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「消費バスケット一杯の企業異質性」

消費バスケットの中の企業異質性:家庭と店舗スキャナーデータからの証拠 from VoxEU

2017年8月2日

  Benjamin Faber、カリフォルニア大学バークレー校経済学部助教

Thibault Fally、     カリフォルニア大学バークレー校助教

概要: 近年の文献は労働者の所得への企業異質性の影響について論じるようになってきている。このコラムでは家計の生活費への影響という観点から企業異質性について考えてみる。富裕層と貧困層はその消費財を異なる企業から購入しており、ゆえに企業の異質さの非対称性から異なる影響を受ける。分析はほどほどの貿易自由化により、合衆国の最も豊かな20%の家計は最も貧しい20%と比べて小売財消費での生活費インフレ率が1.5ー2.5%ほど低くなりえる事を示している。

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サイモン・レン=ルイス「景気後退後の緊縮が永続的な影響を残す理由」

[Simon Wren-Lewis, “Why recessions followed by austerity can have a persistent impact,” Mainly Macro, July 12, 2017]

経済学を学ぶ学生は,早いうちからこう教わる.「短期的には総需要がものをいうけど,長期的な産出を決めるのは供給側だぞ.」 もうちょっとましな言い方をすると,「短期的には供給が需要に合わせて調整される一方で長期的には需要が供給に合わせて調整される」ということだ.この考え方のカギを握っているのは,「(好景気であれ景気後退であれ)短期的な需要の動きから長期的な供給は独立している」という点だ.かつては,この単純な考え方がきわめて有用だった.このポストに載せているイギリスのデータを見てほしい:石油危機もあったしマネタリズムや欧州為替相場メカニズム離脱後の景気後退〔ポンド危機にはじまる景気後退〕もあったにも関わらず,イギリスの一人あたり産出量は第二次世界大戦後に 2.25% のトレンドに復帰しているように見えた――
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キャロル・グラハム 「アメリカの希望の欠如」

アメリカの希望の欠如:豊かな国の貧しさは高くつく

Lack of hope in America: The high costs of being poor in a rich land from VoxEU

2017年7月28日

キャロル・グラハム(Carol Graham)

ブルッキングス研究所のLeo Pasvolskyシニアー

メリーランド大学カレッジパーク校School of Public Policy教授

合衆国の分裂はかつてない程になっています。それを一番分かりやすく表している指標について経済学者は長年にわたって議論してきましたが、それは所得と機会の両方の不平等の急激な増加でしょう。合衆国の不平等の高さは将来の機会(の多さ)を意味しているのだという長く信じられてきた信念がありますが、多くの研究がそれはもはや事実ではない事を示す有力な証拠を提供しています。Chetty et al. (2017)は、両親の所得レベルよりも上へ行ける子供の比率が1940年生まれのコーホートの90%から、1980年生まれについての50%まで低下した事を発見しています。しかし、ジニ係数などの数値指標に基づいた経済学者内部の技術的な議論は一般の議論の中には浸透してはいないようです。

合衆国内の分裂は所得の領域をはるかに越えたものになっており、その幾つかには特に不安を感じさせられます。新著において、私は生活水準(well-bing)の面から不平等の趨勢をかたりました。通常の指標から出発して、厚生の非経済的側面に関する指標、たとえば幸福、ストレス、怒り、そしてもっとも重要である希望などについてのものを利用しています(Graham 2017)。

希望は人々が将来の為の投資を行う動機となる重要なものです。生活水準についての私の以前の研究は、経済的余裕のない人達にとってそれがとりわけ重要である事に光をあてました。彼らにとってそういった投資を行うことは富裕層にとって以上の現在時点での消費の犠牲を必要とします(Grapham et al. 2004)。機会についてのギャップの拡大に加えて、合衆国の豊かさのギャップは信念、希望、そして願望についての不平等の拡大につながってきており、経済的に取り残された人達こそがもっとも希望を持たず、その将来の為の投資を最も行わない人達となるわけです。

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ラジブ・カーン「デーヴィッド・フラムへの10の質問:ネオコンインサイダーかく語りき」(2017年2月1日)

10 Questions For David Frum
POSTED ON FEBRUARY 1, 2017 BY RAZIB KHAN

Q1:あなたのツイッターを見ている限り、自身をネオコンと見做しています。もしそうなら、ネオコンであるということは、どのような意味を持つのでしょうか?

