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ノア・スミス 「ハードマネーと老人支配 ~シルバー民主主義は金融政策の方向性にどのような影響を及ぼすか?~」(2012年10月3日)

●Noah Smith, “Hard money and the gerontocracy”(Noahpinion, October 03, 2012)


ことインフレーションの話になると経済学者と世人との間には大きな隔たりがある。インフレは効率性や経済成長にどのような効果を及ぼすか?1 経済学者は概してそういう側面に注意を向ける傾向にある。「金融緩和は生産量(GDP)の拡大を後押しできるだろうか?」とかいった話だ。一方で、世間の大半の人々はそういう話には見向きもせずに、「インフレだって? 実質賃金が下がっちゃう」とかいう間違いに陥りがちだ(「インフレ」と「実質賃金の低下」とを同一視するというのは馬鹿げているが、世間の99%の人はついそういう間違いをやっちゃうようだ)。その代わり、世間の多くの人々は「インフレの再分配効果」に気を揉みがちなようだ2。インフレの再分配効果はもちろん実在するし、その効果はかなり大きい可能性を秘めているが、経済学者にはよく無視されがちでもある。

インフレで損するのって誰なんだろうか? その答えは「(純)債権者」(保有する資産(債権)残高が債務残高を上回っている純債権者)だ。株式はそれほど持ってないけど、物価連動型ではない通常の債券はたくさん保有している。加えて、賃金が毎年の収入源に占める割合が小さい。インフレで損するのは特にそういう「債権者」だ。それって具体的にはどういう層だろうか? その答えは高齢者だ。

あなたが年配の人物だとしたら「債券はたくさん持つけど株式はあまり持たない」というのは(資産運用の仕方として)賢明な選択だ。株式は債券よりもリスクが大きいし、高齢者は大きなリスクを引き受けるだけの余裕がないからだ(このあたりの事情を資産運用戦略の核に据えているのがいわゆる「ライフサイクル投資戦略(資産運用のライフサイクルモデル)」(”life-cycle investing“)だ)。(高齢者は債券をたくさん持ちがちという点に加えて)さらには、高齢者は蓄えがたくさんあって毎年の収入の多くは資産運用を通じて生み出される。賃金は収入源として大したことない。そんなわけで高齢者は予想外のインフレで損を被る傾向にある一方で、若者は概して(予想外のインフレで)得する傾向にあることになる。 [Read more…]

  1. 訳注;言い換えると、インフレは「パイ全体の大きさ」にどのような効果を及ぼすか?、ということ。 []
  2. 訳注;「インフレの再分配効果」というのは言い換えるとインフレが「パイの分け方」に及ぼす効果のことを指している。 []

タイラー・コーエン 「金融政策の政治経済学 ~円高とデフレの背後に控える世代間対立?~」(2012年7月30日)

●Tyler Cowen, “The public choice approach to monetary policy”(Marginal Revolution, July 30, 2012)/【訳者による付記】この記事は2012年7月に書かれたものです。


「金融政策の政治経済学」(金融政策に対する公共選択論的なアプローチ)はまだまだ未開拓の分野にとどまっているが、マーティン・ファクラー(Martin Fackler)が日本経済を題材にしてまだほとんど荒らされていないその分野に足を踏み入れているようだ。

円高の進行は海外からの安価な輸入品の流入を後押しすることで幅広い範囲の財やサービスの値下がり――デフレーション――に一役買っているが、デフレで得している層もいる。定年退職した高齢者層だ。彼らの年金や貯蓄の(実質的な)価値はデフレによって高まっているのだ。円高に対する政策当局の無策は新しい政治の現実を反映している。そう語る経済学者や政治家の数は少しずつ増えている。政界のリーダーたちはただでさえ優柔不断だというのに、人口のおよそ3分の1を占め投票率も高い「団塊の世代」に属する退職者(高齢者)らの気分を害さないようにとビクビクしているというのだ。

