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ブラッド・デロング「いまや『第二の金ぴか時代』に生きてるってことははっきりさせておこう」(2019年6月26日)

[Bradford DeLong, “Making it real that we live in the “second gilded age”…,” Grasping Reality with Both Hands, June 26, 2019]

このところ,いろんな人たちからこんなことを聞かされる.「ポール・クルーグマンが書いたこのコラムやその同類どもが書いた同趣旨の文章は血も涙もない話だし提案も成果を挙げないだろう」
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アレックス・タバロック 「核戦争が起こる確率はどのくらい?」(2019年7月1日)

●Alex Tabarrok, “What is the Probability of a Nuclear War?”(Marginal Revolution, July 1, 2019)


「核戦争のリスクは相変わらず世界が直面している一番大きな問題だ。いつか近いうちにやって来るかもしれない差し迫ったリスクであるようには見えないとしてもね」とはコーエンの言だが、私も同意見だ。

核戦争が起こる確率を予測するというのは難題も難題だが、ルイーザ・ロドリゲス(Luisa Rodriguez)がEffective Altruism Forumで核戦争が起こる確率を探る難業に乗り出している各種の試みを念入りに概観している。その道の専門家にしても超予測者(superforecaster)1にしてもいずれもが「かくあれかし」との世人の願いよりもずっと高い確率で核戦争が起こると予測しているようで面食らってしまったものだ。本エントリーの末尾に掲げた表にあるように、核戦争が起こる確率は1.17%(.0117)と見積もられているが、この数値は「1年間のうちに」核戦争が起こる確率であることに注意願いたい。ということはつまり、たった今生まれたばかりの赤ん坊が例えば75歳まで生きるとすれば、その赤ん坊が75歳で死ぬまでの間(一生のうち)に核戦争が起こる確率はおよそ60%(=1-(1-.0117)^75)ということになるのだ。思いがけないアクシデントが原因で1年間のうちに(米露間で)核戦争が起こる確率はというと0.9%(.009)。ということは、先の赤ん坊が75歳で死ぬまでの間に思いがけないアクシデントが原因で(米露間で)核戦争が起こる確率はおよそ50%(=1-(1-.009)^75)ということになる。ロドリゲスも触れているし、エリック・シュローサー(Eric Schlosser)の『Command and Control2でも詳しく取り上げられているが、ノースカロライナ州で起きた核爆弾落下事故をはじめとして(思いがけないアクシデントが原因で)核戦争一歩手前までいったケース3というのはギョッとするほど多いのだ。

60%に50%。クレイジーで馬鹿げてるとは思わない。クレイジーな高さだとは思うけどね。最後にロドリゲスによるまとめを引用しておこう。

歴史上の証拠(事実)に専門家の見解、そして超予測者による見積もり。これらすべてをひっくるめることにより、核戦争がどのくらいの確率で起きそうかを大まかに推定するとっかかりを得ることができる。ただし、一つひとつの推定結果を過度に重視しないように注意すべきだろう。というのも、確率を推定するための素材として利用されたデータはどれもそれぞれに重大な欠点を抱えているからである。とは言え、一定の限界は抱えつつも、これまでの議論を踏まえると次のように考えてもよさそうだ。1年間のうちに核戦争が起こる確率はおよそ1.17%であり、1年間のうちに米露間で核戦争が勃発する確率はおよそ0.39%と見積もられる。

  1. 訳注;「超予測者」についての詳細は次の本を参照されたい。 ●フィリップ・E・テトロック &ダン・ガードナー(著)/土方 奈美(訳)『超予測力――不確実な時代の先を読む10カ条 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)』 []
  2. 訳注;本書の概要については本サイトで訳出されている次の記事も参照されたい。 ●アレックス・タバロック 「『覆面経済学者の逆襲』、『アメリカにおける財産の歴史』、『コマンド&コントロール』 ~お気に入りの3冊~」(2017年8月28日) []
  3. 訳注;この話題については本サイトで訳出されている次の記事も参照されたい。 ●アレックス・タバロック 「事実は小説よりも奇なり ~行方不明の核爆弾~」(2017年8月26日) []

ジェームズ・ハミルトン「Libra:Facebook暗号通貨の経済学」

James Hamilton “Libra: economics of Facebook’s cryptocurrency” Econbrowser, June 24, 2019


