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アレックス・タバロック「フェイスブック公聴会を理解する勘所:ペルツマンの規制モデル」

[Alex Tabarrok, “The Peltzman Model of Regulation and the Facebook Hearings,” Marginal Revolution, April 11, 2018]

フェイスブック公聴会について理解したければ,プライバシーやテクノロジーについて考えるよりも,政治家たちがのぞむことについて考える方が役に立つ.ペルツマンの規制モデルでは,利潤(企業ののぞみ)と低価格(地元有権者たちののぞみ)とのトレードオフをとるのに政治家たちは規制を使って,じぶんたちののぞみを最大化する.つまり,再選だ.ここでカギを握るのは,利潤と低価格のどちらでも政治家たちへのリターンは逓減する,という点だ.競争の働いている産業を考えてみよう.競争の働いている産業は,政治家にとって得るものはあまりない.そこで,彼らはその産業を規制して価格を上げたり企業利益を上げたりしたがるかもしれない.そのおかげで利潤をあげるようになった企業は,そうしてくれた相手〔政治家〕に報いるべく,選挙資金を出したり,その産業の利益の一部を政治家にとって最重要の選挙区への助成に回すだろう.価格が上がって消費者たちは腹をたてるだろうけれど,競争が働いている場合の価格からあまり上がりすぎなければ,政治家にとっての差し引き正味の利得はプラスになる.
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フランシス・ウーリー「ミルクはびっくりするほど安くなった」(2017年4月21日)

Frances Woolley, “Milk is mind-bogglingly cheap” (Worthwhile Canadian Initiative, April 21, 2017)

カナディアンクックブックは1923年に初版が出版された。私が持っているものは1949年出版のものだ。

この料理本は家政学の全盛期に作られている。科学原理を家庭生活に応用しようという時代だった。レシピには、栄養素情報、より洗練されたエチケットのガイド、今日でいうところの『金融リテラシー』が入っていた。

Canadian Cook Book

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テレサ・フィンリー,ラファエル・フランク, ノエル・ジョンソン, ステリオス・マイカロプーロス 「革命の経済的帰結: 1789年フランス革命からのエビデンス」(2017年12月2日)

Theresa Finley, Raphael Franck, Noel Johnson, Stelios Michalopoulos, “Economic consequences of revolutions: Evidence from the 1789 French Revolution“, (VOX, 02 December 2017)


政治革命は短期的な経済変化につながる速足の体制転換をもたらすことが多いが、その長期的帰結はさほど明らかではない。ある人はいう、革命は資本主義的市場の成長への地盤を固めるのだ、と。またある人はいう、革命はその性質上政治的なものであって経済的帰結は限定的だ、と。本稿は、フランス革命からの広範なエビデンスを活用しつつ、革命の影響というものが国や時代によって大きく異なる旨を示してゆく。制度変化・格差・長期的経済発展。本分析は発展途上国にとっての懸案であるこれら三者の関係を詳らかにする。

革命そして暴力的政権交代は、「アラブの春」 といったごく最近の事例であれ、「1789年フランス革命」 といった遠い過去の出来事であれ、アカデミック界隈から多くの関心を寄せられてきた。これらの大きな政治的断絶は、影響をこうむった社会の政治と経済の軌道における変曲点だと認識されているのだ。

しかしながら、こうした分水嶺的な事件は、該当人口の大多数の生活条件にも諸般の長期的帰結をもたらすものだったのか、またそうした帰結あったならばいかなる形でもたらされたのか、これらの点については諸説紛糾しているのが現状だ。さて、本稿でフォーカスを合わせるのは 「1789年フランス革命」 である。色々な意味で、フランス革命はこれら問題を検証するさい覗き見るべき理想的なレンズだといえる。記録資料が比較的豊富に存在するだけでなく、発生から十分な時が経過しているので、革命政策の中・長期的な影響の双方を評価することが可能だからだ。

フランス革命の経済的帰結

フランス革命の経済的遺産に関する大半の研究は、ふたつの対立する陣営に分かれる。一方にあるのは、フランス革命の担ったフランス経済を近代へと誘う役割を強調する一連の研究である。この役割は、封建制度の撤廃・法制度の単純化・商業と工業にたいする伝統的支配と財政的障壁の縮減 に顕現している。こうした視点は、Thiers (1823-1827)、Guizot (1829-1832) またMarx (1843 [1970]) といった思想家を嚆矢としながら、20世紀と21世紀においてもJaurès (1901-1903)、Soboul (1962)、Hobsbawm (1990) などの広い意味で左寄りの学者をとおしてその脈絡を保ってきた。彼らはフランス革命を、工業や商業におけるブルジョアの利害の、土地所有貴族にたいする勝利と見る。ごく最近でも、土地再分配を扱ったRosenthal (1988) や、フランス革命のドイツにおける帰結を扱った Acemoglu et al. (2011) といった実証研究が、この見解に信憑性を与えている。

