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レヴィ・ボクセル「インターネット,ソーシャルメディア,政治的二極化」(2017年10月)

[Levi Boxell, “The internet, social media, and political polarisation,” VoxEU, Oct.1, 2017.]

これまで,政治的二極化が近年になって高まっているのはインターネットのせいだと多大な非難が向けられてきた.だが,政治的二極化が全体的に高まる傾向は少なくとも70年代までさかのぼり,そこにインターネットはなんら有意な役割を果たしていないことをこのコラムでは論じよう.使用するのはアメリカのデータだ.さまざまな研究結果を見ていくと,わかりやすい物語による説明に安んじずにもっと奥深く見通すことの重要さが際立ってくる.政治的な感情を押し動かす要因をもっと深く理解することが重要なのだ.
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ベイ・チン, ダーヴィド・ストロンベルグ, ヤンフイ・ウー「電脳独裁制: 中国ソーシャルメディアにおける監視とプロパガンダ」(2018年5月25日)

Bei Qin, David Strömberg, Yanhui Wu, “E-autocracy: Surveillance and propaganda in Chinese social media“,  (VOX, 25 May 2018)


中国政府はソーシャルメディア上の情報を利用する監視システムに多大な投資を行ってきた。本稿では、これらシステムが、その最も単純な形態においてさえ、極めて効果的であることを示してゆく。政府の視点に立つと、ソーシャルメディアは、組織された社会抗議の潜在的アウトレットとして見れば食指の動くものではないが、抗議を監視し、地方の公務就任者を見張り、プロパガンダを流布するための手法としては有用である。

閉じられた扉の背後では、政治目的をもった企業や政治家がソーシャルメディアデータの発掘にいよいよ本腰を入れている。Cambridge Analyticaスキャンダルをふくみ、最近の幾つかの出来事はこのことを裏付けるとともに、果たしてソーシャルメディアは民主主義の機能を危うくするものなのかという点をめぐり、世界規模の議論を巻き起こしている。この議論と緊密に関連しているのが、非民主主義国におけるソーシャルメディアの役割をめぐる白熱した議論だ。アラブの春、そして汚職をした公務就任者がソーシャルメディア上の公論により失墜させられた数々の逸話に触発された学者のなかには (例: Shirky 2011)、ソーシャルメディアが権威主義的政府を説明責任から逃がさないでおく役割を果たしていると考える者もいる。そのような顛末を極力少なくしようと、権威主義体制はソーシャルメディアに自己防衛的な検閲を加えるかもしれないが1、それでも人々を完全に自らの支持に転じさせることはできない。Enikolopov et al. (2016) の提示するエビデンスはこの見解を裏付けるものだ。以上とは対照的に、ソーシャルメディアを監視とプロパガンダに利用することで、権威主義政府は体制の安定性を高め、権力を強化しうると主張する研究もある (例: Morozov 2012, Lorentzen 2014)。これら体制はこうした戦略の射程と効果性をどうやら十分知悉しているようだが、世間のほうは何も知らされぬまま暗闇の中に放り置かれているのだ。

こうした事情を明るみに出すため、我々は最近の研究のなかで (Qin et al. 2017a, 2017b) ソーシャルメディアをつうじた電脳独裁制の構築に関する活動とその効果性について、初めての大規模エビデンスを提示した。具体的には、中国ソーシャルメディアにおける監視の効果性とプロパガンダの広がりを調査した。本研究は、Sina Weibo – 中国で最も有名な小型ブログプラットフォーム – に投稿された132億件 (13.2 billion) のブログ投稿からなるデータセットに依拠しており、期間は2009-2013年をカバーする。

抗議と汚職の監視

結果 1: 抗議やストライキはソーシャルメディアコンテンツにより、1日前に予測可能であり、その正確性も申し分ない。

我々は、2009年から2012年にかけて中国本土で発生した545件の大規模集団行動イベントに分析を加えた。キーワード計上数に基づくシンプルな手法を用いてこれらイベントの予測を試みた。そのうえで予測にたいしAUROCによる評価も行っている。これはモデル予測力の正確性 (accuracy) の尺度としてよく使用されるものである2。我々が開発した監視ツールのAUROCは、ストライキの予測については0.87、反日イベントの予測については0.96の値を出したが、これは通例申し分なし (excellent) と見做される閾値0.9に近い、またはそれを超えるものとなっている。

以上は中国政府エージェンシーによって用いられている実際の監視システムの正確性の下限にあたると考えられる。というのもこれらエージェンシーは、ソーシャルメディア上の情報を利用した機械学習型監視システムの構築に多大な投資を行ってきたからだ。逆にいえば、監視手法の正確性は監視を意識した抗議者が沈黙を守れば損なわれる可能性がある。しかしながら本研究が示すところ、抗議を予測する投稿はしばしば、抗議者が作成したものでもなければ、予告された抗議に関するものと明示されたものでもない。これらの代わりに大量に見られるのが、傍観者によって公開された投稿や間接的に関連付けられた投稿である。機械学習型の手法ならばこのような傾向も利用できるのだ。

高い予測正確性は関連性の有る投稿が大量にあったことの帰結である。本データにふくまれるソーシャルメディア投稿のうち、集団行動イベントについて議論しているものは数百万件も確認されている; その一部はイベントに先行し、さらには明示的に参加を呼び掛けるものさえある。これと対照的に、新聞はこれらイベントについて完全に沈黙を守っている。我々はこれらソーシャルメディア投稿にたいし、話題モデリング (表1を参照) を用いて特徴付けを行った。同様に、本データにふくまれるソーシャルメディア投稿のうち政府の汚職について議論しているものは、さらに大量に確認されている (こうした投稿のなかで最も人気のある話題については表2を参照)。

表 1 集団行動関連投稿でホットな話題

表 2 汚職関連投稿でホットな話題

抗議のケースと比べれば情報度は劣るものの、こうした投稿は汚職の監視に効果的だ。具体的には、我々は中国政府の高位公務就任者が関与した汚職事例200件に分析を加えている。比較の目的で、類似の政治的地位を保持していたが汚職による訴追はされていないという、対応的な480名の政治家からなる対照サンプルを構築した。シンプルな回帰モデルをとおし、1年後に汚職で訴追を受ける政治家がいずれかがソーシャルメディア投稿によりかなりの程度予測できることが明らかになった (但し、予測正確性は貧弱である; AUROC値は0.6未満)[訳註1]。主たる原因は、汚職で訴追された全ての公務就任者のうち、汚職関連投稿でともかく言及されたことのある者が、三分の一に過ぎなかった点にある。ソーシャルメディア上の議論の不在が示唆するのは次のいずれかだ。一、これら人物はともかくソーシャルメディアには気付かれないよう上手くやった。二、これら人物も対照サンプル中の公務員より汚職度が高いということはなく、訴追されたのは何か別の事情からだった。

結果 2: Sina Weiboはプロパガンダのために大々的に用いられている

2012年、Sina Weiboは政府省庁および個々の公務就任者により約50,000件のアカウントが運用されている旨を報告した。この数字の正確性を評価するため、我々は外部者によるものとしては初となる、ソーシャルメディア上の中国政府プレゼンスの推定値を提示している。我々はユーザーネームおよび本データ中の投稿のテキスト分析をつうじて政府アカウントの特定を行った。この推定に従うと、政府関係 (government-affiliated) アカウントは600,000件存在する。これには政府組織・大衆組織・メディア側ユーザーがふくまれる [訳註2]。したがって政府のプレゼンスはSina Weiboによって相当に過少報告されていたことになる。Sina Weibo上の政治経済的争点をめぐる全ての投稿のうち4%は、これらアカウントが寄与したものである。

政府アカウントが流布しているのは、中立的な情報 (例えばヘルスケアサービスに関するものなど) かもしれないし、プロパガンダかもしれない。プロパガンダを介した政治的感化が専らの動機であるなら、検閲が広く行われている地域や新聞の偏向度が高い地域ではより多くの政府ユーザーが確認されると予想できよう。中国の体制は感化の必要性が高ければあらゆる政治的感化手段を行使するだろうからだ。よく知られた分類アルゴリズム (サポートベクターマシーン) を用いつつ、我々は単語の頻度を用いることでユーザーが政府と関係 (affiliated) している確率の予測を試みた。結果、ソーシャルメディア投稿にたいし広く検閲を行っている地域や (Bamman et al. 2012)、また同じく、新聞がQin et al. (2018) で測定された党方針への恭順度の高い地域ほど、政府ユーザーの割合が高いことが判明した (図1を参照)。

