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Archives for 3月 2017

マーク・ソーマ 「アロー、エッジワース、フォーセット」(2017年2月26日)

●Mark Thoma, “Arrow, Edgeworth, and Millicent Garrett Fawcett”(Economist’s View, February 26, 2017)


ラジブ・セティ(Rajiv Sethi)のブログより。

Arrow, Edgeworth, and Millicent Garrett Fawcett” by Rajiv Sethi:

先日亡くなったケネス・アローについてはもう既にあれこれと語り尽くされていてこれ以上何か言えそうなことも特にこれといって見つからないのだが、個人的な思い出であれば一つくらいは付け加えられそうだ。

過去に1度だけだがアローに会ったことがある。2008年4月にスタンフォード大学で開催されたカンファレンスに参加したのだが、そのカンファレンスのオーガナイザー(まとめ役)を務めていたのがアローとマシュー・ジャクソンだった。研究発表者の周囲を取り囲むように並べられたいくつものテーブル。聴衆はテーブルを挟んだ向こう側に腰を下ろしていたが、アローだけはテーブルの内側のスペースに入り込んで発表者の目の前に陣取っていた。当時のアローは86歳。

一番最初の発表者が私だった。異なる集団間での格差をテーマとする研究(サミュエル・ボウルズとグレン・ルーリーとの共同研究)の概要について発表したのだが、話し始めてから数分経ったところでアローが口を挟んできた。と言っても、決して強引にというわけではない。モデルの情報構造について詳しく知りたいとの質問だった。発表が終わって休憩時間に入ると、私のもとにアローがやってきて次のように尋ねられた。「ミリセント・フォーセット(Millicent Garrett Fawcett)の論文を読んだことがありますか?」。1892年のエコノミック・ジャーナル誌に掲載された論文だという。タイプミスじゃない。アローは確かに1892年と言ったのだ。「読んだことありません」。そう正直に告白したものだ。

その時にアローが語ってくれたのだが、フランシス・エッジワース(Francis Edgeworth)が1922年の(エコノミック・ジャーナル誌に掲載された)会長講演でフォーセットの一連の研究を詳しく取り上げているという。エッジワースのその講演は多くの人に広く知られているものの、その中で言及されているフォーセットの研究に自分で直接あたった人はほとんどいないという。

その後自分でも確かめてみたのだが、アローの言う通りだった。エッジワースは講演の中で何度も「フォーセット女史」と口にしており、フォーセットの論文を3本ほど引用している。エッジワースの講演は“Equal Pay to Men and Women for Equal Work”(「性別の枠を越えた『同一労働同一賃金』」)と題されているが、その中で引用されているフォーセットの論文の一つが1918年に公刊された“Equal Pay for Equal Work”(「同一労働同一賃金」)である。フォーセットの件の論文の冒頭は以下のようになっている。

Fawcett 1918

(「ジョン・ジョーンズ氏は軍服を製作する仕事に就いており、勤め先の洋服店から高給を支払われていた。ジョーンズ氏は病気に罹ってしまったが、勤め先の許可を得て自宅で服作りを続けることになった。ジョーンズ氏は自分の妻にも仕事のやり方を教えたが、ジョーンズ氏の体調が悪化するのに伴って彼の妻が助太刀する機会が増え、しばらくするとジョーンズ氏の妻が仕事をすべて引き受けることになった。しかしながら、ジョーンズ氏が生きている間は妻が製作した服もすべてジョーンズ氏製作という名目で勤め先に渡し、それまでと同額の給与が支払われ続けたのであった。

ジョン・ジョーンズ氏が亡くなり遺体が埋葬されたことが知られるようになると、『この服はジョーンズ氏が作りました』という話は最早通じなくなり、ジョーンズ氏の妻は『この服を作ったのは私です』と認めねばならなくなった。それ以降、自宅で作った服と引き替えに洋服店から支払われる給与はそれまでの3分の2に減額されることになったのであった。」)

少し調べてみてわかったのだが、フォーセット女史はエッジワースやアローにもまったく引けを取らない切れ者のようだ。さらには、経済学の分野での貢献は彼女の全業績のほんの一部でしかないのだ。アローとしては気の合う仲間を見つけたと感じていたに違いない。

マーク・ソーマ 「ケネス・アロー(1921-2017)」(2017年3月2日)/アレックス・タバロック「伯父としてのケネス・アロー ~サマーズが語るアローの思い出~」(2017年2月24日)

●Mark Thoma, “Kenneth Arrow, 1921-2017”(Economist’s View, March 02, 2017)


デブラージ・レイ(Debraj Ray)のブログより。

Kenneth Arrow, 1921-2017” by Debraj Ray:

ケネス・アロー(Kenneth Arrow)が2017年2月21日に亡くなった。享年95歳。アローは20世紀を代表する三大経済学者(三傑)の一人(残りの二人はポール・サミュエルソンとジョン・ヒックス)と目されている人物であり、私のかねてからのお気に入りの経済学者でもある。

ディパク・バナジー(Dipak Banerjee)(pdf)――私の恩師――が私にアローを紹介してくれたのは1974年のことだ。(私の母親が崇め奉っているヒンドゥー教の女神サラスヴァティー)さながらに)私の目の前に現れたアローは黄色い表紙の小さなペーパーバックの姿を借りていた。その小さな本の名は『Social Choice and Individual Values』(邦訳『社会的選択と個人的評価』)。大学通りにあるダスグプタ書店で購入し、今でも手元に持っている。当時私は大学1年生。小さな本ではあったが、その中を開くと深遠な論理的な思考がぎっしりと詰まっていた。それだけではない。ページを繰っていくとその先にはこれまでに見たことがない風景が広がっていた。政治経済学の分野における「抽象的な問い」が切れ味鋭い理論的な道具立てに読み替えられていたのだ。

その「抽象的な問い」とは一体何か? 簡単に言うとこういうことだ。みんなの意見を集計して集団としての意思決定を下す方法として「多数決」があるが、多数決にはいわゆる「コンドルセのパラドックス」(投票のパラドックス)として知られている有名な問題が付き纏っている。(複数の選択肢に対する)一人ひとりの選好(好み)は理に適ったものであったとしても「多数決」を通じてみんなの意見を集計する結果として得られる(複数の選択肢に対する)社会的な選好(集団としての選好順序)に時として循環が生じる可能性があるのだ。このことから次のような問いが浮かび上がってくることになる。一人ひとりの選好を矛盾のないかたちで集約し得る方法というのは果たして存在するのだろうか? 少し考えてみてもらえば気付くと思うが、一人ひとりの選好を集約する方法には我々がよく知っている多数決以外にも無数の候補がある。さてさてだ。先の問いに答えを出すのはおろか、先の問いを(理論的に取り扱えるようなかたちに)定式化するには一体全体どうすればいいんだろうか? アローが閃いた定式化――投票に参加する一人ひとりの選好を集約して集団としての選好(社会的な選好)を導き出す集計方法(社会厚生関数)にいくつかの公理(条件)を課す――はまさしく天才的なものだった。見た目が美しいというばかりではない。結論(答え)も得られるのだ。その結論とはこうだ。ごく限られた数の条件をすべて満たしつつ、一人ひとりの選好を集約して申し分のない(集団としての選好順序に循環が生じないような)社会的な選好を導き出せるような集計方法は存在しない。

