経済学101は主に皆様の寄付によって賄われています。温かい支援をお待ちしています

ラジブ・カーン「ピーター・ターチンへの10の質問:『歴史の方程式』は存在するか?」(2010年2月10日)

10 questions for Peter Turchin
POSTED ON FEBRUARY 10 2010 BY RAZIB KHAN

ピーター・ターチンは、生態学、進化生物学、ならびに数学を修め、コネチカット大学で教鞭を取っています。彼は5冊の本の著者です。その内の3冊『国家興亡の方程式』、”Secular Cycles”(『長期の世代循環』) 、”War and Peace and War”(『戦争と平和と戦争』)は、新分野「クリオダイナミクス(歴史動力学)」から得られたモデルの概説試案となっています。私は、『国家興亡の方程式』と”War and Peace and War“(『戦争と平和と戦争』)に書評を書いています。以下がターチンへの10の質問です。

Q1:あなたの最初の研究分野は、定量的な生態学でした。なにが、あなたを歴史動態のモデル化に転向させることになったのでしょう?

ある時点となりますが、生物個体群の動態における大きな問題の大部分が解決されている、ないしまさに解決されようとしているということを、私はハッキリ理解することになったのです。なので、私は”Complex Population Dynamics“(複合的な生物個体群の動態)に関する本を書くことになり、考えていた上記の問題の答えの統合を行いました。そして、よりやりがいのある分野への探索を始めることになりました。そこで判明したのが、まだ数学化されていない最後の科学分野は歴史である、ということです。まず最初に考えていたのが、単純に歴史の動態に関して幾つかの数学的モデルを書き出すことでした。趣味としてですよ。しかし、いったんこれをやってみたら、モデルの予測が、実データでテストできるかどうか見てみたくなったのです。非常に驚いたことに、歴史の進展に関しては、多くの定量的データが存在することが分かりました。つまり、モデルと理論のテストを行う事が、顕著に可能であることが判明したわけです。その結果、この件で、私の主目的は、机上の計算や、よりの厳密化を行うことよりも、「実証可能性」となりました。「私の理論は実データでテストできるか」が最優先興味になったわけですね。

Q2:あなたは、「クリオダイナミクス(歴史動力学)」という新分野の最前線にずっといます。新分野が必要なのでしょうか? 経済学者達が既に、「クリオメトリクス(計量経済史)」の最前線にいて、自前の理論的フレームワークを保持しているように思われるのです。あなた特有のフレームワークの付加価値は何になるのでしょう?

私は、「クリオダイナミクス(歴史動力学)」が必然だと確信しています。歴史の進展は非常に複雑です。経済的要素だけでなく、人口統計的、社会的、政治的、思想的、気候的、そしてその他多くの要素が関わっているのです。なのでおそらく、人は大規模な学問的分野にまたがるようなアプローチでもって歴史に相対すべきなのでしょう。科学的手法に従うようになることが、社会科学の最終到達点なのです。私は経済学者達に多くの敬意を払っていますが、多くの点で彼らは、歴史を扱って進捗をもたらすのを困難としています。例えば、最近まで、経済学者達は、「合理的経済人が破産するモデル」を扱いかねてきました。別の問題もあります。伝統的な経済学の理論は、あまりにも均衡に焦点を当てすぎています。このことは、経済学者に歴史の動態を扱いづらくさせているのです。この両障壁は、今や解体されつつありますが、未だに経済学者達は、「クリオダイナミクス・コミュニティ」の最前線にはいません。クリオダイナミクス(歴史動力学)は、歴史社会学者、人類学者、そして政治学者からなる非常に大きな領域を代表しているのです。

Q3:学問分野からの観点となりますが、あなたの研究に、最も肯定的な反応はどの分野からでしたか? また最も否定的な反応はどの分野からでしたか?

肯定的な反応は、上記に列挙した分野からありましたね。具体的には、歴史社会学、社会人類学と文化人類学、政治学、経済歴史学と社会歴史学、人口統計学です。否定的な反応は、これまでのところ実際にあまりありませんでした。主たる防衛的メカニズムは、私たちを無視することですね。歴史学者の95%が行っていることです。私にとって、気にするような事ではありません。実は、嬉しい驚きもありました。歴史社会学者と(推定)5%の歴史学者から肯定的反応が返ってきたことです。クリオダイナミクス(歴史動力学)の時代が到来している、ということなのでしょう。因みに、私たちは、今年、査読付き論文雑誌を始めています。

Q4:あなたがソ連で生まれたという事実は、歴史を科学的研究するというコンセプトを見開くことなったかもしれない、と私は推察しています。人類の過去を科学的に記述し、未来の予測を試みる、といったマルキストの思想形成のような、歴史の可視化を行えたのではないか、と。あなたの今の知的関心と、文化的背景の関係はあると考えていますか? それともないのでしょうか?

はい、ロシア的背景は、私の知的関心への強い貢献要因だと思います。しかし否定しておくと、マルキシズムは関係ありません。あなたに知って欲しい事があります。私が、歴史研究を始める前に、マルクス主義を完全に拒絶していた事です。これは私の家族的背景に由来してます。(私の父は、ソ連における人権活動家であり、1970年代後半に海外追放されているのです)。つい最近ですが、社会科学の研究者になったことで、私はマルクスの特定の洞察の価値を理解し、理論に組み入れることを習得しました。しかし、どんなに想像たくましくしても、私はマルキストではありません。ロシア的要素は(私が信奉する限り)、ロシア人は広大な思索家になる傾向、といった行動に現れます。ドストエフスキーが一度言っていたと思うのですが、「ロシア人の心は非常に広い。広すぎるくらいだ。俺はできるなら縮めたいよ」1 と。なのでロシア人は宇宙理論を生み出す傾向を持っています。(『ロシア宇宙主義』と今や呼ばれようになった、哲学一派すら存在します)。自身の研究において試みているのが、このロシア的傾向性と、アングロ・サクソンの実用性・経験主義の融合なのです。