図 1 省毎に見たSina Weibo上の政府ユーザー割合

結語

中国政府はソーシャルメディア上の情報を利用する監視システムに多大な投資を行ってきた。本稿が示すところ、これらシステムは、その最も単純な形態においてさえ、極めて効果的である。この結果は、北京の政治指導者が不意打ちリスクに曝されていないことを示唆する。なんとなれば、かれらはソーシャルメディアを用いることで、汚職公務員を効果的に監査しながら遠隔地域における抗議を予測することが出来るからである。加えて、ソーシャルメディア上の政府プレゼンスが公式に報告されたところより相当に大きくなっていること、しかもそのプレゼンスの地域による異なり方はプロパガンダが主目的であるとの解釈と整合的であることも判明した。監視とプロパガンダに向けたこのようなソーシャルメディア利用は、体制の安定性と権力を向上させるものといえよう。

本発見は 〈権威主義体制であれば、ソーシャルメディアにたいし徹底的な検閲をくわえ、その禁止にすら踏み切るだろう〉 というポピュラーな見解に意義を唱える。実際には、権威主義政府とソーシャルメディアの相互作用はもっと複雑であるようだ。政府の視点に立てば、ソーシャルメディアは組織された社会抗議の潜在的アウトレットとして見るかぎり食指の動かぬものだが、抗議を監視し、地方の公務就任者を見張り、プロパガンダを流布するための手法としては有用なのである。徹底的な検閲制は、監視とプロパガンダの目的にとってのソーシャルメディアの価値を減退させてしまうだろう。このことは、〈中国の新聞におけるプロパガンダの広がりは、政治的コントロールと経済的便益とのあいだのトレードオフにより律されている〉 というQin et al. (2018) における我々の発見とも軌を一にする。

参考文献

Bamman, D, B O’Connor, and N Smith (2012), “Censorship and deletion practices in Chinese social media”, First Monday 17(3).

Chen, X and P H Ang (2011), “Internet police in China: Regulation, scope and myths”, in D Herold and P Marolt (eds), Online Society in China: Creating, Celebrating, and Instrumentalising the Online Carnival, Routledge, pp. 40-52.

Egorov, G, S Guriev and K Sonin (2009), “Why resource-poor dictators allow freer media: A theory and evidence from panel data”, American Political Science Review 103(04): 645-668.

Enikolopov, R, A Makarin and M Petrova (2016), “Social media and protest participation: Evidence from Russia”, Universitat Pompeu Fabra, Available at SSRN 2696236.

Fu, K, C Chan and M Chau (2013), “Assessing censorship on micro blogs in China: Discriminatory keyword analysis and the real-name registration policy”, Internet Computing, IEEE 17.3: 42-50.

King, G, J Pan and M E Roberts (2013), “How censorship in China allows government criticism but silences collective expression”, American Political Science Review 107(2): 1-18.

King, G, J Pan and M E Roberts (2014), “Reverse-engineering censorship in China: Randomised experimentation and participant observation”, Science345(6199): 1-10.

Lorentzen, P (2014), “China’s strategic censorship”, American Journal of Political Science58(2): 402-414.

Morozov, E (2012), “The net delusion: The dark side of internet freedom,” Public Affairs, 28 February.

Qin, B, D Strömberg and Y Wu (2017a), “Why does China allow freer social media? Protests versus surveillance and propaganda”, Journal of Economic Perspectives 31(1): 117-40.

Qin, B, D Strömberg and Y Wu (2017b), “Why does China allow freer social media? Protests versus surveillance and propaganda”, CEPR Discussion Paper 11778.

Qin, B, D Strömberg and Y Wu (2018), “Media bias in China”, American Economic Review, forthcoming.

Shirky, C (2011), “The political power of social media: Technology, the public sphere, and political change”, Foreign Affairs, January/February.

Zhu, T, D Phipps and A Pridgen (2013), “The velocity of censorship: High-fidelity detection of micro blog post deletions”, arXiv preprint arXiv:1303.0597.

原註

[1] Bamman et al. (2012), Chen and Ang (2011), Fu et al. (2013), King et al. (2013, 2014), and Zhu et al. (2013) を参照。

[2] AUROC measures the area under the ROC curve. A ROC curve shows the tradeoff between type 1 and type 2 errors in prediction and was first employed in WWII to evaluate methods that analysed radio signals used to identify Japanese aircrafts for example. The reported AUROC is based on Figure 2 in Qin et al. (2017b).  AUROCは、ROC曲線より下の面積を計ったものである。ROC曲線は、予測における第一種過誤と第二種過誤のトレードオフを示す。第二次世界大戦のさいに、例えば日本の航空機を特定するといった目的で無線信号を分析する手法に評価を加えるため使用されたのが始まりである。本稿に掲載したAUROCはQin et al. (2017b) の図2に依拠する。


訳註 [1] インターネット上で閲覧できる論文等を参考にしたかぎりでは、AUROC値の格付けは次のようになっている:

excellent=.90-1

good = .80-.90

fair = .70-.80

poor = .60-.70

fail = .50-.60

 

 

本稿該当箇所は原文で “(with poor predictive accuracy however; AUROC below 0.6)” と表記されている。ここで poor が単に 「貧弱な」 などの意味で用いられている可能性もふくめ、念のため記しておく。

訳注 [2]  Qin et al. 2017aの関連個所を以下に引用する:

ソーシャルメディア上に投稿されたプロパガンダは多くのばあい、政府関係ユーザー; 公共部門の一部をなす学校・病院・産業連合といった大衆組織; 国家所有のメディアによって作成されたものである (注意すべきは、規制のため、政治的内容の公表を許可された情報一般メディアは全て、政府の所有に掛かるとともにその監督を受けている点である)。

Propaganda posted on social media is largely generated by government-affiliated users: government departments; mass organizations, such as schools and hospitals and industrial associations that are part of the public sector; and state-owned media (note that, per regulation, all general-interest media that are allowed to publish political content are owned and supervised by the government).

ガエターノ・バッソ, ジョバンニ・ペリ, アフムド・ラフマン 「移民流入がオートメイト化テクノロジーの時代における賃金分布に及ぼす影響」(2018年1月12日)

Gaetano Basso, Giovanni Peri, Ahmed Rahman, “The impact of immigration on wage distributions in the era of technical automation“, (VOX, 12 January 2018)


過去三十年間にわたり合衆国とヨーロッパの双方で賃金の二極化が見られてきたが、これと並行して進んできたのがオートメイト化テクノロジーの成長である。本稿では、移民流入が労働供給サイドに与える効果を介して賃金格差に及ぼす影響を分析してゆく。明らかになったのは、移民流入がネイティブの雇用機会と賃金の二極化を部分的に反転させることである。これは移民によって、総需要が拡大されるとともに、ネイティブが給与のよりよい業種へと移動することが可能になるところによる。ネイティブ側のミドルクラス労働市場機会の擁護をねらいとして低技能移住の縮減をめざす政策は、じつのところ真逆のことを行っている可能性がある。

雇用と賃金の二極化は過去三十年間にわたり合衆国とヨーロッパの双方で猖獗を極めてきた (Autor et al. 2003, OECD, 2017)。利得が賃金分布の2つの極 (典型的には一端に肉体労働的な対個人サービス職、他端に専門職や管理職が結び付けられる) に集中し続けるなか、賃金分布の中間に位置する労働者は雇用縮小と賃金抑制を被ってきた。これらは大学教育を受けておらず、ルーティン業務に従事する人達である。

こうした変化はすでに盛んに研究されているが、そこでは多くのばあいテクノロジー駆動型の労働需要変容に原因が求められてきた (Autor and Dorn 2013, Goos et al. 2014)。しかしながら、依然としてあまり知られていないのが労働供給サイドの事情である。平均的な教育水準の低い、国外生まれ労働者の持続的な流入は、これと同時期に進んだ合衆国労働市場における技能供給のひとつの大きなシフトを現わしている。こうした労働者はテクノロジー駆動型の労働市場シフトとのあいだでどのような相互作用を見せたのか? 構造的な労働需要ショックにたいし、外国人労働者は、オートメイト化テクノロジーの採用を進めている分野への移動でもって応じたのか? もしそうであるとして、かれらの従事する業種や特化分野は、全体的な雇用二極化に作用しているのだろうか? こうした問いに答えれば、近年合衆国のネイティブのあいだに見られる雇用機会と賃金の二極化パターンを評価するさい関連性を持つ、さまざまな含意が得られるかもしれない。

