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リヴァイ・ボクセル 「インターネット・ソーシャルメディア・政治分極化」 (2017年10月1日)

Levi Boxell, “The internet, social media, and political polarisation” (VOX, 01 October 2017)


インターネットは、近年の政治の分極化について相当な汚名を着せられてきた。合衆国のデータを用いつつ本稿が主張するのは、政治分極化の強まりという少なくとも1970年代まで遡れる一般動向について、インターネットはじつのところ何ら重要な役割を果たしてこなかったこと、これである。本研究結果は、都合のよい物語をとおした説明にとどまらない視点をもつことの重要性、そして政治的気分をうみだす諸要因をより深く理解することの必要性を照らし出す。

合衆国選挙民のあいだで近年政治の分極化が進んでいる旨を示唆する文献が増えている (例: Abramowitz and Saunders 2008, Iyengar et al. 2012)。1994年、政党支持者 (party affiliates) のおよそ20%が反対政党について 「強く不支持 (very unfavourable)」 の見解をもっていた。2016年までに、この数字は55%超に高まり、現在も減速の兆しは全くみられない (Pew Research 2016)。1994年から2014年にかけて、政治ポリシーにかんする質問群をとおし強固に一貫したイデオロギー的見解をもつアメリカ人の割合は、2倍以上に膨らんだ – すなわち10%から20%超に増加した (Pew Research 2014)。

政治分極化にたいする関心のほうも空前の高まりをみせている。Google Trendsが示すところでは、合衆国における政治分極化に関連した検索の件数は2016年の11月、2004年のモニター開始以降のいずれの選挙月をも上回るものとなった1。Gentzkow (2016) も、1950年から2008年にかけてのGoogle Books Ngram Viewerデータにおける政治分極化への言及について、同様の結果を得ている。

政治分極化の強まりの説明としてよく引用される仮説の1つは、インターネットとソーシャルメディアを主たる要因とするものだ。Cass Sunstein (2007) の次のような言葉は、この議論の標準型を示している:

インターネットのおかげで甚だしく容易になったのは自分の見解の後押しとなる膨大な資料を渉猟し … [なおかつ] それと反対の趣旨をいう資料のいっさいを排除することだ … このセルフ-ソーティングがもたらす重要な帰結に、飛び地の過激主義 (enclave extremism) とでも呼びうるものがある。同好の士からなる飛び地にゆき着いた人々は、通例そこからさらに極端な地点に向かってゆくものだ

よく知られたEli Pariser (2011) や Cass Sunstein (2001, 2009, 2017) の著作は、インターネットが 「フィルターバブル」 ないし 「エコーチャンバー」 の役割をはたすというこの考えについて詳説したものだ。

個人は、インターネット上で同好の士的な情報源をじじつ見い出しており、またソーシャルメディア上でも同好の士的な個人と繋がる傾向が比較的強いこと、これについては強固な実証データが存在する。既存研究は、政治ブログ上でのリンク (Adamic and Glance 2005)、ウェブサイト訪問 (Gentzkow and Shapiro 2011)、Twitter上の政治的リツイート (Conover et al. 2011)、ソーシャルメディア上の記事シェア・クリック (An et al. 2014, Bakshy et al. 2014, Flaxman et al. 2016)、Twitter上の政治的同類性 (Colleoni et al. 2014, Gruzd and Roy 2014, Halberstam and Knight 2016) などにおける住み分け (segregation) を明らかにしてきた。

図1 メディアと相互作用タイプでみたイデオロギー的住み分け

出典: Gentzkow and Shapiro (2011).

しかしながら、オフラインの情報源とオンラインの情報源を比較する段になると、諸研究はどちらにも同程度の分節化レベルを見い出している。図1はGentzkow and Shapiro (2011) から取ったものだが、ウェブサイト訪問にかんする分節化をみると、これは全国紙にかんする分節化ほどではないが、地方紙にかんする分節化よりも激しいといった具合になっている。Halberstam and Knight (2016) もTwitter上の政治ネットワークを調べて、Twitter上の政治ネットワークとオフラインの政治ネットワークの分節化が同程度であることを明らかにしている。なお付言しておくと、インターネット上の情報源にかんする分節化はたしかに示唆的であるが、これはインターネットが分極化を促したという命題の必要条件でもなければ十分条件でもないのである。

図2 標準化した政治分極化の指標の動向 (1972–2016)

出典: Boxell et al. (近刊).

最近の論文で私は共著者らとともにインターネットと政治分極化の関係を調査している。そのさい 「全米選挙研究 (American National Election Studies)」 のサーベイデータを用いることで、オンライン情報へのアクセスで異なる人口学的諸集団をとおしてみた分極化動向の比較をおこなった (Boxell et al. 近刊)。研究における発見が個々の政治分極化基準によって左右される程度を減らすため、我々はこれまで関連文献で用いられてきた8つの基準をもとにあらたに1つの標準化指標を作成した。なおこれまでの尺度とは、Abramowitz and Saunders (2008) のイデオロギー整合性の尺度、Mason (2015) の党派的ソーティングの尺度などをさす。図2には、我々の指標の1972年から2016年にかけての動向を示した (1996年に値が1となるように標準化した)。本期間をとおし分極化には安定した上向きの動きがみられる反面、インターネットの勃興に対応する変節点を示す兆候はまったく確認できない。1996年以前の動向だけみても、政治的分極化の説明においてインターネットが果たし得る役割は限られていそうだ。

くわえて図3が示すように、分極化は1996年から2016年にかけて高齢者 (65+および75+の年齢層) のほうが青年 (18-39の年齢層) よりも急激に進行した。さらに、予測インターネットアクセスを計る尺度として人種や教育といったその他の人口学的変数を取り入れたより包摂的なものを用いた場合、1996年においてインターネットアクセスを享受していた可能性が最も低い人口学的諸集団のほうが、1996年においてインターネットアクセスを享受していた可能性が最も高い人口学的諸集団よりも、大きな分極化の変化を被っていたことが確認できた。

図3 さまざまな年齢層の政治分極化 (1996-2016)

出典: Boxell et al. (近刊).

