マイケル・ヨッフェ「地震を予測する:10分前の事前警告を可能にするために政府と研究機関ができること」(2025年7月16日)

私たちは、災害が起こる前にそれを予測できるという稀有な機会を手にしている。この機会を無駄にしてはならない。

次の100年間で、カスカディアとサンアンドレアスの2つの断層のうち1つまたは両方で地震が生じ、アメリカの西海岸に、ヒロシマの原爆の3万から6万倍に等しいエネルギーが放出される確率は、約70%である。

この2つの断層の大規模な破壊が生じた直近の事例は、カスカディア断層では1700年、北部サンアンドレアス断層では1906年、南部サンアンドレアス断層では1857年のことである。その当時、特に大きな影響を被った地域には、合計でおよそ55万人しか住んでいなかった。現在では、同じ地域に約3,500万人が暮らしている(ヘイワード断層も、ベイエリア直下に位置し、いつ破壊が生じてもおかしくない状態であるため、極めて危険である。だが本稿では、カスカディアとサンアンドレアスという2つの巨大断層に議論を絞ることとする)。

こうした断層破壊の中でも最も壊滅的な被害をもたらしたのは、1906年のサンフランシスコ地震である。この地震では、市内の建物の半分が壊れ、3,000人以上が死亡した。それ以来、建築基準は大幅に進歩し、建築規制や新しい建築手法に数億ドルの資金が投じられたが、にもかかわらず大部分の建造物は未だにひどく脆弱なままである。アメリカ西海岸の高リスク地域では、カスカディア断層やサンアンドレアス断層の破壊により、建物の20%が倒壊すると予測されている。それ以外の建物も、小規模な地震に耐えられるようにしか設計されていないので、2つの断層で予想されている超巨大地震が生じた場合の帰結は不明である。

1906年のサンフランシスコ地震後のユニオン・スクエア地区。画像出典:Wikimedia Commons

もし2つのうちのどちらかで断層破壊が生じれば、アメリカ史上最悪の自然災害になると思われる。死者は5,000人から10万人に及び、資産被害は5,000億ドルを超え、国の最重要インフラの一部が破壊されるだろう。カスカディアとサンアンドレアスの2つの断層は、21世紀のアメリカのウェルビーイングと繁栄に対する最大級の脅威の1つとなっている。にもかかわらず、このリスクを軽減するための取り組みは憂慮すべきほど手薄なままである。

ハリケーン、洪水、竜巻といった自然災害は、ある程度の正確さで予測することができる。一方で、地震は非常に掴みにくい現象であるように思われる。つまり、地震は予測の領域の外にあり、それゆえ(少なくともほとんどの住民や政治家にとって)関心の対象から外れてしまっているのだ。

その結果、地震を予測する取り組みに対しては資金提供がほとんどなされていない状況だ。一般に、科学研究への資金提供はリスク回避的になされがちである。とはいえ、連邦政府がこの30年間で(広義の)地震予測研究に投じてきた額は、年間でたったの約1,000万ドルである。これは、地球科学に投じられている予算総額の約0.5%に過ぎない。しかも、地震予測研究につけられている予算の大部分は、確率的な長期予測、断層モデルの構築、データの収集・統合に費やされている。これらは「どこで地震が起こり得るか」を特定するのには役立つが、「いつ地震が起こるか」を明らかにする手助けにはならない。

カルフォルニアの主要な断層線における直近の公式の地震予測では、その地域で次の30年以内に(リヒター・スケールで)マグニチュード6.7以上の地震が起こる確率が推定されている。画像出典: Wikimedia Commons

しかしごく最近まで、たとえ資金が無制限に使えたとしても、「聖杯(holy grail)」とも言える突破口へ至るための本格的な道筋はかなり限られていた。その「聖杯」とは、地震が起こる数分から数時間前の事前警告である。なぜ事前警告が「聖杯」なのかというと、警告を聞いた人々が建物から外に出るだけで、大半の死傷は防げるからだ。〔では、なぜこれまで事前警告の実現は難しかったのだろうか。〕理由は単純である。地震は、複雑かつ観測が困難なシステムだからだ。科学者は未だに、各プレートの状態や運動に関して、かなり初歩的な理解しか持ち合わせていない。たとえ地震現象をしっかりと理解できるようになったとしても、完全にモデル化するのは計算上困難だろう。データが非常に限られており、周期全体のごく限られた部分しか捉えられないことが多いためだ。

カオス的システムを理解する上で現在とられているアプローチは、一般に、研究者が様々なデータを比較考量し、それらが予測モデルにどう組み込まれるべきかを決める、というものだ。データが増えるとこうした作業は不可能になる。だが、Aurora [1]訳注:Microsoftなどが開発した気象予測に特化したAI。 のような〔AIの〕基盤モデル(foundation models)は、カオス的システムにおける現象を理解し予測するのが非常に得意であることが近年証明されている。基盤モデルを適切に活用すれば、10分以上前の事前警告を可能にする最有力の道が開ける。だが、機械学習を地震予測に応用する試みは、未だ限られている。

