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Archives for 10月 2013

ジェームズ・ハミルトン「インフレ率はなぜフィリップス曲線よりも高い?」

James Hamilton “Why isn’t inflation lower?” (October 27,2013 Ecombrowser)

経済が大きく沈滞し、たくさんのアメリカ人が依然として職を求めているというのに、なぜインフレは今の水準に留まったままなのだろうか。テキサス大学教授のオリヴィエ・コイビオンとカリフォルニア大学バークレー校教授のユーリー・ゴロドニチェンコが、興味深い新論文でそれに答えを提示している。
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クルーグマン「全力で事態を悪化させるグリーンスパン」

Paul Krugman, “Alan Greenspan, Doing His Best to Make Things Worse,” Krugman & Co., October 25, 2013.


全力で事態を悪化させるグリーンスパン

by ポール・クルーグマン

Doug Mills/The New York Times Syndicate

Doug Mills/The New York Times Syndicate

『ワシントンポスト』のコラムニスト,スティーブン・パールスタインがアラン・グリーンスパンの新著を読んでこんなことを発見してる.この前FRB議長は,彼の在任中におきたひどい事態のあらゆることになんら責任がないと思っている――しかも,金融危機への解決策に彼がもちだしてるのが,案の定,政府を小さくすることだ.

パールスタイン氏が言及していないけれど,ぼくが重要だと考えていることがある.それは,グリーンスパン氏が議長を退いてから残している見事な実績だ――あらゆることについて間違い,しかもそこからなんにも学んでいないという実績だ.とりわけ,「アメリカは今日にでもギリシャみたいになるぞ」とグリーンスパン氏が警告し,インフレと金利急騰がまだ起きていないのは「残念なこと」だと発言してから,かれこれ3年以上にもなる.

要点はこれだ――グリーンスパン氏はたんにダメ経済学者なばかりか,ダメな人でもあって,自分の在職中と退任後におかした過ちの責任を受け入れるのを拒絶している.それにも関わらず,彼はまだ引っ込まずに,最善を尽くして世界をいっそうダメにしようと励んでいる.

「わたくしが何者か知ってのことかね,キミ」

金融危機以来,ぼくらが経済政策をめぐってやってる論争には奇妙なところがあれこれある.その1つは,論争の一方の側――ちなみに,ぼくがいない側――にいる人たちのうち,いかに多くが,地位や権威を笠に着て議論を勝ち取れると信じているかってところだ.

批判する相手がいても,ただのブロガー風情だといって無視して済ましてる.ブロガーだってだけで,過ちや事実と違う言明の指摘をする資格がないと認定できることになってるんだ.いろんなアイディアが出されても,大学院生に教える内容に含まれていないからというので(間違って)無視されてしまう.あたかも,そのアイディアが正しいかもしれない可能性が,大学院生の学ぶ事項じゃないからというだけで排除できると言わんばかりだ.

ぼくも同じように地位と権威を笠に着てるだろうか? ぼくがあれこれ書いてる文章を綿密に検討してくれれば,いくつか実例は見つかるはずだ.でも,そうしないようにつとめてる.内容の是非について議論をするようにつとめているし,もし誰かの貢献を無視してるとしたら,それは発言内容にもとづいて無視してるんであって,発言者の素性にもとづいてやってるわけじゃない.

原則と実践の両面で,学位や資格でできることとできないことの限界を理解していない人たち,とくに(失礼ながら)学者の,なんと多いことだろう.

基本的に,かっこいい名前の地位だとかなんかの賞をもってると,自分の意見を聞いてもらえる資格は手に入る.でも,それ以上じゃあない.論評は蜂の群れみたいにブンブン飛び交っている.だから,人のいってることをなにもかも読める人なんていない.でも,有名な知識人がなにか発言すると,まだ名声を勝ち取ってない人よりもずっとかんたんに話を聞いてもらえるはずだし,現に聞いてもらえている.

でも,学術的な資格は自分のアイディアをまじめにとりあってもらうための必要条件でも十分条件でもない.有名な教授が繰り返しバカなことを言っておきながら,そんなことを言ったことはございませんと主張しようとしたら,そいつをウソツキのド阿呆と呼んでいけない決まりなんてない――それに,そう指摘するためには,ちゃんと下調べをやる以外に特別な資格なんて不要だ.

その逆に,正式な学位資格のない人が一貫してキレのあって洞察のすぐれた観察を述べ続けていたら,背景に関係なく,その人は真面目にとりあってもらうだけの権利を自分で勝ち取っている.

