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アレックス・タバロック「効率賃金のニセ預言者たち」

[Alex Tabarrok, “The False Prophets of Efficiency Wages,” Marginal Revolution, April 28, 2015.]

経済系ジャーナリズムではあれこれとたとえ話が出回るけれど,なかでもいちばん説得力のない話にこんなのがある――企業が一方では利益をのばしつつ,それと同時に,他方ではなにか慣例どおりの文化的に賞賛される立派な活動をやれる方法を説明する記事がそれにあたる.ここでいう立派な活動には,たとえば環境改善とか,エネルギー節約とか,貧困者支援なんかがある.この手のおはなしの最新版が,「賃金を上げつつ利益をのばす方法」ってやつだ.

ジェイムズ・スロウィッキーは,『ニューヨーカー』誌にこう書いてる

多数の研究によれば,市場賃金を上回る額,つまり経済学者がいう「効率的賃金」を支払うのは意味をなし得るかもしれないという.支払いをよくすれば,相手が職場にとどまる見込みが高まり,それによってお金の節約になる.転職によって,エトナ [Aetna] には年間1億2000万ドルのコストがかかっていた.また,賃金をよく支払われた従業員ほど勤労に励むようになる.実業界の歴史でいちばん有名な例は,ヘンリー・フォードが1914年に下した決定だ.フォードは,自社の従業員たちに1日5ドルを支払うことにした.当時,この額はかなりのものだった.工場のラインでモデルTの製造に従事するのはイヤな仕事だ.離職する従業員が無数に続出していたし,とにかく職場にでてこない人たちもいた.フォードが支払いをよくしたとたん,離職と常習的欠勤は急減し,生産性と利益は上昇した.

ウォルター・フリックは,『ハーバード・ビジエス・レビュー』でこれと同意見を述べている

効率的賃金の理論からは(…)場合によって企業には現状よりもいい賃金を支払うインセンティブがはたらくことがあることが提案される.なぜなら,そうすることでよりよい就職希望者を引き寄せ,より勤労に励む動機がうまれ,離職せずもっと長く自社にとどまるよう促すことになるからだ.

(同様の話を,ジャスティン・ウォルファーズとジャン・ジリンスキー,それにポール・クルーグマンも述べている.)

この話には問題点が2つある.1つは自明で,もう1つはいまいち自明じゃない.自明じゃない方の問題点は,効率賃金理論を発展させてきた経済学者たちは(シャピロ & スティグリッツアカロフ & イェレン,イェレンをはじめとする人たちは),利益を伸ばす新たな方法を発見することで自分たちが企業を助けているなんて幻想をまるっきり抱いていなかったってことだ.効率賃金理論を発展させてきた経済学者たちは,持続的な失業を説明しようと試みていた.だからこそ,ジャネット・イェレンの有名な研究のタイトルは「失業の効率賃金モデル」(“Efficiency Wage Models of Unemployment”; PDF) なんだ.

効率賃金理論を動機づけていた問いは,「どうして企業は賃金をあげるべきなのか」じゃなくって,「賃金を切り下げるべきところで企業がそうしないのはどうしてなのか」だった.彼らが出した答えはこうだ――失業〔率が高くなっている〕にも関わらず企業が賃金を切り下げないのは,賃金の減少に対して従業員たちが生産性を下げて反応するのを恐れているためだ.そこで,アカロフとイェレンは労働者たちが「公正な」賃金を要求するとき,彼らは失業を生み出すのだと説明する.

(…)公正な賃金-労力仮説によれば,実際の賃金が公正な賃金に及んでいない幅に応じて労力を控える.こうした行動が失業を生み出す(…)

効率賃金に関するもともとの研究文献では,願望混じりの思考はなされていなかった――トレードオフ抜きにぼくらがのぞむモノがもっと手に入れられるなんて発想はなかった.願望をまぜずに言えば,効率賃金が問題なのは,より低い賃金なら失業を減らすことになり経済全体にとってよりよくなるからだ.

願望混じりの思考にひたるかわりに,効率賃金理論は,不愉快なトレードオフを提案する.たとえばイェレンはこう提案している――もし安価にすませられるのであれば,従業員の監視を強化すれば失業は減るだろうし,低賃金や試用期間の無給インターンシップを甘受するのを許すようになるだろう.非対称情報に関する論文で,タイラーとぼくはこういう不愉快なトレードオフを明瞭にしている:

雇用主たちが従業員を監視するのが安上がりでないとき,たとえば雇用主たちは従業員に異例なまでの高額賃金を支払ってレントをうみだすかもしれない.すると,従業員たちは,今後もこのレントを手放さないように,雇用主が頻繁に監視しないにも関わらず高いレベルの仕事をやるようになる (Shapiro and Stiglitz 1984).だが,こうした高額賃金にはコストがかかる.すなわち,雇用される従業員が少なくなり,しかもその雇用はすでにその企業が知っている人たちを対象とすることが多くなるのだ.従業員の監視体制をよくなれば,雇用主たちは雇う人数を増やすことになるし,文句なしの折り紙付きな人材ではなくリスク含みの馬の骨を入れる機会をもっと利用してもいいと考えるようになる.馬の骨がちゃんと働かずに容認できる水準の成果を出さなかった場合には,これを看取して,あとで彼らを解雇するのは十分に容易だ.

1つ気をつけてほしい.賃金を上げれば利益をのばせるときにはすでに企業はそうしている(だから持続的な失業がうまれる)ってことを,効率賃金理論家たちは当然のことと考えている.典型的に,地面に転がってる100ドル札を企業はそのままにしておかないものだ〔=賃上げで利益を伸ばせる機会があるならそれを逃したりしないってことの喩え〕.だから,スティグリッツ,アカロフ,イェレンの仮定は完璧に意味をなす.というわけで,効率賃金のジャーナリスティックな解説にある自明な問題点とはなにかっていうと,「賃金を上げると生産性が上がるかもしれない」って考えがあたかも企業がこれまで一顧だにしたことのない天啓であるかのように聞こえてしまうってところにある.(やれば利益を上げられるときに企業が賃金を上げないかもしれない理由に関する信じがたい筋書きについて,Frick を参照).それどころか,企業は離職と生産性の記録を追跡していて,賃上げが離職を減らし生産性を高める手段の一候補になるけれど,必ずしもそれがいちばん効果的な方法とはかぎらないってことを重々承知している.実際,労働人口を調べる学術分野全体は,滞留・離職・雇用満足と,これらと生産性の関係に取り組んでいるし,しかも,大半の経済学者よりもずっとニュアンスをつけている.だから,既存の限界にある大多数の企業が賃金・利益・生産性を上げられるってことは単純にありそうにない話なんだよ.「この世にフリーランチなし!」

要約しよう.ほんとの効率賃金理論は,持続的失業の重要かつ有用な理論だ――スティグリッツ [PDF] とアカロフ [PDF] にノーベル賞をもたらす助けになり,イェレンに立派な行政職をもたらす助けになったほどの理論だ.でも,ジャーナリスティックな「効率賃金」の提唱者たちは,ニセの利益を吹聴して売り歩くニセ預言者だ.


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