地震予測において基盤モデルを効果的に利用するには、いくつかの条件が満たされなくてはならない。

第1に、センシング〔センサーによる情報取得〕の技術・範囲・インフラが、従来よりも大幅に(桁が1つ増える規模で)改善される必要がある。現状、地震計の数は驚くほど少ない。カリフォルニアにある地震計は1,000台ほどで、およそ断層線15マイルごとに1台しかない。カスカディアのような海域断層における地震計の台数はいっそう少ない。だがより深刻なのは、InASR(衛生観測によって地殻変動を捉える手法)や、分散型音響センシング(通信会社がほとんど/全く使っていない光ファイバー網を用いて、ナノメートル単位の変動を検知する手法)などの、地殻変動の豊富な情報源が、十分に利用されていなかったり、全く取り込まれていなかったりすることだ。

第2に、あらゆるデータを1つの場所に集約する必要がある。現状では、研究室や地域が異なると、地理的に近かったり、資金提供者が同じだったりする場合でも、データが集約され、適切に構造化・ラベルづけされることはほとんどない。

第3に、データ提供者を説得して、データを共有し、重要な場所にはセンサーを増設し、データを集約して、モデルを構築・運営・微調整し、資金を提供させる必要がある。ようするに、地震予測の分野にはより多くの人材と計算資源が必要であり、それゆえ、より多くの資金が必要なのである。

これらの要素のそれぞれは実現可能であり、現実に個々の研究所が小規模ながらも実現してきたものだ。だが研究所間でのコーディネーションやデータ統合は限定的である。また、次の大地震が来るまでに事前警告を実現するには資金が全く足りていない。何百万人ものアメリカ人のウェルビーイングと繁栄に甚大な影響を与え、タイムリミットも迫っているというのに、突破口に向けたマンハッタン計画規模の突貫的プロジェクトは計画されていないのだ。

前進のための現実的な道は、以下の2つだ。

第1に、オープンソース型のプロジェクトである。個人や組織が、データや計算資源、資本を持ち寄って、個々の仮説を検証するのである。この道でも前進はするだろうが、その歩みは緩やかなものに留まる。

第2の、恐らくより効果的な道は、中央集権的な研究所を設立することだ。この研究所は、研究者や大学に対して、新しいセンシング技術、データ取得、モデル構築手法を研究するためのターゲット型助成金を提供する(そこには、分散型音響センシングや海底地震計といった、既存のセンシング手法を発展させるための資金提供も含まれる)。この研究所はまた、歴史的な地震データと既存のデータ源の双方を集約し、構造化し、ラベルづけする。最後に、基盤モデルを構築して微調整しながら、他の研究所が分析・研究に利用できるよう、あらゆるデータを公開する。優れた指導力、既存の機関との協力関係、2,500-5,000万ドルの資金があれば、この研究所は、3-5年以内に大きな突破口を開く可能性が十分にある。

壊滅的な地震の発生を止めることはできない。だが地震を予測することは恐らく可能だ。そして歴史上で初めて、「聖杯」に至る現実的な前進を可能にするための技術が存在する。地震予測ほど、基盤モデルにうってつけの課題はない。私たちは、災害が起こる前にそれを予測できるという稀有な機会を手にしている。この機会を無駄にしてはならない。

[Kelian Dascher-Cousineau、Emily Brodsky、Tom Kalil、Neiman Mathew、Ben Southwoodに大きな感謝を。] [マイケル・ヨッフェはAristのCEO。Twitterアカウントはこちら。]

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以下コメント

リーフ:長期的な地震予測プロジェクトへの資金提供が増えるのは良いことだと思います。ですがこの記事は、地震予測研究の現状を上手く捉えているとは言えません。地震予測への資金提供が低調なのは、何十年にもわたって地震の前兆を探究してきたにもかかわらず、それが全く成功せず、予測が可能であるかどうかすら確信が持てなかったからです。新しい手法やデータセットがあることを考えれば、なんであれ新たに研究を行う価値はあるでしょう。ですが、地震予測に資金が投じられてこなかったことにはもう1つの理由があります。地震による死者を大幅に減らす別の方法が既に判明しているのです。

1つ目は耐震改修(seismic retrofitting)です。現代の建築基準で建てられた建物は、大地震に耐えられることが分かっています。アメリカ西海岸ではまだ地震が起こっていないから分からないじゃないかと思われるかもしれませんが、日本のような最近も地震が起こっている場所で、このことは証明されています。問題は、古い建物は現代の基準で建設されておらず、改修には大きな費用がかかることです。ですがこの分野での取り組みは着実に進行中です。

また、アメリカ西海岸では最近、緊急地震警報(earthquake early warning)が導入されました。これは地震を予測しているわけではありませんが、地震が起こってから人口密集地帯に到達するまで、数秒間の猶予を与えます。数秒あれば、しゃがみ、身体を覆い、何かに掴まるといった行動をとることは可能です。もちろん、警告がより速くなるのはよいことですが、この記事が謳うほどの事態の劇的な改善は生じないでしょう。

最後に、地震予測研究を進めたいと思うなら、地震学者の多くは喜んでデータを共有します。地震データの多くはインターネット上で無料でアクセス可能です。分散型音響センシング(DAS)のデータは、量が膨大で保存・配布が難しいためアクセスしづらいですが、既に多くの新しいDASプロジェクトが存在し、こうしたプロジェクトはデータに関心のある人に喜んで協力するはずです。

[Michael Ioffe, Predicting earthquakes, The Works in Progress Newsletter, 2025/7/16.]

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1 訳注:Microsoftなどが開発した気象予測に特化したAI。
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