インターネットがえらいところの1つは,この2つ目の条件に当てはまる大勢の人たちが,聴衆を得られるようになったところだ.この人たちが博士号をもってるかどうか,教授かどうか,それともブログをやってるだけの人かどうか,なんてぼくは気にしない――モノを言うのは,やったことの方だ.

その一方で,立派で有名な知識人たちの多くがほんとはお馬鹿さんなのは,みんなもずっと前に知っている.そういう知識人たちのなかには,ずっとひっきりなしにお馬鹿さんだった人たちもいるし,ハリネズミさんたちもいる――つまり,狭い分野についてはよく知っているけれど,それ以外については無知な人たちもいる.それに,理由はともかく,ハリネズミでありながら,その狭い専門分野すらなくしてしまってる人たちもいる.ちょっと考えてみるだけでも,何人かそういう経済学者がすぐに思い当たる.「まさか,こいつがかつてあれほどの論文を書いていたなんて,信じられない」って人たちがね.

あと,これも付け足しておこう.この公開の進んだ現代で地位なんかを笠に着られると信じるのは,それ自体が,無能の実証だよ.そんなのを気に掛けるのは,いったいどういう人たちなの? 間違いなく,読者じゃあないよね.

たしかに,ずさんな仕事をする人たちにとっては厳しい世界ではあるね.それに,自分の学位や資格を頼りに批判から我が身を守ろうとする人たちにとっても,厳しい世界だ.でも,どうしてだろうね,ぼくはどうにもそういう人たちに同情することができずにいるんだよ.

© The New York Times News Service

クルーグマン「ウソだよ,くそったれなウソだ」

Paul Krugman, “Lies, Damned Lies,” Krugman & Co., October 25, 2013.


ウソだよ,くそったれなウソだ

by ポール・クルーグマン

先日,フォックス・ニュースのコメンテータのショーン・ハニティが自分の番組で《本物のアメリカ人》による実話を特集した.適正価格医療保険法のせいでいかに苦しめられているかという体験談だ.そこで,モンタナ知事ブライアン・シュヴァイツァーのために働いたこともあるエリック・スターンは,冴えた考えを思いついた:実際にハニティ氏のゲストたちを呼んで,詳しい話を聞くことにしたんだ.

当然ながら,スターン氏が『サロン』に書いた記事によれば,オバマケアのせいでコストが跳ね上がって,従業員のレイオフを余儀なくされたと主張したビジネスマンは,いま4人の従業員を雇っている――つまり,オバマケアは彼の事業になんら影響をもたらしてないわけだ.プレミアム価格が急騰していると不満を語った2つの家族は,実際に提示されているものを確認していなかったし,それどころか,スターン氏の推計では,2つの家族とも,大幅な倹約になりそうだという.

不思議な話じゃないか.全米に放送される番組に出演して,いかに苦しい思いをしているか不満を語った人たちの論拠が,よそで聞いた話でしかないなんて,彼らの内心には,いったいどういうものの考え方ができあがっているんだろうね.

それに,相手の言い分にどういう根拠があるのか確認せずにこういう人たちを取り上げてしまうなんて,ニュース番組を自称してるくせに,どういう番組なんだろうね.

© The New York Times News Service

クルーグマン「中国なんかこわくない」

Paul Krugman, “Who’s Afraid of China?” Krugman & Co., October 25, 2013.

中国なんかこわくない (2013年10月25日)

by ポール・クルーグマン

HAGEN / The New York Times Syndicate

HAGEN /The New York Times Syndicate

「中国がアメリカへの信用をなくして国債を投げ売りしはじめるかもしれないぞ」と例のお真面目ぶった連中が警告の声を上げているのを,『スレート』のコメンテータをやってるマシュー・イグレシアスが先日取り上げている.今月の上旬にでた記事で,イグレシアス氏は中国の動機に焦点を当てている.有益な文章だ.

ただ,イグレシアス氏は末尾で短く触れるにとどめているけれど,決定的に大事な要点は,中国の動機がどんなものであろうと,中国人が国債を大量放出したところでぼくらが損害を出すことはないってことだ――それどころか,おそらく,国債が大量放出されるのは,合衆国にとっていいことになるだろう.

「でも,それだと金利が上昇してアメリカ経済が落ち込むことになっちゃうんじゃない?」と言う人がいるかもしれない.この論点については,いろんなかたちでたくさん書いてきたけれど,問題にされてる金利上昇の仕組みについて整合性のある説明はいまだに見たことがない.