以上の引用は冒頭のほんの一部でしかない。内容盛り沢山の続きも是非ともご覧になられたい。

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●Alex Tabarrok, “Summers on Arrow”(Marginal Revolution, February 24, 2017)


ローレンス・サマーズがケネス・アローとの思い出を回想しているが、その中で学者人生の一面を見事に捉えたエピソードが紹介されている。私も似たような経験がある。父親が機械工学を専門とする学者だったのだが、自宅に教え子を呼ぶことがあった。その時の父親の振る舞い(教え子たちと会話を弾ませている姿)を見ていて似たような感想を持ったことがあるのだ。

ノーベル経済学賞受賞者であり私の母方の伯父でもあるケネス・アローが今週95歳で亡くなった。アローは優れた人柄の持ち主であり、私(だけではなくその他大勢)にとってのヒーローだった。アローほど充実した学者人生を過ごした人物は他には見当たらない。

アローがノーベル賞を受賞したのは1972年のことだが、その時のことはまるで昨日のことのように覚えている。ポール・サミュエルソン――同じくノーベル経済学賞受賞者であり、同じく私の伯父でもある――がアローのノーベル賞受賞を祝うパーティーを催したのだが、その当時(MITの)大学2年生だった私もその場に招待されたのだ。若干オタクっぽい雰囲気に包まれてはいたが、お祭り気分に満たされた一夜だった。

夜も更けていく中、部屋の隅のところで数理経済学の定理の数々をテーマに立ち話を延々と続けるサミュエルソンとアローの二人。招待客たちは一人また一人と帰っていく。サミュエルソンの妻は「話はまだ終わらないのか」とじれったそうにしているように見えた。アローの妻(であり、私の叔母でもあるセルマ)はコートを羽織ってボタンも留め終わり、出口に向けて歩き出していた。そんなことはお構いなしに「最大値原理がどうこう、ポントリャーギン(ロシアの数学者)がどうこう」と切り出すアロー。イギリスの数理経済学者であり哲学者でもあるフランク・ラムゼイの話で迎え撃つサミュエルソン。二人の会話が終わらないことには私は帰れなかった。そのため私は二人の会話をじっくりと観察していたのだ。とは言え、(当時の私には)会話の内容は一切理解できなかったのだが。

二人の会話の様子を眺めていて吸収できたこともある。目の前にいるのはノーベル賞を受賞した二人の人物。疲れ果てた他の招待客たちが次々と家路を急ぐ中、好物の話題をネタに延々と語り続ける二人。その夜、私は二人の伯父から学んだのだ。アイデアに対する情熱を。学者という職業の重要性と刺激(スリル)を。

タイラー・コーエン 「コウルズ委員会に集いし傑物の面々 ~クープマンスからマーコウィッツまで~」(2008年5月4日)

●Tyler Cowen, “What do I think of the Cowles Commission?”(Marginal Revolution, May 4, 2008)


つい先ほど投稿したエントリー〔拙訳はこちら〕のコメント欄でAngry at the Marginから次のような質問を頂戴した。

「コウルズ委員会流の経済学」と貴殿もその流れを汲む「ジョージ・メイソン流の経済学」とは正反対の方向を志向しているように思えるのですが、それだからこそ最後の引用箇所で名前が挙がっている面々について貴殿がどう評価なさっているのか興味があります。誰もが主流派として成功を収めた人物ですが、そのことからさらに一歩踏み込んでどう評価されているのかお聞かせ願いたいところです。

それでは早速一人ずつ順に取り上げていくとしよう。

1. チャリング・クープマンス(Tjalling Koopmans):オペレーションズ・リサーチ(OR)の父」であり、ノーベル経済学賞を受賞して当然の人物だ(仮に「ノーベル数学賞」があったとすればクープマンスには経済学賞よりは数学賞の方が合っているかもしれない)。クープマンスは今もなお交通経済学(交通管理学)の中核に位置する最適経路選択に関する業績も残しており、さらには量子化学の礎の一部を築いた人物でもある。クープマンスは私の内部に息づく「オーストリアン(オーストリア学派)の心」には訴えかけてはこないが、畏怖すべき知識人の一人であることは間違いない。第二次世界大戦でのアメリカの勝利に力を貸してくれた人物でもある。偉大なるチャリング・クープマンスに敬礼!

2. ケネス・アロー(Kenneth J. Arrow):アローの名声は今ではサミュエルソンのそれを遥かに凌駕するに至っている。さらには、サミュエルソンに比べると哲学的な面も強い。さて、何から取り上げたらいいだろうか? アローはどの解説者よりも「アローの不可能性定理」を深く理解しており、さらには「医療経済学の父」でもある。これだけでも偉大すぎるほどだが、それでも彼がこれまでに成し遂げた貢献の10分の1くらいにしかならないだろう。アローと親交のある人々が揃って口にするところによると、彼ほどの博識家は見たことがないとのことだ。

3. ジェラール・ドブリュー(Gerard Debreu):「一般均衡理論の父」であり、(かつてドブリュー自身がインタビューで語っていたように)「『時間』の哲学者」という意味でマルセル・プルーストの正統なる後継者でもある。ドブリューは経済学の世界に公理主義(できるだけ少ない公理から一連の結論を演繹しようと志す立場)のアプローチを持ち込んだわけだが、そのようなアプローチの真味は二流の模倣者の手によるよりも一流のスターの手によってこそ存分に発揮される。言うまでもないだろうが、ドブリューは正真正銘のスターだ。ドブリューは「経済SF(サイエンス・フィクション)の父」とも言えるのではないかというのが私の考えだ(否定(侮蔑)的な意味でそう形容しているわけではない)。

4. ジェームズ・トービン(James Tobin):トービンは最も奥の深いケインジアンの一人。そう悟ったのは15年くらい前のことだ。トービンは(計量経済学のツールの一つである)トービット・モデル(Tobit model)の考案者でもあり、現代ポートフォリオ理論(MPT)の礎を築いた人物でもある。トービンと私はお互いに住んでいる知的世界は異なるが、それはさておきトービンはノーベル賞を何度も受賞してもおかしくないだけの業績を残している学者であることは間違いない。

