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クリスティアン・シューベルト: 『ナッジ』の倫理について (2016年1月22日)

Christian Schubert, A note on the ethics of nudge , (VOX, 22 January 2016)


『ナッジ』とは、人々の行動に影響を及ぼすが、そのインセンティブを変更することも、強制を加えることもないような形で行う人のチョイス・アーキテクチャの修正である。1つの政策手段としてみたとき、ナッジが或る種の行動を変更させるのに効果的であることは夙に示されてきた。本稿では、人間操作的とも成り得るこのような政策を用いる際に生じてくる倫理的問題の究明を試みる。考え得る政策が人々の福利厚生・自律性・全一性 [integrity] に及ぼす影響を究明する評価プログラムを素描しつつ、そこにみられる実務への示唆にも目を向ける。

市民は合理的であり、かつ、十分な情報を与えられていると想定するなら、スタンダードな政府政策の費用・効果評価は単純明快である。選択は、消費者および企業についての純然たる目的関数を最適化することにより導出されるので、政策の評価はそれが同目的関数の値をどのように変化させるかを基準に為されることになる。しかし『ナッジ』 の評価査定はこれとはかなり異なる。

『ナッジ』とは、人々の行動に影響を与えるが、そのインセンティブ構造の重要部分を変更することも、如何なる強制を加えることも無いような形で行う、人のチョイス・アーキテクチャ (CA) の修正である (ThalerとSunstein 2008).[原注1]。ナッジが 『上手く働く』 ことを示す実証データは枚挙に暇無いが (CostaとKahn 2010)、それは果たして福利厚生の向上をもたらすものなのだろうか?[2]

実際、ナッジの費用・効果評価には幾つかの避けては通れない倫理的考慮事項が伴っている。本稿では、ナッジの支持者からも批判者からも一般に見過ごされがちな論点を数多く挙げてゆく[3]

ナッジ政策を評価する際に考慮すべきものとして、私が挙げるのは以下の4点。

  • 第一に、問題のナッジというものが、人々の福利厚生を向上させるものなのか、そうではないのか、先ずこの点を見てゆこう。

困ったことに、早くもこの時点で我々は苦境に立たされることになる。

『行動科学的世界』 における福利厚生をどのように捉えるべきか、既にこれが定かではないのだ。尤も、行動科学的世界とは実のところ現実世界に他ならず、またナッジが上手く働く世界もこの行動科学的世界である。行動科学的世界では、人々のもつ精神的リソース- つまり計算力・意志力・注意力 – に限りが有るばかりでなく、その選好も文脈依存的・非整合的 [inconsistent]・不完備的 [incomplete]である。その結果、福利厚生を 「特定かつ整合的な選好のテクニカルな意味での充足度」 と定義するスタンダードな新古典派の概念を適用することは出来なくなる。

重大なのは、代替案となるべき通説が全く存在しないことだ。確かに、これまでに多種多様なアイデアが提出されてきた – 計測可能な幸福度をはじめ、『あらゆる情報が与えられた上で形成された選好のみを考慮すべきである』 という主張をはさみ、Bob Sugdenの 『機会基準』 に至る (代替案としては、恐らくこれが現時点で最も洗練された構想だろう) [4]。とはいえ、行動科学的世界における福利厚生をどのように捉えるべきかについては、基本的にまだ結論が出ていないのだ [5]

核心的問題ではあるが、この論点はひと先ず脇に置き、先へ進もう。Chetty (2015) が言うように、ナッジはそれでも (これとの比較では従来型といえる規制手段と組み合わせれば) 何らかの形で市民が事前に賛同している具体的な政策目標を達成するうえで 『実務上』 有用である可能性は在るのだ。

  • 第二に、ナッジが人々の自律性に対し如何に作用するかを問題としなくてはならない。

ナッジは、人々の選好形成過程に介入しこれを操作することを通じ、また理性でなく程度の低い本能に訴えることを通じて、自律性という重大な価値を損なうものであるという点で、批判者の大勢は一致している。そして、このような状況におかれた個人は自己の選好に対する 『コントロール』 を喪失してしまうのだとの主張がこれに続く (HausmanとWelch 2010)。

しかしよくよく考えてみると、この主張は少し奇妙だ。自律性というものは、ここで前提とされているような超合理性に本当に依存しているのだろうか? 我々は日々の生活の中で数え切れないほどの影響源に晒されているのではないか、しかもその殆どについては気付いてすらいないのではないか? [6]  考えなしに行為したり、或いは自分が本当に信じている倫理的価値観に何らかの意味で反するような形で行為するとき、我々は自律性を — 可能性としてはそれと共に倫理的説明責任をも – 喪失することになるのだろうか (Buss 2012)? しかし以上のような切り口からナッジに反論を試みる者は必ず、構想的にも、倫理的にも、幾多の難題にぶつかることになる (例えば、そもそも『操作』とは何なのだ?)。ここではこの点を指摘しておけば十分だろう。