ちょっと考えてみてね:中国がアメリカ国債を売ったとして,それで短期金利の上昇が駆り立てられることはない.短期金利を設定してるのは連銀だ.そうすると,どうして国債売りで長期金利が上昇するって話になるのかもはっきりしない.だって,長期金利は主に予想短期金利を反映しているんだもの.それに,なんらかのかたちで中国人がもっと満期の長いものを締め付けたとしても,連銀はちょいと量的緩和をさらに進めてそうした国債を買い上げてしまえる.

たしかに,そうした行動はドルの価値を押し下げることになるかもしれない.でも,ドルの下落はアメリカにとっていいことだよ! 日本のアベノミクスを考えてみるといい:アベノミクスがこれまでにあげてる最大の成功は,円の価値を押し下げることだ.円安によって,日本の輸出業者は助けられている.「でもギリシャが」と言うかもしれない.えっとね,ギリシャには自国通貨もないし自国の金融政策もないのよ.たしかにギリシャでは資本が国外に出て行ったら,貨幣供給が減少した.でも,アメリカではそうならない.

中国による信用についてデマをとばす連中がひっきりなしにでてくるのには目を見張るね:こういうデマを,例のお真面目な連中は相変わらず語ってる.文字通りにまったく意味をなさないにも関わらずだ.経済学者のディーン・ベイカーがかつて言ったように,中国がぼくらの頭につきつけられた鉄砲だとしても,そいつは水鉄砲でしかもカラッポなのよ.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

薄っぺらなつながり

by ショーン・トレイナー

先日,アメリカ政府は,あと数時間であわや債務不履行という瀬戸際に立った.もし債務不履行になっていれば,全世界的な経済危機の火種を投げ込みかねない出来事だった.10月17日の早朝,それまで何週間にもわたって政治的な行き詰まりに陥ったあと,ようやくオバマ大統領はアメリカの借り入れ能力を拡大する合意に署名した.

期限が差し迫るなかで,アメリカは海外からの厳しい批判に直面した――とりわけ,中国からの批判が大きかった.中国は,最大の外国債権者だ.10月13日,中国の国営メディア組織である新華社は論説で世界が「脱アメリカ化」することを求め,グローバル経済が基軸通貨としてドルを使うのをやめることを提案した.

これへの反応を,外国事情コメンテータのマックス・フィッシャーが『ワシントンポスト』に書いている.フィッシャーの主張では,中国の強硬派はたしかに世界秩序の仕切り直しを欲しているものの,中国エリートの大多数は,アメリカ支配がこのまま継続することが中国の成功にとって必要不可欠だと信じている.「中国経済がこうも急速に成長している理由は,ひとつには,中国が製品をたくさんアメリカ人に売れるからであり,また,アメリカ軍によって,世界貿易の経路の開放が保証されているからでもある」と10月14日付の論説でフィッシャーは記している.「もし,世界が「脱アメリカ化」したとして,そのときには,この2つとも失われてしまい,中国の経済成長は崩壊することになるだろう.そうなれば,政治的不安定につながるだろうと北京は恐れている.(…)彼らは我々を必要としていて,そして,自分たちでもそのことを知っているのだ.」

『スレート』の経済コメンテータをやっているマシュー・イグレシアスによれば,中国によるアメリカ国債の所有は,投資ではなくて,一種の国内経済刺激なのだという.中国経済はアメリカに安く輸出できることに立脚しているため,中国いまドルであふれかえっている.もしも,中国が自国通貨を自由に変動できるようにしたら,中国元はドルに対して値上がりし,中国製品の競争力は弱まってしまう.

「中国政府はいろんな理由から中国の製造業を助成したがっている」とイグレシアス氏は記す.「そこで,中国は〔輸出で〕たっぷりたまっているドルをアメリカへ送り返したがっている.それを達成するには,原則としては,たとえばボーイングの航空機をたくさん買って次々に太平洋に墜落させたってかまわない.(…)けど,彼らはそうするかわりに,アメリカ国債をたっぷり買うことにしたわけだ.中国通貨の評価を抑えるには,お手頃で物静かな方法だよね.」

© The New York Times News Service

タイラー・コーエン 「リベラルタリアンなハイエク? ~「『自由』企業と競争的秩序」を再読する~」

●Tyler Cowen, “Hayek’s liberaltarian essay “”Free” Enterprise and Competitive Order””(Marginal Revolution, October 24, 2013)。ちなみに、タイトルにある「リベラルタリアン」は「リベラル」と「リバタリアン」の合成語。


