Chartbook #91: What if Putin’s war regime turns to MMT? … or to wartime Keynesianism?
Posted by Adam Tooze on March 4, 2022
制裁は、プーチンの侵略に対して西側諸国が選択した武器である。
我々は小さな攻撃から始めず、すぐにロシア中央銀行への攻撃に踏み切った。
これに対し、ロシア中央銀行は、ロシアからの資本流出を事実上停止し、主要輸出企業の外貨収入を国有化した。現在では、ロシア企業に対して、ドル建やユーロ建の収益の80%をルーブルに交換することを要求している。これにより、ルーブルの価値を高め、国内に外貨を流入させている。
露銀の「広く尊敬される」(つまり非常に保守的な)指導部は直ちに金利を引き上げ、銀行システムに流動性を供給し、資本要件を緩和するという、中央銀行に期待される介入策を全面的に採用したのである。露銀のウェブサイトを読むと、2008年以降の「マクロプルーデンス・バッファー」がプーチンの国内経済を安定させるために使われていることがわかり、非現実的な気持ちにさせる。
今問題なのは、制裁の影響がどの程度深刻になると予想されるかだ。どの程度の速度で作用するのだろうか。ロシア社会にどのような影響を与え、政治をどのように変える可能性があるのだろうか。
輸出への影響、効率性、長期的な経済成長への打撃など、さまざまな観点から考えてみたいところだが、ロシアの見通しが厳しいことは確かだ。制裁は、クリミア以来、すでに落ち込んでいる成長率をさらに悪化させるだろう。
しかし、なぜロシアの成長はこれほどまでに悪いのだろうか。制裁、汚職、国家による経済の支配、すべてが一役買っているのは間違いない。だが、私たちがあまりにも軽視しがちな要因、それは2016年以降にロシアが自らに課した強硬な財政引き締めである。
3年間でGDP比3.4%の赤字から2.9%の黒字に転換した政府予算で、今日の経済がどれほど急速に成長するというのだろうか?
シルアノフ財務相のもと、ロシアは厳しい緊縮財政を続け、自由変動相場制と国内債券市場への移行を進めたが、これは「ウォール街コンセンサス」の典型的な三点セットである(ダニエラ・ガボール)。
2017年には、プーチン政権の最初の10年間、伝説的なタカ派財務相だったアレクセイ・クドリンでさえ、後継者のシルアノフが打ち出した新体制は「厳しすぎる」のではないかと不満を漏らしている。
これは単にマクロ経済学上の指摘にとどまらない。
プーチン政権が、積極的な国家主権の行使と世界経済との一体化の間の著しい緊張関係を体現していることは、よく指摘されていることである。しかし、プーチン政権の(行動の自由と解釈され得る)「国家資本主義」と、保守的な財政・金融の政策規範の堅持との間の緊張関係については、あまり指摘されていない。プーチンはエルドアンとは違うのだ。
後者は前者の条件、すなわち、米国の覇権に対する積極的な外交・軍事的挑戦にもかかわらず、プーチン政権がグローバル化体制にスムーズに組み込まれるための対価は、ロシアの金融・財政政策における比類なき正統性だった、と読みたくもなる。だとすれば、西側と公然と対峙する現在の状況下で、ロシアの保守的な経済政策体制が生き残ると期待できるだろうか。もし保守的な体制がもたず、モスクワが戦争経済をケインズ主義的に展開する場合、制裁の効果はどうなるのだろうか。
クリミア併合とその後の制裁をきっかけに、すでにロシアの内政体制は内圧を受けつつあった。数年にわたる実質所得の停滞を経て、ロシアの経済政策エリートは経済成長について真剣に悩み始めた。2020年1月に発足した新内閣は、成長を命題としている。
RANEPA(ロシア連邦大統領府国民経済・公共行政学院)の学長であるウラジミール・マウは、2020年に発表された興味深い記事の中で、その状況をこう表現している。
2020年1月のロシア新内閣の発足は、経済発展を加速させたいという社会の強い願望を反映したものであった。… ミハイル・ミシュスティン内閣は、2018年5月にロシア大統領が定めた国家目標と国家プロジェクトに基づく一連の財政・制度・構造的措置を含む経済変革計画を提示した…
これは、最近まで続いた伝統との決別である。マウが指摘するように、これまでのロシアの金融・財政政策は、景気循環や成長を無視し、何よりもインフレと財政の安定に重点を置いて策定されてきた。この政策方針は、1990年代の財政破綻とインフレの経験によってもたらされた。また、ロシアの制度的な弱点や、地政学的な圧力に対して経済を強化する必要性も指摘されている。
しかし、これらの注意点や留保を考慮すると、政府は市場経済の特徴である景気循環の変動を考慮した、より柔軟な財政・金融政策に徐々に移行する必要があるようだ(と、マウは2020年に述べている)。このことは、2019年から2020年にかけての、経済成長とその減速の理由に関する議論に反映されている。制度的な問題は確かに重要だが、最近の経済成長関連の議論では、マクロ経済的な要因、主に需要と供給、すなわち成長のための資金源に焦点が当てられるようになってきている
その結果、2018年から2020年にかけて、経済成長の加速は、主に財政刺激策と消費者金融のレンズを通して捉えられることになった。国家プロジェクトが当該施策の主要なチャネルとなる予定であった。さらに、インフレ率が目標の4%を下回り、財政も黒字になったため、ある程度の余地が残された。経済政策において総需要管理の問題は非常に重要な意味を持つようになった。このことは、経済議論の主要なトピックに反映されている。まず第一に、財政需要の性質と量である。
国内総需要を活性化させる源を探し求める中で、「現代貨幣理論」に注目するロシアの経済学者や政治家もいた。…. ロシアには、深刻な国家債務や財政赤字の問題はない。その一方で、ルーブルは主権通貨でありながら世界的な決済手段ではなく、経済成長もまだ弱い。このような状況において、MMTの適用が可能であるということは、まず、総需要の改善のために金融当局が積極的に関与することを意味し、それは事実上、中央銀行が “開発のための機関 “としての機能を果たすということになる。このことは、中銀の独立的地位の問題を提起する。この問題は2019年に初めて提起されたが、ロシア国内だけでなく、他の先進国でも議論の激しさが増すと思われる。
モスクワでMMT!