オートメイト化にたいする移民流入の反応

我々の新たな研究 (Basso et al. 2017) では、コンピュータテクノロジーの採用傾向が相対的に高く、これらテクノロジーの採用のおかげで労働生産性の上昇が最も大きかった合衆国の地域労働市場では、低技能移民を引き付ける傾向も相対的に高くなっていたことを示した。肉体労働-集約職に比較優位を持つこれら労働者は、地域経済における生産性上昇のために需要が高まっていたサービス業のブームを加速した。図1は技能分布の下端における雇用シェアの上昇について、そのほとんど全体が国外生まれ労働者層に帰し得ることを示している。これは二極化現象の極めて興味深い性格規定なのだが、Mandelman and Zlate (2014) のさきだつ指摘があるものの、関連分野では依然としてあまり注目されていない。

図 1 職の二極化 (ネイティブと国外出生者)

: グラフは雇用シェアの変化を、1980年における業種平均賃金で測定した技能パーセンタイル毎に示したものである。合衆国国勢調査データをもとに著者らが作成 (Ruggles et al., 2015)。

既存文献とも整合的だが、オートメイト化テクノロジーの価格が下がるにつれ、合衆国の地域労働市場は雇用と賃金の点で二極化を被るようになったことを我々も確認している。しかしながら、フォーカスをネイティブ労働者に絞ると、こうした観察があてはまる程度はかなり弱まり、とくに賃金分布のごくごく下端ではこの傾向が著しい。肉体労働-集約的な対個人サービスといった低賃金ポジションの増加は、もっぱら移民によって充填され、したがって結果として生ずる賃金上昇圧力は緩和されていたのである。これは、コンピュータ資本の採用が増加を続けるなかにあってなお、ネイティブに技能を更新し、給与がよりよい生産業種に参入させる圧力を生み出す一因となった。これはネイティブ雇用における 「脱-ルーティン化」 を和らげるとともに、総需要の増加をとおしてネイティブのルーティン 〔職の〕 賃金と分析 〔職の〕 賃金を底上げすることとなった。賃金分布の上端でも、移民はネイティブに人的資本投資のインセンティブを与えることで、ネイティブが専門職や管理職に参入することを可能にしたのである。

本分析では合衆国の地域労働市場 (通勤区) を観察しているが、これら地域労働市場の移民誘引力はそれぞれ異なる。この点は1980年にさきだつ過去の移民流入、そして国外生まれの人々による地域ネットワークの存在に着目することで明らかにしているが、こうしたネットワークが新たな移民の到来を促進することはよく知られている (Altonji and Card 1991)。オートメイト化の激しさによりネイティブのあいだに生じた二極化が、様々な市場をとおして同じ水準にあったのか分析したところ、移民にたいしアクセスが開かれている市場ほど、ネイティブの雇用と賃金に関する二極化も目立たなくなっていることが判明した。これはコンピュータ化駆動型の生産性成長に反応した移民流入が、多くの低賃金肉体労働職を充填するとともに、ネイティブ労働者に賃金分布の中間層に向かうよう圧力をかけ、ネイティブの技能を移民の技能で補完していたためである。

過去四十年間にわたり、合衆国は高い技能を伴う移民の相当な流入も経験したが、こうした移民にはテクノロジーの進歩にたいする貢献があった (Peri et al. 2015, Bound et al.2017, Jaimovich and Siu 2017, Waugh 2017)。とはいえこの種の流入も、ネイティブの雇用二極化を緩和するプロセスを無きにすることはなかった。内生的な有技能移住が、総需要の増加をとおし、技能を持たない移民の誘引を触発したからだ。

移民減少の帰結

今回の新たな実証成果は、移民流入が、オートメイト化やコンピュータテクノロジーの採用といった労働市場構造の長期的変化にたいし、内生的に反応していることを示唆する。本研究は政策立案者にも重要な含意をもっている。というのも、移民流入はネイティブのあいだに見られる雇用機会と賃金の二極化を部分的に反転させるからだ。これは総需要を拡大し、ネイティブに給与のよりよい業種への参入を可能にすることをとおして実現される。本研究でのシミュレーションが示すところ、ネイティブ側のミドルクラス労働市場機会の擁護を目的に低技能移住の縮減をめざす政策は、じつのところ真逆のことを行っている可能性がある。反実仮想シミュレーションにおいて低技能移住労働者の供給を減少させてみたところ、ネイティブは需要低下に直面し、給与の低い肉体労働サービスの提供を余儀なくされるだろうことが示された。ミドルクラス雇用の空洞化もさらに見過ごし難いものとなるのである。

執筆者注: 本稿で表された見解は本稿執筆者の見解であり、必ずしもイタリア銀行の立場を反映するものではない。誤記脱漏はすべて本稿執筆者の責任である。

参考文献

Altonji, J G, and D Card (2001), “The Effects of Immigration on the Labor Market Outcomes of Less-skilled Natives” in J Abowd and R Freeman (eds.), Immigration, Trade, and the Labor Market, Chicago: The University of Chicago Press.

Autor, D H, and D Dorn (2013), “The Growth of Low-Skill Service Jobs and the Polarization of the US Labor Market”, American Economic Review, 103 (5), 1553-1597.

Autor, D H, F Levy, and R J Murnane (2003), “The Skill Content of Recent Technological Change: An Empirical Exploration”, The Quarterly Journal of Economics, 118 (4), 1279-1334.

Basso G, G Peri, and A Rahman (2017), “Computerization and Immigration: Theory and Evidence from the United States,” NBER Working Paper 23935.

Bound, J, G Khanna, and N Morales (2017), “Understanding the Economic Impact of the H-1B Program on the US”, in G H Hanson, W R Kerr and S Turner (eds.), High-Skilled Migration to the United States and its Economic Consequences, University of Chicago Press, forthcoming.

Goos, M, A Manning, and A Salomons (2014), “Explaining Job Polarization: Routine-Biased Technological Change and Offshoring”, American Economic Review, 104 (8), 2509-2526.

Hunt, J (2016), “The Impact of Immigration on the Educational Attainment of Natives”, The Journal of Human Resources, forthcoming.

Jaimovich, N, and H E Siu (2017), “High-Skilled Immigration, STEM Employment, and Non-Routine-Biased Technical Change”, in G H Hanson, W R Kerr and S Turner (eds.), High-Skilled Migration to the United States and its Economic Consequences, University of Chicago Press, forthcoming.

Mandelman, F, and A Zlate (2014), “Offshoring, Low-Skilled Immigration, and Labor Market Polarization”, Atlanta FED, Working Paper 2014-28.

OECD (2017), OECD Employment Outlook 2017, OECD Publishing, Paris.

Peri, G, C Sparber and K Y Shih (2015), “STEM Workers, H1B Visas and Productivity in US Cities”, Journal of Labor Economics 33, S1 (Part 2), S225-S255.

Ruggles, S, K Genadek, R Goeken, J Grover, and M Sobek (2015), “Integrated Public Use Microdata Series: Version 6.0”, Machine-readable database, Minneapolis: University of Minnesota.

Waugh, M E (2017), “Firm Dynamics and Immigration: The Case of High-Skilled Immigration”, in G H Hanson, W R Kerr and S Turner (eds.), High-Skilled Migration to the United States and its Economic Consequences, University of Chicago Press , forthcoming.

