アダム・トゥーズ「中国の経済成長の見通し」(2022年5月2日)

[Adam Tooze, “Chartbook #118: China’s growth prospects,” Chartbook, May 2, 2022]

中国に関する西洋の論議は,ここ5年で劇的に変わった.貿易戦争,テック戦争,コロナウイルス,習近平による弾圧,不動産バブル,オミクロン株,そしていまのプーチン戦争,このどれもが,論議のありさまを変えてきた.世界経済,ひいては世界の問題全般の見通しは,この変化に大きく左右される.

今週末,『フィナンシャル・タイムズ』の一面は中国をめぐる陰気な話が満載だった.

さまざまな困難が山積みになるなか,中国現地の評論家たちの懸念は強く,かなり批判的な発言が西洋メディアに流出している.

手練れの中国投資家 Weijian Shan が最近録画された動画ミーティングで語っている話では,中国は「人為的な」危機にはまりこんでいるのだという.「上海もふくめて,中国経済の大部分は半ば麻痺している.それが経済におよぼす影響は深甚なものになりそうだ」

コロナウイルス都市封鎖は,相変わらず経済の随所で物流を混乱させつづける.

最近,海外投資家たちは急速なペースで中国から資金を引き揚げている.これにともなって,中国元は劇的に値下がりしている.

こうしたことすべてで大いにモノを言う.なぜなら,民主主義 vs. 「独裁」(西洋の多くの評論家たちのレンズをとおしてみた「独裁」)という単純化された対立軸で世界政治がまずます二極化をすすめることで,世界経済の相互のつながりがあちこちで寸断されるからだ.過去20年にわたって,この世界経済は,過去20年にわたって,中国にとって不可欠なものでありつづけてきた.

〔▲「世界の GDP にしめる中国の寄与は,2000年代前半からアメリカを追い抜いている」〕

そこで,中国の経済成長の見通しをめぐる問いは,世界事情に関して鍵を握るものとなる.さて,この問いについて――「中国はどれくらいの速度で成長できる?」という問いについて――強くおすすめしたいのが,Lowy Institute による最近のレポートと,世界銀行の Bert Hofman によるこの秀逸なプレゼンテーションだ(彼はいまシンガポール国立大学に所属している).

まず,Hofman は次の大事な点を指摘する――たしかに中国はとても急速に成長してきたけれども,韓国や台湾の一人当たり GDP ベースラインの方がそのペースを上回っている.

もちろん,韓国も台湾もずっと小さな国で,初期条件も中国とちがっている.「カリフォルニア学派」のやり方を現在に当てはめてみたら,どう見えるだろう? つまり,韓国と台湾を中国全体と比べるのではなくて,中国でとびきり急速に成長している地域(上海・北京・深圳・重慶・広州)と比べてみたら,どう見えるだろう?

はっきりしているのは,中国の経済成長パターンは近年,いい方向には変化してきていないということだ.

〔▲「中国はどのように成長してきたか」――明るい黄色は「全要素生産性」,オレンジは「労働者1人当たりの物理的な資本」,グレーは「労働者1人当たりの人的資本」,ブルーは「雇用」〕

明らかに,物理的資本への投資は,2000年以降に経済成長への主要な要因でありつづけてきた.ところが,物理的資本への投資が代替したのは生産性の成長ではなく,2000年以降の労働力インプット低下だった.後者は,私の予想よりも早く到来した.2007年から全要素生産性 (TFP) の成長が鈍ると,資本インプットも鈍り,その結果として,経済成長が全体として鈍ることになった.

このめざましい経済成長の勘所は,この点にある――中国経済は大きいけれど,一人当たり GDP で見るといまだにブラジルに後れをとっているし,今回の危機がはじまる前のロシアのはるか後塵を拝している.

いい知らせを言うと,一人当たり GDP がまだそれほどでもないということは,つまり,ここにはキャッチアップ成長の広大な余地があるということだ.誰もが知っているとおり,中国は人口動態の向かい風に直面している.ただ,とくに労働力に関して言えば,地方の初等・中等教育に関しても高等教育に関しても,まだ未踏の広大な領域が残っている.Hofman が指摘するように,中国の大学進学数は急激に増加してきている.

中国は技術競争のただ中にあって,そう自覚している.最近,The Economist 誌では,中国の技術戦略と地域開発についてすぐれた調査を実施している.

The Economist 誌が述べるように:

「今後10年で世界のイノベーションの中心地になる途上に中国はある」という可能性に習近平氏は大きく賭けているのだと考えるといちばんよくわかる.自国で育成された技術への軸足の転換によって,中国の製造業マシーンの地理的なありようは大きく変わりつつある.新規の投資や国内の人々の移住は,豊かな沿岸部のハブから株洲などの内陸部の年へと振り返られつつある.2つ目の特徴は,新しいテック系企業が前代未聞の規模で増えてきていることだ.中国政府は,データサイエンス・ネットワークセキュリティ・ロボット工学の分野で大小さまざまな数千ものグループを育成している.また,習近平氏と彼の助言役たちは,市場の統制をいっそう強化している.資本の流れを彼らが思うように振り向けられることは,中国で未公開株式投資グループがどう投資しているかを見れば,すでに明白だ.

