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アレックス・タバロック 「体系の人」(2013年5月17日)

●Alex Tabarrok, “The Man of System”(Marginal Revolution, May 17, 2013)


(差別撤廃に向けた)バス通学制度を支持したり、私立学校の存在(あるいは、学校選択の自由)を批判したりする際に、その論拠の一つとして、時に次のような意見が語られることがある。「優れた生徒は、同じクラス(あるいは、同じ学校)の他の生徒たちに対して、様々な恩恵をもたらす。他の生徒たちのためにも、優れた生徒が、今いる学校を去って、別の学校に移るのを防がなくてはならない」、と。こういった意見を耳にするたびに、不快な気持ちにさせられるものだ〔拙訳はこちら〕。というのも、人間を「手段」(道具)として扱うべきではないと考えるからだ。常日頃からそういう思いを抱いていたこともあって、カレル(Scott E. Carrell)&サチェルドーテ(Bruce I. Sacerdote)&ウェスト(James E. West)の共著論文(“From Natural Variation to Optimal Policy? The Importance of Endogenous Peer Group Formation(pdf)”)で報告されている実験結果を目にするや、正直言って、思わず快哉を叫びたくなったものだ。

本論文では、米国空軍士官学校の新入生の半数を、特定のアルゴリズムに従って編成された部隊に振り分け、ピア効果の意図的な活用を通じて生徒の学業成績を高めることが可能かどうかを検証した。米国空軍士官学校では、入学してきたばかりの新入生がおよそ30名からなる部隊にランダムに振り分けられるわけだが、我々が実験を行う前のデータを分析したところ、非線形のピア効果の存在が確認された1。その分析結果をもとにして開発されたのが、「最適」部隊の編成を意図したアルゴリズムであり、このアルゴリズムに従って部隊の編成を行えば、(ピア効果が最大限に発揮されることで)「能力が低い生徒」の学業成績がこれ以上ないほど高まるのではないかと予想された2。しかしながら、実験の結果は、その予想に反するものであった。「最適」部隊に振り分けられた(「トリートメントグループ」に振り分けられた)「能力が低い生徒」は、従来通りのやり方で振り分けられた(「コントロールグループ」に振り分けられた)「能力が低い生徒」よりも、学業成績が悪化したのである。どうして、そのような結果になったのだろうか? 我々が開発したアルゴリズムに従って「最適」部隊に振り分けられた生徒たちは、(我々の狙いとは裏腹に)能力が異なる相手との交流を避けて、似た者同士でつるんだ(「能力が高い生徒」は「能力が高い生徒」同士で仲良しグループを作り(頻繁に接触し)、「能力が低い生徒」は「能力が低い生徒」同士で仲良しグループを作った)のである。社会的に望ましいとされる目標を達成するために、(集団の構成に外部から手を加えるなどして)ピア効果を意図的に活用しようと試みても、それに伴って、集団内部での人と人との交流の形態(付き合い方)に変化が生じるために、社会的な目標の達成からかえって遠ざかってしまう。本論文での実験結果は、そのような可能性があり得ることを物語っている。

アダム・スミスが『The Theory of Moral Sentiments』(邦訳『道徳感情論』)の中で語っている次の言葉を思い出さずにはいられない3

それとは対照的に、「体系の人」(The man of system)は、自惚れ(うぬぼれ)やすい性質の持ち主であり、自らが理想とする統治計画の外見上の美しさの虜となるあまりに、その計画からのほんの些細な逸脱でさえも、我慢がならない。彼(体系の人)は、自らが理想とする計画を完璧に、その細部にいたるまで取りこぼすことなく、徹底的に実現しよう試みる。現実の社会に生きる人々が、その計画と対立する強固な利害や強い偏見を持っていたとしても、そのことには一切注意を払わないのだ。この偉大な社会に暮らす種々雑多な人々は、チェス盤の上のさまざまな駒のようなものであり、駒を手で動かすのと同じくらい簡単に、(好き勝手に)動かすことができる。どうやら彼(体系の人)は、そのように考えているようだ。チェス盤の上の駒は、手によって加えられる力の他には何らの(運動)原理にも従わない一方で、人間社会という巨大なチェス盤の上の駒の一つ一つ(一人ひとり)は、立法府が押し付けようとするのとは異なる、それ自らの(行動)原理を持ち合わせているのだが、彼(体系の人)はこの事実を考慮しようとしない。立法府が押し付けようとする原理と、駒の一つ一つが持ち合わせている原理とが一致し、同じ方向を向いているようであれば、人間社会で繰り広げられるゲームは、調和を保ちながら滞りなく進行し、社会には、幸福と実りある結果がもたらされるに違いない。その一方で、それら二つの原理が対立したり、異なる方向を向いている場合には、人間社会で繰り広げられるゲームは、見るも無残な様相を呈し、社会全体は無秩序極まりない状態に置かれることだろう。4