  • 第三の論点。ナッジに関して問題となるのは実のところ自律性ではなく、全一性 [integrity] ではないか? この点を確認してみよう。

結局のところ、ナッジが上手く働くのは、人々が未だ自らの考えを固めていないような場面であると考えられている (悪名高いカフェテリア事例を想起されたい)。つまり人々は完備型の [complete] 選好をもっていないのだ。そうであるなら、選好形成の問題をさらに詳細に観察してみるのもまた一考かもしれない。経済学者にとって選好形成の問題はアイデンティティ形成あるいは人格形成の問題の同類なのである。

故ジェームズ・ブキャナンは、「人間が自己の選好形成という課題に向き合い、自身の選好に対し自らその責任を負う」 という考えを我々は真剣に受け取る必要があると述べている (Buchanan 1999)。コースガード (2009) が示すように、不断の 『自己構成』 にとっての必要条件は、積極的選択である。或る種のナッジが情報を与えられた上での積極的選択を後押しするものであるのは明らかだが [7] 、他のナッジには人々を積極的選択に取り組むことから寧ろ遠ざけるものも在るようだ。

別の言い方をすれば、ナッジのなかには 『行き過ぎた利便性』 を生み出す可能性をもつものも在る訳である。試みに、公的ナッジが広く取り入れられた世界を想像してみよう。そこでは消費者である私には、自分の退職貯蓄について気に掛ける必要も、カフェテリアでチョコレートバーを食べないようにするだけのほんの僅かな自己コントロールの習得を心掛ける必要も、戸別訪問セールスマンの手練手管に丸め込められないよう警戒しておく必要も、無い。上記全てのケースで、何らかのチョイス・アーキテクチャが、何らかの形で背後で作用し、気付かぬうちに私を 『正しい』 方向へと導いてくれる — 初期設定や枠組みの変更を通して、クーリングオフ期間の設定を通して。言い換えれば、私は自らの選択を一種の外部団体にアウトソーシングしていることになる。

そしてまさにこのモラルハザードの一変種こそ、様々な批判的文献でナッジの 『幼児化効果』 として登場するものに他ならない (Bovens 2009, White 2013)。ここで何が問題となってくるのかに注意されたい – つまり、選好が人々の置かれた文脈に依存しており、かつ、政策によってその文脈を (部分的に) 変更することが出来るのなら、政策が人々の選好に影響を及ぼし得るものであるという問題を我々は直視せざるを得なくなり、その結果、どういった種類の選好を促進すべきかの考え抜くという全く途方もない課題を課せられる、ということにも成り得るのだ (Hargreaves Heap 2013)。ブキャナン-コースガードが示すアイデンティティ形成の重視の道は、ナッジに結び付いた規範的コストの特定を可能にしたまま、この問い (解答不可能な問いである) を回避する手立てを我々に与えてくれるものかもしれない [8]

  • 第四、 そして最後の論点となるが、以上全ての事項が政策実務に対する示唆の観点からみてどのような意味をもってくるのかについても考える必要が在る。

理想的には、ナッジ政策施行の是非を投票で決する前に、市民はその公的ナッジに付随する規範コストについて情報を与えられているべきである。

全一性の問題を考えてみよう。人々はここで、一方を 『行き過ぎた利便性』 (これは積極的選択を遠ざけるので、人格形成の妨げとなる)、他方を 『足りな過ぎる』 利便性とする (こちらでは人々は錯綜した諸般の選択に圧倒されたままの状態に取り残されることになる) トレードオフに直面することになると考えられる。そしてこのトレードオフだが、財の種類によってその様子が異なってくるようだ。基礎的ニーズを満たす基本財が問題となる場合には、殆どの人が選択を、少なくとも部分的に、信頼有る諸般の外部団体に委任したがるだろうと我々は推理するのではないだろうか。例えば基礎的な退職貯蓄の問題ではどうか。基礎的退職貯蓄の関連事項について、独自の選好を形成したいという需要はむしろ限られているように思われる。これとは対照的に、倫理的色彩を帯びた選好、例えば死後の臓器提供など — これはナッジが効果的であることが良く知られた例でもある (Smithら2013) — は容易に一般化されない。後者のケースでは、全一性の議論は規制的政策手段としてのナッジの利用に対する反論を提起するものとなる [9]

結語

殆どの場合、ナッジは比較的従来型の、インセンティブに基づく政策手段を補完するものとして施行されることになりそうである。人々のチョイス・アーキテクチャの様々に異なる部分に対する修正がどのような相互作用を生み出すかについての研究は、まだ始まったばかりだ。とはいえ、行動科学の知見から政策への示唆を引き出そうという関心をもっている経済学者が、彼らの先輩たる新古典派らが慣行としてきたところよりずっと多くの倫理的インプットを必要としているようにみえる点は、印象的である。行動経済学者はもしかすると倫理学者の盟友となるかもしれない。

参考文献

Akerlof, G A and R J Shiller (2015) Phishing for phools: The economics of manipulation and deception, Princeton, Princeton University Press.