 

脱税と不平等

Annette Alstadsæter、Norwegian University of Life Sciences経済学ビジネス学部教授

Niels Johannesen、コペンハーゲン大学経済学教授

Gabriel Zucman、カリフォルニア大学バークレー校助教授

2018年5月9日

VoxEU

概要:税金の記録は社会の中の富と所得の集中を測る為によく利用される。しかしながら、もし金持ちが貧乏人よりも税金逃れをするならば、税の記録は不平等を過小評価することになる。このコラムはスカンジナビアを例として、脱税が富とともにどう変化するかを明らかにする:スカンジナビアのトップ0.01%の金持ち家計は資産や投資所得を国外に隠すことで払うべき税金の約25%を脱税している。そういった非常な金持ちがこういった事を出来るのは、彼らが資産秘匿サービスへのアクセスをもっているという単純な理由による。トップ層の脱税を減らすには、そういったサービスの供給を減少させる事が肝心である。

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サミュエル・バッジ, アリヤ・ガードゥ, アレックス・ローゼンバーグ, メイシー・ウォン 「集団間の接触は国民形成をいかに涵養しうるか」(2018年1月7日)

Samuel Bazzi, Arya Gaduh, Alex Rothenberg, Maisy Wong, “How intergroup contact can foster nation-building“, (VOX, 07 January 2018)


幅広く包摂的な国民アイデンティティ (national identity) 感覚の涵養は、長期的な社会的結束の命である。しかし急速に強まる地域的多様性のために、その達成はいま困難となっている。インドネシアの 「トランスミグラシ政策 (Transmigration Programme)」 事例を活用した本稿では、多様性が統合・社会的孤立・住み分けのいずれに行き着くのかが、居住地の混成・言語的な差異・政治と経済の場における諸集団間の競合度によって決定付けられることを示す – これら3つの帰結のいずれにたいしても、優れた政策をつうじた働き掛けが可能である。適切に施行すれば、そうした政策は社会的結束を強化しつつしかもより広範な国民形成を促すものとなる。

[近]代的な、多様化を進める諸社会の中心的課題とは、新たな、より幅広い 『我ら』 の感覚の創出である
– ロバート・パットナム  2006年ヨハン・スクデ政治学賞講演より

共有された1つの国民アイデンティティ – 出自にかかわらず全ての市民を包みこむ 「我ら」 の感覚 – は国民国家の創出と永続にとって死活問題である。この多様性のなかの一体性の精神を捉えたモットーは数多く存在し、“E Pluribus Unum” (合衆国)、“United in Diversity” (EU)、また “Bhinneka Tunggal Ika” (インドネシア) などもそうした例に数えられる。しかし地理的な移動可能性の上昇にともない、地域的な多様性の高まりが共有アイデンティティの共有感覚を作出するうえでの脅威となるとの懸念が、合衆国 (Putnam 2007) やEU (Alesina et al. 2017) をはじめ、その他の国でも取沙汰されるようになっている。近年の難民危機も、多様な諸集団の統合の促進をめざす再定住政策をどう設計すべきかをめぐる議論に、再び火をつけることとなった。

多様性が国民アイデンティティに及ぼす長期的影響の形につき、社会理論家は対立する見解を提示している。一方には、新たな文化に曝される経験はバックラッシュを煽動するものであって、紛争を惹起しかねないと主張する者がいる (Blumer 1958, Huntington 2004)。他方で、否定的な感情も、接触の増加とともにしだいに集団間関係が発達してゆくにつれ、薄らいでゆくのではないかとの達観から出発する者もいる (Allport 1954, Putnam 2007)。また近年の研究が示唆するところ、多様性を有する土地は社会的なアノミーや孤立を生起させ、集団間の関係は限定的であるという (Algan et al. 2015)。しかしながら、地域的多様性が、国民アイデンティティの造成、より一般的には国民形成 (nation-building) を、いかに形づくるのかついては、比較的わずかな実証成果しか存在しないのである。

主たる困難は因果関係の確定にある。この難しさの一部は、集団間関係が初期接触ののち発展してゆくために時間を要するために生ずる。しかし、時の経過とともに、地域的多様性は薄らいでゆく傾向がある。人々が諸般の均一的コミュニティに住み分かれてゆくためだ (Schelling 1971)。そこで多様性が持続するような土地は、自然環境的な優位があったり、一部の主要都市であったり、入国の玄関にあたる場所であったりと、比較的寛容な個人を惹き付けるところとなる傾向がある。以上の事情は、こうしたエリアにおける相対的な寛容性の高さが、多様性 (および集団間接触) のためなのか、それとも今挙げたような他のファクターのためなのかを把握することを困難にする。

そんななか我々の最近の論文では (Bazzi et al. 2017)、これらの実証上の難問にインドネシアのトランスミグラシ政策を利用して取り組んでいる。同政策は史上最大規模の再定住活動の1つだ。インドネシアは多様性と国民形成にまつわる問題を研究するうえで、興味深い環境である – 世界で四番目に大きな国であるインドネシアは、それぞれがアイデンティティの自己認識を持つ1,000を超えるエスニック集団の郷土となっている。1979年から1988年にかけて、トランスミグラシ政策は、内島 (Inner Islands) にあたるジャワ島・バリ島から、200万人の自発的移住民 (以下、「トランスミグラント (transmigrants)」 と呼ぶ) を、外島 (Outer Islands) 全体にわたって新設された1,000に近い村落に割り当てた。各定住地には、同一の公共施設が付与され、内島人・外島人が雑居することになった。

人口再分配および農業開発の振興としてだけでなく、中央政府は同プログラムを新生国での国民形成の涵養をめざすより広範な取り組みの一環として企図していた。というのも、この国の土地には歴史上さまざまな集団が住み分けされた諸般のコミュニティのなかで暮らしていたのである。独立宣言ののち、インドネシアの指導者はインドネシア人としての国民アイデンティティの作出という喫緊の課題に直面した。この国民アイデンティティは諸島各地に散らばる多様な文化的出自を持つ人々を一つにし、さまざまな離脱論的趨勢を乗り越えるようなものでなければならなかった。そこで、新たな土地に送り込まれたトランスミグラントが、文化的な隔たりのある諸集団に溶け込み、エスニック分断を突き崩すことが期待されたのである。

図 1 トランスミグラシ村落の地図

エスニック混成の自然実験として見たトランスミグラシ政策

多様性が統合に及ぼす因果効果の特定にとって要となる点だが、我々はトランスミグラシ政策が目的地域における擬似無作為的なエスニック混成を生起したことを主張する。プログラムの施行について、ロジスティック面の制約とアドホックな 「実施しながら計画せよ (plan as you proceed)」 アプローチが重なったことで (World Bank 1988)、トランスミグラントはあたかも目的地にたいし無作為の初期段階割当をされたかのような経験をすることとなった。さらに、土地市場の不完全性と移住コストのために、移住者は初期段階で割り当てられた耕作地に縛り付けられていたようで、事後的ソーティングは限定されている。この点は 2000年度人口国勢調査 (2000 Population Census) を用いて実証しているが、同調査の明らかにするところ、これら定住地にふくまれる地域のエスニック多様性は、初期段階の移動から数十年経過しても持続していた。図2はトランスミグラシ村落全体にわたる多様性 (標準的な 片分化指標 fractionalisation index により把捉) の連続体を、より均一的であるのが典型の、プログラム対象外村落と比較したものだが、両者の違いは鮮やかだ。この持続的な地域的多様性は、ソーティングや住み分けの動態が限定的だったことを示唆する。こうした時間的な変化は事情が異なれば初期段階の政策的割当を相殺していただろうものだ。この持続的な地域的多様性のおかげで、多様性と国民アイデンティティ形成の関係をめぐる、さまざまな非線形性も特定できた。

図2 トランスミグラシ政策: 持続的に多様なコミュニティ

地域的多様性と国民アイデンティティ

我々は国民アイデンティティの主要尺度として、個人が同国の国語、すなわちバハサ・インドネシア (インドネシア語) を、家庭での第一言語として選択していたかに着目した。地球上を見渡しても、殆どの人が言語は国民アイデンティティの重要な指標であり、出生地よりなお重要だと考えている (Pew Research Center 2017)。また、家庭での言語使用にフォーカスを合わせることで、エスニックアイデンティティとの比較における国民アイデンティティの顕示的選好を把捉できるようになる。ほぼ全数に近いインドネシア人が同国の国語を話しているが、それを家庭における第一言語として用いている者はたった20%にすぎない。圧倒的マジョリティが家庭でもっぱら用いているのは、依然として自らのエスニック母語である。さらに付け加えれば、インドネシア語はマレー人という1つのエスニックマイノリティの言語に根を持つものであることから、我々は家庭におけるインドネシア語の使用が、単にインドネシア語を話す能力を把捉するだけでなく、それを話すことへの選好を把捉するものであると主張する。

