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アレックス・タバロック「ロボット自動車:自由放任にすべき」

[Alex Tabarrok, “Robot Cars: The Case for Laissez-Faire,” Marginal Revolution, July 6, 2016]

自動運転車の開発がこうもすばやく進んだり採用が急速に進んだりするなんて想像していた人は,ほとんどいなかった.その結果として,ロボット自動車はおおむね規制されていない.たとえば,行政の試験制度だとか,ロボット自動車の事前認可制度はない.それどころか,大半の州では,人間の運転手の乗車すら求められていない.人以外に搭乗者が現れるなんて誰ひとり想像してなかったからだ.でも,多くの人はだんだんといまの自由放任ぶりを疑問視しはじめている.そのきっかけになったのは,この5月に発生して先週おもて沙汰になった部分的自律自動車に関わるはじめての事故死だ.自由放任をやめるのは,まちがいだ.自由放任の正常システムはロボット自動車でうまく機能している.

新技術の自由放任は,ごくふつうのことだ.たとえば自動車業界では,100年以上にわたって,事前認可なしに新技術が車に採用されてきた.たとえば,シートベルト,エアバッグ,クラッシャブルゾーン,ABSブレーキシステム,定速走行・車間距離制御装置,車線逸脱・衝突防止システムなどがそうやって採用されてきた.こうした技術のなかには,いま規制されているものもあるけれど,規制がしかれたのは,そうした技術が開発されて普及したあとになってのことだ.エアバッグは1970年代に採用されはじめた.当時のエアバッグはいまほど安全ではなかったけれど,しだいに改善が進んで,1990年代にはごくありふれた装備になった.すべての新車にエアバッグ搭載を連邦政府が義務づけたのは,1998年になってのことだ.それまでオプション装備だったエアバッグは,とっくにデザインが安定していた.

いろんな技術のなかでも,車線逸脱防止・衝突警告システムは,今日でもまだおおむね連邦政府に規制されないままになっている.ただ,あらゆる技術は不法行為の日常的な規則に規制されている(違法ではない不法行為の規則は,自由放任システムの一部だ).不法行為システムは不完全ではあるけれど,欠陥に目をつぶれる程度にはよく機能する.とくに,契約と開示に焦点をしぼった場合にはうまく機能する.市場の規制も,保険会社をとおして生じる.自動運転車の場合には保険会社に斟酌すべきだろうか? それとももっと請求すべきだろうか? 自動運転車の利用を禁じるべきだろうか? システムが答えを進化させてゆくにまかせればいい.

厳しくて重くのしかかる規制がもしも1970年代にエアバッグにかけられていたら,きっと,この技術の発展は遅れて,〔規制で防がれる死傷者とエアバッグ開発の遅れによる死傷者数増加を比べた〕差し引きで,死傷者数の方がまさっていただろう.ドラッグ規制では,トレードオフ無視して損失が生じた.他の技術の規制で起きたこういう錯誤を避けよう.

5月の死亡事故は痛ましい出来事だった.でも,去年,ロボットが運転せずに起きた交通事故死はおよそ 35,00名にのぼる.現在,こうした技術は安全性を高めつつあるように見える.そして,それよりもっと大事な点として,ぼくが「技術のグライドパス」と呼んでるものもすごく良好なようだ.投資がこの分野に流れ込んでいる.いまコストを上げたり,ほんの数年で廃れかねない技術的な「対処」を強制したりして技術改良を妨げるのはよしておきたいところだ.

自由放任は,ロボット自動車でうまく機能している.過剰規制はやめよう.今日そうしておけば,きっと十年ほど経った頃に「あらゆる自動車をロボット運転にすべきかどうか」を論じられるだろう.


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