Q5:あなたは、自身の学説で集団淘汰モデルを打ち出しています。しかしながら、私がなじんでいる限りあなたの研究内容は、文化的集団淘汰に焦点を絞っています。サミュエル・ボウルズによって提唱されている、狩猟採集民に関する血縁レベルの集団淘汰についてどう考えていますか? そしてそれの、農業的個体群への適応可能性についてはどう考えていますか?2

私が考えるに、集団淘汰メカニズムは、遺伝レベルと文化レベル双方で機能します。そして、もちろん遺伝と文化の相互作用に基づいたものとなります。この遺伝と文化による混合要因は、初期人類の進化においては、主に遺伝的要素が働いていました。現代は、文化的要素がより強く働くことになっています。しかしながら、遺伝的進化は未だに継続しています。なので、今日においても淘汰作用が、100%文化的ということありえないでしょう。私のクリオダイナミクスのサイトに査読前原稿があります。そこで私は、超大規模な社会性(数百万単位の個人が協力的な集団を形成する我々の能力)の進化に焦点を当てています。そして、そこでの私の主たる着眼点は、文化的集団淘汰です。

私たちが期待すべきでないことが1つあります。遺伝子と文化の間に綺麗に線引が行えるようになることです。この2つの情報伝達による共進化が、[進化が]作用する要所なのです。

Q6:あなたの農業社会を基盤にした政治形態の盛衰モデルについてです。モデルで、あなたは「高次の民族」アイデンティティの生成に関しては、制度的宗教の重要性を強調しているように思われます。歴史学者達によって言及されてきた歴史上の奇妙な現象の1つがあります。それは、世界的宗教の台頭が、紀元前600年から西暦600年の間に起こっており、さらにこの期間の後には、多数の宗教の台頭が比較的低位安定になった現象です。あなたは、この現象のパターンに関してなんらかの説明言説を保持していますか? それとも、説明すべきものは何もないのでしょうか?

事実、これは歴史における最も印象的なパターンの1つですね。そしてこの現象は、私の理論に非常にきれいに適応します。私自身に繰り返させるよりも、読者には私の最近の論文を読むことを勧めます。以下のURLに論文の再刊行版が掲載されています。
http://cliodynamics.info/PDF/Steppe_JGH_reprint.pdf
p.201からの「枢軸時代3 」の私の解説を読んでみてください。そこから続けて、「枢軸時代」期間の中東の部分(p.209)をチェックしてみてください。

Q7:レイ・ファンの著作”China: A Macro History“(『中国:マクロの歴史』)で言及されている事実に私は依拠しているのですが、それによると、中国では王朝と王朝の間の空位期間が、年代を経るごとに短くなっていっている、とのことです。これは、あなたの歴史進展のモデルによって説明可能でしょうか?

はい、可能です。世界の他の地域でも、同じ観察現象となって現れてるとのことです。ビクター・リーバーマンの著作”Strange Parallels“(『不思議な類似性』)の、最近出版された2巻によるとですが。思うに、国家の運営能力が文化的に進化しているという事例は、非常に説得力があります。おのおのの新国家は、白紙から始まっていません。過去の様々な試みの中で開発された政治統合の技術を既に備えているのです。結果として、政治形態の規模と統合は、時間とともに増大する傾向となります。そして、空位の期間は短くなっていくのです。

Q8:あなたは、歴史をまたいだ高次の民族的フロンティアの重要性に着目しています。
旅行とコミュニケーションが容易になった現代世界においては、空間的な境界線の価値は減っているように思えます。なので、文明はいくぶんですが、相互に入れ替えされていると思うのです。(例えば、第3世界における西洋人の飛び地居住、西洋社会へのイスラム教徒のディアスポラ(離散集住)、アフリカにおける中国人、等々…)。高次の民族的フロンティアの概念は、このような現在の状況にも転用可能ですか?

私は可能だと考えていますが、現段階では完全に根拠のない推測ですね。さきほど言及したビクター・リーバーマンは、別の際立ったアイデアを保有しています。それは、現代ヨーロッパ人の実態は「外見が白いアジア人」だというものです。どういうことかと言いますと、西暦1500年以後、文化進化の主要な中心地が、[中央アジアの]ステップ地帯のフロンティアから、ヨーロッパ人達の植民フロンティアへとシフトしたということです。 私たちは、おそらくいまだにこのシフトした同時代にいるのでしょう。だから、最も激しい文化進化が行われているのは、西洋社会が他の社会に侵略的影響を与えている地域ですね。

また忘れてはならないのが、民族・宗教的ディアスポラ(離散集住)は、近代性による発明ではないことです。より重要なことに、今日における情報流通は、その場限りではありません。なので、(イラクから数千キロ離れている)サウジアラビアに住んでいるような人が、アブグレイブ4 に関するニュースをリアルタイムで見ることができる。しかもおそらく視覚的なデータで。そして、その人は、イスラム原理主義ゲリラになることを決心するわけです。よって、私は、この基礎的な動力は未だに展開していると推測しています。しかも、この動力は、現在のコミュニケーション以前の動力と違い空間的に限定されていないのです。

Q9:現代のポスト・マルサス的世界についてです。過去の長期の世代循環から、我々が得ることができる、なんらかの洞察は存在するのでしょうか?

私の研究中の仮説は、「人口層構造理論」、「エリートの過剰生産」、「国家財政の脆弱性」の3つのメカニズムのうちの2つが、現実世界では引き続き機能しているというものです。次の質問の答えを参照してみてください。

Q10:あなたの次の大きなプロジェクトは何ですか?