さて、トランスミグラシ村落においては、相対的に大きな地域的なエスニック多様性は、家庭で使用する第一言語としてのインドネシア語について、その普及度の有意な増加につながっていた。図3には、インドネシア語採用率のセミパラメトリック推定値を、(トランスミグラントの) 内島エスニシティが占める人口シェアで把捉した、地域的多様性の関数として示している。この逆U字型が示唆するのは、同国民アイデンティティの採用率が、内島と外島の諸集団がおおよそ等しい割合で存在する村落において頂点に達することである。

図 3 エスニック多様性と家庭における国語の使用

同様に逆U字型の関係は、エスニック間婚姻や、子供のあいだでみたインドネシア語が母語であるという自己申告といった、その他の統合アウトカムにも生じている。端的にいって、多様性が最も高いコミュニティのあいだで統合度は最も高い。これらの文化的変化は、社会化とアイデンティティ形成プロセスにおける相当のシフトを構成するとともに、国民形成にたいするより広範な含意を持つ。アイデンティティ伝播の間世代的プロセスを辿ることを可能にする長期パネルデータを活用したところ、こうしたタイプの家庭で育った子供は、青年になると、国民としての親近感の相対的な強さ・共エスニックバイアスの相対的な低さ・自己のエスニックアイデンティティにたいする愛着の相対的な弱さを示すことが分かった。

多様性を有するトランスミグラシ村落における長期的統合作用は、端から分かり切った結論などでは全くなかった。多様性の上昇が、住み分けあるいは社会的孤立につながる可能性も十分あった (例: Algan et al. 2015)。本発見は次のようなよく知られる懸念があることからも衝撃的である。つまり、この種の大規模再定住は、エスニック紛争を勃発させてもおかしくないような、文化帝国主義の古典的事例だったのだ。とはいえ、本研究成果は接触と文化変容に関する諸理論とも調和しているし、前述のプログラムにたいする最近の再評価とも整合的である (Barter and Cote 2015)。なお付言すれば、地域的多様性の効果が定住地全体にわたり一様だった訳でもない。

多様性が国民形成を涵養するとき

政策的観点からは、多様性をより包摂的な国民アイデンティティにつなげる諸力の解明が重要である。我々は研究デザインの甲斐あって、多様性を有するコミュニティが、紛争激化の増進ではなく、統合強化の円滑化を進めることを可能にしてくれるだろう、諸般のファクターを特定することができた。その際には、定住地をインドネシア諸島各地の様々に異なる条件のもとに曝したトランスミグラシ政策の広範な地理的カバレッジを、存分に活用している。

第一に、集団間接触の機会が増加したことは統合意欲の上昇を促した。定住地の内部で、トランスミグラントは籤引きをとおし耕作地を割り当てられたのだが、居住地の住み分けが少ない村落ほど高い統合度が見られたのである。加えて、より僻地的な定住地で暮らす者 (したがって経済活動および他コミュニティとの交流についての経路もより限られてくる者) ほど、さらなる統合にむかう傾向があった。

第二に、経済的環境 – およびそれが集団間接触の性質に与える影響 – は統合にたいし重要な作用を及ぼしうる。我々は移住者の出身地 (ジャワ島/バリ島) とその最終的な定住地のあいだの農業気候的特性に関する類似性をもって、トランスミグラントと原住者のあいだの農作技術代替性水準の代用とした (Bazzi et al. 2016)。そして、トランスミグラントと原住者の技能が代替的であるばあいには、多様性が統合を牽制することを明らかにした。これが示唆するのは、(初期段階における) 集団間接触が協働ではなく競争によって特徴づけられていた経済環境では、多様性が統合にネガティブに作用する可能性である。

第三に、地域 (local) および地方 (regional) レベルで見た社会–経済的ファクターは、多様性がアイデンティティ選択におよぼす影響の在り方を形づくる可能性がある。多様性とインドネシア語採用のあいだのつながりは、次のような村落ほど強い (i) マジョリティ集団自体のエスニック的片分化が大きい、(ii) 内島人と外島人のあいだの言語的距離が大きい、(iii) トランスミグラントがもたらす地方政治への脅威が小さい (この脅威は、該当村落における地域の原住者集団が、より大きな単位の政治区での支配的マジョリティとなっているかに着目し、これで代用した)。これら結果が示唆するのは、地方的なエスニック–政治バランスもまた、効果的な再定住政策の設計において要となる入力因子であることだ。

検討

インドネシアのトランスミグラシ政策は、多様性上昇のさなかにあってポジティブな集団間関係の涵養をめざす政策立案者に残された働き掛けの余地について、新たな光を投じている。居住地の混成・言語的な差異・政治と経済の場における集団間の競合度。これらは、多様性が統合・社会的孤立・住み分けのいずれに行き着くのかを決定付けるものである。こうした条件の多くは、政策による影響を受けたものであるとともに、より効果的な再定住プログラムを設計する際にひときわ顕出的となる要素である。

より一般的にいえば、歴史のどこに目を向けても、共有された1つの国民アイデンティティというものは、文化的に多様なさまざまな国における社会–経済的安定確保の要であった。インドネシアのトランスミグラシ政策は、地域的多様性が間世代的な国民形成プロセスに寄与する仕組みを理解するうえで、又と無い、実り豊かな視座を提示している。

参考文献

Algan, Y, C Hemet, and D D Laitin (2015), “The social effects of ethnic diversity at the local level: A natural experiment with exogenous residential allocation,” Journal of Political Economy, 124 (3): 696-733.

Allport, G W (1954), The nature of prejudice, Boston: Addison-Wesley.

Bazzi, S, A Gaduh, A Rothenberg, and M Wong (2016), “Skill Transferability, Migration, and Development: Evidence from Population Resettlement in Indonesia,” American Economic Review, 106 (9): 2658-2698.

Bazzi, S, A Gaduh, A Rothenberg, and M Wong (2017), “Unity in Diversity: Ethnicity, Migration and Nation Building in Indonesia,” Working Paper.

Barter, S J, and I Cote (2015), “Strife of the soil? Unsettling transmigrant conflicts in Indonesia,” Journal of Southeast Asian Studies, 46 (1): 60–85.

Blumer, H (1958), “Race prejudice as a sense of group position,” Pacific Sociological Review, 1 (1): 3-7.

Fearon, J D, and D D Laitin (2011), “Sons of the soil, migrants, and civil war,” World Development, 39, 199–211.

Huntington, S P (2004), Who are we? The challenges to America’s national identity, Simon and Schuster.

Pew Research Center (2017), “What It Takes to Truly Be ‘One of Us”, February.

Putnam, R D (2007), “E pluribus unum: Diversity and community in the twenty-first century – The 2006 Johan Skytte Prize Lecture,” Scandinavian Political Studies, 30 (2), 137–174.

World Bank (1988), Indonesia: The Transmigration Program in Perspective, A World Bank Country Study Washington, DC: World Bank.

 

 

グローバライゼーション、政府の人気、そして大いなるスキル・デバイド

Cevat Giray Aksoy、欧州復興開発銀行プリンシパルエコノミスト、IZA & LSE リサーチフェロー

Sergei Guriev、欧州復興開発銀行チーフエコノミスト、パリ政治学院経済学教授(休暇中)CEPRリサーチフェロー

Daniel Treisman、UCLA政治学教授

VoxEU、2018年5月8日

概要:グローバライゼーションに対する態度が、伝統的な左-右の分裂と並んで、あるいはそれにも関わらず、政治的連帯の新しい次元として登場してきている。このコラムでは過去10年に渡っての118カ国45万人近くをカバーするデータを使い、スキルの高い人々はスキル集約財の輸出が増えると政府をより支持するが、スキル集約財の輸入が増えると支持が低下する事、そして更に一般的に、だが一般通念とは違って、低スキル労働者は輸入に反対したり、市場保護に失敗したリーダーを批判したりはしない事を示す。

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シメオン・ジャンコフ, エレーナ・ニコローヴァ 「共産主義・宗教・不幸感」(2018年4月26日)

Simeon Djankov, Elena Nikolova, “Communism, religion, and unhappiness“, (VOX, 26 April 2018)