インターネットないしソーシャルメディアへの直接的なアクセスが政治分極化の主要要因であるとすれば、予想される動向はこれと正反対になるはずだ。高齢者 (65+) が選挙キャンペーンにかんする2016年のニュースをオンラインで視聴していた可能性は、青年 (18-39) のおよそ半分であり、ソーシャルメディアを利用していた可能性はさらに少ない。それにもかかわらず、最大の政治分極化を被ったのはこの相対的年長者の層なのだ。これら事実を念頭におけば、諸年齢層にわたるインターネットアクセスへの反応の大きな不均一性、あるいは諸年齢層にわたる相当な波及効果を考慮しないまま、インターネットないしソーシャルメディアが現在みられる政治分極化の主要要因であるとする物語を作り上げることはできなさそうだ。

以上の発見は、インターネットないしソーシャルメディアが政治分極化に及ぼす影響を否定し去るものではない。事実、インターネットが僅かながら影響をもつ可能性を示す実証データも存在する。Lelkes et al. (2017) は恐らくは外生的だと思われる管路敷設権立法 (right-of-way legistlation) の変化を援用しつつ、ブロードバンドの普及が対象カウンティにおける感情的分極化 (affective polarisation) を一定程度強めたとの主張をしている。ただ同著者らは 「我々は、ブロードバンドが党派的反感の強まりを引き起こした唯一の原因などと主張するものではない。あるいは主要な原因ですらないかもしれない … 感情的分極化は少なくともインターネット利用が始まる二十年前には強まり始めていた」 と述べ、自らの発見を穏当なものにとどめている。またこれら研究結果は、諸年齢層にわたる感情的分極化の違いを説明するものでもない。

ところで、2016年の選挙結果をインターネットおよびソーシャルメディアの責めに帰すよく似た物語がある。選挙後、ヒラリー・クリントン氏は、自身の敗北の一因はフェイクニュースとFacebookだったと仄めかした。我々の論文では、人口学的諸集団にわたり投票率を比較することで、2016年の選挙にインターネットが及ぼした影響についても調査している。ドナルド・トランプ氏がインターネット利用性向の相対的に高い人口学的諸集団から獲得した票の比率が、以前の大統領達よりも大きかった旨を示す実証データはまったく確認されなかった。じっさいのところ、我々の点推定値はそれと正反対の構図を示唆している – トランプ氏はインターネット利用性向の高い人や実際のインターネット利用者のあいだでは比較的振るわなかったようなのだ。トランプ氏の支持者に占めるソーシャルメディア利用者の割合、および人口学的諸集団をとおしてみた投票率の違いを調べたHampton and Hargittai (2016) も同様の結論に至っている。

今日の合衆国には諸政治集団のあいだに相当な断裂がさまざま存在し、しかもこれら断裂が埋まってゆく気配もみえない。政治分極化やポピュリスト的な大統領候補の席巻を理解しようと試みるさい、インターネットやソーシャルメディアをやり玉に挙げたくなる気持ちも分からなくはない。しかしながら、人口学的諸集団にわたる基本動向は、どちらの現象を説明するにしてもインターネットが大きな役割を与えるような物語を支持するものとはなっていない。メディア消費は従来型メディアを離れこうした新たなプラットフォームに向かうシフトを続けており、我々もまたこれらプラットフォームの利用形態およびその政治領域への影響を注視し続けてゆく必要がある。だが、前述の結論を覆す新たな実証データが現れるまでは、FacebookフィードやGoogle検索に代わる何かがあれば我々の直面している政治問題が解決されるなどと考えるべきではない。

参考文献

Abramowitz, A I and K L Saunders (2008), “Is polarization a myth?”, The Journal of Politics 70(2): 542—555.

Adamic, L A and N Glance (2005), “The political blogosphere and the 2004 US election: Divided they blog”, Proceedings of the 3rd International Workshop on Link Discovery: 36–43.

An, J, D Quercia and J Crowcroft (2014), “Partisan sharing; Facebook evidence and societal consequences”, Proceedings of the Second ACM Conference on Online Social Networks: 13–24.

Bakshy, E, I Rosenn, C Marlow and L Adamic (2012), “The role of social networks in information diffusion”, Proceedings of the 21st International Conference on World Wide Web: 519–528.

Boxell, L, M Gentzkow and J M Shapiro (2017), “A note on internet use and the 2016 election outcome”, Working Paper.

Boxell, L, M Gentzkow and J M Shapiro (forthcoming), “Greater internet use is not associated with faster growth in political polarization among US demographic groups”, Proceedings of the National Academy of Sciences.

Colleoni, E, A Rozza and A Arvidsson (2014), “Echo chamber or public sphere? Predicting political orientation and measuring political homophily on Twitter using big data”, Journal of Communication, 64:317–332.

Conover, M D, J Ratkiewicz, M Francisco, B Goncalves, F Menczer and A Flammini (2011), “Political polarization on Twitter”, Fifth International AAAI Converence on Weblogs and Social Media.

Fiorina, M P, S J Abrams and J C Pope (2010), Culture war? The myth of polarized America, London: Longman Publishing.

