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ポール・クルーグマン「地球を救うのに経済を殺す必要はない」

Paul Krugman, “Saving the Planet Won’t Kill the Economy,” Krugman & Co., June 13, 2014.
[“Energy Choices,” The Conscience of a Liberal, June 5, 2014.]


by ポール・クルーグマン

Michael Kirby Smith/The New York Times Syndicate

Michael Kirby Smith/The New York Times Syndicate

ネイト・シルバーが,新しく立ち上げたウェブサイト FiveThirtyEight で環境に関する執筆者にロジャー・ピールケ Jr. を選んだのをみて,大勢の人が嘆きの声をあげた.コロラド大学教授のピールケ氏のことを,気象科学者たちは炎上荒らしだと見ている――いかにも開かれた心の持ち主のようなフリをして,実はどんな方法を使ってでも排出制限支持論をおとしめることにやっきになっている人物だ.

でも,これって公正な言い分じゃないの?

さて,ここでみなさんにうれしいご報告.ピールケ氏は先日,『フィナンシャル・タイムズ』の編集者に排出上限の経済学について手紙を書いて送った――ちなみにぼくは排出上限についてちょっとばかり知ってるんだけど,この手紙ときたら,彼の悪評をたっぷり裏打ちしてお釣りがくる.さらにうれしいことに,この手紙は絶好の学習機会をもたらしてくれる――排出制限をかければ必ず経済成長が破壊されてしまうって主張がナンセンスな理由を説明する好機をもたらしてくれる.

ピールケ氏はこんな風に書いてる:「炭素排出は国内総生産が成長する際の産物であり,エネルギーの消費と生産の産物だ.もっと正確に言うなら,この関係は「茅恒等式」と呼ばれる――日本の科学者 茅陽一が1980年代にはじめて提唱したことからこの名がついている.これによれば,定義により,「炭素排出上限」は必ず経済成長を停止させるか,経済成長が制約されなくなるように予測可能なスケジュール内でエネルギーシステムの技術革新を体系的に進展させるか,このどちらかに政府がコミットすることに必ずなる.中国でも他の国でも経済成長を止めるのは選択肢にならず,かといって,技術革新は政府の許認可で生じるものでもない.したがって,事実上,炭素排出制限などというものはないのだ.」

実のところ,これは見事な言い分だ.華麗なずっこけネタとしてね.ピールケ氏は,経済成長をとめることなしに排出制限を課すのは困難だって主張してるんじゃない――彼が論じているのは,論理的に不可能だってことだ.さて,これがアホな理由をお話ししよう.

たしかに,炭素排出量は経済の大きさと利用可能な技術を反映する.でも,排出量はいろんな選択も反映する――なにを消費するか,どうやって産出するかっていう選択,たくさんあるエネルギー技術のどれを利用するかっていう選択も,そこに反映される.翻って,こうした選択はあれこれのインセンティブに強く影響される:インセンティブを変えれば,所与の実質 GDP と結びついた炭素排出量を大きく変えられる.

みんながよくおなじみの具体例として,自動車からの排出を取り上げよう.豊かな経済では,人々はあちこち動きたがる.でも,そうした人たちのなかには,価格と質がはっきりわかれば公共輸送機関を利用するかもしれない人たちがいる.でっかいスポーツカーじゃなくて燃費のいい自動車に乗ってもいいし,ディーゼル車に乗ってもいいし,ハイブリッド車に乗ってもいい.こうした選択はすべて,なんらかのコストを課すし,ある程度まで実質所得を減らす――でも,これがもたらす効果は,とてもじゃないけど「排出量が減ればその分だけ実質 GDP も減る」なんてもんじゃない.

ちなみに,オバマ政権が低燃費車基準を引き締めているのは,いくつかの尺度でみて,先日の発電所規制と同じくらい重要な動きだ.さて,発電所政策はニュースになってるしピールケ氏がこの手紙を書く動機にもなった.じゃあ選択の方はどこにある?

答えは「ヨソにある」.電気消費は GDP と固定した関係にあるわけじゃない:断熱や建物の設計みたいなことにもたくさん選択の幅がある.さらに重要なこととして,発電方法もいろいろある:石炭,ガス,原子力,水力,風力,太陽光――そして,石炭に代わる方法は,かつてよりもずっと競争力をつけてきてる.だからといって,排出量削減になんのコストも生じないってわけじゃない.でも,繰り返すと,たとえば排出量を30パーセント減らしたら GDP の 30パーセント減少が必要になる,なんて考えは馬鹿げてる.

ついでにこれも言っておこう.ピールケ氏の誤謬は――経済成長と環境汚染には固定したつながりがあるって考えは――左派の一部にも共有されてる.この人たちは,「地球を救うなら経済成長はおしまいにしないといけない」と信じてる.ほんとに必要なのは,経済成長のかたちを変えることだ――そして,まさにそれこそ,価格がはっきりしたとき市場がうまくやってのけることに他ならない.

ともあれ,ピールケ氏が議論に入り込んできたことに感謝しなくちゃいけないだろうね.おかげで,エネルギー問題についても,ピールケ氏って人物についても,どう考えるべきなのかはっきりさせる助けになったよ.

© The New York Times News Service

【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

気候変動対策の合意をつくる希望

by ショーン・トレイナー

中国の国家気候変動専門家委員会で副議長をつとめる何建坤 (he Jainkun) が公表したところによれば,中国国内の次回5年計画で温室効果ガス排出量に排出量上限を設けることを同国に推奨したそうだ.この計画は2016年に施行される.

この公表は政府の公式見解を代表するわけではないが,西洋諸国では,世界最大の温室効果ガス排出国である中国が気候変動を食い止めるべく有意味な行動をとることに合意するかもしれないという期待が広まった.米国では先日,バラク・オバマ大統領が国内にある発電所からの排出量上限を課す提案をしたのに続いて,このニュースが報じられた.

どちらの提案も,来年パリで開かれる国連気候変動会議で,気候変動に関わる国際的な合意ができるだろうという見込みをもたらした.アナリストのなかにはこう言っている人たちもいる――2009年のコペンハーゲン・サミットを筆頭にこれまで合意をつくろうとさまざまな試みがなされてきたが,どれも2国間の相互不信によって頓挫したのだ.

他方で,排出上限を批判する人たちは,実際に上限を課せば経済成長を妨げてしまうと引き続き主張している.よりきれいなエネルギーを推進する政策は短期的にエネルギーコストを少し上げることになるから,というのがその理由だ.だが,先日の『ガーディアン』論説記事で,「経済・政策研究センター」の共同所長ディーン・ベイカーはこう解説している――そうした批判はほぼどれもが排出のコスト全体を考慮に入れていない.「炭素排出量の削減策をとるのに反対する主張は,責任もとらずに他人にコストとリスクを負わせる権利があるという主張だ.骨子をみれば,こんな風に言うのと同じようなことなのだ:『ぼくには,隣人の芝生に汚水を放り込む権利があるぞ,だって,ウチにちゃんとした汚水処理システムをつけるのはめんどうだもん』」

© The New York Times News Service


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