私のポッドキャストOnes and Toozeの今週の回で、キャメロンと一緒にウクライナへの戦車供与の問題を取り上げさせてもらった。
正直に言わせてもらうと、ポッドキャストでこの話題を取り上げるのを本当に心待ちにしていた。
私は子供の頃からずっと戦車に夢中だ。6歳前後には、誕生日の7月5日が、史上最大の戦車戦が行われた1943年7月のクルスクの戦いの記念日だったことに心躍った。クルスクの戦いが、フランスや北アフリカで行われておらず、ソ連内で行われたことを知って驚き、印刷用の巨大な折り目が付いた用紙(今だと方眼模様を印刷した用紙)に、交戦したドイツとソ連の戦車を一台残らず書き込んだ配置図を作ろうとしたものだった。
現代のリヴァイアサンと呼ぶべき戦車の魅力的な文化史の側面については、パトリック・ライトの素晴らしい著作『戦車(Tank)』を読むことをすすめる。
戦車は、1916年にイギリス軍によって初めてソンムで配備された。フランスによってルノーFTという型番で本格的な量産が行われた。ドイツの戦車は、第二次世界大戦の電撃戦で有名になった。1956年から1973年にかけて、イスラエルは戦車によって、機械化による戦争技術の栄華を欲しいままにした。アメリカのM1エイブラムス戦車は、これまでに大量に整備された戦車の中で、間違いなく最も高性能な戦車だ。
戦車の物語も、自動車と同じ西側の物語、つまり自動車産業開発史の軍事版に過ぎないと思うかもしれない。実際、今のウクライナ戦争での〔西側戦車供与の〕報道は、そうした印象を強める傾向にある。ドイツ、イギリス、アメリカの戦車は、ウクライナの戦争遂行において不可欠な兵器であると喧伝されている。戦車以外でも、西側からの増強によって、追撃砲や、対戦車ロケット(特にジャベリン)で武装した勇敢な歩兵の決定的重要性の物語が喧伝されている。
戦車を、西側中心の自動車産業開発史のように語れば、歴史的記録に反するものとなってしまう。ロケット計画や、カラシニコフと並んで、近代史におけるソ連の主要産業遺産は戦車(特にTシリーズ戦車の様々な改良)にあったことは、ほぼ疑いようのない事実だ。
現行世界の軍隊で配備されている戦車は、大雑把に見積もれば7万3千両とされている。これら戦車のうち、少なくとも6割は旧ソ連の工場で生産されたか、設計をソ連モデルにまで遡ることができると言われている。
ソ連は、戦車が誕生して最初の10年間に、現代戦の重要な道具として採用している。1941年には、ソ連の戦車隊は、西側のどの大国よりはるかに巨大な規模となっていた。ソ連は戦車において単に車両数だけで優越していただけではなかった。ソ連のT-34戦車は、第二次世界大戦中には、最ももバランスの取れた設計だった。第二次世界大戦末期、ドイツ国防軍をドイツ国境までに追い返す作戦において、ソ連赤軍は西側諸国で見られた規模を凌駕する機甲戦闘を展開した。
ソ連の機甲攻撃による脅威は、1940年以降になって、NATOの計画立案者たちに悪夢をもたらした。1980年、欧米のアナリストたちは、〔ソ連との〕「戦車のギャップ」において、その規模と深刻さから不安感をもって議論している。
冷戦時代に〔西側と〕対陣を張ったソ連の戦車部隊は、真に荘厳なものだった。
当時、ソ連がヨーロッパに即時展開できた車両数だけでも、チャルマースとウンターザーの推計によれば、5万両にも及んでいたのである。
ウクライナで行われている戦争は、この冷戦時代の残存兵器を受け継いだ2つの国の間で行われている。
1994年の独立直後のウクライナの防衛計画を立案したバリー・ポーゼンは、ロシアからの攻撃に、ウクライナ側は4000両の戦車隊で応戦することを想定していた。そこでは、1943年に〔ドイツの〕マンシュタインと赤軍間での戦地とほぼ同じ場所で、互いに戦車部隊を繰り出しながら戦うという、第二次世界大戦のような大規模な遭遇戦が想定されていた。