他方で、こちらはもっぱら古典自由主義的ないし保守的な知識人だが (例: Taine 1876, 1893、Cobban 1962、Furet 1978、またはSchama 1989)、イングランドやドイツといった先進工業国と比較して、フランスは1914年になるまでもっぱら農業的なままだった点を重視する人達がいる。彼らの主張では、フランス革命は貴族とブルジョワジーのあいだの経済的利害の違いによって動機付けられたものではなく、むしろ政治革命なのであって、これに社会経済的な反響が付随したのだという。フランス革命はじつのところ 「反資本主義的」 だった (Cobban 1962)、またそう考えればこそ19世紀をつうじてフランスに農業国的特徴がしぶとく残ったことも説明できる、とこのように彼らは訴える。

本稿執筆者の一部による近年の実証研究は、これら互いに背馳する見解の融和を図るもので、革命政策がフランスの各県 (departments: 合衆国の 郡 counties に相当する行政区分 – フランス革命期に創出) にたいし相異なる影響を及ぼした経緯にフォーカスを当てている。一方の研究はフランス革命初頭に起きた教会財産の没収・競売を利用したもので (Finley et al. 2017)、他方の研究は1792年の夏以降に加速した亡命者 (émigrés) の逃避行動にフォーカスを当てつつ、地方エリート構成の変化が経済パフォーマンスにもたらした帰結を評価している (Franck and Michalopoulos 2017)。われわれはいずれの研究においても、農業用土地保有の分布が19世紀と20世紀をとおしての経済発展の形成において担った、時間-変化的な役割を強調している。

フランス革命期における教会財産の再分配

1789年11月2日にフランスの憲法制定国民議会 (French Constituent Assembly) で決定された法律により、全ての教会財産が没収され競売をとおして再分配された。続く5年間で、70万件を超える教会領 (ecclesiastical properties) – フランス領土の約6.5%に相当 – が、歴史学者Georges Lecarpentier (1908) の言う 「フランス革命で最も重要な事件」 において売却されたのである。

Finley et al. (2017) では、場所により大幅に異なる教会財産没収状況を利用することで、制度改革の成功にたいする初期段階の財産権配分の重要性を調べた。つづいて本実証分析は、Bodinier and Teyssier (2000) が収集した革命による教会保有地没収の高度に細分化されたデータを、1841年から1929年にかけて継続的に執り行われた幾つかの農業サーベイ調査のデータと結合した。本データセットはフランスにおける (86県の中の) 62県の194区 (districts) をカバーする。図1が示す通り、これら区に占める教会領の割合は0%から40%と様々であった。

図 1 土地の没収

さて結果だが、競売に掛けられた教会保有地が多い地域圏 (regions) ほど19世紀における土地格差が大きいことが判明した。それだけでなく、この富の偏りが19世紀中期までには農業生産性および農業投資の水準の相対的な高さと結び付くに至っていたことも明らかになった。具体的には、再分配された教会保有地が10%多い区は、小麦生産における生産性が25%高く (図2を参照)、パイプ製造業者が約1.6倍になっており (干拓・灌漑のプロジェクトで使われた)、休閑地は約3.8%少なかった。なお本論文では、いくつかの実証戦略を施行することで識別力の向上をめざしている。そうした戦略には、12の地域圏-固有効果についての調整、ジャガイモ収穫量を用いたプラシーボ分析の実行、12世紀に確立された司教領 (bishoprics) にたいする各区の近接性に依拠した操作変数分析の実施 などが含まれる。

図 2 小麦収穫量

本研究はさらに、革命による土地の再分配が農業生産性に及ぼした有益な影響が19世紀の流れの中で徐々に落ち込んでいったことも明らかにしている。これは図3に図示した。この結果は、封建制につきものだった財産権の再配分にまつわる取引コストを、その他の区も徐々に克服していったことと整合的である。

図 3 革命による没収が農業生産性に及ぼした継時的な影響

フランス革命期の移住の影響

フランス革命期に見られた封建制終焉のもうひとつの側面が、亡命者の逃避行動である。10万人を超える個人が革命の暴力から逃れるためフランスを離れたのだが、これら個人は大方が 「旧体制 (Old Regime)」 の支持者だった。図4に図示したのはGreer (1951) が収集したデータだが、1789年から1799年にかけての各県における亡命者の空間的分布を示している。移住率の差異のうち外生的と考えてよさそうなものを確保する目的で、本稿執筆者のうちの2人 (Franck and Michalopoulos 2017) は、1792年夏のあいだの気温ショックに関する地方的差異を利用している。この年、第二革命として知られる革命的暴力の波が、ルイ16世の幽閉そして1792年9月21日における第一共和制の宣言において最高点を迎える。われわれが取った識別戦略のロジックは、経済状況の差異と暴力加担の機会費用をリンクさせた関連文献の、優れた発展に負っている。気温ショックが農業産出量を減少させた限りで、(18世紀フランス人の主食であった) 小麦の価格上昇は、フランス人口における相対的に貧しい階層のあいだでは騒擾を激化させ、それにより衰退する君主勢力を支持する富裕層のあいだでは移住を増幅させたはずである。図5が示すところ、大きな気温ショックを経験した県では人口中で移住した人の割合がじっさいに大きくなっていた。なお、ここでの気温ショックは、1972年夏の気温の、標準的な諸気温水準からの偏差を二乗した値で代用している。

