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ラジブ・カーン「多くの無神論者は白人ではない……東洋にいた無神論の伝説たち」2010年11月18日


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荀子

私がときどき寄稿している「Free Belief 」1  というコーナーに面白い投稿があった。その内容は、付随的に起きた非白人系の新無神論者に対する排除についてのものだった。実際に、私はこの投稿に対しては強く反対する。しかし、重要な部分もあったので以下に引用する。

”リチャード・ドーキンス2 やクリストファー・ヒッチンズ、サム・ハリス、ポール・ザカーリ・マイヤーズ、ジェームズ・ランディ……もし、あなたが「Cif belief」の定期的な読者だったならば、世界で最も卓越し率直な名前は新無神論者や懐疑主義者のものだ、という傾向を既に見出してるだろう。もう一つあなたが知るべきことがある……それは卓越した人たちは皆、白人だということだ。新無神論と懐疑主義運動は白人によって占められており、私はこれを問題だと思う。

バングラデシュ系である私は、若い時期に新無神論運動に参加していた。代表はユーラシア系の女性で、私は副代表だった。会計担当はムスリムであるアラブ人の父親で、私たちは上記のような特徴に合わないと考えていた。それでも、一般性は保たれると考えていた。さらにリチャード・ドーキンスの世界観にふさわしくないことはないと考えていた。世界的な視点で見た場合には事実として、非白人であっても大きな欠陥は存在しない。世界価値調査で人々に「宗教的な人間」や「非宗教的な人間」、「確信的な無神論者」のどれに当てはまるか調査をした。下記の5、4番目の波にある幾つかの棒グラフは、2000年代中期と2000年周辺にそれぞれ起きている。

(グラフ図を取得できず)

上記のように世界で最も世俗的な国家は東アジアにあり、特に「儒学圏社会」と呼ばれるものだ。故に世界の無神論者の主流は実際には東アジア人なのだ。ならば、なぜに東アジア人は無神論運動を展開しないのか? その理由として、東アジア国家は歴史的に中央集権制の文化として、独占的な宗教的アイデンティティを持たなかったことにある。18世紀に活躍した多くの啓蒙思想の哲学者に中国びいきの傾向があったのは、この理由によっている。

しかし、今日の学者の間で行われている孔子は宗教者ではないか……という議論を参考にすると、孔子によってもたらされた初期の教えは形而上学的な思索に深い偏向を与え、世俗主義的な結果主義に重きを置く傾向が存在する。孔子と孟子以降で3人目の偉大な儒学者である荀子は、より明確な物質主義者だと私には見える。荀子は中国の賢人界でのトマス・ホッブズのように私には見える。

いずれにせよ、2000年に渡って東アジアで主流エリートのイデオロギーとして機能した文化的かつ行政的な儒学は、そのような無神論や世俗主義ではなかった。荀子でさえも秩序のある社会を目指した儀式や敬意の必要性を守ってきた。中国の国家は特定の学派を補助かつ推奨し、他の学派にはしてこなかった。大事な点は宗教活動はいつもエリート文化に従ってきたことだ。そして、エリート文化自身は宗教の熱狂的な兆候を、より疑い深く見つめる傾向があったことだ。道教には失礼だが、東アジアで最も良く組織化された宗教は仏教だ。9世紀の中国や14世紀の韓国、16世紀の日本、近代初期のベトナムでの仏教の僧集団がより成長し組織化され過ぎたときには、弾圧があり、儒学圏社会が従わせた。言い換えると、ヨーロッパでのプロテスタントによる教会の世俗化などの政教分離の過程は宗教改革の間とその後の数世紀も続いて確立したのに、東アジアの文明化における政教分離の過程は昔からで大事件にはならなかったと言える。全ての中国の皇帝はヘンリー8世3 であり、宗教の擁護者でもあり、破壊者でもあった。※

これらの事実をまとめていくと、ドルバック4 からドーキンスに至る無神論の広告塔は特殊な歴史的事情の産物だということが分かる。つまり、キリスト教の西洋への受容から始まり、キリスト教の組織化に対する反対活動、そしてポスト・キリスト教時代における強力なキリスト教展開に対抗するための「新無神論」の勃興という流れだ。多文化主義を支持し、自身を急進的サブカルマイノリティだと認識している西洋人でさえも、西洋が中心かつ基準でないところで起こる事象を概念化することは非常に困難なのだ。一般的に全ての紛争と動態は西洋に対抗するその他の組み合わせだと考えられる。

