ノア・スミス「働く女性たちの物語にノーベル経済学賞」(2023年10月12日)

クラウディア・ゴールディンはいかにしていろんな糸をひとつに紡ぎ合わせたか

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By Editing1088 – Own work, CC BY-SA 4.0

2023年のノーベル経済学賞は,クラウディア・ゴールディンにおくられた.労働市場で女性に生じた変化に関する研究が受賞理由だ.彼女が受賞してすごくびっくり,ということはない.経済学者たちのあいだでは,ゴールディンは実証経済学で進んだ「信頼性革命」(“credibility revolution”) の主要な先駆者の一人と広く認められているからだ.

ノーベル経済学賞(お好みなら「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞」と呼んでもいい)についてぜひ理解しておいた方がいいのは,これが典型的に研究手法の賞だってことだ.化学や医学みたいに特定の発見を称えるのではなく,ノーベル経済学賞では,いろんな発見をするための新しい方法を開発した研究者たちが称えられる.近年は,純粋な理論ではなく実証分析に主な関心をしぼった研究者たちがますますこれを受賞するようになっている.

この大半は,経済学っていう分野全体の方向を反映したものだ.過去30年で,経済学は明確に実証的な方向へと転換してきた.70年代から80年代に主流だった理論偏重の研究から大きく変わっている.この転換で大きな部分を占めているのが,「信頼性革命」ってやつだ――ややこしい理論にデータを合わせようとするかわりに自然実験を活用して単純な仮説を検証する方向に変えていく運動だ.つまり,経済学はますます科学的になってきている.しかも,これによって科学全体ができることを拡大するかたちになっている.というのも,実験室で処置群と統制群を比較するわけにいかない物事について科学をやる新しい方法をあれこれと見つけ出していってるからだ.これは最高にすばらしい.

ともあれ,2021年にノーベル経済学賞を受賞したカードとアングリストとインベンスの3人は,信頼性革命の先駆者たちだった.同様に受賞する候補として,ゴールディンは当然の選択だった.彼女が発表した主要な論文は多数ある.そのひとつは,ローレンス・カッツとの共著による2002年の有名な論文だ.これは,避妊テクノロジーが女性のキャリアにおよぼす影響に関する研究だった.

その仕組みを理解するために,同論文をみてみよう.題名は,「ピルの力:経口避妊薬と女性のキャリアおよび婚姻意思決定」だ.一般に,(A) 避妊手段の利用が増加していて,(B) 教育を受け結婚を遅らせる女性が増えているとき,この2つが相関しているとき,いったい因果関係がどっち向きにはたらいているのか,疑問が浮かぶ.「もしかすると,フェミニスト的な文化的価値観ゆえに避妊手段を女性たちが利用し始めて,同じ理由から教育を受け結婚を後回しにし始めたのかも?」「いや,教育を受けることで女性は避妊手段を利用したいと思うようになったのかも?」 新たなテクノロジーを利用し始めたから社会に変化が起きたのか,その逆なのか,どうしたらわかる?

ゴールディンとカッツは,因果関係がどっち向きにはたらいているのかを突き止める方法を考案した.避妊薬が開発されたあと,これを入手する難易度は州ごとの法律によってちがっていた.ゴールディンとカッツはこれに着目した.これによって,避妊薬という新テクノロジーが決定的に重要だということを経済学者たちは明らかにできた.ぼくはよく冗談で自分のことを「テクノロジー決定論者」と称してるんだけど,その理由はまさにこういうことが起こるからだ.もちろん,社会運動や文化的要因が重要だってことは認識してる.ただ,ぼくらの社会ではなにかにつけて文化や変革運動によって変化が起きたと言われがちで,そういう文化や運動が達成できることの範囲はテクノロジーによって設定されることが無視されやすい.避妊薬に関するゴールディンとカッツの論文は,テクノロジーの発明が発揮する必須の力をあらためて思い出させてくれる.