既存の学問研究は、多種多様なファクターを擁する諸国における長期的制度発展を解き明かしてきたが、そうした文献もこと宗教の役割については概して沈黙を守ってきた。本稿では、サーベイ調査データを活用しつつ、正教・カトリシズム・プロテスタンティズムのあいだに根深く存在する神学上の差異が、今日においてなお、多くのヨーロッパ地域における人生満足度およびその他の態度ならびに価値観に影響を与えていることを明らかにする。諸般の全体主義政権は宗教活動を弾圧したが、それら政権は正教の持つ側面のなかでも、共産主義ドクトリンの推進に役立つもの – 伝統や共同体主義など – については、これを温存したのである。

パイオニア的なWeber (1904) の論文以降、さまざまな学者が、宗教と幸福度のつながり、および宗教と市場経済・労働倫理ならびに倹約・信頼・女性ならびに他宗教の構成員にたいする態度 (attitudes) とのつながりに検討を加えてきた。長期的な歴史ファクターが文化的選好に与える影響の研究となれば、さらに広範な文献が存在する。くわえて最近の論文は、文化というものが経済と政治の発展の重要決定因子のひとつである旨を論じてきた。宗教が選好に作用し、その選好が経済と政治の制度に作用する (あるいはそれと共進化co-evolveさえする) のであれば、宗教がより広い意味での制度進化プロセスに関わってゆく厳密な仕組みは、周到な検討に値する問題である。

宗教と文化

我々の新たな論文は、正教・カトリシズム・プロテスタンティズムのあいだに根深く存在する神学上の差異が、今日の多くのヨーロッパ地域における人生満足度およびその他の態度ならびに価値観にたいし、いかなる形で作用しているのかを研究したものである (Djankov and Nikolova 2018)。複数の 「世界価値観調査 (WVS: World Values Survey)」 調査波、および2010年度ならびに2016年度の 「欧州復興開発銀行-世界銀行の提携による移行期の生活に関するサーベイ調査 (LiTS: EBRD-World Bank Life in Transition Survey)」 を利用し、キリスト教三宗派 – 正教・カトリシズム・プロテスタンティズム – と、個人の態度および行動との結び付きを調べた。その際とくにフォーカスを置いたのが、人生満足度である。これ加えて宗教と、社会資本・変化ならびに伝統についての意見・政府に関する見解とのつながりにも検討を加えた。前述のLiTSには、トルクメニスタンを除く 〔開放型市場経済への〕 移行国すべてに加え、トルコ・フランス・ドイツ・イタリア・スウェーデン・英国 (2010年)、トルコ・ギリシア・キプロス・イタリア・ドイツ (2016年) が含まれる。WVSは100に近い世界中の国や領域をカバーし、26のポスト共産主義国がふくまれる。

諸般の共産主義体制が宗教面で有していた差異の影響を研究することは、次のふたつの理由で重要である。一、宗教と文化とのつながりを明らかにしようと試みる文献はこれまでにもあったが、そこでの焦点は諸宗教間の差異であり、キリスト教そのものの内部における差異ではなかった。二、正教とカトリシズム (後者から16世紀になって出現したのがプロテスタンティズムである) は、1054年 〔東西キリスト教の分裂、大シスマ〕 以前の段階にしてすでに異なる伝統を受容していた。キリスト教の西方部門、すなわちカトリシズムは、教皇権および神聖ローマ帝国とつながっており、古代ローマに見られた、個人主義的・法律主義的・合理主義的な特徴を強調していた。カトリック教徒は、人と神 (God) の関係を一種の法律関係だと理解してきたのである。その関係のなかで信者は神が打ち立てた戒律に従うのであり、不品行があれば、それがいかなるものであれ、教会の監督する悔悛  (および司法) が要請されるのである。対照的に、東方正教は古代ギリシア的 (Hellenic) 伝統に影響されてきたのだが、この伝統は内省 (introspection) と共同体主義的精神を中心に据えてきた。人と神とのあいだの法律的な双務義務を前面に押し出すのではなく、愛と献身を基調とする交換を重視するのが正教の神学である。

本分析をとおして、ふたつの相互関連的な発見が浮上した。一、カトリック教徒とプロテスタント教徒は、無信仰者 (回帰における省略カテゴリを構成する) と比較してより幸福である。ところが興味深いことに、東方正教の信者の人生満足度は、無信仰者グループのそれと異ならない。これら結果と整合的だが、東方正教に帰属する回答者は、カトリックないしプロテスタント宗派帰属者さらには無信仰者と比較しても、子供の数・社会資本ともにより少なくなっており、またよりリスク回避的であることも判明した。正教の信者は政治面ではより左寄りの志向性を持っており、〈(人民と対置されるところの) 政府が、より多くの責任を担うべきである〉 との意見もより強くなっている。

またさらに、無信仰者と比べ、カトリック教徒とプロテスタント教徒は〈政府による所有は良いことだ〉 との考えに同意する傾向がより少なく、プロテスタント教徒は 〈他人を犠牲にせず金持ちなることはできない〉 という考えに同意する傾向がより少ない。これら両次元でも、正教の信者は特定の宗教を信奉していない人となんら違いがない。

共産主義・宗教・態度の執拗性

つづいて我々はこれらデータを用いて、正教と共産主義とのつながりをめぐり競合するみっつの理論の評価を試みた。マルクスによると、高度の発展段階に達した資本主義国 (西ヨーロッパ諸国など) は、社会主義革命に直面する可能性が最も高く、この革命が社会構造の再定義と共産主義の勝利に至るはずだった。他方、レーニンの考えでは、プロレタリアートと農民の同時革命がロシアに社会変革を招来するためには不可欠だった。またレーニンはこうも論じている。つまり、農民層と搾取されし労働階級のあいだに最も広く膾炙しているのは正教キリスト教であるが、これは階級闘争の成功のために絶対に完全に根絶やしにせねばならない、と。これと対照的なのがBerdyaev (1933, 1937) の議論で、共産主義が成功を見たのは、まさに強固な東方教会的伝統を持つこれら国々に外ならないという。かれの説くところ、「共産主義者の最善の類型、すなわちひとつの思想への奉仕に全く没入し、多大なる犠牲をも厭わず、しかも私心無き熱情を知る者、かような人物がおよそ実在し得るとすれば、それは [正教] キリスト教による人間精神の訓育、すなわち [正教] キリスト教精神による自然人の改造を以てのみ、成しうる業である」(Berdyaev 1937: 170)。

我々の議論は、〈正教とその他ふたつのキリスト教宗派のあいだに根深く存在する神学上の差異こそが、今日における態度の差異の原因である〉 という観念に依拠している。西方キリスト教 (ここからカトリシズムとプロテスタンティズムが興った) は、合理主義・論理的究明・個人主義・既成の権威への懐疑に重点を置いた。東方キリスト教 (東方正教はこれに端を発す) は、神秘主義や経験主義にまつわる現象と結び付いていたし、より情緒的また共同体主義的であったのであり、法・理性・権威懐疑には然程の重点を置かなかった。特記に値するのは、これら長期的な態度上の差異が、ほぼ50年も続いた共産主義ののちにもその命脈を保った点である。宗教活動は全体主義体制期には旧共産主義国の殆どで弾圧されていた。政治エリートは、宗教は共産主義の進歩と相容れぬものだと信じていたのだ。聖職者は迫害・殺害・収監され、教会は破壊ないし閉鎖された。教会通いは禁じられ、宗教教育は学校教育課程から削除された。

ところが他方で共産主義政府は、正教神学が有する側面のなかでも、幾つかのもの – 伝統と共同体主義の強調を含む –、すなわち共産主義思想の流布と堅牢化に好都合な側面は、これを温存したのである。この点で、正教は共産主義体制の成長にとって都合の良い条件を提供した。共産主義の政策と制度 – 農業の集団化・社会主義青年組織・強力なシークレットサービス・国内外移動の管理 – は、共同体主義・法律的取引への依存の相対的な弱さ・権威尊重の気風の相対的な強さといった、正教的な既存の規範と非常に相性がよかった。多くの点で、共産主義は正教の再臨と見做しうるが、こうした事情は我々の主張するところBerdyaevの (1933, 1937) 仮説と軌を一にするものだ。

結論

本発見は、東ヨーロッパにおける経済と政治の変容の決定因子解明にたいし重要な含意を持つ。全体主義の遺産が、文化・経済・政治の面でポスト共産主義地域のランドスケープに深く作用してきた旨を論ずる文献が増えている (Pop-Eleches and Tucker 2017)。この種の見解は、その影響力とは裏腹に、部分的にしか仕上がっていないおそれがある。本論文が指摘するところ、異なるキリスト教宗派のあいだに存在する神学上の差異は、共産主義到来に遥か先立って、諸国を異なる発展経路に付置していたかもしれず、また共産主義エリートが自分達の便益を図り文化的環境を利用した可能性もあるのだ。とはいえ我々は、文化と経済の変化に関し 「それさえあればなんでも説明できる (one-size-fits-all)」 理論を提示するなどと主張している訳ではないので、この点も明確にしておきたい。政治と経済の発展を形成する力は数多く存在し、宗教はそのうちのひとつに過ぎないのである。

執筆者注: 本稿で表現された見解は本稿執筆者の見解であり、必ずしも本稿執筆者の関与する機関の意見を表わすものではない。

参考文献

Berdyaev, N (1933), The end of our time, London: Sheed & Ward.

