〔人々がどれくらい移住・移転しやすいかという〕移動性は,アメリカで1980年代からゆっくりと下がってきている.なぜだろう? ひとつ考えられるのは,人口動態の変化だ.たとえば,若い人たちに比べて,年配の人たちはあまり移動しない見込みが大きい.そのため,熟年者人口が大きくなったことで移動性の低下が説明されるかもしれない.だが,移動性はあらゆる年齢層で下がってきている.たとえば,1980年には 25-44歳の 3.6% が過去1年に移動しているが,2000年代では同じ年齢集団の 2.2% しか移動していない.
(グラフは Molloy, Smith, Trezzi and Wozniak (pdf) から引用.)
それどころか,年齢・性別・人種・自宅の所有状態・配偶者が働いているかどうか・所得階層・雇用状態でわけてみても,移動性が低下している.ということは,移動性低下の原因がなんであるによせ,それは人口動態の全体にまたがる大人数に影響するほど大きなものにちがいない.
ぼくが推測できるかぎりでは,移動性の低下はアメリカ住宅市場の問題に起因しているのではないかと思う(これは Peter Ganong と Daniel Shoag による重要論文に依拠している).かつては,貧しい人たちは豊かなところに移動していた.たとえば,住宅コストを調整してもなお,アラバマの掃除夫よりニューヨークの掃除夫の方がよく稼いでいた.その結果,掃除夫たちはアラバマからニューヨークに移動した.このプロセスにより,彼らの生活水準は上向き,所得格差は縮んだ.ところが,いまはちがう.住宅コストを考慮に入れると,ニューヨークの掃除夫よりもアラバマの掃除夫の方が稼ぎがいい.その結果,貧しい人たちはもはや豊かなところに移動しない.それどころか,貧しい人たちが貧しいところに移動するというかすかな傾向がある.貧しいところの賃金が低くても,〔それを補って余りあるくらい〕住宅価格がさらに低いからだ.
理想を言えば,労働力その他のいろんな資源は生産性の低いところから高いところに移動した方がのぞましい――こうして動的に資源が割り当てなおされることが生産性を高める原因のひとつになる.だが,低技能労働者たちには,それと逆のことが起きている――住宅価格〔の上昇〕によって,生産性の高いところから追い出されて生産性の低いところにいきついている.さらに,低技能労働者が生産性の低いところに移ると,賃金は下がる.そのため,雇われる理由は減り,しかもその地域に高賃金の仕事はないので,人的資本を高める誘因は鈍る.貧困のプロセスがみずからを強化しながら回るのだ.
生産性の高いところで住宅価格がこうも高騰している理由はなんだろう? たしかに,地理的な制約はある(マンハッタンはもう大きくならなくなっている).だが,区画規制や歴史・環境の「保護」も含む土地利用制限は,住宅に使える土地を減らし,所与の土地に建てられる建物の量を減らしている.その結果,土地利用に多くの制限がかかるところでは,住宅需要が高まると,〔供給される〕住宅の量が増えるよりも,住宅価格に強く影響がでる.
かつては,ニューヨークのような都市が生産性を高めると,貧しい人たちも豊かな人たちもそこに引き寄せられて移動し,住宅がさらに建てられ,貧しい人たちの賃金と生産性が高まり,全米の格差が縮まった.いまはちがう.サンノゼのような都市の生産性が高まると,人々はそこに移動しようと試みてはみるものの,住宅が拡大せず,そのために住宅価格が上昇し,高度な技能をもつ人たちしかその都市に生活できなくなる.その結果,高技能の人たちが生産性の高い都市に生活し,低技能の人たちは生産性の低い都市に生活することになる.全米でみて,土地制限は移動性を低め,全米の生産性を下げ,所得格差と地域間の格差を高める.
以上は,Quora での回答に書いた文章の転載.
〔医師免許などの〕業務独占資格と移動性低下について前に書いたポストはこちら.