Berg, N (2014) “The consistency and ecological rationality approaches to normative bounded rationality”, Journal of Economic Methodology, 21: 375-395.

Bovens, L (2009) “The ethics of nudge”, in Preference change: Approaches from philosophy, economics and psychology, T Grüne-Yanoff and S O Hansson (eds), 207-220, Berlin, Springer.

Buchanan, J M (1999) “Natural and artifactual man”, in The logical foundations of constitutional liberty, Vol. I, J M Buchanan, 246-259, Indianapolis, Liberty Fund.

Buss, S (2012) “Autonomous action: Self-determination in the passive mode”, Ethics, 122. 647-691.

Costa, D L and M E Kahn (2010) “Energy conservation ‘nudges’ and environmentalist ideology: Evidence from a randomized residential electricity field experiment”, VoxEU.org, 19 May.

Hansen, P G (2015) “The definition of nudge and libertarian paternalism – does the hand fit the glove?”, European Journal of Risk Regulation, forthcoming.

Hargreaves Heap, S (2013) “What is the meaning of behavioural economics?”, Cambridge Journal of Economics,37: 985-1000.

Hausman, D M and B Welsh (2010) “Debate: To nudge or not to nudge?”, Journal of Political Philosophy, 18: 123-136.

Korsgaard, C M (2009) Self-constitution – Agency, identity, and integrity, Oxford, Oxford University Press.

Loewenstein, G, C Bryce, D Hagmann and S Rajpal (2014) “You are about to be nudged”, Working Paper, http.//ssrn.com/abstract=2417383.

Reiss, J (2013) Philosophy of economics: A contemporary introduction, London, Routledge.

Rothenberg, J (1962) “Consumers’ sovereignty revisited and the hospitability of freedom of choice”, American Economic Review, Papers & Proceedings, 52: 269-283.

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Schubert, C (2015b) “On the ethics of public nudging: Autonomy and agency”, Working paper, http.//papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2672970.

Schubert, C (2016) “Green nudges: Do they work? Are they ethical?” Working Paper.

Smith, N C, D G Goldstein and E J Johnson (2013) Journal of Public Policy & Marketing 32: 159-172.

Sugden, R (2004) “The opportunity criterion, consumer sovereignty without the assumption of coherent preferences”, American Economic Review, 94: 1014-1033.

Sugden, R (2008) “Why incoherent preferences do not justify paternalism”, Constitutional Political Economy, 19: 226-248.

Sunstein, C R (2014a) Why nudge? The politics of libertarian paternalism, New Haven, Yale University Press.

Sunstein, C R (2014b) “Choosing not to choose”, Duke Law Journal, 64: 1-52.

Sunstein, C R (2015) “Nudging and choice architecture: Ethical considerations”, Working Paper (version 17 Jan 2015), http.//papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2551264m, forthcoming, Yale Journal of Regulation.

Sunstein, C R  and L A Reisch (2013) “Green by default”, Kyklos, 66: 398-402.

Thaler, R H and C R Sunstein (2003) “Liberterian paternalism”, American Economic Review, Papers & Proceedings, 93: 175-179.

Thaler, R H and C R Sunstein (2008) Nudge: Improving decisions about health, wealth and happiness, New Haven, Yale University Press.

White, M D (2013) The manipulation of choice: Ethics and libertarian paternalism, New York, Palgrave.

原注

1 ナッジは広く 『リバタリアンパターナリズム』 の包括的規範プログラムと関連付けられてきた (ThalerとSunstein 2003)。これは正当なCA修正の範囲を限定しようとするものである。しかしナッジは、環境保護など、非パターナリズム的な目的の追求にも採用しうる (例えば SunsteinとReisch 2013, Schubert 2016)。またナッジは 『透明性』 をもつものと想定されているが、この 『透明性』 とは恐らく、注意深い行為主体ならば、ナッジや、それが働き掛けてくる経路を特定することが出来るはずだ、というぐらいの意味だろう。この条件によって、例えば 『サブリミナル広告』 などは除外されることになる (Bovens 2009)。重要な点だが、完全な 『透明性』 をもったナッジでさえも極めて効果的と成り得る旨を伝える実証データが存在する (Loewensteinら2014)。 Sunstein (2014a: 13) が述べるように、基本的なアイデアは『人間の実際の思考・行動形式に密着した、合理的かつコストの低い政策』 を開発することに在る。合衆国および英国では特に顕著だが、ナッジは政策画定を担う実務家から非常な好評を博している。

