Paul Krugman, “A Conservative Disdain for the Unemployed,” Krugman & Co., September 26, 2014.
[“John Boehner’s Theory of the Leisure Class,” September 19, 2014; “Return of the Bums on Welfare,” September 20, 2014]
失業者を叩く世間知らずな保守派
by ポール・クルーグマン
下院議長ジョン・ベイナーに言わせると,失業中のアメリカ人どもが仮病のサボリ野郎なのは実に明瞭で,はたらく気もサラサラなくて福祉にたかる怠け者なんだって:「おそらくはこの2年ほどの経済から生まれた考えなのでしょう,こんな言い分がありますね,『はたらく必要なんかねえよ,マジでこんなことやりたくねえ.ただぶらぶらしてた方がマシだっつーの』なんて.これは,我が国にとって非常に病んだ考え方です」とベイナー氏は発言した.今月,「アメリカン・エンタープライズ・インスティチュート」で演説したときのコメントで出てきた発言だ.
そんなことがちっとも起きちゃいないっていう圧倒的な経済的証拠は,挙げようと思えば次々に挙げていける――なにより,もしいまぼくらのまわりで起きてるのが労働供給の大量撤退なんだとしたら,いまだに働こうとしてる人たちの賃金は急上昇してるはずでしょ.
[▲グラフ:被雇用者全員の1時間あたり平均給与(前年からのパーセント変化)]
それに,ぼくらが暮らしてる経済は需要の制約を受けているって証拠としてゼロ金利と低いインフレ率を挙げることもできる.働く意欲がもっと高まれば仕事がぽこぽこわき出てくるなんてことが,いったいどんな風にして起こりうるのか,ベイナー氏の考えを聞いてみたい.
でも,なによりもここでぼくが気になるのは,ベイナー氏みたいな人たちがこれほどあからさまに普通の労働者の生活経験から切り離されているって事実の方だ.そりゃまあ,ぼくもなかなかにけっこうな暮らしをおくっていて,仕事を保証されてるし,すてきな所得もあるし,総じて上流の環境で暮らしてる――だけど,そんなぼくですら,必死になって仕事探しを何ヶ月も何年も続けてきたのに失業状態にある人たちを大勢知ってる.いったいどれだけ切り離されていれば(あるいはどれだけ鈍感なら),「そういう人たちが働きたがらないのがここにある問題だ」みたいに考えられるんだろう?
この手の議論を耳にするたびに,B. Traven の本『The Treasure of the Sierra Madre』の冒頭を思い出す:
「働く意欲があって,求職に真剣な人間なら,誰だって絶対に仕事を見つけられる――なんてことを言う人間のところにだけは行かないことだ.そいつはべつに働き口を提供できるわけでもないし,求人のツテを知ってるわけでもない.だからこそ,そいつはこんなのんきな助言ができるんだ.たしかに,兄弟愛からでた助言ではある.でも,これはそいつが世間をいかに知らないかって証明でもあるんだ.」
© The New York Times News Service
福祉にたかる怠け者とやらの話がまたでてきた
どうやら,失業手当の話題は,不況下の経済政策をめぐる論争が本質にまで煮詰められる場所らしい.右派なら,こう考える――というか,右派ならこう考えるように強いられる――「失業手当は雇用創出を損なう.なぜなら,手当は『働かないことに給料を出す』ことになるからだ.」
「いや,不況下の状況はちがう」と認めると――「経済はいま全体的な需要不足で苦しんでいるんだ,お金があれば支出しそうな人々のポケットにお金をつっこんであげれば,雇用は増えるんだ」と認めると――それはつまり,自由市場はときにひどい失敗をやらかすと認めることになる.さて,もちろん,どんなかたちであっても不運な人たちへの援助に反対したい人たちにとっては,失業者たちをさげすむのは大いに役立つ.
でも,いまこういう主張がなされるのを目の当たりにするのには,ちょっと刮目すべきところがある――だって,期間延長された失業手当は経済危機の結果ではなくて原因だとどういうわけだか信じてるとしても,そういう長期の手当は,とっくになくなってるんだもの.いま,失業手当は「ブッシュ・ブーム」まっただ中の2006年の水準にまで戻っている.
経済政策研究所の研究員 Josh Bivens が,先日,こう指摘してる.受給率は――なんらかの手当を受け取っている失業者の割合は――記録的な低さになっているんだって.Bivens 氏が言うように,経済が拡大しても貧困が減っていない主な理由の1つは,失業手当の引き下げにある.
[▲折れ線(右軸)は受給率を表し,棒グラフ(左軸)は失業保険によって貧困を脱した人数(百万人)を表す]
というわけで,右派はいもしない「福祉にたかる怠け者」を非難しているだけじゃない.そもそも福祉がないのにそいつにたかる奴らがいると非難しているんだ.
© The New York Times News Service
【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する
低調な労働市場
by ショーン・トレイナー
アメリカの反貧困対策に関する質問に答えて,9月18日に,共和党の下院議長ジョン・ベイナーが発言した.ベイナーによれば,アメリカ人のなかには,働かなくてもよくたんに「ぶらぶらしていれば」いい人々がいるのだと思っている人々が増えてきているといい,これを彼は批判した.ワシントンDCの「アメリカン・エンタープライズ・インスティチュート」で演説したあとに彼が述べたこのコメントに数名のアナリストから非難の声があがった.そうしたアナリストたちの指摘によれば,アメリカの労働市場はいまなお低調で,求人1件あたりに2名以上の応募者がいる.
アメリカの公式の失業率は,8月に 6.1 パーセントにまでさがった.だが,パートタイム雇用ではたらきながらも,フルタイム雇用ではたらけるならそうしたいと考えている人たちや,雇用市場の厳しさに仕事探しをやめている人たちが,この数字には含まれていない.こうした人々が含まれている「U6」失業率は,現在,12パーセントになっている.
典型的に,アメリカの失業中労働者たちは26週間の失業手当を受け取れる.最近の景気後退のあと,この受給期間は99週間にまで延長された.共和党議員たちや評論家たちの主張によれば,こうした受給期間延長によって,働くこともできる人々が国家に依存するようになってしまい,求職意欲を失ってしまったり,より望ましくない立場に甘んじてしまったりしてしまうのだという.
『サロン』の評論家サイモン・マロイはこう論じている――失業手当受給期間延長に関するベイナー氏のコメントや共和党の見解は,下院議員ポール・ライアンが提案している反貧困対策案と齟齬をきたしている.「ポール・ライアンの貧困ツアーを追いかけてきた人間なら誰だって知っているように」――とマロイ氏は9月19日に書いている――「そもそもライアンがああいうことをやっているのは,自分や共和党の面々が貧しい人たちや不運な人たちに対して敵対的な言動をして見事手に入れてしまったイメージを立て直すためだ.」
マロイ氏はさらにこう続ける――「貧困と失業は努力が足りないせいだという考え方は,保守の思考に深くしみこんでいる.あまりに深くしみこみすぎているために,この共和党下院議長は,右派系シンクタンクの前に立って,「ただぶらぶらする」だらしないビンボー人の声を代弁してしまったわけだ.」
© The New York Times News Service