図 4 フランスの県ごとに見た、人口に占める亡命者の割合および1972年夏の気温                             出典: Greer (1951)

図 5 第二革命期における各県の亡命者割合および気温ショック (1972年夏)

図6に図示したのが本研究の主たる成果だが、移住が後続する200年間の比較的発展に及ぼした、非-単調的な影響が露わになっている – 移住度の高い県は一人あたりGDPが19世紀のあいだ相対的にかなり低くなっていたが、このパターンは20世紀をとおして逆転する。より精確にいえば、ひとつの県の人口に占める亡命者の割合が0.5%増加すると、1860年には一人あたりGDPが12.7%減少していたのが、2010年には一人あたりGDPが8.8%増加するようになったのである。

図 6 亡命者の割合が 1860年・1930年・1995年・2000年・2010年 の一人あたりGDPに及ぼした影響 〔本稿には1860年と2000年の分しか掲載されていない〕

この逆転の原因は部分的には農業用土地保有の構成変化に帰しうる。本研究は19世紀中期以降に継続的に執り行われた農業に関するフランスの国勢調査を活用し、移住度の高い県では今日に至るまで大規模土地所有者が相対的に少なかったことを明らかにしている。大規模私有地の優勢のこうした退潮、そして小農民の伸長が、機械化の少なさを介して農業生産性にマイナスの影響を与えたのである。

本研究はさらに、19世紀をとおして移住度が高かった県では、人口に占める富裕な個人の割合が、亡命者の相対的に少なかった地域圏と比較してかなり小さかったことも明らかにしている。十全の財産の持った個人が、資本集約的な生産の時代における一定の臨界量に達していなかったこと。これも19世紀をとおして移住度が高かった県に見られた工業化水準の低さを説明するものかもしれない。とはいえ、1881-1882年にかけて国家としてのフランスが無償義務教育の制度化を成し遂げたあと人的資本の蓄積が起こったのは、これらの初期段階で立ち遅れていた県であり、これが20世紀後半における相対的に大きな所得に結実したのである。

フランス革命・格差・成長

全体的にいって、われわれが行った最近のふたつの実証研究 (Finley et al. 2017, Franck and Michalopoulos 2017) は、Galor and Zeira (1993) とGalor and Moav (2004) の理論研究との関連性を持つ。これら理論研究は、富の格差が発展の過程において非-単調的な役割を担うことを主張する。成長が物理的資本の蓄積に駆動されており、資本市場が不完全なばあい – それがまさに19世紀だったのだが -、より少ない個人の手の内により大きな富が集中することが成長には有益なのである。逆にいえば、資本市場の不完全性が存在するのなら、人的資本が成長の駆動力となったときにこそ、より小さな富の格差をとおし、教育を受けた労働者のより大きなプールが実現可能になる。

フランス各地の構造的変容と教会保有地再分配の水準、そして移住の激しさ。本研究はこれらをつなぐひとつのリンクを明らかにすることで、1789年革命の経済的遺産に新たな光を当てた。より一般的にいうなら、本分析は発展途上国にとって – 歴史的にもまた今日的にも – 問題であるところのもの、すなわち 制度変化・格差・長期的経済発展 の関係をめぐる懸案、これを詳らかにするものとなった。

参考文献

Acemoglu, D, D Cantoni, S Johnson, and J A Robinson (2011), “The consequences of radical reform: the French Revolution”, American Economic Review 101(7): 3286-3307.

Bodinier, B and E Teyssier (2000), “L’événement le plus important de la révolution, la vente des biens nationaux”, Société des études robespierristes et Comité des travaux historiques et scientifiques, Paris, France.

Cobban, A (1962), The social interpretation of the French Revolution, Cambridge University Press, Cambridge, UK.

Finley, T, R Franck, and N D Johnson (2017), “The effects of land redistribution: evidence from the French Revolution”, Working paper, George Mason University.

Furet, F (1978), Penser la révolution française, Gallimard, Paris, France.

Franck, R, and S Michalopoulos (2017), “Emigration during the French Revolution: consequences in the short and longue durée”, NBER Working Paper 23936.

Galor, O, and O Moav (2004), “From physical to human capital accumulation: inequality and the process of development”, Review of Economic Studies 71(4): 1001-1026.

Galor, O, and J Zeira (1993), “Income Distribution and Macroeconomics”, Review of Economic Studies 60(1): 35-52.

Greer, D (1951), The incidence of the emigration during the French Revolution, Gloucester, MA: P. Smith.

Guizot, F (1829-1832), Histoire générale de la civilisation en Europe depuis la chute de l’empire romain jusqu’à la révolution française, Paris: Pichon et Didier.

Hobsbawm, E J (1990), Echoes of the Marseillaise: two centuries look back on the French Revolution, London: Verso Books.