「円高とデフレを容認する政府の姿勢の根っこにあるのは世代間対立です」。早稲田大学政治経済学術院教授(当時)の原田泰氏はそう語る。「今のところは高齢者が優勢です」。

多くの経済学者が警告しているように、問題は(世代間闘争での)高齢者による勝利には高い代価が伴うということだ。円高が進行することになれば日本企業の海外移転が加速して産業の空洞化が招かれるだけではなく、デフレの加速に手を貸して20年近く続く停滞がさらに悪化しかねない。さらには自滅的な結果を招くことにもなるかもしれない。巨額の貿易黒字を生み出し、快適な生活水準を支える役目を果たしてきた業界の足場が揺らぎかねないからだ。

高齢者層が政治闘争で敗れる例って一体どのくらいあるんだろうね? ファクラーの記事を読んでいると名目値と実質値を混同していたり、短期と長期の区別が曖昧だったりと少々気になるところが散見されるが、次の一文は引用しておく価値があるだろう。

「円高で若者は苦しめられていますが、日本では世代間格差にそこまで注目が集まっていないのが現状です」。野党である「みんなの党」に所属する浅尾慶一郎衆議院議員(当時)はそう語る。

デビッド・ベックワース 「アベノミクスの経過報告」(2017年11月27日)

●David Beckworth, “Abenomics Update”(Macro Musings Blog, November 27, 2017)


「アベノミクス」――日本で継続中の金融政策の大実験――のこれまでを早足で振り返っておこう。

先月(2017年10月)行われた非常に重要な衆議院選挙で安倍晋三首相率いる自民党が勝利を収め安倍政権の続行が決まった。ということはつまり、日本銀行は2%のインフレ目標の達成に向けてこれまで同様にマネタリーベースの拡大を続けるとともに10年物国債利回りを0%程度に誘導するイールドカーブ・コントロールを継続する見込みが高いということになる。

私は当初こそアベノミクスのファンだったが、次第に少しばかり懐疑的になってきている。アベノミクスは成果を上げている最中だし、アベノミクスの継続が決まって喜ばしい。そう語る論者もいる。ノア・スミスが代表例だが、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の記者であるマイク・バード(Mike Bird)もアベノミクスのファンの一人のようだ。日本銀行の政策のおかげで日本経済の実物サイドは順調だ。アベノミクスのファンの間からはそのことを示す筋の通った議論が聞こえてくる。

その通りかもしれない。しかし、日本経済の(物価や名目GDPといった)名目サイドはどうなっているだろうか? 結局のところ大事なのは(実質GDPや雇用情勢といった)実物サイドだというのはその通りだが、中央銀行が直接影響を及ぼせるのは経済の名目サイドに限られる。中央銀行の政策が実物サイドに対して何らかの影響を及ぼすとすれば、それはあくまでも名目サイドに対する影響の副産物としてに過ぎない。それに加えて指摘しておくべきことがある。累積する公的債務の実質的な負担を和らげるためにも経済の名目サイドの急拡大(インフレ率や名目GDP成長率の上昇)は欠かせないのだ。 [Read more…]

デビッド・ベックワース 「アベノミクスのこれまでの成果やいかに? ~ハウスマン&ウィーランド論文を読む~」(2014年3月21日)

●David Beckworth, “Abenomics at the Brookings Institution”(Macro Musings Blog, March 21, 2014)


本日(2014年3月21日)行われたブルッキングス研究所主催のBrookings Panel on Economic Activityでは幅広い話題にわたって興味深い報告がなされたが、今回はその中の一つである「アベノミクス」をテーマとした論文について取り上げることにしよう。その報告を行ったのはジョシュア・ハウスマン(Joshua K. Hausman)&ヨハネス・ウィーランド(Johannes F. Wieland)の2人。彼らの論文ではアベノミクスの中でも特に日本銀行による金融政策――2%のインフレ目標の達成に対するコミットメント、無制限の資産購入、マネタリーベースを倍増させる方針――に焦点が合わせられている。アベノミクスについてはこのブログでもしばしば話題にしているが、彼らも私と同様の結論に達している。