Berdyaev, N (1937), The origin of Russian communism, Glasgow: University Press Glasgow.

Djankov, S and E Nikolova (2018), “Communism as the unhappy coming”, World Bank Policy research working paper 8399.

Pop-Eleches, G and J Tucker (2017), Communism’s shadow: Historical legacies and contemporary political attitudes, Princeton: Princeton University Press.

Weber, M (1930), The Protestant ethic and the spirit of capitalism, London: G. Allen & Unwin.

 

 

 

貿易利益を定量化する

VoxEU、2018年4月29日

Giammario Impullitti、ノッティンガム大学准教授

Omar Licandro、ノッティンガム大学マクロ経済学教授

概要:グローバライゼーションに不満を持つ人達は、職を減らし賃金を下げていると貿易を非難し、一方そのサポーター達は貿易自由化が全ての人達に潜在的には恩恵をもたらせるだけの総利益を生み出すと反論する。しかし、貿易の利益を測るのは経済学者にとって長きに渡っての挑戦である。このコラムは企業のイノベーションの反応を考慮すると貿易の利益は静的な定量化モデルにおいて得られるから倍加する事を論じる。

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振り返り見た90年代貿易と賃金論争

VoxEu, 2018年4月15日

Adrian Wood、オックスフォード大学国際開発教授

概要: 20年前、経済学徒は、途上国との貿易は先進国の非技能労働者への深刻な害とはなっていないと結論づけた。このコラムは、このコンセンサスを生み出した論争が早すぎる終わりを迎えたのだと主張する。現在ですら、先進国の低教育層の経済的不運へのグローバリゼーションの影響の度合いについては、どんなはっきりした結論であれ出せる証拠はない。そして、もし経済学者の中でのコンセンサスがより弱かったならば、グローバリゼーションの社会的コストを下げる為により多くのことがより早く行われていたかもしれないのだ。

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オセア・ジュンテーラ, マティアス・リーガー, ロレンツォ・ロトゥンノ 「食の貿易による体重増化: メキシコの実証成果」(2018年2月2日)

Osea Giuntella, Matthias Rieger, Lorenzo Rotunno, “Weight gains from trade in foods: Evidence from Mexico“, (VOX,  02 February 2018)


いまや肥満成人の過半数が見られるのは発展途上国である。本稿では、貿易が肥満におよぼす影響に関するメキシコ発の新たな実証成果を紹介する。本研究結果の示すところ、メキシコ諸州をとおしてみたばあい、合衆国から輸入した食品に占める不健康的食品の割合が1標準偏差分増加すると、個人が肥満である確率が5%ポイント増加する。世界中の発展途上国はその食品市場を工業化国に開放することで、自国において目下進行中の栄養転換 (nutrition transition) を加速させ、医療制度にたいし大きな将来コストを課している可能性がある。

肥満は、南半球諸国 (global south) について考えたとき真っ先に思い浮かぶ健康問題ではない。肥満と聞いて連想されるのはむしろ北半球諸国 (Global North)、とりわけ合衆国である (炭酸飲料・ファストフード・運動不足を想起されたい)。しかしこの社会通念はもはや時代遅れだ。いまや肥満成人 – 肥満度指数 (body mass index) が30以上の者 – の過半数は発展途上国に見られるのである (Ng et. al 2014)。南半球諸国はいま医療と栄養の転換期の真っただ中に置かれている (Popkin and Gordon-Larsen, 2004)。伝染病や栄養不足に (ゆっくりとした) 減少傾向が見られるなか、非伝染病や栄養過多が人口に蔓延しはじめている、それも極めて急速に。

肥満についてはさまざまな健康リスク (たとえば糖尿病や心血管疾患) や経済コストが知られている。このような知見を所与としたとき、南半球諸国の政策立案者は肥満比率が大流行というべき水準に達するのを防止するため何ができるだろうか? たとえば既にこうした転換期を通過した国の経験や、公共政策により馴致し得るような潜在的因子の調査をつうじて、なにか重要な教訓が得られるかもしれない。そうした取り組みにとって理想的なのがメキシコの事例である。同国のケースには既に数多くの議論の蓄積があるからだ。

肥満と貿易: メキシコの事例

1980-2012年にかけてメキシコの肥満率は10%から35%へと増加した (成人女性からなる本分析サンプルによる)。ただでさえ肥満傾向のあるOECD諸国のあいだでも、メキシコの順位は2015年の時点で第二位となっており、これを上回るのは合衆国ただ一国のみである (OECD 2017)。

人々の健康に関するこうした深刻な変化と時を同じくして、メキシコはもっぱら合衆国とのあいだで食品貿易に門戸を開放している。現在のところ、メキシコによる食品輸入の80%超はアメリカ産である。図1に示すのは、メキシコによる合衆国からの食品・飲料 輸入の継時的な推移である。全体的な食品輸入にも劇的な増加が見られるが、通例不健康なものと見做される食品の急増にはじつに目を見張るものがある。特に、2012年における 「調製品 (food preparations)」 の輸出が1989年の23倍になっている点は注目に値する。

図 1 継時的に見たメキシコによる合衆国からの食品・飲料 輸入

図2では、メキシコによる合衆国からの輸入について、それが健康的なものかそれとも不健康的なものかで分類している。なおその際利用したのは、合衆国農務省 (USDA: United States Department of Agriculture) の 「〔アメリカ人のための〕食生活指針 (Dietary Guidelines)」 である (たとえば、「濃緑色野菜 (dark green vegetables)」 は消費の増加が推奨されているが、「精製された穀粉および混合粉 (refined flour and mixes)」 は消費の抑制が推奨されている)。合衆国からメキシコへの輸出は1980年代以降両食品クループともに増加しているが、その増加は不健康食品のグループのほうが遥かに急速に進んでいる。

図 2 メキシコによる合衆国からの不健康的/健康的食品・飲料の輸入

このような傾向から自然と浮上してくるのは、合衆国産食品の消費が増えると肥満有病率が増加するという因果関係の疑いである (例: Jacobs and Richtel 2017, Rogoff 2017)。しかしながら、肥満と貿易の直接的因果関係を推定しようと試みる論文は、今日に至るまでまったく現れていない。

食品の貿易による体重増加を推定する

こでわれわれは新たなワーキングペーパーの中で、1988年から2012年までの期間のメキシコ諸州における個人の肥満確率にたいし、合衆国の食品輸出がおよぼした影響の定量化を試みた (Giuntella et al. 2017)。この目的を果たすため、数回にわたる身体測定サーベイ調査および家計支出サーベイ調査を、製品レベルの食品貿易データとマッチングさせている。なお本研究の主な成果は、長期にわたる本対象期間をとおしデータが利用可能であった、成人女性に基づくものである。

まず合衆国農務省による 「アメリカ人のための食生活指針」 を利用して食品項目を分別し、合衆国からの食品輸入に占める不健康的食品のシェアを計算した。つづいてこれら輸入食品の総計値 (健康的/不健康的) をメキシコ諸州に割り当てた。もっと具体的にいうと、食製品毎に見た過去の支出につき、貿易統合にさきだつ段階でメキシコ諸州のあいだに見られた違いを利用したのである。本識別戦略では、総合的貿易ショックは、時間-不変的変数ないし 「ベースライン」 変数からなる関数の形を取り、地方単位 (sub-national units) に不均一な影響を及ぼすものと仮定している (例: Dix-Carneiro and Kovak 2017, Autor et al. 2013)。メキシコ諸州のあいだには、肥満率および過去の食品支出パターンにつき相当な不均一性が存在することを、ここで指摘しておきたい。この点も本モデル化手法採用の動機となっている。

