ノア・スミス「イーロン・マスクを無能と侮るのは危険すぎる」(2025年2月23日)

Vaiz Ha, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

こんな男を侮ったら我が身を危うくしてしまう

もっと長文の記事を書いてて,かれこれ2日もかかってる.そこで,合間に別の話をしよう.このところ見かけたバカげた発言のひとつに,こんなのがあった:

セス・エイブラムソン:
イーロン・マスクの伝記作家として言うと,彼の IQ は 100から 110 の間だと見ている.もっと IQ が高いという証拠は,彼の半生にはまったく見つからない.
「数字の打ち間違いかな」と思う人がいたらいけないので,繰り返しておきたい.
マスクの半生には,IQ110 以上を示す証拠はゼロだ.

もちろん,この発言はまちがってる.伝記作家のウォルター・アイザクソンによれば,イーロンは1980年代に二度目の SAT 受験で 1,400点をとってる.SAT スコアは IQ と高い相関を示す.見つかるかぎりの情報に照らし合わせると,当時の 1400点は IQ 130台の真ん中あたりとだいたい対応するはずだ.それに,イーロンは物理学の学士号をとっているし,90年代に材料科学の Ph.D プログラムに受け入れられている.イーロンは,平均的な知性を大きく上回ってる人物だ.

ただ,上記の発言がバカげてる理由は,そこじゃない.内容じゃなくて,その目的がバカげてるんだ――この発言は,イーロン・マスクと彼がアメリカ政治で果たす役割に対してアメリカが抱く恐れを軽減しようとして,彼をアホ呼ばわりしてる.これは,なんともバカな試みだ.

なにより,イーロンがなにより得意とすることでの能力を測る上で,IQ はそんなにいい指標じゃない――イーロンの得意分野といったら,組織の構築と改善,才能の発見,大人数の管理,資金調達,将来構想の伝達などだ.Keuschnigg et al. (2023) では,富の多寡と IQ の関係を見ると高水準になったところで IQ が横ばいになる傾向を見出している:

本研究では,兵役徴兵テストを受けた 59,000人の男性の認知能力と労働市場での成功の指標を含むスウェーデンの登録データを利用する.驚くべきことに,能力と賃金の関係は全体として強いものの,年収6万ユーロを越えると能力は標準偏差 +1 という控えめな水準で横ばいになることが見出された.しかも,所得階層上位 1% の人々では,すぐ下の階層よりも認知能力のスコアがわずかに低くなっている.

かつて,アメリカ人はテストで計測できない能力の重要性を認識していた――実社会でビジネスを進める洞察力の方が,本から得られる知識よりも尊重されていた.ただ,知識産業がどんどん重要になっていき,高等教育を受けた専門職階級が力と名声を得るようになると,アメリカは純粋な知性を崇拝しだした.「IQ なんて人種差別的で無意味な概念だ」なんて断定するようなアメリカ人もたくさんいるけれど,その人たちだっていざとなるとソーシャルメディアの言い争いで相手を秒で「バカ」呼ばわりしたり,相手の IQ が低いだの言い出したりする.

当人の IQ がどうであれ,間違いなくイーロンはこれまでのキャリアで卓越した組織作りの実績を上げている.下記に,去年10月にマスクについて書いた記事から引用しよう.ここで,ぼくは起業活動が一種のスーパーパワーだと述べている:

アメリカの製造業が(そしてドイツや日本その他の製造業が)中国との競争で空洞化し,かつての偉大な企業がつまずき衰退していくなかでも,たった一人の起業家が,アメリカで世界に冠たる最先端ハイテク製造企業を構築し成長させてみせた.その人物こそ,イーロン・マスクだ.

