだけの段階を経て、一本の鉛筆は10セントで売られる。ここには権威の計画管理はなく、誰かが供給全体の流れを把握しているわけでもない。こうして見ると、市場とは経済活動を制御するのに驚くほど優れた仕組みとなっている。

 

ところがコースが指摘しているように、経済活動のうち市場で調整されるのではなく会社と呼ばれる上意下達の共産的官僚制度によって行われる部分(国際貿易ではむしろこちらのほうが多い。Atalay et al 2014)は膨大となる。ではこのような組織がこの世界に存続するのはなぜなのか。会社はいつ合併しそしていつ分裂しその一部を売却するのか。会社の理論はこれらの問題提起によって形作られる。

 

初期の段階でコースが出した答は、市場取引そのものにも費用はかかっておりその取引費用は会社の外では断然高いから、となる。そして会社の大きさは、官僚的であることから来る費用が、組織となることによって得られる取引費用の減額を超えてしまうところで決まる。

 

ここで二つの問題が現れる。第一に、誰も「取引費用」と「官僚制費用」を正確に知りはしない。そしてその二つの費用はどうして組織の形態によって異なるのか。その説明はほぼ同語反復となってしまう。

 

第二に、アルキアンとデムセッツがその秀逸なる論文(Alchian and Demsetz 1972)で指摘したように、会社が従業員に指示したり罰したりする特殊能力を持っているとする仮定には確実な根拠があるものではない。物資の供給元が意に沿わない時には、そのままにしておく、打ち切る、再交渉に臨む、といった対処が取れる。社内の一部所が意に沿わない時には、そのままにしておく、打ち切る、再交渉に臨む、といった対処が取れる。要望通りに動いてもらえるか、という問題――それはまた契約上の問題でもある――は、会社の内部では発生しない、というほど単純ではない。

 

2009年にエリノア・オストロムと共にノーベル賞を受賞したオリバー・ウィリアムソンの取引費用理論はもっと正式なものだ。連携する方が別個に仕事をするよりも高い附随利益が得られることがあり、不測の事態により契約内容の変更が望ましくなることがあり、そして契約内容の変更は労務者なり物資の供給者なりが会社の内部の人間である方が費用を抑えやすい。「不測の事態」には、後になって裁判所や調停者が計量できない事柄も含まれ得る。最終的に契約の履行を強制するのはこれらの機関なのだ。毎日の活動に対して取引費用がそうそう変わるものではないが、契約交渉は持続的な関係を持っているほうが対処しやすい。

 

会社が単純に巨大化していかない理由に関係してくるのが「官僚制費用」という概念だが、それは実際のところ粗削りで正式な理論とはなっていない。この点はコースに似ている。しかしたとえ正式性を欠いているものではあっても、取引費用とは直感的に受け入れられる類のものであり私達が経験上知っている世界とも合っている。発展途上の世界では会社はより大きくなる。それは脆弱な法制度の下では契約時の想定を超えた「不測の事態」がより起こりがちであり、それに備えておかねばならないからだ。ここでは業務の軌道修正や契約再交渉のための費用が会社の大きさの決定要因となる。

 

とは言え、アルキアンとデムセッツの批評にも、「官僚制費用」の定義にも、釈然としないものがある。そして、エリック・ヴァン・デン・スティーン(Eric van den Steen 2010)が指摘したように、紙を手に入れるのに自社傘下の事業所から調達するかそれとも社外の店舗から買うか考えている人にとって、会社の存在理由が社外取引費用を抑えるため、というのは納得できるものなのだろうか。

 

財産所有権と不完全契約

 

グロスマンとハート(Grossman and Hart 1986)の主張では、会社を会社たらしめるものは財産の所有となる。なぜ所有が問題となるのだろう。それは、契約の不完全性と関係してくる。雇い主が物資を供給する人間と、あるいは従業員や中間管理職員と、意を異にするのは珍しいことではない。そしてその意見の相違が契約規定の範囲外のこととなると再交渉が必要となる。

 

連携して仕事をすることによってより多くの利益を得られるなら、当事者たちはその関係性を断ち切ろうとはしない。ここでグロスマンとハートは、取引費用を引き合いに出す代わりに、単に、意見の相違が起きたときには財産の所有者ははるかに有利な立場で交渉を進められることを指摘した。財産は将来の利益の源泉となり、それゆえ所有者は財産の価値を高めようとする。

 

ベイカーとハバード(Baker and Hubbard 2004)が分かりやすい実例を挙げている。長距離トラックに搭載されたコンピュータがトラックの壊れる過程まで追うことが可能となってから、トラックの所有者が運転手自身から個人経営でない運送会社へと移った。それ以前は、運送会社がトラックを所有すると丁寧な運転や手入れを欠かさないことまで契約で保障させることは難しかった。その一方で、運転手がトラックを所有する際には、何日もの間トラックが使われずに置かれないよう配車係が気を配ることや効率的な道順で配車することを契約で保障することは難しかった。

 

コンピュータの導入により、運送会社はトラック所有へと向かった。その決定に運転手は加わっていない。そして、この例はグロスマンとハートの「残余支配権」理論に即している。協働による附随利益と契約の不完全性があるからこそ残余支配権は利益の源泉となる。それが無視できるなら、財産の所有よりも利益を生む協働形態を見付けることに意識を傾けるはずだ。

 

ハートとムーア(Hart and Moore 1990)はこの基本的なモデルを多種の財産と複数の会社がある場合へと拡張した。ここで、財産は単独所有こそが最も有利、という示唆を熟慮をもって行った。この財産は他の用途にも替えが利く。交渉力が変化し契約が不完全であるときでも、財産所有権は契約外のことにまで影響力を持つことができる。財産の所有権が分割されている場合、個々の共同所有者の交渉力は弱く、それゆえ資産価値の維持向上のための投資は魅力的でない。ハートと共著者(Hart et al. 1997)が示した残余支配権の見事な適用が、政府の役割として刑務所の設置管理は望ましいがごみ収集はそれには当たらない、という事例である。

 

(余談:ハートの全理論の中での交渉の位置づけを短く記しておく。正式と呼べるだけの「完全な」交渉のモデルはなく、ハートは交渉問題の解をシャープレイ値の様に協力ゲームの理論に求めるようになっていった。この研究は2002年にロイド・シャープレイがアルヴァン・ロスと並行してノーベル賞を受けて以降、多くの賞を得ている。そして、これは「不測の事態」問題への協力ゲームの適用に大いに影響を受けている。おそらく、今なお協力ゲームは博士課程で積極的に教えられるべきものだ。)

 

その他の会社の理論

 

ここまでに挙げたもの以外にも、当然、会社の理論は多数ある。マーシャルにまで遡るものとして、業界によっては利益を出すために最低限必要とされる固定費が大きいのでいきおい会社の規模は大きくなる、という見解がある。会社における代理業務理論は少なくともジェンセンとメクリング(Jensen and Meckling 1976)にまで遡る。この二人が注目したのは、会社が従業員に自身の利益を最大化する動機を与えている、という問題である。ホルムストロームとミルグロム(Holmström and Milgrom)が挙げたのが、高い成果賃金を与えられる労働者と固定給の労働者がいるのは会社内での役割分担に応じている、という好例である。

 

もっと最近の研究では、ボブ・ギブソンズ、レベッカ・ヘンダーソン、ジョン・レビンらによる関連契約への討論がある。その内容は、自発的な努力との関連への見解であり、今日の重労働が将来得る対価につながるならそれは正式な契約に取って換わるということであり、そしてこの「関連契約」がいかに会社によって個人の職歴によって異なるか、である。

 

これらの会社の理論はそれぞれ与えられた状況下で実証の裏付けを経ている。しかし20世紀の終わりになって、契約の不完全性や検証不可能性に頼ったすべての理論はマスキンとティロールによる秀逸なる論文(Maskin and Tirole 1999)に衝撃を受けることとなった。不完全契約に頼った理論は一般的にあいまいさを持つことになる。そこでは、事前に予測できないこと、後に法廷で検証できないことがあるので、常に、不測の事態が起こったときには意見の不一致が起こってしまう。