Jaurès, J (1901-1903), Histoire socialiste de la Révolution française.

Lecarpentier, G (1908), La vente des biens écclésiastiques pendant la révolution française, Paris: Alcan.

Marx, K (1843 [1970]), Critique of Hegel’s Philosophy of Right, Cambridge University Press, Ed. Joseph O Malley.

Mathiez, A (1922-1924), La Révolution française, Paris: Librairie Armand Colin.

Rosenthal, J-L (1988), The fruits of revolution. Property rights, litigation and French agriculture, 1700-1860, Cambridge, UK: Cambridge University Press.

Schama, S (1989), Citizens: a chronicle of the French Revolution, New York: Random House.

Soboul, A (1962), Histoire de la Révolution française, Editions Sociales, Paris.

Taine, H (1876-1893), Les origines de la France contemporaine, Paris: Bouquins [2011].

Thiers, A (1823-1827), Histoire de la révolution française, Paris: Lecointre et Durey.

原註

[1] 両研究の発見を織り合わせるなかで本稿執筆者の一部が明らかにしたところ、地方エリートが教会財産の没収からどれだけの利を得られたかは、フランス革命期にどれだけの移住が見られたかに決定的に依存していた (Franck and Michalopoulos 2017)。具体的にいうと同研究は、移住が土地集中度に及ぼしたマイナスの影響が、より多くの教会保有地が競売に掛けられたエリア、ほかならぬこのエリアにおいて増幅していたことを明らかにした。

マルセル・ファシャン, アナ・ヴァーシュ, ペドロ・ヴィセンテ「投票行為とピア効果」(2018年3月3日)

Marcel Fafchamps, Ana Vaz, Pedro Vicente, “Voting and peer effects“, (VOX, 03 March 2018)


投票率は、政治面でひとびとを代表した政府を選出するにあたり、大変重要である。しかし投票率は、数多くの社会規範や自らが選挙の要となる票 (pivotal vote) を投ずる可能性にも左右される。本稿では、モザンビークにおける2009年選挙での投票率増加をねらったあるキャンペーンの実証データを利用して、これらふたつの経路にピア効果が及ぼす影響の形態を検討してゆく。本研究結果は、情報把握度と政治関心に対する正のピア効果を明らかにしたが、他方では投票率に対する負の効果も浮き彫りとなった。後者はおそらく、全体的な投票率が増加するにつれ自分の票が問題となる見込みが薄くなることに投票権者が気付いてしまうため生ずる効果だと考えられる。

人はなぜ投票するのか? 投票権者が政治的選出過程に参加することの個人レベルの合理性はこれまでしばしば疑問視されてきた – 決定票を投ずる人物でないかぎり、投票行為は投票結果にまったく影響しないのだから (例: Feddersen 2004)。しかしながら、誰も投票していないのに選挙アウトカムだけは有権者の選好を反映している、などということもありそうにない。そこからの帰結として、投票行為が市民的義務の一種と見做されることもままある。とはいえ、一部の国 (例: ベルギー・ブラジル・ペルー) が投票行為を法的な義務としているのは確かだが、ほとんどの国はそうしていない。したがって選挙参加の水準は、投票行為に関してその時々に機能している社会規範、ならんで投票権者が自ら決定票を投ずる人物になる確率をどのていどと見込んでいるかに左右されると考えられる。そしてこれら双方に影響を及ぼす可能性があるのが、ピアからの感化作用なのだ。

1980年代中頃以降、政治選挙の数は世界中で増加してきたが、投票率のほうは急激な低落に見舞われている (World Bank 2017: 228)。こうした傾向がとりわけ著しいのがサブサハラアフリカだが、2010-15年のギャラップ世界世論調査によると、同地で選挙の公正性を信じている人は人口の45%に満たないという。モザンピークはこの悩ましい現象を如実に描き出してくれる。1994年に初めて選挙が開催されたが、そこでの投票率は88%だった。以後、モザンビーク解放戦線 (FRELIMO) とその後援を受けた大統領候補者が全ての国政選挙で勝利を収めており、その得票率のほうも時とともに増加している。そして投票率は、初めての選挙から10年後の2004年の時点で、36%にまで落ち込んでしまっていた。

モザンビークにおける投票率増加キャンペーン

こうした傾向を逆転させる試みとして、2009年の選挙期間中、投票権者教育キャンペーンの効果の研究をめざす無作為化対照試験が実施された。キャンペーンをつうじて選挙過程への信頼を再び確立し、これにより投票率を増加させることができれば、というのがねらいだった。数字を額面通りに受け取るならば、キャンペーンは功を奏した。平均的すると、キャンペーンをつうじて処置地域の投票率は5%増加したのである (Aker et al. 2017)。キャンペーンはみっつの異なる形態で実施された。ひとつ目は、該当選挙に関わる中立的な情報にフォーカスした無料新聞の配布である。ふたつ目は、テクストメッセージによるホットラインで、選挙関連問題があれば市民はここに通報することができた。みっつ目は、該当選挙に関わる情報を供給するリーフレットとテクストメッセージをつうじた、市民教育だった。