より正確に言うなら、他人から見て分かりやすそうな分類方法なので、「ネオコン」名札を受け入れている、という感じですかね。私自身は、この言葉を、イデオロギー的な表現というより、経歴を表す用語として長い間見做してきました。これは私見となりますが、両大戦間期に生まれ、ニューディールの自由主義者として生い立ちを始め、後の1960年代と1970年代の社会激変の渦中に右派に主旨替えした特定集団の人達の説明として使用されてきました。アーヴィング・クリストル、ジェームズ・Q.ウィルソン、ダニエル・パトリック・モイニハンといった人でしょうか。これは、私の半生記にはまったくもって適応しないでしょう。しかしながら、長い年月を経ることで、この用語の形成に当てはまる人達が抱く信条の多くの要素を、私も共有するに至ったのです。信条とは、以下のようなものを含んでいます。

a)「社会保険制度は、自由市場社会を、弱めるよりも安定させる」との信条。
b)社会科学の手法と洞察への尊重
c)自由な世界秩序への責務は、アメリカの超越さとリーダーシップによって担われている。

Q2:ほぼ間違いないでしょうが、先進国における自由民主主義の見通しに関して、いくぶん悲観的な時代に、私たちは生きています。しかしながら、1930年代と違い、既存の思想に取って代わるようなイデオロギー共有が存在しないように思えるのです。今の時代は、朦朧としたままに過ぎ去ってしまうのでしょうか? それとも、なんらかの新しい思想運動の出現が、我らの時代の覇権的な制度として、自由民主主義に取って代わるのでしょうか?

イスラム世界を除けば、今はなんらかのイデオロギーの時代ではないでしょう。自由民主主義への主要なオルタナティブは、独占的権威主義ですかね。それは、人の熱狂に火をつけるような信条制度ではないでしょう。しかし、それは確実に力強く、堅牢で、効果的な制度ではあります。そして、この制度は、財産を既得保持してる人々には、強く魅力があるものなのです。

Q3:古代中国等においては、技術や能力に基いて選別された官僚の統治と、良き人格や美徳を信条とする為政者の統治、どちらが良いのか、といった議論がありました。ファリード・ザカリア1 らは、1960年代に前後してアメリカの政治制度が為政者の統治から官僚のそれに移行し、その事は私たちの民主主義の堅牢性の在り方に長期に渡って影響を及ぼしているであろう、と示唆しています。まず聞きたいのが、今日の私たちは、官僚の統治下にあると同意されますか? そして、もしそうであるなら、こういった官僚統治は、私たちを反自由主義に向かわせることになるかもしれないと考えていますか?

私たちが官僚の統治下にある、といった考えには同意できませんね。しかし、選挙で選ばれた政治当局者は官僚のアドバイスに依存するところが大きい、といった考えはハッキリ認めざるをえないでしょう。

Q4:あなたはカナダ人です。歴史的偶然性をひとまず置いておくなら、カナダの英語圏はアメリカ合衆国から独立しているべきである、といった考えを正統化することはできますか? 両国の深い文化的違いが、アメリカ人には理解できないような政治的独立を正統化するような根拠になっているのでしょうか?

独立すべきとか、統合されてるべきとか、言い出したのは誰かしら? 「あるがままに依拠している唐変木」とでも? 非常に多くのカナダの独立を正統化する事象があります。歴史の偶然性を理由にした…。ほとんどが歴史的偶然性によるものでしょう。優れて正統な理由がないのなら、あなたもこの件を弄ばないほうが良いですよ。

Q5:2000年代後半に、あなたは保守運動への参加に際して、なんらかの不和を抱えていましたよね。少なくとも、所属していた集団への掟破りらしきものを始めています。(例えば、あなたは、民主党の医療制度改革に対して、反対するより、調停擁護に回っています)。これは徐々なる転向なのですか? それとも「君子豹変」した瞬間があったのでしょうか?

当初は極めて徐々でしたね、その後に非常に突発的なものとなりました。私が1990年代初期に関心を持っていたのは、中産階級の生活水準に何か悪い事が起こっているという断片事実でした。これは今や、当たり前に認められている事実でしょう。当時、これは極めて異端な思想だったのですよ。少なくともウォールストリート・ジャーナルの社説面などでは。その時、わたしはそこで働いていました。このことは、大規模移民によるネガティブな効果に、私の関心を向かわせました。より異端的な思想でしょうが。

私にとって物事が急速に進み始めたのは、ハリエット・マイヤーズ2 が最高裁判事に指名されたことです。ホワイトハウスでの執務経験から、私は彼女を若干知っていました。彼女は多くの点で、優れた人でした。しかし、その指名は、驚くほど不適切なものだったのです。それは、誰にとっても自明であるべきでした。それは、誰にとっても自明だったのです。しかし、私たちのうちのほんの数人――ローラ・イングラハム3 が最初の門外の人ですね――しか敢えて異議言及しなかったのです。同調圧力が非常に険悪に深化していることを渦中で気付くのは、楽しいことではありませんでした。

次に、2008年の金融危機が到来することになりました。まずジョージ・W・ブッシュ政権によって、後にオバマ政権によって、積極的な政策措置が行われました。危機が加速度的に伝染し、グローバル経済が崩壊するのを防ぐ為に必要な措置だったでしょう。この危機の渦中、主流の保守派は、イデオロギー的な戒律に固執し、それは贔屓目に見ても見当違いなもので、最悪に考えれば大惨事になる可能性にあるものでした。その後に続くことになった長い悲惨な不況下において、保守派の解決策は、非人道的で、道理に反し、危険なまでに不安定だと、私には思えました。1930年代以来、最も長期にわたった失業の蔓延状態の期間においてさえ移民を拡張しようとした、『ギャング・オブ・エイト法案4 』試みなどを、保守派の間違いに含めることができるでしょう。トランプは、この期間の保守派の間違いが招いた代償の一部でしょう。私にはそう思われます。

