フェイクニュースとファクトチェック: 事実を正せば意見も正せるか (2017年11月2日)

From VoxEU, “Fake news and fact checking: Getting the facts straight may not be enough to change minds

Oscar Barrera, Sergei Guriev, Emeric Henry, Ekaterina Zhuravskaya (02 November 2017)

「フェイクニュース」は今や欧米の政治を語る上で欠かせない要素となった.このコラムでは,2017年の仏大統領選挙期間中に実施された実験を題材に「代替的事実(オルタナティブファクト)」が高い説得力を持つことを示す.ミスリーディングな数値データに基づく物語に触れた有権者たちはポピュリストの主張する方向に意見を変え,ファクトチェッキングはこの効果を打ち消す役に立たない.それどころか,デリケートな論点(たとえば欧州の難民危機)に関して,公的な事実だけを有権者に伝えるのは場合によって逆効果で,極右への支持を増すおそれがある.

フェイクニュース,あるいは「代替的事実」は今や欧米社会の政治を語る上で欠かせない要素となった.ポピュリスト立候補者たちはこうした手段を巧みに利用して有権者の不安や不満を増幅している.フェイクニュースが成功を収める事例は多い.たとえば,イプソス社の2016年の「認識の誤りに潜む危険性」調査 (日本語版)によれば,すべての西側諸国で有権者は自国内のイスラム教徒の数を過大に見積もっているという.フランス(認識と現実のギャップが最大だった)では,イスラム教徒の割合が31%と認識されているが,実際の割合はたった7.5%である.

これが選挙を動かす可能性はあるだろうか?最近のAllcott and Gentzkow (2017)の研究が示唆するところでは,ヒラリー・クリントンに関する嘘の噂はソーシャルメディアでより多くシェアされる傾向があったが,こうした噂が2016年の米大統領選挙で決定的に重要であったかどうかは明らかでないという.最近の論文(Barrera et. al. 2017)で我々は,ポピュリスト政治家が用いるミスリーディングな発言が投票の意向に重大な影響を及ぼす可能性があることを示した.さらに,ポピュリストのミスリーディングな「代替的事実」をファクトチェッキングすると,事実に関する有権者の知識は改善されるものの,こうした発言が有権者の政治的意見や投票の意向に与えた影響を打ち消す役には立たない.我々はこれらの点を2017年のフランス大統領選挙の文脈において調べた.

物語の中の代替的事実

偽の事実(フェイクファクト),すなわちミスリーディングに表現された事実が,それのみ単独で用いられることはほとんどない.偽の事実は通常,一貫した物語の一部として使われるのである.マリーヌ・ルペンが移民問題について述べた次の引用文を検討してみよう:

「私は,押し寄せる不法移民たちの写真を見ました.ドイツへ,ハンガリーへ,その他の国へ移送される移民たちの写真を.そう,そうした写真に写っていたのは男が99%で (略) 男たちが自分の国を離れ,家族を置き去りにしてやってくるのは迫害を逃れるためではなく,もちろん金銭的な理由です.」

99%という数字は国連難民担当高等弁務官の統計で論破された.国連の統計によれば2015年に地中海を渡った難民のうち男性は58%にすぎない.ルペンがこう発言した翌日,複数の大手メディアが彼女の間違いを宣告した.しかし,「代替的事実」を伝えただけでなく,ルペンはある論理的な — ただし未検証の — 話の筋道を提示したのである.その筋道は,移住者たちが(安全上の理由でなく)経済上の理由でやってきたという自分の欲しい結論に至るものであり,そうやって彼女は自らの強硬な政策を正当化した.可能性として,代替的事実・論理的関連・結論を組み合わせた政治的なメッセージは,有権者の事実に関する知識および政治的意見に関する主観的印象に,そして最終的には投票の意向に影響を与え得る.

代替的事実とファクトチェックについての実験

フェイクの数字に基づく物語に対するファクトチェッキングの効果を検証するため,オンラインでの実験を2017年のフランス大統領選挙の期間中に実施した.2,480名の実験参加者はランダムに4つの同じサイズのグループに割り振られた.各々のグループは,難民に関する異なる文章を読む.

  • グループ1 (「代替的事実(Alt Facts)」)はマリーヌ・ルペンの文章をいくつか読む.その中には上で言及した文章も含まれている.すべての引用文は類似した構造を持っている.すなわち,ミスリーディングな主張が,都合の良い結論へと至る論理的な関連の一部として使われている.
  • グループ2(「ファクトチェック(Fact Check)」)は同じルペンの文章とともに,まさに同じ問題に関する公的な情報源からの事実を読む.これらの公的な事実はルペンのミスリーディングな数字とは著しく異なっている.
  • グループ3(「事実(Facts)」)は公的な情報源からの事実のみを読み,「代替的事実」は読まない.
  • グループ4(「対照群(Control)」)は何も読まない.