5. フランコ・モジリアーニ(Franco Modigliani)
:モジリアーニもノーベル賞を何度も受賞してもおかしくないだけの業績を残している学者の一人だ。「モジリアーニ=ミラー定理」(この定理からは企業が保有する資産を(企業価値には一切の影響を与えることなしに)好きなように細かく切り分けられる可能性が示唆されることになる)で受賞、「(消費の)ライフサイクル仮説」でまた受賞といったようにだ。流動性選好に関する1944年の論文でもさらに受賞。そう言ってもいいかもしれない。「流動性選好」という概念だけでは例外的なケース(流動性選好(貨幣需要)の利子弾力性が無限大になるケース)を除けばケインジアン流のモデルを導き出すには十分ではない。モジリアーニの1944年の論文ではそのような可能性が示唆されているわけだが、残念ながらこの論文は現代版「流動性の罠」を提唱する論者たちには無視されたままのようだ。

6. ハーバート・サイモン(Herbert Simon):「限定合理性」のアイデアや行動経済学が経済学界を席巻したのはつい最近がはじめてというわけではない。サイモンがその前例を作っているのだ。人間の計算能力や神経学、人工知能といった方面におけるサイモンの洞察は効果的なかたちではまだ主流派の内部に取り込まれてはいない。というわけで、サイモンの影響力が強まるのはこれからだと言えそうだ。

7. ローレンス・クライン(Lawrence Klein):クライン流のマクロ計量経済モデルのファン(支持者)かと問われると「イエス(ファンです)」とは言えない。クラインの業績にじっくりと向き合ったことがないことは認めておかねばならないだろう。

8. トリグヴェ・ホーヴェルモ(Trygve Haavelmo):ホーヴェルモは計量経済学の分野における識別問題の解決に取り組んだパイオニア(草分け)の一人だ。彼がいなければスティーヴン・レヴィットも「ヤバい経済学」も存在し得なかった可能性があるわけだ。ホーヴェルモがノーベル賞を受賞したのはスカンジナビア(ノルウェー)出身だからというわけではないのだ1

9. ハリー・マーコウィッツ(Harry Markowitz):「現代ポートフォリオ理論の父」。これだけでもう十分だろう。

アメージング! そう思わないだろうか? とは言え、不満な面もある。全体的な印象として理論偏重であり知識の広さや現実世界の出来事(経験)が軽視されているように感じるのだ。だからといって誰もが尊敬すべき人物であることに変わりはない。上のリストの中で私が最も影響を受けた人物といえば断然アローとサイモンの二人だ。ついでながら言っておくと、「ジョージ・メイソン流の経済学」も時にはいつもとは違う道に足を踏み入れることもあるのだ。ただし、上のリストに話を限ると、サイモンを除く面々は主流派の経済学者によって既に「掘り尽くされて」しまっている面がある。そのことを踏まえると、みんなして「コウルズ委員会流の経済学」の後を追う必要はないように思えるのだ。

  1. 訳注;受賞者を選考するスウェーデン王立科学アカデミーが身内びいき(同郷のよしみ)でホーヴェルモを選んだわけではない(ホーヴェルモはノーベル賞を受賞して当然なだけの業績を残している)、という意味。 []

タイラー・コーエン 「コウルズ財団の経済学モノグラフシリーズ」(2008年5月4日)

●Tyler Cowen, “The Cowles Foundation Monographs in Economics”(Marginal Revolution, May 4, 2008)


コウルズ財団から発行されている経済学モノグラフシリーズの収録作品がこちらからすべて無料でダウンロード可能だ(Division of LaborブログおよびMichael Greinecker経由で知る)。このシリーズの中で一番有名な著書はケネス・アロー(Kenneth Arrow)の『Social Choice and Individual Values』(邦訳『社会的選択と個人的評価』)だろうが、その他にも数多くの古典が名を連ねている。(シリーズに収録されている著書の)全部が全部一般読者にもお薦めできるわけではないとしてもその「当たり率」の高さには驚かされるばかりだ。コウルズ財団(ないしはコウルズ委員会)の概要についてはウィキペディア〔日本語版ウィキペディアはこちら〕を参照されたい(ところで、”Cowles”の発音は”coals”(石炭の複数形)と同じらしい)が、もっと詳しい背景説明が欲しいという場合は(HETウェブサイト内における)こちらのページ〔山形浩生氏による翻訳はこちら〕をご覧になられるといいだろう(名立たる経済学者の面々を撮影した写真へのリンクも貼られている)。コウルズ財団の公式のホームページはこちらだが、既に有益な情報源を紹介してしまったので屋上屋を架す感があることは否めない。HETウェブサイト内(のつい先ほど紹介したページ)の次の文章はコウルズ財団の手っ取り早い説明としていいかもしれない。

コウルズ委員会と関わりのある人物の中にはコウルズ委員会在籍中に手掛けた研究が評価されてノーベル経済学賞を授与された学者が数多くいる。具体的にその名前を挙げると、チャリング・クープマンスケネス・アロージェラール・ドブリュージェームズ・トービンフランコ・モジリアーニハーバート・サイモンローレンス・クライントリグヴェ・ホーヴェルモ、そしてハリー・マーコウィッツである。

タイラー・コーエン 「過去50年間における経済学上の一番のブレイクスルー(画期的な成果)は何?」(2004年9月14日)/「半世紀前(1958年)に公刊された最も偉大な経済学の論文といえば?」(2008年6月17日)

●Tyler Cowen, “What is the biggest breakthrough in economics over the last fifty years?”(Marginal Revolution, September 14, 2004)


過去50年間における経済学上の一番のブレイクスルーは何だろうか? ノーベル経済学賞受賞者の面々の回答はこちら1をご覧になられたいが、例えばミルトン・フリードマンは「インフレーションは貨幣的な現象である」というアイデアが広く受容されるに至ったことをその候補に挙げており、バーノン・スミスはハイエクの業績に言及している。

私見を述べさせてもらうと、(過去50年間における経済学上の一番のブレイクスルーは)「インセンティブ」というアイデアの厳密にして首尾一貫した(多方面に及ぶ)応用、ということになるだろう。公共選択論「革命」しかり、プリンシパル=エージェント理論しかり、「法と経済学」(の大部分)しかり。計画経済の破綻にしてもそうだ(pdf)と個人的には主張したいところだ(計画経済が抱える問題としては「知識」の問題よりも「インセンティブ」の問題の方が重要度が高いというのが私の考えだ)。インセンティブの基本的な発想はアダム・スミスやアリストテレスにまで遡れるというのは確かだが、1950年以降のアメリカン・エコノミック・レビュー(AER)誌を順を追って試しに紐解いてみたらどれほど遠くまでやってきたか(「インセンティブ」への理解がどれほど深まりを見せているか)がわかることだろう。

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●Tyler Cowen, “Best economics paper of 1958”(Marginal Revolution, June 17, 2008)


レオナルド・モナステリオが次のように問いかけている

出版(公刊)されてから今年(2008年)で50周年を迎える(経済学の分野の)本ないしは論文の中で「これこそ真っ先に讃えるべき偉業」と呼べる業績はどれになるだろうか? (計量経済史を専門とする)私が選ぶとすればもちろんあの論文だ。そう。「クリオメトリックス(計量経済史)革命」の端緒を開いたコンラッド&メイヤー論文だ(Alfred H. Conrad and John R. Meyer, “The Economics of Slavery in the Ante Bellum South”, The Journal of Political Economy, Vol. 66, No. 2 (Apr., 1958), pp. 95-130)。ライバルとなり得る候補は何かあるだろうか?