私が今研究している主要プロジェクトは、1780年から現在までのアメリカ史における人口層の構造分析です。なので、上記の質問9で少し言及した仮説を、実証分析で裏付けるられるかどうかの検証を行う予定ですね。

※訳注:訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。
※訳注:タイトルを直訳すると『ピーター・ターチンへの10の質問』となるが、馴染みの無い分野の記事内容と考え副題を追加している。
※訳注:本インタビューが行われた後、2016年に、ターチンは2冊の本を刊行している。”Ultrasociety: How 10,000 Years of War Made Humans the Greatest Cooperators on Earth“(『超社会性:戦争の1万年はいかにして人類を地球上でいまだかつてない協調者に仕立て上げたのか』)はQ5で言及している「超大規模な社会性(数百万単位の個人が協力的な集団を形成する我々の能力)の進化」を扱ってる。”Ages of Discord“(『不和の時代』)は、Q10で言及されている研究をまとめたものである。それぞれの本で扱われている内容の日本語による概略は、ココココココで読むことが可能。
※訳注:邦訳がない書籍は、原題の直後に訳者による便宜上の邦題を追加している。

  1. 訳注:『カラマーゾフの兄弟』の登場人物のセリフを指すと思われる。正確には「いや実に人間の心は広い、あまり広過ぎるくらいだ。俺は出来る事なら少し縮めてみたいよ」(岩波文庫版より)である。 []
  2. 訳注:訳注:『集団淘汰』という言葉に関しては、数十年前にほぼ棄却された後に、近年また別の形で復活していることに注意する必要がある。ここでカーンとターチンが話題にしているのは、後者の近年復活した『集団淘汰』のことではないかと思われる。
    古典的『集団淘汰』とは70年代頃までの、多くの生物学者の共通見解であった、群れ同士のあいだで行われる生存競争が進化を左右する、といった説である。この説は、個体間の利他行動が進化する理由を説明しやすい。個体がたがいに助けあう群れは、そうでない群れより生存に有利だと考えられるからである。しかし現実の生物は、群れ内部の個体間競争に勝つため、群れ全体にとっては損害となる進化をすることが珍しくなく、この説にそぐわない事実が多く指摘されることになった。
    そのため60年代半ばにハミルトンの包括適応度説(いわゆる『利己的遺伝子説』)が出現し、進化の基本単位を遺伝子とする血縁淘汰等での説明が主流となった。このことで、アリやハチの巣にみられるような利他行動の進化がこの説で説得的で説明されるようになり、集団淘汰説は廃れていくことになった。
    しかしハミルトン説で説明できるのは血縁者間の利他行動だけなので、人間が非血縁者同士でも助けあうよう進化した理由は、今に至るも大きな謎として残されている。ターチンが研究している、人間の超大規模な社会性の発達等である。この謎の解明の目的にさまざまな説が唱えられているが、その中には集団淘汰的発想を復活させるものも多い。人間だけなんらかの理由で集団淘汰により進化したとする説もあれば、遺伝子ではなく文化の進化が疑似集団淘汰的に起こるとする説や、遺伝子と文化の共進化という現象を想定する説もある。 []
  3. 訳注:哲学者カール・ヤスパースによって提唱された時代区分の名称。紀元前500年前後に、今にいたるも影響を与えている宗教や哲学思想が、世界各地で別個に同時多発的に発生した現象を指す時代区分 []
  4. 訳注:イラクのバグダッド近郊にあるアブグレイブ刑務所のことと思われる。イラク戦争渦中に、この刑務所を占拠したアメリカ軍は、ここで捕虜の虐待を行っており、マスメディアに報じられたことでアメリカ軍への批判が寄せられることになった。 []

ラジブ・カーン「デーヴィッド・フラムへの10の質問:ネオコンインサイダーかく語りき」(2017年2月1日)

10 Questions For David Frum
POSTED ON FEBRUARY 1, 2017 BY RAZIB KHAN

Q1:あなたのツイッターを見ている限り、自身をネオコンと見做しています。もしそうなら、ネオコンであるということは、どのような意味を持つのでしょうか?

より正確に言うなら、他人から見て分かりやすそうな分類方法なので、「ネオコン」名札を受け入れている、という感じですかね。私自身は、この言葉を、イデオロギー的な表現というより、経歴を表す用語として長い間見做してきました。これは私見となりますが、両大戦間期に生まれ、ニューディールの自由主義者として生い立ちを始め、後の1960年代と1970年代の社会激変の渦中に右派に主旨替えした特定集団の人達の説明として使用されてきました。アーヴィング・クリストル、ジェームズ・Q.ウィルソン、ダニエル・パトリック・モイニハンといった人でしょうか。これは、私の半生記にはまったくもって適応しないでしょう。しかしながら、長い年月を経ることで、この用語の形成に当てはまる人達が抱く信条の多くの要素を、私も共有するに至ったのです。信条とは、以下のようなものを含んでいます。

a)「社会保険制度は、自由市場社会を、弱めるよりも安定させる」との信条。
b)社会科学の手法と洞察への尊重
c)自由な世界秩序への責務は、アメリカの超越さとリーダーシップによって担われている。

Q2:ほぼ間違いないでしょうが、先進国における自由民主主義の見通しに関して、いくぶん悲観的な時代に、私たちは生きています。しかしながら、1930年代と違い、既存の思想に取って代わるようなイデオロギー共有が存在しないように思えるのです。今の時代は、朦朧としたままに過ぎ去ってしまうのでしょうか? それとも、なんらかの新しい思想運動の出現が、我らの時代の覇権的な制度として、自由民主主義に取って代わるのでしょうか?

イスラム世界を除けば、今はなんらかのイデオロギーの時代ではないでしょう。自由民主主義への主要なオルタナティブは、独占的権威主義ですかね。それは、人の熱狂に火をつけるような信条制度ではないでしょう。しかし、それは確実に力強く、堅牢で、効果的な制度ではあります。そして、この制度は、財産を既得保持してる人々には、強く魅力があるものなのです。

Q3:古代中国等においては、技術や能力に基いて選別された官僚の統治と、良き人格や美徳を信条とする為政者の統治、どちらが良いのか、といった議論がありました。ファリード・ザカリア1 らは、1960年代に前後してアメリカの政治制度が為政者の統治から官僚のそれに移行し、その事は私たちの民主主義の堅牢性の在り方に長期に渡って影響を及ぼしているであろう、と示唆しています。まず聞きたいのが、今日の私たちは、官僚の統治下にあると同意されますか? そして、もしそうであるなら、こういった官僚統治は、私たちを反自由主義に向かわせることになるかもしれないと考えていますか?

