たくさんの人がジョージ主義(ジョージズム)に関心を持っているようで、私としては大変喜ばしい。知らない人のために言っておくと、ジョージ主義というのは19世紀のアメリカの経済学者、ヘンリー・ジョージの思想に基づく経済哲学だ。彼は『進歩と貧困』“Progress and Poverty”という本を著しており、その基本的なアイデアはこうだ。人類の生み出す富が増えるほど、地価やレントが増大することで土地所有者がその富を吸い取ってしまい、たくさんの人が貧困状態に置かれたままとなる。この問題に対してジョージが提示する解決策は、現在私たちが「LVT(land value tax:土地課税)」と呼ぶものだ。これは、土地の価値それ自体に課税し、土地の上に人々が築く有益なもの(建物や工場など)には課税しない、というものである。
ラーズ・ドーセット(Lars Doucet)がスコット・アレクサンダー(Scott Alexander)のブログでLVTについて素晴らしい(そして長い)まとめ記事を投稿しており、非常にオススメだ。だが基本的なアイデアを掴むのは難しくない。LVTには2つの長所がある。公平性(fairness)と経済的な効率性(efficiency)だ。
まず公平性から見ていこう。土地を作り出すのは人間じゃない。人間は土地を発見して、その土地を自分のものと宣言するだけだ。会社や建物、その他の富は、人間の工夫と努力が生み出したものだ。だが土地は私たちがいなくてもそこにあるし、私たちがいなくなってもそこにあり続けるだろう。特定の人々が土地から得られる莫大な金銭的利益を独占するというのは道理が通らない。それは不公平に思える。その土地の上に建物や工場を建てたり、土地に眠っていた鉱物を採掘したりしたのなら、報酬を得てしかるべきだ。だが自分の生み出したわけでもない土地の一区画を占拠しているかどうかで、富裕層になるか貧困層になるかが決まるべきとは思われない。
次に、効率性について考えよう。一般に、あるものに課税すれば、人はそのものの生産を減らす。労働所得に課税すれば人は労働時間を減らし、貯蓄に課税すれば人は貯蓄を減らす、などなど。大した影響はないかもしれない(所得税のように)が、一定の影響は出る。だが土地にはそうした影響が一切生じない。どれだけ課税しようと土地は消えてなくならないからだ。そのため理論的には、LVTによって莫大な額を徴収することができる。
実のところ、LVTは生産の効率性にとっていっそう重要である。土地の価値の大部分は、その位置(ロケーション)に由来する(位置は、時が経つにつれますます大きな価値を占めるようになっていく)。都市部の土地の地価が非常に高いのは、集積効果のためだ。全てのテック企業がサンフランシスコに拠点を移すことに決めれば、サンフランシスコの地価は急上昇する。そのため家賃も急上昇し、サンフランシスコに引っ越すことになった生産性の高いテック企業の労働者から富が吸い上げられる。これはサンフランシスコへの移住を妨げて、経済成長を阻害する。Hsieh & Moretti (2019)などの研究は、ニューヨークやサンフランシスコなど産業集積都市で住宅数が限られているせいで、経済成長がひどく妨げられていることを発見している。LVTは、この問題を部分的に解決する。現金給付や地方公共財(教育やインフラなど)の形で、都市部に土地を持つ幸運な土地所有者から富を吸い上げ、生産性の高い都市居住者へと還元するからだ。実際、有名な経済理論の数々(最も有名なのはArnott & Stiglits (1979))が、地方公共財はLVTのみで資金を賄うべきだと論じている(これは「ヘンリー・ジョージの定理」と呼ばれている)。
LVTの実施に関しては、実践的な問題がいくつかある。最も厄介な問題を2つ挙げると、税の徴収方法、そして、土地の価値を土地にのっかった改良物(例えば建物)の価値から切り離す方法だ。1つ目の問題への答えは基本的に、通常の固定資産税(property tax)から改良物を除外すればよい、というものだ。これは90年代のペンシルベニア州で実際に実現し、とても上手くいった。第2の価値評価に関する問題は、ラーズ・ドーセットや他のジョージ主義者が今まさに取り組んでいる。
ここまでは結構だ。テック業界や政治家たちがLVTに再注目しているのはとても良いことである。だがジョージ主義にはもう1つ、こうした技術的な問題よりも解決が難しそうな問題がある。この問題は、政治経済学の領分に入る。すなわち、アメリカの中産階級の富の大部分は住宅(そして住宅が建てられている土地)と結びついており、その富の多くを課税で持っていけばたくさんのアメリカ人が怒りだすだろう、という問題だ。
なぜジョージ主義はアメリカの中産階級から支持される見込みが薄いのか