スミスのこの言葉は、カレルらの論文を批判するつもりで語られたわけでは当然ないが、それにしても、非常に鋭い指摘だ。

  1. 訳注;この研究では、学業成績(GPAの値)に応じて、生徒を「能力が高い生徒」/「能力が中くらいの生徒」/「能力が低い生徒」の3タイプに分類している。これら3タイプの生徒の間でのピア効果の大きさや向きにはそれぞれ違いが見られるが、とりわけ重要なのは、「能力が高い生徒」が「能力が低い生徒」に及ぼすピア効果である。「能力が高い生徒」は「能力が低い生徒」に対して、かなり大きなプラスのピア効果を及ぼしている(「能力が低い生徒」は、同じ部隊の「能力が高い生徒」と日常的に触れ合うことで、学業成績(特に、SAT Verbalテストのスコア)の向上というかたちで恩恵を受けている)との推計結果が得られている。 []
  2. 訳注;実験の対象となったのは、2011年度の新入生(1314人)と2012年度の新入生(1391人)。まずはじめに、新入生全体を「コントロールグループ」と「トリートメントグループ」の2つのグループにランダムに二分する。そして、「コントロールグループ」に振り分けられた生徒に関しては、従来通りのやり方でランダムに各部隊(1つの部隊は、おおよそ30名からなる)に振り分ける(全部で20の部隊からなる)。一方で、「トリートメントグループ」に振り分けられた生徒に関しては、ピア効果の推計結果に依拠して開発されたアルゴリズム(「能力が低い生徒」の学業成績をできるだけ高めることを意図して開発されたアルゴリズム)に従って、各部隊に振り分ける(全部で20の部隊からなる)。「トリートメントグループ」内の各部隊は2つのタイプに分類することができ、一方のタイプは、「能力が高い生徒」と「能力が低い生徒」だけからなる(「能力が高い生徒」が過半数を占める)部隊、もう一方のタイプは、ほぼ全員が「能力が中くらいの生徒」からなる部隊という格好となっている。 []
  3. 訳注;以下は拙訳 []
  4. 訳注;堂目卓生(著)『アダム・スミス――『道徳感情論』と『国富論』の世界』(中公新書、2008年)では、この言葉の意味するところについて、次のように解説されている。「しかしながら、統治者は、しばしば拙速に事を運ぼうとする。そして、この傾向は、統治者が、自分の掲げる理想の美しさに陶酔すればするほど強くなる。スミスは、1789年頃に書いた『道徳感情論』第六版の追加部分において、「体系の人」(man of system)について論じた。体系の人とは、現実の人びとの感情を考慮することなく、自分が信じる理想の体系に向かって急激な社会改革を進めようとする統治者のことである。・・・(中略)・・・めざす理想が、いくら崇高なものであっても、そこに至るまでの道が、あまりにも大きな苦難をともなうものであれば、人びとは、統治者の計画についていくことができないであろう。体系の人は、このことをわかろうとしない。体系の人は、理想を正しく理解さえすれば、すべての人は、理想の達成に対して、自分と同じ情熱と忍耐をもつはずであると信じて疑わない。しかし、人間はチェス盤の上の駒とは違う。指し手の理想や行動原理とは異なった、独自の理想や行動原理をもつ。人びとは、統治者と同じ理想をもつとはかぎらないし、もったとしても、そのために自分が犠牲になることを受けいれるとはかぎらない。どのような社会改革の計画も、人びとがついていくことができなければ、失敗に終わるだけでなく、社会を現状よりも悪くするであろう。」(pp.242~244) []

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