経済学101は主に皆様の寄付によって賄われています。温かい支援をお待ちしています

ジョセフ・ヒース「社会構築主義:基礎編」(2018年5月26日)

Social constructivism: the basics

Posted by Joseph Heath on | philosophy

筆者の同僚のジョルダン・ピーターソンがこれほどの有名人になった理由の一つは、彼の批評の多くがあまりにも難解だからだ。ピーターソンの論争は、(このようなたとえ話が許されるなら)ナイフでの白兵戦に銃を持ち込む奴のように見えることが一度ならずあった。このことは、ピーターソンの社会構築主義に関するさまざまな議論で特に顕著であり、その中には「樽の中の魚を撃つ」(訳注:アホらしいほど簡単な、という意味の慣用的比喩)ような質の議論もあった。その主な理由は、何かが「社会的に構築された」と言うことが何を意味するのか、そして、それが政治的に何を意味するのかについて、学者や運動家を含む多くの人たちが実際に混乱していることにある。

筆者は哲学者かつ批判理論家として、このことに多少の責任を感じている。というのも、このような概念を飯のタネにしている筆者たちは、その意味を十分に説明してこなかったからだ。とりわけ筆者たちは、ジェンダーや人種のような何らかの性質や属性が「社会的に構築された」のなら、それは簡単に変えられるということだ、という印象を与えることを許してきた。この思想こそが、多くの人々の心の中で、「社会正義を守る」ということと「すべてが社会的に構築されたものだ」(あるいは「すべてが社会的に構築されたと信じたい」)ということを、密接に結びつけてきた。そして、学者たちが社会構築主義のテーゼを、有力な証拠に基づいてというより、政治的理由で信じたいから支持したため、社会科学には無視できない歪みが生じた(筆者の「規範的な社会学の問題について」という以前の記事を参照)。

実際問題として、社会的に構築されたものの多くは、簡単に変えることはできない。だが、それを説明するには、社会構築主義者の主張の基礎と、それがどうして政治色を帯びたかを理解する必要がある。世の悲惨の多くが、人間同士が互いをどのように扱うかから生じる、というのは一般的に見られることだ。ゆえに、このような悲惨をなんとかしたいと願う人は、人々の行動パターンを変えられるかどうか、という疑問にはまる。場合によっては、その答えは明らかにイエスだ。例えば、その行動が他者から学んだものであるなら、それを教えないだけで変えられるし、社会規範によって押し付けられたものであるなら、そのような社会規範の押し付けをやめればよい。だが、それ以外の場合には、答えがノーであることも十分にありうる。なぜなら、人間性の中には、体質的な「生物学的に決定された」ように見える側面もあるからだ。読者がもし、自分の子供を贔屓しないような人たちのユートピアを構想しているとしたら、それはおそらく失敗する。

これが基本的に20世紀の遺伝対環境の大論争、つまり、私たちが目にする「人間性」のうちのどの程度が学習の結果であり、どの程度が生得的なのか、のテーマであることは言うまでもない。この論争の最終的な結果として、「すべてどちらでもある」という結論が幅広く受け入れられた。より厳密に言えば、「生物学的」と「社会的」の間に線を引く理論的な基準はない、ということだ。なぜなら、人間は環境(他の人間を含む)の中で成長するが、そこでは常に、発生予定と環境条件の間のフィードバックが起こっているからだ。たとえば、人間には明らかに、言語学習や会話のための生物学的な適応がある(喉頭の位置のような肉体的適応もあれば、領域に特化した高速学習のような認知的適応もある)。生後18か月の幼児と交流した人にとって、人間の脳には言語学習の能力が「組み込まれている」、という印象を持たないことは難しい。だが。言語は生物学的ではなく、文化的な人工物であり、社会環境の一部だ。さらに、そこには明らかに慣習的な要素(語彙や文法の相)も含まれているので、異なる社会環境で育った子供は互いに理解できない言語を学ぶことになる。そしてもちろん、孤独や極端なネグレクト状態で育った子供は、(たとえば、孤独の中で育った蜘蛛が、それでも複雑な蜘蛛の巣を作ることができるのとは異なり)自分で言語を再発明することはない。

このような遺伝・環境論争の解決は、不幸なことに、両陣営をやや満足させすぎた。というのも、「遺伝」側は「すべてどちらでもある」を事実上「なんでも生物学的なものとして扱ってよい」と解釈したし、「環境」側は「なんでも社会的なものとして扱ってよい」という意味に解釈したからだ。むしろ正しい結論は、両者の間には連続性があって、より生物学的なものもあれば、より社会的なものもある、というものだった。あるいは、少し厳密に言えば、人間の発達経路には、他よりより強く「水路付け」されており、社会や環境によって変えにくいものがあるということだ。(たとえば、地球上の他のあらゆる哺乳類と同様に、人間は生物学的に、「生得的」な食べ物の好き嫌いを持つが、それは他の多くの哺乳類ほど確固としたものではない。つまり、社会的学習や慣れによって変えることができる。人間の味覚は「獲得味覚」なのだ。だが、味覚の中には、他よりも獲得の難しいものもある。たとえば、「食糞」は通常、自己超越ではなく精神病の症状として扱われる。だからこそ、獲得味覚の開拓に社会的エネルギーを注いできた文化は、生物学的なデフォルトの設定に近いメニューに行きつく代わりに、多かれ少なかれ「構築された」メニューに行きつく。)