本論文での分析結果によると、アベノミクスは2013年中にデフレを終わらせ、長期的な予想インフレ率を高める効果を持ったことが示されている。さらに、アベノミクスは実質GDP成長率を0.9~1.7%ポイント上昇させる効果を持ったとの推計結果も得られている。金融政策単独の効果については主に消費の刺激を通じて実質GDP成長率を最大で1%ポイント上昇させたとの推計結果が得られている。

彼らの見立てでは、アベノミクスが成果を上げている理由は金融政策のレジーム転換に求められるということだ。つまりは、金融政策の新たなレジームへのコミットメントを通じて長引くデフレに苛まれた過去から信頼のおけるかたちで決別したことこそがアベノミクスの好調な結果を支えている理由ということだ。彼らも他の論者と同様にアベノミクスを1933年にフランクリン・ルーズベルト大統領が先導したレジーム転換のエピソードになぞらえているが、アベノミクスはこれまでのところはルーズベルト大統領によるレジーム転換に匹敵するだけの効果をまだ発揮していないという点についても注意が向けられている。その理由としては、実質金利に対する効果の面で違いが見られる(ルーズベルト大統領によるレジーム転換の方がアベノミクスよりも実質金利を一層大きく下落させる効果を持ったと予想される)という点に加えて、日本銀行によるインフレ目標の達成に対するコミットメントがマーケットから完全には信頼されていないという点が挙げられている。そして、日本銀行の(インフレ目標の達成に対する)コミットメントが完全には信頼されていない理由としては、金融政策の過去の失敗(物価に関する目標を達成できずに終わった前例があるために2%のインフレ目標の達成に対するコミットメントが完全には信頼されない結果となっている)に加えて、人口の高齢化に基づく政治経済学的な要因(高齢の年金受給者らによるインフレの嫌悪)が挙げられている。 [Read more…]

デビッド・ベックワース 「歴史の偶然の産物としての金本位制」(2014年3月5日)

●David Beckworth, “The Gold Standard Was an Accident of History”(Macro Musings Blog, March 5, 2014)


ルイス・レアマン(Lewis E. Lehrman)著の『Money, Gold, and History』の書評をナショナル・レビュー誌に寄稿したばかりだ。本書はレアマンがこれまでにあちこちで発表してきたエッセイを一冊にまとめたものであり、「国際的な金本位制へ直ちに復帰せよ!」というのが中心的な主張となっている。レアマンは金本位制の歴史についてかなり楽天的な見方に立っており、金本位制は今でもうまく機能すると考えているようだ。確かに1870年から1914年まで続いた古典的な金本位制に話を限ると比較的うまい具合に機能していたが、通貨としての「金」(ゴールド)の歴史はレアマンが本書の中で描いているよりもずっと微妙で複雑なものだ。私の書評の中からその点を突いている箇所を引用しておくとしよう。 [Read more…]

デビッド・ベックワース 「金本位制をめぐる反実仮想」(2010年9月14日)

●David Beckworth, “A Counterfactual Quesiton”(Macro Musings Blog, September 14, 2010)