しかしながら、遡ることができるなら、これら間違いの総ては、イラク戦争時の私の経験に突き当たります。そこでも大部分が間違えていました。集団浅慮5 が原因です。私は個人的に、二度とそのような集団浅慮の一翼にならないことを決心していました。

Q6:あなたは自著”Dead Right“(『死んだ右派』)において、ナショナリストが、将来の共和党の最も有力な構成要素になると示唆していました。ただ、あなたはこの予測を好んでいないようでした。この一世代において、これは正しくなかった予測のように思えます。政策的方向性において、共和党は未だに国際主義のままです。キリスト教的構成要素も、象徴性とレトリックとして未だ多くの注目を引きつけています。ドナルド・トランプが共和党をどこに連れて行こうとも仔細関係なく、2016年の大統領選は、ナショナリズムの勝利を予兆しているように思えるのです。1990年代に、ナショナリズムとポピュリズムが、1世代先の将来世代に輝かしい未来をもたらしそうだと、何か見いだせていましたか?

私が見出していたものですか…。それは、経済成長の可能性鈍化と移民の加速ですね。この組み合わせは、過去において幸せに終わったことはけっしてありませんでした。そして、今においても幸せに終わりそうにもないでしょう。

Q7:私たちを取り巻く世界を理解するには、2つの異なった方法があります。1つ目は、定量科学の形をとっています。統計回帰と仮説を扱う分野ですね。もう一方は、より心象に基づいたものです。史実に基づく物語的要素や、膨大な個別事象と事実を扱う分野です。もし何かあるとすればですが、あなたは政治学のような分野から何を学んでいきましたか? 政治学は規則的なモデルと、経験的なデータセットを扱っています。そして、あなたは歴史学のような分野からは何を学んできましたか? 歴史学は、物語的要素を論点化しています。

政治学から学ぶべきことはたくさんありますね。しかしながら、自身の思索は、歴史学と法学によって形成されていると認識しています。私は、歴史学と法学を最も体系的に学びました。歴史学において重要なことは、歴史が教えるくれるものと、そうでないものを区別することにあります。いわゆる「歴史の教訓」は、実際には非常に曖昧な指針です。私の好きだった先生は、「歴史は決してそれ自身を繰り返しません。細部に感心を払わない人にそう見えるだけなのです」と生徒たちに話していました。歴史の本当の価値とは、どのような経緯を経て今の時代に至ったのかであったり、現在の受難に我らをどのように位置づけるかを、深く理解することにあるのです。

Q8:次なる世代が、脱勤労世界の出現を見るかもしれないと同意されますか? もし同意されるなら、そのような世界における労働の過剰共有への、あなたの支持する解決策は何でしょうか?
(例えば、普遍的なベーシックインカム、それとも大規模な公的雇用プロジェクトなどがあります)

率直に言って、そのような世界は疑わしいですね。やるべき仕事は常に存在しています。人が仕事を行う為に、訓練され、インセンティブが与えられている限りは…ですが。

Q9:私たちは人間遺伝子工学とゲノム工学が大規模に進歩している時代に生きています。これら研究成果の詳細について論評する事よりも、私が興味があることがあります。それは、ワシントンDC内や周辺の政治政策に関わるインテリ達が、大学内と民間セクターで起こっているこの研究成果に気づいてたり、関心があるのか、それともないのか、ということなのです。政治政策部署において、自然科学は分野の専門家に任せるべき論題として見做されているのでしょうか? もしくは、自然科学は、政治政策知見をより幅広くすることに、貢献したり影響を与えていますか?

自然科学は、政治的な審議においては、痛ましいほどわずかな影響しか及ぼしていません。申し訳ありませんが、こう言うしかありません。

Q10:若い頃からあなたの思想形成に影響を与え続けている、一冊の本は何でしょうか? 自身の例を挙げさせてもらうなら、マット・リドレーの1999年の本『ゲノムが語る23の物語』です。

たった一冊だけですか? それも若い頃の? 私が見出したのは、小説や詩が人の心に長い間留まるということです。以下引用の一文が、私たち皆に、いくばくかの慰めを与えるかもしれないですね。