先週1 ,Facebookは新たな国際暗号通貨Libraの構想を発表した。このLibraという名前は,銀1ポンドに基づき中世を通じてフランスの貨幣だった”livre”と,ラテン語で「自由」を意味する”liber”の合成のように思える2 。Facebookは,従来の銀行にアクセスのない世界の17億人の成人に対してLibraが国境を越えて資金を簡単に転送する自由を与えると主張している。

お金は3つの特質によって定義される。すなわち,計算の単位(私たちが買うものは大抵ドルで値付けされている),交換の媒介(そうしたものを買う際には,売り手に自分のドルをあげて支払えばよい),価値の貯蔵(自分の富は支出したくなるまでドル現金で確保しておける)だ。

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  1. 訳注;2019年6月18日 []
  2. 訳注;ぱっと見ではLibraの名称について公式に解説した記事はなかったものの,ラテン語で”Libra”は天秤を指すとともに,重量の単位,銀貨を指した(フランスの重量・通貨単位livreの語源)。ただし,フランス語でLivreは英語のbookなので(重量・通貨単位のlivreと語源は異なる),Face”book”に通じると言えるのかもしれない。 []

アレックス・タバロック「連邦犯罪者になる方法」(2019年6月20日)

[Alex Tabarrok, “How to Become a Federal Criminal,” Marginal Revolution, June 20, 2019]

秀逸な Twitter フィード @CrimeADay を流してるマイク・チェイズが,イラスト入りのハンドブックを出した.題名は『連邦犯罪者になる方法』だ (How to Become a Federal Criminal).実のところ,このハンドブックを読まなくても,連邦犯罪者になるのはすごくかんたんだったりする.
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ジョセフ・ヒース「将来世代に負担を残すなと言っている人は、嘘を付いてる冷笑家? それともバカなだけ? 永遠の疑問」(2015年1月25日)

Cynicism or stupidity? the eternal questionPosted by Joseph Heath on January 25, 2015 | environment, politics

先日ダボスで、財務大臣のジョー・オリバーはカナダは均衡財政を維持する決意を表明した。オリバーは、均衡財政を世代間の公平性に関したよくある言い回しの「道徳的的問題」として説明してみせた。「我らの子供ら、孫らに、今日の我らが負っている歳出を負担させることは、間違えていると皆さんも考えているでしょう…」

しかしながら、学があるほとんどの人がご存じなように、これは経済的誤謬である。一家総出でレストランで食事して、食べ終えてから、親は勘定をばっくれて、子供たちに支払わせるようなものではない。政府がお金を借りた場合は、〔簿記上の金融〕資産と負債が共に生み出され、このどちらもが将来世代に引き継がれることになる。つまり「我らの子供らや孫ら」を含めても状況はそのままなのだ(例えば、ある人がカナダの貯蓄債権を相続したとする。するとその人は〔債権から〕歳入を受け取る。一方で、別の誰かがその歳入への支払いに応じねばならない税負担を相続することになる)。これは、同一世代内での分配効果を持つことになるが、世代を跨いでの分配効果は持たない。唯一の世代を跨いだ問題は、我々が、今貯蓄するか、それとも消費すべきにあり、金利がゼロに近い場合は、この問いに答えるのはそれほど難しくない。

一方、読者は、本物の道徳的問題が提起されている案件を存じだろうか? 世代間の公平性における本当の問題だ? 気候変動である。私は、我らの子供らや孫らに、今日の我らが生成している炭素排出を負担させるのは間違えている、と思っている。そう、我々の会計的慣習によって将来世代に負担をかけているように見えるだけの政府債務と違い、大気汚染はリアルな将来世代への負担だからだ。おまけに、大気汚染では、我々は今の消費のコストを全て負担せずに、将来の世代に付けを回している明白な事例となっている。すると、オリバーの発言はどう解釈すればよいのだろう? 現政府は、世代間の公平性を含む「道徳的」問題に対して、即座に、しかも信念に基づいて行動することを約束している。そしてそれでいて、〔その政府を代弁する〕オリバーが関心を示している「道徳的」問題は、ほぼ完全に政府の会計的慣習による虚構にすぎないのだ。一方で、政府の一員であるオリバーは、我らの時代における世代間の公平性の最も差し迫った問題〔気候変動〕を完全に無視しているわけである。いやそれどころか、オリバーは、水面下でひたすらこの問題の解決策のあらゆる可能性を破棄することに邁進すらしている。

