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ファデル・カブー「アフリカのパンデミック対応は、経済・通貨主権の回復を必要としている:公開書簡」(2020年9月)

Africa’s Pandemic Response Calls for Reclaiming Economic and Monetary Sovereignty: An Open Letter 

これまでのところ、アフリカは新型コロナウイルスによる公衆衛生への最悪の影響を免れてきたが、それに伴う経済活動の停止により、アフリカが抱える経済的欠陥と構造的脆弱性がより明るみに出るようになった。アフリカは資源に恵まれた大陸であり、すべての住民にまともな生活の質を提供する能力がある。医療や教育などの普遍的な公共サービスを提供し、働きたい人には雇用を保証し、働けない人にはまともな所得補助制度を保証することができる。しかし、長期にわたる植民地時代とその後の社会経済的混乱は、市場の自由化によってますます悪化し、アフリカ諸国を次に挙げるような構造的欠陥を有した悪循環に陥らせてきた。それは、

  • 食糧主権の欠如
  • エネルギー主権の欠如
  • 低付加価値の製造業・資源採取産業

である。 [Read more…]

ノア・スミス「移民がやってきても賃金が下がらない理由」(2020年12月30日)

[Noah Smith, “Why immigration doesn’t reduce wages,” Noahpinion, December 30, 2020]

証拠に耳をかしてもらえるわけじゃないけれど…

この記事では,移民がやってきても,その国で生まれ育った人たちの賃金が下がらない理由を解説する(ただし,一握りの特別な状況ではもしかすると少しばかり下がるかもしれない).ただ,その話に入る前に,ぜひ理解してほしいことがある:誰も,この記事で意見を変えないだろうってことだ.それには2つ,理由がある.
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ランダル・レイ「現代貨幣理論への“カンザス・シティ”アプローチ:成立史から辿るMMT入門」(2020年7月)

The “Kansas City” Approach to Modern Money Theory
by L. Randall Wray
Levy Economics Institute of Bard College
Working Paper No. 961
July 2020

目次

  1. 表券主義ー貨幣国定説
  2. 信用貨幣:貨幣サーキットと内生的貨幣
  3. 貨幣の性質
  4. バランスシートの統合および整合: あるいは、政府支出の実態
  5. 部門別収支
  6. 金融不安定性
  7. 機能的財政、需要管理、完全雇用
  8. MMTと雇用保障
  9. 結論: MMTと政策

要旨

現代貨幣理論(MMT)は、異端派経済学内の流派の一部を統合したものである。主権通貨を発行する国家において、金融・財政の運営を記述することに焦点が当てられている。以上の観点から、ジョージ・フリードリヒ・クナップの国家貨幣のアプローチ(チャータリズム:表券主義)を応用し、さらにジョン・メイナード・ケインズの『貨幣論』を採択している。MMTは「主権通貨の発行者と、その主権発行通貨の利用者の違い」を強調している。この違いが強調されているのは、「財政・金融の政策余地」「期日までに全てを支払う能力」「信用力」「超過債務」などの問題に関係しているからである。しかし、MMTは、A・ミッチェル=イネスに倣って、主権通貨発行者と非主権通貨発行者の間には類似性があることを認めている。それゆえ、信用貨幣論(ポストケインズ主義者が通例呼ぶ用語では「内生的貨幣理論」)と、貨幣国定学説(Staatliche Theorie des Geldes)の統合を行った。MMTはこの統合を、政策分析に活用し、為替制度、完全雇用政策、金融・経済の安定性、そして現代経済が直面している現状課題(不平等の拡大、気候変動、人口高齢化、長期停滞、開発の不均衡)などの問題に応用している。本論文では、ミズーリ大学カンザスシティ校(UMKC)とバード大学レヴィ経済研究所におけるMMTへの取り組み、「カンザス・シティ」アプローチの発展について焦点を合わせてみたい。

キーワード:現代貨幣理論(MMT)、機能的財政、チャータリズム(表券主義)、貨幣国定学説、部門別収支(三部門収支バランス)、カンザス・シティ・アプローチ、雇用保障(ジョブ・ギャランティー)、主権通貨(ソブリン通貨) [Read more…]

タイラー・コーエン「ドクター・ファウチのシュトラウス主義(蒙昧論法)」(2020年12月24日)

Dr. Fauci, Straussian
by Tyler Cowen December 24, 2020 at 2:01 pm in Medicine Science

ドクター・ファウチは、何百万ものアメリカ人が指針が求めている人物であり、トランプ政権でアドバイザーを務めており、次期バイデン政権でも務める予定の人物だが、最近になって、集団免疫の推定値を徐々に引き上げ始めている。

パンデミックの初期だと、彼は、ほとんどの専門家と同じく60~70%の推定値を持ち出す傾向があった。一月ほど前、彼はテレビのインタビューで「70ないし、75%です」と言い始めた。そして先週、CNBCのインタビューでは「75ないし、80ないし、85%です」や「75から85%以上ですね」と言っている。