「どんなに賢い人でも」と彼は私に言った、「若い頃のある時期に、あとから思い出して不快になって消してしまいたいと思うような言葉を口にしたりそんな生活を送ったりしたことのない人はいません。でも、それを一から十まで後悔する必要はありません。だって、曲がりなりにも賢いと言われる人間になれるかどうかは、そこに最終的に辿り着く前に、滑稽な人間やおぞましい人間になるという化身の段階をすべて通ったか否かにかかっているんですから。上流社会の人たちの息子や孫にあたる人たちね、そういう若者たちは家庭教師から精神の高貴さとか精神的な気品とかを中学のときから教え込まれるんですよ、私の知る限りで言えば。たぶんこういう若者たちが人生から削らなくてはならないものは何もありません。彼らは自分が言ったことを活字にもできるし、署名をすることもできるかもしれない。しかし、哀れな精神の持ち主だし、純理派(ドクトリネール)の無力な末裔にすぎません。こういう人の見識などマイナスに働く不毛なものです。そもそも見識というのは誰かから受け取るものではありません。それは自分で見つけなくてはならない。しかも、誰も代わってくれない道、誰も免除してくれない道を自分で歩いてからのことです。見識というものがひとつのものの見方だからです。あなたが素晴らしいと感じる生活やあなたが尊いと思う態度は、一家の父親や家庭教師に準備されたわけではありません。最初は周囲にはびこる悪いものや凡庸なものに影響されて、いろいろ違う形を取るのですね。そうした生活や態度が表しているのは戦いと勝利にほかなりません。若い頃自分の姿がどうだったかはもう判然としないけれど、いずれにしても不快なものだということはわかります。それでも、否定されるべきではないんです。だって、それは私たちがほんとうに生きてきた証であり、人生と精神を統括しているさまざまな規則に従って、画家で言えば、アトリエの生活とか芸術上のグループと言った生活上の月並みな要素から、それを超える何かを引き出してきた証左なのだから」

※訳注:訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。
※訳注:デーヴィッド・フラムはアメリカでは非常な有名人と思われるが、日本では著名でないと思われるため、副題を追加している。
※訳注:最後にフラムが引用している文章は、プルーストの『失われた時を求めて』の第2篇「花咲く乙女たちのかげに」の第2部の登場人物のセリフである。本エントリの引用箇所は光文社古典新訳文庫版から引用をさせてもらっている。

  1. 訳注:1964年生まれ、インド出身のアメリカで活躍するジャーナリスト。国際政治を題材にした著作で有名。邦訳書籍に『民主主義の未来――リベラリズムか独裁か拝金主義か』『アメリカ後の世界』等がある []
  2. 訳注:1940年生まれの弁護士。ジョージ・W・ブッシュがテキサス州知事時代の法律顧問を務め、ブッシュの大統領就任後は、大統領法律顧問に就任している。ブッシュによって最高裁判事に指名されるが、縁故採用、主な専門が企業間訴訟であったこと、等を理由に共和党内でも異論を呼び、上院承認前にマイヤーズ自身が大統領の指名を辞退することで事態の収拾を図る事となった。 []
  3. 訳注:アメリカで最も人気があるとされる保守系ラジオのパーソナリティ。 []
  4. 訳注:2013年に上院に提出された『国境安全、経済機会、および移民近代化法』のこと。共和党マケイン上院議員を筆頭に超党派の議員8人よって上院に提出されたため『ギャング・オブ・エイト法案』とも呼ばれている。国境警備の強化等と引き換えに、不法滞在の移民の永住権確保や、若年層移民への永住権の付与、移民の家族呼び寄せの迅速化等への道を開く法案。本法案は反対も多く、上院通過後に審議中となっている。 []
  5. 訳注:グループシンクとそのままカタカナ表記されることもある、集団による討議等で不合理な意思決定が行われることを意味する用語。 []

サイモン・レン-ルイス ヘリコプターマネーと財政政策 (2016年5月20日)

Helicopter money and fiscal policy, (Mainly Macro, 20 May 2016)

Posted by Simon Wren-Lewis

ジョン・ケイ とジョージ・ビボウ は2人とも政府の公共投資支出はよいアイデアだと思っており,そしてヘリコプターマネー(ヘリマネ1 )は目眩まし(ビボウ)ないしはごまかしによる財政政策(ケイ)だと思っているようだ.彼らは公共投資については正しいが,ヘリマネについては間違っている. [Read more…]

  1. 訳注: 原文ではHM []

サイモン・レン=ルイス「柔軟な労働市場は中央銀行家にとって問題か?」

[Simon Wren-Lewis, “Is a flexible labour market a problem for central bankers?” Mainly Macro, August 2, 2017]

景気後退が起きたり経済が下向いたりするのは,典型的に,財への総需要が不十分になっている結果だ.これを終わらせる方法はただひとつ,何らかの方法で需要を刺激するしかない.勝手に需要が刺激されることもあるだろうし,金融政策担当者が金利を引き下げたために需要が刺激されることもあるだろう.総需要不足が起きているかどうか知るにはどうすればいいだろう? 失業率が高くなってきたらそうとわかる.財への需要が低下することでレイオフを行ったり新規雇用を抑えたりする動きがでてくるからだ.
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ニック・ロウ 「『緊縮』という言葉について」(2013年6月14日)

●Nick Rowe, “Words and wartime austerity”(Worthwhile Canadian Initiative, June 14, 2013)


「言葉」というのは大事だ。財政政策の実態を含みがあって誤解を招きやすい「言葉」を使って表現しようものなら財政政策をめぐって知的な議論などできやしないだろう。

公共投資プロジェクトを中止する。あるいはその実施を予定よりも遅らせる。その決定は賢い場合もあれば愚かな場合もあるだろう。しかしながら、公共投資プロジェクトの中止(あるいは延期)は「緊縮(節制)」(”austerity”)なんかではない。