近々MRUniversity1 でハイエクを取り上げる予定もあって、この度彼の論文““Free” Enterprise and Competitive Order”(「『自由』企業と競争秩序」)を再読していたのだが、個人的にその過程で何度も驚かされることになった。ハイエクのこの論文は1947年にモンペルラン協会(Mont Pelerin Society)が開催した会議の場で発表されたものであり、後にIndividualism and Economic Order(この本のpdfはこちら;邦訳『個人主義と経済秩序』)に収録されることになったものである。

この論文でのハイエクの主張を以下に箇条書きで要約することにしよう。

  1. 古典的自由主義者(classical liberals)は政府の行動に制約を課そうと試みることだけに満足していてはいけない(それだけでは十分ではない)。活発な競争を促進する上で政府に何ができ、またそのために政府は何をすべきかについてその概要を明らかにする努力もせねばならない。
  2. 金融政策を通じて失業の抑制を図るべきである。ただし、金融政策はルールに則って運営されるべきである。
  3. 特に都市部の土地に関して言えることだが、(公共目的のための)土地の収用(エミネント・ドメイン)は政府が果たすべき重要な機能である。エミネント・ドメインについてはもっと入念に検討する必要がある。
  4. 独占(monopoly)に伴う最も大きな弊害の多くは、伝統的な形態(財を供給する企業が一つだけ)を通じてではなく、特許法や知的所有権の保護を通じてもたらされる。この点に関するハイエクの主張はタバロック(Alex Tabarrok)やローレンス・レッシグ(Lawrence Lessig)の主張と共鳴するところがある。
  5. 「契約の自由」(“freedom of contract”)を抽象的な次元で擁護するだけでは十分ではない。その具体的なあり様こそが真に重要である。
  6. 株主の有限責任(limited liability)が常に望ましいと言えるのか疑問である。
  7. 過去に相続税が乱用されたケースがあるのは確かだが、「相続税は社会的な流動性を促したり、財産の集中を和らげるための手段として利用し得るというのは確かである。そのような形で相続税が利用されるとすれば、相続税は自由を促進する重要なツールの一つと見なされるべきなのかもしれない。」

この論文ではなく別の箇所においてのことだが、ハイエクは福祉国家のアイデアや環境汚染税についても支持していたことを付け加えておこう。

  1. 訳注;マージナル・レボリューション大学。動画等を利用したオンラインでの経済学講座。 []

アレックス・タバロック 「チャールズ・ストロス ~ハードSSF(ハード・ソーシャル・サイエンス・フィクション)の体現者~」

●Alex Tabarrok, “Hard Social Science Fiction: Neptune’s Brood”(Marginal Revolution, October 21, 2013)


現代科学の知見(発見や制約)に留意した上で創作されたサイエンス・フィクションはハードSF(ハード・サイエンス・フィクション)と呼ばれているが、その類推で現代の社会科学-特に、経済学や政治学、社会学といった分野-の知見(発見や制約)に留意した上で創作されたサイエンス・フィクションを指してハードSSF(ハード・ソーシャル・サイエンス・フィクション)1 と呼ぶことができるだろう。ハードSFの基準からすると、ワームホールのような特定の仕掛けがないにもかかわらず、光よりも速い速度での移動を想定することはファンタジー(空想)以外の何物でもないと判断されることだろう。それと同様に、ハードSSFの基準からすると、エデンの園のような未来の共産社会を描くことはファンタジーと見なされることだろう。とは言っても、エンターテイメントとしてのファンタジーには何の問題もないことはここで付け加えておこう―ただし、現実の世界で実際に試されない限りという条件はつくが―。

チャールズ・ストロス(Charles Stross)はハードSSF作家の中でも私がお気に入りの一人である。ストロスはハードSFもハードSSFもどちらも手掛けている―時には同じ作品の中で両者の要素がともに表れることもある―。例えば、彼のThe Merchant Princeシリーズはファンタスティックな異世界旅行のストーリー仕立てであると同時に開発経済学の知見に依拠したハードSSF作品であり、『Halting State』は近未来を舞台としたハードSSF作品であると言える(『Halting State』が「ハイエク」・アソシエイトという名の会社の銀行口座が狙われる印象的な話からはじまる点には注意)。

そんなストロスの最新作である『Neptune’s Brood』は遠未来を舞台としたハードSSF作品だが、そのことは本書の中の次の印象的な文章から最もよく感じ取れることだろう。