Flaxman, S, S Goel and J M Rao (2016), “Filter bubbles, echo chambers, and online news consumption”, Public Opinion Quarterly 80(S1): 298–320.

Gentzkow, M (2016), “Polarization in 2016”, Toulouse Network for Information Technology Whitepaper.

Gentzkow, M and J M Shapiro (2011), “Ideological segregation online and offline”, Quarterly Journal of Economics, 126(4): 1799–1839.

Gruzd, A and J Roy (2014), “Investigating political polarization on twitter: A Canadian perspective”, Policy & Internet 6(1): 28–45.

Halberstam, Y and B Knight (2016), “Homiphily, group size, and the diffusion of political information in social networks: Evidence from Twitter”, Journal of Public Economics 143: 73–88.

Hampton, K N and E Hargittai (2016), “Stop blaming Facebook for Trump’s election win”, The Hill.

Ingram, M (2017), “Hillary Clinton blames the Russians, Facebook, and fake news for her loss”, Fortune.

Iyengar, S, G Sood and Y Lelkes (2012), “Affect, not ideology: A social identity perspective on polarization”, Public Opinion Quarterly 76(3): 405–431.

Lelkes, Y, G Sood and S Iyengar (2017), “The hostile audience: The effect of access to broadband internet on partisan affect”, American Journal of Political Science 61(1): 5–20.

Mason, L (2015), “I disrespectfully agree: The differential effects of partisan sorting on social and issue polarization”, American Journal of Political Science 59(10): 128–145.

Pariser, E (2011), The filter bubble: What the internet is hiding from you, New York, NY: Penguin Press.

Pew Research (2014), Political polarization in the American public, Research report, Pew Research Center.

Pew Research (2016), Partisanship anolitical animosity in 2016, Research report, Pew Research Center.

Sunstein, C R (2001), Republic.com, Princeton, NJ: Princeton University Press.

Sunstein, C R (2007), “Sunstein on the internet and political polarization”.

Sunstein, C R (2009), Republic.com 2.0, Princeton, NJ: Princeton University Press.

Sunstein, C R (2017), #Republic: Divided democracy in the age of social media, Princeton, NJ: Princeton University Press.

Endnotes脚注

[1] See https://trends.google.com/trends/explore?date=all&geo=US&q=%2Fm%2F02shm1 を参照

ポール・クルーグマン「政策担当者は正しいことをしたか」(2017年9月22日)

Paul Krugman, Did policymakers get it right? (Video VOX, 22 September 2017)

政策担当者はどの部分で正しい政策を取ったか?この動画では、ポール・クルーグマンが中央銀行は正しい政策を取ったが、間違ったタイミングで緊縮政策が行われたと説明。この動画は2017年9月22日に開催された「金融危機から10年」と題されたカンファレンスで録画されたものです。1    [Read more…]

  1. 訳注:本訳はクルーグマンが実際に話しているものをもとにしており、動画の英語字幕とは必ずしも一致しません。 []

欧州におけるポピュリズムと信頼

From VoxEU  2017年8月23日

Christian Dustmann、University College London (UCL) 経済学教授

Barry Eichengreen、カリフォルニア大学バークレイ校経済学・政治学教授

Sebastian Otten、UCL シニアリサーチオフィサー

André Sapir、ブリュッセル自由大学教授

Guido Tabellini、ボッコーニ大学経済学教授

Gylfi Zoega、アイスランド大学経済学教授

概要: 近年、既成の政治制度や政党への信頼の低下とポピュリスト運動やその政策への支持の増加が見られるようになった。それも欧州連合への懐疑や、一部でのあからさまな敵意が見られる欧州だけに限られたものではない。このコラムはCEPRのMonitoring International Integration series (国際統合の観測シリーズ)の最初のレポートである。これは各国内と欧州全体の政治制度両方における信頼の低下の根源を分析し、その展開の結果としてEUが危機にあるのかを問うものである。

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消えた成長の謎:あるいは如何に帰属と創造的破壊がTFPに影響するか

訳者: 帰属計算というと、普通はGDPの計算で市場取引されていない財・サービスの価値の計算方法のことかと思いますが(よく例として出されるのが、持ち家の住居サービスの価値の計算)、このコラムでは名目値を実質値とインフレ率に変換する際の、新製品の影響の計算方法の事を指しています。

 

消えた成長:帰属と創造的破壊がいかにTFPの計測に影響を与えるか

From VoxEU

2017年8月16日

Philippe Aghion, ハーヴァード大学経済学教授、CEPRリサーチフェロー

Antonin Bergeaud, パリ経済学校博士課程学生、フランス銀行

Timo Boppart, ストックホルム大学IIES助教授

Peter Klenow, スタンフォード大学経済政策教授

Huiyu Li、サンフランシスコ連邦準備銀行

概要:全要素生産性の成長率が低下していることから、世界はイノベーションのアイデアに枯渇しつつあるのだと主張する人達がいます。このコラムは算出が計測される方法がこれを判断する上での核心であると主張し、産出計測バイアスにおける帰属の役割を定量化します。「新しい」ものと既存の製品を区別することで、合衆国経済の消えた成長を見つけ出すことが出来ました。この消えていた成長を考慮することで、統計当局はその手法を向上し、新しいアイデアの登場をより容易に認識することが出来ますし、またこれは最適成長とインフレターゲット政策についての含意を持ちます。

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グローバライゼーションと合衆国の労働市場

グローバライゼーションと合衆国の労働市場 From VoxEU

Mine Senses、ジョンズ・ホプキンズ大学国際経済学准教授

2017年8月6日

 

