Doepke et al.「出生率の経済学の新時代」(VoxEU, 2022年6月11日)

[Matthias Doepke, Anne Hannusch, Fabian Kindermann, Michèle Tertilt, “A new era in the economics of fertility,” VoxEU, June 11, 2022]

要旨

高所得の国々で出生率が低下してきている一方で,女性の労働供給と出生率との関係はさまざまな国々で逆転してきている.今日,働く女性が多い国々ほど,生まれる赤ちゃんは多くなっている.本コラムでは,次の点を提案する――出生率の古典的モデルではもはや高所得国における超低出生率を説明されず,そうした国々ではキャリアと家族とを女性が両立しやすいかどうかが出産にかかわる意思決定の主要な原動力となっている.本稿では,キャリアと出産の組み合わせを助ける4つの要因を大きく取り上げる:すなわち,家族政策,協力的な父親,〔両立に〕有利な社会規範,柔軟な労働市場,この4点だ.


著者情報

Matthias Doepke
ノースウェスタン大学,経済史教授

Anne Hannusch
マンハイム大学,経済学助教

Fabian Kindermann
ルーゲンスブルク大学,経済学教授

Michèle Tertilt
マンハイム大学,経済学教授


多くの高所得の国々では,超低出生率による急速な高齢化への対応で政府が苦闘している.ドイツ・イタリア・スペイン・日本では,出生率が女性1人当たり 1.5人以下にまで下がって,20年余が過ぎている.これにともなって,新しい世代が登場するたびに,その規模は前の世代の 4分の3 以下になっていっている.韓国などの東アジア諸国では,出生率が女性1人当たり 1人を切っている.高所得諸国の平均よりも高い出生率を維持してきた合衆国ですら,近年になって出生率が約 1.6 にまで落ち込んでいる.

出生率が下がった理由はどう理解でき,また,どの対策が――仮に対策があるとして――将来の出生率を高めるのにどう寄与しうると評価できるだろうか?

Becker (1960) にはじまって,出産行動の経済学モデルでは主に2つの着想にもとづいて,出産に関する選択に見られる実証的な規則的パターンを説明してきた.第一の着想は,質と量のトレードオフだ:つまり,「豊かになればなるほど,人々は自分の子供の「質」に投資を増やす.とくに,子供に与える教育を増やすというかたちで投資を増やす」と考える.教育はコストがかさむため,所得が上がるとともに,親たちは授かる子供の数を減らしていく.第二の着想は,女性が使える時間にかかる機会費用に関するものだ.この仕組みでは,女性の賃金が高く,多くの女性が働いている場合には,子供はいっそう「高価」になる.なぜなら,手持ちの時間を育児と就業が奪い合っているからだ〔たとえば,1時間当たりの賃金が 1000円のときと 3000円のときでは,就業ではなく育児に時間を回した場合にあきらめる収入が3倍ちがう.このあきらめた収入が,育児の「機会費用」〕.こうした仕組みにもとづいて,出生行動モデルの第一世代は,幅広くさまざまな国々に見られる実証的な規則的パターンを説明できた.とくに,より豊かで多くの女性が働いている国々ほど出生率が低くなっているという観察は,これによってうまく説明できた.だが,20~30年ほど前から,事情が変わってきている.

出生率に関する新たな事実

第一世代モデルで強調された要因がいまなお有意義な地域は多い.とりわけ,人口動態の変化のただなかにある国々では,そうだ.だが,出生率の経済学に関する近年の研サーベイサーベイで論じたように (Doepke et al. 2022),第モデルモデルの古典的なアイディアは,今日の高所得で国々に見られる超低出生率を理解する際には,ほとんど役に立たない.なぜなら,第一世代モデルを構築する動機となっていた基本的観察が,近年のデータではもはや成り立たなくなっているからだ.その結果,出生率の経済学は新時代に突入している.この新時代では,出生率に観察される数字の分散の多くは,これまでとちがう一群の要因によってもたらされている.

下に掲載した【図1】と【図2】を見てもらうと,高所得の国々で出生率がどう変化してきたかわかる.1980年には,OECD 諸国の全体で出生率は一人当たり GDP 〔の上昇にともなって〕低下していた.ところが2000年までこれが逆転して,豊かな国々ほど子供が多くなった.同様に,【図2】を見ると,OECD 諸国で 1980年に女性の労働参加率がもっとも高かった国々は,出生率がもっとも低い国々だった.2000年までに,この関係は逆転している.いまや,多くの女性が働いている国々でこそ,出生率がもっとも高くなっている.