以上のフォローアップを行った論文 (Fafchamps et al. 2018) で我々は、この介入の成功が部分的には正のピア効果に由来するものなのかを検討した – というのも、もし市民が市民的義務を果たすために投票しているのなら、同教育キャンペーンはこの義務をより顕出的にすることで投票参加への社会的圧力を創出している可能性があるからだ。我々は各村落内部においてキャンペーンが惹起したピア効果、これにフォーカスを絞り、キャンペーンの効果が、同村落においてキャンペーンの対象となった個人と社会的ないし地理的に近しい人物について相対的に強くなっているかを調べた。結果変数としては、投票行動・情報把握度・政治関心 に関する個人レベルのサーベイ調査測定値、および政治参加に関する行動測定値を活用した。ピア効果の推定にあたり、我々は社会と地理の近接性に関するみっつの測定値を用いた。第一は 親族関係 (kinship) であり、これは該当村落でサンプルとなった人のうち回答者と親族関係にある者の比率に対応する。第二は 世間話 (chatting) であり、これは該当村落でサンプルとなった人のうち回答者が頻繁に会話する者の比率に対応する。第三に 地理的近接性 (geographical proximity) であり、これは回答者の住居と該当村落でサンプルとなった他の人の住居との平均距離 (を負にした値) で代用した。

ピア効果の影響

予想されていた通り、教育キャンペーンは平均的に見て投票率を増加させていた (Aker et al. 2016)。ところがこの効果は〔近接性の値が大きいという意味で〕中心的な個人ほど小さくなっていたのである。我々は、投票参加に対する負のピア効果を明らかにした。これと対照的に、情報把握度と政治関心に対するピア効果は正であり、キャンペーンの平均的効果と軌を一にしている。

我々の解釈では、これら発見は政治参加にコストがかかるモデルと整合的である。この枠組みにおける投票行為は、選挙過程に影響を与える確率だけでなく、市民意識といった非-手段的な動機からも誘発されうる。選挙の信用性に関する情報提供をつうじて、キャンペーンは投票権者に選挙過程の公正性を信じてもらおうとした。そうすることで、キャンペーンは市民意識の昂揚も引き起こしたかもしれない。両効果はともに投票行為を促進する性格のもので、キャンペーンの平均的な効果とも軌を一にしている。ところがピア効果は投票行為に対するこの正の影響を緩和してしまう可能性がある。それは中心的な投票権者が、キャンペーンのおかげで投票率が増加するので、政治的に容認可能な選挙結果を得るために自分の票が必要となるていどは少なくなると気づいてしまったばあいである。そうした状況では、これら投票権者は他の人の政治参加にフリーライディングする意思決定を行うかもしれない。

モザンビークでは、2009年選挙で誰が勝利するかについて疑問の余地はなかった。したがって投票権者は自らが選挙結果を決する要となるなどとは予想のしようがなかったはずだ。それでもなお、投票権者が、該当村落の投票率やどれほどの票差を付けての勝利かといった、その他の選挙アウトカムを気に掛けていた可能性はあるだろう。投票率の低さや票差の小ささが政府への不服を示すものと解釈される余地はある – むしろありそうだとさえいえる。こうした解釈は回り回って何らかの形の懲罰 (例: 地方公共財供給の削減) につながるかもしれない。このような政治環境にあっては、選挙の要であるというのは、もはや選挙の勝者を決す票を投ずることと同義ではない; ここで要であるというのは、それを下回ればコミュニティが報復に直面する閾値を上回るように、投票率ないし票差を動かすことを意味するのである。本データが示唆するところ、票差に基づくこの要の論理はモザンビークにおける政治参加決定因子のひとつであった。本実証データは、選挙参加に対する負のピア効果を要の論理をとおしたフリーライディングと見る我々の解釈を裏付けている。

以上の研究結果から投票権者教育キャンペーンの設計に関する幾つかの含意が得られる。社会的ネットワークが、選挙への関心といったソフト面でのアウトカムに対する処置効果を増幅する傾向を持つのは確かだが、それは投票意図に関する情報を周知させることで投票率を減衰させ、それによりフリーライディングを惹起しかねないのである。

参考文献

Aker, J C, P Collier, and P C Vicente (2017), “Is information power? Using mobile phones and free newspapers during an election in Mozambique”, Review of Economics and Statistics 99(2): 185-200.

Fafchamps, M, A Vaz, and P Vicente (2018), “Voting and peer effects: Experimental evidence from Mozambique”, Economic Development and Cultural Change, (forthcoming).

Feddersen, T (2004), “Rational Choice Theory and the Paradox of Not Voting”, Journal of Economic Perspectives 18(1)” 99-112.

World Bank (2017), World Development Report 2017: Governance and the Law, IBRD/The World Bank, Washington DC.