概要: グローバライゼーションによってもっとも被害を被ったコミュニティは近年の合衆国の選挙において中道の候補からよりイデオロギー的に過激な候補へと支持をシフトさせたという証拠などが出てきている。Vox eBookから抜粋されたこのコラムでは、グローバライゼーションの波を反転させる事を約束して当選した政治家の政策がどういうものになるかと、そういった政策の成功の見通しについて考えてみる。

編集者注: このコラムは最初、Vox eBook、Economics and policy in the Age of Trump、の中の1章として書かれた。この本はここからダウンロード可能である。

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政府通貨と暗号通貨の競争

訳者:上のタイトルの通り、政府発行の通貨と暗号通貨の間での競争についての論文を書いたJesús Fernández-Villaverde教授の自身によるその論文の解説です。原文で”cryptocurrency”と書かれるネット上の通貨は日本では「仮想通貨」と呼ばれる事が多いようですが、訳文ではそのまま「暗号通貨」と訳しています。私自身は通貨についての理論には全く詳しくありませんので、もし訳に問題があればお知らせください。

 

通貨競争の経済学について」 from VoxEU

Jesús Fernández-Villaverde, ペンシルバニア大学経済学教授

2017年8月3日

概要:もし暗号通貨による支払いのシェアが増えれば、政府発行の通貨は民間の発行者からの市場での競争に直面することになる。このコラムは、たとえもしこのシステムが価格安定を維持し得たとしても、市場は社会的に最適な量の通貨を提供しないと論ずる。しかしながら、通貨の実質価値を安定させる金融政策を利用することで、それでも政府は社会的厚生を最大化することが可能である。よって、民間通貨からの競争の脅威は貨幣を発行するどんな政府に対しても歓迎すべき市場による規律を与え得るものである。

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「消費バスケット一杯の企業異質性」

消費バスケットの中の企業異質性:家庭と店舗スキャナーデータからの証拠 from VoxEU

2017年8月2日

  Benjamin Faber、カリフォルニア大学バークレー校経済学部助教

Thibault Fally、     カリフォルニア大学バークレー校助教

概要: 近年の文献は労働者の所得への企業異質性の影響について論じるようになってきている。このコラムでは家計の生活費への影響という観点から企業異質性について考えてみる。富裕層と貧困層はその消費財を異なる企業から購入しており、ゆえに企業の異質さの非対称性から異なる影響を受ける。分析はほどほどの貿易自由化により、合衆国の最も豊かな20%の家計は最も貧しい20%と比べて小売財消費での生活費インフレ率が1.5ー2.5%ほど低くなりえる事を示している。

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キャロル・グラハム 「アメリカの希望の欠如」

アメリカの希望の欠如:豊かな国の貧しさは高くつく

Lack of hope in America: The high costs of being poor in a rich land from VoxEU

2017年7月28日

キャロル・グラハム(Carol Graham)

ブルッキングス研究所のLeo Pasvolskyシニアー

メリーランド大学カレッジパーク校School of Public Policy教授

合衆国の分裂はかつてない程になっています。それを一番分かりやすく表している指標について経済学者は長年にわたって議論してきましたが、それは所得と機会の両方の不平等の急激な増加でしょう。合衆国の不平等の高さは将来の機会(の多さ)を意味しているのだという長く信じられてきた信念がありますが、多くの研究がそれはもはや事実ではない事を示す有力な証拠を提供しています。Chetty et al. (2017)は、両親の所得レベルよりも上へ行ける子供の比率が1940年生まれのコーホートの90%から、1980年生まれについての50%まで低下した事を発見しています。しかし、ジニ係数などの数値指標に基づいた経済学者内部の技術的な議論は一般の議論の中には浸透してはいないようです。

合衆国内の分裂は所得の領域をはるかに越えたものになっており、その幾つかには特に不安を感じさせられます。新著において、私は生活水準(well-bing)の面から不平等の趨勢をかたりました。通常の指標から出発して、厚生の非経済的側面に関する指標、たとえば幸福、ストレス、怒り、そしてもっとも重要である希望などについてのものを利用しています(Graham 2017)。

希望は人々が将来の為の投資を行う動機となる重要なものです。生活水準についての私の以前の研究は、経済的余裕のない人達にとってそれがとりわけ重要である事に光をあてました。彼らにとってそういった投資を行うことは富裕層にとって以上の現在時点での消費の犠牲を必要とします(Grapham et al. 2004)。機会についてのギャップの拡大に加えて、合衆国の豊かさのギャップは信念、希望、そして願望についての不平等の拡大につながってきており、経済的に取り残された人達こそがもっとも希望を持たず、その将来の為の投資を最も行わない人達となるわけです。

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ジェイムズ・ベッセン「コンピュータによる自動化は人間の仕事にどう影響するか:テクノロジー・雇用・技能」

[James Bessen, “How computer automation affects occupations: Technology, jobs, and skills,” Vox, September 22, 2016; 翻訳のPDF版]

「コンピュータによる自動化が進むと大量に雇用が失われる」という考えが広まっている.だが,ここで見過ごされているのが,需要の変化や職業間の代替の両方がからんだ経済の動的な反応だ.このコラムでは,アメリカのデータを利用して,細分化した職業カテゴリーで自動化が雇用に及ぼす影響を考察する.今日まで,コンピュータを使うさまざまな職業の雇用は他より大きく伸びている一方で,あまりコンピュータを使わない職業では,コンピュータが絡む雇用喪失が他より多く生じている.自動化でつきつける本当の課題は,新しいテクノロジーを使う技能をもつ労働人口を発展させることだ.