もちろん、特定の性質の発達がどの程度「水路付け」されており、ゆえに、その経路をずらすにはどの程度の社会化の努力が必要になるか、というのは科学の問題だ。不幸なことに多くの人には、この問題に対する公平な判断を妨げるような強い政治的動機がある。なんらかの不正義に関わるような性質があるときは常に、多くの人はその性質が変わって欲しいと願うがゆえに、その性質が「生物学的」ではなく「社会的」なものであると信じたがる。このことはさまざまな帰結を生む。おそらく、そのうちより目立つのは、社会科学に蔓延するとんでもなく不公平な立証責任の割り当てだが、日常的な議論においても、「生物学的」な説明の支持者は常に、自分たちの主張を立証するため「社会的」な説明をすべて排除するし、「社会的」な説明の支持者は通常、「生物学的」説明の可能性をすべて排除するのはおろか、自分たちの主張に証拠を提示する義務があるとすら考えない。たとえば、子供のジェンダーの差の観察結果に関しては通常、観察された差は社会化の結果であるという純粋に仮説的な説明によって、生物学的な説明は論破されたと見なされる。(この種の哲学文献に関しては、ジェシー・プリンツの「Beyond Human Nature(人間性を越えて)」という本を参照。哲学者は特に変な仮説的な例を思いつくように訓練されており、その結果、生物学は私たちの生活とはさまざまな側面とは完全に無関係だと自分自身を納得させることは簡単だと思っている。ついでに言えば、これが正しい自己認識の方向への一歩であることはめったにない)。

その結果、教育のある人たちの典型的な思想では、政治的動機による手の込んだ希望的観測に基づいて、人間の行動に対する社会的な影響(学習、制度など)を過大評価するという事態になった。これが「政治的に正しい(訳注:『ポリコレ』な)」科学の台頭につながった。これこそが、ピーターソンが存分に指摘して論破している相手だ。たとえば、ピーターソンはまず、性差別だけでなく「性自認」に基づく差別も禁ずると言う、カナダ人権法の拡張に関する論争に加わることで注目を集めた。「性自認は生物学的な性とは違うし、生物学的な性では決まらない」みたいなことをよく言われるが、この文の中の「決まる」という言葉が何を意味するのかは、立ち止まって考える価値がある。

社会科学者は、相関係数0.3~0.4程度の関係に注目することが珍しくない。ジェンダーの場合、人口の99%以上の性自認は、そのまま生物学的性に対応している。これで生物学的に「決ま」らないというなら、何が生物学的に決まると言うのか? とピーターソンは問う。生物学的決定論とは、特定の遺伝子型が常に、100%の事例で、特定の表現型を生み出すという意味ではありえない。たとえば、私たちの指の数には発生的な側面があって、6本指になる人もいれば、指を何本か切り落として5本より少なくなる人もいると言う事実にも関わらず、両手には5本の指があるという事実は「生物学的に決定された」と見なされている。だから、上の文で援用されている生物学的決定論の暗黙の定義(相関係数1が必要)にしたがえば、生物学的に決定されたものなどないことになる。このことは、性とジェンダーとの間には極めて強い関係があるという明白な事実から、注意を逸らす役割を果たす。

同時に、「ジェンダー」は社会的構成概念だが、「性」は違う、ということもまったく矛盾していない。シモーヌ・ド・ボーボワールが「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と言ったとき、彼女が見ていたのは、「女」や「男」に関する私たちの一般的な理解には、大量の学習行動が関わっているらしいということだった。通常、子供の時に起こるのは、生物学的性を利用して人口を2つの分類(「男性」と「女性」)に分け、その後、それぞれを異なる方法で社会化して、2つの異なる社会的役割(「男」と「女」)を占めるようにする、ということだ。少女は座った時に足を組むように教わるが、少年は教わらないかもしれない。その結果、男女は異なる行動をするようになる。だが、このことは、生物学的性ではなくジェンダーロールの帰結として正しく説明される。その行動を簡単に変えられるとか忘れられるとかいう事実は、それが生物学的性質ではなく社会的役割によることを強く示唆する。

性とジェンダーを区別することに意味がある理由の一端は、二分類間の強い相関関係から、社会的な役割の諸相は生物学的に決まっているとみなしてしまう人が多いことにある。(言い換えれば、人々が、実際には社会的な役割による社会的行動のさまざまな側面を説明するために、生物学的性に訴えることにより、ジェンダーが見えなくなってしまうということだ。まさに性とジェンダーとのほぼ完全な相関関係のおかげで、反例に直面することは滅多になく、この誤りは気付かれない)。また、「男性」や「女性」に分類することが難しい生物学的状態で生まれてきて、歴史的にどちらかのジェンダーに恣意的に割り振られてきた人たちもいるし、ベースとなる生物学的な曖昧さはないものの、割り当てられたジェンダーに不満をもって、ジェンダーロールを切り替えようとする人もいる、ということも注目する価値がある。