2 人々の認知バイアスを利用したり、それに応答することでこれを行うのである (Hansen 2015)。

3 詳細はSchubert (2015b) を参照。

4 その批判的検討はSugden (2004, 2008) および Schubert (2015a) を参照。

5 同問題は錯綜を極める 『合理性』 の理解の問題と深く関わっている。ThalerとSunstein (2003, 2008) は新古典派の変種に固執しているるが (経済人を規範に関する範例に持ち上げることさえ行っている!)、他方には新たな 『経済的合理性』 概念を提示する者もいる (例えばBerg 2014)。

6 Reiss (2013: 299) を参照。競争市場が民間商業部門における欺罔的なナッジの温床となるか否かについては未だ結論が出ていない。例えばAkerlofとShiller (2015)。

7 すぐ思いつく例としては注意喚起や単純化が在る。念の為一言: ナッジ政策群全体がチョイス・アーキテクチャのもつ行動科学的力に対する意識を高めており、これは様々な場面で情報を与えられた上での選択を促進してくれるはずだ。また、義務的選択が政策画定者の取り得る道具立ての (非ナッジ的な) 一部であることにも留意せよ。

8 ここで紹介しておきたいのが私には本文で記述するだけの勇気がもてなかった異端説で、– つまり、規範経済学の中心となるべきは、人々が現にもっている選好ではなく、寧ろ不断に変化する選好を涵養する為の能力ではないか? Rothenbergは (1962: 282-83) このアイデアを夙に述べていた。

9 ここで福利厚生の議論を全一性問題と突き合わせてみることも出来るかもしれない。しかし既にみてきたように、我々の生きる行動科学的世界において 『福利厚生』 なるものが一体なにを意味するのかは、少なくとも個人のレベルでは、本当のところ誰にも分からないのである。

 

 

第3期決算報告

一般社団法人経済学101第3期決算のご報告を致します。

当期はこれまでボランティアであった翻訳に一定のルールのもとで翻訳料を支払うこととし、翻訳の質・量の充実とそれにともなう寄付の増加を図りました。その結果、新たな翻訳者の参加や翻訳料の拡大が実現されました。しかしながら、クルーグマンコラムの終了に伴い、毎月の定額寄付はわずかながらではあるものの減少傾向にあり、定額寄付の拡充が課題となっております。

毎月の定額寄付の60%と定めた翻訳料と税金が主な支出となっており、不定期な大口の寄付もあることから、トータルでの収支状況は健全な状態を保っております。この結果、期末における剰余金は約330万円となっており、今後のシステム改善等に役立ててまいりたいと思っています。

今後とも経済学101の活動へのご理解とご協力をお願い申し上げます。

第3期資金収支表

 自平成27年1月1日至平成27年12月31日
収入の部3,708,918
前期繰越金2,241,426
寄付金1,467,426
利息270
借入金収入0
支出の部401,575
翻訳料328,767
手数料2,808
税金等70,000
次期繰越金3,307,343

第3期貸借対照表

   平成27年12月31日現在
現預金3,307,343借入金0
剰余金3,307,343
合計3,307,343合計3,307,343

タイラー・コーエン「どうしてレズビアン女性に賃金プレミアムがあるんだろう?」

[Tyler Cowen, “Why is there a lesbian wage premium?” Marginal Revolution, February 22, 2016]

ワシントン大学の Marieka Klawitter は,昨年,賃金と性的指向に関する研究29件を検討した.すると,異性愛者の女性とくらべて,レズビアン女性には平均して9パーセントの収入プレミアムがあるのがわかった.一方,異性愛者男性に対してゲイ男性は11パーセントのペナルティがある.この収入の隔たりは,アメリカ・イギリス・カナダ・ドイツ・オランダに関する研究で確かめられている.平均してレズビアン女性の方が異性愛者女性よりも教育を受けている事実や子供をもたない傾向が強いことを考慮に入れて調整しても,この隔たりは消えうせることがなかった.

次の点に留意しよう.まず,レズビアン女性がそうでない女性よりも競争力があるわけではないと証拠が示唆している.また,公共部門ではレズビアン女性は賃金プレミアムを受けとっていない.いくつか,考えうる仮説がある:
[Read more…]

ラルス・クリステンセン 「『ミダス・パラドックス』 ~スコット・サムナーの待望の一冊が遂にお出まし~」(2015年10月26日)/タイラー・コーエン 「『ミダス・パラドックス』 ~スコット・サムナーの大恐慌論~」(2015年11月24日)

●Lars Christensen, “Scott Sumners’ new book: The Midas Paradox – Buy it now!”(The Market Monetarist, October 26, 2015)


