ポール・クルーグマン「エネルギー消費を減らしたら経済成長が鈍るとはかぎらないよ」

Paul Krugman, “Using Less Energy Doesn’t Have to Mean Less Growth,” Krugman & Co., October 17, 2014.
[“Slow steaming and the supposed limits to growth,” The Conscience of a Liberal, October 7, 2014.]


エネルギー消費を減らしたら経済成長が鈍るとはかぎらないよ

by ポール・クルーグマン

Luke Sharrett/The New York Times Syndicate
Luke Sharrett/The New York Times Syndicate

どうやらぼくらはいま,ちょっとしたものを目撃してるみたいだ.大きく異なる行動目標をもった3つのグループが――反環境保護の保守主義者,反資本主義の左翼の人たち,そして,自分たちは経済学者よりも利口だと思ってるハードサイエンスの科学者たちの3者が――神聖とは言えない同盟を組んでいる.この同盟の柱になっているのは,「温室効果ガス削減は実質国内総生産の成長と両立しない」という信念だ.

右派がなんでこの主張を好むかって言うと,気候変動対策はどんなものだろうと阻止したいと思ってるからだ.左派のなかにも,この主張を好む人たちがいる.なんで好むかと言えば,ぼくらが暮らす利益優先の物質主義的な社会を攻撃する拠り所になりうると彼らは考えてるからだ.なんで科学者たちが好むかと言うと,ちょいとした知的帝国主義に手を染めて,他分野に侵攻する口実になるからだ(1つはっきりさせておくと,経済学者たちなんて,しょっちゅう知的帝国主義をやってるし,同じくらいダメな結果を出してることも多い).

数日前,『ブルームバーグ』のマーク・ブキャナンが,「経済学者たちには成長の限界が見えていない」って文章を書いていた.言ってるのは,標準的なハードサイエンス論法だ.ブキャナン氏によると,より大きなモノをつくろうとしたら――どうやらブキャナン氏は経済成長ってそんなことだと思ってるみたい――より多くのエネルギーを使うしかないそうだ.で,彼はこう述べる.「いったいこういう物理的な制約から人間がどうやって自由になれるのか,その方法について首尾一貫した論証を誰か経済学者が披露しているところを,わたしはまだ見たことがない.」

そんなものをブキャナン氏が見てないのも当然だ.だって,目を向けたことが一度もないんだから.ともあれ,ここで一例を挙げてみよう.他の話題に取り組んでいるときにぼくがよく出くわす例だ.エネルギーの使用量を減らしてうまくやっていく方法を示す最重要な例ってわけではないし,これだけで大きなちがいが生じるような例ではさらさらない.でも,「エネルギー使用量を増やさずに生産を増やせるわけがない」っていう厳格そうでいて実はばかげてる考え方を修正するのに,この例は役立ってくれるとぼくは思ってる.

さて,それでは減速航行についてお話いたしましょうか.

海運会社は,決まった「振り子航路」で巨大コンテナ船を運行させる.ロッテルダムから中国に向かわせて,また中国からロッテルダムへと向かせたりする.2008年に石油価格が急騰すると,以降,海運会社は船舶の運行速度を落としてこれに対応してる.実は,航行速度を落とすと,それに比例した燃料消費の減少分はもっと大きくなる

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さて,減速航行に切り替えるとどんなことが起きるだろう? 1隻1隻が1年間にはこぶ積荷の量は減る.だって,振り子で往復できる回数は減るわけだからね(もっとも,減速させた分ほど航行回数は減らない.なぜなら積み卸しにかかる時間は変化しないからだ).でも,運べる積荷の量は前と変わらない.たんに,使う船舶を増やせばいいんだ――つまり,労働と資本の供給を増やすわけだね.かくして,産出量は変わらないままで――船で運ぶ積荷の総量は変わらないままで――燃料消費は減少する.

もちろん,使う船舶をさらに増やせば燃料消費を抑えつつ,さらに産出量を増やせる.自分は洗練された人間だと思ってる人たちの考えとちがって,使うエネルギーを減らしつつ産出を増やせるわけがないって道理はないんだよ.

といっても,これは「フリーランチ」じゃあない――投入量[インプット]を増やす必要はある.だけど,これはごくふつうの経済学だ.投入されるものがさまざまあるなかで,エネルギーはその1つでしかない.

他の論点をいくつか:ここで語ってるのは新技術を開発しなきゃいけないって話じゃない.低速航行はたんなる選択肢の1つであって,技術進歩じゃないし,それどころか,設備を変える必要すらない――同じ船の使い方を変えればいいだけのことだ.

もっと燃料効率のいい船を設計したり新技術を開発する時間があれば,きっと,いっそう少ないエネルギーで同じ量の積荷を運ぶことだって可能だろう――でも,経済成長とエネルギー節約が両立するって主張はそうしたこと抜きに成り立つ.

じゃあ,「エネルギーは特別だ」って考えはどこからやってきたんだろう? こう言わしてもらおう――主な出どころは,具体例について考えないことにある.ブキャナン氏が書いたようなコラムを読むと,バクテリアがどうしたとかって比喩がたくさんでてくるけれど,海運や製造についてはなんにもでてこない――だって,ほんのちょっとでも実際の経済活動について考えてみたら,産出を増やしつつエネルギー消費を減らせるトレードオフがあれこれあるのがすぐさま明らかになっちゃうからね.

それに,温室効果ガスはエネルギー消費と同じことじゃない.経済成長をつぶすことなしに温室効果ガス排出量を減らす余地なんてたくさんある.「そんなの不可能だ」ってことを示すすぐれた論証を見つけたと思ったなら,きっと,キミはただひたすら自分の言葉遊びで勝手に混乱してるだけなんだよ.

© The New York Times News Service

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