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宗教と民族についての英国国勢調査をしたデータだ。イギリスに住んでいる華人の大半が「無宗教」だということに注意してほしい。黒人ではアフリカに起源を持つか、西インド諸島からの離散者かで結果が違う。南アジア人では明確な宗教の違いを確認できる。このパターンは国際的に反復されている。あなたが見ている文化に深く根ざしたパターンは、宗教と民族国家アイデンティティとの融合を示す傾向があり、特に南アジア人に顕著だ。だが私はここに幾つかの違いがあることを認める。近代インドの創設者であるジャワハルラール・ネルーは不可知論者であったが、近代パキスタンの創設者であるムハンマド・アリー・ジンナーは個人的に宗教への信心が欠けており、近代パキスタン人によって隠されている(彼がイスマーイール派5 出身であった事実も隠されている)。

ヘマント・メフタとアロン・シャハス6 らは、南アジア人の持つ一般的なタブーや因習を批判する非宗教的な態度や新無神論への構造的な要因を変えようとはしない。パキスタンやバングラデシュと違ってインドには、共産党やドラヴィダ運動7 による無神論運動からジョージ・フェルナンデス8 といった個別の政治家に至るまで、著名な非宗教的な政治家や運動の歴史がある。しかし、いまだにインド人には多くの宗教的な人々がおり、強い共同体的順応を示し続けている。

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私はお手本にはならない!

近い将来、イギリスの南アジア人は西洋社会での世俗化への広範な流れから自らを断ち切っていくように見える。彼らはイギリスでの人口が5%未満であるにも関わらず、他のグループとの結婚はほとんど行わず、自身で断片化している。ドーキンスがキリスト教を攻撃するのと同じように、攻撃的な世俗者らがイスラム教を攻撃すれば、彼らはイスラモフォビアとして非難される。ジョッシュ・マーシャル9 のようなアメリカの主流なリベラルは、キリスト教原理主義者と新無神論者らのイスラムに対する態度は「奇妙な合流」を遂げていると疑いの目で見ている。そして、それはイスラムに対してだけではない。2004年の後半にイギリスのシーク教徒は冒涜的な演劇に反乱を起こした。以下はその詳細だ……

”ガプリート・カウアー・バッティ10 によるシーク寺院での強姦と殺人を描いたドラマは、その「ベーチ~不名誉~」というタイトルに、自分らの信念に対する侮辱が内包されていると考えそうな批評家たちを驚かせることはあらかじめ宿命付けられていた。しかし、若い脚本家による小規模なドラマが結果として、バーミンガム・レパートリー・シアターでの警察沙汰を起こし、週末に数千ポンドにも及ぶ被害と衝突を起こすと予想できる人はほとんど居なかった。”

これは、南アジアで時々目立つ「共同体」による怒りの表現の異様な形態のものではない。しかしながら、この場合の怒りは共同体の異端な人員に対して向けられたものだ。

私が示そうとしている全体的な要点は、文化的な差異を真剣に捉える必要があるということだ。東アジア人は特別な区分けの歴史があるので比較的に世俗的なように、南アジアの文化や社会も宗教的約束事によってとても深く形作られてきた。もちろん、この再帰的かつ明白な信条や見解は持続するとは限らない。フランス人であるということは、カトリックであるということだった……革命中とその後のフランス社会にカトリックではない大衆が現れるまでは。新羅と高麗時代の韓国文化における仏教の隆盛は、李氏朝鮮の下での弾圧につながった。しかし、これらの変化はより良い見本によって起こるのではなく、むしろ、明確なエリートによる基本的な文化前提の根絶が原因だった。今日のイギリスで促進されている多文化主義の一種はこれらの種類の変容を点検する役割を確実に担うだろう……とアマルティア・セン11 は発言している。問題は新無神論団体やリチャード・ドーキンスのものではなく、多文化秩序の中で認識されるサブカルチャーを定義する特定要因を具体化し固定化する国家的なエリートにある。文化的混成と共存に対する国家指導が少ないアメリカのモデルが、個人の自己探求と定義のために、より多くの余裕を与えるケースとなる……と私は主張したい。

※これは言うまでもないが、東アジアは理性的な批評観に基づいた天国であるというわけではない。中国の医療や風水、韓国のシャーマニズム、日本の新興宗教運動を参照せよ。

https://gnxp.nofe.me/2010/11/18/most-atheists-are-not-white/

  1. イギリスのリベラル系雑誌、ガーディアンにあるコーナー、後のCif beliefも同様 []
  2. 新無神論者として有名な進化生物学者、後に挙げられているメンバーも同様 []
  3. 16世紀のイギリス国王、離婚問題でローマ教会よりイギリス教会が分離し宗教改革の発端となった []
  4. 18世紀のフランスの無神論者 []
  5. イスラム教シーア派の一派で、グノーシス的な傾向で知られる []
  6. 共に英米で活動する非白人の新無神論者 []
  7. 南方のドラヴィダ人が北方のアーリア人のカースト制度に反発を起こした運動 []
  8. インドの政治家で元国防大臣、当時、民主党に所属していた鳩山元首相と面会したことも []
  9. アメリカのリベラル系ジャーナリストで、弁護士スキャンダル追及で知られる []
  10. イギリスの女性作家で、シーク教徒 []
  11. アジア初となるインド人のノーベル経済学賞受賞者、潜在能力アプローチなどの学説で知られる []