大きな問題は、もちろん、この役割の内容を変えることができるか、変えられるとすればどの程度変えられるか、ということだ。期待を変えることはできるか? 新たな役割を作ることはできるか? 役割を完全に捨てることはできるか? 社会構築主義のテーゼが正しいとすれば、その答えは「イエス」である、と多くの人が誤って見なしている。何かが「発達上水路付けされていない」と証明されるということは、私たちは何でもやりたいことができ、変化に対する抵抗があるとすれば、それは人間性ではなく、社会の「保守的」「反動的」な要素から来ているはずだ、ということを意味している。

この問題点を理解するため、宗教のアナロジーを考えてみよう。宗教は明らかに文化的なものであり、そして明らかに作られたものでもある。(もし誰もが、つまり有神論者と無神論者の双方が同意できることがあるとすれば、それは、宗教的信仰は一般に虚偽であるということだ。この点に関する有神論者と無神論者の唯一の違いは、有神論者はこの一般化に一つの例外(この場合は自分自身の信仰)を認めるが、無神論者は例外を認めないということだ)。ともあれ、宗教が作られたものだという事実から、新たな宗教を作ることは簡単だと結論する人もいるかもしれない。そして実際に多くの人がそれに挑戦した。だが、彼らが気づいたのは、新たな「啓示」をでっち上げたり、新たな儀式の体系を発展させたりすることはそれほど難しくないが、幅広く普及させることはほとんど不可能だということだ。

言い換えれば、やっかいなのは社会への普及なのだ。その理由の一端は、人間の注意や記憶には、生物学的起源の強力なバイアスがかかっていて、特定の種類の物語に他より説得力を感じてしまうことにある。(パスカル・ボイヤーは「神はなぜいるのか(Religion Explained)」の中で、新たな「迷信」をでっちあげて広めようとすることで、より「定着」する迷信と、無視されてすぐ忘れられる迷信の差がどこにあるかを理解しようとする、魅力的な実験について説明している)。

児童書にも同じような構造がある。児童書は文字通り毎年何千点も出版される(自分の子供のためにこのような単純な本を読むことに時間を費やした人たちは、ある時点で、「こんなのなら自分にも書ける」と思うようになる)。だが、児童書の市場は競争が激しい。実際に成功するのは一握りだ。それを選ぶシステムは、実質的に自然選択の一種だ。では、(訳注:この自然選択にとっての)「環境」とは何か? 人間の認知、特に社会化されていない人間の脳の変幻自在なバイアスだ。児童書の「フロイト的」な読み方にあれほど説得力があるのはそのためだ。それは著者が心の中で密かに思っているからではない。このようなテーマこそが、特定の物語が共感を呼び、記憶され、語り継がれる原因だからだ。

これは奇しくも、世界の偉大な宗教や聖典に、まだ完全に解明されていない深い真実が含まれている、とピーターソンが考える理由でもある。このような特定の物語は共感を呼び、生物学的な深いレベルで私たちに訴えかける。だからこそそのような物語は成功し、時を越えて語り継がれる。このような物語がそれほど強い共感を呼ぶのはどうしてか、実際にはわかっておらず、それを追求することによって、私たち自身について学ぶ余地が大いに残っている。(筆者はむしろ、このような物語には、深遠な知恵というより、他のコンテキストに適応した学習ヒューリスティックスへの「誤射」が関わっている、と考えることが多い。つまり、ある人にとっての深い真実は、別の人にとっては恣意的な認知バイアスである、ということ)。

このようなことのすべてが、社会制度をどの程度簡単に変えられるかについて、著しい制約を課している。たとえば「家族」は、ある面では極めて柔軟な社会制度だ。家族は、社会によって極めて違う構成で存在し、養子のような慣習によってかなり恣意的に拡張することができる。そして、社会改革者たちは、文字通り何千年もの間、折に触れて家族を廃止しようと試みてきたが、それでも成功しなかった。それは制度が、哺乳類の心理学に深く根差した、極めて覆すことの難しい性質である感情と行動の素因のセットを、組織化し水路付けしているからだ。実現できたのはせいぜい(カトリックの司祭や中国帝室の宦官のような)「不妊のカースト」を作ることだけであり、それは不安定なことが多かった。対照的に、プラトンの「国家」に出てくる「守護者」のような仕組みは、数え切れないほど試されてきたが、決してうまくいかなかった。

この点に関して、1960年代の反体制文化であるコミューン運動は、ためになる教訓を残している。アメリカでは一時、5千を超えるコミューンが活動しており、多かれ少なかれ過激なさまざまな「生活の実験」を行っていた。筆者の友人の一人は、「共同子育て集団」の一員として数年を費やした。これは、男性5人と女性5人が、生物学的な親を区別することなく、子供を作ることを決めて集団で育てる団体だ。(その計画の中には、誰が生物学的な親かを子供に教えず、10人全員を親として扱い、全員が子供一人一人の世話や教育に関与するということも含まれていた)。これはすべて屈辱的な失敗に終わり、数年のうちに喧嘩別れした。彼らの多くは家庭裁判所のやっかいになる羽目になり、親権や面会権を求めてお互いを訴えた。