スペースX を考えてみよう.このマスク企業がなかったら,アメリカは宇宙開発競争で中国の遙か後塵を拝していたはずだ.とはいえ,スペースXがあるおかげで,アメリカは中国のはるか先を進んでいる.アメリカ国内でその製造をほぼすべて行っているものの,スペースX はこの分野で中国全体の製造力を上回っている.(…)スペースXが低軌道上にすでに打ち上げたスターリンク通信衛星はほんとに多くて,他のすべての活動中の衛星や宇宙機を合計した数すら上回っている.(…)

別に,他の実業家たちが宇宙を手がけなかったわけじゃない.世界最高のeコマースサイトと世界最高のクラウドコンピューティング・ネットワークの創設者ジェフ・ベゾスは,Blue Origin を創設してスペースXと競争したけれど,そのはるか後塵を拝している.(…)

ただ,スペースX は偶然の産物でもないし特殊例でもない.最近になって競争がいくらか激しさを増したにもかかわらず,いまもテスラはアメリカの電気自動車市場の圧倒的なシェアをとっている.(…)また,イーロンは最近になって GPU クラスターを立ちあげて新しい AI モデルの訓練に着手した.その開発速度ときたら,Nvidia のジェンセン・フアンが可能だと考えていたのをはるかに上回っていた

アメリカ史全体を見渡してみても,産業界の実業家としてイーロンに匹敵する人物はいない――その称号にいちばん近いヘンリー・フォードすら,航空産業では失敗している.

〔イーロン・マスクの伝記を書いた〕セス・エイブラムソンがどれほど資金をもらったところで,スペースXやテスラや他のもろもろのマスクが手がけたものを構築できないだろう.このぼくにもムリだし,読者のみんなにもきっとできないだろう.それに,テレンス・タオみたいなとんでもなく高い IQ の超天才的な数学者たちにだって,できないはずだ [n.1].ぼくらの誰一人として,1兆ドルの資金を手にして生涯をかけたとしても,マスクがつくってみせたハイテク産業界のビヒーモスに遠く及ばないものしかつくれそうにない.

「マスクと違ってこっちは失敗するだろうって言う理由はなに?」 こちらに制度的な制約がゼロだったとしても,最良の管理職と最良のエンジニアを見極めるのに失敗するだろう.うまく「この人」「あの人」と見極められたとしても,いっしょに働くように説得できない場合も多そうだ――さらに,そこもうまくできたとしても,毎週倦まず猛烈にがんばって働こうというヤル気を起こさせようにもどうすればいいか困るだろう.それに,とりわけすぐれた従業員たちを昇格・昇進させて大きな権限と責任をもたせるつつ,パフォーマンスの低い従業員を容赦なく解雇するのにもたびたびまごつきそうだ.自社の資金として,好条件で何百億ドルも調達するのもうまくやれないだろう.消費者向け商品の話題を盛り上げたり,政府契約の交渉をしたりするのにも,失敗するだろう――などなど.

それに,人目につかないところでマスクが現にやっているのにぼくらはうまくできないことは,きっと山ほどあるだろう.

アンドリーセン・ホロウィッツ共同創設者にしてゼネラルパートナーでもある伝説的なベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセンによれば,[マスクが]成功を収めた主な要因は,次の点にある.それは,迅速な問題解決に徹底集中し,行き詰まったエンジニアやコーダーたちとしばしば直に協力したことだ.(…)多くの CEO たちとちがって,マスクは自分が手がける事業のあらゆる側面を理解することに専心していると,アンドリーセンは言う.マスクは,「現場に入って,仕事に取り組んでいる人たちと直に話す」し,「組織内で率先して問題解決に当たる」のだと,彼は言う.

一見して不可能に思える企業を築き上げ,10年かけてそれを新たな成功の高みにまで引き上げていく様を,これまでにぼくは何度となく見てきた.そして,転機を迎えるたびに,ソーシャルメディアでは野次馬が彼を「バカ」だの「詐欺師」だの「ペテン師」だのとこき下ろし,「あんな会社はじきに崩壊して消え去る」と主張してきた.たしかに,約束したことをなにもかも実現したわけじゃないけれど,イーロンは何度も繰り返して,野次馬たちに「あんなこと言わなきゃよかった」と思わせてきた.