私たちが官僚の統治下にある、といった考えには同意できませんね。しかし、選挙で選ばれた政治当局者は官僚のアドバイスに依存するところが大きい、といった考えはハッキリ認めざるをえないでしょう。

Q4:あなたはカナダ人です。歴史的偶然性をひとまず置いておくなら、カナダの英語圏はアメリカ合衆国から独立しているべきである、といった考えを正統化することはできますか? 両国の深い文化的違いが、アメリカ人には理解できないような政治的独立を正統化するような根拠になっているのでしょうか?

独立すべきとか、統合されてるべきとか、言い出したのは誰かしら? 「あるがままに依拠している唐変木」とでも? 非常に多くのカナダの独立を正統化する事象があります。歴史の偶然性を理由にした…。ほとんどが歴史的偶然性によるものでしょう。優れて正統な理由がないのなら、あなたもこの件を弄ばないほうが良いですよ。

Q5:2000年代後半に、あなたは保守運動への参加に際して、なんらかの不和を抱えていましたよね。少なくとも、所属していた集団への掟破りらしきものを始めています。(例えば、あなたは、民主党の医療制度改革に対して、反対するより、調停擁護に回っています)。これは徐々なる転向なのですか? それとも「君子豹変」した瞬間があったのでしょうか?

当初は極めて徐々でしたね、その後に非常に突発的なものとなりました。私が1990年代初期に関心を持っていたのは、中産階級の生活水準に何か悪い事が起こっているという断片事実でした。これは今や、当たり前に認められている事実でしょう。当時、これは極めて異端な思想だったのですよ。少なくともウォールストリート・ジャーナルの社説面などでは。その時、わたしはそこで働いていました。このことは、大規模移民によるネガティブな効果に、私の関心を向かわせました。より異端的な思想でしょうが。

私にとって物事が急速に進み始めたのは、ハリエット・マイヤーズ2 が最高裁判事に指名されたことです。ホワイトハウスでの執務経験から、私は彼女を若干知っていました。彼女は多くの点で、優れた人でした。しかし、その指名は、驚くほど不適切なものだったのです。それは、誰にとっても自明であるべきでした。それは、誰にとっても自明だったのです。しかし、私たちのうちのほんの数人――ローラ・イングラハム3 が最初の門外の人ですね――しか敢えて異議言及しなかったのです。同調圧力が非常に険悪に深化していることを渦中で気付くのは、楽しいことではありませんでした。

次に、2008年の金融危機が到来することになりました。まずジョージ・W・ブッシュ政権によって、後にオバマ政権によって、積極的な政策措置が行われました。危機が加速度的に伝染し、グローバル経済が崩壊するのを防ぐ為に必要な措置だったでしょう。この危機の渦中、主流の保守派は、イデオロギー的な戒律に固執し、それは贔屓目に見ても見当違いなもので、最悪に考えれば大惨事になる可能性にあるものでした。その後に続くことになった長い悲惨な不況下において、保守派の解決策は、非人道的で、道理に反し、危険なまでに不安定だと、私には思えました。1930年代以来、最も長期にわたった失業の蔓延状態の期間においてさえ移民を拡張しようとした、『ギャング・オブ・エイト法案4 』試みなどを、保守派の間違いに含めることができるでしょう。トランプは、この期間の保守派の間違いが招いた代償の一部でしょう。私にはそう思われます。

しかしながら、遡ることができるなら、これら間違いの総ては、イラク戦争時の私の経験に突き当たります。そこでも大部分が間違えていました。集団浅慮5 が原因です。私は個人的に、二度とそのような集団浅慮の一翼にならないことを決心していました。

Q6:あなたは自著”Dead Right“(『死んだ右派』)において、ナショナリストが、将来の共和党の最も有力な構成要素になると示唆していました。ただ、あなたはこの予測を好んでいないようでした。この一世代において、これは正しくなかった予測のように思えます。政策的方向性において、共和党は未だに国際主義のままです。キリスト教的構成要素も、象徴性とレトリックとして未だ多くの注目を引きつけています。ドナルド・トランプが共和党をどこに連れて行こうとも仔細関係なく、2016年の大統領選は、ナショナリズムの勝利を予兆しているように思えるのです。1990年代に、ナショナリズムとポピュリズムが、1世代先の将来世代に輝かしい未来をもたらしそうだと、何か見いだせていましたか?

私が見出していたものですか…。それは、経済成長の可能性鈍化と移民の加速ですね。この組み合わせは、過去において幸せに終わったことはけっしてありませんでした。そして、今においても幸せに終わりそうにもないでしょう。

Q7:私たちを取り巻く世界を理解するには、2つの異なった方法があります。1つ目は、定量科学の形をとっています。統計回帰と仮説を扱う分野ですね。もう一方は、より心象に基づいたものです。史実に基づく物語的要素や、膨大な個別事象と事実を扱う分野です。もし何かあるとすればですが、あなたは政治学のような分野から何を学んでいきましたか? 政治学は規則的なモデルと、経験的なデータセットを扱っています。そして、あなたは歴史学のような分野からは何を学んできましたか? 歴史学は、物語的要素を論点化しています。

政治学から学ぶべきことはたくさんありますね。しかしながら、自身の思索は、歴史学と法学によって形成されていると認識しています。私は、歴史学と法学を最も体系的に学びました。歴史学において重要なことは、歴史が教えるくれるものと、そうでないものを区別することにあります。いわゆる「歴史の教訓」は、実際には非常に曖昧な指針です。私の好きだった先生は、「歴史は決してそれ自身を繰り返しません。細部に感心を払わない人にそう見えるだけなのです」と生徒たちに話していました。歴史の本当の価値とは、どのような経緯を経て今の時代に至ったのかであったり、現在の受難に我らをどのように位置づけるかを、深く理解することにあるのです。

