アレックス・タバロック「EU のワクチン失策」(2021年3月19日)

[Alex Tabarrok, “The EU Vaccine Bungling,” Marginal Revolution, March 19, 2021]

EU ではワクチンの配布がめだって遅れている.西洋諸国の現状から期待される基準に照らしてもなお,遅い.ぼくと AHT チームは,各国政府への助言で,こう主張してきた――ワクチンは,世界でいちばんかんたんな費用便益テストですよ,だって十億 < 1兆なんですから.それなのに,製薬企業が EU に接種1回あたり数千ドルの値打ちがあるワクチンを接種1回あたりたった$5~$40で持ちかけたとき,EU は愚かにも「便乗値上げだ」と言い立てて,交渉に数週間を浪費した.EU諸国の政府が暗黙裏にヨーロッパ人の命の価値をどれくらいだと考えていることになるか,その計算は読者の練習問題にしておこう.

ごく最近では,10ヶ国ほどのヨーロッパ諸国政府によって,アストラゼネカ製ワクチンを用いた接種に待ったがかけられて,またしてももたついている.まったをかけた理由は,アストラゼネカ製ワクチンによってごく稀に血栓ができるかもしれないという恐れがあることだ(賢明にも,ベルギーイギリスはワクチン接種を継続した).審査を経て,欧州医薬品庁 (EMA) は同ワクチンの安全性を確認した

アストラゼネカ製ワクチンは安全かつ有効と欧州連合の医薬品規制当局が木曜に発表した.この発見により,副作用で血栓が稀に生じるかもしれないとの懸念が緩和され,同ワクチンの使用を中断している10ヶ国以上で感染の再拡大に対抗する手段が新たに1つ増えることになるのではないかと当局は期待している.

けれども,この使用停止は最初から正当でなかった.欧州医薬品局のプレスリリースではこの点がはっきりしている.なぜなら,すでにわかっていることを強調しているだけで,大して新しい情報を加えていないからだ.つまり,血栓のリスクが増していたわけではない.〔同社のワクチン接種で〕ごく稀なタイプの血栓は増えるのかもしれないけれど,それは明らかでなかった.とくに,数百例ほどの稀な副作用をモニターしているときには,本物の影響がない場合にすら統計的に有意な影響が示される場合があるのを考慮に入れると,なおさらだ.そのため,より多くの症状を検査する場合には,統計的に有意な差かどうかを判定するのに用いる基準はより高くすべきだ(EMA はボンフェローニ補正を用いていないようだ).さらに,ワクチン接種にともなう稀な影響が本物だと仮定した場合,COVID そのものによる血栓の影響の方がそれよりも何千倍も多い.だから,血栓を避けたいなら,ワクチンを接種する方が正解だ.さらに,稀な効果が本物だと仮定した場合にも,飛行機に乗ったり避妊ピルを飲んだりといったふつうの活動よりもそうした効果の方が大きいわけではない.さらに,この点は大きく注目されていないようだけれど,ワクチンによって血栓が生じるという主張でいちばん現実味があるのは,スパイクタンパク質生成によって生じているという説で,これはどんなワクチンでも生じる.だから,ファイザー製ワクチンやモデルナ製ワクチンが同じ問題をもたらさないと信じる理由はほとんどない(同じ問題をもたらす可能性はある).このように,アストラゼネカ製ワクチンにばかり注目が集まっているのは奇妙なまでに見当違いに思える.ここから読者じしんで結論を導いてほしい.

アストラゼネカ製ワクチン使用停止で最終的にどんな結果がもたらされるかと言えば,使用停止で命を救われたと考えうる人数を上回る人たちが死んでしまうだろう,ということだ.どうしてこうなったんだろう? ひとつには,〔副作用を恐れる世間の人々の〕「ワクチン接種への尻込み」を和らげるためになにかすることにバカみたいに関心を集中させてきたからだ.ワクチン接種への尻込みを和らげるために,「ワクチンは安全ですよー,安全ですよー,安全ですよー」と繰り返しメッセージが送られてきた.コロナウイルスほど深刻でない症状のためにみんなが服用している薬の多くよりもずっと安全で,ワクチンは費用便益テストに(やすやすと)合格してますよと伝えるべきだったのに.どんな薬にもワクチンにも,副作用はある.トレードオフはいたるところにある.

ざんねんながら,ワクチン接種への尻込みは,費用便益分析の結果を伝えないでいい万能の口実になってしまっているようだ.前に「不安を和らげるためにワクチン接種を遅らせてはいけない」の記事で言ったとおりだ(というか,ワクチン接種を止めるなとも言っておけばよかった):

とびきりリスク回避志向と恐怖心が強くて科学的知見の理解が乏しい人たちに,公共政策の舵取りをまかせるべきじゃない.

[それに](…)恐怖心を和らげるどころか,ワクチン接種を遅延させれば恐怖心をいっそう強めてしまうかもしれない.みんなは,こんな風に推測するかもしれない――「毎日数千人がなくなっている状況で FDA がこんなに長い時間をかけて証拠を審査しているということは,この意志決定はよほど難しいにちがいない.」

言うまでもなく,この後者がまさに現実になったわけだ.EU によるワクチン接種停止により,ワクチン接種への尻込みは和らげられるどころか,いっそう強まった.

追記:

  • 2月2日:フランスはアストラゼネカ製ワクチンの接種を65歳未満の人々に制限した.
  • 3月2日:フランスはアストラゼネカ製ワクチン接種を全年齢に認めた.
  • 3月19日:フランスはアストラゼネカ製ワクチンの接種を55歳以上の人々のみに限定するよう勧告した.

どうやら,55歳~65歳がスイートスポットらしい.

EU によるワクチン接種遅滞は,どれくらいひどかったんだろう? すごくひどかった.ポール・クルーグマンとぼくが同じ意見になるほどだ.「進歩主義:誰かがどこかで儲けているかもしれないという執拗な恐れ」でぼくが言ったことを,クルーグマンがそっくり引用してるのかと思うほど同じことを言っている.

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