タイラー・コーエンが自身のブログダグラス・アーウィン(Douglass Irwin)の興味深い論文を紹介している。仮にアメリカやフランスが自国に大量に流入してきた金を不胎化しなかったとすれば(金の流入に伴って生じるマネタリーベースの拡大をそのまま放置していたとすれば)、正貨流出入メカニズムがその魔力を存分に発揮して世界経済は1929年~1933年の破壊的なデフレーションを避け得たに違いない。アーウィンの件の論文ではそのような反実仮想的な(counterfactual)思考実験が試みられている。似たような議論はこれまでにもなかったわけではない。特に金本位制の支持者の間から次のような主張が語られるのをしばしば耳にするものだ。曰く、金本位制それ自体に問題があったわけではない。アメリカやフランスの金融政策当局が国際金本位制の「ゲームのルール」に従わなかったことに問題があるのだ(アメリカやフランスの金融政策当局は「ゲームのルール」を忠実に守って金の流入を不胎化すべきではなかったのだ)、と。いい機会だから私もアーウィンに倣って反実仮想的な思考実験を試みてみるとしよう。仮に国際金本位制の「ゲームのルール」が守られていたとしたら、その結果として1930年代の大恐慌が回避されていたとしたら、その後の歴史はどう変わり世界の現状はどうなっていることだろうか?

おそらく千通りもの異なる可能性があり得ることだろう(ピーター・テミン(Peter Temin)&バリー・アイケングリーン(Barry Eichengreen)の二人(pdf)が主張しているように、仮に国際金本位制の「ゲームのルール」が守られていたとしたらナチスがドイツで権力の座に上り詰めることもなかっただろうというのもそのうちの一つだ)。数ある可能性の中でもここでは一つの可能性に焦点を絞ってみたいと思う。金本位制が今もなお続いているという可能性がそれだ。もしそうなっていたとしたら戦後の貨幣史はどのように書き換えられることになっていただろうか? 1970年代のグレート・インフレーション(Great Inflation)は回避されていただろうか? もしも回避されていたとしたらポール・ヴォルカー(Paul Volker)は今そうであるように伝説のセントラルバンカーとして歴史に名を刻むようなことにはなっていなかったことだろう(彼が立ち向かうべきインフレという名の怪物がどこにもいないという話になるのだから)。金本位制が今もなお続いていたとすれば、2000年代の住宅バブルの発生にFedが手を貸すようなこともおそらくなかっただろう。金本位制が今もなお続いていたとすれば、Fedは今よりもこじんまりとしていてFedの議長の重要性は今よりも低いものとなっていることだろう(「マエストロ」の異名を持つ議長なんてどこにも見当たらないことだろう)。金本位制が今もなお続いていたとすれば、FOMCの会合でどんな決定が下されるだろうと勘ぐる必要もなくなることだろう(Fedの決定の多くは金本位制を通じて自動的に方向付けられることになるのだから)。金本位制が今もなお続いていたとすれば、「上院は何をぐずぐずしているんだ。大統領が指名したFedの新しい理事候補をさっさと承認すればいいのに」とやきもきする必要もなくなることだろう(誰が理事になろうと大勢に影響はないのだから)。つまりは、金本位制が今もなお続いていたとすれば、金融政策の行方をめぐって色んな意味で現状よりも見通しがよくなる可能性があるわけだ。その一方で、「金本位制が今もなお続いていたとすれば」という反実仮想――国際金本位制がうまく機能するようにすべての国が「ゲームのルール」に従い続けるという可能性――を信ずべき理由がないことも確かだ。貨幣需要ショック(貨幣に対する需要の突発的な変化)が起こったとしよう。その場合、金本位制の「ゲームのルール」に従うのであればそれと引き換えに痛みを伴う国内物価の調整を受け入れる必要があるが、一体いつまでそのような調整を政治的に耐え忍ぶことができるだろうか? いつまででも? その点はよくわからないところだ(物価調整の必要に頻繁に迫られるようであれば名目価格の伸縮性は高まることにはなるだろう)。つまりは、金本位制が続いていたとしたらどこかの時点で1930年代と同じような苦難に見舞われることになる可能性も十分に想定し得るわけなのだ。

デビッド・ベックワース 「第一次世界大戦の見過ごされがちな遺産 ~再建金本位制とヒトラーの台頭~」(2014年7月28日)

●David Beckworth, “The Other Important Legacy of World War One”(Macro Musings Blog, July 28, 2014)