私の友人でもあるスコット・サムナー(Scott Sumner)が大恐慌をテーマにした本を書こうと思い立ったのは大分前に遡るが、その本の出版にこぎつけるためには長い時間をかけて奔走しなければならなかった。少々時間はかかったが、その待望の一冊が今年(2015年)の12月に遂に出版される運びとなった。

本のタイトルは『The Midas Paradox: Financial Markets, Government Policy Shocks, and the Great Depression』(「ミダス・パラドックス:金融市場、政策ショック、大恐慌」)である。出版元はインディペンデント・インスティテュートだ。Amazonで注文するにはこちらをクリックされたい。言うまでもないだろうが、私は既に注文済みだ。

出版元による本の紹介文を以下に引用しておこう。

経済史家たちの尽力もあって大恐慌の原因を解明する作業はこれまでに大幅な前進が遂げられてきている。しかしながら、経済が辿った紆余曲折の全貌を説明するためにはスコット・サムナーの登場を待つ必要があった。サムナーのマグヌム・オプス(一大事業、大作)であり処女作でもある『ミダス・パラドックス』では大恐慌という名の大惨事を引き起こした原因を突き止めるために貨幣的な要因だけではなく非貨幣的な要因にも目配りされており、大恐慌に関する包括的な説明が試みられている。

金融市場のデータや当時のニュース記事に依拠しつつサムナーはこう結論する。大恐慌は(中央銀行や議員(政治家)、二人の大統領による)稚拙な政策(政策の失敗)――とりわけ、金融政策面での不手際と名目賃金に対する規制――の結果として引き起こされたのだ、と。サムナーが明らかにしていることはそれだけではない。マクロ経済学の分野の思想は長年にわたって間違ったストーリーの虜となっており、その間違ったストーリーは今もなお政策当局者を「磐石で持続可能な経済成長の追求」という空想に固執させる役割を果たしているというのだ。

『ミダス・パラドックス』は画期的な一冊である。本書では経済史家たちを長年悩ませてきた謎が解決されているだけではなく、「マクロ経済に動揺をもたらす原因は何か?」「マクロ経済の動揺はいかなる帰結をもたらすか?」「マクロ経済の動揺を鎮めるにはどうすればいいか?」といった疑問に関する誤解が正されてもいる。ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)とアンナ・シュワルツ(Anna J. Schwartz)の『A Monetary History of the United States, 1867-1960』(「合衆国貨幣史」)と同様に、『ミダス・パラドックス』は大恐慌研究の将来の方向性を形作る稀な一冊となるに違いない。

『ミダス・パラドックス』について個人的に特にお気に入りな点を挙げると――そうなのだ。もう最後まで読み終わったのだ――、金融市場のデータに大恐慌当時のニュース記事から得られる情報を組み合わせるという目新しい手法を使って大恐慌に関する物語が新たな角度から語り直されているところだ。このやり方はマクロ経済や金融市場、貨幣を巡る動向を分析する上でマーケット・マネタリストの面々がお得意とする手法そのものだ。

金融市場が発する(資産価格の動向をはじめとした)シグナルを調べればマクロ経済に動揺をもたらしているショックが貨幣的なショックなのかそれとも実物的なショックなのかを区別することが可能となるし、金融市場が発するシグナルにメディアの報道を通じて得られる情報を組み合わせればショックの根底にあるそもそもの原因が何なのかを突き止めることも可能となる。マーケット・マネタリストに特有のこの手法は貨幣的なショックを分析するためにローマー夫妻(クリスティーナ・ローマーとデビッド・ローマー)が考案した手法(pdf)を新たな次元に引き上げるものだという見方もできるだろう。サムナーはその手法を『ミダス・パラドックス』の中で巧みに実演してみせてくれているのだ。

本ブログの読者の皆さんにもスコット・サムナーの『ミダス・パラドックス』を是非とも手に入れていただきたいものだ。

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●Tyler Cowen, “*The Midas Paradox*”(Marginal Revolution, November 24, 2015)


スコット・サムナーの大恐慌研究の成果をまとめた『ミダス・パラドックス』の出版が近付いている。副題は「金融市場、政策ショック、大恐慌」だ。サムナー自身が本の中で概要を説明しているのでその箇所を引用しておこう。

金(ゴールド)の取引市場に真剣に向き合えば、大恐慌についてこれまで考えられていた以上にずっと多くのことを説明できるようになることを本書全体を通じて示すつもりだ。生産量に生じた変動(詳細は表1.1をご覧になられたい)の多くは金の取引市場を襲った3タイプのショック――中央銀行による金需要の変化、民間部門における金の退蔵、金の価格の変化――によって説明できる。生産量に生じた変動の残りの部分はニューディール政策に端を発する5度にわたる賃金ショックと密接なつながりがある。本書は大恐慌期に生産量の大幅な変動をもたらしたマクロショックのすべてを取りこぼすことなく詳細に分析したはじめての研究である。

