経済学101は主に皆様の寄付によって賄われています。温かい支援をお待ちしています

ポール・クルーグマン「創造的破壊についてドイツが教えてくれること:破壊はやめて高品質を」

Paul Krugman, “An Innovation Lesson From Germany: Less Disruption, More Quality,” Krugman & Co., June 20, 2014.
[“Creative Destruction Yada Yada,” June 16, 2014; “German Labor Costs,” June 17, 2014]


創造的破壊についてドイツが教えてくれること:破壊はやめて高品質を

by ポール・クルーグマン

John W. Adkisson/The New York Times Syndicate

John W. Adkisson/The New York Times Syndicate

ジル・ルポアが『ニューヨーカー』誌にすばらしい記事を書いてる.ビジネスでも他のどんなことでも「破壊的イノベーション」こそが成功の秘訣だというインチキ話を,ルポアは反駁している.たんにあの手の話を小馬鹿にしてすませずに,周到に議論を分解し,新興イノベーターが圧倒的に重要なことを示すとされている事例研究にまでさかのぼって検討した上で,実はそういう事例が筋書きにうまく収まっていないことを明らかにしている.

具体的には,その「新興企業」の多くは設立されてから長年続いた企業で,しかも,多くの場合に投資の見返りがたくさん入っているのは破壊的イノベーションをやったところじゃなくて徐々に改良を重ねることに傾注した企業や効率と品質を追求してるふつうの企業だったりする.

『サロン』のアンドリュー・レナードの報告によると,シリコンバレー・タイプの人たちのウケはよくないそうだ.理由はわかるよね.でも,あの手の人たちが不機嫌になってるご様子からは,なんで破壊的イノベーションすごいって話が好評を博したのかもわかる:あれのおかげで,ビジネスがカッコよさげに見えるし,オタクがヒーローみたいな印象を与えられるわけだ.

それと同じ傾向で,経済学者ヨーゼフ・シュンペーターがああもたくさん引用される理由も説明がつくと思う.シュンペーターを読むと,おもしろいことが書いてあるとぼくも思うけど,景気循環を記述しようと試みてる論述は紙の無駄づかいだ.でも,シュンペーターの著作が人気なのは,「創造的破壊」っていうカッコよさげな文句のおかげだ.たっぷり利益をあげてる連中にはとても心地いい話だものね(それに,〔創造的破壊の「破壊」の方で生じる〕いろんな苦しみへの言い訳にもなるし).

ルポアによれば,イノベーションが人気の流行語になったのは1990年代のことだそうだ.登場したのは,たぶんそれよりずいぶん前じゃなかったかと思う――ぼくは貿易のプロダクト・サイクル・モデルについて1970年代に書いたけど,その当時ですら,ぼくが形式化してたのはさらにもっと古い文献だった.で,企業競争と同じく貿易でも,過去をばっさり断ち切って新しいことに投資するヤツに大きな見返りが生まれるって話はとうてい明らかとは言えなかった.輸出でいちばん際だってる成功譚といったら,なんだろう? もちろん,ドイツの成功譚だ――ドイツは,労働コストがめちゃ高いのにガンガン輸出してる国だ.ドイツ人はいったいどうやってそんなことをやってのけたんだろう? 革新的な新製品を矢継ぎ早に生み出したからじゃあない.みんながプレミアム価格を払ってもいいと思う高品質製品を生産することで,やってのけたんだ.

すると,革新的な考えにいたる:もしかして,破壊的なことは減らして,とにかくうまくやれることにもっと労力をそそぐ必要があるのかもよ.

© The New York Times News Service


ドイツの労働コスト

ドイツのめざましい輸出物語で鍵を握る要点はこれだ:ドイツの労働力はすごくお高い.アメリカと比べてもさらに高い(労働統計局から引いたチャートをみてほしい: LINK).

労働コストがお高いのは,もう数十年も続いてることだ.それでもドイツは変わることなく輸出ですごい成功をおさめてる.最新テクノロジー製品を産出することによってではなくて,高品質製品を生産してるって評判を何年にもわたって維持することによってだ.

ドイツが高コストにも関わらずめざましく競争で優位に立っているように見えるとしたら,アメリカはちょうどその逆だ.アメリカの生産性は高いけど,一貫して輸出はうまくいってないように見える――ぼくが物心ついてからずっとそんな調子のまま変わってない.アメリカが文化的に閉じこもってることや,他人がのぞんでいそうなことを考えるのがうまくできないことのせいだと,ぼくはかつて考えていた.でも,それっていまでももっともらしく思えるだろうか?

© The New York Times News Service


コメントを残す