Paul Krugman, “Inflation Mythology,” Krugman & Co., July 25 2014.
[“Always Inflation Somewhere,” July 19,2014; “Understanding the Crank Epidemic,” July 17, 2014]
高インフレ到来っていう神話
by ポール・クルーグマン
かれこれ6年あまりもアメリカで札付きの連中が予測しつづけてるハイパーインフレがいっこうに到来してないねって指摘するたびに,「いーや,到来してるね.政府が統計でウソをついてるんだっつーの」ってコメントを山ほど頂戴する.
これにお答えするには,独立系の計測値を引用する手もある.たとえば「ビリオン物価指標」(Billion Price Index) を見てもらうと,公式の指標と大差ない結果になっているのがわかる.ところが,それでもなお引っ込まずに,なんか他に上昇してる物価を持ち出してきて,すごいインフレになってるぞという証拠だと言い張る人たちもいる.
そういう人たちの考えをちょっとでも変えられると思ってるわけじゃない.ただ,相対的な物価はいつでも変動し続けてるってこと,そして,一部の価格は平均よりも高くならざるをえないってことを理解するのが大事なんだ.下のグラフをみてもらうとわかるように,この大不況が始まった頃に戻ってみると,食料品価格は消費者物価指数全体よりも上昇している(とはいえ,ハイパーインフレなんかじゃないけど).その一方で,自動車価格はもっとゆっくりと伸びてる(それに,もちろん,ハイテク製品の価格も同様だ.ずいぶんと安くなってるよね).
「じゃあ,Shadowstats はどうなのさ?」―― Shadowstats は,いろんな経済変数の真の数値を提供すると称するウェブサイトで,その主張によると,政府が明らかにしているのよりもインフレ率はずっと高いんだそうだ.このサイトの購読料は175ドルだ――8年前と変わらずね.
© The New York Times News Service
デタラメ感染症
アメリカン・エンタープライズ・インスティテュートの評論家・ブロガー James Pethokoukis と,ブルームバーグのコラムニスト Ramesh Ponnuru がいらだってる.2人は,共和党を市場マネタリストに転換させようとがんばってるけど,右派お気に入りの知識人たちは,相変わらずインフレに関する陰謀論を広めるインチキ話にご執心だ.
3年前には,『ニューズウィーク』でハーバード大学教授のニーアル・ファーガソンがデタラメ情報源の Shadowstats を引用していた.ファーガソン氏は,リベラルばかりか穏健派保守からも広くバカにされた――ところが,さらに今度は『ナショナル・レビュー』の Amity Shlaes も同じソースを引いておんなじ論証をやらかしてる.
なんでこうも進歩がないんだろ?
答え.インフレ妄想症は,この証拠をごらんと言って訂正できるような単純な誤解じゃあないんだ.インフレ妄想症は,現代の保守の心深くに居着いてしまってる.この世界観から見ると,政府の行動は,定義により破滅的な結果を必ず伴わずにはいない.で,市場マネタリストがどんなことを言おうとがんばってみても,彼らの政治的同志諸君は金融政策を財政刺激とオバマケアとひとくくりにし続けて聞かない.
というわけで,これでいくと,時代はいつだって〔インフレの強い〕1970年代ってことになっちゃう.ワイマールじゃないとしてもね.そんで,数字が「ちがう,そうじゃない」と言ってたら,そんな数字がでっちあげのデタラメだってことになる.みなさんご存じのとおり,証拠ってやつはリベラル寄りのバイアスがあるからね.
高インフレはまだ起きていないってことを認める奇特な保守がたまにいても,いまにも高インフレの高潮が起こると予測してしまう自分のモデルがなにか間違ってるんじゃないかってことは認めようとしない.いやいや,こんなのはただの奇跡さ,で済ませてしまう.
かくして,市場マネタリストは政治的ににっちもさっちもいかなくなってる.エリック・カンターがスポンサーになって出したあれこれの新アイディアとされるものの本を見ても,あからさまに金融メンタリストの姿はない――それに,カンター氏当人が,信条本位のアイン・ランド主義者によって下院から追い出されてしまった〔ティーパーティーのデイヴィッド・ブラットに共和党予備選で負けたことを言っている〕(そんなの道理にかなわないよってものだけど,道理にも周知のリベラル寄りバイアスがありましてね).
かわいそうだけど,キミたちには寄る辺なんてないんだよ.
© The New York Times News Service
【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する
あやしげな代替統計
by ショーン・トレイナー
2008年金融危機のあと,経済回復の弾みを付ける助けとしてさまざまなプログラムをアメリカの政策担当者たちが実行に移していた頃,保守系アナリストのなかにはこんな予測を繰り返す人たちがいた――「アメリカ経済は高インフレに突入するぞ」「いや,それどころかハイパーインフレの到来だ,物価が指数関数的に上昇するようになるぞ.」 だが,アメリカのインフレ率は歴史的な低水準にとどまっている.過去6年間にわたって,2パーセントかその手前でずっと推移している.
政府統計はそうした予測を反証している.こうした統計に反する論証をどうにかひねり出すために,評論家たちのなかには,ウェブサイト Shadowstats.com を引用している人たちもいる.このウェブサイトでは,各種の経済指標を計算し直すのに独自の方法を使っている.著者たちの考えでは,その手法の方が労働統計局が用いているものよりも正確なのだという.
同ウェブサイトによれば,アメリカは過去10年間に2桁台のインフレ率を経験しており,現在のインフレ率は10パーセント近いのだと言う.また,同ウェブサイトの主張によれば,アメリカ経済は2004年から景気後退に入っており,失業者のなかでも求職意欲を失ってしまった人たちも参入するもっとも広義の失業率は23パーセントを超えるとされる.これに対して,政府の公式数値では,6月の失業率は12.1パーセントとなっている.
右から左までさまざまな政治的立場の経済学者たちが,同ウェブサイトの計算の多くを問題に取り上げている.彼らの主張によれば,こうした計算は基本的な算数で誤りが証明できるという.先日,アメリカン・エンタープライズの評論家 James Pethokoukis は,不正確なのを示す圧倒的証拠があるにも関わらずこすいた統計を引用した同じ保守仲間たちを批判した.
「保守派は,『オバマはカーターだ』という論証を立てたいあまりに,前のめりになるべきではない」――と彼はアメリカン・エンタープライズの政策ブログに書いている.「それに,金本位制復帰や『連銀解体』の主張をあせるあまりに,自分たちの高インフレ到来説の論拠になりそうなソースをなんでもおかまいなしに使っていてはいけない.ちょっとグーグル検索をかけてみれば「これはあやしげだな」とわかるようなソースを使うようではいけないのだ.そうした脇の甘さがあっては,よほど真性の信者が相手でもないかぎり,論述の説得力をなくしてしまう.」
© The New York Times News Service
今日割ろう>共和党
修正しました.ありがとうございます.
ティーパーティーのデイヴィッド・ブラットが>デイヴィッド・ブラットに
http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2014/06/post-654.php
修正しました.ありがとうございます.