この点は強調しておきたいところだが、サムナーは他の多くの経済史の研究とは比べ物にならないくらい多くの労力を割いて資産価格の反応を調べ上げている。おそらくこのことはサムナーが成し遂げた(経済学への貢献というにとどまらず)方法論(分析手法)の面での主たる革新と言えるだろう。

ニューディール政策による実質賃金の人為的な(法律による強制的な)引き上げは惨事をもたらしたと結論付けざるを得ない。サムナーは本書の中でそうも主張している――私もその主張には同意だ――。この点は大恐慌に関する大半の研究では十分に強調されているとは言えないし、多くのケインジアンはムキになって「そんなことはない!」と否定しさえするかもしれない。しかし、(ニューディール政策による実質賃金の人為的な引き上げが景気にマイナスの影響を及ぼしたことを裏付ける)証拠は歴然としているのだ。

『ミダス・パラドックス』は大変優れた一冊であり、「大恐慌の経済学」をテーマとした本の中でも最高傑作の一つである。

ジェームズ・ハミルトン 「『大恐慌の経済学』 ~大恐慌研究のスペシャリストである経済学者12人は何を語るか~」(2007年5月30日)

●James Hamilton, “Economics of the Great Depression”(Econbrowser, May 30, 2007)


イースト・キャロライナ大学の教授であるランドール・パーカー(Randall Parker)の『The Economics of the Great Depression』(「大恐慌の経済学」)が(2007年5月中に)出版されたばかりだが、光栄なことにこの本には私へのインタビューも収録されている。

本作は(パーカーが2003年に出版した)『Reflections on the Great Depression』(邦訳『大恐慌を見た経済学者11人はどう生きたか』)の続編である。前作では1929年から1939年まで続いた大恐慌(Great Depression)を直に体験した著名な経済学者たちへのインタビューが収められているが、本作では大恐慌から半世紀経た地点に立ってあの当時の出来事を理解しようと注力している経済学者たちへのインタビューが収められている。一例を挙げると、ベン・バーナンキ(Ben Bernanke)やロバート・ルーカス(Robert E. Lucas)、アラン・メルツァー(Allan Meltzer)といった大物たちがインタビューに応じている1

私へのインタビューのごく一部を以下に引用しておこう。 [Read more…]

  1. 訳注;他にはピーター・テミン(Peter Temin)、リー・オハニアン(Lee Ohanian)、クリスティーナ・ローマー(Christina Romer)、バリー・アイケングリーン(Barry Eichengreen)、スティーブン・チェケッティ(Stephen Cecchetti)、ジェームズ・バッキーウィッチ(James Butkiewicz)、マイケル・ボルドー(Michael Bordo)、チャールズ・カロミリス(Charles Calomiris)へのインタビューが収められている。 []

タイラー・コーエン「ペット給食の帰着はいかに?」

[Tyler Cowen, “What is the incidence of pet pantries?” Marginal Revolution, February 8, 2016]

最近の流れといえば,犬などのペットを対象とする無料給食の社会福祉プログラムだ

〔ペット対象の〕食糧配給は動物福祉組織やペット愛好家その他による活動の一環となっている.そのねらいは,飼い主がペットを放棄してしまう前に彼らを支援することで,シェルターに保護される動物たちの数を減らすことにある.ASPCA は,2010年以来これまでに全米の121組織に40万ドルを与えて,ペットたちに無料で食料を分配するフードバンクなどのプログラムを支援してきた.

[Read more…]

タイラー・コーエン「リベラルならざる改革者たち:進歩派と優生学」

[Tyler Cowen, “*Illiberal Reformers*, on Progressives and eugenics,” Marginal Revolution, January 28, 2016]

トーマス・レナードがすぐれた新著を出した.副題は,ずばり『進歩派時代における人種・優生学・アメリカ経済』だ.

もう読者は大方知っていることだと思うけど,これはかなりひどい話で,初期の進歩派たちも19世紀後半のアメリカ経済学者たちも,あきれるほどの人種差別者であり優生学の信奉者だった.しかも,そうした人種差別はかなり根深く経済学の職業的な構造に入り込んでいた.アメリカ経済学会 (AEA) にも人種差別は根付いていたし,他の学会も同様だった.
[Read more…]

アレックス・タバロック「アルゴリズムにゆだねよう:Twitterフィードについて」

[Alex Tabarrok, “Defer to the Algorith,” Marginal Revolution, February 6, 2016.]