 

しかしマスキンとティロールは、協業を続けて行く上で互いに査定されることがなければ、予測不可もしくは検証不可の状態を気にも留めない、ということを正しくも指摘していた。だからすべての「不完全契約」では、例えば協業を続けることの価値を一方が12、他方が10と査定したなら、現時点で最善となる割合でその合計22の価値を分配すべく、事前に決断する人がいるべき、となる。将来における利益がどれだけだったとしても分配できるようになっていれば、契約は完了である。もちろん、互いに利益を確実にする上でこれで問題がなくなったわけではない。予測できない事態が起きたときに、その査定した価値をお互い正直に言う保証はない。

 

そこで、マスキンとティロールが示したものは、協働がその仕事に参加している各々の人にとってどれだけの価値があるのかを知る方法だ(それは難解ではあるが驚くほど巧みに構成されている)。その仕組みをそのまま信じるわけではないが、論文の精神に則るなら、後になって各人にとっての協働の価値が正しくわかれば不完全契約は問題ではない。そして、例えば仲裁人のように、現実社会にはその調整にあたる人がいる。しかしもし、マスキンとティロールが証明したように(マスキンは2002年に短い文章の中でより単純な解説を行っている)、不完全契約が問題でないならば、我々は元の問題へと戻ってしまう:なぜ、会社と呼ばれる組織は存続するのか。

 

なぜ会社は存在するのか

 

どうしたものか。とある論理学者の指摘によれば、仔細な検証をするならマスキンとティロールの論文には多少の瑕疵が見られる。例えば高次信察(higher-order beliefs)訳注2の前提について(例えばAghion et al 2012)。しかしマスキンとティロールの論理の本質からすればこれらはそうは当たらない。経験に則して考えれば、「明言されていない」あるいは「現実とは違う、又は予測困難」といった部分があったとしても、将来の利益を正当に配分する仕組み、例えば仲裁人制度などがある限り、当事者たちは契約の不完全性を是正しようとはしない。そして実際の契約では後になって契約内容の解釈に不一致が起きたときの対応についても前もって取り決めがなされているものだ。

 

ハートは、過去の業績からもそして最近の論文や講演からも明らかに言えることだが、不完全性が会社の根本的な存在理由ではない、という立場を取っている。ハートとムーア(Hart and Moore 2006, 2007)の主張ははっきりしている:

 

「契約の不完全性を基とした文献は会社という存在に対し有用な理解を与えては来たものの、欠陥をも含む。次の三点は私たちにとって特に重要だ。第一に、事前投資のうち契約に入れることのできない部分の強調が過大評価を生む。この投資は間違いなく重要ではあるが、それが組織をつくる唯一の推進力とは思えない。関連して第二に、その手法は会社の組織内部という重要にして興味深い主題の研究には不向きである。その理由を見るに、コース派の見解からすれば、再交渉では関係者が集まって交渉金を支払いつつそれぞれにとって有益な分配を決定することになる。それをふまえるなら、権威となる機関、階層構造、委任団、更には何者であっても所有権以外のものにはその存在理由が見えない。そして第三に、その手法には基本的な弱点がある。」[マスキンとティロールによる指摘(Maskin and Tirole 1999)]

 

マスキンとティロールは残余支配権と不完全契約を基として政策や現実の事象を説明することに挑んだ。そして、私が知る限りでは、それより後にオリバー・ハートが書いた論文は皆無である。その代わりにハートが主として時間を割いてきたのが、基準規定に関する理論、意見不一致時の行動論、「公正な」利益配分提案を促す有効な事前契約、分配が明確でない時の隠蔽その他の破壊的行動などの研究だ。これらの状況では、協働している人々の間で事前の契約と事後の「公正さ」について意見の不一致が起きやすい。

 

そこから主として次のような帰結が得られた。柔軟な契約(例えば故意に不完全さを残した契約)は状況ごとの調整が容易にできるが、一方が悪意をもって自分だけの利益を追うことが可能となる。逆に柔軟性をなくせば、身勝手な行動を抑えられる反面、両者の利益を最大にする選択肢を閉ざしてしまうことがある。

 

ハートは過去10年にわたりこの見地を多くの疑問へ適用させていった。一例を挙げるなら、意思決定権の代理人への委任は信頼できるものなのか、といった。その権利を戻そうとしたときには代理人は抵抗するかもしれない(Hart and Holmström 2010)。もし代理人が完全に合理的であるなら、権利返還の正当性を認めさすのは困難、もしくは不可能となりうる。そして、ここで代理人が純粋に合理的ならばマスキンとティロールの評論が適用される状況である。

 

権威による計画管理のない市場でなぜ会社が存在するのか、この始めに出された疑問から私たちが得たものは何なのだろう。多くの機智に富んだ見解が現れ、それぞれ状況に合った回答を与えてくれるものの、厳格な理論としては完成されていない。

 

完成された会社の理論は次に挙げられる疑問に答えられなければならない。なぜ会社は現在の大きさなのか、なぜ会社は現在あるように物を所有するのか、なぜ会社は現在のような組織形態なのか、なぜ会社は存続するのか、そしてなぜ会社間の提携と取引は現在のような形で行われるのか。その論理はほぼ確実に、すべての参加者が高度にあるいは完璧に合理的であると仮定したとき、適合するものでなければならない。何百万という組織に採用されている制度を考えるなら、愚かさを言い訳にはできない。

 

会社を「資源」とした理論は多くあるが、ここで要求されるのはそれよりはるかに完成された理論、会社の基本を成す現在の財産所有権の形に合ったものでなければならない。(会社存在の理由はそこに協業文化を創り上げたから、会社存在の理由は他の誰にもまねできない成功の秘訣を見付け出したから。これらは因果関係ではなく現在の状況を述べているに過ぎない。)

 

コース、ウィリアムソン、そしてオストロムは正しかった。彼らが示したように、関係を保つための費用――取引費用――が本来的に会社の内外で異なるのには理由がある。そしてハートは、財産所有権と意思決定権がいかに財産価値を高めさすのか、そのことに関心を向けさせたことにおいて、正しかった。しかし彼らの深い洞察をもってしても会社の理論として求められているすべてに応えられるものではない。

 

おそらく理論の根幹となるのは、他人からの評価、関係性を示す契約、そして組織の中において望む方向が異なる人々の結びつき、などとなる。しかし未だ私たちの理論は混沌としている。権威による計画管理のない、いわば魔法のような市場制度の中で、なぜ「小さな共産的官僚制」は必要とされているのか、私たちの論理はその答を見付けられていない。

 

 

訳註

1.residual control rightsとは、「契約に記載されていない部分の所有者の権利」を意味する。この記事では「残余支配権」と訳しておいた。

  1. higher-order beliefsとは、互いに相手の考えを推察しながら自分の行動を決める状態のこと。この記事では「高次信察」と訳しておいた。参照:LSE The Higher Order Beliefs Web Page. http://personal.lse.ac.uk/dasgupt2/hob_main.html

『民族優遇主義:それはアフリカに限った事象ではない』 ジアコモ・デ・ルカ、ローランド・ホルダー、ポール・ラスキー、ミケル・ヴァルセッキ

Ethnic favouritism: Not just an African phenomenon “Giacomo De Luca, Roland Holder, Paul Raschky, Michele Valsecchi, Vox, 21 July 2016.