第一次世界大戦がその幕を開いたのはちょうど100年前の今日(1914年7月28日)のことである。100周年ということもあって第一次世界大戦それ自体についてばかりではなく、あの戦争がその後の時代にどのような影響を及ぼしたかについてもあちこちで議論が沸騰している。NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)で放送されているOn Pointでもちょうど第一次世界大戦がテーマとして取り上げられており、移動のついでに先ほどまでずっと耳を傾けていたところだ。番組の司会を務めるのはトム・アシュブルック(Tom Ashbrook)。歴史家をはじめとした複数の専門家に話を聞くという作りになっているが、大変面白い内容で多くの事を学ぶことができた――例えば、現在の中東やウクライナが抱える問題の根源の一部は第一次世界大戦後に着手された国境線の画定にまで遡れるらしい――。移動のお供としてこれ以上のものは望み得なかったことだろう。

ところで、指摘しておきたいことがある。上で紹介した番組でもそうだったし、第一次世界大戦開戦100周年に絡めて語られるその他多くのコメントのどれにしてもそうなのだが、第一次世界大戦が国際通貨制度に刻み付けた重要な遺産のことがすっかり見過ごされているのだ。第一次世界大戦は1870年から1914年まで続いた国際金本位制(古典的な金本位制)を粉々に破壊することになったが、終戦を迎えるや世界各国は相次いで再び金本位制に復帰した。1914年以前までの国際金本位制は比較的うまい具合に機能していたが、戦後に再建された国際金本位制は大きな欠陥を抱えていた。1930年代の大恐慌(Great Depression)があれほど深刻なものとなり世界中を巻き込む国際的な現象ともなった原因は再建金本位制にある多くの論者〔拙訳はこちら〕が口々に語っているものだ。それだけではない。1930年代の大恐慌はドイツにおいてナチス党を権力の座に押し上げる重要な触媒の役割を果たしたと語る歴史家もいる。例えば、バリー・アイケングリーン(Barry Eichengreen)&ピーター・テミン(Peter Temin)の二人は共著論文(pdf)の中で次のように語っている。 [Read more…]

ラルス・クリステンセン 「現在にこだまする1930年代の忌まわしい記憶」(2015年11月24日)

●Lars Christensen, “The very unpleasant echo from the 1930s”(The Market Monetarist, November 24, 2015)


「危機だ! 危機が迫っている!」と騒ぎ立てる「警告屋」だけにはなるまい。必死にそう自制しているわけだが、どうしても認めねばならないことがある。現状(2015年11月現在)においてはいいニュース(ポジティブなニュース)なんてどこを探してもほとんど見当たらないのだ。「金融政策の失敗」(とその結果としての「経済の低迷」)に「政治の世界における過激派の台頭」(トランプにオルバーン・ヴィクトル(ハンガリー首相)、レジェップ・タイイップ・エルドアン(トルコ大統領)、ISIS等々の台頭)、そして「地政学的な緊張の高まり」。これら3種類の「お酒」(事態)が混ぜ合わさって出来た何とも忌まわしい「カクテル」。最終的に第二次世界大戦へと行き着いた1930年代の忌まわしい記憶を思い出させる「カクテル」。そんな「カクテル」が目の前に突きつけられている今日この頃なのだ。

「大不況」(Great Recession)に見舞われてからというもの世界経済の低迷が長らく続いているが(私見では、世界経済の低迷をもたらしている原因の大半は「金融政策の失敗」にある)、世界経済の低迷は欧米の政治の世界で過激派(ギリシャにおけるスィリザ(急進左派連合)黄金の夜明け党、ハンガリーにおけるオルバーン・ヴィクトル首相、アメリカにおけるトランプ等々)の台頭を招く原因となっているとともに、民主主義諸国の内部において政治的な分断を加速させる原因ともなっているというのが私のかねてからの仮説だ。