確実なのは、将来世代は、ほぼ間違いなく我らを呪うだろうし、もしかしたら我らの墓に唾を吐きかけたりさえするかもしれない。しかしながら、どうしてこんなことになっているのだろう? 将来世代を怒らせる可能性が高いのは、我らが残した財政赤字だろうか? それとも我らが、将来世代が幸せで生産的な生をこの惑星上で送るのが難しくなるように地球の大気組成を変えてしまうことだろうか? どちらなのだろう? この疑問が、ハーパー政権の行動とコミュニケーション戦略を熟考する時に、重要な論点として私に関心を向けさせることになり、いつも自問自答することになっている。オリバーは愚かなのだろうか?――つまり、彼は本気で公的債務の最も基礎的な特徴を理解していない可能性だ。それとも、オリバーは冷笑的なだけだろうか?――例えば、彼は、自身が文字通り真実でないことを話していることを理解しているが、ほとんどの人がそれを真実だと考えているので、こうするのが自身の立場を守る良い方法だと理解している可能性だ。

私は毎度、「冷笑・利己主義」こそが相応しい解釈とする考えに引き寄せられることになる。もしかしたら、こんな結論に至るのは、私が慈悲深いだけかもしれない。一方で、これがどれだけ並外れて冷笑・利己的なのか考えてるみるべきだ。オリバーは、世代間の公平性という観点では、政府の赤字は関係ないことを知っているわけである。 実際にオリバーにあるのは,政府を小さくすることを志向する確固たる決意だ。なので、政府の歳入が低下すれば、歳出をカットすることで、政府の規模を小さくする機会をオリバーに与えることになる。「赤字は不道徳」という考え方は、「小さな政府」論(これはアピールするのが難しい)を唱えることなく、政府規模の縮小を大衆にアピールする便利な手段になっているのだ。

これはすっかり当たり前のやり方になってしまっている。 非常に皮肉なのが、我々が実際に深刻な世代間公平性の問題に直面していることだ。気候変動という形で。 ハッキリ言おう。気候変動という形態を取った深刻な世代間の公平性の問題に、我々自身が向き合っている有り様のことである。我らは、 気候変動問題において子供らの為に正しい行いを行うのに失敗しているだけでなく、正反対なことをしてしまっている。 すなわち、我々の将来世代の厚生に関する道徳的関心が、ハーパー政権にとって何の重要性にもなっていないことは明白だ。もし我々が関心を持っているのなら、連邦政府の新しい炭素税によって産み出された全歳入をどう使うべきかについて議論をすることになっているだろう。これこそが、オリバーの凡庸な冷笑的発言を、より深い領域の冷笑性に至らしめているものである。

最後にちょっとした楽しい頭の体操。世の中には、気候変動について我らは特に心配しなくてよいと示唆している言説が多く存在している――そういった言説はどういうわけか物事は(何もしなくても)勝手にうまくいく、とされている。 「気候変動に対して何もしなくてもよい」との言説を何か1つ選んで、同じ理屈で「政府の赤字を無視してもよい」と言えてしまわないものを見つけてみよう。

ジョセフ・ヒース「タバロックへの返答」(2015年4月22日)

Response to Tabarrok Posted by Joseph Heath on April 22, 2015

〔『啓蒙思想2.0』本文の訳は、邦訳『 啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために』栗原百代訳, NTT出版, 2014年 より引用しました。〕

Marginal Revolution のアレックス・タバロックが最近、寛大にも『啓蒙思想2.0』の告知と、さらにはThe New Rambler での長い書評を(『資本主義は我々を愚かにするか?』という見出しで)書いてくれた。私はこの10年以上ずっと、 Marginal Revolution の熱心な読者でありファンだったので、これはとてもエキサイティングだった。書評ではまた、いくつもの興味深い問題点が提起されており、コメントしようかなと思った。

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タイラー・コーエン「世界各国の正直さ」

Tyler Cowen “Civic honesty around the globe” Marginal Revolution, June 22, 2019


旅行に出てて話題にちょっと乗り遅れてしまったけれど,とにかくもこの件を蒸し返してみよう。

市民の正直さは社会資本と経済発展の必須要素であるが,しばしば物質的な利己心と対立する。私たちは世界40か国355都市における実地実験を用い,正直さと利己心とのトレードオフを検討した。私たちは異なる金額が入った17000個以上の財布を公的機関や民間機関に届け出,財布を受け取った側が返却のために持ち主に連絡を取るかを計測した。ほぼすべての国において,入っている金額が大きいほど市民が財布を返却する可能性が高かった。この結果は非専門家及び専門家の双方が予想しえなかったものだ。追加的なデータは,私たちの主要な発見が利他的な配慮及び自分自身が泥棒であると見なしてしまうことへの忌避の組み合わさったものであることを示唆しており,後者は不正直であることによる物質的な利益が高まることで増大する。