民族優遇政策はアフリカにおける事象、もしくは脆弱な政治制度を持った国に限られた事象だと、広く考えられている。この記事では夜間照明の明るさに関する資料を使いこの既成概念への反論を試みる。民族優遇政策はアフリカ以外でも同様に蔓延しており、貧困国や独裁国家に限られたことでもない。むしろ、選挙での再選への欲求がその事象を生む主要因の一つと考えられるのだ。

サハラ以南のアフリカでは政治指導者が自らの民族的出身地を優遇し多額の資金を投入する政策が行われていることは、一般に認められている。ケニヤはその典型である。カレンジン族を偏重したダニエル・アラップ・モイ大統領、キクユ族を偏重したムワイ・キバキ大統領、両者による政府とも、利益供与、汚職、自民族優遇政策を行い、それは2013年に至るまで35年間続いた(Wrong 2009)。

自民族優遇とアフリカにおける政策の関係性については多くの立証研究が行われ多くの文献が記されている一方で、ほとんどの研究は一国とひとつの政策のみに焦点を当てたものとなっている(その傑出した例外としてFranck and Rainer1, 及びKramon and Posner2は挙げねばなるまい)。そして地球規模で自民族優遇策の蔓延具合と決定要因を検証したものは見当たらない。

私達は自身の研究の中で地球規模の民族優遇主義の範囲とその動機の検証を行った(De Lucaと共著者)。ここで私達が用いた新手法は世界中の多民族国家を対象とした膨大で多岐にわたる二つの統計標本を基としている。さらに、多種多様な政策による分配の効力を捉えるための測定装置として夜間照明の明るさを用いた。

地球規模で民族優遇主義を測定する

世界中では政治指導者は在職中に自らの民族的出身地を優遇しているのだろうか、それが私たちが明らかにしようとしていることだ。そこで私達は140ほどの多民族国家で1992年から2013年の期間における民族編成地域(民族構成を同じくする地域)の資料を用いることにした。

民族編成の資料のために、私達は現在得ることのできる最も著名な二種の民族編成地図を基に二種の統計標本を構成した。その民族編成地図のうち第一のものはWorld Language Mapping System及びEthnologue(Gordon 2005)による、現在知られている全世界の使用言語を網羅した言語地図である。第二のものはGeo-Referencing of Ethnic Group(GREG)計画(Weidmanと共著者2010)による、古典とされるソビエト人民世界地図帳(Soviet Atlas Narodov Mira)のデジタル版地図である。Ethnologueを基とした統計標本は141の多民族国家から7653の民族編成地域(平均して一国あたり54の地域)を抽出し、GREGからは137の多民族国家から2032の民族編成地域(平均して一国あたり15の地域)を抽出した。

民族編成地域ごとでGDPを測定した資料は得られないので、Hendersonと共著者(2012)に倣い、アメリカ空軍気象衛星より得られる夜間照明の明るさの資料を使った。地域に即したデータの得やすさ、そしてGDPと正の相関を持つその性格により、夜間照明の明るさは国家より小さい単位での行政地域及び民族編成地域の研究をする際、経済活動と発展を計測するための資料として広く用いられるようになってきた(例としてMichalopoulos and Papaioannou 2013, 2014, Hodler and Raschky 2014a, 2014b, Alesinaと共著者2016)。

次に挙げることが私たちが精査する課題である。在職中の政治指導者の民族的出身地に当たる民族編成地域は他の地域よりも夜間照明は明るいのだろうか。政治指導者の民族的出身地と夜間照明の明るさの間に正の相関があれば、それは民族優遇主義の証拠と私達は解釈する。更には、この事象の範囲と決定要因、そして考えられうる政治指導者にとっての動機を考察する。

民族優遇主義は世界中で見られる事象である

私達は民族優遇主義の有力な証拠を見付け出すことができた。現職にある政治指導者の民族的出身地では7~10%高い夜間照明の明るさを享受しており、GDPはそれに対応させるなら2~3%高いことになる。更には、政治指導者と言語的に近い関係にある民族集団に対しても民族優遇主義を見ることができた。

最も顕著なこととしては、民族優遇主義はアフリカ域外でも域内と同様に見ることができる。この事実は、民族優遇主義が主として、あるいは全般に、サハラ以南のアフリカで見られる事象、という既成概念を覆す。例を挙げるなら、ボリビアでは大統領がヨーロッパ系とクリオロと呼ばれる中南米生まれのスペイン系住民が多い地域を優遇する傾向があった。そしてその支出の多くを受け持っているのは先住民族である。先住民族であるアイマラ族出身のエボ・モラレスが選任された後、先住民族の居住地域の照明は確実に明るさを増して行った。特筆すべきは、批評家たちがアイマラ族の利得に特別な配慮をするよう、そしてその支出を他の先住民族に負わせるよう、モラレスに提言したことである(例を挙げるなら、Albro 2010, Postero 2010)。

民主化は万能薬ではない

更に私たちの研究の結果から言えることは、民主制度が民族優遇主義を減少させる傾向は弱く、それゆえ民主制度の影響は小さい。特に独裁制から脆弱な民主制への移行は民族優遇主義を減少させているようには見えない(そして、増大させることもありうる)。

この事象は、政治指導者が民族優遇主義に関与する動機から幾分か説明できる。政治指導者が自ら争わねばならない選挙の期間には事業が増大することが見て取れる。このことから、指導者は自民族への愛着心からだけではなく、再選の可能性を高めるために民族的出身地への優遇策を執ることが考えられる。選挙対策として政治指導者が民族優遇策を執るとすれば、民主制が抑止に有効ではないことに説明がつく。

加えて、民族優遇主義による恩恵が一時的なものであり長期にわたる発展をもたらすことは無い、という事象が見て取れる。これについても政治指導者の選挙への懸念によって説明できる。他の民族出身の政治指導者が選出され交代が起こると、前任者の民族的出身地で明るさを増した夜間照明は二年のうちに民族的推移と共に通常へと戻ってしまう。これは政治指導者が民族的出身地に公共資金を投入するとき、社会基盤への設備投資よりも一時的な消費に回しているためと考えられる。利益供与を得られるのは政権が続くかどうかにかかっている、それゆえ同族者が政治指導者への支援を止める訳にはいかない、その利益供与と支援の関係を保つための方策としては時期限定的な消費は理にかなっている(Padró i Miquel 2007)。

結論

私たちは研究を通して全く新しい見解を得ることができた。従来は、民族優遇主義は主としてアフリカで見られる事象であり経済の発展と民主化によって抑止できるもの、とされてきた。しかし民族優遇主義は世界中で、いわば標準的に見られる事象であり、それは富裕国、貧困国に関わらず存在し、正当な政治制度による抑止力は限定的である。

そこから、民族優遇主義を減少させる政治構造を見付け出すこと、それにも増して民族を超えた協調を引き出すことの必然性が見えてくる。ここで引き合いに出したいのがスイスの例である。スイスは高い度合いで民族分離社会である一方で、民族優遇主義は見られない。それは排他性の無い政府と、異なる政党と民族の間を持ち回る連邦大統領制に依っていると考えられる。

 

References

Albro, R (2010) “Confounding cultural citizenship and constitutional reform in Bolivia,” Latin American Perspectives, 37: 71-90.

Alesina, A, S Michalopoulos and E Papaioannou (2016) “Ethnic inequality,” Journal of Political Economy, 124: 428-488.

Franck, R and I Rainer (2012) “Does the leader’s ethnicity matter? Ethnic favouritism, education and health in Sub-Saharan Africa,” American Political Science Review, 106: 294-325.

De Luca, G, R Hodler, P A Raschky and M Valsecchi (2016) “Ethnic favouritism: An axiom of politics? [5]”, CEPR Discussion Paper 11351.

Gordon, Jr, R G, (2005) Ethnologue: Languages of the World, Dallas, TX: SIL International.

Henderson, V J, A Storeygard and D N Weil (2012) “Measuring economic growth from outer space”, American Economic Review, 102: 994-1028.

Hodler, R and P A Raschky (2014a) “Regional favouritism”, Quarterly Journal of Economics, 129: 995-1033.

Hodler, R and P A Raschky (2014b) “Economic shocks and civil conflict at the regional level”, Economics Letters, 124: 530-533.

Kramon, E and D N Posner (2013) “Who benefits from distributive politics? How the outcome one studies affects the answer one gets”, Perspectives on Politics, 11 : 461-474.

Michalopoulos, S and E Papaioannou (2013) “Pre-Colonial ethnic institutions and contemporary African development”, Econometrica, 81: 113-152.

Michalopoulos, S and E Papaioannou (2014) “National institutions and subnational development in Africa”, Quarterly Journal of Economics, 129: 151-213.

Padró i Miquel, G (2007) “The control of politicians in divided societies: The politics of fear”, Review of Economic Studies, 74: 1259-1274.