おそらくコミューン運動に関して最も衝撃的なのは、やろうとしたことのほとんどすべてが失敗したという事実だ。彼らが行った文字通り数千の実験、実質的に生活のあらゆる側面における社会関係を組織するさまざまな方法の、ほぼすべてが崩壊した。情けないことに、数年以上存続できることが実証されたコミューンは、強い宗教志向を持つコミューン(つまりカルト)と、官僚化することを選び成文法や形式的な意思決定手続きを導入したコミューンとの、2種類だけだった。言い換えれば、コミューン運動が実証することになったのは、人々がお互いを信頼して仲良くできる方法は、すでに社会の本流で採用されている方法だけだった、ということだ。

では、これらを全部ひっくるめた結論は何か? それは、人類は多くの面で極めて柔軟な種であり、社会的学習に強く依存し、行動規範を押し付けることにより社会的相互関係を大幅にコントロールできるが、同時に、社会関係に対し特定の方向にバイアスをかけている進化心理学や生物学的に継承された素因のセットによって、ときにはむしろ驚くほど強い制約を受けている、ということだ。だからこそ、私たちが素朴に「人間性」だと思うことの多くは、実際にはまったく生まれつきではなく社会起源であるにもかかわらず、多くの場合、変化には驚くほど強い抵抗があるのだ。

繰り返すに耐える点はもう一つある。この分析は、「進歩的左翼」が、なぜどのように危険になりうるかを理解するのに役立つ。左翼を自認する人たちの多くは、自分たちを道徳的に立派な人だと思っているので、自分たちに何か悪いことができるとは想像することすら難しい。だからこそ、左翼、あるいは、少なくとも左翼に幅広く支持された政府が、20世紀の歴史の中で7千万~1億人の自国民を殺したということは思い出す価値がある。その原因の大部分は、彼らの追求した政治的なユートピア計画が、ほとんどの人たちの能力を超えたレベルの向社会的行動を示すことを個人に求めたという事実にあった。このような計画が失敗したり抵抗に直面したりし始めたとき、政府は「人間性」の限界に直面したということを認める代わりに、「反革命」「ブルジョワ」「反動的」要素のようなスケープゴートを探し、計画の邪魔をしたという責任を押し付けた。その結果は悲劇的だった。

これこそが、「社会構築主義」の話題が一部の人をピリピリさせる理由だ。問題は、私たちは、一方で正義を求め、他方で人間性に制約されているということだ。この両者の関係を原理的に考える方法を、あるいは、前者を後者に合理的に統合する方法を、私たちはまだ定式化できていない。この問題を、ジークムント・フロイトはきわめて明確に認識しており、「文化への不満」という著作の結論の中で、彼が「文化の超自我」と呼んでいるものに対して次のような批判を展開している:

文化の超自我も人間の心の構成という事実に十分に配慮せずに命令するだけで、人間がその命令に従うことができるかどうかは、考えてみようともしないのである。超自我は、人間の自我は、命じられたことは心のプロセスとして何でも実行できるし、自我は自分のエスに無制限な支配を及ぼすことができることを前提としているのである。しかしこれは間違った考え方であり、いわゆる正常な人間においても、エスを無制限に支配することはできないのである。もしもエスを無制限に支配するように求めるならば、個々の人間は反抗するか、神経症になるか、それとも不幸になるしかないのである。『隣人を汝みずからのごとくに愛せよ』という命令は、人間の攻撃欲動の拒絶としてはもっとも強いものである。これは文化的な超自我がいかに人間の心理を理解せずにふるまっているかを示す傑出した実例なのである。この命令は実行できない。このような形で愛を<水増し>することは、愛の価値を引き下げるだけで、苦難を取り除くことにはならないのである。しかし文化はこうしたすべての状況を無視してしまう。命令にしたがうのが困難であればあるほど、その命令を実行した者は称賛に値すると訴えるだけなのである。
(「文化への不満」ジークムント・フロイト著、中山元訳)

この問題に関する思想が、前世紀の間に多少なりとも進歩したとは、筆者には思えない。

ジョセフ・ヒース『パンクは死んでいない』(2016年3月21日)

Punk’s not dead…
Posted by Joseph Heath on March 21, 2016 | culture

反逆の神話」を書いたおかげで、音楽や文化についての意見を今でも求められることがあります。いつもは断りますが、イギリスの音楽ライターであるジェミリー・アレンが持ってきたアイデアに興味を引かれたので、この記事1 に対するインタビューを受けることにしました。

しかし、メールによるインタビューだったので、返事に大変な時間が掛かったうえに、恥ずかしながら大部分が没になりました。そこで、興味のある人向けにブログで全インタビューを掲載します。

問:『反逆の神話』の中で、カウンターカルチャーはシステムに対して脅威ではないと、あなたは主張しました。芸術は何も変えないのでしょうか?