公共投資プロジェクトを決行する。あるいはその実施を予定よりも早める。その決定は賢い場合もあれば愚かな場合もあるだろう。しかしながら、公共投資プロジェクトの決行(あるいは繰り上げ)は「乱費(放蕩)」(”profligacy”)なんかではない。

「本物」の経済学者であれば財政政策を論じる時に「引き締め」(”tightening”)だとか「拡張」(”loosening”)だとかという言葉を口にすることはあっても、「緊縮(節制)」だとか「「乱費(放蕩)」だとかという言葉を口にすることはない。少なくとも「本物」の経済学者同士で語り合う時はそうだし、そう心掛けるべきなのだ。「本物」の経済学者であれば「財政刺激」(”fiscal stimulus”)というこれまた含みがあって論点先取な言葉も口にすることはない(し、口にすべきではない)。

「緊縮(節制)」にしても「乱費(放蕩)」にしても家計の消費行動を記述する言葉としては申し分のない言葉だが、政府の消費・投資行動や課税行動を記述する言葉としては不向きな言葉だ。それというのも国家財政と家政(家計のやりくり)とは別物だからだ。

経済学者であれば両者(国家財政と家政)の違いはよくわかっているはずだ。そうであれば両者の違いをぼかしてしまうような言葉は使うべきではないのだ。

しかしながら、重要な例外が一つだけある。経済学者が政府の行動を「緊縮」という言葉を使って表現しても構わない例外であり、原則がどのようなものであるかを浮かび上がらせることになる例外だ。

「第二次世界大戦中にイギリス政府は『緊縮』策に打って出た」。そう表現するのはまったくもって正しい。第二次世界大戦中にイギリス政府が手掛けた「緊縮」策の目的はぎりぎりのところまで家計の消費を抑える(切り詰めさせる)ことにあった。家計の消費を抑えてできるだけ多くの資源を戦争用にまわそうとしたのである。さて、その当時の財政収支はどうなっていたかというと、巨額の財政赤字が計上されていた。つまり、その当時のイギリス政府の財政政策は極めて「拡張的」だったのである。この例が示しているように、「緊縮」は「財政引き締め」を意味しはしないのだ。

(第二次世界大戦中にイギリス政府は様々な手段を組み合わせて「緊縮」策に乗り出した。消費財の配給制度の導入、国民に貯蓄を奨励して軍事公債を購入するよう勧誘、生産活動の直接的な統制(それまで消費財の生産を手掛けていた企業に兵器の製造に鞍替えするよう指示)等々である)。

サイモン・レン-ルイス 緊縮を定義する (2015年12月7日)

Defining austerity  (Mainly Macro, Monday, 7 December 2015)

Posted by Simon Wren-Lewis

最近のダブリンでの講演で私が示した緊縮の定義は,一般に広く使われているものではないが,よい定義だと自分では思っている.もっとも一般的な定義では,単に国家予算の赤字を削減しようとして財政支出を切り詰めたり増税したりすること,ということになるだろう.この定義の問題点は,ニック・ロウが不平を唱えていた(邦訳)通り,これでは財政健全化 (fiscal consolidation)という用語と同じになってしまうということだ.緊縮とは単に大幅な財政健全化のこと,と言ってもよいかもしれないが,これでは弱いように思う.

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ジェイムズ・ベッセン「コンピュータによる自動化は人間の仕事にどう影響するか:テクノロジー・雇用・技能」

[James Bessen, “How computer automation affects occupations: Technology, jobs, and skills,” Vox, September 22, 2016; 翻訳のPDF版]

「コンピュータによる自動化が進むと大量に雇用が失われる」という考えが広まっている.だが,ここで見過ごされているのが,需要の変化や職業間の代替の両方がからんだ経済の動的な反応だ.このコラムでは,アメリカのデータを利用して,細分化した職業カテゴリーで自動化が雇用に及ぼす影響を考察する.今日まで,コンピュータを使うさまざまな職業の雇用は他より大きく伸びている一方で,あまりコンピュータを使わない職業では,コンピュータが絡む雇用喪失が他より多く生じている.自動化でつきつける本当の課題は,新しいテクノロジーを使う技能をもつ労働人口を発展させることだ.

自動化が心配されているのはブルーカラー製造業の労働者だけではなく,ホワイトカラーや専門職でも自動化が懸念されている.人工知能を用いるものも含めて新しいコンピュータプログラムは,簿記係・銀行の窓口係・販売員その他のこなす作業をかわりにこなすようになっている(Brynjolfsson and McAfee 2014).人によっては,こうして作業をプログラムが代替することでテクノロジーによる失業が生じ,大不況からの景気回復が緩慢になったと考える向きもある(Ford 2015).将来に目を向ければ,Frey and Osborne (2013) の予想によると「アメリカの雇用の 47% が(…)自動化で代替される可能性があり(…),おそらくは今後10年~20年でそうなりうる」という.他方で,もっと穏当な影響を考える人たちもいる (Autor 2015, Amtz et al. 2016)のだが,「コンピュータによる自動化によって大規模な失業が生じるようになっており,しかもこれからますます大勢が影響を受けるようになる」というこの見解をふまえて,たとえば最低所得保障のような新政策が提唱されている(Ford 2015).