ライバルの筆頭として挙げるべきは「資本構成の無関連命題」(いわゆる「モジリアーニ=ミラー定理」)を提唱したモジリアーニ&ミラー論文(AER誌に掲載)とサミュエルソンの「世代重複モデル」論文(JPE誌に掲載)だろう。個人的に順位をつけると、一位はモジリアーニ&ミラー論文、そして二位にコンラッド&メイヤー論文といきたいところだ。他に何か見逃していないだろうか? トーマス・シェリングのゲーム理論に関する有名な論文も公刊されたのは1958年だったような気もするが、どうだったろうか?

戦後のアメリカ経済学が成し遂げた功績はあっぱれと言うしかない。第二次世界大戦を前にして多くの思想家たち(フリードマン、サミュエルソン、シェリング等々)は実社会での経験を積みながら世の大問題(big problems)と取り組むことが求められた。それと同時に、定量的なものの見方が勢いを強め、テクニカルな分析手法の開発が進められることになった。かといって「狭く深く」への道まっしぐらだったというわけではなく、知識の広さもある程度は尊重されていたのだ。

  1. 訳注;リンク切れ []

サミュエル・ボウルス『道徳情操と利害感情:経済的誘引は社会目的へと導くのか、壊すのか』(2016年5月26日)

Samuel Bowles, “Moral sentiments and material interests: When economic incentives crowd in social preferences,” 26 May 2016, VoxEu.

 

社会的な目標を達成するための経済的誘引――例えば公共財への寄付に対する経済的な助成――、それによってかえって高潔さや道徳に基づく動機が押し出されてしまう。こういった事例は多く見られる。この押し出し効果は「クラウド・アウト」と呼ばれる。では逆に、文明人としての美徳を促すように政策を作る、つまり「クラウド・イン」させることは可能なのだろうか。この記事では古代アテネを例に取り、近代の制度設計と公共政策に役立つ方策を探る。

 

リチャード・ティトマス(Richard Titmuss)の名著「The Gift Relationship: From Human Blood to Social Policy 」(Titmuss 1971)の要点を挙げると、高度な社会目標を達成するために経済的誘引を用いることは逆効果になりかねない、となる。彼によれば、罰金、補助金といった誘引は人に「取引感覚」を植え付け、それまでの行動規範となっていた文化的市民としての高潔さを損なうことになりかねない。

ケネス・アロー(Kenneth Arrow)とロバート・ソロー(Robert Solow)の両者が論評を寄せていることからも、この本がいかに関心を持たれていたかがうかがえる(Solow 1971, Arrow 1972)。とは言え、アローからすればそれは「実際には経験則」に過ぎず、納得できるものではなかった。しかし現在では誘引の有効性の研究はティトマスからはるかに進んでいる。

よく引き合いに出される例として、ハイファの保育所の話がある(Gneezy and Rustichini 2000)。そこでは子供の引き取りに遅れた親に罰金を課したところ、親の遅刻は倍になった。12週間後に罰金は廃止されたが、増えた遅刻は元には戻らなかった。

これは通常、「押し出し効果/クラウド・アウト」によって説明される。かつては子供の引取りに遅れ保育所に迷惑をかけるのは後ろめたい行為だった。それが罰金によって、お金で買うことのできることとなってしまったのだ。

経済的誘引政策に否定的な人にとっては、これはその象徴的な出来事となっている。しかもこれは例外ではない。過去20年間の経済学研究で研究所内及び実地において見られた、経済的誘引が押し出し効果を引き起こした例は40以上を数える(Bowles 2016, Bowles and Polania-Reyes 2012)。これをふまえるなら、経済的誘引への反対は十分理にかなっている。

押し出し効果を示す別の事例を挙げよう。ノルウェイでは入院期間に基準を設け、それを超えた場合、病院の経営者に課金をした。その結果は意図に反し、入院期間が延びることとなった。一方でイングランドでは別の方法による成功例がある。金銭的な誘引を使う代わりに病院経営者のプライドに訴えかけ、入院期間を大幅に減らすことに成功した(Holmas et al. 2010, Besley et al. 2009)。

ここで立ち返って考えてみたい。多くの場面で押し出し効果が見られるからといって、誘引策をそのまますべて否定するのは適当なのだろうか。それともまだそこには余地があるのだろうか。その答を探るべく、アリストテレス期のギリシャの例を挙げよう。そこには経済学、特に制度設計に関して学べることがある。それは押し出し効果とは反対に、社会規範への「押入れ効果/クラウド・イン」を可能とする施策だ。

紀元前325年、アテネの市民集会はギリシャのはるか西、アドリア海に植民地と海軍基地を設けるという壮大な事業の承認を行った(Christ 1990, Ober 2008)。この事業には膨大な数の人員と289隻の船を要したが、当時は国家に属する人員も船もなく、入植者、舟の漕ぎ手、航海士、兵士、さらにはこの航海に適した船を民間から調達せねばならなかった(騎兵隊を組織するため、馬を乗せられる船もまた必要とされた)。船の指揮官と支度人はアテネの富裕層から選任され、そして彼らは期日までにピレウス港に航海に適した船を用意せねばならなかった。

責務が不当に重いと感じた市民は対応請求をすることができた。他の、同様に裕福な市民を選び、その責務を代わりに引き受けてもらうか、私有財産を交換するかだ。責務の代行人として選んだ市民がそのどちらも拒んだときには、市民により選ばれた審査官が財産の大きさに基づき、負うべき責務の判断をした。

市民集会は「(ピレウス港に)最初に船を到着させた者には500ドラクマ、二番目の者には300ドラクマ、三番目の者には200ドラクマの冠をもって」その功績を褒め称え、また「評議会の布告人は…ダンゲリア(祭)において…冠を得た者の競争への情熱を市民に明示することを目的とし…その名を公示する」とした。当時の熟練職人の日給が1ドラクマ程度だったことを考えれば、その褒賞は相当のものだった。たとえ全責務にかかる費用はそれとは比べ物にならないほど莫大なものだったとしても。