当時のロシアの経済政策で行われていた議論については、このツイッターのスレを参照。
@GaidarForum2020で行われたガルブレイスとロゴフの #MMT 討論以外にも、 #ロシア で興味深い出来事が起きている。
それは、ロシア政府のミハイル・ミシュスティン新首相の就任だ。
そして、このスレッドはその進展についての私の見解である。
1/
アレクサンダー・ヴァルチシェンのツイート、2020年1月15日
この議論の発端は、2019年10月、当時経済発展大臣を務めていた若かりし頃のマクシム・オレシュキンへの物議を醸したインタビューにあるようだ。
オレシュキン:現代貨幣理論、MMTに関して言えば、その歴史には多くの神話があり、多くの異なる論者がいて、彼らは皆この理論について語ろうとしている…しかし、私は…私も当然MMTを熟知している。そして私が注目したいのは、(私には正しいと思えるのだが、)私の同僚が言うとおり、現実には、民間と国家の信用の間、財政赤字と銀行の信用の間には大きな違いはない、ということだ。例えば、国家予算の均衡赤字や均衡金利といった用語は存在しない。これらはすべて、経済における総需要の水準の充足/不足によって決定される。そして、需要に対する主な制限/制約は、物価上昇の水準である。なぜなら、インフレが上昇し始めると、これは事実上、経済に過剰な需要が存在することを示すからだ。財政赤字と民間信用のバランスは、現存する社会経済発展の目標という観点から見出す必要がある。そして、このバランスは国によって異なる可能性がある。ある国では、(政府予算が)大赤字でも何も恐れることはない可能性がある。公的債務が増加している(としてもだ)。目標が民間信用の増大ではなく、国家信用の増大に関係する場合、自国通貨(貨幣で表される会計単位)を有し、自国通貨建で借入を行う国には、(政府の)赤字や(公的)債務という観点からは何の制約もない。…
(時間26分40秒)
問:次の質問です。経済発展大臣が金融政策について話すかどうかはわかりませんが、とはいえこの質問はあなたにお伺いします。あなたは日頃から(ロシアの)中央銀行の過度な金融引き締めのスタンスを批判していますが…。
オレシュキン:…その質問にはすぐにお答えするが…いや、私は(あなたが言ったような)批判を日頃から行っているわけではない。
インタビューから明らかなように、中央銀行の独立性についての問題提起がすぐに巻き起こった。「中央銀行の極めて保守的なインフレ抑制策と高度成長への志向をどう両立させるか」、という問題提起である。
マウに続いて、私はロシアの文脈でMMTを扱った論文を二つ見つけることができた。そのうちの一つであるヴァディム・O・グリシュチェンコの論文は、ロシア中央銀行内部から出されたものである。
グリシュチェンコは、MMTによる政策の処方(priscriptions)ではなく、金融・通貨システムのオペレーションに関する記述(descriptions)に注目している。これにより、ロシアにおける貨幣の生成はほぼ内生的であり、クラウディングアウトの証拠はないことが判明した。このことは、ロシアがMMTが示唆する意味での通貨主権国の潜在的な候補であることと整合的である。
結論
1. MMTは(記述的な)貨幣分析と(処方的な)政策提言の二つの部分からなる
2. 両者は、通貨主権国にのみ適用可能
3. 従来の通貨主権の基準は曖昧である
4. ロシアの通貨主権の証拠は以下のとおり
・貨幣の内生性
・クラウディングアウトの不在
5. したがって、少なくともMMTの(記述的)貨幣分析はロシア経済に適用できる
ヴィクトル・チュニョフは、新興市場経済国であるロシアへのMMTの適用をより詳細に検討し、オレシュキンのMMTに対する見解との直接対話を通じて検討している。
チュニョフ が指摘するように、今回の危機まで、ロシアの通貨主権に対する重要な制約の一つは、個人勘定のドル化の度合いであった。
そのリスクは、管理可能であると彼は考えていた。
2020年以降、MMTに関する議論はやや沈静化したようだ。ロシアにおけるコロナの衝撃は大きかった。彼が在籍していた政権が一斉に交代した後、オレシュキンはプーチンの経済顧問の一人に任命された。