だが,コンピュータによる自動化は実際に正味の大幅な雇用喪失をうみだしているのだろうか? 自動化をめぐる議論は盛り上がっているものの,残念ながら,厳密な経済分析も実証的な証拠も活用されていない.筆者が最近出した論文では,アメリカにおいて近年のコンピュータによる自動化が細分化した職業の雇用増加に及ぼした影響を推定している(Bessen 2016).筆者が用いるのは,世間の論議でおおむね無視されている基本的な経済の相互作用をとらえるモデルだ.たとえば自動化が製品需要や職業間の代替におよぼす影響がこのモデルにはとりこまれている.

自動化の基本的な経済学

自動化とはどういうもので,自動化がどのようにして雇用に影響するのかを明瞭に理解することから着手するのが欠かせない.自動化がなされると,ある職業がこなす作業の一部あるいは全部を機械が行うようになり,その作業の実行に必要な人間労働が減ったり消滅したりする.だが,こういうかたち以外にも,新テクノロジーが労働人口に困難と変化を強いるかたちはある.新テクノロジーは製品を時代遅れにすることがある.たとえば,自動車が普及すると馬車製造業者の仕事は一掃された一方で,新たに自動車の車体製造の仕事がつくりだされた.また,テクノロジーは,仕事の組織を変えることもある.たとえば,通信テクノロジーによって,〔働く場所を1カ所に集中させず〕分散させたり,よそに委託したり(アウトソース),国外に移転したり(オフショア),仕事をあるグループから他のグループに移したりしやすくなる.セルフサービス・テクノロジー(e.g. 飛行機のチケット予約)は,〔窓口の人員がやっていた〕仕事を消費者に移した.情報テクノロジーは,新しい市場の開拓を円滑にする(e.g. Airbnb, Uber).〔機械が仕事を代替して人員が不要になること以外の〕こうしたさまざまなテクノロジーによる変化は,一部の労働者に困難と変化を強いたり雇用を消滅させることがあるものの,全体として〔雇用喪失と創出を差し引きした正味でみて〕大量の雇用喪失が生じると予想すべき特段の理由はない.旧来の雇用が消滅する一方で新しい雇用が創出されるからだ.他方で,同じ産出をうみだすのに必要な人間の労働を機械が減らすため,自動化は正味の雇用喪失をうみだすかもしれない.

また,これまでの議論では,機械によって全面的に人間の雇用が奪われる場合を取り扱うことが多かった(e.g. Frey and Osborne 2013).だが,実際には大半の自動化は部分的なものだ――一部の作業が自動化されるにとどまる.たとえば,1950年から幅広く自動化がすすめられてきたにも関わらず,1950年の国勢調査でリストに細分化されている職業270項目のうち,自動化のおかげで消滅したものはたったひとつしかない――エレベータの操作員だ 1.だが,他の多くの職業は一部だけが自動化された.

この点の区別が重要なのは,そこから非常にさまざまな経済的帰結が導かれるからだ.ある仕事が完全に自動化されたら,自動化は必然的に雇用を減らすことになる.だが,ある仕事の一部だけが自動化された場合には,逆に雇用が増えることもありうる.その理由は,基本的な経済の仕組みに関わる.たとえば,19世紀に,1ヤードの布を織り上げるのに必要とされた労働の 98% が自動化されたものの,織物業の雇用数は増えた(Bessen 2015).自動化によって布の価格は下がり,きわめて弾力的な需要が増えた.その結果として,労働力を節約するテクノロジーが登場したにもかかわらず,正味で見ると雇用は増加した.

これと同様の需要の反応は,コンピュータによる自動化にも見受けられる.たとえば,自動現金預入支払機(ATM)が銀行の窓口係におよぼした影響を考えてみよう.1990年代後半から2000年代前半にかけて ATM は普及していった.その後,フルタイム相当の窓口係員の数は増えている(Figure 1 参照).どうして雇用が減らなかったのだろう? なぜなら,ATM のおかげで銀行は以前より低いコストで支店を営業できるようになったからだ.これによって,銀行は支店の数を増やすよううながされた(その需要は弾力的だった).こうして,窓口業務の雇用喪失が相殺されたのだ.

▼ Figure 1. アメリカにおけるフルタイム相当の銀行窓口係と ATM 機の数

もちろん,部分的に自動化されることである職業の雇用が減ることもある.需要が弾力的でない場合には,需要が伸びて雇用喪失が相殺されることはない.また,自動化が進むと企業内や産業内である職業を別の職業が代替するようになることもある.たとえば,いまや電話対応係は減ってきているが,受付係は増えている.植字工は減っているが,グラフィック・デザイナーやデスクトップパブリッシャーは増えている.コンピュータを使うグラフィック・デザイナーの方が植字工よりも生産的になったので,自動化によって植字工からグラフィック・デザイナーへの仕事の移転が進んだのだ.

