現在トランプの行っている通商戦略は、アメリカの影響力と技術力を損ない、同盟国やパートナーとの分断を招き、なによりも中国が世界の覇権国家となる道を開くものだ。私は依然として、この背景に合理的な意図はないと考えている。昔からの格言にこういうものがある、「悪意を見出すな。原因は『愚かさ』にあるのだから」。トランプ政権による関税政策がその場しのぎで、土壇場かつ断続的に実行され、なおかつ議会が大統領の関税権限を撤回するよう働きかけていないことは、問題の原因が「愚かさ」にあることを物語っている。
とはいえ、トランプ政権やMAGA運動の内部には、中国の台頭を抑制するような貿易戦略を打ち出すことをトランプに期待している者も存在する。大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長スティーブン・ミランは、「中国は世界の懸念をよそに輸出主導の重商主義モデルに固執している」と述べている。そして、財務長官のスコット・ベッセントはさらに踏み込み、対中封じ込めがアメリカの貿易政策の主たる目標であるべきだとしている:
スコット・ベッセントは今週の市場混乱の中で、意外なかたちで通商交渉の主導者として登場し、今後数カ月のシナリオとして次のような可能性を提示した。すなわち、アメリカは長年のパートナー諸国と合意を結び、それを通じて中国に圧力をかけるというものだ。
「彼らは軍事的には良好な同盟国だったが、経済的には完璧とは言えなかった」と、元ヘッジファンドマネージャーとしての見解をベッセントは水曜日に語った。最終的には、トランプ政権はこうした国々と合意に至ることができるだろうと述べ、「そうすることで、我々は一丸となって中国に向き合える」と付け加えた。
ベッセントが名指ししたのは、日本、韓国、ベトナム、インドであり、いずれも中国の近隣諸国で、これらの国々と連携することで中国を孤立させるためのいわゆる“大包囲網”戦略の構想を唱えている。出典:”Bessent Has a ‘Grand Encirclement’ Plan for China,” Bloomberg
この戦略は、実のところ非常に現実的な目標だ。トランプ政権による関税政策がカオスな道化芝居の様相を呈しているため、その実現可能性は日を追うごとに遠のいている。それでも今の時点では、アメリカが通商および産業政策を大きく転換し、中国に対抗・均衡し、場合によっては孤立させるような国家間連携を構築することは可能だと思う。そして、その戦略がどのようなものになるのかを想像するのはさほど難しくない。
だがまずは、中国に経済的な圧力をかけるべき「理由」と「目的」を考える必要がある。結局のところ、各国が争うことなく互いに貿易を通じて豊かになるのが理想だ。なにより中国はクールな車や安価な太陽光パネル、バッテリーなど、世界に提供できる優れた製品を数多く抱えている。その上でなぜ、敵対的な対中貿易を進めるべきなのか。
その理由は地政学にある。自由貿易による恩恵を声高に讃えたところで、現実に強国の指導者たちが支配や侵略を望むことは止められない。世界は無政府状態にあり、パワーバランスによってのみ平和は維持される。
現在、中国は世界随一の製造業大国だ。その指導者たちは、アメリカやその同盟国をライバル、あるいは敵と見なしている。彼らは台湾の併合、インドや日本、フィリピンの領土を奪うこと、さらには小国を支配下に置くことを目指しているように見える。これに対抗するためには、中国の力を弱めると同時に、他国の抵抗できる力を強化する必要がある。
対中通商政策の目的には、次の内容が含まれるべきだ:
- 中国が他国に対して圧倒的な軍事的優位を得ることを防ぐ
- 中国が他国に経済的圧力をかける能力を抑える
- 中国に脅かされる国々において、サプライチェーンの脆弱性を低下させ、将来の紛争がその国々の経済を破壊しないようにする
もちろん繁栄やクールな車も重要だが、同時にこうした地政学的な目標も考慮した政策であるべきである。
いずれにせよ、私の言う「対中封じ込め」は、このような意味合いを含んでいる。では、もしアメリカが本気でこの目標を追求するのであれば、何をすべきか? ここにそのリストを示す。これは現在のトランプ政権が行っていること、あるいは考えていることからは明らかに程遠いが、私としてはこれくらいの取り組みが必要だと考えている。
中国以外の全ての国との貿易障壁をゼロにする
製造業にとってコスト削減と競争力の維持には「規模(スケール)」が要となる。中国の製造業が強力な理由の一つには、巨大な国内市場にアクセスできる点にある。アメリカの製造業も80年前には同様の理由で競争優位性を誇っていた。BYDに代表される中国の自動車メーカーは、自国の十数億人の消費者に無数の車を販売できるため、スケールメリットを享受し、コストを外国企業では到底太刀打ちできないレベルまで引き下げることができる。BYDは現在、サンフランシスコ市よりも大きな工場を建設している最中だ。
中国製造業の強さのもう一つの要因は、〔国内で完結した〕サプライチェーンの存在である。中国製EVに使われるバッテリー、金属、半導体などは、ほぼすべてが中国国内で生産されており、中国の製造業者は必要な資材を迅速かつ容易に調達できる。これは、海外からの輸入に苦労しなければならない国に比べて大きなアドバンテージである。