以上がアラン・コーン,マイケル・アンドレ・マレシャル,デビッド・タンネンバウム,クリスティアン・ルーカス・ズンドの新論文の要旨だ。これを後だしで言うのは簡単だけれど,この結果は直感的にしっくりくるものだと思う。下の図が各所で話題になっている各国ごとの結果だ1

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  1. 訳注;なお,日本は調査対象に含まれていない。 []

アンドルー・ポター「サッカーのダイビング問題の解決方法」(2018年6月22日)

How to solve the problem of diving in soccer
Posted by Andrew Potter on June 22, 2018 | culture

ワールド・カップの別側面、ダイビング(ないし「シミュレーション」)というやっかい事が美しい試合に悪影響を与えているとの別の関心が沸き立っている。4年ごとに、普段は競技に無関心なニワカサッカーファン達が熱狂し、そのニワカ達は突如皆して、世界最高のサッカー選手達の一角に多量のイカサマ師がいることに気づくことになるのだ。

今回のワールド・カップもいざ滞りなく始まったのだが、1週間経過した後、突っ伏し倒れ、身悶え、苦悶、転げ回り、体のくねらせ、倒れ込む、といった騙すような選手の虚動によって試合が定期的に中断する恒例行事が起こることになった。この恒例行事を受けて、我々は毎度の疑問に至る:もしなんらかの対処があるならそれは実行可能だろうか? と。

まず最初に、ダイビングは目新しいことではない。非常に長い間、試合の一部を司ってきている。 ウィキペディアにはあきれてしまうが、当たり前のようにこの件についての項目がある。

しかしながら、次に皆がダイビングを悪いと思っているわけでもないのだ。グローブ&メイル紙のテレビ評論家ジョン・ドイルは2大会前の記事で、ダイビングは完全に許された行為であり、ダイビングへの文句は、北米辺境民の「独断性、公平性の狭い解釈、スポーツマンシップ、マチョズム」といったこの教区の信仰フレーズに過ぎない、と断言している。

不幸なことに、選手の多くも〔このドイルの見解に〕賛成している。世界のベストプレイヤーの一部は、悪名高く、悪びれないダイバーだ。過去から今へと続くエース潜水夫リストには、アリエン・ロンッベン、ルイス・スアレス、クリスティアーノ・ロナウド、ユルゲン・クリスマンらが含まれている。もっともジョン・ドイルとは異なり、FIFAとUEFAは、ダイビングをいかさま行為の一種として扱うように強く要求している。なので1999年から両組織は、反ダイビング・ミッションに取り組んでいる。しかしながら、ほとんど成功していない。

最近のVoxのダイビングに関する新しい研究の論文が示しているように、ダイビングの問題は、それがランダムに起こっていなことにあるのだ。ダイビングはランダムではなく、非常に合理的な行為であるということが研究者によって発見されている:ダイビングは、全得点の1/4以上がセットプレイからなる総得点が低いスポーツにおいてメリットを最大限引き出すための、審判を標的にした戦略なのだ(今回のワールド・カップでも、ここまでのところ、全得点の半分以上がセットプレーとなっている。)

ダイビングを解決すべき問題とするなら、可能な対処法は何かあるだろうか? 別の見方をするなら、ダイビングを合理的な戦略にしてしまっている今のインセンティブ構造を変えることは可能なのだろうか?

2つの標準的な解決先が考案されている。1つ目は、セットプレイ(特にペナルティ・キック)の反則を取るのを今より厳しくすることだ。2つ目は、ダイビングで騙した選手に、イエローカードないし即刻退場のペナルティを課すことだ。1つ目の解決策は、試合のあり方を根本的に変えてしまうことになるかもしれないので、ホッケーでのゴールの大きさの変更や、バスケットボールでのゴールリングの高さを変更と同じ理由で反対されるかもしれない。

2つ目の選択肢に関しては、Voxの記事で指摘されているように、審判がイカサマ行為を判定することは、審判に多大なプレッシャーを背負わせることになり、これは「本当の負傷を無視したり、悪質なスライディングタックルを罰しなくなる審判なんて審判なんかじゃない」となってしまう。