Postero, N (2010) “Morales’s MAS government: Building indigenous popular hegemony in Bolivia”, Latin American Perspectives, 37: 18-34.

Weidmann, N B, J Ketil Rod and L-E Cedermanv (2010) “Representing ethnic groups in space: A new dataset”, Journal of Peace Research, 47: 1-9.

Wrong, M (2009) It’s our turn to eat: The story of a Kenyan whistleblower, London: Fourth Estate.

 

訳者より: この記事はぜひ、以前の摂訳、『世界に於ける地域偏重主義Regional favouritism across the world“ と一緒に読んでいただきたい

  1. 2012 []
  2. 2013 []

イギリス脱退の現実:エコノミストの知る費用と投票の動機

 

David Miles, “Brexit realism: What economists know about costs and voter motivmes,” (Vox, 03 August 2016 )

 

イギリス脱退の国民投票の結果は、EUからの離脱が膨大な経済的費用を伴うことをイギリスの投票者に説得できなかったという点で、エコノミストたちの失敗、と取る見方がある。この問題を扱うにあたって、この記事では、やや特異な次の二つの論題を挙げる。第一に、費用に対して統一的な見解は果たしてあったのだろうか、という点に注目する。すべての主要機関の予測で経済学的な損失がある、としていたとはいえ、その減少幅はわずかなものから10%近いというものまで、広範囲にわたっていた。それを統一的見解とするには難がある。さらに、鍵となる仕組み――イギリスの離脱が生産性に及ぼす影響――については、エコノミストたちが本当に理解しているわけではない。第二の論題は、合理的な投票者はその費用をEU決定からの独立に見合うものとして受け入れ得る、という点になる。その投票者の選択を、無知であるとか非合理であるとか、あるいは経済が分かっていない、とする判断は経済学の範疇に無い。

 

編集者註:この記事はVoxEUの電子書籍、Brexit Beckons : Thinking ahead by leading economistsの一つの章としてもともと発表された。この電子書籍の無料ダウンロードはこちらから。

 

 

EUからの離脱はイギリスに多大な経済的損失を招く、それは人々の言うところでは疑いようも無く一致した見解だった。にもかかわらず、投票の際にそのことを説得できなかったことを経済学の世界に生きる人間は失敗として認識すべき、そんな懸念が持ち上がっている。財政研究所(the Institute for Fiscal Studies/IFS)のディレクター、ポール・ジョンソンがタイムズ紙(2016年6月28日) に宛てた思慮深い手紙から引用するなら、「経済学者たちの警告が多くの人に理解されても信じられてもいないことは明らかです。だから、私たち経済学者はなぜこんなことが起こってしまったのか、なぜ私たちの間でほぼ全員一致の考えが支持されなかったのか、自らに問いかけるべきなのです」。

 

イギリス離脱の国民投票の結果を受けて、マクロ経済学センター(the Centre for Macroeconomics)の主導で行われた直近の経済学者の見解に関する調査では次の質問が提示された。

 

  • 経済学者たちが一致した見解を持ったとき、全体としてその明確な見解を為政者と公衆に向けてより効果的に伝えることができるよう、経済学を専門職とする人々の間で制度変更をすることに賛成しますか。
  • 上記の改善を組織的な取り組みによって達成することを促進するため、経済学者たちの間に指導的地位を導入することに賛成しますか。

 

一致した見解はあったのか

 

しかし、イギリスのEU離脱の費用に、一致した見解は本当にあったのだろうか。たとえ各主要機関の予測の間に何らかの見解の一致があったとしても、その予測がどれだけ確かなものなのか、そして予測の誤差がどれだけの範囲に収まるものなのかについて、見解の一致はあったのだろうか。たとえ経済学者による統一見解があったとしても、それが気に留められていなかったということは、そう明白なことなのだろうか。

 

国民投票前夜に出版されたIFSの報告書、『イギリス離脱と連合王国の公共財政(Brexit and the UK’s Public Finance)』にはイギリス離脱のGDPへの影響の予測値が包括的にまとめられている。報告書のTable 3.1(下記、Table 1に再現)には、2030年におけるGDPへの影響の予測値が示されている。それは、パーセントにしてほんのわずかなものから、10%近いものまでの範囲に散らばっている。負の影響がある、という点については一致しているものの、「統一見解」とするにはこの違いは大きすぎる。

 

Table 1 IFS summary of Brexit impact studies 

Notes: a: FTA with moderate policy scenario used as central estimate; range includes “liberal customs union” (-0.1) to “populist MFN scenario” (-3.9); b: regulation impacts assessed separately. Estimates are for impact on GDP in 2030.
Source: Emmerson et al. (2016).

 

私達は鍵となる経済の決定要因を理解していない――それは生産性の向上だ

 

長期のGDPに対しては、生産性の向上が少なからず影響を与える。しかし、EUからの離脱がイギリスにおける生産性にどのように作用するかについては十分な解明がなされていない。それがここでは見過ごすことのできない問題となる。イギリス離脱と海外直接投資の関係、延いては海外直接投資と生産性の関係はその一部要素となるが、これらもそう簡単に予測できるものではない。

 

もっと一般的なことを述べるなら、近年のイギリスの労働生産性を牽引しているものについて、経済学者たちはよく理解していない。2007年から2008年の金融崩壊以降の時期を対象として考えよう。イギリスの労働生産性は金融崩壊直前期の流れを汲んで考えるなら、およそ15%かそれ以上に低い位置にあると言える。イングランド銀行がこの下落を説明するために費やした経済学者の労働時間はのべ数千時間を超える。それにもかかわらず、多くの他の経済指標(例を挙げるなら、失業率、銀行金融のストレス値、借入調達度((credit availability))など)が既に通常通りに見える一方で崩壊から8年を経た今でも生産性は低いままでいる理由は未だ謎のままである。

 

生産性への影響、これこそがイギリス離脱の長期費用を決める要因のうち最大のものであるのだが、その予測は金融崩壊以降のイギリスにおける一人当たり生産量の変化を見るに、非常に困難と言えよう。

 

貿易関連の影響はより簡単に予測できる

 

純粋に貿易関連のことに限るならば、イギリス離脱のGDPへの影響はもっと信頼性の高い予測ができそうだ。実はここで使われている経済学の論理は実際には直感的なものを多く含む。貿易の減少が専門分野への特化の減少を意味するのなら、それは資源を比較優位のある部門へ配分することを難しくする。開放的な政策が生産性と関係があることについては、十分に実践的な証拠がある。更にはその証拠のうちいくつかは歴然としている。例えば北朝鮮と韓国だ。ここからするならば、閉鎖的な経済への移行が所得を悪化させることは明白に見える。しかしその事例をイギリスのEUからの離脱にあてはめることがどれほど信頼に足るものなのかはそれほど明白ではない。

 

その一方で、貿易によるものだけに限った場合、離脱による影響はさほど大きくないと予測される(生産性の向上に対する他の事象からの連鎖的な影響はここでは考慮しない)。エコノミック・パフォーマンス・センター(Centre for Economic Performance)の研究によるなら、貿易からの影響は2030年の時点でGDPの1.3%から2.6%の間、としている(Dhingraと共著者、2016)。GDPの1~3%を些細なもの、とすることはできない。しかしこの数字をここまでの内容に即して考えていただきたい。2008年の金融崩壊以前の経済動向が続いた場合と比べて、今や、イギリスのGDPは20%近く低い水準にあるのだ。

 

投票者たちが経済予測を無視した、というのは本当なのだろうか

 

ここで一旦、イギリス離脱の長期でのGDPへの影響の予測に、機関ごとで大きなばらつきがあることを脇に置いておこう。さらには、その予測に顕著な不確実性があることにも目を瞑ろう。そしてイギリスの離脱が所得に多大な悪影響を齎すという見解でエコノミストたちは一致していると、そう仮定しよう。たとえそうだとしても、イギリスの離脱に賛成票を投じた人々はその統一見解(それがあったと仮定して)を考慮に入れていなかったと確実に言うことができるのだろうか。私が思うには、我々経済学者は実はそのことを知りはしない、ということを認めるべきだ。