ともあれ,ゴールディンのノーベル経済学賞に話をもどそう.今回の授賞が,純粋に2021年の続きだと思ったらまちがいだ.なぜって,ゴールディンはたんに自然実験の分析をやっただけにとどまらず,他に多くのことを成し遂げたからだ.彼女の本当の強みは,多岐にわたる理論と事実を総合して,重大な現象について首尾一貫した物語をつくりだすところにある――その物語とは,職場における女性の役割の変化だ.

いかにもバラバラな糸をゴールディンがどんな風に紡ぎ合わせたのかあらましを知りたければ,アリス・エヴァンズによるこの記事がおすすめだ.また,Danielle Kurtzlebe によるゴールディンのインタビューもおすすめしたい.タイラー・コーエンが自分のポッドキャストでやったインタビューも聞いてみるといい.

ここでとびきり際立つのが,ゴールディンがとった手法がいかに広範で折衷的かって点だ.女性の労働者たちは合理的な意思決定主体で市場の需要に反応して動いているという理論を彼女は考えた.でも,それと同時に,文化的規範政治事情やいろんな考えの普及も考慮してる.ゴールディンは,自然実験も調査研究も経済史も活用している.まるっきり新しいデータセットをつくりだし,19世紀にまでさかのぼる女性の雇用のいろんな傾向を明るみに出した.これによって,女性は近年になって仕事に就くようになったのではなくて,いったん仕事に就かなくなった時代を挟んで,また仕事に就くようになったことを,ゴールディンは突き止めることができた.ノーベル経済学賞の人たちがつくったインフォグラフィックを見るとわかりやすい:

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Source: Royal Swedish Academy of Sciences

こういう統合的で折衷的なアプローチがなぜ重要かと言えば,職場における女性の役割の変化は,すごく複雑で,変数がいっぱいあるからだ.まず,広範におよぶ経済の「構造的な」変化による影響がある――農業から製造業に変化し,さらにサービス産業に変化していくことで〔女性の仕事にも〕影響が生じる.教育の拡大みたいな政策の変化は,職場で女性に開かれている機会に影響をおよぼす.避妊薬や家電製品みたいなテクノロジーの発明は,仕事と家庭生活とのトレードオフに影響する.フェミニズムみたいな社会運動や反差別の法律制定みたいな政治的変化もある.こうしたあれやこれやが一度に起こって,しかも相互作用を起こす.

ゴールディンが積み重ねた仕事から浮かび上がる単純な物語があるとすれば,それはこういうものだ――「女性の経済状況に影響する主な要因は,仕事と家族とのトレードオフである.」 仕事か家族のどちらかを選ばざるをえない経済では,女性が働くのは難しくなる.工業時代には,働くとなれば家から遠い工場で長時間すごすことになったし,家事はものすごい重労働だったし,家族計画は難しかったし,教育の機会はめったになかったし,男女で役割をわけるいろんな伝統を家族が継承していた.そのため,工業時代に,女性が外に出て市場で生計を立てるのは格別に難しかった.新しいサービス経済になると,過去1世紀にうまれた新しいテクノロジーや文化の発明もあって,家族の世話をしつつ外に出て仕事に就くのがもっとやりやすくなった.こうして,ぼくらは昔よりずっと男女が平等な時代に暮らしてるわけだ.

ただ,「昔よりずっと男女が平等」だからといって,格差がなくなったわけじゃない.ゴールディンが書いたとくに有名な論文のひとつに,カッツとマリアンネ・バートランドとの共著による2010年の論文がある.この論文では,いまでも女性が子育てとキャリアの選択に直面していることを見出している.最難関のビジネススクールで MBA をとった人々のキャリアを追跡したところ,子供をかかえた母親になることと,キャリアの中断や労働時間の減少とのあいだに相関をこの研究は見出した.ここで重要な点は,たいていの家族で女性が「いつでも電話に出られる親」になっていることだ〔たとえば「お子さんが学校で具合を悪くしまして」とか急な電話を受けてそれに対応する役回りをたいていは女性が引き受けているということ〕.そうした女性は,より柔軟で融通が利く働き方をしなくてはいけない――そうなると,高所得で重責を担うキャリアは選びにくい.