Q8:次なる世代が、脱勤労世界の出現を見るかもしれないと同意されますか? もし同意されるなら、そのような世界における労働の過剰共有への、あなたの支持する解決策は何でしょうか?
(例えば、普遍的なベーシックインカム、それとも大規模な公的雇用プロジェクトなどがあります)

率直に言って、そのような世界は疑わしいですね。やるべき仕事は常に存在しています。人が仕事を行う為に、訓練され、インセンティブが与えられている限りは…ですが。

Q9:私たちは人間遺伝子工学とゲノム工学が大規模に進歩している時代に生きています。これら研究成果の詳細について論評する事よりも、私が興味があることがあります。それは、ワシントンDC内や周辺の政治政策に関わるインテリ達が、大学内と民間セクターで起こっているこの研究成果に気づいてたり、関心があるのか、それともないのか、ということなのです。政治政策部署において、自然科学は分野の専門家に任せるべき論題として見做されているのでしょうか? もしくは、自然科学は、政治政策知見をより幅広くすることに、貢献したり影響を与えていますか?

自然科学は、政治的な審議においては、痛ましいほどわずかな影響しか及ぼしていません。申し訳ありませんが、こう言うしかありません。

Q10:若い頃からあなたの思想形成に影響を与え続けている、一冊の本は何でしょうか? 自身の例を挙げさせてもらうなら、マット・リドレーの1999年の本『ゲノムが語る23の物語』です。

たった一冊だけですか? それも若い頃の? 私が見出したのは、小説や詩が人の心に長い間留まるということです。以下引用の一文が、私たち皆に、いくばくかの慰めを与えるかもしれないですね。

「どんなに賢い人でも」と彼は私に言った、「若い頃のある時期に、あとから思い出して不快になって消してしまいたいと思うような言葉を口にしたりそんな生活を送ったりしたことのない人はいません。でも、それを一から十まで後悔する必要はありません。だって、曲がりなりにも賢いと言われる人間になれるかどうかは、そこに最終的に辿り着く前に、滑稽な人間やおぞましい人間になるという化身の段階をすべて通ったか否かにかかっているんですから。上流社会の人たちの息子や孫にあたる人たちね、そういう若者たちは家庭教師から精神の高貴さとか精神的な気品とかを中学のときから教え込まれるんですよ、私の知る限りで言えば。たぶんこういう若者たちが人生から削らなくてはならないものは何もありません。彼らは自分が言ったことを活字にもできるし、署名をすることもできるかもしれない。しかし、哀れな精神の持ち主だし、純理派(ドクトリネール)の無力な末裔にすぎません。こういう人の見識などマイナスに働く不毛なものです。そもそも見識というのは誰かから受け取るものではありません。それは自分で見つけなくてはならない。しかも、誰も代わってくれない道、誰も免除してくれない道を自分で歩いてからのことです。見識というものがひとつのものの見方だからです。あなたが素晴らしいと感じる生活やあなたが尊いと思う態度は、一家の父親や家庭教師に準備されたわけではありません。最初は周囲にはびこる悪いものや凡庸なものに影響されて、いろいろ違う形を取るのですね。そうした生活や態度が表しているのは戦いと勝利にほかなりません。若い頃自分の姿がどうだったかはもう判然としないけれど、いずれにしても不快なものだということはわかります。それでも、否定されるべきではないんです。だって、それは私たちがほんとうに生きてきた証であり、人生と精神を統括しているさまざまな規則に従って、画家で言えば、アトリエの生活とか芸術上のグループと言った生活上の月並みな要素から、それを超える何かを引き出してきた証左なのだから」

※訳注:訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。
※訳注:デーヴィッド・フラムはアメリカでは非常な有名人と思われるが、日本では著名でないと思われるため、副題を追加している。
※訳注:最後にフラムが引用している文章は、プルーストの『失われた時を求めて』の第2篇「花咲く乙女たちのかげに」の第2部の登場人物のセリフである。本エントリの引用箇所は光文社古典新訳文庫版から引用をさせてもらっている。

  1. 訳注:1964年生まれ、インド出身のアメリカで活躍するジャーナリスト。国際政治を題材にした著作で有名。邦訳書籍に『民主主義の未来――リベラリズムか独裁か拝金主義か』『アメリカ後の世界』等がある []
  2. 訳注:1940年生まれの弁護士。ジョージ・W・ブッシュがテキサス州知事時代の法律顧問を務め、ブッシュの大統領就任後は、大統領法律顧問に就任している。ブッシュによって最高裁判事に指名されるが、縁故採用、主な専門が企業間訴訟であったこと、等を理由に共和党内でも異論を呼び、上院承認前にマイヤーズ自身が大統領の指名を辞退することで事態の収拾を図る事となった。 []
  3. 訳注:アメリカで最も人気があるとされる保守系ラジオのパーソナリティ。 []
  4. 訳注:2013年に上院に提出された『国境安全、経済機会、および移民近代化法』のこと。共和党マケイン上院議員を筆頭に超党派の議員8人よって上院に提出されたため『ギャング・オブ・エイト法案』とも呼ばれている。国境警備の強化等と引き換えに、不法滞在の移民の永住権確保や、若年層移民への永住権の付与、移民の家族呼び寄せの迅速化等への道を開く法案。本法案は反対も多く、上院通過後に審議中となっている。 []
  5. 訳注:グループシンクとそのままカタカナ表記されることもある、集団による討議等で不合理な意思決定が行われることを意味する用語。 []

ラジブ・カーン「多くの無神論者は白人ではない……東洋にいた無神論の伝説たち」2010年11月18日


xunzi1

荀子

私がときどき寄稿している「Free Belief 」1  というコーナーに面白い投稿があった。その内容は、付随的に起きた非白人系の新無神論者に対する排除についてのものだった。実際に、私はこの投稿に対しては強く反対する。しかし、重要な部分もあったので以下に引用する。