 

次に挙げることは事実として受け止めねばならない。EUからの離脱が経済的費用を伴うとしても、そこにイギリスが限定的な発言権しか持たないEUの決議を拒否するに足りるだけの便益があるとするならば、合理的な投票者はその費用を受け入れることとなる。明らかにこれは投票の一因となった。そこには欧州司法裁判所の裁定から金融規制に関する規則(例えば銀行制度の調和としての必要資本金((capital requirements on banks maximum harmonization))という奇妙な決定や賞与へのEU規定)、そして他のEUの国々が市民権を与えた人々への入国の権利の承認などが含まれる。

 

それらの議決の制約を受けずに済む代わりに所得がいくらか減少する可能性を受け入れる人は、無知であるのか、合理性を欠いているのか、あるいは経済が分かっていないのか、それは経済学者が言い得るところのものではない。長年の間、欧州委員会の多くの人々が「連合体としてあること」を理想像として、更には必然として教条のように繰り返し唱えてきた。対して経済学者が言えることは、「それを避けるためにはいくら払えばいいのか」という質問に対する答に過ぎない。

 

私の考えとしては、「連合体としてあること」というあいまいな構想が将来齎すであろう損失、そのリスクを避けるためとはいえ、その代償は大きすぎる。しかし、私と違う見解を持つ人々が無知だとも錯乱しているとも思わない。もし人々が経済学を理解していたなら投票の結果は違っていたはずだ、などとは考えてはいけないのだ。

『世界に於ける地域偏重主義』 ロランド・ホルダー, ポール・ラスキー 

Roland Holder, Paul Raschky, Regional favouritism across the world, (Vox, 28 May 2014)

 

政治指導者は時折、お気に入りの地域を特別扱いする。この記事の対象は多くの国々における地域偏重主義であり、それを明らかにするために政治指導者の出生地と夜間照明の強度の情報を使う。現行の指導者の誕生地域となると、夜間照明の強度が4%前後増し、GDPに関しては1%前後増加する。このような偏重主義は政治機構が脆弱で市民の教育水準が低い国に顕著である。

 

お気に入りの地域への偏愛は多くの政治指導者に見られる。その極端な例として、ザイールの前独裁者、モブツが挙げられる。彼は人里離れた先祖伝来の故郷、グバドリッテに一億ドルをかけた複合型宮殿と豪華な来客用宿泊施設、そしてコンコルドが離着陸できる空港を建設し、国内最高水準の水、電気、そして医療の供給をした。しかしこれは特例という訳ではない。分配政治に関する文献の中で地域偏重主義を記録したものは膨大な数に上る。ゴールデンとミン(Golden and Min)は150を超える実証的研究の一覧に基づき、分配政治を批評した。それによれば、ほとんどの研究は単独の民主国家と単独の政策の結果に焦点を合わせている。原注1

 

地域偏重主義と夜間照明

 

私達の最近の文献(Hodler and Raschky)はこの記事の補完である。そこでは分配政治を主題とし、独裁国家のみならず民主国家を含む多種多様の国々を抽出し、地域偏重主義に関する多様な計測基準を用い、多種の政策による包括的な配分への影響を捉え、地域偏重主義を体系的に調べる、という方法を用いた。特徴的な手法は以下となる。私達は地域を国家より小さな行政単位で区分し、政治指導者の誕生地と人工衛星から得られる夜間照明の強度の情報を基に、両者の関係性を調べた。

 

私達の分析は126の国の中の38,427の地域に対し1992年から2009年の間、一年毎の資料観察から作られたパネルデータセットを基とした。従属変数は米国空軍気象衛星によって記録され米国海洋大気庁によって提供された夜間照明の強度の平均の対数とする。ヘンダーソンと共著者(Henderson et al.)は国家単位で夜間照明の強度とGDPの間の強い関係性を文献に示し、国家より小さい単位での経済活動を計測する方法として夜間照明の強度を使うことを提唱した。私達は、ジェナイオリと共著者(Gennaioli et al.)の地域別GDP資料を使い、地域毎の夜間照明の強度とGDPの間には似たような強い関係性があることを見付け出した。私達の主たる説明変数は、ダミーを使いそれぞれの国における現行政治指導者の誕生地域を1、その他の地域を0とする。

 

私達はこの指導者排出地のダミー変数と夜間照明の強度との間に正の相関があることを見出した。これは、時系列変化の無い地域の特徴を調整するため、地域における母数効果を考慮に入れ、個々の国で時間経過とともに起こる変化を考慮するため国と年次の間のダミー変数を最も柔軟な形で調整した上で得られた結果である。以下が私達の主張だ。指導者排出地の夜間照明の強度は政治指導者によって齎されており、私達の研究から得られる答は地域偏重主義の証拠となる。指導者排出地が元々潜在的に持っていた性質を見出すために、今後すぐに指導者を輩出することになる地域と最近まで指導者排出地だった地域へと研究を進める。

 

  • 私たちが得た結果が示唆するところでは、指導者排出地では平均で夜間照明の強度が4%前後、GDPが1%前後増加する。

 

地域偏重主義の決定要因と動き

 

政治指導者が地域偏重主義を推し進め、成功を収めるまでには2、3年を要し、その後は自らの誕生地域への支援を拡大させて行く、これが地域偏重主義の動きである。夜間照明の強度は政治指導者が権力を得てから12年程経った後、加速度的に上昇して行く。この加速度的な上昇が始まるまでの期間と、ほとんどの民主主義国家における憲法上の国家元首の任期規定――最長で4年から7年の任期を2回まで――は、偶然の一致では無いだろう。一方で、専制国家においてはこの規定は多くの場合、存在しないか拘束力を持たない。それ以外で分かったことは、地域偏重主義の効果が政治指導者の退位後まで続くことは無い、ということだ。それゆえ、典型的には、地域偏重主義が政治指導者の誕生地域に持続的な発展を齎すことは無い。私達は別の面からの観察として、ここまでの研究とは異なる境界線を用いて国家より小さい単位の地域を規定し、地域偏重主義が持つ地理的な広がりを調べた。この調査の結果から得られる危惧はより小さなものだった。地域偏重の結果、一地方に利得が限定されるものがある一方で、無視できない程度の恩恵がより広い地理上の範囲に亘っており、それゆえ、多くの人々に広がっていると推定される。

 

私達の持つ大量で多様なサンプルは、そこに潜在する地域偏重主義の決定要因を与えてくれる。

 

  • 高度な政治機構は、政治指導者の権力制限によって地域偏重主義を軽減しうる。

 

  • 教育の拡充は地域偏重主義を減少させうる。これは教育を受けた市民は政治に何らかの形で関わり、また政治指導者に責任ある行政執行を求めるゆえ、と考えられる。

 

就学年数を政治機構と教育の代用とし、政体評価点(その2)<訳注> を用いることによって、高度な政治機構と教育の拡充が地域偏重主義を軽減させることが分かる。私達が持つサンプルから得られた結果では、政治指導者排出地となることによって、脆弱な政治機構を持つ国々では夜間照明の強度は約30%、GDPは約9%増加し、就学到達値が最低の国々では夜間照明が約11%、GDPが約3%増加する。更に、地域偏重主義は貧しい国々において、そして言語の同質性もしくは家族の強い絆によって政治指導者が誕生地と親密な関係を持ちうる国々において、多く見られる。これらすべての潜在的な決定要因を関連付けると、地域偏重主義は政治機構が脆弱で教育が充実していない国に多く見られることがわかる。

 

私達の研究の最後の部分は、私たち自身の分析手法を用いた国外援助と石油利権の分配効果の検証である。すなわち、通常は一国規模で見識を基とした指標を使って行うものを、私達は地球規模で国より小さな地域の経済活動に対して観測可能な計量を用い、統治と政治腐敗という観点から国外援助と石油利権の影響を考え、論文を補完した。政治機構が脆弱な国においては、援助と石油は利権追求と地域偏重主義に油を注ぐ傾向があるが、比較的高度な政治機構を持つ国ではその傾向は見られなかった。

 

政策的含意

 

