●Mark Thoma, “Thomas Schelling on Nuclear Deterrence”(Economist’s View, February 17, 2007)
マイケル・スペンス(Michael Spence)とトーマス・シェリング(Thomas Schelling)の二人――いずれもノーベル経済学賞を受賞した経済学者――が核兵器の拡散や核兵器の使用を防ぐための戦略を論じ合ったようだ。スペンスがその模様を報告している。
“Mr. Counterintuition” by Michael Spence, The Wall Street Journal:
ランチをご馳走になるためにトーマス・シェリングの自宅に伺(うかが)ったのは、この前(2007年2月)の日曜日。・・・(略)・・・シェリングは現在86歳 [1] 訳注;2007年2月時点での話。シェリングは、2016年12月13日に95歳で亡くなっている。。ハーバード大学の大学院(博士課程)で私の指導教官を務めてくれた恩師でもある。
・・・(中略)・・・
私がシェリングと会ったのは、・・・(略)・・・2005年の12月ぶり。シェリングがノーベル経済学賞の授賞式に出席する機会を捉えて、ストックホルムで顔を合わせたのである。その独創的で影響力のある一連の研究成果が讃えられて、シェリングに2005年度のノーベル経済学賞が授与されたのだ。シェリングは、交渉、核抑止、地球温暖化の問題にゲーム理論を応用して新たな角度から切り込んだだけでなく、人種の多様性に対する一人ひとりの好みが居住地の人口構成に及ぼす驚くべき効果(人種ごとの棲み分け)を明らかにもした。シェリングの研究を貫くライトモチーフが何かあるとすれば、それは「反直感」(counterintuition)ということになるだろう。
・・・(略)・・・シェリングは語る。「少し前(2006年10月)に北朝鮮が地下核実験を行った直後に、たまたま韓国を訪れる機会があってね。・・・(略)・・・あの時にまず何をすべきだったかというと、台湾、韓国、日本の三ヶ国――北朝鮮の脅威に最前線で晒(さら)されていて、独力で核兵器を開発する能力を備えている三ヶ国――が、・・・(略)・・・アメリカをはじめとした主要な核保有国と一緒になって、核拡散防止条約(NPT)を遵守する旨を改めて声高に誓うべきだったんだ。北朝鮮(の脅威)を口実にして、核兵器の開発に乗り出す気なんてないというメッセージを送るためにね。核不拡散体制の重要性を改めて確認する絶好の機会だったんだ。国際社会はそんな大事な機会をみすみす見逃してしまったんだよ」。
イランもそのうち核兵器を保有するに至るだろうというのが、シェリングの予想だ。「核兵器を保有するとなれば、核兵器を責任をもって取り扱う術を習得することが絶対に必要なんだ」。シェリングの指摘によると、アメリカが核兵器のセキュリティ体制の構築に真剣に向き合うようになるまでに、第二次世界大戦が終わってから15年近くかかったという。それまではどうだったかというと、セキュリティコードも単純だったし、ダイヤル錠もかかっていない有様だったのだ。
・・・(中略)・・・
核兵器を責任をもって取り扱える国になるためには、核兵器をセキュリティコードでガードしさえすればそれでよしというわけではない。シェリングは語る。「ソ連はどうだったかというと、核兵器の管理を受け持つ文民の常勤職員がいたし、空輸で領空外に核兵器を持ち出すことも決して許さなかった。中国はどうかというと、核兵器の管理を目的とする独立した軍事部隊がある。核兵器を管理しているのは誰なのか? その(核兵器を管理している)面々は信用に値するのか? ・・・(略)・・・核兵器の管理が文民の手に委ねられているとしたら、それは軍部に対する不信感のゆえであり、そのうち何かよからぬ事態を招きかねない可能性を秘めているのか? 核兵器の盗難、安全管理の面での怠慢、核兵器の不正使用といったアクシデントに備えるためには、どうすればいいか? 手持ちの核兵器を敵の攻撃から守る――それは同時に、核兵器を報復や抑止のために使うぞという脅しの信憑性が保たれることにつながる――ためには、どうしたらいいか?」
「冷戦下においては、核を保有する大国同士が一緒になって、今挙げたような課題に粛々と取り組んでいた。冷戦時代の多くの期間を通じて、核を保有する大国の政策当局者や『軍事』を専門とする知識人たちの間で、非公式の対話が面と向かって繰り広げられていたんだよ。思いもよらないかたちで、効果的な対話が。・・・(略)・・・」。 それというのも、核を保有するどの大国も「核クラブ」全体の(核兵器を扱う)能力を高めることに共通の利益を見出したからだ。「インドもパキスタンも中国もその対話の輪に加わっていたおかげで、どのような課題があるかについても、それぞれの課題に対してどのように対処するのが最善の手なのかについても、深く知ることができたのだ。イランだけでなく、北朝鮮もこの対話の輪に加わるべきだ。中国が・・・(略)・・・まずはインドとパキスタンを誘って、その次にイランと北朝鮮に声を掛けてカンファランス(会議)を主催するなりすれば、そのための端緒が開かれる可能性がある」。