 

 

フランシス・ウーリー「リベラルアーツを専攻した学生は後悔してる?」

[Frances Woolley, “Do students choosing liberal arts degrees regret it?” Worthwhile Canadian Initiatives, April 5, 2018]

学生たちがじぶんの受けた教育経験についてどれくらい満足しているか計測するには,卒業生にこう質問してみる手がある.「もしもう一度選べるとしたら,また同じ専攻を選びますか?」
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クラウディオ・ミケラッチ et al.「アメリカ人はヨーロッパ人より働くが、ヨーロッパ人が怠けているとは思わないでほしい」(2007年9月)

[Claudio Michelacci, Josep Pijoan-Mas, “Americans do work more than Europeans, but please don’t think that Europeans are lazy,” 17 September, 2007]

 

こんにちではアメリカ人は多くのヨーロッパ人より働くけれども、このことは1970年代には当てはまらなかった。ヨーロッパ人はアメリカ人より怠け者になってしまったのだろうか?もちろんそうではない。つまり、大西洋の両岸を越えた労働時間の違いは、単に仕事人生をめぐる労働者のインセンティブの違いを反映しているだけなのだ。

 

アメリカと大陸ヨーロッパにおける総労働時間は、過去35年間で非常に異なる変化をした。1970年代には、アメリカよりもフランスやイタリアやドイツのようなヨーロッパ諸国のほうが一人当たり平均労働時間はわずかに長かった。こんにちのアメリカ人はヨーロッパ人より30%多く働く。これらの違いは重要であり、またこれらが現在のアメリカとヨーロッパの1人あたりGDPの違いのほとんど全てを説明する。つまり、1人あたりGDPはこんにちではフランスやドイツよりアメリカのほうが30%高い一方で、労働時間あたりのGDPによって測定される生産性は大まかに見れば等しいのである。このことは、アメリカ人がこんにちヨーロッパ人より豊かなのは、アメリカ人の方がより生産的だからではなく、単にアメリカ人の方が長く働くからだということを意味する。

労働時間の顕在化しつつある差は、部分的には労働力化率(アメリカにおいてより多く増えてきている)の変化や失業率(ちょうどヨーロッパで増えてきている)による。しかし、他の相当な部分は、違いの3分の1から2分の1を説明するダイナミクスである、労働者一人当たりの労働時間と関係がある。

ひとたび雇われれば、何時間働くかの決定は多くの労働者にとって自発的なものである。もちろん、たとえば、国や仕事のなかには、現行の規制が最大限どの労働時間を制限しているもののように例外もあるが、規則は必ずしも拘束力を持っているわけでもなければ施行されているわけでもない。実際のおよび望ましい労働時間の差はヨーロッパ人にとっては実際に小さいものであり、また、それでもなお過去数十年で小さくした。だから、アメリカとヨーロッパにおける一人当たり労働時間の分岐しつつある変化について心配しすぎる必要はないといえる。こんにちのヨーロッパ人は、単に、より余暇を享受し始めたので労働時間の活動により短い時間を捧げているだけなのである。

しかし、アメリカ人とヨーロッパ人が本質的に違うものになってきたというわけだ、というのは本当だろうか?おそらくそうであろう。しかし、総労働市場の条件がアメリカとヨーロッパとで非常に違うふうに変化したというのもまた事実である。過去30年の間、賃金格差はアメリカでは相当拡大したのに対しヨーロッパではわずかにしか拡大しなかった一方で、失業率はヨーロッパでは上昇したがアメリカでは上昇しなかった。こんにち、ヨーロッパに比べてアメリカでは失業のリスクがより小さく、就職はより容易であり、キャリアのはしごを登ったり高い給料の職に雇われたりするより大きな可能性がある。このことはアメリカ人とヨーロッパ人の仕事人生の間の極めて異なるインセンティブを示唆している。

われわれの最近の研究(※追記:リンク切れ)は、インセンティブにおけるこれらの違いが、大西洋の両岸をまたいでの労働時間において観測された違いを説明できることを示している。現在の仕事における昇進やより良い職を得ることはハードワークを要し、また労働者も努力の価値がある場合にのみそうするのを厭わない。これが左遷の場合だと、労働時間は短くなる。このことは過去30年間のヨーロッパにも当てはまる。アメリカン・ドリームによってアメリカ人が一生懸命働くように、ヨーロッパの不振な経済パフォーマンスによってヨーロッパの労働者は長時間働く気を削がれているのである。だから、ヨーロッパ人を余暇活動に時間を捧げすぎであると責めるよりはむしろ、ヨーロッパの市場をより自由化するほうが価値はある。ヨーロッパの労働者に仕事人生に関するより強力なインセンティブを与えれば、アメリカとヨーロッパの間のアウトプットの差を縮める最も効果的な方法となろう。

サイモン・レン=ルイス「メディアと緊縮への態度」

[Simon Wren-Lewis, “The media and Attitudes to Austerity,” Mainly Macro, April 1, 2018]