その後、ロシアもウクライナも、1990年代初頭の戦車部隊の規模を維持できなくなっている。しかし、両国ともに〔戦車の〕近代化に真剣に取り組み、2022年2月の開戦時には、ウクライナは900両以上の戦車を保有できるようになっている。これは同時期のドイツ連邦軍の保有する戦車の少なくとも3倍だ。ロシア軍の保有戦車は2800両で、ドンバス地方の傀儡政権下にはさらに400両が配備されていたと考えられている。繰り返しとなるが、こうした車両数は、ヨーロッパ諸国の保有数を凌駕するものとなっている。
両軍は、多大な損失を出している。ウクライナ軍は、月に100両のペースで戦車を失っているとされる。また、ソ連の戦術ドクトリンでは戦車同士の戦闘は避けるべきだとされているが、少なくともウクライナの戦車部隊は対戦車戦闘を行っており、その多くでは対戦車ミサイルが使用されている。
これまでの戦車戦において、最も革新的な展開は、砲を長距離迫撃として使用することだ。ウクライナの戦車部隊は、砲撃において、本来想定されている垂直軌道ではなく、上方への高弾道として発射し、10Km以上の射程を可能としている。これには、ドローンによる〔高所観測〕スポットと、それに連動したタブレット端末に搭載された“Kropyva”と呼ばれる技術装置が使われている。これによって、ウクライナ軍の戦車の砲手達は、砲撃の照準を迅速に計算して調整できるようになり、チームとして協調した射撃を行えるようになっている。
この技術を搭載した戦車に搭乗していたあるウクライナ軍の砲手は、10km以上もの驚異的な距離から発射した20発以上の榴弾(HE弾)で、ロシアのT-64戦車を撃破したと主張している。
こうした偉業が本当に達成されたかについては、議論が続いている。しかし、ウクライナの相当部分の戦車部隊が、斬新な戦術を実施していることはほぼ間違いないようだ。
ウクライナ戦争ではこれまで、ロシア・ウクライナ共に、基本的に同じ戦車で戦っている。実際、ウクライナ軍は鹵獲したロシアの戦車を大量に配備している。西側の戦車には、優れた新技術が導入されている。西側の戦車(レオパルド、エイブラムス、チャレンジー)は、2000年代初頭以降の対反乱戦 [1]訳注:イラク戦争後のイラク占領下で、イスラム国等の反乱活動への西側諸国による軍事処置。 での実績は乏しいものだったが、本来はロシアのTシリーズ戦車と戦うために設計された車両だ。そして、2度のイラクでの戦闘では〔イラク軍が配備するロシア製戦車との戦闘において〕高い優位性を示した。
ただし、ウクライナ〔への西側戦車の配備〕は、〔供与される〕車両数がそれほど多くないため、既存の戦闘形態にどこまで影響を与えられるかが鍵となっている。短期的には、ウクライナは旅団規模の戦車(100両ほど)を配備できる幸運に恵まれるだろう。西側からの供与が321両に達すれば、1個機甲師団に相当する規模となる。ここで重要な問題となるのは、ウクライナ側の計画立案者が、戦略で決定的な違いをもたらせるような戦線や区域を特定できるかにある。小規模の部隊として逐次投入すれば、その効果が局地的なものとなり、戦場への影響は限定的なものとなり、士気や政治レベルでの影響に留まってしまうだろう。
〔原文:“Chartbook #191 Tanks for Ukraine”Posted by Adam Tooze(January 29, 2022)〕
References
↑1 | 訳注:イラク戦争後のイラク占領下で、イスラム国等の反乱活動への西側諸国による軍事処置。 |
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