【図1】 OECD 諸国における一人当たり GDPと合計特殊出生率

【図2】 OECD 諸国における女性の労働参加率と合計特殊出生率

出生率の決定要因としての,家族とキャリアの両立しやすさ

出生率に見られる実証的な規則的パターンが変わってきていることを最初に指摘していたのは,社会学の文献だった (e.g. Rindfuss and Brewster 1996).そして,Ahn & Mira (2002),Del Boca (2002), Apps & Rees (2004), Feyrer et al. (2008) をはじめとして,経済学でも論じられるようになった.今日の高所得諸国に見られる出産の選択にかかわる各種の新しい事実を説明するべく,研究者たちは第一世代で強調されていた要因にとどまらない新しい仕組みを検討しなくてはならなくなった.この課題に取り組んだ経済学・人口統計・社会学における近年の研究には,共通の主題がある:それは,キャリアと家族計画を女性がどれほど両立しやすいかという点が,出産にかかわる行動の主要な決定要因として浮上してきている,という論点だ.

キャリアと家族の両立しやすさと出産にかかわる意思決定とをつなぐ基調の変化は,女性の全体的な将来の希望と人生計画の変化だ.Claudia Goldin (2020, 2021) による近年の研究で強調されているように,かつて,キャリアをもつことと家族をもつことを相互に排他的な選択だと大半の女性が考えていた――つまり,一方をとればもう一方は犠牲になるしかないのだと,考えられていた.今日,高所得諸国に暮らす女性の大半は,成人を迎えてからの人生の大半でキャリアを築きつつ家族をもちたいと望んでいる.こうした望みには,長きにわたって高所得諸国の男性の大半にとって現実だったことが反映している.つまり,女性たちの望みの変化には,女性と男性それぞれの人生計画が似通ってきていることが反映されているのだ.

新しい出生率研究の文献によれば,キャリアと家族の両方をもちたいという望みは,その後の出生率にとって重要だ.なぜなら,これら2つの目標がどれほど両立しやすいかという点で,各国には顕著なちがいがあるからだ.キャリアと家族とを両立しやすい国々では,女性は両方を手に入れる.両者が相反している国々では,女性は妥協を強いられ,生まれる子供の数も働く女性の数もより少ない.

どのような要因が,キャリアと家族の両立しやすさを高めるのだろうか?

我々の調査では,キャリアと家族の両立を円滑にする4つの要因を重視した:すなわち,家族政策,協力的な父親,〔両立に〕有利な社会規範,柔軟な労働市場,この4つだ.

キャリアと家族を両立させるうえで最大の課題は,育児で生じるさまざまな必要に対応することだ.育児の大半を女性が自力で担当しなくてはならなくなれば,幼い子供を育てつつ負担の大きいキャリアを継続するのは難しいか,不可能だろう.自力での育児に代わる選択肢でよくあるのは,デイケアセンターと幼稚園の利用だ.これは,民間のものも,公共のものもある.こうした児童保育が広く利用しやすく,出勤している日の朝から夜まで対応し,しかも費用が手頃であれば,幼い子供をもつ女性はより働き続けやすくなる.その結果として,〔子供をさらに産んで〕より大きな家族をもつケースも多くなるかもしれない (Del Boca 2002, Apps and Rees 2004).

【図 3】 出生率 (a) と女性の就業率(人口あたりの就業割合, b)を,それぞれ,幼児期教育への公共支出に照らし合わせてみると

この直観どおり,【図3】(Olivetti & Petrongolo 2017 にもとづく)を見てみると,幼児期教育への公共支出は,さまざまな国々で出生率と女性の雇用の両方と密接に関連しているのが見てとれる.出生率がもっとも低い部類の国々(1.5以下)は,もれなく幼児期教育への公共支出が低い方の下半分に入っている.キャリアと家族の両立しやすさを決定する一因となる他の政策には,育児休暇政策,税制政策,授業日の長さが挙げられる.

また,父親も育児を提供できる.時間使用のデータを見ると,ほんの20年~30年ほど前には,母親たちが育児に費やしていた時間は父親よりもはるかに長かったが,その後,多くの国々で父親たちの貢献も増えてきている.追加で子供をもうけるかどうかで親どうしが交渉した場合,親どうしの育児の分担は,出産にかかわる意思決定に直接の影響をおよぼす.Doepke & KIndermann (2019) の研究では,パートナーどうしで意向・のぞみが共通している場合にもう一人子供をもうけるケースが多いことを近年のデータで見出している.もし,男性が育児にほとんど貢献しなければ,女性は子供を増やすことに同意しにくくなり,出生率は低くなる.