人気が高まっているのはドナルド・トランプのような右派のポピュリストだけではない。例えばフランスやベルギーでは移民の若者たちの間でISISのようなイスラム過激派組織の人気が高まっている。民主主義という政治体制の魅力が薄れることになれば、その間隙を突いて過激派やポピュリストが躍進することになりかねないのだ。

こういった問題が地政学的な緊張として表出しているのがウクライナ情勢でありシリア情勢だ(ある面では南シナ海情勢もそうだ)。経済の低迷が続くと保護主義に人気が集まる1だけではなくやがては戦争の魅力(大衆への訴求力)も高まっていくことになるのだ。

遺憾ではあるが、現状と1930年代との類似点はあまりにも明らかだ。深読みのし過ぎは禁物だが、以下に類似点をまとめてみたのでご覧いただきたいと思う。

  • スペイン内戦〔1930年代〕 vs シリア騒乱〔現在〕: どちらのケースでも独裁的(権威主義的)な体制を敷く外国の政府が直接的ないしは間接的に内戦に関与している(スペイン内戦のケースではスターリン(ソ連)にヒトラー(ナチス)、シリア騒乱のケースではエルドアン(トルコ大統領)にプーチン(ロシア大統領))
  • 金本位制〔1930年代〕 vs ユーロ〔現在〕2
  • ポピュリストや過激派の台頭:共産主義者、ナチス、ファシストの台頭〔1930年代〕 vs スィリザ(急進左派連合)、黄金の夜明け党、ヨッビク党、オルバーン・ヴィクトル(ハンガリー首相)、トランプ、ISISといった勢力の台頭、ヨーロッパにおける分離独立運動の盛り上がり、反移民感情の高まり〔現在〕
  • 民主主義の弱体化(失敗?):ワイマール共和国〔1930年代〕 vs ヨーロッパ全土が陥っている政治的な分断〔現在〕(現在のヨーロッパでは支持基盤が脆弱な(少数与党が政権を担う)少数与党政権が乱立しており、そのような政権には経済面で本格的な改革に乗り出すだけの「政治力」(“political muscle”)が欠けている)

あまりにも人騒がせな「警告屋」のように見えるかもしれないが、上で列挙した類似点を無視するということは歴史の教訓に目を塞ぐことを意味することになろう。とは言え、「歴史は繰り返す」と言いたいわけではない(そうならないことを祈るばかりではあるが、真意は別のところにある)。現状と1930年代との類似点を見落としてしまうようであれば、事態は今よりも悪化する一方になるに違いない。そう言いたいのだ。

(追記)今回のエントリーで取り上げた話題に関する実証的な証拠をお探しのようなら、マヌエル・フンケ(Manuel Funke)&モリッツ・シュラリック(Moritz Schularick)&クリストフ・トリベシ(Christoph Trebesch)の三人がVOXに寄稿している大変優れた論説(“The political aftermath of financial crises: Going to extremes”(「金融危機の政治的帰結:過激化する大衆」)をご覧になられるといいだろう3

  1. 訳注;この点については本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●バリー・アイケングリーン&ダグラス・アーウィン 「保護主義の誘惑:大恐慌の教訓」(2009年3月17日) []
  2. 訳注;この点については本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●アイケングリーン&テミン 「『金の足かせ』と『紙の足かせ』」(2014年9月24日) []
  3. 訳注;本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●ド・ブロムヘッド&アイケングリーン&オルーク 「1930年代の大恐慌下において極右勢力の台頭を支えた要因は何か?」(2013年11月19日) []

ラルス・クリステンセン 「名目GDPの急落は経済的な自由の縮小を招く?」(2015年10月29日)

●Lars Christensen, “A sharp drop in Nominal GDP will cause a drop in Economic Freedom”(The Market Monetarist, October 29, 2015)


