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クルーグマン、インターネットを擁護する

先日、ワシントン・ポストがAmazon.comのジェフ・ベゾスに売却された。

これを受けてロバート・サミュエルソン記者が“The news isn’t free”という記事を書いて新聞の凋落を嘆き、インターネット時代への恨み事を連ねている。これに対してジョナサン・チェイトが厳しく批判している

ポール・クルーグマンは”The Good Web“という記事でこれを取り上げ、経済学者の視点からインターネットがどのようにジャーナリズムに変化をもたらしたかを説明し、インターネットを擁護している。

クルーグマンも実際に現地に行って取材しレポートする必要性、その費用を誰かが負担しなければ記事を届けられないことには同意する。

Now, obviously the Internet is causing big commercial problems for news organizations. And that is a real problem; someone does have to do basic reporting, which means that someone has to pay the bills.

(インターネットは新聞社の商業的基盤への悩みの種だし、それは重大な問題だ。誰かが基礎的な記事を書かなければならないのは事実だし、結局その費用は誰かが負担しなければならないんだ。)

が、クルーグマンの論じたいポイントはそこではなく、レポートの質である。インターネットの普及によって記事の質は格段に良くなった、と指摘している。以前は、といえばむしろ記者が専門性を持つことが悪いことであるかのような風潮さえあった、とクルーグマンは言う。

in fact, there was a sort of bias against having reporters with too much expertise

(むしろ、記者が高い専門性を持つことへのバイアスさえあった)

その顕著な「例えば」としてまさにロバート・サミュエルソン本人の過去の記事を参照して従来のジャーナリズムを批判しているあたりがクルーグマンらしい。

Let me give an example. A couple of years ago Samuelson dismissed the relevance of Keynes, because conditions have changed; these days we have lots of debt, whereas

When Keynes wrote “The General Theory of Employment, Interest and Money” in the mid-1930s, governments in most wealthy nations were relatively small and their debts modest.

ロバート・サミュエルソンは大恐慌が起きた当時と今とでは状況が違う(30年代のイギリスは豊かで政府債務は少なかったが今は違う、と)としてケインズを否定したが、これは単なる誤解であり、1930年代のイギリスは空前絶後の政府債務を抱えていた。

このような誤解は、インターネット以前であれば訂正されることはなく、せいぜい経済学者たちがティールームで不満をつぶやきあう程度であっただろうが、いまは違う。

My guess is that in the pre-Internet era, an assertion like that would simply have sat there; economists would complain about it in the coffee room, but that would be it. In this case, however, the whole econoblogosphere immediately pounced, pointing out that Britain’s debt/GDP ratio in the 30s was actually much higher than it is today.

インターネットには間違った情報もたくさん溢れているが、クルーグマンの切れ味は鋭い。

It’s true that there’s a lot of misinformation out there on the web; but is it any worse than the misinformation people used to get from other sources? I don’t think so.

(たしかにウェブにはたくさんの間違いがあるけど、それって新聞や雑誌の情報とどう違うわけ?大差ないじゃん。)

たしかに経済関連の記事に限れば、新聞記事のクオリティは非常に低いだろう。だからこそ、経済学の世界ではフラストレーションをためた経済学者たちがブログを書き、非営利団体を作って直接読者に記事を届けようとしているのだ。

インターネットには別の利点もある。かつては編集者や経営者の熱意で記事を編集していたため、的はずれの記事も多かったが、いまでは読者が何を欲しているかもっと直接的にわかるようになった。でなければ、

the New York Times would be entirely devoted to articles about food and how to use animal training techniques on your husband.

(ニューヨーク・タイムズは食事や「動物のトレーニングテクニックを使った夫のてなずけかた」なんて記事で埋め尽くされちゃうよ。)

少なくとも経済に関する議論においては今は黄金期である、とクルーグマンは述べる。

the truth is that we’re living in a golden age of economic discourse.

(真実は、といえば我々は経済論議の黄金時代に生きてるってことだ。)

最大でも数千人しか読者のいない査読誌への投稿よりも、すべての人に開かれたブログへと多くの経済学者が参入し(もちろん論文の査読誌への投稿は経済学者にとっていまでも重要だが)、公に質の高い議論が繰り広げられている。

When it comes to useful economic analysis, these are the good old days.
(有用な経済分析ということに関しては、これらが古き良き時代になるだろう。)


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