タイラー・コーエン 「住民の多くが放射性廃棄物貯蔵施設の受け入れに同意するのはどんな時?」(2013年6月20日)

●Tyler Cowen, “When are people OK with nuclear waste?”(Marginal Revolution, June 20, 2013)


スイスでつい最近実施された研究の一つによると、その答えは、施設を受け入れる気があるかどうかを問われた時だという。その一方で、施設を受け入れるのと引き換えに(建設予定地の住民に対して)金銭的な補償の支払いが提案される場合には、同意は得にくくなるという。

1990年代初頭のスイスでのことだ。放射性廃棄物貯蔵施設をどの地に建設するかをめぐって、国民投票が行われようとしていた。市民らは、この問題について一家言を持ち合わせており、熱心に情報収集に努めていた。そんな中、ブルーノ・フライ(Bruno Frey)とフェリックス・オーバーホルツァー=ジー(Felix Oberholzer-Gee)の二人の社会科学者は、建設候補地の一つに点在する家々を一軒ずつ訪ねて回り、貯蔵施設を受け入れる気があるかどうかを尋ねた。その結果はというと、何とも驚くことに、回答者の50%が「イエス」(施設の受け入れに同意する)と答えたのであった。貯蔵施設の危険性が広く理解されていただけでなく、貯蔵施設の受け入れに伴ってその地域の不動産価格が下落する可能性があると認識されていたにもかかわらずである。放射性廃棄物が存在する以上は、それを貯蔵するための施設をどこかに建設せねばならない。好むと好まざるとにかかわらず、貯蔵施設を受け入れることは市民としての義務だ。「イエス」と答えた住民は、そのような思いに突き動かされたのかもしれない。

フライ&オーバーホルツァー=ジーの二人は、続けて次のような質問も問うた。「貯蔵施設を受け入れるのと引き換えに、スイスの平均月給の約1.5倍に相当する補償金が毎年支払われるとしたら、貯蔵施設の受け入れに同意しますか?」。つまりは、「市民としての義務を果たす」という理由に加えて、「イエス」(施設の受け入れに同意する)と答える理由がさらにもう一つ――金銭的なインセンティブ(補償金)――付け加わったわけだ。ところが、である。この問いに対して「イエス」と答えた人の割合は、わずか25%でしかなかったのだ。金銭的なインセンティブが付け加わった結果として、施設の受け入れに同意する人の割合が(50%から25%へと)半減することになったのだ。

全文はこちら。金銭的な補償が実際に支払われるようであれば結果は違ってくるかもしれないが、その点に留意した上で、どのような解釈があり得るだろうか? まず第一に、シグナリングに基づく解釈があり得るだろう。「お金を払うから、貯蔵施設の受け入れに同意してくれないか?」と持ち掛けられると、「この施設は相当危険に違いない」との警戒が呼び起こされるかもしれない [1] … Continue reading。あるいは、金銭的な補償の支払いと引き換えに貯蔵施設の受け入れに同意すると、お金と引き換えにコミュニティの安全を犠牲にするのも厭わない人物と見なされてしまうかもしれない [2] … Continue reading。(シグナリングに基づく解釈とは)別の解釈としては、複数の理由が強め合うのではなく打ち消し合いを起こした可能性が挙げられる。「金銭的な補償が支払われるから」(“being paid”)という理由が「(市民としての義務を果たすつもりがあるかどうかを)問われたから」(“being asked”)というもう一つの理由を打ち消す効果を持った可能性があるわけだ [3]訳注;“being … Continue reading

アラン・アルダ(Alan Alda)やマイケル・サンデル(Michael Sandel)なんかが顔を出しているこちらのイベントでも、商業化の意気阻喪効果 [4] 訳注;金銭的なインセンティブ(外的なインセンティブ)が人々のやる気(内発的な動機付け)を挫く効果 が(シェイクスピアの劇を絡めるかたちで)話題にされている。あわせて参照されたい。

References

References
1 訳注;金銭的な補償の支払いが、貯蔵施設の危険性を示すシグナルとなるということ。金銭的な補償の支払いが約束されると、「この施設は、思っている以上に危険なのではないか」との警戒を招くことになり、その結果として、貯蔵施設の受け入れが拒否されるということ。
2 訳注;周囲から「あいつは、お金と引き換えにコミュニティの安全を犠牲にするのも厭わない奴だ」と見られたくない(体裁を保つ)ために、金銭的な補償の支払いと引き換えに貯蔵施設を受け入れるのを拒否するということ。
3 訳注;“being asked”を理由として貯蔵施設の受け入れに同意するということは、市民としての義務を果たそうとの使命感に突き動かされた反応と見なすことができる。言い換えると、「内発的な動機付け」(intrinsic motivation)を原因とした反応と見なすことができるだろう。その一方で、“being paid”を理由として貯蔵施設の受け入れに同意するということは、本人の外側から与えられた誘因(金銭的なインセンティブ)=外的なインセンティブ(external incentive)に突き動かされた反応と見なすことができる。このような言い換えが妥当だとすると、複数の理由の打ち消し合い=「外的なインセンティブ」による「内発的な動機付け」のクラウディング・アウト(弱体化)、と読み替えることができるだろう。「外的なインセンティブ」と「内発的な動機付け」との複雑な相互作用については、ブルーノ・フライがかねてより積極的に取り組んでいる話題でもある。例えば、次の論文を参照のこと。 ●Bruno S. Frey and Reto Jegen(2001), “Motivation Crowding Theory”(Journal of Economic Surveys, Volume 15, Issue 5, pp.589–611;ワーキングぺーパー版はこちら(pdf))
4 訳注;金銭的なインセンティブ(外的なインセンティブ)が人々のやる気(内発的な動機付け)を挫く効果
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