先週のことになるが、テキサス州ダラスにある南メソジスト大学に足を運んで2回にわたって講演を行ってきた。色々と貴重な体験をさせてもらったが、中でもライアン・マーフィー(Ryan Murphy)と一緒に過ごした時間は大変有意義なものだった。マーフィーは南メソジスト大学付属の「グローバル市場&自由の先端研究のためのオニールセンター」で助教(Research Assistant Professor)を務めている。マーフィーとは彼も共著者の一人となっているつい最近書き上げられたばかりの論文をネタにして話が盛り上がったものだ。

その論文とは “Aggregate Demand Shortfalls and Economic Institutions”(「総需要不足と経済制度」)。総需要の急落は政治にまつわる(大衆の)ムードや感情に変容を引き起こし、それに伴って政策当局者をして経済的な自由の縮小につながる一連の政策へと駆り立てる。この論文の仮説をまとめるとそうなるだろう。

私もかねてから似通ったことを主張してきたものだ。中央銀行が名目支出(総需要)の伸びを「正常な軌道」に乗せることに失敗してしまうとその結果としてポピュリストを待望する感情が大衆の間で盛り上がりを見せることになりかねない。そうなれば筋悪な政策が矢継ぎ早に採用されてマクロ経済の供給サイド(潜在的な生産能力)によからぬ影響が及びかねない。かねてからたびたびそう主張してきたものだ。

冒頭で指摘したようにこの論文の著者の一人はマーフィーだが、残すもう一人の著者はテイラー・リーランド・スミス(テキサス工科大学)。論文のアブストラクト(要旨)を引用しておこう。

総需要の不足が観察される時期にはしばしば政治情勢が不安定化し、短期的にとどまらず長期的にも経済制度に何かしらの影響が及ぶことになる。景気後退への政策対応に誤ってしまうとやがては自由な経済制度に有害な影響が及んでしまいかねない。かねてからそのように憶測されてきている。本論文では経済制度の自由度を測る指標として「世界における経済的自由度指数」(EFW)を利用しているが、本論文での検証結果によると(名目GDP成長率がマイナスを記録するというかたちで)総需要不足が発生するとその後の5年間、10年間、15年間のいずれの期間を通じても(EFWで測った)経済的自由度が低下する(経済的な自由が縮小する)傾向にあることが見出された。以上の関係性はEFWの中から金融政策絡みの変数(インフレ率が低位で安定しているかどうかを測った「健全通貨度」)を取り除いたとしても依然として(概ね)成り立つが、経済制度の自由度を測る指標としてEFWの代わりに貿易開放度の値を用いた場合には成り立たないことも見出されている。

大変優れた論文であり、「金融政策の失敗」と「経済的な自由」との間のつながりを分析するための非常に革新的なアプローチを提案している論文。私にはそう思われる。

「1930年代も是非とも分析対象に加えるべきだ」。マーフィーに直接そう伝えたものだ。1930年代においてもまったく同じようなメカニズムが働いていたことが見出されるに違いないと考えたからだ。ただ一つだけ問題がある。「世界における経済的自由度指数」(EFW)では1930年代はカバーされていないということだ。

マイルズ・キンボール 「今日の一言 ~『官僚制の発展+金本位制=?』~」(2014年7月30日)

●Miles Kimball, “Untitled”(Confessions of a Supply-Side Liberal, July 30, 2014)


「20世紀、それは官僚制が大いに発展を遂げた時代であり、それに伴って国家(政府)に備わる潜在的な力が大いに高まった時代であった。それに加うるに金本位制。金本位制の足枷のために短期的な景気安定化の手段として金融政策には頼れない。その結果として待ち構えていたのはケインズ的な状況1の頻発。(官僚制の発展に支えられて)国家(政府)に備わる潜在的な力が高まる中でのケインズ的な状況の頻発。そのような中で人々はファシズムや社会主義をはじめとした計画経済を志向する諸思想に惹きつけられていくことに。その先に何が待っているのかよくわかりもせぬままに。」— マイルズ・キンボール

  1. 訳注;おそらくは総需要不足を原因とする不景気という意味 []