この研究結果をみたとき,残りの男女賃金格差を縮める2つの方法をぼくは思いついた.ひとつは,男性に子育てを負担させる選好の変化だ〔社会のいろんな制度や文化の変化のことを言っている〕.ゴールディンが見出しているように,こういう文化的な変化はおおいにものを言う.ただ,テクノロジー決定論者であるぼくとしては,新しい発明の方をもっと楽観視してる:それは,リモートワークだ.

2014年の論文では,男女平等を進めるためのカギは仕事をもっと柔軟で融通の利きやすいものにすることだとゴールディンは書いている

労働市場に平等をもたらすための「最終章」では,どんなことがなされるべきだろうか? 答えは,意外かもしれない.解決策には,(必ずしも)政府介入はいらないし,男性がもっと家庭での負担を引き受ける必要もない(引き受けても害はないが).必要なのは労働市場の変化であり,とくに,時間の融通を利かせやすくする仕事の構造や労働報酬の出し方を変えることだ.長時間働く人々や特定の時間帯に働く人々に偏重して報いるインセンティブを企業がもたなければ,給与の男女格差は大きく縮まるだろう.もしかすると,完全に消え去るかもしれない.そうした変化は,テクノロジー・科学・医療などさまざまな部門ではじまっている.だが,大きな企業や金融業界や法曹界ではそれほど顕著ではない.(強調は引用者によるもの)

どうすれば職場で働く時間に融通を利かせやすくできるのか,ゴールディンはあまり自信をもっていなかった.でも,論文は2014年のものだ.当時はパンデミック前で,ちょうど必要なときに Zoom と Slack と Google Docs がそろってリモートワーク革命をもたらすにいたってなかった.避妊薬や皿洗い機と同様に,リモートワークというテクノロジーの発明も,今後消えずに残りそうに見える.月日の経過とともに,リモートワークがもたらす生産性の向上はだんだん明らかになってきている.この間に,地理的にバラバラなところにいて働く時間もちがっているチームたちに割り当てる生産プロセスを改編して利益を上げる方法を,企業がだんだん学んできたおかげだ.

いろんな利点があるなかで,ぼくから見てゴールディンの研究から導かれるいちばんの利点は,リモートワークはさらなる恩恵になるだろうってことだ.規範は変わる.でも,変化は遅く,困難もともなう.女性が「いつでも電話に出られる親」になるしかない状況はのぞましくないけれど,女性がその役割をのぞむなら,リモートワークによって,重責を担うキャリアを維持しつつその役割を果たすのはずっと楽になるはずだ.男女平等を改善する必要がある国々は――君たちのことだぞ,日本と韓国!――リモートワークを後押しする試みをすべきだ.

ともあれ,クラウディア・ゴールディンはノーベル経済学賞を与えられる資格にあふれている.彼女は,経済学をやる新しい方法を実地に示した――多岐にわたる多数の手法・理論・データソースをまとめあげて,大きくて困難な問いに挑む方法をみずからやって見せた.彼女が言うように,これは探偵の仕事としての経済学だ.

とはいえ,ゴールディンの研究は,たんに過去を理解するだけのものにつきない.彼女の研究は,未来を変えることを目指している.男女格差みたいな社会問題を真っ向から攻撃しがちな傾向はいたるところに見られる――社会問題があったらそれについて喚いて,嘆いて,路上でデモ行進をしがちな傾向がある.ときに,それですごくうまくいくこともあるし,そうならないこともある.ゴールディンが示したのは,こんなことだ――社会問題を,それが生まれる仕組みから理解しようと試みる冷静で知的なアプローチをとれば,この直接的なアプローチを補完できる.テクノロジーや需要・供給やインセンティブがどういう風に社会規範や法律を補完しているか理解することで,自分たちがのぞむ姿に世界をあらためるぼくらの能力を向上させられる.なにしろ,知識は力なりだからね.


[Noah Smith, “A Nobel for the story of women in the workforce,” Noahpinion, October 12, 2023; Translation by optical_frog]

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