COVID-19 の影響により GDP は激減し,これまでに報告されている以上に税収は崩壊し,財政赤字は急増するだろう.ありとあらゆる手段で医療・雇用・国家の支援と財政救援策を講じるのをためらっていれば,文字通り市民の命を奪い経済を破壊することになる.COVID-19 に対処するべく,欧州中央銀行もふくめ各国の中央銀行はマネタリーファイナンシングというルビコン川を渡って,この対応のコストにかかる GDP の 20%-30% 相当の現金をすぐに国庫に移転すべきだ.
COVID-19 は光の速さととてつもない規模でグローバル経済を直撃し,世界中で経済活動の相当な割合が一夜にして文字通り静止状態に陥った.これに対応するには,圧倒的な規模と速度で「衝撃と畏怖」の政策対応をとる必要がある.
世界各国は,すでに多種多様な対策を立ち上げている.そうした対策は,欧州中央銀行によるパンデミック資産購入プログラム (PEPP)[1] から,合衆国が数千万人の国民に約束した直接現金給付,EU の相当部分で実施される賃金助成[3] まで,多岐にわたる.だが,こうした異例な対策は,たんなる端緒にすぎない.
政策担当者たちは迅速に動いてタブーを破る必要がある.なんといっても,各国政府は最後の貸し手であり,最後の保険提供者であり,最後の支出者であり,最後の供給者なのだ.政府がささやかすぎ遅きに失する対応をとるリスクの方が,多過ぎ素早すぎの対応をとるリスクよりもはるかに大きい.
GDP が激減して…アメリカと EU で経済活動の半分近くで停止ボタンが押されてしまい,少なくとも3ヶ月間はそのまま動きそうにない.消費・投資・貿易はいずれも崩壊してしまっている.GDP の 10-20% かそれ以上もの収縮がありうる.有効な治療および/またはワクチンの開発がなされるタイミングは不確実で,トンネルの出口の光が見えるのはいつになるかわからない.出口にたどりついたとしても,COVID-19 メルトダウンのトラウマにより,投資家と消費者の行動がすぐに戻ることはなさそうだ.
税収は激減し…これにより,税収も大きな穴が空くことになる.収益から派生する法人税がまず激減する.売上税や付加価値税も,経済活動の激減にともなって大きく下がる.大規模な雇用喪失および/またはそれにともなう雇用助成は所得税を押し下げる.税収は,30-40%,もしかするとそれ以上に減少するかもしれない.
…そして赤字は膨れ上がり…税収が干上がっても,政府は異例な規模で支出する必要がある.COVID-19 に対処する医療や社会的介入への支出だけではない.福祉支出や雇用保障への支出も必要だ.住宅ローン・賃貸市場への介入,民間企業ひいては産業全体の救援・蘇生,そして金融部門の相当部分の救援を行うことで,GDP の 10%-20% かそれ以上におよぶ巨額の財政赤字が生じる.
…これが逆効果な緊縮につながるGDP の激減と赤字の急増という二重苦から,OECD諸国の 債務/GDP 比は 2020年末までに 30% ほど高まるかもしれず,諸国は借り入れに走ることになる.グローバル金融危機とその予後に起きたことの再演だ.イタリアと日本の債務はそれぞれ GDP の160% と 260% を超えるかもしれない.同様の債務比の高まりを免れる国はないだろう.すると,必然的に,将来の緊縮必要論の声が高まり,かつての EU の「安定・成長協定」や「財政協定」の逆効果な論理と有害な政治が繰り返されて長く苦しむ続けているユーロ圏経済をさらに叩き落とすことになるだろう.
毒された政治経済こうした緊縮は,すでに脆弱な加盟国どうし関係をさらに緊張させ,ことによると限界点にいたらせるかもしれない.だが,それだけでなく.緊縮は世代間の亀裂も悪化させるだろう.気候変動の破滅的状況ばかりか耐えがたい財政の負担をも子供たちに残すのは,私たちがのぞむ遺産ではないし,子供たちが引き受けたがる遺産でもなさそうだ.