自動化が心配されているのはブルーカラー製造業の労働者だけではなく,ホワイトカラーや専門職でも自動化が懸念されている.人工知能を用いるものも含めて新しいコンピュータプログラムは,簿記係・銀行の窓口係・販売員その他のこなす作業をかわりにこなすようになっている(Brynjolfsson and McAfee 2014).人によっては,こうして作業をプログラムが代替することでテクノロジーによる失業が生じ,大不況からの景気回復が緩慢になったと考える向きもある(Ford 2015).将来に目を向ければ,Frey and Osborne (2013) の予想によると「アメリカの雇用の 47% が(…)自動化で代替される可能性があり(…),おそらくは今後10年~20年でそうなりうる」という.他方で,もっと穏当な影響を考える人たちもいる (Autor 2015, Amtz et al. 2016)のだが,「コンピュータによる自動化によって大規模な失業が生じるようになっており,しかもこれからますます大勢が影響を受けるようになる」というこの見解をふまえて,たとえば最低所得保障のような新政策が提唱されている(Ford 2015).

だが,コンピュータによる自動化は実際に正味の大幅な雇用喪失をうみだしているのだろうか? 自動化をめぐる議論は盛り上がっているものの,残念ながら,厳密な経済分析も実証的な証拠も活用されていない.筆者が最近出した論文では,アメリカにおいて近年のコンピュータによる自動化が細分化した職業の雇用増加に及ぼした影響を推定している(Bessen 2016).筆者が用いるのは,世間の論議でおおむね無視されている基本的な経済の相互作用をとらえるモデルだ.たとえば自動化が製品需要や職業間の代替におよぼす影響がこのモデルにはとりこまれている.

自動化の基本的な経済学

自動化とはどういうもので,自動化がどのようにして雇用に影響するのかを明瞭に理解することから着手するのが欠かせない.自動化がなされると,ある職業がこなす作業の一部あるいは全部を機械が行うようになり,その作業の実行に必要な人間労働が減ったり消滅したりする.だが,こういうかたち以外にも,新テクノロジーが労働人口に困難と変化を強いるかたちはある.新テクノロジーは製品を時代遅れにすることがある.たとえば,自動車が普及すると馬車製造業者の仕事は一掃された一方で,新たに自動車の車体製造の仕事がつくりだされた.また,テクノロジーは,仕事の組織を変えることもある.たとえば,通信テクノロジーによって,〔働く場所を1カ所に集中させず〕分散させたり,よそに委託したり(アウトソース),国外に移転したり(オフショア),仕事をあるグループから他のグループに移したりしやすくなる.セルフサービス・テクノロジー(e.g. 飛行機のチケット予約)は,〔窓口の人員がやっていた〕仕事を消費者に移した.情報テクノロジーは,新しい市場の開拓を円滑にする(e.g. Airbnb, Uber).〔機械が仕事を代替して人員が不要になること以外の〕こうしたさまざまなテクノロジーによる変化は,一部の労働者に困難と変化を強いたり雇用を消滅させることがあるものの,全体として〔雇用喪失と創出を差し引きした正味でみて〕大量の雇用喪失が生じると予想すべき特段の理由はない.旧来の雇用が消滅する一方で新しい雇用が創出されるからだ.他方で,同じ産出をうみだすのに必要な人間の労働を機械が減らすため,自動化は正味の雇用喪失をうみだすかもしれない.

また,これまでの議論では,機械によって全面的に人間の雇用が奪われる場合を取り扱うことが多かった(e.g. Frey and Osborne 2013).だが,実際には大半の自動化は部分的なものだ――一部の作業が自動化されるにとどまる.たとえば,1950年から幅広く自動化がすすめられてきたにも関わらず,1950年の国勢調査でリストに細分化されている職業270項目のうち,自動化のおかげで消滅したものはたったひとつしかない――エレベータの操作員だ 1.だが,他の多くの職業は一部だけが自動化された.

この点の区別が重要なのは,そこから非常にさまざまな経済的帰結が導かれるからだ.ある仕事が完全に自動化されたら,自動化は必然的に雇用を減らすことになる.だが,ある仕事の一部だけが自動化された場合には,逆に雇用が増えることもありうる.その理由は,基本的な経済の仕組みに関わる.たとえば,19世紀に,1ヤードの布を織り上げるのに必要とされた労働の 98% が自動化されたものの,織物業の雇用数は増えた(Bessen 2015).自動化によって布の価格は下がり,きわめて弾力的な需要が増えた.その結果として,労働力を節約するテクノロジーが登場したにもかかわらず,正味で見ると雇用は増加した.

これと同様の需要の反応は,コンピュータによる自動化にも見受けられる.たとえば,自動現金預入支払機(ATM)が銀行の窓口係におよぼした影響を考えてみよう.1990年代後半から2000年代前半にかけて ATM は普及していった.その後,フルタイム相当の窓口係員の数は増えている(Figure 1 参照).どうして雇用が減らなかったのだろう? なぜなら,ATM のおかげで銀行は以前より低いコストで支店を営業できるようになったからだ.これによって,銀行は支店の数を増やすよううながされた(その需要は弾力的だった).こうして,窓口業務の雇用喪失が相殺されたのだ.

▼ Figure 1. アメリカにおけるフルタイム相当の銀行窓口係と ATM 機の数

もちろん,部分的に自動化されることである職業の雇用が減ることもある.需要が弾力的でない場合には,需要が伸びて雇用喪失が相殺されることはない.また,自動化が進むと企業内や産業内である職業を別の職業が代替するようになることもある.たとえば,いまや電話対応係は減ってきているが,受付係は増えている.植字工は減っているが,グラフィック・デザイナーやデスクトップパブリッシャーは増えている.コンピュータを使うグラフィック・デザイナーの方が植字工よりも生産的になったので,自動化によって植字工からグラフィック・デザイナーへの仕事の移転が進んだのだ.