雇用需要の伸びの推計

以上のような点を考慮に入れて,さまざまな産業での職業の需要を考えるモデルとして,需要の変化や産業内での職業間代替を許容するものを推定してみよう.ここでは,鍵となる独立変数として,各職業・産業の労働者によるコンピュータ利用の度合いを計測する.こうしたデータは,人口動態調査 (Current Population Survey) の付録から取得した.他の条件が同じなら,コンピュータをより多く使う職業ほど作業を自動化する度合いが強いと仮定する.従属変数は,職業-産業集団における雇用の相対的な伸びだ.

こうして得た推定は,通説の想定と真っ向から食い違っている.第一に,コンピュータを利用する職業ほど,雇用の伸びが緩慢であるどころか,逆に伸びがはやい傾向にある.標本の平均をみると,コンピュータ利用は,その職業での年間雇用 1.7% 増と関連している.言い換えると,銀行窓口の事例は,例外ではなく典型かもしれないということだ.

第二に,職業間には強い代替効果がはたらいている.同じ産業内で他の職業がコンピュータを利用しているかぎりで,さまざまな職業は雇用が減少する傾向にある.つまり,「機械が人間に取って代わっている」という筋書きになっていないのだ.そうではなくて,コンピュータを使うグラフィック・デザイナーが植字工にとってかわったように,機械を使う人たちが他の人たちにとってかわっている.

この代替効果は,雇用増効果をおおむね相殺している.両方を数えて単純な平均をみてみると,コンピュータ利用は雇用増加に関連しているものの,その効果は小さく,1年あたり 0.45% となっている.

コンピュータによる自動化と格差

とはいえ,コンピュータによる自動化は人員の大幅な配置転換と結びついている.自動化は全体的な雇用に大きな影響をおよぼしていないように見えるものの,さまざまな職業で,あるグループで仕事を失う人が大勢うまれて他の職業の人々によってその仕事が代替されるようになることと自動化は関連している.とりわけ,低賃金の職業は雇用を失いがちな一方で高賃金の職業は雇用を増やしている(Figure 2 参照).高賃金の職業はもっと徹底してコンピュータを使い,低賃金の職業でなされている仕事を代替できるようになっている.

▼ Figure 2. 1980年の職業別賃金で分けた3グループの職業別雇用増減にコンピュータによる自動化がおよぼした正味の効果

もし,低賃金職業の労働者が高賃金の職業に移るのが容易でないとすると,この不均衡は経済格差に多大な寄与をなしうる.たとえば,低賃金労働者はコンピュータとともに働く機会がえられなかったり必要な技能を持ち合わせていなかったりするかもしれない.筆者のデータは,実際にそうなっているらしいといういくばくかの証拠を提供している.コンピュータをより多用する職業ほど,同じ職業内の賃金分散が大きくなっている――つまり,新技能を習得した労働者はもっと稼ぐようになるのだが,誰もがみんな学ぶ機会や能力をもっているわけではないのだ.また,コンピュータを利用する職業は,大卒の労働者の採用割合が高くなる傾向がある.銀行窓口係のように大卒資格を必要としない職業ですらそうなっている.

結び

さまざまな作業をコンピュータが自動化するからといって,コンピュータを使う職業が必ず雇用喪失に苦しむとはかぎらない.それどころか,これまでのところ,コンピュータを使う職業ほど雇用が伸びている.そのかわりに,コンピュータに関連する雇用喪失を味わっているのは,あまりコンピュータを使わない職業のようだ.

「コンピュータによる自動化は必然的に大規模な雇用喪失につながる」という考えは,自動化に対して経済が見せる動的な反応を見落としている.需要が変わったり職業間での代替が進んだりといった反応が考慮されていない.もちろん,近年の経験で必ず未来が予測できるわけではないし,新たな人工知能テクノロジーがおよぼす影響は話がちがうかもしれない.実際,過去のテクノロジーを見ても,たとえば織物の自動化は当初こそ多くの雇用をつくりだしたものの,需要の弾力性はしだいに減少し,やがてさらなるテクノロジーの発展で雇用喪失が生じることとなった.コンピュータによる自動化が未来で雇用喪失をもたらなさいともかぎらない.

だが,そうした未来の問題にばかり注意を向けていては,今日の政策を考える足取りがおぼつかない.〔本稿の〕証拠をみるかぎりでは,コンピュータはいまのところ正味の雇用喪失をもたらしていないものの,低賃金の職業は雇用を失いつつあり,経済格差に寄与すると見込まれる.こうした労働者たちが実入りのいい新しい仕事に移るためには新技能が必要となる.新しいテクノロジーを使う技能をもった労働人口を発展させることこそ,コンピュータによる自動化が課した現実の課題である.