明らかに,彼にとってきわめて重要な戦場はマイクロチップであり,Hofman が ASML からのデータを引用して指摘するように,中国は(他のどんな国とも変わりなく)いまだに TSMC や Samsung と肩を並べるにはずっとずっと遠い地点にある.

現在のドル換算の GDP でアメリカに中国は追いつくだろうか? これは単純にすぎる問いではあるけれど,そこは GDP という数字の性質からしてしかたない.GDP は,乱暴に合計した数値だ.同じ数値であっても,そこには互いに競合するあんなシナリオやこんなシナリオを描き出せる。

いまの問いへの Hofman の答え――「たぶん.」 もしも中国がさまざまな機会を利用すれば,2030年代中盤までにやすやすと合衆国を追い抜けるだろう.それを左右するのは,より広範な政治経済について北京でなされる選択だ.大きなダウンサイド・リスクは,「アンカップリング」ではなく(これについては Hofman はほどほどに楽観的だ),また停滞でもなく,なによりも,経済成長を損ないうる大きな債務危機だ.どちらにせよ,ここに決定論はない.政治と政治経済が大いにモノを言う.

また,どんなシナリオが展開するにしても,中国市場はいまだに無視するには大きすぎる.また,地政学的な緊張の高まり,オミクロン株の急拡大と中国の憂鬱のさなかにあって,世界的な投資家たちによる利潤の模索は続く.『フィナンシャル・タイムズ』の記事にもあるように,西洋の資金マネージャーたちのあいだでは中国の民間年金市場をめぐる興奮がものすごく高まっている.

今月,国内にある家計貯蓄の莫大なプールを金融市場にいっそう多く流れ込ませるという計画を中国が発表して以降,世界屈指の規模の資産マネージャーたちのなかには,そこに一枚噛ませてほしいという動きを強めている人々もいる.新制度のもとでは,従業員たちは年間 12,000 人民元まで民間年金プランに使えるようになる.政府によれば,これは「経済発展」にあわせて調整されるのだという.また,税制面での融合措置も受けることになるそうだ.ブラックロックも,ゴールドマンサックスも,JPモーガンも,アムンディも,過去2年ほどで中国での存在感を増してきている.いまや,これら各社は途方もない新事業になりうる領域で一定の地歩を占めようとしている.(…)投資家たちのなかには,中国は「投資しにくい」国だと宣言した人たちもいる.(…)だが,そうした声があってもなお,中国政府による最近の退職イニシアティブへの熱狂は落ち着きを見せていない.ああいったイニシアティブは,「政府が新しい経済成長プログラムに着手しようとしているシグナル」なのだと,アムンディ中国の Xiaofeng Zhong チェアマンは言う.「グローバルな資産マネージャーたちにとって,これは顕著な長期的機会なんですよ.」 EY によれば,中国の年金市場は,2020年末に 12兆人民元にまで達している.2014年に比べて実に2倍増だ.前述の新規提案により,巨大な拡大の燃料が加えられそうだ.(…)外国の機関投資家たちが中国での業務を確立させるのを中国の規制当局が支援するなかで,年金改革が進むことになった.(…)退職金口座がかかわる早期の試験運用(税制面の優遇はない)に参加している唯一の多国籍企業であるブラックロックは,来月,投資家たちを試験運用に参加させる予定だ.ゴールドマンサックスは,事前承認を受けている.(…)JPモーガンも,年金の試験の用意を調えつつある.(…)「健全かつ堅固な年金制度は,より長期に市場へ資本をいざなう助けになります.」 市場と経済の安定化に政府が介入すると国務院副総理・劉鶴がこの3月に発言して注目を集めた約束を受けて,証券・銀行取引・保険の規制当局は,いずれも,これを大きな優先事項にしている.「うまく設計されうまく受け入れられた年金制度から得られる便益とは,人々が自分の退職についてもっと安心できるようになる,ということです.そうすれば,人々は貯蓄を減らして支出を増やすことになり,消費が促進されるでしょう」と中国で営業している企業のとある重役は語った.

高齢化する大量の人口を世話し,マクロ経済のバランスをとりなおすにあたって,体制とグローバル金融企業の利害はいまなお一致している――少なくとも,そういう話になっている.数億人にものぼる中国のもっとも裕福な地方が,近い将来に経済成長を鈍らせるとしても,いろんな点で中国が西洋とかけ離れるのでも劇的に西洋を追い越すのでもなく,西洋と似通ってくるのであれば,ウォール街としては好ましくとらえる点がなおもたくさんある.

Total
1
Shares

コメントを残す

Related Posts