雇用需要の伸びの推計

以上のような点を考慮に入れて,さまざまな産業での職業の需要を考えるモデルとして,需要の変化や産業内での職業間代替を許容するものを推定してみよう.ここでは,鍵となる独立変数として,各職業・産業の労働者によるコンピュータ利用の度合いを計測する.こうしたデータは,人口動態調査 (Current Population Survey) の付録から取得した.他の条件が同じなら,コンピュータをより多く使う職業ほど作業を自動化する度合いが強いと仮定する.従属変数は,職業-産業集団における雇用の相対的な伸びだ.

こうして得た推定は,通説の想定と真っ向から食い違っている.第一に,コンピュータを利用する職業ほど,雇用の伸びが緩慢であるどころか,逆に伸びがはやい傾向にある.標本の平均をみると,コンピュータ利用は,その職業での年間雇用 1.7% 増と関連している.言い換えると,銀行窓口の事例は,例外ではなく典型かもしれないということだ.

第二に,職業間には強い代替効果がはたらいている.同じ産業内で他の職業がコンピュータを利用しているかぎりで,さまざまな職業は雇用が減少する傾向にある.つまり,「機械が人間に取って代わっている」という筋書きになっていないのだ.そうではなくて,コンピュータを使うグラフィック・デザイナーが植字工にとってかわったように,機械を使う人たちが他の人たちにとってかわっている.

この代替効果は,雇用増効果をおおむね相殺している.両方を数えて単純な平均をみてみると,コンピュータ利用は雇用増加に関連しているものの,その効果は小さく,1年あたり 0.45% となっている.

コンピュータによる自動化と格差

とはいえ,コンピュータによる自動化は人員の大幅な配置転換と結びついている.自動化は全体的な雇用に大きな影響をおよぼしていないように見えるものの,さまざまな職業で,あるグループで仕事を失う人が大勢うまれて他の職業の人々によってその仕事が代替されるようになることと自動化は関連している.とりわけ,低賃金の職業は雇用を失いがちな一方で高賃金の職業は雇用を増やしている(Figure 2 参照).高賃金の職業はもっと徹底してコンピュータを使い,低賃金の職業でなされている仕事を代替できるようになっている.

▼ Figure 2. 1980年の職業別賃金で分けた3グループの職業別雇用増減にコンピュータによる自動化がおよぼした正味の効果

もし,低賃金職業の労働者が高賃金の職業に移るのが容易でないとすると,この不均衡は経済格差に多大な寄与をなしうる.たとえば,低賃金労働者はコンピュータとともに働く機会がえられなかったり必要な技能を持ち合わせていなかったりするかもしれない.筆者のデータは,実際にそうなっているらしいといういくばくかの証拠を提供している.コンピュータをより多用する職業ほど,同じ職業内の賃金分散が大きくなっている――つまり,新技能を習得した労働者はもっと稼ぐようになるのだが,誰もがみんな学ぶ機会や能力をもっているわけではないのだ.また,コンピュータを利用する職業は,大卒の労働者の採用割合が高くなる傾向がある.銀行窓口係のように大卒資格を必要としない職業ですらそうなっている.

結び

さまざまな作業をコンピュータが自動化するからといって,コンピュータを使う職業が必ず雇用喪失に苦しむとはかぎらない.それどころか,これまでのところ,コンピュータを使う職業ほど雇用が伸びている.そのかわりに,コンピュータに関連する雇用喪失を味わっているのは,あまりコンピュータを使わない職業のようだ.

「コンピュータによる自動化は必然的に大規模な雇用喪失につながる」という考えは,自動化に対して経済が見せる動的な反応を見落としている.需要が変わったり職業間での代替が進んだりといった反応が考慮されていない.もちろん,近年の経験で必ず未来が予測できるわけではないし,新たな人工知能テクノロジーがおよぼす影響は話がちがうかもしれない.実際,過去のテクノロジーを見ても,たとえば織物の自動化は当初こそ多くの雇用をつくりだしたものの,需要の弾力性はしだいに減少し,やがてさらなるテクノロジーの発展で雇用喪失が生じることとなった.コンピュータによる自動化が未来で雇用喪失をもたらなさいともかぎらない.

だが,そうした未来の問題にばかり注意を向けていては,今日の政策を考える足取りがおぼつかない.〔本稿の〕証拠をみるかぎりでは,コンピュータはいまのところ正味の雇用喪失をもたらしていないものの,低賃金の職業は雇用を失いつつあり,経済格差に寄与すると見込まれる.こうした労働者たちが実入りのいい新しい仕事に移るためには新技能が必要となる.新しいテクノロジーを使う技能をもった労働人口を発展させることこそ,コンピュータによる自動化が課した現実の課題である.

参照文献

  • Arntz, M, T Gregory and U Zierahn (2016) “The risk of automation for jobs in OECD countries: A comparative analysis”, OECD Social, Employment and Migration Working Papers, No 189, OECD Publishing, Paris.
  • Autor, D H (2015) “Why are there still so many jobs? The history and future of workplace automation”, The Journal of Economic Perspectives, 29(3): 3-30.
    Bessen, J (2015) Learning by Doing: The Real Connection Between Innovation, Wages, and Wealth, Yale University Press.
  • Bessen, J (2016) “How computer automation affects occupations: Technology, jobs, and skills”, Boston University School of Law, Law and Economics Research Paper 15-49.
  • Brynjolfsson, E and A McAfee (2014) The Second Machine Age: Work, Progress, And Prosperity In A Time Of Brilliant Technologies, New York: WW Norton & Company.
  • Ford, M (2015) Rise of the Robots: Technology and the Threat of a Jobless Future, New York: Basic Books.
  • Frey, C B and M A Osborne (2013) “The future of employment: How susceptible are jobs to computerisation”, Working Paper.