今日の動きに照らせば、チュニョフの結論は実に胸に迫るものがある。2019年に彼が言ったように、「ロシアは主権国家でありながら、非主権国家として行動している」のである。
今回の危機は、主権という点での幻想を一掃した。ロシアは確かに主権者であり、同国はそれを激しく主張している。問題は、それに見合った経済政策をとるかどうかである。確かに外国為替管理が行われているので、通貨主権の問題はひとまず脇に置いておくことができる。ロシアは四面楚歌の中で主権を主張しているのだ。
2022年2月28日、より暗い未来を思い描くオレシュキンの姿がここにある。
ロシア中央銀行のエルビラ・ナビウリナ総裁とプーチン大統領の経済顧問マクシム・オレシュキン氏は、西側の制裁をどうするか一生懸命考えているように見える。
マックス・セドンのツイート、2022年2月28日
このような主張がモスクワで飛び交う中、ここで疑問が生じる。
制裁に重きを置くということは、プーチン政権がケインズ的な財政・金融政策でその影響を緩和するのではなく、最近までの政権の財政政策を支配したタカ派保守主義を貫くことを暗黙の前提にしていないだろうか。
これまで外的ショックをロシア国民へのショックに変えてきたのがロシア国家財政の硬直性だったとすれば、プーチン政権が現在の存立危機に対応するために、より想像力に富んだ拡張的な財政・金融政策を採用したらどうなるだろうか。
もしプーチン政権が、窮地に陥った要塞と化したロシアの中で、グローバル化と国内経済の正統派政策との間の縛りを解いたらどうなるだろうか。西側と公然と対峙している今、ロシアは為替管理の新体制によって強化された金融と財政の主権を行使して景気刺激策を打ち出し、そうすることで制裁の影響の大部分を無効にしてしまうのではないか。
ロシアが閉め出されているのであれば、同国に財政面で正統派の評価を維持するインセンティブがあるだろうか。西側諸国と金融面で直接対峙する状況下では、市場はもはやロシア財政の基礎的条件(ファンダメンタルズ)に関心を示さない。制裁によって格付け会社が次々とロシアをジャンクに格付けするならば、プーチン政権が財政と金融のルールを守り続けることを期待するのは矛盾しているのではないか。
オレシュキンのような人々には、通貨主権の行動範囲について教示する必要はないだろう。もし、プーチンが我々の制裁に「ロシア救済計画」で応じたらどうなるだろうか。プーチンの立場を変えるために期待している、ロシア国民に対する制裁の影響はなくなるだろうか。
ロシアの政策事情については、私よりもはるかに詳しい人たちがいる。彼らは、ロシアの指導層が、1998年の金融危機が落とした長い影を飛び越えて、より冒険的な政策を採用する能力があるかどうかを測ることができるだろう。彼らは、ウラジーミル・マウがその概観で述べているような潮流がどれほど強力なものであるかを判断することができるだろう。
総じて、早急に議論しなければならないのは、制裁政策のベースとなる「ロシア・モデル」である。現在のところ、そのモデルは残忍かつ単純である。プーチンはペテン師に囲まれた暴君である。「オリガルヒを叩け」というのが本筋だ。それは西側ではうまく機能するし、実際の効果をもたらすかもしれない。しかし、ポピュリズムを戦略にすることには注意しなければならない。ロシアのオリガルヒを叩くというバイデンの約束に対する議会での歓声は、それを物語っていた。
ロシアの政策決定過程について、より洗練された説明が必要である。そして、私たちの先入観を見直す必要がある。制裁がロシア国内を疲弊させるというのは、プーチン政権の硬直した保守的な対応を想定しているのだろうか。それは、1998年以降のロシアの財政・金融政策の実績を見れば、十分に納得のいく想定である。しかし、プーチン政権に実際の政治的圧力がかかった場合、その想定は維持されるのだろうか。我々が課した孤立と、ロシアが置かざるを得なかった統制を考えると、ロシアでは保守的なデフレ化政策からケインズ的な景気刺激策への転換が見られる可能性があるのではないか。もしそうなった場合、もしモスクワがその豊富な資源で国内への影響を緩和させる場合、我々はどのようにして政権への経済的圧力を維持するというのだろうか。