推測されうる政策上の事項を以下に挙げる。

 

  • 第一に、適切な政治機構と教育の充実は政治指導者に責任ある行政執行を求めるのに有効であるのは確実であり、私達は地域偏重主義を抑制するのにそれらが重要であることを示した。特に、任期制限の強制は決定的要因と考えられる。

 

  • 第二に、援助代執行機関は専制的な指導者を持つ国を援助する場合、細心の注意が必要となる。それらの指導者たちは、外国からの援助を主として自分自身、自分の家族、氏族、そして自分の拠点地の住人のために使うから。

 

  • 第三に、これははるかに一般的な話となるが、地域における経済発展を推進させるものと障害となるもの、それに関する多くの興味深い政策上の疑問に対しては、最近まで対処する方法が無かった。これは、経済活動に関する地域毎の資料が欠如していたか、質の低いものしか無かったゆえである。

 

私達の研究では、大きなパネルデータセットを用意し、使うことによって上に挙げた疑問に対処することができた。パネルデータセットの中身は全世界を対象とした国より小さな行政区分地域での夜間照明の強度である。付け加えとなるが、学術調査員や援助代執行機関の方々には大規模な政策介入を評価するのに、夜間照明強度の資料活用をお勧めしたい。

 

 

原注

1.言及すべき例外として、フランクとレイナー(Franck and Rainer)、及びラモンとポーズナー(Kramon and Posner)の研究が挙げられる。これらの研究は多様なサハラ以南のアフリカの国々を抽出して偏重主義の研究を行っている。

 

2.専制国家への国外援助には潜在的な問題がある、そのことを採り上げたのは明らかに私達が最初ではない。しかし、この警鐘への裏付けとして、見識に基づいた指標群ではなく、観測可能な計量に基づいた実証を用いたのはおそらく私達が最初である。

 

訳注:ここで「政体評価点(その2)」と訳した語は原文では“Polity2 scores”となっている。Polity Scoreは「政体のスコア」もしくは単に「ポリティ・スコア」とされることが多いようである。

ラルス・クリステンセン「リスクの過大評価、疑心暗鬼を生む」(2016年3月30日)

Lars Chistensen, “Overestimating risk makes us do stupid things,” (The Market Monetarist, March 30, 2016)

ベルギーでの熾烈なテロ攻撃はヨーロッパにおけるテロリズムへの恐れを大きく増大させた。ヨーロッパ大陸全域で政策立案者に過激主義者との戦いの新基準が求められ、大衆主義の政治家たちは早々にヨーロッパの国境封鎖を掲げている。しかし本当のリスクは、これらの新基準による経済的損失が実際のテロのリスクを優に上回ってしまいかねないことだ。

実際には今日ヨーロッパでテロリズムによって殺される人の数は1970年代や1980年代、冷戦時代よりもはるかに少ない。更にもっと重要なことには、テロ攻撃によって殺されるリスクは極めて小さい。

事実、アメリカ国家テロ対策センターの報告では、テロリストに殺されるのとほぼ同じくらい、アメリカ人は年間に「テレビや家具に潰されて死ぬ」。では、テロ攻撃によって殺されるリスクと交通事故によって死ぬリスクを比べるとどうなるだろうか。

2000年以降で最も多くの人がテロによって殺された年を例に取ってみよう。2004年にはヨーロッパ全体で200人近くの人がテロ攻撃によって殺された。2004年はマドリッド列車爆破テロが起こった年だ。これと交通事故による死者の数を比べてみよう。最新の統計によるなら、ベルギーで746人、フランスで3268人、スペインで1730人だ(いずれも2013年)。交通事故で死ぬ確率はとても小さい。しかしテロ攻撃によって殺されるよりもはるかに起こりうる。別の言い方をしてみよう。2001年に911テロで殺された人よりも毎年フランスで交通事故で死んでいる人は多い。

その事実に反して、交通事故に言及する政治家がほとんど見られない一方で、基本的にすべてのヨーロッパの政治家がテロリズムの脅威に「何らかの対処をすべき」と叫んでいる。

私はヨーロッパ政治の「何らかの対処をすべき」とする傾向には二つの根本的な原因があると考えている。(これはテロリズムの事例に限らず、環境に対する議論にも当て嵌めうる)

第一に、心理学者が示しているところでは、人間は一般的に滅多に起こらない事象のリスクを見積もるのが苦手であり(テロ攻撃によって殺されることはこれに当たる)、それらのリスクを著しく過大評価する傾向がある。

第二の原因は、アメリカの経済学者、ブライアン・カプランが「合理的なる非合理投票者」と呼んだものだ。ここでカプランが意味するところでは、ある個人の票が選挙の結果に与える影響はごく限定的である、といった合理的な判断は投票の過程で我々投票者が下す必要は無い、となる。それゆえ、合理的な非合理、無責任、無知と呼ぶ。〈訳注1〉

その結果、車を買うとか投資をするといった決断をする時と違い、政治的判断をする時には恐怖や幻想に振り回される。政治家たちはこのことをとてもよく知っており、これらの恐怖を利用することに躊躇しない。結局のところ、有権者に統計を示したとしてもそれが当選につながることは滅多に無いのだ。

しかし私たちは――個人としての生活にしても政治判断にしても――恐怖の迷宮に迷い込んではならない。最善の方法はイギリス人が言っている――「心を鎮めよ、そして歩み続けよ」〈訳注2〉。それはヨーロッパ市民にとってテロリズムが危険要因であることに目をつぶっていい、ということではない。しかしもし私達が恐怖に振り回されて政策を決定するとすれば、それは確実にテロリストの勝利なのだ。

*この記事はアイスランドの新聞、“Frettabaladid”の論説を転載したものである。

訳注
1.「合理的な非合理」に関しては、ブライアン・カプラン著「選挙の経済学(原題:The Myth of the Rational Voter)」を参照にできる。なお、翻訳者個人の意見としては、ここでカプランを引き合いに出すのは間違った解釈と思われる。

2.この部分は原文では”calm down and carry on”となっているが、”keep calm and carry on”を引用したものと思われる。

シーラ・オーゴヴィー 「中世シャンパーニュの大市:発展への教示」

Sheilagh Ogilvie, “Medieval Champagne fairs: Lessons for development” (VoxEU.org, 23 December 2015)

〈ある一群の経済学者たちが口を揃えて言うことには、強力な国家や公的機関がなくても経済は繁栄しうる、と。この記事では、中世ヨーロッパにおける「シャンパーニュの大市」を教材として、公共機関というものがいかに重要なものであり得るかを考察する。公的権威というものは、良きにつけ悪しきにつけ、決定的なものである。統治者がそれを全ての人が用いられる公益事業として提供したときに、シャンパーニュの大市は花開いた。そしてその利用を一部の人々のみの特権として認可したとき、交易は衰退し別の所へと移って行った。〉

経済史を語る上で広く支持されている説に、経済の成功には、国家、統治者、法制度といった正式な権威と結びついた公的統治機関は必要不可欠ではない、というものがある。それは、個々の人々が非公式に行う、私的な行動の集積によって形作られる民間統治機関がそれに取って代わられることができるから、という理由による。ここで暗示されているのが、優れた機能を持つ政府や法制度を持たなくとも、近代経済が貧しい状態から継続的な成長を遂げることは可能である、そして民間統治が公的権威に代わって成長を支えた成功例は歴史に見ることができる、と考えられる(参考として、 World Bank 2002; 更にはDasgupta 2000, Helpman 2004, Dixit 2004, 2009)(訳注1)。この主張は魅力的だ。しかし、史実はそれとは違ったことを示している。

公的統治機関の有効性

経済発展に関していくつものことを歴史から学ぶことができる。そのうちの一つは、公的統治機関は、良きにつけ悪しきにつけ、決定的なものである、ということだ。

中世シャンパーニュの大市は、人々に便益を与えてきた典型的な機関の存在で歴史に名を刻んでいる。この機関からは、近代の経済発展を考える上での重要な教訓を得ることができる。大市が開催されたのはおよそ西暦1180年から1300年の間、それはヨーロッパにおける紛うことなき国際貿易と金融決済の支点であり、「商業革命」と呼ばれる、中世の長距離交易の大規模な発展の中心地であった(Bautier 1970, Ogilvie 2011, Edwards and Ogilvie 2012)。