本実証モデルはさらに、州ならびに個人に関する一連の共変量 (州の共変量の例を挙げれば、食品価格・GDP・FDI・移住状況など)、ならんで州固定効果および州固有時間トレンドの分の調整も行っている。第二の実証戦略では、州レベルでの肥満率の長期的な差分を、ベースライン共変量の条件のもと、不健康的食品輸入の変化と関連付けた。メキシコにたいする合衆国の不健康的食品の輸出に、その他の国にたいする合衆国の輸出で対応するものを用いて操作変数的処理を加えた。また操作変数に代えて 「重力残差 (gravity residuals)」 を用いることで、不健康的食品の生産において合衆国がメキシコに有する比較優位の剔抉も試みた (Autor et al. 2013と同種の手法)。

食品貿易による体重増加を定量化する

さて結果だが、輸入シェアに占める不健康的食品の割合が1標準偏差分増加すると (14%ポイントの増加に相当)、肥満確率が約5%ポイント増加することが判明した。この効果はサンプル平均肥満率の18%に対応する。長期的差分モデルと操作変数推定値を用いた発見も、また重力残差を用いた発見も、定量的に類似しており – 何らかの信憑性のある因果的効果の存在を指し示している。

本主要発見は一連の頑健性チェックおよびプラシーボチェックを通過している:

  • 合衆国からの輸入品でも恐らく無関係なもの (たとえばアパレル製品) には肥満への影響がない。
  • 爾余の世界各国からの食品輸入と結び付いた効果は、小さくかつ有意でない。これは肥満に関して合衆国食品に固有の重要性があることを裏付ける。
  • 同様に、合衆国にたいするメキシコの不健康的食品の輸出は、肥満と相関していない。
  • 合衆国からの食品のうち最終需要として輸入されたものを利用したばあいも、類似のパターンが現われている。
  • 全体的な (健康的および不健康的を合計した) 食品輸入は、肥満と相関していない。これは 「不健康的」 と 「健康的」 の区別の重要性を引き立たせる。
  • 本主要成果はメキシコ諸州から各州を1つづつ除去したばあいにも頑健性を保った。
  • 結果変数として、肥満度指数を用いたばあいにも (分位点回帰による) 過剰体重を用いたばあいにも、類似のパターンが得られた。

健康格差と貿易

貿易ゆえの体重増加は社会経済集団により異なる。図3に示されるように、女性で教育水準の低い者は、より大きな貿易惹起型肥満リスクに直面している – 不健康的食品輸入への露出が平均的なメキシコの州では、この集団の肥満リスクは教育水準のより高い女性のそれを5%ポイント上回る。この差は該当州の貿易露出が14%ポイント (1標準偏差) 増加すると、8%ポイントにまで高まる。教育と貿易のあいだのこの交互作用効果は、州-時間 固定効果の組み入れ (つまり地方的な貿易露出効果のうち主だったものの消去) にたいしても頑健性を保った。この結果は、〈教育水準がより高い個人ほど、教育水準がより低い個人とくらべ効率的な健康投資を行う〉 というよく知られた仮説とも整合的である。この種の教育水準に由来する勾配 (gradient) は、個人の直面する不健康的食品の選択肢が多い食品環境ではさらに悪化する可能性がある (Mani et al. 2013, Mullanaithan 2011, Dupas 2011)。

図 3 教育水準が異なる集団のあいだの肥満リスク格差と、不健康的食品の輸入

所得・物価・嗜好 

合衆国の食品輸出がメキシコにおける肥満有病率に及ぼしている直接的影響が確認できたので、つづいて考え得るメカニズムの考察に進む。貿易は所得・物価・嗜好 (たとえば外国のライフスタイルや広告への露出をとおして) に影響する。これらのいずれも、観察された肥満への影響を駆動している可能性がある。第一に指摘したいのは、本研究における主だった効果が、州の一人あたりGDP・州ごとの食品総支出に占める不健康的食品の割合・健康的な財の不健康的な財にたいする相対価格、の分を調整しても頑健性を保っている点である。第二に、不健康的および不健康的な食品グループを対象とする需要方程式の推定をとおし、合衆国からの不健康的食品にたいする露出が全体的な支出の方向を不健康的食品に向け直していることが判明している。この観測されたシフトは実質所得および物価の分を調整しても頑健性を保っている (類似の実証戦略としてはAtkin 2013を参照)。換言すれば、合衆国との貿易はどうも、相対的に不健康的な食品に向かわせる方向で嗜好に作用しているようなのである。不健康的食品のバラエティの増加は需要を後押しする。こうしたパターンは、ベルリンの壁崩壊以降に東ドイツ人のあいだで見られた 「西側の (Western)」 食品に向かう消費シフトおよび体重増加とも軌を一にしている (Dragone and Ziebarth 2017)。

政策的含意

諸国民が貿易により得るところは大きい。しかし食品の貿易による体重増加や関連した健康面での損失は、概してそこでの等式から省略されてきた。世界中の発展途上国は、工業化国 – こうした国はえてしてより加工度が高く健康性の劣る食品に比較優位をもっているものだが – に向かって自らの食品市場を開放することで、自国で目下進行中の栄養転換を加速させている可能性がある。南半球諸国における将来の医療制度と経済にたいし、肥満が大きな負担を課すおそれがある。

そもそもの問題として、栄養転換の逆転はその緩和の試みより困難だと思われる。肥満と不健康的な食習慣はえてして執拗だ。そうした中でのメキシコの経験は南半球諸国にとって啓発的である。最優先事項とすべきは、栄養その他の健康問題を、食品貿易政策形成のうちに統合することだ [1]。そうした懸念こそ将来の貿易交渉アジェンダの上位を占めるべきなのである。

今回の発見は、健康的な輸入品と明らかに不健康的な輸入品との区別が、世界中で見られる肥満の長期的趨勢を遅らせる手掛かりとなる可能性を示唆する。

参考文献

Atkin, D (2013), “Trade, tastes, and nutrition in India”, American Economic Review 103(5): 1629-1663.

Autor, D H, D Dorn and G H Hanson (2013), “The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States”, American Economic Review 103(6): 2121-68.

Colantone, I, R Crino and L Ogliari (2017), “Import competition and mental distress: The hidden cost of globalization”, mimeo.

Dix-Carneiro, R and B K Kovak (2017), “Trade Liberalization and Regional Dynamics”, American Economic Review 107(10): 2908-46.

Dragone, D and N R Ziebarth (2017), “Economic Development, Novelty Consumption, and Body Weight: Evidence from the East German Transition to Capitalism”, Journal of Health Economics (51): 41-65.

Dupas, P (2011), “Health behavior in developing countries”, Annual Review of Economics 3(1): 425-449.

Giuntella, O, L Rotunno and M Rieger (2017), “Weight Gains from Trade in Foods: Evidence from Mexico”, University of Pittsburgh Working Paper No. 17/010.

Jacobs, A and M Richtel (2017), “A Nasty, Nafta-Related Surprise: Mexico’s Soaring Obesity”, New York Times, 11 December.

Mani, A, S Mullainathan, E Shafir and J Zhao (2013), “Poverty impedes cognitive function”, Science 341(6149): 976-980.

McManus, T C and G Schaur (2016), “The effects of import competition on worker health”, Journal of International Economics 102: 160-172.

Mullainathan, S (2011), “The psychology of poverty”, Focus 28(1): 19-22.

Ng, M et al. (2014), “Global, regional, and national prevalence of overweight and obesity in children and adults during 1980-2013: a systematic analysis for the global burden of disease study 2013”, The Lancet 384(9945): 766-781.

Pierce, J R and P K Schott (2016), “Trade Liberalization and Mortality: Evidence from U.S. Counties”, NBER Technical Report No. 22849.

Popkin, B M and P Gordon-Larsen (2004), “The nutrition transition: worldwide obesity dynamics and their determinants”, International Journal of Obesity 28: S2-S9.

Rogoff, K (2017), “The US is Exporting Obesity”, Project Syndicate, 1 December.

原註

[1] 関連研究は製造業輸入品が労働者の健康に与える悪影響についての実証成果を提示している – たとえばColantone et al. (2017) およびこれと連関したVoxEU column、McManus and Schaur (2017)、またPierce and Schott (2016) を参照。