”リチャード・ドーキンス2 やクリストファー・ヒッチンズ、サム・ハリス、ポール・ザカーリ・マイヤーズ、ジェームズ・ランディ……もし、あなたが「Cif belief」の定期的な読者だったならば、世界で最も卓越し率直な名前は新無神論者や懐疑主義者のものだ、という傾向を既に見出してるだろう。もう一つあなたが知るべきことがある……それは卓越した人たちは皆、白人だということだ。新無神論と懐疑主義運動は白人によって占められており、私はこれを問題だと思う。

バングラデシュ系である私は、若い時期に新無神論運動に参加していた。代表はユーラシア系の女性で、私は副代表だった。会計担当はムスリムであるアラブ人の父親で、私たちは上記のような特徴に合わないと考えていた。それでも、一般性は保たれると考えていた。さらにリチャード・ドーキンスの世界観にふさわしくないことはないと考えていた。世界的な視点で見た場合には事実として、非白人であっても大きな欠陥は存在しない。世界価値調査で人々に「宗教的な人間」や「非宗教的な人間」、「確信的な無神論者」のどれに当てはまるか調査をした。下記の5、4番目の波にある幾つかの棒グラフは、2000年代中期と2000年周辺にそれぞれ起きている。

(グラフ図を取得できず)

上記のように世界で最も世俗的な国家は東アジアにあり、特に「儒学圏社会」と呼ばれるものだ。故に世界の無神論者の主流は実際には東アジア人なのだ。ならば、なぜに東アジア人は無神論運動を展開しないのか? その理由として、東アジア国家は歴史的に中央集権制の文化として、独占的な宗教的アイデンティティを持たなかったことにある。18世紀に活躍した多くの啓蒙思想の哲学者に中国びいきの傾向があったのは、この理由によっている。

しかし、今日の学者の間で行われている孔子は宗教者ではないか……という議論を参考にすると、孔子によってもたらされた初期の教えは形而上学的な思索に深い偏向を与え、世俗主義的な結果主義に重きを置く傾向が存在する。孔子と孟子以降で3人目の偉大な儒学者である荀子は、より明確な物質主義者だと私には見える。荀子は中国の賢人界でのトマス・ホッブズのように私には見える。

いずれにせよ、2000年に渡って東アジアで主流エリートのイデオロギーとして機能した文化的かつ行政的な儒学は、そのような無神論や世俗主義ではなかった。荀子でさえも秩序のある社会を目指した儀式や敬意の必要性を守ってきた。中国の国家は特定の学派を補助かつ推奨し、他の学派にはしてこなかった。大事な点は宗教活動はいつもエリート文化に従ってきたことだ。そして、エリート文化自身は宗教の熱狂的な兆候を、より疑い深く見つめる傾向があったことだ。道教には失礼だが、東アジアで最も良く組織化された宗教は仏教だ。9世紀の中国や14世紀の韓国、16世紀の日本、近代初期のベトナムでの仏教の僧集団がより成長し組織化され過ぎたときには、弾圧があり、儒学圏社会が従わせた。言い換えると、ヨーロッパでのプロテスタントによる教会の世俗化などの政教分離の過程は宗教改革の間とその後の数世紀も続いて確立したのに、東アジアの文明化における政教分離の過程は昔からで大事件にはならなかったと言える。全ての中国の皇帝はヘンリー8世3 であり、宗教の擁護者でもあり、破壊者でもあった。※

これらの事実をまとめていくと、ドルバック4 からドーキンスに至る無神論の広告塔は特殊な歴史的事情の産物だということが分かる。つまり、キリスト教の西洋への受容から始まり、キリスト教の組織化に対する反対活動、そしてポスト・キリスト教時代における強力なキリスト教展開に対抗するための「新無神論」の勃興という流れだ。多文化主義を支持し、自身を急進的サブカルマイノリティだと認識している西洋人でさえも、西洋が中心かつ基準でないところで起こる事象を概念化することは非常に困難なのだ。一般的に全ての紛争と動態は西洋に対抗するその他の組み合わせだと考えられる。

ukreligion

 

宗教と民族についての英国国勢調査をしたデータだ。イギリスに住んでいる華人の大半が「無宗教」だということに注意してほしい。黒人ではアフリカに起源を持つか、西インド諸島からの離散者かで結果が違う。南アジア人では明確な宗教の違いを確認できる。このパターンは国際的に反復されている。あなたが見ている文化に深く根ざしたパターンは、宗教と民族国家アイデンティティとの融合を示す傾向があり、特に南アジア人に顕著だ。だが私はここに幾つかの違いがあることを認める。近代インドの創設者であるジャワハルラール・ネルーは不可知論者であったが、近代パキスタンの創設者であるムハンマド・アリー・ジンナーは個人的に宗教への信心が欠けており、近代パキスタン人によって隠されている(彼がイスマーイール派5 出身であった事実も隠されている)。

ヘマント・メフタとアロン・シャハス6 らは、南アジア人の持つ一般的なタブーや因習を批判する非宗教的な態度や新無神論への構造的な要因を変えようとはしない。パキスタンやバングラデシュと違ってインドには、共産党やドラヴィダ運動7 による無神論運動からジョージ・フェルナンデス8 といった個別の政治家に至るまで、著名な非宗教的な政治家や運動の歴史がある。しかし、いまだにインド人には多くの宗教的な人々がおり、強い共同体的順応を示し続けている。

discprofile1

私はお手本にはならない!