ラジブ・カーン「革命を求めて声を上げたのに、誰も応じなかったらどうする?」(2017年4月14日)

「ダーウィニズムを信じていない」と私が中学二年のときの地学の先生は言い切った。彼はとても理知的な人に見えていたので、私の最初の反応は衝撃だった。「そりゃそうさ、猿から進化してきたと信じている奴らが幾らかいるからな、馬鹿だよ!」と私の隣に座っていた当時の最大の友人は笑いながら言った。私は本当になんといえば良いのか分からなかった……さらに、以下のようなことが私を混乱させた。その先生はダーウィニズムを信じているのではなく断続平衡説1 を信じていると言ったのだ。彼はこれ以上の説明をしなかったが、私は授業のあと数分間、何を彼が信じているのか知ろうと試みた。

その後、博識の古生物学者であるスティーヴン・ジェイ・グールド2 に、彼が深く心酔していたことを悟った。そこで、グールドの長きに渡る協力者で、親友でもあるリチャード・ルウォンティン3の発言を引用しよう。

”今、私はあなたに自らの偏向を警告するべきだと思っている……スティーヴンと私は進化論を長年に渡り教えてきた。そして、ある意味では私たちはずっと教室で格闘し合ってきたとも言える。なぜなら私が見たところ、スティーヴンはとても独創的で素晴らしい進化論の理論家だと思われたいという欲望に取り憑かれていたからだ。

それで、彼は特定の特徴を誇張したり、さらには戯画化すらした。事実ではあるものの、そういう風に描き出さなくていい見せ方をするのだ。たとえば、彼のお気に入りの断続平衡説がそうだ。よく、彼は黒板に向かって、こんな図を書いたものだ……なにかの形質が徐々に増加していって、それからしばらくはまったく変化がなくなって平坦になり、それからまた急に増加して、またしても完全に平坦になる、などなど。形質の進化にはばらつきがあって、ときに急速になったかと思えばときには緩慢になるものだという事実を、一種の戯画にしたのが彼の板書だった。ところが彼はこの戯画を文字通り断続平衡説に仕立て上げた。

それで、私としては教室で進み出て、こんな風に言わねばならなくなるのだった……「この戯画を真に受けないように。本当のところはこんな具合なんだよ……」そして私はもっと緩やかで適正な数値を示す。スティーヴンと私はいつもこのような格闘をしていた。彼はいつも進化過程のとても面白い側面を強めようとし、そしてほとんど空虚とさえ言えるまでの厳密なものしようとしていた……今、自分の意見を言わなければいけない……まだ人に聞かせたことはないが……スティーヴンは本当に有名な進化論者になることに取り憑かれていたのだ。

グールドは一世を風靡して成功した。進化生物学での彼の評判は、よく言っても肯定と否定が入り交じっている。グールドが科学に独創的な貢献をしたと思っている人物が、上記の引用でどんなことを是認しているか見てみるといい。だが、世間の頭のなかでは、スティーヴン・ジェイ・グールドはなにがしかの賢人ということになっている。

革命は魅力的だ。革命は売れる。それらを考慮すると、私はリチャード・ドーキンス4 のほうがグールドと比べると良きスタイリストに見える。さらに、賛成しない人も居るかもしれないが、ドーキンスはグールドに比べると近代的な進化生物学の主流に近い。しかし、アメリカではグールドの存在感は、遥かにドーキンスのそれを凌駕していた……後の2000年代にドーキンスが行った反宗教論争で、彼自身が名前を上げるまでは。革命。論争。それらの印象は突出している。メデイアはそれらを食い潰すし、大衆はメディアを信じてしまう。

さらに、変わらないものもある。ほんの数年おきに、進化生物学や遺伝学には「革命」が差し迫っていると言われる。だが、その革命とやらの大半は、ほんの一握りのジャーナリストたちと一部読者層の頭のなかにしかない。この教育ある読者層は、進化生物学の「中心教義」がどういうものかぼんやりとしか分かっていないが、中心教義がひっくり返ったことだけはすっかりわかった気になっている。