脚註 1. 他の職業が消滅した理由はさまざまだ.たとえば,サービスへの需要の変化(下宿の管理人),技術の陳腐化(電報のオペレータ),など.

サミュエル・ボウルス『道徳情操と利害感情:経済的誘引は社会目的へと導くのか、壊すのか』(2016年5月26日)

Samuel Bowles, “Moral sentiments and material interests: When economic incentives crowd in social preferences,” 26 May 2016, VoxEu.

 

社会的な目標を達成するための経済的誘引――例えば公共財への寄付に対する経済的な助成――、それによってかえって高潔さや道徳に基づく動機が押し出されてしまう。こういった事例は多く見られる。この押し出し効果は「クラウド・アウト」と呼ばれる。では逆に、文明人としての美徳を促すように政策を作る、つまり「クラウド・イン」させることは可能なのだろうか。この記事では古代アテネを例に取り、近代の制度設計と公共政策に役立つ方策を探る。

 

リチャード・ティトマス(Richard Titmuss)の名著「The Gift Relationship: From Human Blood to Social Policy 」(Titmuss 1971)の要点を挙げると、高度な社会目標を達成するために経済的誘引を用いることは逆効果になりかねない、となる。彼によれば、罰金、補助金といった誘引は人に「取引感覚」を植え付け、それまでの行動規範となっていた文化的市民としての高潔さを損なうことになりかねない。

ケネス・アロー(Kenneth Arrow)とロバート・ソロー(Robert Solow)の両者が論評を寄せていることからも、この本がいかに関心を持たれていたかがうかがえる(Solow 1971, Arrow 1972)。とは言え、アローからすればそれは「実際には経験則」に過ぎず、納得できるものではなかった。しかし現在では誘引の有効性の研究はティトマスからはるかに進んでいる。

よく引き合いに出される例として、ハイファの保育所の話がある(Gneezy and Rustichini 2000)。そこでは子供の引き取りに遅れた親に罰金を課したところ、親の遅刻は倍になった。12週間後に罰金は廃止されたが、増えた遅刻は元には戻らなかった。

これは通常、「押し出し効果/クラウド・アウト」によって説明される。かつては子供の引取りに遅れ保育所に迷惑をかけるのは後ろめたい行為だった。それが罰金によって、お金で買うことのできることとなってしまったのだ。

経済的誘引政策に否定的な人にとっては、これはその象徴的な出来事となっている。しかもこれは例外ではない。過去20年間の経済学研究で研究所内及び実地において見られた、経済的誘引が押し出し効果を引き起こした例は40以上を数える(Bowles 2016, Bowles and Polania-Reyes 2012)。これをふまえるなら、経済的誘引への反対は十分理にかなっている。

押し出し効果を示す別の事例を挙げよう。ノルウェイでは入院期間に基準を設け、それを超えた場合、病院の経営者に課金をした。その結果は意図に反し、入院期間が延びることとなった。一方でイングランドでは別の方法による成功例がある。金銭的な誘引を使う代わりに病院経営者のプライドに訴えかけ、入院期間を大幅に減らすことに成功した(Holmas et al. 2010, Besley et al. 2009)。

ここで立ち返って考えてみたい。多くの場面で押し出し効果が見られるからといって、誘引策をそのまますべて否定するのは適当なのだろうか。それともまだそこには余地があるのだろうか。その答を探るべく、アリストテレス期のギリシャの例を挙げよう。そこには経済学、特に制度設計に関して学べることがある。それは押し出し効果とは反対に、社会規範への「押入れ効果/クラウド・イン」を可能とする施策だ。

紀元前325年、アテネの市民集会はギリシャのはるか西、アドリア海に植民地と海軍基地を設けるという壮大な事業の承認を行った(Christ 1990, Ober 2008)。この事業には膨大な数の人員と289隻の船を要したが、当時は国家に属する人員も船もなく、入植者、舟の漕ぎ手、航海士、兵士、さらにはこの航海に適した船を民間から調達せねばならなかった(騎兵隊を組織するため、馬を乗せられる船もまた必要とされた)。船の指揮官と支度人はアテネの富裕層から選任され、そして彼らは期日までにピレウス港に航海に適した船を用意せねばならなかった。

責務が不当に重いと感じた市民は対応請求をすることができた。他の、同様に裕福な市民を選び、その責務を代わりに引き受けてもらうか、私有財産を交換するかだ。責務の代行人として選んだ市民がそのどちらも拒んだときには、市民により選ばれた審査官が財産の大きさに基づき、負うべき責務の判断をした。

市民集会は「(ピレウス港に)最初に船を到着させた者には500ドラクマ、二番目の者には300ドラクマ、三番目の者には200ドラクマの冠をもって」その功績を褒め称え、また「評議会の布告人は…ダンゲリア(祭)において…冠を得た者の競争への情熱を市民に明示することを目的とし…その名を公示する」とした。当時の熟練職人の日給が1ドラクマ程度だったことを考えれば、その褒賞は相当のものだった。たとえ全責務にかかる費用はそれとは比べ物にならないほど莫大なものだったとしても。

褒賞による誘引の目的が誤解されないため、法令にはアドリア海海軍基地から得られる便益が記されていた。エトルリア海賊からの防衛に加え、「市民は未来の何時においても穀物の通商と輸送を得ることができるであろう」と。

そして、その名誉と褒賞に心を動かされない人に向けて警告が用意されていた。「法令の規定に従わぬものに対しては、執政に携わる者か独立した個人であるかにかかわらず、一万ドラクマの罰金を課す。」その代金は神聖なるアテナの下へ収容された。