褒賞による誘引の目的が誤解されないため、法令にはアドリア海海軍基地から得られる便益が記されていた。エトルリア海賊からの防衛に加え、「市民は未来の何時においても穀物の通商と輸送を得ることができるであろう」と。

そして、その名誉と褒賞に心を動かされない人に向けて警告が用意されていた。「法令の規定に従わぬものに対しては、執政に携わる者か独立した個人であるかにかかわらず、一万ドラクマの罰金を課す。」その代金は神聖なるアテナの下へ収容された。

アリストテレスが死んだのはアドリア海派遣の開始から三年後のことだ。彼はこう、書き記した。「議員は市民の信条に訴えかけるすべを知っている。…それこそが我々を成功へと導く」。これはアテネの市民集会が心に留めていたことを如実に示している。誘引と制約は市民としての品格を育成するために使い、決して道徳の欠如を埋め合わせるものとはしなかった。

要点をまとめる

  • 褒賞は名誉を称えるもの。収賄のように人を操作し誘導するためのものではない。
  • 市民集会は次のことを明示した。誘引は公的な目的の達成のため使われるものであり、特定の個人の利得のためではない。
  • 責務に対する異議申し立ての権利は計画に市民を参加させ、誘引から来る不公平を緩和する効果を持つ。

 

さて、アテネ市民がタイムマシンに乗ってハイファまでやって来たなら、問題にどう提言するだろう。ドアには張り紙が貼られている。

「保育所は子供の引き取りに遅れて来る親への対応として科料の導入に踏み切りました。(この決定にはイスラエル民間保育所管理局の許可も得ています。)来週の日曜日より、16:10以降に子供を迎えに来た親にはその都度10シェケル(この時点で約$3)を課すことといたします。」

それがアテネ市民の共感を得ることはないだろう。

アテネ流のやり方はこうだ。

「保護者評議会は時間通りにお子さんを迎えに来てくださる保護者の方々に感謝の意を表することといたしました。定刻までに来られる方々のおかげで、お子さんの不安を減少させ、職員が自分の家族の元へと遅れることなく戻ることを可能としております。一年間、一度も遅れることなく迎えに来られた保護者の方々には500シェケルの賞をもって、親と職員の懇親会において表彰することといたします。なお、この500シェケルは年間最優秀教師への褒賞として寄付することも可能です。」

付け加えるに、

「残念ながら、10分以上遅れられた方へは1000シェケルの科料を課すことといたします。科料の支払いもまた、懇親会で発表いたします。なお、科料は年間最優秀教師への褒賞へと充てさせていただきます。」

このアテネ流のやり方で押し出し効果を逆転させられるのだろうか。そう思われる。ここで更なる実例を見てみよう。

アイルランドで2002年から導入されたレジ袋税はハイファの保育所での罰金に似ている。両施策とも、その費用を少しだけ上げることによって行動を踏み止まらせようとしている(Rosenthal 2008)。しかしその結果は全く違った。制度の開始から二週間のうちにレジ袋の使用は94%も減ることとなった。この税の導入は前例とは違い、道義心を奮い起こさせたようだ。毛皮を身に着けることと同様、レジ袋の使用は社会道徳に反する、その考えを浸透させえた。

アイルランドとハイファ、その異なる結果から何を学ぶことができるだろう。ハイファの罰金とは違い、アイルランドのレジ袋税ではその道義的な目的をはっきりとさせた。導入の前に公衆参加型の審議を重ね、十分な広報活動をもってレジ袋の廃棄が環境を破壊する要因であることを認知させた。ハイファの罰金は「お金さえ支払えば遅れてもかまわない」と受け取られたのに対し、アイルランドで発したメッセージは「エメラルド島をごみから守れ」だった。

ジェレミー・ベンサムは『道徳及び立法の諸原理序説』(1789)において、懲罰は「道徳的教示」でなければならない、とした。レジ袋税は道徳的教示だったが、遅刻への罰金は違った。同様に、助成金や成果給付を使った誘引政策も賞金よりは賄賂となってしまう危険性を孕んでいる。それを防ぐためにはアテネ市民を範としなければならない。

利害感情と道徳情操、その両者は人の行動を左右する。そして個人的な利害と道徳感覚、それらは互いに補い合う(クラウド・イン)ことも、反発し合う(クラウド・アウト)こともある。ベンサムもアテネ市民もそのことをよく理解していた。

 

References

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Besley, T., G. Bevan and K. Burchardi (2009), “Accountability and Incentives: The Impacts of Different Regimes on Hospital Waiting Times in England and Wales“, LSE.

Bowles, S. (2016), The Moral Economy: Why Good Incentives Are No Substitute for Good Citizens, New Haven: Yale University Press.

Bowles, S. and S. Polania-Reyes (2012), “Economic Incentives and Social Preferences:  Substitutes or Complements?”, Journal of Economic Literature 50(2): 368-425.

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ジョセフ・ヒース『ナオミ・クラインについての最終論考』(2015年9月22日)

Final thoughts on Naomi Klein
Posted by Joseph Heath on September 22, 2015 | environment, politics

このブログの読者ならお気付きと思われるが、今年、ナオミ・クラインの気候変動本『これがすべてを変える 資本主義VS.気候変動』について言及したのを皮切りに、私は少なからずの時間クラインに浪費している。読者の何人かから、直接、ないしやんわりと、クラインへの妄執が過ぎることを指摘されたのである。よって少し弁明しておきたい。まずは、過去に数年にわたっての言説を総括し、幾つか提供してみる。

以下に過去の論考を並べてみた。
ナオミ・クライン:『これがすべてを変える』[本サイトでの邦訳版はココ]
ナオミ・クライン、追記1
ナオミ・クライン、追記2

次に以下は、私の『気候変動』についての過去のエントリである。
『税を税たらしめるものとは何か? 炭素税vs.炭素価格付け』
『炭素税/価格付けにおいて、2つの賢明で無い論点』
『ホッブズの難解な概念』

以上に追加して最後は、私の気候変動政策についての授業のシラバス[本サイトでの邦訳版はココ]である。(シラバスは、気候変動について感心がある人は読む価値があると思われる)。