これら2つの利点において、アメリカの製造業が中国と肩を並べるのはその性質からして非常に難しい。アメリカはまず中国よりも「規模」が小さい。ドルベースでの消費額は勝るかもしれないが、人口が少なく、その結果として国内での販売台数も限られている。中国の年間新車販売台数はアメリカの約2倍だ。
この問題は、アメリカの同盟国である日本や韓国にとってはさらに深刻だ。これらの小規模国家は、ニッチな分野に特化することで競争力を保っている反面、サプライチェーンや防衛産業基盤においては不利な立場にある。中国はその規模の大きさにより、自給自足型の製造エコシステムを構築することが比較的容易であり、実際に過去20年をかけてそれを実現してきた。
唯一の現実的な打開策は、中国に対抗する勢力が団結することだ。そしてここでの「団結」とは、相互の間で貿易障壁をゼロにする「自由貿易圏」を構築することを意味する。
もしアメリカが、欧州、日本、韓国、インド、東南アジア諸国と自由貿易を実現すれば、完全な意味で一つの「国内市場」にはならないにしても、それに近い状態を作り出すことができる。言語の壁、地理的な距離、為替レートの変動、各国の規制の違いといった貿易障壁は残るが、それでも長期的には、中国が自国内で享受しているようなスケールメリットやサプライチェーンネットワークをアメリカおよびそのパートナー国の製造業が手にする助けにはなる。
要するに、中国と肩を並べるには、「非中国圏(Non-China)」を一つの巨大な経済圏として考え始めなければならない。
この戦略に既視感を覚える人もいることだろう。実際、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)やTTIP(環大西洋貿易・投資パートナーシップ)といった貿易協定は、こうした非中国圏の製造国家間で共通市場を創出するための重要な一歩だった。どちらもドナルド・トランプが潰してしまったが。
とにかく、中国に対抗し、対中依存を減らしたいと考えるなら、最初に行うべきは「非中国圏における自由貿易圏の構築」である。
“中国製”中間財への関税とサプライチェーンのデータ収集
次に対処すべきは、非中国圏におけるサプライチェーンの脆弱性である。理想は、非中国圏が必要なものを全て自給できるようになることだ。そうすれば、A: 大規模な戦争が起きた場合にも非中国圏が自立でき、B: 中国が(現在のレアアースのように)サプライチェーンの脆弱性を突いて非中国圏諸国を支配することもなくなる。
ここで必要なのは、標的型の保護主義(targeted protectionism)である。つまり、中国が補助金を使って輸出攻勢を仕掛けた際に、非中国圏の製造業の壊滅を防ぐための政策が必要となる。例えば、中国がアメリカ、日本、韓国、台湾の半導体産業を壊滅させようとして、膨大な量の補助金付きチップを輸出してきたとして、それを阻止する唯一の手段が保護主義である。
したがって、中国が支配を狙う特定の産業分野に対して、迅速に標的型の貿易障壁を設ける能力が必要となる。これはトランプ政権の関税政策とは全く異なる。より産業に特化しており、対象は中国に限定されていて、貿易赤字や他のマクロ経済的不均衡とは無関係である。これはむしろ、バイデン政権が一部の中国製品に対して課した関税に近い。
だがここで問題となるのは、通常の関税は中間財を対象にしていないことだ。例えば中国で製造されたスマートフォンを一度分解し、ベトナムに送り、そこでベトナムの労働者が再組み立てしてアメリカに輸出した場合、そのスマートフォンは「ベトナム製」と見なされ、関税の対象にならない。また、メキシコで製造されたノートパソコンが中国製のチップを含んでいても、それらのチップは中国製品に課される関税率ではなく、メキシコ製品としての関税率が適用される。この問題は、ステファン・ミランが2024年のレポートで指摘している[1]。
解決策は、最終組立国ではなく、価値が付加された国に基づいて関税を適用することである。こうすることで、スマートフォンや自動車などの最終製品だけでなく、コンピュータチップやバッテリーなどの中間財にも中国製品としての関税を適用できるようになる。
もちろん、このような関税を適用するには、より正確なデータ収集が必要となる。つまり、輸入される製品の各部品がどこで生産されたかを特定する必要がある。そのためには、なによりもまず、官僚による「小さな軍隊」の編成が求められるだろう。
重要産業に対する産業政策
非中国圏が自立的かつ強靭な製造エコシステムを築くには、中国による新たな脆弱性への攻撃を阻止するだけでは不十分であり、既存の脆弱性を修復する必要がある。たとえば、中国はすでに世界の大半のバッテリーを製造し、レアアースの大部分を精製している。これらは目下対処すべき重大な脆弱性である。
この脆弱性に対処する方法こそが産業政策であり、アメリカは現在製造していない、あるいはほとんど製造していない製品の生産を始める必要がある。適切な長期的インセンティブを与えればこれらの産業は自然と非中国圏の諸国において再興するかもしれないが、産業政策によって支援する方が遥かに迅速に問題を解決できる。