BuzzFeed のニュース記事で,Twitter がまもなく時系列フィードをやめてアルゴリズムによるフィードに切り替えると予想している.アルゴリズム型フィードでは,ツイートにランクをつけて個別ユーザーの好みそうなツイートを優先して表示する.当然の成り行きで,Twitter はこれでもうツイッターはおしまいだ」という怒りの声であふれかえった

ぼくもマーク・アンドレセン風味のスタイルでじぶんの考えをツイートしておいた:

ツイート:「自動運転車は最高だし人命を救うよね! ツイッターアルゴリズムは Twitter を台無しにして最悪だけど!」

[Read more…]

ラルス・クリステンセン 「アイケングリーンが欧州の政策当局者に推薦する図書リスト」(2012年8月14日)

●Lars Christensen, “Eichengreen’s reading list to European policy makers”(The Market Monetarist, August 14, 2012)


バリー・アイケングリーン(Barry Eichengreen)がProject Syndicateに記事を寄稿しているが、夏季休暇に入るヨーロッパの政策当局者に向けて休みの間に読むべき推薦図書が紹介されている。その一部を引用しておこう。

推薦図書リストの最上位に来るのはミルトン・フリードマン(Milton Friedman)とアンナ・シュワルツ(Anna Schwartz)の二人の手になる『A Monetary History of the United States』(「合衆国貨幣史」)である。この本ではアメリカの貨幣史をテーマにワクワクするような物語が綴られているが、その中でも核心部と言えるのは大恐慌(Great Depression)を対象とした章である1。この章では加速する危機に対するFRBの不適切な対応ぶりが告発されている。

相次ぐ銀行倒産の波――1930年後半に最初の波が到来し、1931年と1933年に次の波が押し寄せた――を横目で見て手をこまねいているFRB。FRBは傍観の姿勢を貫くのではなく迅速な対応に出るべきだったのだ。フリードマンとシュワルツはそう批判したと一般的には理解されている。しかしながら、フリードマンとシュワルツの議論を注意深く跡付けてみると、FRBに対する彼らの最も厳しい批判は別のところに向けられていることがわかる。FRBの面々は1930年の上半期に債券購入プログラムの導入に向けて足並みを揃えるべきだった。そうすることを通じて銀行倒産を事前に防ぐべきだったのだ。FRBの不手際の中でも何にも増して厳しく糾弾すべきはこの点にあるというのがフリードマンとシュワルツの見立てなのだ。

ECB(欧州中央銀行)の政策理事会の面々がこのメッセージを心にとどめておきさえすればそれをうまく役立てることも可能なはずである。ECBは(2012年の)8月2日に状況次第では積極的な行動に踏み切る用意がある旨を明らかにした2が、今のところはこれといって具体的な行動を何も起こしていない。フリードマンとシュワルツの『合衆国貨幣史』に目を通せばECBの面々も気付くことだろう。一旦危機に陥った後にそこから抜け出すことに尽力するよりは危機に陥らないように先手を打つ(危機の回避に向けて力を尽くす)方が得策だということを。

その通り。まったくその通りだ。ヨーロッパの政策当局者たちが『合衆国貨幣史』に目を通してその内容をきちんとかみ締めていたら現在のような危機には陥らずに済んでいたことだろう。

アイケングリーンの推薦図書リストには他にも何冊か掲げられている3が、私には極めて重要に思える本が抜けているようだ。その本というのはアイケングリーン自身の手になる『Golden Fetters』(「金の足枷」)である。大恐慌の国際金融的な側面を理解したければこの本を読むべきだ。そしてそのことを理解できれば現在の危機の背後にある国際金融的な要因についてもより深く理解できるようになるだろう。『金の足枷』の中に出てくる「金本位制」という言葉を「ドル本位制」に読み替えれば現下の危機が長引いている理由について深く理解できるようになるのだ。大恐慌が引き起こされた原因はヨーロッパで金(ゴールド)に対する超過需要が発生したことにあった4。その一方で、現在の危機の背後にはドルに対する超過需要が控えている。ヨーロッパの政策当局者たちは『金の足枷』の中でも自分たちの前任者が1931年~32年の間に犯した過ちに関する記述を特に念入りに咀嚼すべきだろう。

いつの日か『Green Fetters』(「ドルの足枷」5)というタイトルの本を書いてみたいというのが私の野望だ。質の面では『Golden Fetters』には決して太刀打ちできないだろうが、主題に関しては瓜二つということになるだろう。欠陥を抱えた通貨レジームに異常なまでに固執し、その結果として世界経済に悲惨な帰結がもたらされる6。そういう筋立てだ。世の政策当局者たちにはこう訴えたいものだ。ほんの少しでいいから歴史に学んでくれ、と。

アイケングリーンの記事を教えてくれたDavid Altenhofenに感謝する。

(追記)こちらの記事でアイケングリーンがECBとFRBの傍観者ぶりに批判を加えている。ドイツ語の記事だが、興味のある向きはあわせて参照されたい。

<関連エントリー>

Between the money supply and velocity - the euro zone vs the US
International monetary disorder - how policy mistakes turned the crisis into a global crisis
1931-33 - we should learn something from history
Recommend reading for aspiring Market Monetarists