個人的に、クラインの本についてこうも長期間にわたって言及してきた理由に、端的に近年は『気候変動問題』について考えるのに時間を割いてきたからなのだ。私が読んできた本の中には、この件についての悪書も多く含まれていた。しかしながら、クラインの本は詳細に論ずるに値する本でもある。理由の一つは、彼女が『世界の知識人』ランキングのトップ100やトップ50に定期的にリストアップされており、多くの場合はトップ10に入っていることにある。つまり、多くの人々が彼女の著作や話す内容を、とても真面目に読んでいる訳なのである。これは、クラインが、左派でいうところのノーム・チョムスキーや、右派でいうところのアイン・ランドと同じタイプの人になってしまっている事を示す理由の一端にもなっている。クラインやチョムスキーやランドは、高校生や大学の学部生からは異様に人気があるが、より高度な教育を受けた人(特に、私のような大学教授)らからは、ほとんど無視されているような人達である。しかしながら、これらの人々を無視している人で、「なぜ」彼女らの意見を真面目に相手にしないのかを、わざわざ説明する人は滅多にいない。クラインらが学者らから無視されている事で、彼女らの著作に関心している人々は、著作や思想を、もろもろの陰謀論や、政治イデオロギーの源泉にしてしまっている。もちろん、それは端的に間違えているのだ。

学部生の頃の、私の「ノーム・チョムスキーの時代」は今でも思い出すことができる。当時チョムスキーの意見が誰からも相手にされていないことにとても戸惑ったものだ。チョムスキーの主張には、他の人が同意しかねる要素がいくつも含まれている、ということには当時の私も理解していた。しかし、彼の政治的意見がここまで完全に無視されている理由は理解できなかったし、その理由を説明してくれる人も見つけられなかった。もちろん、大学院を終える事には、私もその理由を理解できるようになっていた。そして、私も「チョムスキーの政治的意見の何が間違えているのか、わざわざ説明してくれない人々」の一員となっていた。私がわざわざ説明しないのは、チョムスキーが世界に特に強大な影響力を保持していると思っていないからだ。彼の著作に影響された人がその考えを発しても、個人的にも特に困ってもいない。

アイン・ランドに関しては、チョムスキーと違って非常に有害であると考えている。事実、一般向けの自著の何箇所かで、ランドについて言及し、彼女の見解の問題点を指摘してきた。(特徴的なのは、彼女の主要な小説に通底している強固なニーチェの哲学思想だ。彼女がニーチェの哲学の影響下にある事例を挙げさせてもらうなら、『レイプ』は単に許容されているだけではなく、[既成の倫理や利他行動に縛られる俗物と、『善悪の彼岸』に達したエリート間の]両陣営を分かつ教化体験とされている事にある)。今のクラインは、[アイン・ランドのような選別思想の]同調者では明確に無いだろう。それでも、私は、クラインは世の中に対して、本質的には悪影響を与える存在であると考えている。クラインの最大の問題は、彼女の見解が「とにかく意味をなしていない」ということ尽きる。彼女はあらゆる社会問題につきまとって、それら社会問題の『バイブル』になるような本を書いて出版しようとする。それでいて、彼女の本は、社会運動家達を不毛の地に放り出してしまうことにしか成功していない。

労働組合でクラインとルイス1 の[書籍を元にしたドキュメンタリー]映画『全てをかえる物語』見た後に、私がそこで主張した事がある。クラインとルイスは催涙弾を嗅ぎ回る時間を減らして、図書館での読書時間を増やすべきだ、と。以上主張は、使い古された教訓に聞こえるかもしれない。それでもこれは重要な観点なのだ。クラインが本を書く際のやり方の大部分は、私と完全に真逆なのである。私は、『見解』が何であるかの把握に、時間と労力の90%近くを使っている。私は費やす時間のほとんどで、読書ないし、友人や大学の同僚と議論を行うことになる。そして『見解』が固まってから、『素材』の収集に残りの10%を使うことになる。そこで必要とされる『素材』、すなわち『データ』は、具体的な主張であったり、議論を具体化するための小話や逸話や、持論を補強するインタビューや報道記事となる。以上言及した私のやり方と、クラインのやり方は全く正反対となっている。彼女のやり方は、『素材』の収集に少なくとも90%の労力使った後、後付の『見解』が適当に付け加えられている。こういったクラインの仕事やり方が、私にクラインを理解することを困難にさせているのだ。

事例を挙げると、彼女の新著のサブタイトルは「資本主義VS.気候変動」である。しかし、この本から、「資本主義」や「環境と資本主義の関係性」に対するクラインの『見解』が何であるのかに説明するのは、非常に困難だ。この本について言及したこのブログの最初のエントリでは、私は慎重かつ好意的に、クラインの言わんとする事の謎解きを試み、彼女を理解しようとした。該当エントリは私なりの努力の記録となっている。容易ではなかったし、私以外の人もそうであったようだ。

クラインの愛読者に会った時、「クラインは、様々な事案についての何か具体的な『見解』を持っているのか?」と私はいつも尋ねている。良い返答を貰えたことはいまだない。愛読者達が、彼女の著作内容が間違えていることを理解している事実に遭遇することすらある。クラインが、なんらかの常識や、実用的な見解(例えば、『炭素価格付け政策』を補強するような見解)を持っているとか、逆に何の見解も持っていないかもしれないと、想定する自体が間違えているかもしれないのである。私がしばしば遭遇してきたのが、雰囲気や気分の連想的な物である。つまり[クラインを愛読する]人々は、クラインの漠然とした関心――環境問題は切迫しており、企業は悪意を持っており、資本主義はなにがしかの責務を追うべきである――を共有しているのだ。

社会変革の飽くなき支持者であるはずのナオミ・クラインが、どのような変革をもたらすべきかということの判断や説明をすることに、なぜこれ程までに僅かな知的労力しか払っていないのか、ということに私は長い間困惑してきた。社会正義の運動家になるつもりなら、社会正義とは何であるかということについてのコンセプトを明らかにすることから始めるべきだ、と私には思えたのだ。社会正義とは何であるかを他人に説明して、その理念から現在の制度の状況がいかに外れているかを示すべきだろう。しかし、ある時点で、このアプローチには私にとっては当たり前に思えても(そもそも私は理論家なのだ)、他の人にとっては当たり前ではないのだということに思い至った。特に、このやり方は、クラインによる社会問題へのアプローチとは異なっているのである。クラインの新著の一節は、私に以上の説の理解を促すことになった。以下は、新著の中ほどになるが、彼女がギリシャに旅行に出かけて、そこでの[市民の]抗議活動を描写している一節である。

イェリッソス2 では、地元住民たちが村の出入り口にバリケードを建設しました。住人を追ってきた200人を超える重武装の凶暴な警官たちは隊を組んで街の狭い通りを練り歩き、催涙弾を全方向に発射したのです。催涙弾の一つが、学校の敷地内で破裂することになりました。結果、学校で授業中の子供たちが窒息に苦しむことになったのです。(298p)