共著者のアンドリュー・ポターと私がその本で議論したのは、60年代に発生しパンクの時代にも強烈な影響を持っていた政治的思想についてです。しかし、それは前世代の共産主義者が資本主義に反対したような革命的な力を持つには至りませんでした。資本主義は、教育システムや軍産複合体、教会、家族など、社会の全様相に影響を与えている、巨大な問題の顕著な特徴の1つと考えられています。

本当に革命的であるには、もっと社会の全体に対して反抗を行う必要がありました。さらに[カウンターカルチャーによって想定された既存の社会システムの]中心的な特徴は、秩序と規律の固定化にあると考えられていました。もし[既存の社会システムにおける]全体的な文化が、[社会の構成員に対して]抑圧的であるならば、無秩序かつアナーキーを称揚するカウンターカルチャーを形成することによってのみ『解放』が可能になると、当時は考えられていました。

この考えは左派にかなり大きな影響を与えました。その現象を私たちは本のなかで以下の様に書きました。「ジャズクラブで待ちぼうけをくらっているヒッピーが、投票者を得るように努めている公民権活動家や、憲法改正を訴えるフェミニストの政治家よりも、深遠な現代社会の批評家に見えるようになるのだ」と。

カウンターカルチャーによる社会分析は、残念ながら間違っていたことが分かりました。他に言いようがありません。カウンターカルチャーによる社会分析に従った考え方とは、ある種の規律を破壊できたなら――例えば、もし人々が性的抑圧を克服し自由恋愛を楽しむようになったり、単調で画一化された郊外の生活を拒絶し始めたならば、自由と個性による新時代の幕が開き、ひいては、人々は搾取的な組み立てラインで働いたり、帝国主義と闘うための徴兵を拒否するようになるかもしれない、といったものでした。言い換えれば、カウンターカルチャーは本当に『システム』を撹乱し破壊すると無邪気に信じられていたのです。しかしながら、[社会を構成している]『システム』は実際には順応性や性的抑圧を必要とはしていなかったのです。さらに、そのような思想に基づいた全ての『反逆』は、新しい資本主義の消費対象になりました。例えば、性革命はポルノ産業の黎明を促し、服飾会社はフランネルのスーツと同じように反抗の象徴とされる皮ジャケットを楽しげに売り出しています。カウンターカルチャーによる反逆は、自身が反対すると考えられていたシステムの一部になってしまったのです。

芸術は物事を変えないと言いたいのではありません。しかし、芸術は広告社会の基本的な性質を変えることはできないのです。芸術家はブルジョワ社会とその価値観を100年以上も非難してきました。けれども結果として、反ブルジョワ社会にとっての市場が、どれくらい深くて流動的な力を持っていたかを証明することにしかならなかったのです。

問:パンクは過大評価されていたのでしょうか?

私はパンクの美学について大した見識は持っていません。しかし、パンクムーブメントに巻き込まれた私たちは、自身がしていることの政治的な重要性を大きく見積もりすぎていました。60年代のカウンターカルチャーの失敗から学ばなかったことが問題です。

私たちは皆、ヒッピーを嫌っていました。私たちは基本的に彼らが変革に失敗し、消え去ったと考えていました。ヒッピーの反逆概念は、軟弱で甘ったるいものだった、つまりヒッピーカルチャーには尖った部分は全くないことが原因だと考えました。なので、私たちの解決策は、政治と音楽の両方におけるあらゆる面で、よりハードコアかつ妥協しないようにすることでした。

問題はカウンターカルチャーに対して、私たちが[ヒッピーと]同じアイデアを投入したことです。そのアイデアとはシステムを破壊するために、単に非順応的に振舞えばよいというものです。言い換えれば、パンクはヒッピーと同じ革命理論を持っていたのです。つまり、ヒッピーは上手くやれなかったが、私たちはもっと上手くやれば良いと、考えていたのです。

残念ながら、これはまるっきり見当違いでした。ある意味で、ヒッピーについて、そして60年代についても、十分に批判しきれていなかったのです。ヒッピーの反乱は単に失敗に終わったというだけでなく、ヒッピーの反乱に指針を与えていた思想の分析そのものからして、完全に間違っていたんです。

問:あなたはパンク自体のファンですか? 例えばどのようなバンドを、もしくはどのような音楽を好んでいますか? あなたを熱狂させるのはどんな音楽ですか?

私は若いときにかなりパンクに熱中していました。私は1967年に生まれたので、70年代の音楽に接するには少し若すぎました。しかし、80年代のパンクムーブメントに、どっぷりと熱中しました。カナダの西部で育ちましたが、カリフォルニアのバンドであるDead KennedysやThe Cramps、Circle Jerks、X、The Gun Clubなどに大変に興味を持ちました。1985年にはケベックに引越しましが、そこでは当時、Berurier Noirが巨大な存在感を持っていました。

私の嗜好は進化しましたが、望んだほどではなかったかもしれません。ただ商品を良く評価する方法は確かに学んだと言えます。しかし先日、ホワイト・ゾンビとメタリカ2 を車で流していたところ、娘に「年寄りの音楽」を切ってと頼まれました。私は今、自分が聴いている音楽は「年寄りの音楽」だと悟ったのです。

問:パンクに由来する態度が残っている可能性を認めないのですか? セックス・ピストルズがビル・グランディ事件3 で誓いを立てた場面を見た子供たちがそれ以来、真似をして、さらにその子供たちの子供たちが引き継いできました……。

パンクは『注目を集めるための公式』を完全に確立しました。その公式は今日のアーティストに巧みに引き継がれています。例えば、[メインストリームとされているものに対して]何か下品なことをし、[その下品な行為への]怒りの反応を待ってから、[我々は]保守勢力により迫害される政治的殉教者であると主張したり……と。この公式がいまだに有効であることに少し驚きます。