しかも,アメリカでなにかと必要になる煩瑣な手続きや反開発政策という仕組み全体が自分の試みを邪魔していたにもかかわらず,イーロンはこれを成し遂げた.アメリカで工場を建設するのが困難なのは有名だ.なぜ困難かと言えば,土地買収コスト・NEPA(国家環境政策法)みたいな手続きの壁,高い労働コストなどなどに理由がある.それにも関わらず,2023年時点でも,テスラの自動車は中国製よりアメリカ製の方が多い:

Source: Inside EVs

なかでも,カリフォルニアは建設がとびきり難しい州として有名だ.それなのに,スペースX は自社ロケットの大半をカリフォルニアで製造している(しかも中国製よりずっと優れている).これによって,ロサンゼルス地域の航空宇宙産業をほぼ単独で復活させている.また,イーロンが新しく AI 企業 xAI 用にデータセンターを立ちあげようと考えたときには,通常なら数年かかるプロセスを,19日でやったと伝えられている [n.2].

ネイト・シルバーの考えと逆で,これらはイーロンの IQ とあまり関係がない.

一部の進歩派がいまだにイーロンの知性を蔑むのに固執しているのはなぜかと言えば,理由のひとつには,うだつの上がらない高等教育エリートが産業界の富裕な巨頭たちに向ける伝統的な階級的恨みがある.ただ,それよりも,若い子たちが言う “cope”(安心術)ってやつが理由の多くを占めてるんじゃないかと思う.いま,イーロンはこれまでいろんな企業の構築に注いでいた才覚のすべてを,DOGE による公務員制度のつくりなおしに向けている――従業員のやる気を高め,官僚的な規制や障害を迂回し,あらゆるボトルネックを猛スピードで特定して克服してみせるその才覚を,すべてそこに注いでいる.「イーロンに大した才能なんてないよ」「あいつはただ運がいいだけ」「あんなのただのペテン師だ」「政府の助けがあるから成功しているにすぎない」なんて自分に言い聞かせるのは,イーロンの取り組みは必ず失敗すると信じ込んで自分を落ち着かせる方法だ.

また,イーロンの電撃的な動きに対して,歴史を動かしてきたのは「偉人」じゃなくて緩慢ながらけして止められない要因だ,なんてガンコに言い張ることで対処している人たちもいる:

ネイト・シルバー
人類史で起きた重大な出来事の数々は高IQで行動力がある上に悪質かつ/または欠陥がありかつ/または危険な人々によってかたちづくられたという事実を認識せずに,はたして多少なりとも有能な歴史家になれるものかね.

ブレッド・デヴロー〔歴史家〕
ああ,偉人理論だね.多少なりとも有能な歴史家の大半が,大学院の一年目でこの推論モデルを放棄するのには理由があるんだよ.

もちろん,歴史はとてつもなく複雑だし,一度きりしか起こらない.だから,はたして歴史のどれくらいが「偉人」に動かされてどれくらいが緩慢で止めようのない要因に動かされてきたのか,本当のところは歴史家たちにもわからない [n.3].追及されると,彼らもこんな風に認める

だからと言って,個々人が歴史に影響を及ぼさないというわけではない――人間には主体性がある.もちろん,チンギス・ハンの意思決定は歴史に巨大な影響を及ぼした.

それと同時に,アルゴスで(エピロスの)ピュロス王に屋根瓦を投げつけて偶然にも死に至らしめた名もない女性も,歴史に大きな影響を及ぼしている(プルタルコス『ピュロス伝』34.2).

以上の話で言わんとしているのは,歴史の因果関係は複雑だということだ.偉人理論は,それを単純化して,貴族の先入観におもねる.つまり,自分たちが「生まれつき優れている」(だから権力をもつ資格がある)というわけだ.子供じみた歴史観で,まともな大人にはふさわしくない.

引用で名前が上がっているジンギス(チンギス)・カーンという重要な例に注目しよう.もちろん,歴史の進路に影響したのは,彼の意思決定だけじゃなかった.草原の他のいろんな軍閥も世界征服を試みたけれど,ただ失敗に終わった.ジンギス・カーンにとっては,まさしくちょうどいいときにちょうどいい場所にいたことが恩恵だったのかもしれないけれど,彼がもっていた独自の組織作りの才覚があればこそ,歴史上の誰よりも広大な領土の征服が可能になったはずだ [n.4].