アリストテレスが死んだのはアドリア海派遣の開始から三年後のことだ。彼はこう、書き記した。「議員は市民の信条に訴えかけるすべを知っている。…それこそが我々を成功へと導く」。これはアテネの市民集会が心に留めていたことを如実に示している。誘引と制約は市民としての品格を育成するために使い、決して道徳の欠如を埋め合わせるものとはしなかった。

要点をまとめる

  • 褒賞は名誉を称えるもの。収賄のように人を操作し誘導するためのものではない。
  • 市民集会は次のことを明示した。誘引は公的な目的の達成のため使われるものであり、特定の個人の利得のためではない。
  • 責務に対する異議申し立ての権利は計画に市民を参加させ、誘引から来る不公平を緩和する効果を持つ。

 

さて、アテネ市民がタイムマシンに乗ってハイファまでやって来たなら、問題にどう提言するだろう。ドアには張り紙が貼られている。

「保育所は子供の引き取りに遅れて来る親への対応として科料の導入に踏み切りました。(この決定にはイスラエル民間保育所管理局の許可も得ています。)来週の日曜日より、16:10以降に子供を迎えに来た親にはその都度10シェケル(この時点で約$3)を課すことといたします。」

それがアテネ市民の共感を得ることはないだろう。

アテネ流のやり方はこうだ。

「保護者評議会は時間通りにお子さんを迎えに来てくださる保護者の方々に感謝の意を表することといたしました。定刻までに来られる方々のおかげで、お子さんの不安を減少させ、職員が自分の家族の元へと遅れることなく戻ることを可能としております。一年間、一度も遅れることなく迎えに来られた保護者の方々には500シェケルの賞をもって、親と職員の懇親会において表彰することといたします。なお、この500シェケルは年間最優秀教師への褒賞として寄付することも可能です。」

付け加えるに、

「残念ながら、10分以上遅れられた方へは1000シェケルの科料を課すことといたします。科料の支払いもまた、懇親会で発表いたします。なお、科料は年間最優秀教師への褒賞へと充てさせていただきます。」

このアテネ流のやり方で押し出し効果を逆転させられるのだろうか。そう思われる。ここで更なる実例を見てみよう。

アイルランドで2002年から導入されたレジ袋税はハイファの保育所での罰金に似ている。両施策とも、その費用を少しだけ上げることによって行動を踏み止まらせようとしている(Rosenthal 2008)。しかしその結果は全く違った。制度の開始から二週間のうちにレジ袋の使用は94%も減ることとなった。この税の導入は前例とは違い、道義心を奮い起こさせたようだ。毛皮を身に着けることと同様、レジ袋の使用は社会道徳に反する、その考えを浸透させえた。

アイルランドとハイファ、その異なる結果から何を学ぶことができるだろう。ハイファの罰金とは違い、アイルランドのレジ袋税ではその道義的な目的をはっきりとさせた。導入の前に公衆参加型の審議を重ね、十分な広報活動をもってレジ袋の廃棄が環境を破壊する要因であることを認知させた。ハイファの罰金は「お金さえ支払えば遅れてもかまわない」と受け取られたのに対し、アイルランドで発したメッセージは「エメラルド島をごみから守れ」だった。

ジェレミー・ベンサムは『道徳及び立法の諸原理序説』(1789)において、懲罰は「道徳的教示」でなければならない、とした。レジ袋税は道徳的教示だったが、遅刻への罰金は違った。同様に、助成金や成果給付を使った誘引政策も賞金よりは賄賂となってしまう危険性を孕んでいる。それを防ぐためにはアテネ市民を範としなければならない。

利害感情と道徳情操、その両者は人の行動を左右する。そして個人的な利害と道徳感覚、それらは互いに補い合う(クラウド・イン)ことも、反発し合う(クラウド・アウト)こともある。ベンサムもアテネ市民もそのことをよく理解していた。

 

References

Arrow, K. J. (1972), “Gifts and Exchanges”, Philosophy and Public Affairs 1(4): 343-62.

Besley, T., G. Bevan and K. Burchardi (2009), “Accountability and Incentives: The Impacts of Different Regimes on Hospital Waiting Times in England and Wales“, LSE.

Bowles, S. (2016), The Moral Economy: Why Good Incentives Are No Substitute for Good Citizens, New Haven: Yale University Press.

Bowles, S. and S. Polania-Reyes (2012), “Economic Incentives and Social Preferences:  Substitutes or Complements?”, Journal of Economic Literature 50(2): 368-425.

Christ, M. (1990), “Liturgy Avoidance and Antidosis in Classical Athens“, Transactions of the American Philosophical Association 10: 147-69.

Gneezy, U. and A. Rustichini (2000), “Pay Enough or Don’t Pay at All”, Quarterly Journal of Economics 115(2): 791-810.

Holmas, T. H., E. Kjerstad, H. Luras and O. R. Straume (2010), “Does Monetary Punishment Crowd out Pro-Social Motivation? A Natural Experiment on Hospital Length of Stay”, Journal of Economic Behavior & Organization (in press).

Ober, J. (2008), Democracy and Knowledge: Innovation and Learning in Classical Athens, Princeton: Princeton University Press.

Rosenthal, E. (2008), “Motivated by a Tax, Irish Spurn Plastic Bags,” New York Times, 2 February.

Solow, R. (1971), “Blood and Thunder”, Yale Law Journal 80(8): 1696-711.

Titmuss, R. M. (1971), The Gift Relationship: From Human Blood to Social Policy, New York: Pantheon Books