エミネム4 の曲である“My Dad’s Gone Crazy”と“Sing for the Moment”の歌詞を比べてみましょう。それらの全ての歌詞が本当に『政治的である』ことで論争する価値があるか、自分自身に問うてみましょう? エミネムはアイデンティティ効果を存分に使い、基本的にセックス・ピストルズによる詐欺行為とまったく同じ効果を狙った真似事を行いました。[今においても]彼が正面切ってそのようなことが実行できるという事実に驚かされます。つまり、彼の事例は唯一のものではなく、一種の公式のようなものになったことを示しているのです。ただ公式化したことで、大衆を驚かせることは、ますます難しくなっています。

問:あなたはカナダ出身です。パンクはイギリスのように『発生』しましたか? そしてカナダはアメリカに近く、あなたはアメリカ文化に興味があったそうですが、パンクはいつアメリカに影響を与えましたか? 90年代では大きかったと思いますが、グランジ5 のサブジャンルのようになったように見えましたが……。

確かに、西海岸のDOAやアルバータのSNFUがありました。より大きな計画を持っていたk.d.lang はそのシーンから出てきました。SCUMとAsexualsはモントリオールにおり、Skinny PuppyとVoivodのようなパンクに影響を受けたバンドもありました。バンクーバーのDIYシーン6 出身でNettwerk Recordsから世に出て、最も商業的にインパクトを持ち、世界に進出したのは、サラ・マクラクラン7 です。

問 当時大衆的な音楽だったボニーM8 やデビッド・ソウル9 が世界で聴かれているときに、歴史修正主義者はパンクはイギリスで77年に爆発的に発生したと言います。なぜこのように修正された話を疑問を持つことなしに、私たちは受け入れてしまうのでしょうか?

『オルタナティブ』や『アンダーグランド』と呼ばれる音楽の全体概念は、80年代での実際体験と一致させて理解しなければいけません。過去を振り返って考えると、それらの音楽は、ベビーブーマー世代の後に続いた世代の行動結果と、人口動態に従って音楽産業がどのように働いたのかという現象の相乗効果でした。一般的に人は20代前半で最も音楽を購入します。そして、[視聴年齢と]同年齢前後の人達によってポピュラー音楽は作られ、聞かれるのが通常の状態です。なので、今ならジャスティン・ビーバーやテイラー・スウィフト10 などのような若い世代によって[作られ、同世代に聴かれる事で]ポップの意味合いが定義付けられます。

私たちのようなジェネレーションX11 の場合は不思議な時代でした。私たちが10~20代のころはベビーブーマー世代の人口がとても多かったのです。なので[当時の音楽産業では私たち]若い人々に向けての売上より、ベビーブーマー世代に対する売上のほうが勝っていました。結果として、ラジオやレコードレーベル、レコード店には私達の両親に関わるような音楽、つまり主にスタジアムロックのようなもので占められていました。

[当時の]若者が同世代に向けて音楽を始める時、文字通り自分のレコードレーベルを開設し、独自の流通ネットワークを構築しなければなりませんでした。音楽産業は人口動態に従って、当時の若い世代には完全に興味がなかったからです。当時、アルバムを手に入れることさえも、貴重なツテが必要でした。もし大都市に住んでいなかったら、若者向けの商品は禁制品のように感じたはずです。

記憶の歪みがあります。それを私が初めて感じたのは、ジョン・キューザック12 (彼は私と同い年です)が演じる主人公が高校の同窓会に出席する映画、『ポイント・ブランク(原題は”Grosse Point Blank”)』を観たときです。私が80年代に聴いていたヴァイオレント・ファムズ13 のようなバンドの楽曲が、その映画では主要なサウンドトラックとして使用されていました。私は感銘を受けましたが、その映画は全体的に修正されていたのです。

80年代に実際にさかのぼると、学校のダンス現場は、レッド・ツェッペリンやイーグルス14 などで占有されていました。つまり、ヴァイオレント・ファムズは当時の高校では、私を含めて2~3人しか聴いてないような深刻なまでの『アンダーグランド』な音楽だったのです。クラッシュ15 でさえも異端な趣味でした。

しかしながら、ジェネレーションXの当世代よって作られた音楽だったので、ヴァイオレント・ファムズやクラッシュは時代を定義するような音楽になりました。ほとんどの人々が実際に若いときに聴いていなかったような音楽が、私たち世代を代表する音楽になるという奇妙な状況に至っています。

あなたの質問に答えると、[当時の私たち世代の]人々はボニーMをやはり聴いていたのでしょう、あなたの界隈ではブラック・サバス16 かもしれませんが。しかしながら当時を振り返ると、アンダーグランドなミュージック・シーンはやはりアンダーグランドでしかありませんでした。ラジオやレコード店では全く存在感がなかったのです。

このことはもちろん、本当に破壊的で革命的なものに関与しているという感情を、私たちに引き起こさせました。音楽業界がパンクのレコードを売りたくないという事実と、ラジオ局がパンクを流さないという事実は、私たちが社会システムに対する、なんらかの脅威である違いないと、感じさせたのです。今では、それはただの幻想だったことが分かってます。実際には音楽産業による経済活動の結果に過ぎなかったのです。