以上一節を読んだ時、校庭に催涙弾が打ち込まれたという些細な事実に、個人的には驚かされることになった。具体的に言うと、少なくとも気象変動についての本と私は見なしていたので、気候変動とまったく関係ない催涙ガスの描写に、非常に戸惑ったのだ。ギリシャにおける金・銅山の開発計画への地元の抵抗が取り上げられているわけだが、気候変動との関係は何も示されないままに話が進んでいる。(鉱山開発は、[自然ないし弱者階級からの]「搾取」だとクラインは朧げに考えており、気象危機を生成している[搾取・陰謀を行っているなんらかの存在の動機と]同質のものとして仄めかされて、提示されているのだ)。なんにせよ、クラインが、金鉱山の開発計画と気候変動を関連付けているとしても、学校内に催涙弾が打ち込まれた観察事例を持ち出すのが、奇妙な事に変わりない。そもそも、彼女の著述内容から、何が起こったのかを理解するのが困難なのである。この箇所を読む読者は、登場する警官がどんな目的を持ってこういった行為を行っているかを知りたいと思うわけである。通りを練り歩いた「重武装」の警官たちが、左右構わずに無秩序に催涙弾を発射した理由等である。クラインは、抗議者達がどこにいるのかに関して何も書いていないので、描写されている警官たちの行動がとりわけ意味不明なのだ。もしかしたら、抗議者達は[警官と]向かい合っていて、暴走した警官たちによって、学校内に催涙弾の一つが投げ込こまれることになったのだろうか? クラインが何を言わんとするかを理解するのは困難である。

しかしながら、この一節を読んだ私が最も直面させられた疑問は、クラインはこのようなルポを本に収用する必要性をなぜ見出したのだろうか、ということである。この本は566ページの大著なので、特段引き伸ばす必要はないと思われるのだ。ギリシャの学校で子供たちが催涙ガスに直面するような事故は、ギリシャ政府が自国市民への危害意図を持っていることを意味するのかもしれない。どっちにせよ、(「誰かが、どこかで、なんらかの悪意に相対している」のような抽象的レベルの見解の遥か以前に)、具体的なレベルで、この本は気候変動について本であるのに、こんな事例が描かれているの事が気にかかるのである。

クラインの見解では、(ギリシャで抗議デモに催涙ガスが使われて子供達が被害を受けたことは)気候変動と結びついているのだ。これは私の推測であるが、このようなエピソードは彼女の道徳的指向を示している。何が善くて何が悪いかということについての、彼女の感覚が示されているのだ。高潔な抗議運動家たちがファシストな警察と対決するというドラマが提供するものこそが、暴力的な抗議活動にクラインがここまで執着している理由だ(彼女にとっては、世界における善の追求と悪との戦いが、抗議運動に催涙ガスが使われることに最も具現化されている、と考えるわけである。要するに、このことは彼女にとって「明白な道徳」を示しているのだ。誰が正しい側に立っていて、誰が間違った側に立っているのかということを、彼女は疑うことなく自明視している。彼女にとって、全ての物事は自身の自明視された道徳見解に従属しているのだ。

要するに、社会正義についてのクラインの意見は、二つの自明な命題から始まっている。[体制への]抗議者は善であり、警察(または「抑圧の暴力」)は悪である、と。これが、学校の校庭に催涙ガスが着弾したという話が[気候変動と]関係があるとされている理由でもある。「警察は悪である」ということを読者が前提としていなかったり、納得していない場合に備えて、「警官は悪である」と読者に想起されるために書かれているのだ

クラインは抗議運動に参加している時に、文字通りの善と悪との戦いを目撃している訳である。そして、抗議運動は善であり警察は悪であるという命題に基づきながら、彼女はより幅広い世界観や社会正義についてのより精巧な意見を構築しようとする。その世界観や見解のかなり多くは寄せ集めにすぎない。基本的には、クラインは抗議運動家が要求していることの全てを取り上げ、繋ぎ合わせてから、なんらかの形の一貫した一つの見解や、一連の要求としてまとめあげようとする。ここで問題となるのは、言うまでもなく、抗議者達は実に様々なことについて要求しているということだ。一部の要求は理に適ったものであるし、別の要求はそうではない。全ての要求が矛盾なく共存する訳ではないし、全ての要求が『善』であることはあり得ない。だから、最終的には、クラインの見解には矛盾を避けるための大げさなごまかしが含まれることになる。そのごまかしが、私のような人々を苛立たせるのだ。

一方で、クラインの論じ方をこのように認識することで、なぜ彼女が抗議運動家たち(また、自分で時間を割いてまで抗議に行くことはないが、抗議運動家を応援している人たち)からこれ程までに支持されているのかということを理解する助けになる。まず第一に、抗議運動家たちはクラインの描く物語の中では常に英雄である。抗議運動家たちが間違いを犯すことは有り得ない。第二に、クラインは抗議運動家たちの見解を受け入れ、少しだけ知的で整った一貫した見解に編み出してくれる存在でもある。同時に、全ての抗議運動には一貫性があるのだとクラインは保証もしてくれる。全く異なった抗議者達が、全く異なった物事を求めて闘っているように見えても、それは正しい社会実現への要求において通底しており、彼らの努力は共通していることになるのだ。[愛読者から見れば]クラインは具体的なビジョンを何も語っていないように見える。しかし、なんらかのビジョンに至る大まかな目標を知っているかのようにも見える。なのでクラインの著作活動を追いかければいつか『見解』を示してくれるかもしれない…。

以上が、私のナオミ・クライン解釈学だ。私の思いつく全てであり、これで終了だ。

※訳注:訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。
※訳注:本エントリはデビット・ライス氏の部分訳を元にWARE_bluefieldがライス氏の許可の元、全訳している。
※訳注:”view”は基本的に『見解』と訳している。

  1. 訳注:アヴィ・ルイス。映像ジャーナリスト。クラインの公私におけるパートナー。 []
  2. 訳注:ギリシャ北部の都市 []

アレックス・タバロック 「バーナンキ議長が大暴露 ~紙幣なんてただの紙切れに過ぎないんです~」(2010年2月17日)/タイラー・コーエン 「『ジ・オニオン』の記事を真に受けた例 ~うそはうそであると見抜ける人でないと・・・~」(2012年9月30日)

●Alex Tabarrok, “The Dangers of Common Knowledge”(Marginal Revolution, February 17, 2010)


【ワシントン】今週に入ってアメリカ経済はその機能を完全に停止するに至った。そのきっかけはベン・バーナンキFRB議長(2010年当時)による「『貨幣』という存在の根源にまつわる」思いもよらない発言にある。貨幣なんていうのは無価値な存在であり、社会的に構築された幻想に過ぎない。バーナンキ議長の発言をきっかけにアメリカ国民はそう気付かされたのだ。