繁栄を追い求める恒星間のコロニーは例外なくバンカー(銀行家)を必要とせざるを得ない、ということは広く認められた真実である。

『Neptune’s Brood』の舞台は遠未来となってはいるものの、あちこちに散りばめられた隠された意味を慎重に読み取ると―言い換えれば、ストロシアン・リーディング(Strossian reading)2 を試みると―最近起こった現実の出来事に対する言及で溢れていることがわかる。例えば、本書がデヴィッド・グレーバー(David Graeber)の『Debt』からの引用で幕を開け、利他的なイカとともに終わりを迎えるのは偶然ではない。

また、本書では、恒星間航行が可能となっている世界で貨幣や銀行業がどのような形態をとるかを考えることで貨幣についての理解を深めようと試みられている。そうする中でストロスがポール・クルーグマン(Paul Krugman)の「恒星間貿易の理論」(pdf)3 や(クルーグマンの恒星間貿易の理論ほど明示的ではないものの)ファーマ(Eugene Fama)/ブラック(Fischer Black)/ホール(Robert Hall)/コーエン=クロズナー(Tyler Cowen and Randall Kroszner)らがその発展に尽力したニュー・マネタリー・エコノミクスの知見に依拠していることは驚くに当たらない。貨幣の流通速度が劇的に上昇した場合にどのような事態が招かれるかということがプロットポイント(ストーリーの転換点)の一つとなってもいるのである。また、話の中で私掠船が登場するのも個人的には嬉しいところ(pdf)だ。

ハードSSFは単に経済学の知見にだけ依拠しているわけではない。実際、『Neptune’s Brood』ではテクノロジーや宗教、社会組織、生殖といった話題(そしてその相互の影響関係)についても興味深い言及がなされている。個人的には『Neptune’s Brood』をストロスの作品の中でも一番のお気に入りとまでは評価していないが、楽しみながら読んだことは確かである。愉快なアクションとミステリーの数々を伴いながら目まぐるしい勢いで進行するストロス特有のストーリー展開に横から誰か他人の口をはさませておく必要などそもそもないのだ4 。本書はお勧めの一冊である。

  1. 原注;正確にはハード・ソーシャル・サイエンス・サイエンス・フィクション(hard social-science science-fiction)と呼ぶべきだろうが、それだと長ったらしいのでここではハード・ソーシャル・サイエンス・フィクションと呼ぶことにする。  []
  2. 訳注;おそらくはStraussian Readingを もじったものと思われる。Straussian Reading=レオ・シュトラウス(Leo Strauss)流にテキストの「行間を読む」こと。 []
  3. 訳注;okemosさんによる翻訳はこちら。ちなみに、クルーグマンも自らのブログで本書のことを取り上げており、「ストロスのこの本は恒星間ファイナンスの理論を扱ったものだ」と語っている。あわせてこちらの書評(Liz Bourke, “A review of Charles Stross’ Neptune’s Brood“)も参照のこと。 []
  4. 訳注;私(タバロック)の評価なんて気にしないで自ら手にとって読むことをお勧めする、という意味。 []

クルーグマン「共和党はいまだに「やつら」を懸念してる」/「共和党税」

Paul Krugman, “G.O.P. Still Worried About ‘Those People’”, October 17, 2013.


共和党はいまだに「やつら」を懸念してる

by ポール・クルーグマン

評論家たちがこぞって,デモクラシー・コープスの出したレポートを引き合いに出している.このレポートは共和党員たちのフォーカス・グループ面談に関するもので,評論家たちが参照するのにも,もっともな理由がある:同組織の共同創設者スタンレー・グリーンバーグは,ここ数年でアメリカ政治を席巻している狂気ざたを統一的に扱う理論を提供しているんだ.

このレポートで明らかにされているのは,こんなことだ――フードスタンプから保険医療改革まで,助けを必要とするアメリカ人に手当を与える政府プログラムを現在の共和党が偏執的に攻撃しているのは,なにも小さな政府を哲学的に信奉しているからじゃあない.変化してゆくアメリカに抱いている不安――多人種・多文化社会になろうとしているアメリカに抱いている不安――と,民主党が「俺たちの金」を奪って「やつら」に与えていることに対する怒りから来ている.つまり,何年経ってみてもいまだにこうして人種論議をしてるわけだ.

ここには1つ皮肉がある.それは,現時点でアメリカを信じているのはリベラルたちであって,一方の保守派たちはそうじゃないってところだ.ぼくは,本質的なところを保持しながら変化を遂げてゆける能力がぼくらにはあると信じている.ぼくは,今日の移民たちはやがてぼくらの社会の織物に織り込まれていくと信じている.ちょうど,20世紀のなかば,イタリア人やユダヤ人が――かつては根本的にアメリカのあり方にそぐわないとみなされていたのに――「白人」になったのと同じようにだ.