ひとたび人口動態が変わったことで、音楽産業は若者に向けて音楽を再び販売し始めるのを、あなたも見ましたよね。それはあなたが『グランジ』と呼ばれる現象に遭遇した時です。その音楽は新しいものではありませんでした。グランジの音自体は、子供たちが10年以上も聴いてきたものでした。ちなみに私たちはそれを『ハードコア』と呼んでいました。突然、その市場が大きくなったので、メジャーレーベルが関心を持ち始めただけですが。

問:ジョニー・ロットン17 のパンク哲学はかなり実存的でした。パンクとは全てに疑問を投げかけるということだ、と彼は言いました。これが、他のどのセックス・ピストルズの模倣よりも、彼にパブリック・イメージ・リミテッドを続けさせている理由ではないでしょうか。ほとんどの人々にとってのパンクとは、同じ服を着て、人々を挑発しつつスリーコードを早く演奏することに順応する事なのでしょうか?

パンクは明確に反乱であり、[当初はなんらかのスタイルへの]順応ではありませんでした。『反逆の神話』で、私たちが示そうとしたことがあります。それは、反乱の発生が競争・示威状態を生み出し、その競争・示威状態の間接的な結果が、どのような順応性に至ったのか、ということです。反乱に関わることはとても格好良く、反乱者に社会的な地位を与えます。結果として、反乱はたくさんの模倣者を惹きつける事になりました。

インストリームの社会に対して、カウンターカルチャーによる分析を行えば、基本的に大衆は洗脳された羊の群れということになります。誰もがそんな群れのなかに留まりたいとは思わないでしょう? あなたは、洗脳された群れの一頭ではないことを、どうやって自己表現しますかね? あなたは自分が他者と違うことを顕示するために、反乱を起こさねばならないでしょう。不幸なことに、皆が反乱に走ると、揃っての自滅に至ります。

つまり、本当の反乱を実践するには、常に変わり続け、常に他人からは安易に定義されない新しい道を探さなければなりません。なぜなら『エッジ』と呼ばれているものは、すぐ『見慣れた』とか『主流な』とか言われるようになるからです。これこそ、反抗的なサブカルチャーが常に創造性を持ち、たくさんの洗練された発見を産み出してきた理由の一つでもあります。クールであり続けたい、皆より抜きん出ていたいという、競争・示威状態に駆り立てる姿勢への熱情を、人は持っているからなのです。

話を戻すと、私たちは、この競争・示威状態を求める姿勢を、調和・包括的な意思を拒絶する悪意のある『考え方・姿勢』の源泉だと考えてしまっています。私たちはこういった『考え方・姿勢』に全く関係していないと思っていますが、私たち自身は皆、これを行っているのです。

問:DIY音楽18 の平等性の原則は大変に素晴らしいものです。[DIY音楽による]ちょっとした工夫や改良の積み重ねが、平凡なものを上回る素晴らしい芸術に昇華すると思いませんか?

DIYとは『自営業』の単なる言い換えに過ぎませんよ。楽器の演奏方法を学ぶためのDIYは良い方法ではないでしょう。しかし、作曲し配信する方法については非常に良い方法なのかもしれません。

問:私の意見では、今やDIY音楽はインターネット上で光よりも速く生み出されています。インターネットは恒常的に社会制度や人的資本を変えるのでしょうか?

いいえ、ネットは[社会への]不順応性や文化的反乱を起こすことによって、人的資本を変える力を持っていないのは明白です。ネットにおいて、本物の『オルタナティブ』や『アンダーグランド』なミュージックシーンを維持することは、基本的に難しいのです。なぜなら、誰かがビデオをYoutubeに投稿したり、音楽をSoundcloudに投稿したりすることは、全世界に受容される事を可能にしています。それは結果として、『オルタナティブ』と『メインストリーム』との間にリアルな緊張感作り出し、それを幻想として保つことを不可能にしてしまっているのです。言い換えるなら、『オルタナティブ』が『メインストリーム』に取って代わるかもしれない、というような種類の脅威の醸成ができなくなっていることになります。

私が若いときには、本当に覇権的な大衆文化を担っていたテレビはたった3つの局しかなく、ラジオは5つくらいの局しかなかったのです。これらの事実から、『システム』がなんらかの社会秩序の命令によって動いている、と思い込むのはクレイジーではありませんでした。なのでテレビやラジオを断つことによって、何か破壊的なことをしているようにも感じたでしょう。

今日の若者にとって、『システム』が、覇権的な大衆文化や順応性を要求していないことは明らかです。今日の市場を経験している人々は、何一つとして順応性を強要されていません。ヘンリー・フォード19 の時代、彼は「どんな色の車でさえも手に入る、黒色でさえ」という言葉を残しましたが、技術の発展によってその言葉すら時代遅れになっているのです。若者は、個人に向けて特化し希少化されたものとして市場を扱うことに慣れきっています。[システムへの]不順応性によって資本主義を破壊できるかもしれない、という考え方は、無意味なものとして棄却されているでしょう。30年前にはそう見えたかも知れませんが……

問:パンクは今や、単なる遺物産業、つまり過去の栄光の卑屈なシュミラークル20 のリサイクルになっているのでしょうか?