この問題についてはしばらく考えていたが、今日はブルームバーグ・シティラボ(都市問題に関するニュースや情報のソースとして私のお気に入りだ)の動画がある。この動画は、問題の大きさを改めて思い出させてくれる。動画では、ニューヨーク市のたくさんの市民が、固定資産税を払うのがどれほど大変かを語っている。その理由の1つは、ニューヨーク市の資産評価制度がヘンテコなことだが、これは解決可能な問題だ。
だが別の理由として、地価が急上昇し、住宅の評価額が上がってしまったというのもある。これは固定資産税(そしてLVT)に常に付きまとう問題を示している。住宅は非流動資産だが、こうした税の支払いは毎年行わなければならない。住宅の所有者=居住者は、住宅という資産から金銭的利益を得ている(住宅は資本なのだ!)が、その利益は現金の形をとらない。そのため、内国歳入庁(IRS)が毎年徴税にやってくると、住宅所有者は支払いのために他の流動資産を探したり借りたりしなければならなくなる(支払いをしないと、固定資産税の税収で運営されている地方公共団体は回らなくなる)。
この問題には様々な解決策が提案されているが、そのどれも欠点を持っている。例えば、固定資産税(あるいはLVT)を、キャピタルゲイン課税と同じように、売却時点から遡って徴収するという方法がある。だがこれが意味するのは、住宅をずっと売却しなければ、納税をずっと先へと遅らせられる、ということだ(株式ではそういうことが行われている)。そのため、税収が年によって変動してしまい、これは学校などの運営に必要な毎年の支払いを税収に頼っている地方公共団体にとって問題である。地方公共団体は(住宅所有者と同様)、比較的高い借り入れコストを支払う。
流動性の問題は、固定資産税は上昇するといっても限度があり、上昇しすぎれば納税者たちが反乱を起こして、カリフォルニア州の悪名高い住民提案13号のような政策が実行されてしまう、ということを意味する。
だが実は、ここにはいっそう根深く、いかなる純粋なテクノクラシー的解決策も受け付けないような問題が存在する。それは、アメリカの中産階級の資産(wealth)のほとんどが、住宅の形をとっていることだ。エドワード・ウルフ(Edward Wolff)が2014年に書いた記事は、このことを分かりやすく説明している。次のグラフは、私が数年前にブルームバーグでのコラムで使うため、そのデータを基に作成したグラフだ。

これは、住宅資産のほとんどを中産階級が所有している、ということではない(このグラフからその結論を導くのはベースレートの誤謬だ)。住宅資産は富裕層に偏っているが、株式や債券といった資産に比べて富裕層への偏りが小さいだけだ。アメリカの中産階級は1人あたりの資産で見るとそれほど豊かではないが、中産階級の所有する資産は住宅と結びつきがちなのである。
その理由はなかなか興味深く、歴史や経済学と結びついている。郊外の形成、そして住宅所有を促す種々の政策によって、普通のアメリカ人が莫大な額を住宅に費やすようにあんった。住宅購入の際には大抵、住宅ローンが組まれ、住宅ローンの支払いは一種の強制貯蓄として働くので、人々は収入のかなりの部分を貯蓄するよう促され、同時に他の投資形態〔株式投資など〕はクラウディング・アウトされた。そしてJorda et al. (2017)が発見したように、住宅のリターン率は長年にわたってほとんどの先進国で実に素晴らしい数値を叩き出しており、株式のようにハイリターンでありながら、同時に債権のようにローリスクな資産となっている(住宅という資産の欠点は流動性の欠如である)。そのため住宅は単純に、持ち家がもたらす自由を享受したい人にとって、良い投資先なのだ。加えて、中産階級の人々からすると、住宅は株式よりもその価値が分かりやすい資産なのかもしれない。
だが理由は何であれ、中産階級は資産を住宅という形で保有するようになった。これが意味するのは、住宅所有者の資産を減らすことになるどんな政策も、支持を取り付けるのは非常に難しいということだ。そうした政策は中産階級に大打撃を与えるが、中産階級は政治的に非常に強力だからだ。そして、固定資産税やLVTは確実に住宅の価値を低下させる。私たちは非最適な政治経済的均衡にハマってしまっているのだ(テキサス州の住人ならば「ここから抜け出すのは無理だ」と言うだろう」)。
中産階級の資産をいくらかでも、住宅から株式へと振り向けさせるには、なんらかの仕掛けが必要だ。そのための一番単純なやり方は、地方公共団体レベルで社会的資産ファンド(social wealth funds)を作って、LVTの税収をそのファンドに突っ込み、中産階級の資産を強制的に住宅から株式へ移すというものだ。ジョージ主義者の中にもこうしたやり方を提案する人が出てくると思うが、これは検討に値するはずだ。