・・・(略)・・・「現段階では政策金利を引き上げる予定はありませんが、もちろん状況に応じて適切に対応するつもりです。具体的にどういう状況かといいますとですね、・・ええと、・・・」。そこまで言い及ぶとバーナンキ議長はしばらく口をつぐみ、用意してきた原稿に目を落とした。そして何もかも信じられないといった様子で頭を左右に振りつつゆっくりと語り始めた。「ご理解されていますかね? 気にする必要なんて無いんですよ。こいつ、いわゆる『お金』と呼ばれてるこいつですがね、こいつには何の重要性もないんですよ」。 

両目をクワッと大きく見開いたバーナンキ議長は自分の財布の中から紙幣を取り出し、ゆっくりと目の前に掲げた。そしてこう続けたのである。「幻想に過ぎないんですよ。こいつらを見てください。何の変哲もないただの紙切れに数字が書き込まれているだけです。何の価値もないんですよ」。

その場に居合わせた目撃者の証言によると、上院財政委員会の面々は雷に打たれたような衝撃を受け、しばらく口を開くこともできなかったそうだ。その静寂を破ったのはオリン・ハッチ上院議員(ユタ州選出の上院議員。共和党所属)の叫び声。「何てことだ! 議長の言う通りだ。何もかもが幻影なんだ。お金にしても経済にしてもすべてがまやかしなんだ」。

それから間もなくして議事堂には金切り声が響き渡ることになった。その場にいた上院議員にメディア関係者を加えた面々が一目散に出口に向けて駆け出したのだ。誰もいなくなった議事堂にはビリビリに破れた紙幣があちこちに残されていたという。

と、『ジ・オニオン』が報じている。全文はこちらだ。

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●Tyler Cowen, “Fooled by satire”(Marginal Revolution, September 30, 2012)


「バラク・オバマとマフムード・アフマディーネジャード(イラン大統領)が選挙で争ったとしたらどちらに票を投じるかを尋ねたところ、アメリカ国内の田舎に暮らす白人の大半がアフマディーネジャードに票を投じると答えた」。『ジ・オニオン』が拵(こしら)えたそのような架空の調査結果をイランの通信社が事実として報じた。

『ジ・オニオン』の偽記事を一言一句違わずにそっくりそのまま報じたのはイランの半国営通信社Farsの英語版サイト。

『ジ・オニオン』の記事ではアフマディーネジャードとなら一緒に野球の試合を見に行ってもいいと語る架空の人物(ウェストバージニア在住のデール・スウィデルスク氏)が拵えられているが、Farsの英語版サイトではその架空の人物の発言――「アフマディーネジャードは国防というものを真剣に考えています。オバマはゲイのデモ隊が国防問題に口出しするのを容認していましたが、アフマディーネジャードならそんなこと絶対に許さないでしょうからね」――もそっくりそのまま引用されている。

全文はこちらだ。

アレックス・タバロック 「ディスマル卿のパラドックス ~経済学が『陰鬱な科学』と呼ばれる由来となった人物?~」(2006年5月20日)

●Alex Tabarrok, “Dismal’s Paradox”(Marginal Revolution, May 20, 2006)


経済学が「陰鬱な科学」と呼ばれるようになったきっかけは何なんだろうか? 『ザ・デイリー・ショー』で(コメディアンの)ジョン・ホッジマンがその由来を説明している。

ジョン・スチュアート:う~ん。減税の効果についての今のご説明なんですが、どうもフェア(公平)じゃないと思うんですが。

ジョン・ホッジマン:フェアかどうかというのはここでのポイントじゃないんです。経済学が「陰鬱な科学」(ディスマル・サイエンス)と呼ばれているのはフェアネス(公平さ)を重んじる学問だからというわけじゃないんですよ。

ジョン・スチュアート:ええ、それは仰る通りだと思うんですが。

ジョン・ホッジマン:フェアな学問だからじゃないんです。絶対に違います。経済学が「陰鬱な科学」と呼ばれるようになったきっかけはユースティス・ディスマル卿にあるんです。ディスマル卿の名前にちなんでるんですね。ディスマル卿は18世紀のイギリスで活躍した経済学者なんですが、レンガの代わりに子供たちを積み重ねて煙突を作ろうと提案した人物なんです。

ジョン・スチュアート: へ~、そうなんですか。初めて知りました。

ジョン・ホッジマン:そうなんです。実に面白い提案だったんですが、致命的な欠陥を抱えていたんですね。そこらじゅうの子供たちを積み重ねて煙突を作ってみたと想像してみてください。一体誰に煙突の掃除をさせたらいいんでしょうか? ・・・ね? これが世に言う「ディスマルのパラドックス」というやつです。

経済学が「陰鬱な科学」と呼ばれるようになった「真の由来」――世間ではトマス・マルサス(による陰鬱な予言)が関係しているように思われているが、マルサスは無関係――についてはこちらを参照されたい1

  1. 訳注;この点については本サイトで訳出されている次の記事も参照のこと。 ●アレックス・タバロック 「経済学の中に潜む倫理的な判断」(2014年3月7日) []

タイラー・コーエン 「紋切型辞典」(2010年7月9日)

●Tyler Cowen, “Dictionary of Received Ideas”(Marginal Revolution, July 9, 2010)


つい最近刊行が始まったばかりの雑誌である『The Point』(第2号、2010年冬)にジャスティン・エヴァンズ(Justin Evans)が特集記事を寄稿している。そのタイトルは「紋切型辞典」(Dictionary of Received Ideas)1。アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』と少し似たところがあるが、今年に入ってこれまでに読んだ中で一番笑えた記事だ。一例を引用しておこう。

経済学:何もかも余すところなく説明する学問

経済:全く理解不能な対象

次も好きだ。

債務: i) 公的債務2 — 許しがたい過ち

民間債務3 — 経済を牽引する役割を果たすもの

ii) 公的債務 — 経済を牽引する役割を果たすもの

民間債務 — (社会的な)セーフティーネットに綻(ほころ)びが生じている結果として累積するもの

念のために注意しておくと、経済学方面の話は(エヴァンズの「紋切型辞典」の)メインの話題ではないということは付け加えておこう。大半の雑誌――とりわけ妙に芸術作品を気取っていたり衒学的だったりする雑誌――は読んでいて退屈することが多いのだが、『The Point』は半分ほど立ち読みした感じでは好感触だ。定期購読を申し込もうかと思っているところだ。

  1. 訳注;このタイトルはフローベールの同名の書からとられている。 []
  2. 訳注;政府が背負う借金 []
  3. 訳注;家計や企業といった民間の経済主体が背負う借金 []