翌日の電話インタビューで、彼は、徐々に、しかして意図的にゴールポストを動かしているのを認めた。ファウチ曰く、「私がポストを動かしているのは、ある理由では新しい科学的知見に基づいているからですよ。でも別の理由もあります。それは自分の本当の考えを、国がやっと聞く準備ができたからなんです」と。

「受け入れるには困難かもしれませんが、ウィルスを封じ込めるには90%近くの集団免疫が必要になるかもしれないと私は考えています。これは、麻疹の流行を止めるのに必要な数値とほぼ同じです」とファウチは語っている。

有名な疫学学者は、ファウチが出した結論について尋ねられて、「彼が正しいと証明されるかもしれない」と述べた(略)。

ドクター・ファウチは、「私は数週間前だと、公に集団免疫の推定値を高くするのに躊躇していました。アメリカ人の多くが、ワクチンを摂取するのに躊躇しているように感じられたからです。国家として集団免疫を獲得するためには、アメリカ人はほぼ例外なくワクチンを受け入れる必要があるでしょう」と語った。

以上引用したニューヨーク・タイムズの記事の全文はここだ。いくつかの要点は以下となる:

1.たしかに、シュトラウス主義(蒙昧主義)は、これまで一般理論として説得力をもってきた。

2.ファウチは、多くの人から、「反トランプ」として偶像視されているが、リスクを伝達する人間としては無惨な存在である。これは、彼が最近、何種類かのワクチンを大して「効果が少ない」と攻撃したことからも裏付けられる。(こういったワクチンは、適正に使用すればそれでも有効に機能する可能性がある)。彼の以前のマスク〔には効果がない〕との発言は触れるまでもないが、3月半ばの船旅の安全性についての発言もそうだ。「ファウチをどう把握するのか?」これは、実際かなり良いリトマス試験紙になている。

3.FDAの一連の行為について、〔ファウチという〕内部関係者が話している。これは全て信用すべきなのだろうか?

4.僕は、集団免疫の閾値が何なのか一切分からないが、この件(あるいは他の案件)私は真実を語ろうと努力しているのだということは保証しておく。僕が提唱する蒙昧主義は、僕自身がコミュニケーションのときに「こうすべきだ」と考える規範的理論ではなく〔つまり私は裏のあるような言い方をしようと思っているわけではなく〕、「世の中は実際こうなっている」という実証的な理論であって、その正当性がまたもや立証されたというわけだ。

ピーター・ターチン「トランプと潜在大衆動員力――エリート過剰生産の果て」(2016年4月21日)

Donald Trump and Mass Mobilization Potential
April 21, 2016 by Peter Turchin

 前回の記事では、エリートの過剰生産がいかに政治的不安定性をもたらすかについて話をした。数が固定されている政治的地位を巡って多すぎるエリート志望者が競争することは、つまり地位と権力の追求に挫折する人数が大きく増えることを意味する。そのうちの何%かは過激化し、既存エリートを引きずり下ろして社会的秩序を転覆させるべく積極的に働く「対抗エリート」へと変貌する。

 とはいえ対抗エリートの数は少ない。彼らは優れた組織者であるがゆえに危険だが、彼らが社会秩序を覆そうと努力するためには、構造的人口動態(SD)理論の第2の構成要素――高い潜在大衆動員力、つまりMMP――が必要になる。MMPは非エリート、つまり所謂99%[訳注:最も裕福な1%以外の人々]が享受している(もしくはしていない)ウェルビーイングの動向にかかってくる。米国の経済学者リチャード・イースターリンと彼の生徒たちの研究が示しているように、重要なのはウェルビーイングの絶対水準ではなく、ある世代から次の世代にかけてそれがどのように変わったかだ。人々の中で(政治的暴力の源として)最も危険な年齢グループである20代の面々について考えよう。彼らは自分たちが達成した、あるいは達成できるであろう標準的な生活の質を、両親のそれと比較する。もし彼らの生活の質が低ければMMPは上昇し、逆なら低下する。

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ノア・スミス「新しいマクロ経済学:「みんなにお金あげろ」」(2020年12月6日)

[Noah Smith, “The new macro: ‘Give people money‘”, Noahpinion, December 6, 2020]

今回の苦境では経済理論は主役をおりている

この前 Twitter でジョークをつぶやいた.この10年でマクロ経済学がどう変わったかってネタだ:

・2010年のマクロ経済学: 「確率的均衡を定義する要因は右のとおりである―――消費経路(…),物価(…),賃金(…),政策の各種変数(…).政策変数には次のようなものがある(以下略)」
・2020年のマクロ経済学: 「みーんなにお金あげろー.みーんなにお金あげろー.みーんなにお金あげろー.みーんなにお」

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ピーター・ターチン「エリート志望者ドナルド・トランプ――エリート過剰生産の落とし子」(2016年4月19日)