たまに、この現象は暴走する。スーザン・マザーの「進化論産業の暴露」はおそらく、進化論で天地がひっくり返るようなことが起きている!というような論調がそろうトンデモ系ジャンルのなかで、最も奇妙な例だと言える。しかし幾人かの学者は真面目な批評を発表して、ネオ・ダーウィニズム理論はもっと拡張がされ、大いに修正されないといけないと論じている。ケヴィン・ラランドの「ダーウィンによる未完成のシンフォニー、どのようにして文化は人間の心を作るのか」はこのような例の最新版だ。

そして、これより前を行く例として、「四次元の進化~生活史の中の遺伝学やエピジェネティク、行動学、象徴的差異」を挙げることができる。さらに、数年に渡りデイビッド・ドブス5 がこの手のものに対して書いた同情的な反応を読むことが出来る。

あなたに私の知っている進化生物学の間での主流な見識を伝えたい。その見識とは、概念としての革命は必要ではなく、単に詳細を検討し資源を再配置すれば良いということだ。ケヴィン・ラランドの議論に同調するような多数の人間は、いまだにそのような説を強調する必要があり意味のあるものだと信じている。革命を求める声を上げる理由は明確に無いし、その概念の基礎をそもそも見直さねばならない。

正直に言うと、現代的総合の初期から考え方に革命的なことがたくさん起きたかどうか、私にはわからない。もしかすると、分子進化論と帰無仮説としての中立性(分子レベルの変異が適応度に影響しないという帰無仮説)の台頭がそうだろうか?

エリック・I・スヴェンソン6 が多くの人を代弁する予稿「進化過程での相互因果関係」を公開している。全体に目を通してほしい。専門外の読者にも読みやすい、周到な文章だ。私にとって少しばかり驚きだったのが、『弁証法的生物学者』について挿入された一節だ。同書はいい本だと聞いていたのだが……

”近年、標準進化論 (ST) を修正すべきという呼びかけがある。その論拠となっているのは、進化現象の相互的因果関係についてのさまざまな論証だ。相互的因果関係とは、原因だったものがのちに結果となったりその逆が起きたりするために原因と結果の関係がはっきりしないという意味だ。原因と結果にこうした動的な関係があるために、エルンスト・マイヤーが最初に定式化した至近因と究極因の区別は疑わしくなるのだという。また、こうした論証に動機づけられて、生物学者と哲学者のなかには拡張版進化総合説 (EES) を支持する論を立てる向きもある。こうした EES は、一方向の因果関係にばかり注目する現代的総合 (Modern Synthesis; MS) にとってかわるものとされる。本稿では、EES の提唱者たちによるこの推測を批判的に検討し、彼らの主張と反対に、自然のシステムでも実験室のシステムでも正と負のさまざまなフィードバックというかたちで相互的因果関係の実証的な例が無数に存在していると結論する。相互的な因果関係は、共進化的軍拡競争・頻度依存的選択・性選択の数理モデルに明示的に取り込まれている。こうしたフィードバックがあることはリチャード・レヴィンス7 とリチャード・ルウォンティンによってすでに認識されており、ESS やそれに関連したニッチ構築が標榜されるずっと前にさかのぼる。したがって、相互的因果関係とフィードバックは弁証法的思考とマルクス主義哲学が進化論になしたごくわずかな貢献のひとつであり、そういうものだと認識されるべきだ。これまで、総合的因果関係は多くの進化プロセスを理解する助けになってきたものの、その一方で、ラマルク主義や獲得形質の遺伝を復活させようという不毛な試みの一環としてなされるのであれば、こうした考えを遺伝や発達に拡張することには警戒を呼びかけたい。”

http://gnxp.nofe.me/what-if-you-call-for-a-revolution-and-no-one-revolts/

  1. グールドらがに提唱した説で、種の進化は急激に変化する期間と停滞する期間を持ち、小集団が急激に変化することが大きな変化につながるという説。反対の説として系統漸進説がある。 []
  2. アメリカの進化生物学者で故人、代表的な著作に「ワンダフル・ライフ」や「神と科学は共存できるか?」など。下記のドーキンスらとの論争で知られ、左翼主義的な言動で知られる。 []
  3. アメリカの進化生物学者で、文中の通りグールドの協力者として知られている。近年では遺伝子組み換え作物などへの発言をしている。 []
  4. イギリスの進化生物学者、代表的な著作に「利己的な遺伝子」や「神は妄想である」など。上記のグールドらとの論争で知られ、近年では新無神論運動を展開している。 []
  5. NYタイムズなどに寄稿するライター。 []
  6. スウェーデンのランド大学、生物学教授。 []
  7. アメリカの農家から転身したエコロジストで故人。 []