近い将来、イギリスの南アジア人は西洋社会での世俗化への広範な流れから自らを断ち切っていくように見える。彼らはイギリスでの人口が5%未満であるにも関わらず、他のグループとの結婚はほとんど行わず、自身で断片化している。ドーキンスがキリスト教を攻撃するのと同じように、攻撃的な世俗者らがイスラム教を攻撃すれば、彼らはイスラモフォビアとして非難される。ジョッシュ・マーシャル9 のようなアメリカの主流なリベラルは、キリスト教原理主義者と新無神論者らのイスラムに対する態度は「奇妙な合流」を遂げていると疑いの目で見ている。そして、それはイスラムに対してだけではない。2004年の後半にイギリスのシーク教徒は冒涜的な演劇に反乱を起こした。以下はその詳細だ……

”ガプリート・カウアー・バッティ10 によるシーク寺院での強姦と殺人を描いたドラマは、その「ベーチ~不名誉~」というタイトルに、自分らの信念に対する侮辱が内包されていると考えそうな批評家たちを驚かせることはあらかじめ宿命付けられていた。しかし、若い脚本家による小規模なドラマが結果として、バーミンガム・レパートリー・シアターでの警察沙汰を起こし、週末に数千ポンドにも及ぶ被害と衝突を起こすと予想できる人はほとんど居なかった。”

これは、南アジアで時々目立つ「共同体」による怒りの表現の異様な形態のものではない。しかしながら、この場合の怒りは共同体の異端な人員に対して向けられたものだ。

私が示そうとしている全体的な要点は、文化的な差異を真剣に捉える必要があるということだ。東アジア人は特別な区分けの歴史があるので比較的に世俗的なように、南アジアの文化や社会も宗教的約束事によってとても深く形作られてきた。もちろん、この再帰的かつ明白な信条や見解は持続するとは限らない。フランス人であるということは、カトリックであるということだった……革命中とその後のフランス社会にカトリックではない大衆が現れるまでは。新羅と高麗時代の韓国文化における仏教の隆盛は、李氏朝鮮の下での弾圧につながった。しかし、これらの変化はより良い見本によって起こるのではなく、むしろ、明確なエリートによる基本的な文化前提の根絶が原因だった。今日のイギリスで促進されている多文化主義の一種はこれらの種類の変容を点検する役割を確実に担うだろう……とアマルティア・セン11 は発言している。問題は新無神論団体やリチャード・ドーキンスのものではなく、多文化秩序の中で認識されるサブカルチャーを定義する特定要因を具体化し固定化する国家的なエリートにある。文化的混成と共存に対する国家指導が少ないアメリカのモデルが、個人の自己探求と定義のために、より多くの余裕を与えるケースとなる……と私は主張したい。

※これは言うまでもないが、東アジアは理性的な批評観に基づいた天国であるというわけではない。中国の医療や風水、韓国のシャーマニズム、日本の新興宗教運動を参照せよ。

https://gnxp.nofe.me/2010/11/18/most-atheists-are-not-white/

  1. イギリスのリベラル系雑誌、ガーディアンにあるコーナー、後のCif beliefも同様 []
  2. 新無神論者として有名な進化生物学者、後に挙げられているメンバーも同様 []
  3. 16世紀のイギリス国王、離婚問題でローマ教会よりイギリス教会が分離し宗教改革の発端となった []
  4. 18世紀のフランスの無神論者 []
  5. イスラム教シーア派の一派で、グノーシス的な傾向で知られる []
  6. 共に英米で活動する非白人の新無神論者 []
  7. 南方のドラヴィダ人が北方のアーリア人のカースト制度に反発を起こした運動 []
  8. インドの政治家で元国防大臣、当時、民主党に所属していた鳩山元首相と面会したことも []
  9. アメリカのリベラル系ジャーナリストで、弁護士スキャンダル追及で知られる []
  10. イギリスの女性作家で、シーク教徒 []
  11. アジア初となるインド人のノーベル経済学賞受賞者、潜在能力アプローチなどの学説で知られる []

ラジブ・カーン「革命を求めて声を上げたのに、誰も応じなかったらどうする?」(2017年4月14日)

「ダーウィニズムを信じていない」と私が中学二年のときの地学の先生は言い切った。彼はとても理知的な人に見えていたので、私の最初の反応は衝撃だった。「そりゃそうさ、猿から進化してきたと信じている奴らが幾らかいるからな、馬鹿だよ!」と私の隣に座っていた当時の最大の友人は笑いながら言った。私は本当になんといえば良いのか分からなかった……さらに、以下のようなことが私を混乱させた。その先生はダーウィニズムを信じているのではなく断続平衡説1 を信じていると言ったのだ。彼はこれ以上の説明をしなかったが、私は授業のあと数分間、何を彼が信じているのか知ろうと試みた。

その後、博識の古生物学者であるスティーヴン・ジェイ・グールド2 に、彼が深く心酔していたことを悟った。そこで、グールドの長きに渡る協力者で、親友でもあるリチャード・ルウォンティン3の発言を引用しよう。

”今、私はあなたに自らの偏向を警告するべきだと思っている……スティーヴンと私は進化論を長年に渡り教えてきた。そして、ある意味では私たちはずっと教室で格闘し合ってきたとも言える。なぜなら私が見たところ、スティーヴンはとても独創的で素晴らしい進化論の理論家だと思われたいという欲望に取り憑かれていたからだ。

それで、彼は特定の特徴を誇張したり、さらには戯画化すらした。事実ではあるものの、そういう風に描き出さなくていい見せ方をするのだ。たとえば、彼のお気に入りの断続平衡説がそうだ。よく、彼は黒板に向かって、こんな図を書いたものだ……なにかの形質が徐々に増加していって、それからしばらくはまったく変化がなくなって平坦になり、それからまた急に増加して、またしても完全に平坦になる、などなど。形質の進化にはばらつきがあって、ときに急速になったかと思えばときには緩慢になるものだという事実を、一種の戯画にしたのが彼の板書だった。ところが彼はこの戯画を文字通り断続平衡説に仕立て上げた。

それで、私としては教室で進み出て、こんな風に言わねばならなくなるのだった……「この戯画を真に受けないように。本当のところはこんな具合なんだよ……」そして私はもっと緩やかで適正な数値を示す。スティーヴンと私はいつもこのような格闘をしていた。彼はいつも進化過程のとても面白い側面を強めようとし、そしてほとんど空虚とさえ言えるまでの厳密なものしようとしていた……今、自分の意見を言わなければいけない……まだ人に聞かせたことはないが……スティーヴンは本当に有名な進化論者になることに取り憑かれていたのだ。