他にも皮肉なところはあって,それは,社会保険プログラムは事実上,マイノリティの民主党支持票を買うことになると右派はすごく恐れているけれど,これは自己成就的な予言になりつつあるってことだ.共和党は移民に手を伸ばし,オバマケアに対する自分たちのスタンスを穏健なものに調整して,節度ある道理のわかった政党という姿勢を打ち出すことだってできた.ところが実際には,自分たちが勝ち取る必要のある人々をみんな遠ざけてしまい,みずからが恐れているリベラルの支配のお膳立てをまんまと整えかねなくしてる.

その一方で,ぼくらガリ勉どもがここから持ち帰るべき要点はこれだ――いまなされてる表面的な論争は――たとえば,身体障害者登録が増加してるのをめぐる論争なんかは――どれ一つとして,額面通りに受け取れやしない.たしかに,数字はしっかり調べる必要がある.でも,向こうさんは,そんな証拠なんて気に掛けちゃいないんだもの.〔※身体障害者の手当を受ける人たちが2007年の景気後退から増加しているという報道を受けて議論がなされている:ワシントンポストの記事を参照.〕

© The New York Times News Service


Paul Krugman, “G.O.P. Tax”, October 17, 2013.

共和党税

by ポール・クルーグマン

リサーチ会社のマクロエコノミック・アドバイザーズが,2010年以来の財政政策の効果について新しくレポートを出している――2010年以来ってことは,つまり,共和党が下院を支配して以来ということだ.ただ,レポートの書きぶりで混乱する人もでるかもしれない.このレポートでは,債券市場の不確実性と,裁量支出の削減が組みあわさって生じた効果により,GDPの成長率が1パーセント縮小した,と書かれている.これは,GDPが1パーセント減少したって意味じゃあない――減ったと言ってるのはGDP成長の年率だ.つまり,ここで語られているのは,現時点でGDPのほぼ3パーセントの話なんだ.これが累積して,使われずに無駄になった経済の潜在力の損失は,およそ7000億ドルにのぼる.この数字は,ぼく自身の概算とほぼ同じだ.

また,レポートの推計によれば,現在の失業率は,ああいった政策がなかった場合に予想されるものより 1.4 ポイント高くなっている(この数字は,GDPがおよそ3パーセント低くなったという話と整合する).というわけで,ああいう〔共和党の〕議員さんたちがいなかったら,失業率は6パーセントを下回っていたはずなのよ.

まったくたいした偉業ですわね.

© The New York Times News Service

クルーグマン「2013年ノーベル賞の感想」

Paul Krugman, “Thoughts on the 2013 Nobel”, October 17, 2013.


2013年ノーベル賞の感想

by ポール・クルーグマン

経済学をけなす古いネタにこんなのがある.「正反対のことを言う2人がノーベル賞をとれる分野は経済学しかない」.そうは言っても,そういう冗談を飛ばしてる人たちにとっても,正反対のことを言う2人が同じ賞を共同で受賞するなんて,きっと予想外だったろうね.そして,今年起きたのはまさにそういうことだった.

ただ,実のところ,今度の賞はけっこうなことだと思ってる.効率的な市場に関するユージン・ファーマの研究は,他の代替仮説を検証するためのベンチマークの設定に不可欠な仕事だった.ロバート・シラーは,他の誰よりも,効率的市場仮説が実践で失敗するいろんな場合を体系化するのにつとめてきた.ファーマ氏が最近,馬鹿なことを言ったとして,べつに問題ない.彼は今回の名誉を勝ち取ったんだし,それはシラー氏も同じだ.ラース・ピーター・ハンセン氏について言うと,彼の研究には計量経済学的な手法が関わっていて,ぼくはそっちの方に専門知識がないけれど,専門家たちがこれを偉大な業績だと考えているのは信用する.というわけで,万事よし――長年にわたって予想されてきた名誉をファーマ氏に与えつつ,それでいて自分たちをとりまく状況と完全に接点がなくなってるように思わせずにすます方法を見つけ出したノーベル賞委員会は,称賛すべきだ.