冷戦が終わってから核兵器を新たに保有するに至った国々が孤立してしまえば、戦略面で不味い(まずい)手が打たれて、核の抑止力が損なわれる結果を招いてしまうのではないか。その結果として、思い違いや核兵器の誤用のリスクが高まってしまうのではないか。・・・(略)・・・シェリングがそのように深く憂慮していることは、私にもすぐにわかった。
シェリングは語る。「第二次世界大戦を終わらせるために広島や長崎に原爆が投下された例を除けば、核兵器はこれまでのところ一度も使用されていない。核兵器は抑止のための手段として、あくまでそのための手段としてだけ有用だという理解も広く共有されている。核兵器の取り扱いを学ぶプロセスには、『抑止される』ことを学ぶことも含まれているのだ」。アメリカをはじめとした国々(あるいは、敵対的な国々)から攻撃されるのを防ぐためにも、我が国は核兵器を必要としているのだというのがイランなり北朝鮮なりの考えなのかもしれない。イランも北朝鮮も心得ておく必要がある。他国からの攻撃を防ぎたいのであれば、核兵器を決して使ってはならないということを。
・・・(中略)・・・
我々の会話は、目下の話題に移る。・・・(略)・・・シェリングは語る。テロリストたちも「核兵器は抑止のための手段としてだけ有用だということを理解する必要がある。テロリストたちは、核兵器を運搬する爆撃機を開発したり核兵器をミサイルに搭載したりする能力を身につけられはしないだろう。その一方で、核兵器を敵国に密かに持ち込んで、・・・(略)・・・『俺達に攻撃を加えたら(あるいは、こちらの言い分を聞き入れないようなら)、お前らの国に持ち込んだ核兵器を爆発させるぞ』と脅すというのはあり得そうだ。かといって、テロリストたちは、敵国の都市を破壊することを目的とすべきじゃない。自分たちへの攻撃を抑止することを目的とすべきなのだ」。ここで再び「反直感」的な主張に出くわしたことになる。敵が洗練されると、こちらにとって都合がいい(得になる)というのだから。
・・・(中略)・・・
中国もシェリングにとって心配の種だ。とは言っても、その理由は中国の側にあるのではなく、我が国(アメリカ)の側にある。シェリングは語る。「アメリカは中国に十分な注意を払っていないんじゃないかと思うんだ。中国は、小型で管理の行き届いた核弾頭を保有している。これまでのところは、それを見せびらかしてもいないし、使う素振りを見せて脅しをかけてきてもいないが、アメリカが中国を当てにならない無責任な国であるかのように扱うようなら好意的な反応は返ってきはしない。つい最近だが、中国は自国の(老朽化した)気象衛星を撃ち落とす実験を行ったが、宇宙空間の軍事化に手を貸す行為だとして強く批判された。アメリカ国内ではあまり知られていないように思えるが、中国は宇宙空間や衛星攻撃兵器の取り扱いに関する条約だったり、核分裂性物質の生産制限に関する条約だったりの締結に向けて何年にもわたって交渉を続けている。しかしながら、アメリカをそのための交渉の場に連れ出せずにいる。我が国(アメリカ)は衛星攻撃兵器の開発能力を着実に磨いていながら、宇宙空間の軍事化に手を貸しているとして中国を批判しているわけだ。そのせいで、中国やその他の国々に『アメリカは偽善的だ』と見なされているんだよ」。
シェリングが備えるおそらく最も顕著な特徴がここによく表れている。知的な勇敢さ。世論に迎合しようとしない姿勢。・・・(略)・・・ベトナム戦争末期のことだ。シェリングは、個人的にかなりの痛手を被ることも覚悟の上で、総勢12人の学者を率いてワシントンに乗り込んで「カンボジアへの侵攻はやめるべきだ」と訴えた。カンボジアへの侵攻は高くつく間違いであり、戦略的にも道義的にも正当化できないと考えたのだ。その後しばらくの間にわたり、シェリングは軍事政策や軍事戦略を論じるための公式の場に招かれなかった。しかしながら、軍事戦略に対するシェリングの興味もこの分野における彼の影響力も削がれることはなかったのだ。・・・(略)・・・
References
↑1 | 訳注;2007年2月時点での話。シェリングは、2016年12月13日に95歳で亡くなっている。 |
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