シャンパーニュの大市が民間統治機関のおかげで成功した、とする主張には、二種類のものがある。

●その第一のものはミルグロムとその共著者によるもの(Milgrom et al. 1990)(訳注2)である。その主張によれば、商人たちの行動記録を保管する民間の裁判官を擁する民間の裁判所の存在がシャンパーニュの大市を発展させた。

商人たちの評判を交換することによって、民間の裁判官は貿易業者が過去に契約を破棄した商人との取引を拒否することを可能にした。ミルグロムらの主張によるなら、民間の裁判官はまた、不正行為に対する罰金を徴収した。商人たちがその支払いに応じたのは、その拒否が将来における大市での取引の機会を一切失ってしまうことを意味したからである。民間の裁判官と個々の商人の評判を組み合わせた制度協定が全ての貿易業者に契約を遵守させる動機を創り出し、それは国家による強制が及ばず、同一業者間の取引が滅多になされない状況下でも機能した。このシャンパーニュの大市の描写を元に、ミルグロムとその共著者が結論づけたことは以下の通りである。中世の貿易は、商人たちが「自らの民間法規定」を発展させ、一切の「契約執行への国家の手助け無し」に、自分たちの法の執行のための民間の裁判官を雇い、違反者に民間規定による制裁措置を適用することによって、発達した(Milgrom et al. 1990)。

しかし史実は、シャンパーニュの大市には民間の裁判官はいなかった、となる。反対に、大市は多種多様に公的統治機関に支えられていた(Bautier 1970, Terrasse 2005, Edwards and Ogilvie 2012)。そのうちの一つは、市が開催されていた期間ごとに活動した専用の公共裁判所である。その裁判の判決を行っていた大市の番人は君主の執務官であって民間の裁判官ではなかった。また、外国の商人が契約を守らせるのに利用したものには、異なるレベルの君主による裁定制度があった。シャンパーニュ統治者の高等法廷、統治執行者による裁判所、教区司祭による裁判所、などである(Edwards and Ogilvie 2012)。大市が開かれた街には地方自治体による裁判所があり、大市に際して地区教会堂による特別裁判所も運営された。外国の商人たちはその両方を使うこととなった(Bourquelot 1839-40, Bourquelot 1865, Bautier 1952)。これらの地方自治体及び地区の裁判所がシャンパーニュ統治者認可の下での権限委譲によって運営されていたことを考えれば、シャンパーニュの大市において財産権や契約の執行を保証していた様々な裁判所の司法権限は商人たちから生まれてきたものではなく、公権力によるものといえる。更には、これらの裁判所が民間の商人が創り上げていった法令を適用したという証拠はない(Edwards and Ogilvie 2012)。以上のことから、シャンパーニュの大市において公的統治機関の欠如を民間の統治機関が補い、それが経済的繁栄をもたらすよう機能した、とする見解は信頼に値しない。

●シャンパーニュの大市における民間統治機関に関する主張の第二のものはグライフ(Greif 2002, 2006a, 2006b)による。その主張によるならば、協業者集団間の協働報復から成る、「協会責任制度」にシャンパーニュの大市における取引は支えられていた。

その主張するところでは、中世ヨーロッパには公的裁判所が存在していたものの、長距離貿易を支えることはできなかった。なぜなら、それはその地域の利益を守るように作られており、外国の商人に対して不公平なものであったから。そして、厳正な裁判を地域の裁判所に促したものは協会責任制度と呼ばれる民間統治制度であった。

この説明によるなら、全ての長距離貿易商人は協会か同業者組内に組織されていた。もしある商人が別の協会に属する商人との契約を履行せず、そして契約を破った側の地域裁判所がその補償を命じなかったならば、損害を被った側の地域裁判所はその不履行を行った商人の属する協会の全会員に対して協働報復を発動しえた。不履行者側の協会は、破られた側の協会の商人たちとのすべての取引を取りやめることによってのみ、この制裁措置に対抗できた。もしこの対抗策による損失が大き過ぎるのなら、契約不履行を行う商人のいる協会は、厳正な裁判を求めるよう動機づけられる。この組合公正制と協働報復の組み合わせが商業革命初期数世紀の長距離貿易を支えた制度の基礎を創り、そしてシャンパーニュの大市における民間統治機関運営はその意味において特筆すべきことである、それがグライフの主張である。ここで注目すべきは、シャンパーニュの大市における法制度では外国から訪問中の商人には法権限が及んでいなかった、と推定されていることである。大市の当局は「その地を訪れた商人への法権限を放棄した。個々の商人が服していたのは自分の属する協会の法であり――そこには代表の執政官がいた――、大市が開催されていた地域の法ではなかった」(Greif 2006b)。この見解によるなら、商人間の契約は、不履行をした借主と更にはその借主が属する協会全体の大市からの追放を頼りとしていた。その主張されているところでは、商人たちの共同法廷が不履行者に契約履行を強制したのは協働報復への恐れによるものだった(Greif 2002)。

史実からの反論

シャンパーニュ地方の統治者たちは域外から訪れた商人たちへの法権限を放棄しておらず、またその商人たちが独自の協会の法のみに従うことを許しもしなかった。大市が国際貿易の中心であった時期の初期65年間(1180年頃より1245年まで)にあっては、シャンパーニュ地方に滞在中の全ての商人は大市の開催地の公的法体制に従わねばならなかった。1245年にシャンパーニュ伯は一部の滞在中の外国商人に自身配下の役人による裁定で免除認可を与えたが、それは伯爵が統治者としての直接の司法権を持ち込んだ、その下で行われたことに過ぎない。シャンパーニュの大市での商人協会の役割はごく小さなものだった(Bautier 1953, Edwards and Ogilvie 2012)。大市が国際的な重要性を持っていた期間のうちの初めの60年間に当たる1180年頃から1240年頃までの間には、商人協会が執政官を抱えることは無かった。大市における多くの主要な商人集団は執政官を抱えたことも、更には協会を形成したことも無かった。大市存続期の後期(1240年頃より後)、少数の商人集団が協会執政官を置いたが、それは協会内部での契約遵守のためにのみ用いられた。別々の協会に属する商人間での契約履行を強制するときに用いられたのは公的法体制だった(Edwards and Ogilvie 2012)。シャンパーニュの大市は80年もの間ヨーロッパにおける国際貿易の最重要拠点として栄え、その間に協働報復の記録は無い。それはシャンパーニュの大市の末期、約1260年以降、極めて限られた形で用いられたに過ぎない(Bourquelot 1865, Bautier 1970, Edwards and Ogilvie 2012)。報復制度は全般的に公的法体制に組み入れられていた。報復権の発動には公的司法裁判所で何段階かに及ぶ正式な法手続きを踏むことが要求され、報復措置の強制執行は国家の強制力に頼っていた(Ogilvie 2011, Edwards and Ogilvie 2012)。シャンパーニュの大市において、少数の商人協会は眼に見える形では報復活動を行っていない。公的統治機関不在の下、民間統治による協働報復が長距離貿易を下支えするものとなっていた、その証拠となる史実をシャンパーニュの大市に求めることはできない。

シャンパーニュの大市からの教示

一方で、シャンパーニュの大市から経済発展を齎すものについて学べることがある。

●第一の主要な教示は、公的権威に保証された政策方針とその実行は決定的な意味を持つ、ということである(Ogilvie 2011, Edwards and Ogilvie 2012。

シャンパーニュの法廷は、市場を基とした経済が繁栄するために最低限必要とされる機能的な政治権威の重要性を示す好例である。シャンパーニュ当局は安全、所有権、そして契約執行を保証し、基盤設備を造り、重量、寸法を標準化し、外国の商人が貸手である際には政治的に力を持った借手に対抗した支援を行い、そして外国の商人と地元の商人を平等に扱うことを確約した。