© The New York Times News Service

アレックス・タバロック 「中国に革命をもたらした密約 ~所有権の変化に向けた村人たちの命懸けの試み~」

●Alex Tabarrok, “The Secret Agreement that Revolutionized China”(Marginal Revolution, February 9, 2012)


コーエン(Tyler Cowen)と二人で執筆した経済学のテキスト(『Modern Principles: Macroeconomics』)の中で、我々は所有権の重要性を示す一つの例としてかつて中国で実施されていた集団的な営農(農業の集団化)(collective farming)が人々の行動に対してどのようなインセンティブ効果を持っていたかを取り上げた。それと同時に、安徽省にある小岗村(Xiaogang village)の村人の間で交わされた密約のエピソードについても触れた。以下にその箇所を引用することにしよう。

大躍進(The Great Leap Forward)は実のところ大後退であった。1978年における農地の生産性は共産党が中華人民共和国を建国した1949年当時よりも低下することになったのである。ところで、1978年のある日のこと、小岗村の村人たちの間で秘密の会合が開かれた。その会合では、集団所有となっている土地を細かく分割した上で、村人一人ひとりに土地の区画を割り当てる密約が交わされたのであった。これまでのように村人は自ら育て上げた農作物のうちあらかじめ割り当てられた一定の量(quota)を政府に対して納めなければならなかったが、その割り当て量を上回る分の農作物に関してはすべて自分のものとすることができるようになったのである。この密約は共産党政府の方針に反するものであり、政府に気付かれてしまえば投獄されたり命を落とす危険性もあった。そこで会合では、万一村人の誰かが投獄されたり殺害されてしまった場合、その村人の子供を他の村人たちの間で18歳になるまで面倒を見ることも取り決められたのであった(密約の血判状の実物が下の写真である)。

小岗村の18の農家の間で取り交わされた命懸けの密約の血判状。この密約では、土地の共同所有に終止符を打つ旨が取り決められた(From Cowen and Tabarrok, Modern Principles: Macroeconomics)

小岗村の18の農家の間で取り交わされた命懸けの密約の血判状。この密約では、集団的な営農に終止符を打つ旨が取り決められた(From Cowen and Tabarrok 『Modern Principles: Macroeconomics』)

 

この密約の結果として、土地(あるいは農作物)の所有権が共同所有から私的所有に近い形態へと変化することになったわけだが、この変化は即座に効果をもたらすことになった。土地に対する投資や勤労意欲、生産性が増大したのである。村人の一人は次のように語っている。「自分の家族や自分自身のために働くとなると、怠けているわけにはいかないのです」。

その後この密約の内容が外部に漏れてしまうことになり、共産党政府は小岗村に対する肥料や(作物の)種、駆除剤の配給をストップすることとなった。しかしながら驚いたことに、政府の圧力によってこの密約が破棄されてしまうよりも前に他の村の農民たちも土地(あるいは農作物)の共同所有を放棄し始めることになったのである。土地(あるいは農作物)の共同所有の放棄に伴って生産性が改善している事実を受けて、毛沢東死去後の共産党政府はこの実験1 の続行を容認することになったのであった。

NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)のPlanet Moneyブログでこの密約に関する素晴らしいエピソードが取り上げられている。密約に関するもっと詳しい背景情報を得る手掛かりとして一読を勧める。以下に一部だけ引用しておこう。

「当時は麦わら1本でさえも集団の所有物とされていました。」 そう語るのは1978年当時小岗村で農業を営んでいたイェン・ジンチャン氏(Yen Jingchang)である。さらに彼はこう付け加えている。 「誰一人として何も所有していなかったのです。」

共産党の幹部たちが参加したとある会合で、農民が次のように尋ねたことがあるという。「私の歯はどうなるんでしょうか? この歯は私のものなのでしょうか」? 幹部の答え:ノー。一人ひとりの歯も集団の所有物である。

理論的には、集団で育て上げられた農作物は一旦すべて政府に徴収され、その後各家庭に分配されることになる。このような状況に置かれていたかつての中国では、農民たちは懸命になって働く――朝早くから農場に出掛け、農作物の栽培に精を出す――インセンティブを持たなかった。イェン・ジンチャン氏は次のように語る。

「一生懸命働こうが怠けようが手にするもの(見返り)はみんな同じ。となると、誰も働きたがらないでしょう。」

・・・(省略)・・・

この密約が結ばれる前までは、農民たちは一日の労働の始まりを知らせる笛の合図を聞いてからやっと農場にのそのそと出掛けるような状況だった。しかしながら、密約が取り交わされた後では、農民たちは自ら進んで夜明け前に家を出るようになったのである。

イェン・ジンチャン氏は語る。「みんな隠れて競争したんです。皆が皆隣人よりもたくさん収穫したいと思っていたんです。」

土地や農具、農民は密約が交わされた後もそれまでとそっくり同じままだった。しかし、ルールが変更されることで――自分で育てた農作物の一部は自らの所有物としてよいと同意することで――すべてが変わったのである。

  1. 訳注;中国各地でなし崩し的に進む土地(あるいは農作物)の私的所有に向けた動き []

クルーグマン「ジャネット・イェレン:経済学者の経済学者」

Paul Krugman, “Janet Yellen: The Economist’s Economist “, October 17, 2013.