グールドは一世を風靡して成功した。進化生物学での彼の評判は、よく言っても肯定と否定が入り交じっている。グールドが科学に独創的な貢献をしたと思っている人物が、上記の引用でどんなことを是認しているか見てみるといい。だが、世間の頭のなかでは、スティーヴン・ジェイ・グールドはなにがしかの賢人ということになっている。

革命は魅力的だ。革命は売れる。それらを考慮すると、私はリチャード・ドーキンス4 のほうがグールドと比べると良きスタイリストに見える。さらに、賛成しない人も居るかもしれないが、ドーキンスはグールドに比べると近代的な進化生物学の主流に近い。しかし、アメリカではグールドの存在感は、遥かにドーキンスのそれを凌駕していた……後の2000年代にドーキンスが行った反宗教論争で、彼自身が名前を上げるまでは。革命。論争。それらの印象は突出している。メデイアはそれらを食い潰すし、大衆はメディアを信じてしまう。

さらに、変わらないものもある。ほんの数年おきに、進化生物学や遺伝学には「革命」が差し迫っていると言われる。だが、その革命とやらの大半は、ほんの一握りのジャーナリストたちと一部読者層の頭のなかにしかない。この教育ある読者層は、進化生物学の「中心教義」がどういうものかぼんやりとしか分かっていないが、中心教義がひっくり返ったことだけはすっかりわかった気になっている。

たまに、この現象は暴走する。スーザン・マザーの「進化論産業の暴露」はおそらく、進化論で天地がひっくり返るようなことが起きている!というような論調がそろうトンデモ系ジャンルのなかで、最も奇妙な例だと言える。しかし幾人かの学者は真面目な批評を発表して、ネオ・ダーウィニズム理論はもっと拡張がされ、大いに修正されないといけないと論じている。ケヴィン・ラランドの「ダーウィンによる未完成のシンフォニー、どのようにして文化は人間の心を作るのか」はこのような例の最新版だ。

そして、これより前を行く例として、「四次元の進化~生活史の中の遺伝学やエピジェネティク、行動学、象徴的差異」を挙げることができる。さらに、数年に渡りデイビッド・ドブス5 がこの手のものに対して書いた同情的な反応を読むことが出来る。

あなたに私の知っている進化生物学の間での主流な見識を伝えたい。その見識とは、概念としての革命は必要ではなく、単に詳細を検討し資源を再配置すれば良いということだ。ケヴィン・ラランドの議論に同調するような多数の人間は、いまだにそのような説を強調する必要があり意味のあるものだと信じている。革命を求める声を上げる理由は明確に無いし、その概念の基礎をそもそも見直さねばならない。

正直に言うと、現代的総合の初期から考え方に革命的なことがたくさん起きたかどうか、私にはわからない。もしかすると、分子進化論と帰無仮説としての中立性(分子レベルの変異が適応度に影響しないという帰無仮説)の台頭がそうだろうか?

エリック・I・スヴェンソン6 が多くの人を代弁する予稿「進化過程での相互因果関係」を公開している。全体に目を通してほしい。専門外の読者にも読みやすい、周到な文章だ。私にとって少しばかり驚きだったのが、『弁証法的生物学者』について挿入された一節だ。同書はいい本だと聞いていたのだが……

”近年、標準進化論 (ST) を修正すべきという呼びかけがある。その論拠となっているのは、進化現象の相互的因果関係についてのさまざまな論証だ。相互的因果関係とは、原因だったものがのちに結果となったりその逆が起きたりするために原因と結果の関係がはっきりしないという意味だ。原因と結果にこうした動的な関係があるために、エルンスト・マイヤーが最初に定式化した至近因と究極因の区別は疑わしくなるのだという。また、こうした論証に動機づけられて、生物学者と哲学者のなかには拡張版進化総合説 (EES) を支持する論を立てる向きもある。こうした EES は、一方向の因果関係にばかり注目する現代的総合 (Modern Synthesis; MS) にとってかわるものとされる。本稿では、EES の提唱者たちによるこの推測を批判的に検討し、彼らの主張と反対に、自然のシステムでも実験室のシステムでも正と負のさまざまなフィードバックというかたちで相互的因果関係の実証的な例が無数に存在していると結論する。相互的な因果関係は、共進化的軍拡競争・頻度依存的選択・性選択の数理モデルに明示的に取り込まれている。こうしたフィードバックがあることはリチャード・レヴィンス7 とリチャード・ルウォンティンによってすでに認識されており、ESS やそれに関連したニッチ構築が標榜されるずっと前にさかのぼる。したがって、相互的因果関係とフィードバックは弁証法的思考とマルクス主義哲学が進化論になしたごくわずかな貢献のひとつであり、そういうものだと認識されるべきだ。これまで、総合的因果関係は多くの進化プロセスを理解する助けになってきたものの、その一方で、ラマルク主義や獲得形質の遺伝を復活させようという不毛な試みの一環としてなされるのであれば、こうした考えを遺伝や発達に拡張することには警戒を呼びかけたい。”

http://gnxp.nofe.me/what-if-you-call-for-a-revolution-and-no-one-revolts/

  1. グールドらがに提唱した説で、種の進化は急激に変化する期間と停滞する期間を持ち、小集団が急激に変化することが大きな変化につながるという説。反対の説として系統漸進説がある。 []
  2. アメリカの進化生物学者で故人、代表的な著作に「ワンダフル・ライフ」や「神と科学は共存できるか?」など。下記のドーキンスらとの論争で知られ、左翼主義的な言動で知られる。 []
  3. アメリカの進化生物学者で、文中の通りグールドの協力者として知られている。近年では遺伝子組み換え作物などへの発言をしている。 []
  4. イギリスの進化生物学者、代表的な著作に「利己的な遺伝子」や「神は妄想である」など。上記のグールドらとの論争で知られ、近年では新無神論運動を展開している。 []
  5. NYタイムズなどに寄稿するライター。 []
  6. スウェーデンのランド大学、生物学教授。 []
  7. アメリカの農家から転身したエコロジストで故人。 []