  1. 訳注;『合衆国貨幣史』の邦訳は残念ながらまだ無いが、大恐慌を扱った章(第7章)に関してはそこだけを抜き出して訳されている。次の本がそれである。 ●ミルトン・フリードマン、アンナ・シュウォーツ(著)/久保 恵美子(訳)『大収縮 1929-1933』(日経BP社、2009年) []
  2. 訳注;国債買取プログラム(Outright Monetary Transactions; OMT)の実施に向けた発表のことを指している。財政破綻の懸念がある国(イタリアやスペインなど)の国債利回りを低く抑えることがOMTの主たる狙い。 []
  3. 訳注;他にはチャールズ・キンドルバーガー(Charles Kindleberger)の『The World in Depression, 1929-1939』(邦訳『大不況下の世界――1929-1939』)にロン・チャーナウ(Ron Chernow)の『Alexander Hamilton』(邦訳『アレグザンダー・ハミルトン伝』)、そしてバーバラ・タックマン(Barbara Tuchman)の『The Guns of August』(邦訳『八月の砲声』)が挙げられている。キンドルバーガーの『大不況下の世界――1929-1939』を薦める理由としては次のように語られている。「危機を回避する上では――(危機を回避することができなかった場合には)一旦陥ってしまった危機からうまく抜け出す上では――リーダーシップが必要だというのがキンドルバーガーの主張のポイントである。もっと具体的に言うと、経済的な余力があり(経済大国であり)、その余力を行使する意志を備えた国家によるリーダーシップが必要だというのである。・・・(中略)・・・現在のヨーロッパでその役目を担い得る能力を持っているのは・・・ドイツだけである。・・・(中略)・・・ドイツがこの種のリーダーシップを発揮すれば(ユーロ圏内の)その他の国々も速やかにそれに従うだろうし、そうなればヨーロッパを悩ませている危機も終息に向かって大きく前進することだろう」(キンドルバーガーのこの本に対するアイケングリーンの見解についてはデロングと二人で執筆している次の論説もあわせて参照されたい。 ●ブラッド・デロング&バリー・アイケングリーン 「チャールズ・キンドルバーガーへの新しい序文:『大不況下の世界 1929-1939』」(RIETI, 世界の視点から;原文はこちら))。チャーナウの『アレグザンダー・ハミルトン伝』を薦める理由としては次のように語られている。「(初代大統領であるジョージ・ワシントンの下で財務長官を務めた)ハミルトンは戦費を調達するために各州政府が負った債務の返済責任を連邦政府がすべて引き受けるべきだと語った。・・・(中略)・・・我々が抱えている問題は当時のアメリカが抱えていた問題よりもずっと厄介だとヨーロッパの政府高官たちは語ることだろう。ヨーロッパには連邦政府のようなものは存在しないし、そういう存在を拵えようとの意欲も感じられないのは確かだ。しかしながら、ハミルトンが成し遂げた成果をつぶさに振り返ってみてわかることは、当時のアメリカでも現在のヨーロッパにおいてと引けを取らないくらい連邦主義(強い連邦政府の必要性を説く主張)に対する忌避感は強かったということである。独立戦争後のアメリカで立ち現れることになった政体が拵えられるためには明確なビジョンを持つだけではなく政治的な駆け引きにも長けた政治家たちの存在が欠かせなかったのだ」。最後にタックマンの『八月の砲声』を薦める理由としては次のように語られている。「他から切り離してそれだけを取り上げるとまっとうに思える一つひとつの決定もそれらすべてが積み重なることでヨーロッパ中を巻き込んだ第一次世界大戦という名の意図せざる結果が引き起こされることになった。タックマンはその様を巧みに描き出している。現在のヨーロッパで戦争が迫っていると予測する人間は誰もいないだろう。しかしながら、(国家間の)外交の世界で当てはまること――一つひとつの決定は一見するとまっとうに思えてもゲーム(交渉)の大詰めの部分に誰も注意を払わないようだと最終的に大激震に見舞われる可能性があるということ――は国際金融の世界でも同様に当てはまるのだ。現在のヨーロッパは金融版サラエボ事件が勃発する間近のところに危ういほど近付いているのだ」。 []
  4. 訳注;この点については本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●ジェームズ・ハミルトン 「1931年のヨーロッパで何が起こったのか?」(2014年4月17日) []
  5. 訳注;”Green”というのは「ドル紙幣」を指している。南北戦争時に発行された裏面が緑色の紙幣にちなんでドル紙幣のことを「グリーンバック」と呼ぶこともある(現在は両面ともに緑色のインクを使って印刷されている)。 []
  6. 訳注;この点については本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●アイケングリーン&テミン 「『金の足かせ』と『紙の足かせ』」(2014年9月24日) []