【図4】 各国における男性の家事分担と出生率

この見解と整合するデータが【図4】 に見られる.この図では,男性の育児・家事への貢献と合計特殊出生率とのあいだにさまざまな国をまたいで強い相関があることが示されている.出生率が 1.5以下のあらゆる国(青い点)で,男性は家庭での労働の3分の1以下しか分担していない.

出産に関する家庭内での交渉がはたすこうした役割から,家庭内での分業というより深い決定要因が出生率にはたらいていることが導き出される.そうした要因をわけていくと,次のような要因が挙げられる:

  • 父親の育児休暇といった家族政策 (Farré & Gonzalez 2019)
  • 家庭と職場における母親の役割に関する社会規範 (Myong et al. 2020)
  • キャリア上の職務で長時間を費やすよう期待されていることや 急に発生した育児での必要事(たとえば子供の急病)に柔軟に対応しやすいかどうかといった職場の慣行

最後に,キャリアと家族とを両立しやすいかどうかは,労働市場の状況にも左右される (Del Boca 2002, Adserà 2004, Da Rocha & Fuster 2006).安定していて給与面の待遇がよい雇用が見つけにくく失業率が高い状況では,出産後に一時的にキャリアが途絶えることでそのままずっとキャリアに復帰できなくなるのではと恐れるかもしれない.のぞましく柔軟な雇用が見つけやすければ,子供を増やすことはそれほど心配の元ではなくなる.

今後の展望

超低出生率を懸念している政策担当者たちにとって,出生率の新しい経済学から安易な解決策はすぐに見つからない.社会規範や全体的な労働市場の状況といった要因は,ゆっくりとしか変わらない.さらに,有効なものになりうる政策介入も,時間をかけて徐々に効果を発揮しがちだ.それでも,家族とキャリアの両立しやすさを示す各種の数値と出生率とのあいだにはっきりとした相関がさまざまな国々をまたいで見られることから,超低出生率は避けようのない運命ではなく,政策・制度・社会にいきわたった規範を反映したものだとわかる.こうした特徴がどのように出生率を決定するのかに関する新世代の研究は,今後の助けとなりうる――すなわち,ひたすら小さくなっていく家族と徐々に縮小していく一方の人口という現在の道筋を回避した未来につながる方向を探し出す助けに,新世代の研究はなりうる.

参照文献

Adserà, A (2004), “Changing Fertility Rates in Developed Countries. The Impact of Labor Market Institutions”, Journal of Population Economics 17:17–43.

Ahn, N and P Mira (2002), “A Note on the Changing Relationship between Fertility and Female Employment Rates in Developed Countries”, Journal of Population Economics 15 (4):667–682.

Apps, P and R Rees (2004), “Fertility, Taxation and Family Policy”, The Scandinavian Journal of Economics 106 (4): 745–763.

Becker, G S (1960), “An Economic Analysis of Fertility”, in Demographic and Economic Change in Developed Countries, Princeton University Press.

Da Rocha, J M and L Fuster (2006), “Why are Fertility Rates and Female Employment Ratios Positively Correlated Across OECD Countries?”, International Economic Review 47 (4): 1187–222.

Del Boca, D (2002), “The Effect of Child Care and Part Time Opportunities on Participation and Fertility Decisions in Italy”, Journal of Population Economics 15 (3): 549–573.

Doepke, M, A Hannusch, F Kindermann and M Tertilt (2022), “The Economics of Fertility: A New Era”, CEPR Discussion Paper 17212.

Doepke, M and F Kindermann (2019), “Bargaining over Babies: Theory, Evidence, and Policy Implications”, American Economic Review 109 (9): 3264–3306.

Farré, L and L González (2019), “Does Paternity Leave Reduce Fertility?”, Journal of Public Economics 172:52–66.

Feyrer, J, B Sacerdote and A D Stern (2008), “Will the Stork Return to Europe and Japan? Understanding Fertility within Developed Nations”, Journal of Economic Perspectives 22 (3): 3–22.

Goldin, C (2020), “Journey across a Century of Women – The 2020 Martin S. Feldstein Lecture”, NBER Reporter, no. 3.

Goldin, C (2021), Career and Family: Women’s Century-Long Journey Towards Equity, Princeton University Press.

Myong, S, J Park and J Yi (2020), “Social Norms and Fertility”, Journal of the European Economic Association, jvaa048.

Olivetti, C and B Petrongolo (2017), “The Economic Consequences of Family Policies: Lessons from a Century of Legislation in High-Income Countries”, Journal of Economic Perspectives 31 (1): 205–230.

Rindfuss, R R and K L Brewster (1996), “Childrearing and Fertility”, Population and Development Review 22:258–289.

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