参照文献

  • Arntz, M, T Gregory and U Zierahn (2016) “The risk of automation for jobs in OECD countries: A comparative analysis”, OECD Social, Employment and Migration Working Papers, No 189, OECD Publishing, Paris.
  • Autor, D H (2015) “Why are there still so many jobs? The history and future of workplace automation”, The Journal of Economic Perspectives, 29(3): 3-30.
    Bessen, J (2015) Learning by Doing: The Real Connection Between Innovation, Wages, and Wealth, Yale University Press.
  • Bessen, J (2016) “How computer automation affects occupations: Technology, jobs, and skills”, Boston University School of Law, Law and Economics Research Paper 15-49.
  • Brynjolfsson, E and A McAfee (2014) The Second Machine Age: Work, Progress, And Prosperity In A Time Of Brilliant Technologies, New York: WW Norton & Company.
  • Ford, M (2015) Rise of the Robots: Technology and the Threat of a Jobless Future, New York: Basic Books.
  • Frey, C B and M A Osborne (2013) “The future of employment: How susceptible are jobs to computerisation”, Working Paper.

脚註 1. 他の職業が消滅した理由はさまざまだ.たとえば,サービスへの需要の変化(下宿の管理人),技術の陳腐化(電報のオペレータ),など.

スコット・サムナー 「劉暁波と零八憲章」(2010年10月8日)

●Scott Sumner, “Congratulations to Liu Xiaobo”(TheMoneyIllusion, October 08, 2010)


劉暁波(リウ・シャオポー)に今年度(2010年度)のノーベル平和賞が授与される運びとなったが、実は私は劉暁波および(彼が中心となってその起草にあたった)零八憲章の大ファンの一人だ。零八憲章では主に政治的自由の拡大が求められているわけだが、以下の引用1をご覧いただければわかるように経済政策と関わりのある記述もいくらか目に付く。

8. 都市と農村との間における平等の確保: 現行の二元的な戸籍制度は撤廃すべきである。現行の戸籍制度は都市の居住者(都市戸籍の持ち主)に有利に働く一方で、農村の居住者(農村戸籍の持ち主)には不利に働く格好となっている。すべての国民に同等の憲法上の権利を保障して誰もが同じように居住移転の自由を享受できる制度への転換を図るべきである。

14. 私的財産の保護: 私的財産に対する所有権(私的所有権)を確立・保護し、自由で開かれた市場に基づく経済制度の発展を促すべきである。商工業の国家独占は取り止め、創業の自由を保障すべきである。立法機関(議会)に対して報告義務を負う国有財産管理委員会を設置して国営事業の民営化(国有財産の民間への委譲)が公平かつ開かれた条件の下で混乱なく進むように監視すべきである。土地の私有化を促すとともに土地を自由に売買する権利を保障するために土地改革にも乗り出すべきであり、そうすることで私的財産(土地)の価値が市場で適切に評価される(市場価格に的確に反映される)ように図るべきである。

15. 財政・税制改革: 行政府が国民に対して説明責任を負う民主的なコントロールの行き届いた財政制度を確立して納税者の権利を保障すべきである2。さらには、(租税の賦課・徴収をはじめとした)財政上の決定は(国民の代表によって構成される)立法機関(議会)が定めた法律に則って行われるべきである3。中央政府と地方政府(省、地区級市、県、鎮、郷)との間で財政運営を分担し、それぞれの政府に帰属する税収の使い道はそれぞれの政府が各自の判断で自由に決められるようにすべきである4。大規模な税制改革を通じて税率の軽減、税制の簡素化、税負担の公平性の担保を図るべきである。議会での審議や議会の同意もなしに税金が引き上げられたり新税が導入されるようなことがあってはならない。金融業への新規参入を後押しして金融機関相互間での競争を促すべきである。そのために所有権制度の改革に乗り出すべきである。

16. 社会保障制度の整備: 国民全体をカバーする公平で適切な社会保障制度を整備して教育や医療、年金、失業保険といった基本的な社会保障サービスを誰もが享受できるように図るべきである。

(追記)コメントを少々。ノーベル「平和」賞という賞自体に賛成する気はない。というのも、ノーベル平和賞は世界平和の推進ということとはほとんど何の関係もないことは明らかだからだ。劉暁波にノーベル平和賞が授与されることによって零八憲章の存在が広く知れ渡ることになる。今回の決定が持つ意味はむしろその点にこそあると言えるだろう。零八憲章は古典的自由主義の最良の部分を体現したものだというのが私なりの見立てだ。零八憲章にはエコノミスト誌に見られるようなプラグマティックな新自由主義イデオロギーが反映されているのだ。今回の決定にはおかしなところがあるかもしれないが、仮にそうであったとしても零八憲章のいい宣伝にはなるだろう。

  1. 訳注;零八憲章の英訳は複数出回っているようだが、サムナーはペリー・リンク(Perry Link)の英訳から引用している。基本的にはリンクの英訳に照らして和訳を試みたが、所々その他の英訳(例えばこちら)も参考にしつつ訳してあることを断っておく。 []
  2. 訳注;いわゆる「財政民主主義」の要求 []
  3. 訳注;いわゆる「租税法律主義」の要求 []
  4. 訳注;いわゆる「財政連邦主義」の要求 []