もちろん,この比較はイーロン・マスク当人にも通じる:

なぜだか,ジンギス・カーハンの歴史はとりわけ興味深く感じられる.

「カーン」の英単語 “Khan” の綴りを間違えたと言って小馬鹿にする前に,他でもなくジンギス・カーン当人も読み書きを習ってなくて自分の名前を綴れなかったことは思い出しておいていい――これもまた,本を読んで学ぶことと組織作りの才覚はまるで別物だってことを鮮烈に思い出させてくれる.「イーロンは世界最高の IQ の持ち主じゃないから,この国をけっして征服できない」なんて自分を安心させている進歩派たちの愚かさは,「文字も読めない馬乗りなんかに我が国が征服されるわけがない」と自分に言い聞かせていた13世紀の学者に劣らない.

ただ,進歩派がイーロンをバカ呼ばわりする理由はそういう安心術と階級意識でおしまいではなくて,さらにもうひとつあると思う.この15年ほど,多くの人たちが外で過ごす現実の多くが,大衆ソーシャルメディアに取って代わられてきた.そのせいで,Twitter/X で起こるあれこれが,街角で起こるあれこれよりもずっと重大なように感じられている.たえまなく非難と侮辱が繰り広げられるこの仮想世界では,誰かを攻撃して打ち負かす唯一の方法が,相手をさんざん「バカ」呼ばわりすることだ.すると,同時に大勢の他人から「バカ」呼ばわりをされることになる.十分に大勢が誰かを「バカ」呼ばわりすれば,相手の負けで自分の勝ち――そういう発想だ.それで,Twitter/X では誰も彼もがひっきりなしに誰かをバカだのアホだのマヌケだのと罵倒してるわけだ.

ところが,スマホに収まったそのせせこましい X アプリの外にある現実世界では,誰かをただ「バカ」呼ばわりしても相手を打ち負かせはしない.レイチェル・マドウがMSNBC 〔リベラル系ニュースメディア〕がどれだけトランプのことをあしざまに言ったところで実際に「トランプを破滅」させはしないのと同じだ.もしかすると,「イーロンなんて IQ110 じゃん」と言っていれば自分のささやかなネットファンタジー世界では彼を打ち負かした気分になれるのかもしれない.でも,その外に広がる実際の世界では,イーロンは猛スピードで国家機関を解体していってるんだよ.

イーロンの実力を見くびればどういうわけか彼を倒せるとか彼を退散させられると思ってる人たちは,愚かだ――べつに IQ が低いって話じゃなく,単に,外的な困難に対して最善とはいえないかたちで反応するのは賢明じゃない.イーロン・マスクは多くの重要な点で,アメリカでもっとも力のある人物だ.その事実を否認すれば,我が身が危うい.


原註

[n.1] 唯一の例外として考えうるのはジム・サイモンズだけれど,おそらく彼ですら例外ではないだろう.

[n.2] また,こうも自問すべきだ――「いったいどうして,たった一人の人物がこうしたことを全部できるシステムを自分たちは国としてつくったんだろう? やや能力が劣る大勢の起業家たちが同様のことをできるシステムにしなかったんだろう?」 とはいえ,これはまた別の機会にゆずるべき話題だ.

[n.3] 多くの人文系分野と同じく,歴史学者も,目下の共通見解を客観的真実と取り違える誤りをやりがちではある.

[n.4] フランク・マクリンの著作『ジンギス・カン:その征服・帝国・遺産』は,モンゴル帝国史のすぐれた入門書としておすすめする.他には,ダン・カーリンのポッドキャストでも,モンゴルに関するシリーズをやっている.ジャック・ウェザフォードの『チンギス・ハンとモンゴル帝国の歩み:ユーラシア大陸の革新』を楽しんでる読者は多い.たしかに,最高に面白い本ではあるけれど,モンゴル人の賛美がちょっといきすぎてる.


[Noah Smith, “Only fools think Elon is incompetent,” Noahpinion, February 23, 2025; translation by optical_frog]

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