まだ経済がまったく景気回復のきざしを示していなかった2010年からイギリスで導入された緊縮政策のとくに重要な特徴のひとつは、人気を博していた、という点だ。それどころか、連立政権が実際に緊縮政策を実施に移す段階になって、多くの人はかつての労働党政権を非難しているらしかった。財政赤字は労働党が政権にあった時期に増えていたから、というのがその理由だ。
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スコット・サムナー「なぜオーストラリアは26年間不況を経験していないのか」

[Scott Sumner,”Why Australia hasn’t had a recession in 26 years,” The Money Illusion, July 18th, 2017]

 

過去の投稿において、私は、オーストラリアは名目GDPを適切に成長させ続けることによって26年間不況を回避してきたことを指摘した。コメント者の中には、オーストラリアは金融政策ではなく、むしろ鉱業ブームによって恩恵を受けている“ラッキーな国”である、と示唆するものもいた。その理論は意味をなさない。なぜなら経済が非常に不安定な商品の輸出に輸出している場合、大規模かつ高度に多様化した経済を伴った国に比べてより不安定なビジネスサイクルになるだろうからである。いずれにせよ、近年のデータは完全にその説を棄却している。

ステファン・キッチナーは、かつてオーストラリア準備銀行の役人であったウォーウィック・マッキビンの見解について議論している非常に興味深い記事に私を導いた。

元オーストラリア準備銀行役員のウォーウィック・マッキンビンは、世界の中央銀行は、家計や政府の巨額の債務負担が安全に解消されるよう、名目所得の伸びを目標とする公的金利のシステムに切り替えるべきだと述べている。

“インフレーションは、価格の期待を縛り、中央銀行が資産を引き下げないという自信を人々に与えたため、良い中間段階になった”と、彼は水曜日のシドニーでの主要な経済会議で語るだろう。

1970年代や80年代、それに90年代の初期と同様に、“高いインフレ率の時にはそれが重要なのだ。”

“しかし、本当に成長とインフレーションである非常に明示的な所得ターゲットがあるなら、同じ信用度をもつことができる”、と彼は言う。

彼は、オーストラリアでは、そのことは、準備銀行は名目GDP——本質的には、どのくらいその経済がその経済の生産した財やサービスに支払われているかの尺度——の成長を約6%に保とうと試みようとしていることを意味すると示唆している。

オーストラリアは人口増加率が1.4%であるので、オーストラリアの名目GDPの成長率がアメリカ(人口増加率=0.7%)や日本(人口減少中)の名目GDPの成長率より高いのは不思議ではない。それにもかかわらず、私は、6%は少し高いので、オーストラリアには5%にいくぶんか近い成長率を勧めたい。一方で、6%でさえ2008年以降連邦銀行や欧州中央銀行、日本銀行によって実施されている一連の政策に比べればはるかに良いだろう。

オーストラリア国立大学クロフォード校出身のマッキビン教授は、公式の2%から3%のインフレターゲットは“サイクル全体”にしか適用されないので、実際に準備銀行はすでに“曖昧な名目の”所得ターゲットを追求している、と認める。

このことは、オーストラリアは大恐慌[1]の間、隠れて名目GDP目標を行っている国であったと示唆してきた様々な市場のマネタリストの主張を裏づけしている。

私は、日本のような国にとって名目所得ターゲットの最大の利点は、それが公的債務の負担を減じうるということであると主張した。マッキビンは同様の議論を行っている。

”高い公的および私的な所得に占める負債の割合の持続可能性は過去以上に高い名目所得の成長を必要とするので、今後数十年にわたって問題になるであろうことは、名目所得の成長であろう。”

興味深いことには、6%のターゲットでさえいますぐに金融引き締めが必要なように思われることである。

彼の提唱した所得ターゲットのスキームによれば、1.5%というこんにちの準備銀行のキャッシュレートは、第一四半期に前の3か月に比べて名目GDPが2.3%上昇したことと、1年前に比べて7.7%上昇したことを考慮すればおそらく低すぎる。“現在、中央銀行は名目所得基準による緩やかな金融政策を取っているだろうし、名目所得の伸びが急速に高まっているため、このルールに従って政策を強化することを期待している。”

待ってほしい。それが正しいはずはない。私の批判者は、オーストラリアは鉱業ブームから恩恵を受けている単にラッキーな国だった述べている。いまや鉱業開発が衰退しつつあるのだから、うまくいっているはずがない。それとも私が何か間違っているのだろうか?