個人的には、悪質な非接触ダイブを行った選手を退場させるのには賛成だ。しかも、プレイヤーがイカサマ行為を行ったかどうかの判別が難しい、との言説が広まっていることに少なからず驚いている。いかさまの判別は実際には難しくない。2009年の研究では、シミュレーション行為の4つの判別基準が発見されてる。「弾道学的連続性の欠如」(ダイブの方向と大きさの、自然な接触動作からの矛盾)や、「接触の一貫性の欠如」(例えば:向こうずねを蹴られた選手が、自身の頭を抱える)などが含まされている。上記2つの判別基準は、プロサッカーの速いスピードでも、見抜くのは非常に容易だ。

しかしながら、最も常習的で、明らかな尺度がある。それは、選手が頭部を後ろに傾け、胸を前方に押し出し、腕を上げ、地面から両足を離す為に両脚を膝から曲げた「矢を射る弓兵ポーズ」を取った場合だ。これは、躓いた反応としてあまりに不自然であり、このポーズを取った選手は誰であれ、ハッキリ接触でイカサマを働いている。本当にバランスを崩した人が、このようなやり方で反応することは絶対にありえない――肉体が〔このような反応を〕許容しないからだ。ただそれでも、審判はこのイカサマに何度も騙されている。ひょっとしたら、審判は著名な億万長者のアスリートを詐欺師だと告発するような人間になりたくないのかもしれない。

ビデオ・リプレイの使用は、この問題に対処可能な方法だ――ブラジルの現在のスター選手ネイマールは、コスタリカ戦でこざかしい芝居を行うことで、PKを獲得することに成功したが、その後にビデオ判定に基づいて無効となり無駄足となった。しかしながら、反則をビデオで判定、特にスローモーションで判定するのは、装置の本来の性質からは非常に問題ある対処法なのだ(これは別件として追加のエントリをアップする予定だ)

するとどんな対策を行うべきだろう?

まだ試みられていない1つの解決策がある。しかもこれは試合のあり方を変更する必要はないものだ。さらに好都合なことに、この解決策は誰かを嘘つきや詐欺師呼ばわりする必要がない。これはそういった〔ネガティブ呼ばわりの〕まさに正反対――ファウルを受けたと申告言動を行った選手を、最大限配慮して扱うやり方となっている。

この解決策は以下のようなものだ:もし選手が耐えがたい負傷を追ったかのような言動を行ったのなら、その時はその選手を重篤な負傷を追ったものとして扱い、機械的に「インジュリー・タイム・アウト(負傷による退出)」を命じるのだ。もし選手が非常に激しい肘打ちや蹴りや躓きを受け、文字通り苦痛で転げ回っていたら、その時は選手の安全の為に無事かどうかの確認に時間を割く必要があることには依存はないだろう。この処置によって、退出した選手が所属するチームはフリーキックを得るもしれないが、そのチームは選手の再プレイまでの(例えば退出した選手がピッチサイドで5分待機する)コストを支払うことになる。

別の激しい接触によって2回目の退出となる選手は、復帰するには〔前回の退出と合わせて〕ピッチサイドで合計10分間待機することを考慮しなければならなくなる。もちろん、退出した選手は控えの選手と交代することが可能だが、チームは選手交代枠を失うことを意味するだろう。繰り返すが、この対策の導入は、詐欺を行ったとの理由で選手を非難するものではない――負傷の表明の額面通りに受け取るわけだ。

この対策は、本当に負傷している選手を罰してしまうリスクを冒してしまうかもしれない。ただ、シンプルな理由からそのリスクは否定できる:負荷が激しい競争的状況で激しく一時的にエキサイトしているアスリートは、文字通り痛みを感じないのだ。競争スポーツをプレイしたことがあったり、非常にアドレナリンが沸騰する活動(カヌーでの急流下り、スカイダイビング、軍事戦闘)に没頭したことがある経験がある人なら誰でも、活動中は痛みを感じないことを知っているはずだ。このような状況下の人は、筋肉を裂傷したり、靱帯を損壊したり、手足を傷つけてたり、深い切り傷を負ったり、銃創を受けたとしても――自覚すらないのだ。

なので、アスリート、特にワールド・カップの熱狂的な雰囲気の中でプレイしている選手が、敵選手とのわずかな接触を受けて苦痛から地面に横たわり文字通り身悶えしているのなら、2つの可能性しか存在しない:1つ目は、その選手が本当に非常に深刻な負傷を負っている可能性だ。この場合はドクターによる対処が必要となる。2つ目可能性、それは選手がいかさまを行っている場合だ。上記の両ケースともに、ピッチサイドで5分浪費させれば、即解決だろう。