すべての参加者はその後,政治的な選好と事実に関する知識についてのアンケートに答えた.処置に先立って,参加者らにはあらかじめ社会的・経済的特性についての質問を行った.

図1に示す通り,マリーヌ・ルペンの主張は高い説得力を持っており,その説得力は後で訂正されたか否かによらなかった.「代替的事実」グループおよび「ファクトチェック」グループの参加者はいずれも,MLPに投票する意向だと答える率が7%高かった.

Figure 1

図1 各処置群の投票意向(過去の投票行動および年齢層を統制)

ポピュリストの主張に対するファクトチェッキングが,ポピュリスト立候補者への有権者の支持率を変化させないという我々の研究結果は,別に行われた2016年の米国大統領選挙に関する研究(Swire et al. 2017, Nyhan et al. 2017)の結果とも合致している.

これは,有権者たちが訂正を信じなかったこと,あるいは公的な情報源を信頼しなかったことを意味するのだろうか?その答はノーである.「事実」および「ファクトチェック」グループの回答者の大半はアンケートの最後の,事実に関する設問群に正確に答えた.その結果は図2に示したとおりであり,対照群と比較すると非常に大きい差異がある.「代替的事実」処置は回答者を真実から遠ざけたが,その度合いは小さかった.総合すると我々は,回答者たちが事実を学び,公的な情報源をルペンよりも信頼していたことを示す強い証拠を見出したといえる.

Figure 2
図2 難民中の男性の割合についての回答の各処置群における分布

しかし,移民政策に対する意見は,事実に関する知識が改善した結果を反映せず,一方で投票意向への影響とは完全に合致している.「代替的事実」グループおよび「ファクトチェック」グループの参加者は移住者らが安全上の理由でなく経済上の理由でやってきたと信じる割合が対照群と比べて13%ポイントおよび8%ポイント高く,移民問題に関してルペンに反対する割合が7%ポイント少なかった.

Figure 3
図3 移民政策についてマリーヌ・ルペンに反対する各処置群の割合(過去の投票行動および年齢を統制)

総合すると,我々の研究結果からは,いったん有権者が結論を得た後では,フェイクファクトを訂正してももはや政治的意見を変化させることはできないといえる.

さらに,事実を提示すると移民問題への注目度が高まり,有権者をより不安にして,ルペンに賛成するよう仕向けてしまう可能性があることがわかった.我々が発見したところでは,「事実」グループの参加者までもが対照群と比べてルペンに投票する割合が4%増えた(これは有意な差である). 実験中にはルペンを思い出させるような情報は与えなかったにも関わらずである.(移民はルペンの選挙運動において特に強調されていた論点であった — 他の政治家の扱いと比べてはるかに強調されていた.)

ではファクトチェッキングは役に立たないのか?

我々の結果が示唆するのは,代替的事実に対抗するのに正確な数字だけでは不十分だということである.効果を上げるためには,ファクトチェッキングはジャーナリストや有識者が行うだけでは不足である.正確な事実を,説得的な議論の筋道と結論のある物語の中に埋め込む必要がある — そして,それをカリスマ的政治家の口から届ける必要がある.2017年のフランス大統領選挙の結果はこの推測と整合している.

参考文献

Allcott, H and M Gentzkow (2017). “Social media and fake news in the 2016 election.” Journal of Economic Perspectives 31(2): 211–236:
Barrera O D, S Guriev, E Henry and E Zhuravskaya (2017) “Facts, Alternative Facts, and Fact Checking in Times of Post-Truth Politics”, CEPR Discussion Paper 12220.
Nyhan, B, E Porter, J Reifler and T Wood (2017), “Taking corrections literally but not seriously? The effects of information on factual beliefs and candidate favorability”, mimeo, Darthmouth College.
Swire, B, A Berinsky, S Lewandowsky and U Ecker (2017), “Processing political misinformation: comprehending the trump phenomenon”, Royal Society Open Science 4(3):160-802.

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    1. 情報ありがとうございます.
      “ウェスタン・オーストラリア大学のステファン・ルワンドウスキー教授らは、「デマを払拭するためのハンドブック」を執筆した(英文PDF)。その中で、「誤解を正しても、ストーリーの形跡を残しておいては不十分だ」と指摘している。元のストーリーに取って代わる、信頼できる新たなストーリーを作り出さねばならないのだ。”
      なるほど,反ワクチンと移民に関するフェイクファクトと,文脈は異なりますがまさに類似した指摘ですね.

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