もし、Sum 41やグリーン・デイ21 を指しているのならば、その種のパンクはジャンル音楽です。しかし、彼らは特に貶めるべき存在であるようには見えませんね。

問:ヒップホップは新しいパンクだと言えますか?

いくつかの点ではそうです。ヒップホップの『リアルであり続ける(”keepin’ in real”)』という概念や『ギャングスタ』は、パンクに見られるような反乱を連想させます。一方で、ヒップホップは熱狂的に資本主義や消費主義を、常に受け入れてきました。政治的文脈では、アフリカ系アメリカ人(彼らを同一視している国際的な層も含めて)の不満に極端に焦点をあてています。なので単なるパンクの繰り返しではありません。ひるがって、パンクの実態は、私たちが60年代に見たもの[ヒッピーカルチャーの事]と同じものの、別バージョンでしかありませんでした…。

問:パンクはジェネレーションXの遺産ですか? あくまで世代の事であり、バンドの事ではないですが…。

『オルタナティブ』音楽の全体的な概念はジェネレーションXの遺産です。私が90年代にトロントに引っ越したとき、『オルタナティブ』音楽のラジオ局がありました。もちろん、それは語義矛盾です。なぜなら、『オルタナティブ』の包括的な概念とは、ラジオでは流されない音楽というものでしたから。もっとも、そんな概念は、80年代以降に生まれ、自身の世代によって作られた音楽に常に接する世代にとっては無意味な概念でしょう。

私の世代は本当に奇妙な時期に育ったことを理解することが重要なのです。ベビーブーマー世代の人口動態はかなり極端でした。そうたしかに、パンクは明らかにジェネレーションXの遺産です。しかし、こうとも言えます。その世代による経験から引き出される独特な特徴を表現する音楽でもある……と。

※訳注:訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。
※訳注:本エントリは、氏が全訳し、WARE_bluefieldが代理で投稿している。なお、☆氏の許可の元、書体等の一部文章を訂正している。バンド名等、ポップカルチャーの訳注もほぼ全面的に☆氏によるものである。☆氏によると「本文中において重要性の低いバンドの注は省略している」とのことである。
※訳注:「問:」に続く斜めフォントの文章は、ヒースにインタビューしたジェミリー・アレンの問いである。
※訳注:”nonconformity”には『不順応』『不順応性』と訳語を当てている。体制等に対する、『不適合』や『不服従』を意味するカウンターカルチャーで一般的に使われる単語である。対義語の”conformity”は『順応』と訳している。
※訳注:”Rebel”、”Rebellion”には、文脈に応じて『反逆』『反抗』『反乱』を使い分けている。

  1. 訳注:音楽ライターのジェミリー・アレンによる「パンクはゴミだ。パンクは何も変えなかった」という記事を指す。 []
  2. 訳注:共にアメリカの有名なヘヴィメタルバンドで、80~90年代に活躍。 []
  3. 訳注:1976年にイギリスの家庭向けテレビ番組に、クイーンの代役として出演したセックス・ピストルズが、司会者に向かって暴言を吐いた事件。Youtubeで当時の動画を見ることが可能。 []
  4. 訳注:アメリカの有名な白人ラッパーで、主に2000年代に活躍。 []
  5. 訳注:アメリカで90年代に発生した音楽、代表的なバンドにニルヴァーナなど。 []
  6. 訳注:DIYは、”Do It Yourself”「自分でやる」の略で、一般的に日曜大工のような専門業者に頼らないで個人で行うモノ作りを意味する。この意味から転じて、インディーズ等の自主制作音楽全般を『DIY音楽』と呼ぶ事がある []
  7. 訳注:カナダのシンガーソングライターで、4000万枚アルバムセールスを誇る。 []
  8. 訳注:70~80年代に活躍したドイツのディスコバンド。 []
  9. 訳注:1943年アメリカ生まれの俳優兼ポップソングの歌手。 []
  10. 訳注:カナダやアメリカのポピュラー音楽の歌手で、2010年代に活躍している。 []
  11. 訳注:カナダの現代文学作家クープランドによる造語で、60~70年代に生まれた世代を指す。日本で言うところの新人類。 []
  12. 訳注:1966年生まれのアメリカの俳優。『セイ・エニシング』『ハイ・フィデリティ』のような音楽を題材にした青春映画への出演が多い。 []
  13. 訳注:主に80年代に活動したアメリカのフォークパンク・バンド。 []
  14. 訳注:共に有名な欧米のロックバンドで、主に60~70年代に活躍。 []
  15. 訳注:76-86年に活動したイギリスのパンクロック・バンド。80年代には北米でも大規模に受容されている。 []
  16. 訳注:68年から活動するイギリスのハードロック・バンド。 []
  17. 訳注:セックス・ピストルズのボーカルで、後にパブリック・イメージ・リミテッドを結成した。 []
  18. 訳注:上でも説明したが、宅録や自主制作等の音楽活動の事 []
  19. 訳注:自動車会社であるフォード・モーターの創業者。車のベルトコンベア式の大量生産技術を確立したことで有名。 []
  20. 訳注:フランス語で『模造品』のこと []
  21. 訳注:共に欧米で90年代から活躍しているハードロック・バンド。 []