以上対策は一度実施されれば、、サッカーのダイビングをほぼ即座に終わらせることになるだろう。

ジョセフ・ヒース「『反逆の神話』刊行15周年インタビュー」(2019年5月9日)

[Joseph Health, “The Rebel Sell at 15,” In Due Course, May 9, 2019]

アンドリューとぼくの共著で出した『反逆の神話』でおもしろいのは,スペインでベストセラーになったことだ.この前,刊行15周年で Manuel Mañero にインタビューを受けた:”15 años después, la contracultura gira a la derecha.” 省略なし全文の英語版をこちらに掲載しよう(質問には著者両名が答えた.)
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アレックス・タバロック「価格差別VS医療ツーリズム」

Alex Tabarrok”Price Discrimination Versus Medical Tourism” Marginal Revolution April 2, 2019


私たちが書いた経済原論の教科書で,タイラーと私は価格差別に関する章を次のように幕開けをしている。

数か月に及ぶ捜査の後,インターポールの警察はベルギーのアントワープ郊外で活動していた国際薬物シンジケートへ急襲をかけた。このシンジケートはヨーロッパ中に売りさばくためにケニア,ウガンダ,タンザニアから薬物を密輸していた。密輸はシンジケートに数百万ドルの利益をもたらした。密輸された薬物は何かって?ヘロイン?コカイン?いいやそれよりももっと価値があるもの,コンビビルだ。抗HIV薬であるコンビビルはヨーロッパで製造されて合法的に販売もされているのに,なぜアフリカからヨーロッパへ違法に密輸されたんだろうか。

その答えは,コンビビルはヨーロッパでは1錠12.50ドル,アフリカではそれよりもずっと原価に近い約50セントで売られているからだ。アフリカでコンビビルを買ってヨーロッパで売った密輸業者は,1錠あたり約12ドル稼ぐことができたし,彼らは数百万錠も密輸した。

ヨーロッパへ薬物を密輸する代わりに,ヨーロッパやアメリカの患者を外国に送ることも可能だ。たとえばギリヤド社のソバルディは,C型肝炎の治療に用いられるとても効果のある薬だ。アメリカではひととおりの治療に約85,000ドルかかるけれど,ギリヤド社と途上国のジェネリック製薬業者との協定により,エジプト,インドといった途上国,そして多くの先進国では1,000ドルもかからなかったりする。”Four Reasons Drugs are Expensive, of Which Two are False(薬が高価な理由4つ,そのうち2つは間違い)”という優れた記事で,ジャック・スキャンネルは裁定業者と医薬品企業との戦いを描き出している。

[価格差は〕医薬品ツーリズムという夢を湧きあがらせている。「12週間の大旅行を楽しみましょう。ギザの荘厳なピラミッドや謎めいたスフィンクスを眺め,ツタンカーメンの宝物を探り,ルクソールの眺めに息をのみつつ,アメリカでは夢でしか手の届かない持続的ウイルス陰性化を得ることができます。」これを夢見る人もいるだろうが,ギリヤドはお見通し済みで,リゾート先で寝そべろうという人に対してその椅子はわが社のお客様専用ですよというかの如く待ったをかけている。エジプト人はソバルディを買うのに身分証明書を提示しなければならない。旅行者はお呼びではないのだ。

転売を防ぐためにギリヤドは身分証明書を要求するとともに国外で販売されたすべての瓶を追跡している

[患者の身分証明書は]識別バーコードを瓶に付すのに用いられ,患者が受け取る瓶には自分の名前やその他の情報が記されている。バーコードはその国の居住者だけが薬を手に入れることを確実にするために使われるだけでなく(略)患者は新しい瓶を受け取る際には持っている瓶を返さなければならないと規定されており,それによって患者が処方薬の瓶を一度に一つだけしかもらえないようにしている。しかし,患者が複数の瓶を手に入れることができれば「患者や医療従事者の負担は和らぐ」と国境なき医師団は述べている。

国境なき医師団はこうした規制に憤っているようだが,タイラーと私が解説しているように,それ以外の選択肢は途上国では販売しないか単一の世界価格にすることだ。そして単一の世界価格にするのであれば,その価格はエジプト価格じゃなくてアメリカ価格になるだろうと思って間違いない。