Donald Trump as an Elite Aspirant
April 19, 2016 by Peter Turchin

 昨日、ネッド・レスニコフが、先週の私へのインタビューに基づいた「近い将来の破滅について古代史が語ること」という記事を公開した。とてもいい記事だが、私が話したいくつかのことについて彼の文章には載っておらず、その点についてブログで膨らませようと思った。

 これらは全て構造的人口動態(structural-demographic, SD)理論に基づいている。我々自身のものも含む複雑な社会が、なぜ定期的に社会的政治的な不安定性の波を経験するのかを理解するうえで、これこそが現在使える最良の理論だ。この理論に最初に触れる読者は、SD理論を説明したいくつかのブログシリーズを集めた人気記事とシリーズのページをチェックしてほしい。

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ピーター・ターチン「エリート過剰生産とは――弁護士たちの二極化」(2013年11月10日)

 「エリートの過剰生産」、それが米社会で拡大する格差の行く末に関する議論に対して、私が吹き込もうとしている最も重要なアイデアだ。社会学的な定義を使うなら、エリートとは自らの手の内に権力を集めている人口の小さな一部分(典型的には1~2%)である。つまり彼らは権力者たちだ。また財産も権力の一形態であり、エリートは通常、トップレベルの資産保有者を含む。より一般化するなら、社会的権力には4つの源がある。経済的/金銭的、強制的/軍事的、行政的/政治的、そしてイデオロギー的/宗教的な権力だ(これについてはマイケル・マンの著作を参照)。

 エリートの過剰生産とは、権力の座を巡る競争相手の供給過剰と定義される。単に「既存」のエリート(実際の権力保有者)が多すぎることを意味するのではない点に注意を。権力は持っていないが、それを熱望している(構造的人口動態理論の業界用語では『エリート志望者』という)数多の挑戦者たちもそこには含まれる。

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サイモン・レン=ルイス「COVID-19パンデミック下とその後の財政政策」(2020年12月1日)

[Simon Wren-Lewis, “Fiscal policy during and after the coronavirus pandemic,” Mainly Macro, December 1, 2020]

先日行われたこのセミナーに触発されたのもこの記事を書こうと思ったきっかけだが,同時に,The Resolution Foundation から出たこの見事な論文にも触発された.長文失礼.だが,とりあげるべき事柄が多いのだ.

この記事は5パートにわかれる.最初のパートでは,過去10数年に財政政策の理解がどう発展してきたかに目を向ける.パンデミック下で財政政策をどう実施すべきかを考えるのに,この点は必須の背景知識だ.2つ目のパートでは,パンデミック下の財政政策支援に目を向ける.3つ目のパートでは,大衆がワクチンを接種した結果としてパンデミックが実質的に終わったときから,経済が完全に回復するまでのごく短期間にできることを考える.4つ目のパートでは,ひとたび経済が完全に回復したあと,徐々に対 GDP 比の債務を減らしていくよう試みるべきかどうかを考える.最後のパートでは,イギリス財務大臣の近年の行動とそのメディア報道のあり方に目を向ける.
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ジョセフ・ヒース「行政府の規制について真剣に考える」(2014年7月7日)

Thinking seriously about regulation
Posted by Joseph Heath on July 7, 2014

ダニエル・カーペンターの本“Reputation and Power Organizational Image and Pharmaceutical Regulation at the FDA(評判と権力:FDAの組織的心証と医薬品規制)”を読み終えたところだ。「十全に魅力的な本である」とまでは言わないが、FDA(米国食品医薬品局)の歴史について書かれた700ページの本としては、かなり良い本である。私がこの本に関心を持ったのは、去年の秋、3ヶ月ほどの間に、2人の人間からこの本を勧められからだ。まったく別の機会、まったく別の2人から「君は、このFDAについての700ページの本を読むべきだよ」と言われる驚くべき可能性を考慮した以上、これは素晴らしい本に違いない、と思ったわけだ。

2人もの人間にこの本を勧められたのには理由がある。行政の裁量権と、“public servant(公務員)”はその裁量権をどのように実施しているのかに、私が関心を持っているからだ(ここを参照)。私は、政府の行政機関について研究しているのだが、規範的な政治哲学において行政機関は深刻なまでに理論化されていないとの見解に沿った研究となっている。この研究に基づいた行政機関へ幅広い関心の一環としてFDAに関心を寄せることになった。

もっとも、カーペンターの本は、ある研究プロジェクトの一部であることで、私個人の関心を超えて、興味深い本だ。もう少し詳しく説明しよう。この本は、アメリカにおける、とある学者の集団(多くがトービン・プロジェクトに参加している)が行っている最近の試みの一環として出版されている。この学者集団は、「規制」について真剣に考えることで、過去50年に渡って「規制」をめぐる議論を支配してきた、古臭く、それでいて高度にテンプレ化された理論(「いわゆる“公共の利益”と“レントシーキング”には対立が存在する」や「規制の虜」理論)を打破しようとしている。 [Read more…]