ジャネット・イェレン:経済学者の経済学者

by ポール・クルーグマン

Mary F. Calvert/The New York Times Syndicate

Mary F. Calvert/The New York Times Syndicate

連銀の議長にジャネット・イェレンが指名された件について書くのをいままでサボってきた.ひとつには,正確なところ何を言えばいいのか自信がなかったせいもあるし,ぼくも含めて多くの経済学者が彼女が選ばれたことをほんとに喜んでいる理由をどう説明したものかよくわからなかったからでもある.

でも,『ニューリパブリック』の最近の記事で,ノーム・シーバー (Noam Scheiber) が大事なところをズバリと突いてる.イェレン女史の件のなにが心強いかと言えば,彼女の実績じゃあなくて,彼女が付き合っている仲間がどういう人たちなのかが,その大事なところだ.彼女は間違いなく経済学者たちが推す候補者なんだ.

連銀議長の候補に浮上してきた人たちは,なんらかのかたちでウォール街に密接なつながりがあった――ラリー・サマーズですらそうだ.サマーズは,経済学の研究者として立派な実績をもっているけれど,金融企業のコンサルで稼ぎをあげてきた面でも立派な実績をもっている.平時なら金融や企業なんかの深い知識がすぐれているって主張するのもいいけど,ここで,2つばかり根本的な真実がある:いまぼくらがはまってる苦境について,ウォール街の大半には責任がある.それに,金融業界のタイプは,一貫してまちがってきた――たんに危機以前にそのリスクを理解し損なっていただけでなく,その後にやってくる事態の診断もまちがっていた.なにより,彼らは銀行救済は金融界にとどまらず景気回復への道を舗装することになるという立場をとっていたけれど,実際はそうなっちゃいない.

他方で,これまで何度となく指摘してきたように,思慮のある大学のマクロ経済学者は,かなりうまく成果をあげている――そして,イェレン女史はそのうまくやってる仲間の一員だ.

というわけで,イェレン女史はこの点でぼくら部族の仲間であり,今日の経済において,これはすごくいいことだとぼくは思う.彼女の指名が歴史的な一幕になる――連銀を率いるはじめての女性となる――ってのは,余録みたいなもんだ.

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【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

新しいリーダー,変わらない政策

by ショーン・トレイナー

10月9日に,オバマ大統領は連銀議長ベン・バーナンキの後継にジャネット・L・イェレンを指名した.イェレン女史はこの中央銀行の副議長だ.この指名が上院で承認されれば,彼女は連銀を率いるはじめての女性になる.金融政策の「ハト派」でインフレを厳格に制御することよりも失業率を下げることの方に関心を向けている政策担当者だと広く考えられているイェレン女史は,バーナンキ氏が近年実施してきた刺激策を強く支持している人物だ.その刺激策には,金融緩和政策も含まれる.

バーナンキ氏のもとで,連銀は国債と不動産担保証券をこれまでに毎月850億ドル購入している.貸出を促し長期金利を低く抑えようというねらいだ.量的緩和プログラムは賛否両論あって,金融政策の「タカ派」は,量的緩和がインフレと資産バブルにつながりかねないと論じている.

イェレン女史はこの量的緩和プログラムの主要な提唱者の1人だ.連銀の議長として,彼女はこれを減速していく速度を監督することになる.アナリストのなかには,景気回復の基盤をもっと強固にするねらいで,イェレン女史はバーナンキ氏よりも長く量的緩和を継続するかもしれないと述べる人たちもいる.

『ワシントン・ポスト』のコラムニストであるニール・アーウィン (Neil Irwin) は,バーナンキ氏が設定した連銀の方向を強化するためにふさわしいと,イェレン女史の指名を支持する論を展開している.アーウィン氏はこう書いている:「オバマ大統領はアメリカの強力な中央銀行をこの先4年にわたって率いるのは,ベン・バーナンキと同じ哲学を共有する人物だと保証している:「いまアメリカ経済が直面している中心的な問題は高失業率だ.連銀は――たとえその課題にとって理想的な道具でないとしても――手持ちの道具を使ってこの失業に対応できるし,それどころか,そうする義務がある」というのが,その哲学だ.」

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