だが、ジョージ主義のアイデアについて視野をちょっとだけ広げるという手もある。
ジョージ主義を拡張する
多くの人が、ジョージ主義とLVTを同一視している。そして事実、LVTはヘンリー・ジョージの最も重要な政策提案だ。実際ジョージは、LVTは非常に重要であり、それで他のあらゆる税を置き換えられると考えていた。だがヘンリー・ジョージの思想を研究した後続の経済学者たちは、生産的な仕方で富を土地所有者から再分配する方法について、より柔軟な考えをとっている。
そうしたジョージ主義の経済学者の1人がウォルフ・ラデジンスキー(Wolf Ladejinsky)だ。ラデジンスキーは戦後の日本と台湾で政策顧問をつとめ、地主から小作農へ農地を再分配するよう助言した。ジョー・スタッドウェル(Joe Studwell)は『アジアの仕組み』“How Asia Works”〔未邦訳〕という著書で、農地改革は平等だけでなく効率性や経済成長の促進においても決定的に重要だったと論じている。かつて小作農だった農民たちは、土地を所有するようになるとより多くの労力を投入するようになり、怠けものだった地主たちは、輸出品製造業でより生産的な企業家になるよう動機づけられた。
もちろん、アメリカは人口の大部分が小作農の国ではない。だがラデジンスキーの政策の成功が示しているのは、ジョージ主義について考える方法はいろいろあり、LVTにだけ焦点を当てる必要はないということだ。現代のテック企業が集積した都市部の土地で上手く機能するようなジョージ主義の政策はどんなものだろうか?
私がよく考えるアイデアは、シンガポールの住宅システムだ。このシステムでは、政府が住宅を建設し、それを最初の住宅購入者に安く売る(厳密に言うとシンガポールは住宅の99年リースで売っているのだが、これは住宅所有と同じように機能しており、また単純で典型的な住宅所有に比べ非効率という欠点を抱えている)。そして政府は、必要な量の住宅を建設する能力を用いて、住宅価値の上昇率をコントロールする。住宅価値のゆっくりとした着実な上昇により、シンガポール人は低リスクでそこそこのリターンの年金を得られ、政府は都市に十分な住宅がある状況を確保できる。
このシステムの修正版はアメリカで機能するかもしれない。政府が都市部や周辺地域の土地の多くを所有し、住宅を建てて、最初の住宅購入者(と低所得層)に安く売るのだ。実際、バイデン政権はまさにこのようなプランを提案している(実現するかは分からないが)。政府が裁判で勝てれば、土地収用権を行使して大地主から既存の不動産を買い取り、より高密度な住宅再開発を行って、若者や貧困層に市場価格以下で売ることもできる。
政府の住宅建設によって、住宅建造率をコントロールできれば、住宅価値の上昇を抑えられる。これは中産階級の資産をやや減らすことになる。だが、資産を実際に低下させるのではなく、ゆっくりと上昇するように調整することもできる。そして住宅所有者は、住宅価値の上昇が減速するのと引き換えに、低リスクを享受できる。政府が住宅建造率を常に調整し、住宅価格がゆっくりと着実に上昇していくようにすれば、住宅はリスクが高くリターンの良い資産から、リスクが低く満足なリターンの得られる資産となる。2007-2008年の暴落で資産が吹き飛んだ何百万の中産階級のアメリカ人からすれば、リターンが低いとしてもリスクの低い形で富を保有しておきたいだろう。ハイリスク・ハイリターンな資産を求めるなら、株式市場にお金を投入すればいい。実際、このシステムが実現すれば、そういう人たちは恐らくそういう行動をとるだろう。
言い換えれば、政府による住宅建設は、長期にわたって住宅資産の中毒となっていたアメリカの中産階級の目を覚ます1つの方法だ。アメリカは1世紀以上かけてこの有害な均衡にハマっていき、未だに抜け出せていない。
そして政府の住宅建設は、ジョージ主義の思考を、LVTというたった1つの単純なアイデアから拡張していくためのアイデアの1つに過ぎない。他にもいろいろなアイデアがあるだろうし、ジョージ主義者にはそうしたアイデアについて考えてみることをオススメする。ジョージ主義は、究極的には、土地という富を再分配しながら、生産的な事業の生み出す富はそのままにする(あるいはそうした富を増やす)方法を見つけようとする思想だ。住宅資産が唯一の生命線であるアメリカの中産階級に、土地再分配という思想を支持してもらうために、ジョージ主義者は、中産階級が最終的な均衡において利益を得るようなシステムの実行方法を真剣に考えるべきだ。
[Noah Smith, How to sell Georgism to the middle class, Noahpinion, 2022/2/2.]