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クルーグマン「全力で事態を悪化させるグリーンスパン」

Paul Krugman, “Alan Greenspan, Doing His Best to Make Things Worse,” Krugman & Co., October 25, 2013.


全力で事態を悪化させるグリーンスパン

by ポール・クルーグマン

Doug Mills/The New York Times Syndicate

Doug Mills/The New York Times Syndicate

『ワシントンポスト』のコラムニスト,スティーブン・パールスタインがアラン・グリーンスパンの新著を読んでこんなことを発見してる.この前FRB議長は,彼の在任中におきたひどい事態のあらゆることになんら責任がないと思っている――しかも,金融危機への解決策に彼がもちだしてるのが,案の定,政府を小さくすることだ.

パールスタイン氏が言及していないけれど,ぼくが重要だと考えていることがある.それは,グリーンスパン氏が議長を退いてから残している見事な実績だ――あらゆることについて間違い,しかもそこからなんにも学んでいないという実績だ.とりわけ,「アメリカは今日にでもギリシャみたいになるぞ」とグリーンスパン氏が警告し,インフレと金利急騰がまだ起きていないのは「残念なこと」だと発言してから,かれこれ3年以上にもなる.

要点はこれだ――グリーンスパン氏はたんにダメ経済学者なばかりか,ダメな人でもあって,自分の在職中と退任後におかした過ちの責任を受け入れるのを拒絶している.それにも関わらず,彼はまだ引っ込まずに,最善を尽くして世界をいっそうダメにしようと励んでいる.

「わたくしが何者か知ってのことかね,キミ」

金融危機以来,ぼくらが経済政策をめぐってやってる論争には奇妙なところがあれこれある.その1つは,論争の一方の側――ちなみに,ぼくがいない側――にいる人たちのうち,いかに多くが,地位や権威を笠に着て議論を勝ち取れると信じているかってところだ.

批判する相手がいても,ただのブロガー風情だといって無視して済ましてる.ブロガーだってだけで,過ちや事実と違う言明の指摘をする資格がないと認定できることになってるんだ.いろんなアイディアが出されても,大学院生に教える内容に含まれていないからというので(間違って)無視されてしまう.あたかも,そのアイディアが正しいかもしれない可能性が,大学院生の学ぶ事項じゃないからというだけで排除できると言わんばかりだ.

ぼくも同じように地位と権威を笠に着てるだろうか? ぼくがあれこれ書いてる文章を綿密に検討してくれれば,いくつか実例は見つかるはずだ.でも,そうしないようにつとめてる.内容の是非について議論をするようにつとめているし,もし誰かの貢献を無視してるとしたら,それは発言内容にもとづいて無視してるんであって,発言者の素性にもとづいてやってるわけじゃない.

原則と実践の両面で,学位や資格でできることとできないことの限界を理解していない人たち,とくに(失礼ながら)学者の,なんと多いことだろう.

基本的に,かっこいい名前の地位だとかなんかの賞をもってると,自分の意見を聞いてもらえる資格は手に入る.でも,それ以上じゃあない.論評は蜂の群れみたいにブンブン飛び交っている.だから,人のいってることをなにもかも読める人なんていない.でも,有名な知識人がなにか発言すると,まだ名声を勝ち取ってない人よりもずっとかんたんに話を聞いてもらえるはずだし,現に聞いてもらえている.

でも,学術的な資格は自分のアイディアをまじめにとりあってもらうための必要条件でも十分条件でもない.有名な教授が繰り返しバカなことを言っておきながら,そんなことを言ったことはございませんと主張しようとしたら,そいつをウソツキのド阿呆と呼んでいけない決まりなんてない――それに,そう指摘するためには,ちゃんと下調べをやる以外に特別な資格なんて不要だ.

その逆に,正式な学位資格のない人が一貫してキレのあって洞察のすぐれた観察を述べ続けていたら,背景に関係なく,その人は真面目にとりあってもらうだけの権利を自分で勝ち取っている.

インターネットがえらいところの1つは,この2つ目の条件に当てはまる大勢の人たちが,聴衆を得られるようになったところだ.この人たちが博士号をもってるかどうか,教授かどうか,それともブログをやってるだけの人かどうか,なんてぼくは気にしない――モノを言うのは,やったことの方だ.

その一方で,立派で有名な知識人たちの多くがほんとはお馬鹿さんなのは,みんなもずっと前に知っている.そういう知識人たちのなかには,ずっとひっきりなしにお馬鹿さんだった人たちもいるし,ハリネズミさんたちもいる――つまり,狭い分野についてはよく知っているけれど,それ以外については無知な人たちもいる.それに,理由はともかく,ハリネズミでありながら,その狭い専門分野すらなくしてしまってる人たちもいる.ちょっと考えてみるだけでも,何人かそういう経済学者がすぐに思い当たる.「まさか,こいつがかつてあれほどの論文を書いていたなんて,信じられない」って人たちがね.

あと,これも付け足しておこう.この公開の進んだ現代で地位なんかを笠に着られると信じるのは,それ自体が,無能の実証だよ.そんなのを気に掛けるのは,いったいどういう人たちなの? 間違いなく,読者じゃあないよね.

たしかに,ずさんな仕事をする人たちにとっては厳しい世界ではあるね.それに,自分の学位や資格を頼りに批判から我が身を守ろうとする人たちにとっても,厳しい世界だ.でも,どうしてだろうね,ぼくはどうにもそういう人たちに同情することができずにいるんだよ.

© The New York Times News Service


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