エコノミスト誌は賢い国がいかにして再分配を扱って斜陽化する部門からはずすかを説明している。

鉱業ブームがしりすぼみになると、準備銀行はベンチマークの“キャッシュ”レートを2011年の4.75%から1.5%に下げた。オーストラリアドルは急速に下落した(6年前のピーク時には1.10ドルだったのに対し、現在では0.76ドルの価値である)。安い通貨と低い利子率によって、より高齢化が進んでいてより人口の多いニューサウスウェールズ州とヴィクトリア州は経済が賑わった。不動産開発業者はより多くの家を建てる、農家はより多くの食糧を輸出し、外国人(留学生と観光客の両方)がより訪れた。たとえば、オーストラリアは昨年、過去最高となる120万人の中国人を迎え入れた。

再配分が不況を引き起こすのではなく、金融引き締めが引き起こすのだ。

かつて、私はオーストラリアは名目GDPよりむしろ被雇用者の合計の補償を目標にしたい可能性があると主張した。それはなぜなら、労働市場に大きな影響を与えることなく鉱物の輸出価格の変動は名目GDPにおける大幅な変動を生じうるからである。過去12か月、被雇用者への保障は1.4%しか増えなかったが、これは名目GDPの7.7%の上昇をはるかに下回る。この類の不一致はアメリカにおいては見られない。それゆえに恐らくオーストラリアは金融引き締めを必要としないのだろう。)

 

追伸 デーヴィッド・ベックワースがNGDPと政策立案者の直面している知識の問題についての新しいポリシーペーパーを書いている。いつもどおり、デーヴィッドはいくつかの良いグラフィックを用いている。

[1]本文では“the Great recession”と表記されている。もちろんこれは1929年に端を発する大恐慌のことではなく、2008年のリーマンショックに端を発する不況のことである。

ノア・スミス「グローバル化をめぐるデロング vs. クルーグマンの論争」

[Noah Smith, “DeLong vs. Krugman on globalization,” Noahpinion, April 1, 2018]

今回はよせばいいことをやるつもりだ.ブラッド・デロングと論争してみよう.ただ,今回はそれも吉と出てくれそうでもある.デロング当人も,ポール・クルーグマンと論争するというよせばいいことをやっていて(そしてデロングじしんが言っていた例のルール〔ルール1:「クルーグマンは正しい」;ルール2:「クルーグマンは間違っていると思ったらルール1を参照せよ」〕の少なくとも2つに抵触してしまっていて),今回のポストはそれに対する反応だからだ.
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マーク・ソーマ 「『白衣の男』と計画的陳腐化」(2014年10月9日)

●Mark Thoma, “‘The Light Bulb Cartel and Planned Obsolescence’”(Economist’s View, October 09, 2014)


今日は忙しくてブログまでなかなか手が回らないのだが、とりあえず目に留まった記事をいくつか急ぎ足で紹介しておくとしよう。今回取り上げるのはティモシー・テイラー(Timothy Taylor)のブログエントリーだ。

The Light Bulb Cartel and Planned Obsolescence”:

1951年に製作された『白衣の男』(主役を演じたのはアレック・ギネス)は愉快なSFコメディ映画というにとどまらず、テクノロジーや「計画的陳腐化」についてのよく練られた物語でもある。アレック・ギネス演じる主人公の研究員(シドニー)はまったく新しい画期的な繊維の開発に成功する。汚れもしなければ擦り切れもしない究極の繊維。この繊維のおかげで今後は洋服代や洗濯代が節約できるようになるに違いない。そんな未来像を心に描くシドニー。シドニーが発明した繊維は当初のうちこそ世間から驚きをもって迎えられたものの、瞬く間に風向きが変わってシドニーに対する風当たりは強まる一方に。「シドニーが発明した繊維を素材とする衣服が商品化されてしまったら倒産待ったなしだ」と恐れる繊維・衣服業界の重鎮たち。繊維会社の工場で働く労働者たちも「我々の職が失われてしまう」と戦々恐々。「我々の職も失われる」と洗濯(クリーニング)を生業とする面々も追随する。エンディング間近の場面で登場人物の一人がしかめ面で指摘する。製品の出来が良すぎると商売はうまく回っていかない。曰く、「あれやこれやの発明はその後どうなったと思う? 切れ味が落ちないカミソリの刃だとかほんのわずかの燃料で水上を疾走する車だとかはどうなったと思う?1
 
企業の経営陣が売り上げを伸ばすために製品の質をあえて落とす決断を下した(「計画的陳腐化」に手を染めた)「これぞ」という例を現実の中から探すとなるとなかなか難しい。現実の市場に出回るのは「低品質で低価格」の製品かあるいは「高品質で高価格」の製品かのいずれかというのが通例であり、企業による商品化の決定には消費者の声(世間の人々が何を買いたいと思うか)が大いに反映されるものなのだ。しかしながら、「計画的陳腐化」の実例もないわけではない。マルクス・クライエフスキー(Markus Krajewski)がIEEE Spectrum誌の2014年10月号でその一例を詳しく取り上げている。題して “The Great Lightbulb Conspiracy: The Phoebus cartel engineered a shorter-lived lightbulb and gave birth to planned obsolescence”(「白熱電球をめぐる大陰謀:ポイボス・カルテルによる計画的陳腐化の試み ~『白熱電球の寿命を縮めよ!』~」)。〔以下続く

  1. 訳注;そんな夢のような発明はどれもこれも結局のところは(消費者が買い替えをする必要がなくなりそのために会社の業績悪化を招くと懸念されて)商品化されずに終わったんだよ(そして君が発明したその繊維も同じく商品化されないことだろう)、という趣旨のコメントが後に続く。 []