活路はあるだが,パンデミックを乗り越えるのに必要な衝撃と畏怖をもたらし,しかも将来の逆効果な緊縮・政治紛争・世代間の分断をのがれうる方法はある.
中央銀行は新しいタブーを破るべきその方法とは,COVID-19 対応の資金調達を借り入れでまなかうのではなく,新規にお金を創出することだ.とくに,合衆国の連銀,日本銀行,欧州中央銀行といった OECD 諸国の中央銀行によるお金の創出だ.
リーマンショック以後の10年間,各国の中央銀行は多くのタブーを破ってきたが,いま,中央銀行はマネタリーファイナンシングというルビコン川を渡らなくてはならない.そうすべき理由は,かつてなく強まっている.それどころか,いまそうしないでいる方が無責任かもしれない.
とくに,欧州中央銀行と日本銀行はそれぞれのインフレ目標達成に苦心してきた.いま進行中の大量レイオフは,インフレ目標未達をさらに悪化させるばかりだろう.経済の相当部分が沈黙してしまっているなかで,お金の循環は大きく遮られている.経済のメルトダウンが銀行や金融部門に必然的に負担をかけることで,金融政策の通常の伝播経路の機能不全はいっそう深刻になる.リスク回避が高まり,消費と投資の性向が低くなるなかで,予見できる将来に平時への復帰はありえない.新しくお金を発行すれば,こうした重大な課題それぞれを緩和する役に立ちうる.
いまこそお金を刷るとき,ただし今回は財政当局のために中央銀行が現金を市民に移転する伝統的なヘリコプターマネーの考え[4] がふたたび話題にのぼっている.だが,伝統的なヘリマネがもっともうまく機能するのは,主な問題が需要不足の状況だ.さらに,現金を市民に渡す配管はまだできていない.そして,いまは時間が肝心だ.
今回の危機はそうした状況と異なる.医療・雇用・必要不可欠な物資・国家支援および銀行救済に支出する必要があるのは政府だ.そして,そうした前線への介入を行うのにもっともよい立場にあるのも政府だ.GDP の 20%-30% 現金を中央銀行から政府へ一度きりにかぎって移転することこそ,COVID-19 危機と戦う唯一最良のマクロ政策かもしれない.
これにより,経済の瓦解に先手を打つのに必要な光速・大規模な対応が提供され,しかも,債務負担や逆効果な将来の緊縮は招かれないだろう.政府が資金を調達したり予算の帳尻を合わせようとしたりすることで生じる逡巡は避けやすくなる.いま行動を逡巡していては,文字通り,市民の命を奪い経済を破壊してしまう.
現金移転の一部を――たとえば全体の 5%を――割いて,安く借り入れるのが困難だったり自国通貨を刷れなかったりする途上国での COVID-19 対応の支援に回すこともできるだろう.IMF による特別引出権 (SDR) の発行,そして国際開発金融機関や開発金融機関からの支援強化とあわせれば,これで十分にパンデミックへの全世界的な対応の資金調達が間に合うだろう.
ユーロ圏外では,各国の中央銀行から国家財政への移転は財政当局と中央銀行の口座への与信によって影響を受けるかもしれない.欧州連合基本条約の第123条では,欧州中央銀行から EU および加盟国への与信・貸し越しを禁じている.だが,ヘリコプターマネーや移転についてはなにも述べていない.これらは与信でも貸し越しでもない.また,欧州中央銀行が加盟国の中央銀行(そのシェアホルダー)に同等の額の特別配当金を一度きりで支払い,さらに中央銀行が加盟国政府にそのお金を回すことも,基本条約では禁じられていない.当然,反対や訴訟も起こるだろう(とくに,ドイツ連邦憲法裁判所では).だが,少なくとも,ユーロ圏はそのときまでは生き延びていられる.
参照文献