●第二の主要な教示は次の通りである。経済的成功のためにはすべての参加者が利用できる「一般的な」機関の方が、協会やギルドといった特権的な人脈を持つ会員のみの所有権や契約の執行を保証する「限定的な」機関より優れている(Ogilvie 2011, Ogilvie and Carus 2014)。

シャンパーニュの大市において、統治者の提供した制度機関業務は国際貿易を支えた。特筆すべきは、その制度の保証対象とされたのは一部の特権的なギルドや商人協会に限られず、広く 「すべての商人と商取引、そしてあらゆる種類の大市に来た人々に」(Alengry 1915)一般化された保証制度を布いた、ということである。

シャンパーニュの大市はフランス政権の管理下に移った1285年以降、国際貿易を惹き付け支えてきた、すべての市場参加者を対象とした統治制度、その廃止と共に衰退することとなった。フランス王室の短期的な利益追求という政治方針に従い、所有権、契約執行、そして商業施設の利用はすべての参加者に保証されたものではなく、特定の商人協会に与えられた「特権」となり、その他の人々を除外するものとなった。公権力はもはやすべての商人に平等な条件を整えず、他と差別して特定の集団にのみ特権的恩恵を与えるものとなった。商人たちは非差別的な機関を持つ都市へと移って行った(Edwards and Ogilvie 2012)。

結論的所見

経済発展に関してシャンパーニュの大市から多くのことを学ぶことができる。それは、公的権威というものは、良きにつけ悪しきにつけ、決定的なものであった、ということである。民間統治機関は契約執行、所有権、更には商業施設を保証しなかった。統治者がすべての人に対し一般化された統治制度を提供したとき、大市は繁栄した。そして、一部の人々にのみ特権としてそれを認可し、他を除外したとき、交易は衰退し別の所へと移って行った。

参考文献 / References
Alengry, C (1915), Les foires de Champagne: étude d’histoire économique, Paris.
Bautier, R-H (1952), “Les principales étapes du développement des foires de Champagne”, Comptes-rendus des séances de l’Académie des inscriptions et belles-lettres 96(2): 314-326.
Bautier, R-H (1970), “The Fairs of Champagne”, in Essays in French Economic History, ed. R. Cameron, Homewood, IL: 42-63.
Bourquelot, F (1839-40), Histoire de Provins. 2 vols. Paris.
Bourquelot, F (1865), Études sur les foires de Champagne, sur la nature, l’étendue et les règles du commerce qui s’y faisait aux XIIe, XIIIe et XIVe siècles. 2 vols. Paris.
Dasgupta, P S (2000), “Economic Progress and the Idea of Social Capital”, in P S Dasgupta and I Serageldin (eds) Social Capital: a Multifaceted Perspective, Washington: 325-424.
Dixit, A K (2004), Lawlessness and Economics: Alternative Modes of Governance. Princeton, NJ.
Dixit, A K (2009), “Governance Institutions and Economic Activity”, American Economic Review 99(1): 5-24.
Edwards, J S S and S C Ogilvie (2012), “What Lessons for Economic Development Can We Draw from the Champagne Fairs?”, Explorations in Economic History 49 (2): 131-148.
Greif, A (2002), “Institutions and Impersonal Exchange: from Communal to Individual Responsibility”, Journal of Institutional and Theoretical Economics 158(1): 168-204.
Greif, A (2006a), Institutions and the Path to the Modern Economy: Lessons from Medieval Trade, Cambridge.
Greif, A (2006b), “History Lessons: the Birth of Impersonal Exchange: the Community Responsibility System and Impartial Justice”, Journal of Economic Perspectives 20(2): 221-236.
Helpman, E (2004), The Mystery of Economic Growth, Cambridge, MA.
Milgrom, P R, D C North and B R Weingast (1990), “The Role of Institutions in the Revival of Trade: the Medieval Law Merchant, Private Judges and the Champagne Fairs”, Economics and Politics 2(1): 1-23.
Ogilvie, S (2011), Institutions and European Trade: Merchant Guilds, 1000-1800. Cambridge.
Ogilvie, S and A W Carus (2014), “Institutions and Economic Growth in Historical Perspective” in S Durlauf and P Aghion (eds), Handbook of Economic Growth., Amsterdam, vol 2A: 405-514.
Terrasse, V (2005), Provins: une commune du comté de Champagne et de Brie (1152-1355), Paris.
World Bank (2002), World Development Report 2002: Building Institutions for Markets, Oxford.

訳注
1.本文中における参考文献の照会についての注意。括弧内に著者名と発表年が示してあるものは参考文献/Reference内の該当作品を参照とした、ということを示す。
2.“Milgrom et al.”が意味するものは、「ミルグロムと共著者」。この場合は、参考文献/Reference内の「Milgrom, P R, D C North and B R Weingast (1990), “The Role of Institutions in the Revival of Trade: the Medieval Law Merchant, Private Judges and the Champagne Fairs”, Economics and Politics 2(1): 1-23」を指す。

Simeon Djankov:通貨が崩壊するとき

Simeon Djankov: When Currencies Collapse, (PIIE Realtime Economic Issues Watch. December 30th, 2015)

12月の終わり頃、アゼルバイジャンの通過であるマナトは1日でその3分の1の価値を失うことになった。それは、中央銀行が米ドルに対し固定相場制を取っていたマナトを変動相場制に変更する、と決定した後に起こったことだ。この一連の動きは国民を怒らせることになったが、それに止まらずコーカサス地方にまたがって波紋を広げることとなった。その直後に、隣接するグルジアで首相が辞任することとなり、通貨価値の変動はその突然の辞任の一因である、として引き合いに出された。これはコーカサス地方における痛みを伴う金融改革期の始まりに過ぎないのかもしれない。

 

2月初頭の平価切り下げと合わせて、アゼルバイジャンはその通貨価値を2015年中に対ドルで55%下げることとなった。その最大の原因は、主要な輸出品である石油とガスの価格の下落である。国家予算のこれらの産品への依存度は非常に大きいため、2015年における財政赤字はGDPの10%近くに達する見込みだ。アナリストたちはアゼルバイジャンの銀行部門における混乱を予想している。多くの企業及び一般家庭は、米ドルで多額の借り入れをしており、それをマナトを基準とした収入から返すことになるからだ。

 

他の国々もまた、同様の問題を抱えている。カザフスタンの通貨であるタンゲは2015年に対ドルで47%価値を下げ、グルジアの通貨価値は25%、ロシア通貨ルーブルは24%、トルクメニスタン・マナトは19%、それぞれ価値を下げた。これらの国々はどこも過去10年にわたる高い経済成長を享受しており、それは燃料の輸出とその運輸税に依っている。そして幸運な時代は終わりを告げた。

 

通貨価値が崩壊したとき、政府は何をすべきか。短期的には、過去の計画に沿った政府支出が可能である。たとえそれが大幅な財政赤字状態であったとしても。実例を見るならば、グルジアとロシアの2015年における財政赤字はGDPの3%を超え、アゼルバイジャンではそれよりもさらに大きい。そして長期的には、公共支出の削減による赤字の解消という難しい決断が迫られる。

 

通常では、公共部門の給与及び年金の凍結が最初に発効される。多くの消費者向け製品が海外からこれらの国々に輸入されることを考え合わせるならば、この凍結は国民が貧しくなる方向へといきなり方向転換することを意味する。二番目に行われることが、教育及び医療といった公共部門への支出の削減である。これらの部門では、以前と同等の業務水準が求められるのに、少ない予算でやりくりせねばならないことになる。そして三番目に、公共設備投資の削減が求められる。ロシアでは2018年のワールドカップ予算は据え置かれるものの、以前に計画されていた設備投資計画の60%の削減がすでに発表されている。さらに同様の発表がロシア以外の政府からも出されることが予想される。

 

民主主義社会では上記のような公告は政権交代、そしてしばしば選挙へとつながる。上記4カ国のうち唯一の民主主義国家であるグルジアではすでに政府内部の入れ替えが見られる。その他の国々では、個々の大臣が政府の支持率を上げるための犠牲となっている例が見受けられるものの、政権そのものは維持されている。ただし、それが維持できるのも通貨価値が下落し続けない限り、だ。