また、産業政策は非中国圏における製造基盤の強化にもつながる。たとえば、中国が台湾に侵攻または爆撃したり、台湾で大規模な地震が発生した場合、世界の半導体供給が深刻な打撃を受ける可能性がある。これは、世界最大の半導体メーカーであるTSMCの工場の大半が台湾に集中しているためである。したがって、TSMCに対して、アメリカや日本などの安全な場所への工場移転を促すことには合理性がある。
これはバイデン政権の産業政策の柱であり、半導体に関するCHIPS法および電池や再生可能エネルギー技術に関するIRA(インフレ抑制法)として実行された。ただし、これらの対象は数ある産業分野のうちのわずか2分野であり、あくまでも試験段階にある。今後は、ドローン、電動モーター、工作機械、ロボット、通信機器、そしてもちろんレアアースや鉱物精製といった他分野にも産業政策を拡大していくべきである。CHIPS法やIRAほど大規模・高額である必要はないが、政策の一環としてこれらを含めるべきだ。
もっとも、バイデン政権の産業政策アプローチ(中国のものと似てはいるがその範囲が小さい)が最善であるかどうかは未だ分かっていない。興味深いことに、バーラージー・スリニヴァサンは、1990年代のSEMATECHのような政府主導の業界コンソーシアムを基盤とした代替戦略を提案している。これは日本が高度成長期に採用した産業政策にも類似する。
いずれにしても、中国と競争するためには、アメリカおよび広範な非中国圏の諸国が産業政策重視の姿勢に回帰する必要がある。
スマートな投資促進政策をここアメリカにも
中国が製造業大国であるもう一つの大きな理由は、政府の政策が多くの工場建設を中心に構築されていることにある。この投資促進政策はマクロ経済的な歪みをもたらしているが、迅速に試行錯誤や、サプライヤーのエコシステムの拡大、スケールアップなど、中国の製造業が機能するために必要なことを実行できるようにしてきた。
もちろん、中国と競争するために川を汚染したり、大量の人々を立ち退かせて工場を建設するべきだと言いたいわけではない。しかし、過去半世紀にわたり、アメリカは他の先進国以上に、新工場の建設を阻む膨大な手続き上の障壁を築いてしまった。これらの多くの障壁を撤廃するだけでも、アメリカの製造業を再び競争力のあるものにする上で大きな前進となるだろう。
トランプ政権がこの方向にいくつかの動きを見せてきたことは評価できる。たとえば、トランプはアメリカでの開発における大きな手続き上の障害であるNEPA(国家環境政策法)の適用に関する多くの規則を撤廃する大統領令を発出した。NEPAに批判的だった専門家たちは、この改革により、NIMBY(開発反対主義者)が工場や住宅、その他の開発プロジェクトを妨げる力を大きく弱められるのではないかと楽観視している。
また、アメリカがGDPのうち中国ほど大きな割合を投資に回すべきではないとはいえ、現状の低い水準から投資額を増やすことは優先事項であるべきだ。J・D・ヴァンスが提唱し、多くの専門家に効果的と認識されている2つの政策は、「100%ボーナス減価償却」と「R&D支出の全額即時償却」である。さらに、トランプ政権は戦略的資本局(Office of Strategic Capital)を通じて製造業者への政府融資を試験的に実施しており、ある程度の浪費や汚職のリスクも伴うが、良いアイデアではある。
このほかにも多くの施策が可能だ。たとえば、民間銀行がスケールアップを目指す製造業者に対して融資を行うよう奨励することができる。輸出促進や、製造業への新規の海外直接投資(グリーンフィールドFDI)の促進も有望なアイデアだ。
とはいえ、これらはすべて私個人の願望に過ぎない。現時点でトランプ政権は、無意味で有害な関税政策に完全に注力している。非中国圏の諸国に対するゼロ関税政策、国家能力(state capacity)の拡張、バイデン政権の産業政策の継承と拡充といった方針は、この政権の持つ関心の向かう先にあるとは到底見えない。
だが、もし本気でグローバル経済を中国の影響力に対する「要塞」へと変えたいのならば、まずはこれらを実行すべきなのである。
[Noah Smith, “What would a real anti-China trade strategy look like?,” Noahpinion, April 14, 2025]注記:
[1] とはいえミランにも重大な誤りがある。彼は次のように記述している:
Freeman、Baldwin、Theodorakoplous(2023)は、アメリカが輸入する製造業の中間財のうち、60%以上が中国から直接輸入されている一方で、中国以外の貿易相手国から輸入された中間財に含まれる中国由来の付加価値を加えると、その割合は90%以上に上ると指摘している。
しかしこの数字は大幅に誤っている。元の論文の図表2.3を見れば、実際の推計値が確認できる。
これは「ルックスルー・エクスポージャー(look-through exposure)」、すなわち、中国を起点とする中間財の総付加価値の推定値である。実際には、中国はアメリカが輸入する中間財全体の3.5%にしか最終的な責任を持っておらず、これは輸入された部品の価値の約20%に相当する。決して90%ではない。ミランの数字は完全に見当違いである。