アレックス・タバロック 「冷血なセントラルバンカーの恩恵 ~時間整合性と金融政策~」(2004年10月12日)

●Alex Tabarrok, “The virtues of a nasty central banker”(Marginal Revolution, October 12, 2004)


キッドランド&プレスコットが彫琢した「時間整合性」のアイデアの応用範囲は広いが、その中でも最も重要な応用例は金融政策に関するものだ(この方面の功績は、バロー&ゴードンおよびケネス・ロゴフにも帰さねばならないことは言うまでもない)。

中央銀行としては、インフレも失業率も低く抑えたいと考えているとしよう。そこで、その願いを果たすために、次のように宣言(約束)したとしよう。「インフレを低い水準にとどめるために、マネーサプライの伸びを抑えるつもりだ」。そして、国民もその宣言を信じ、(労働契約や融資契約といった)契約の交渉に臨む際には「この先インフレは低い水準にとどまるだろう」と予想した上で(賃金額なり融資条件(金利)なりといった)契約条件の詳細を詰めるものとしよう。そんなある時のことだ。思いも寄らないショックが起きて、失業率が上昇して(失業が増えて)しまったのだ。そのような事態を前にして、中央銀行は、ふと次のような誘惑に駆られることだろう。「インフレを高めに誘導して景気を刺激したいところだが、どうしたものだろうか」。国民は「この先インフレは低い水準にとどまるだろう」と信じ切って、既にあれやこれやの契約を結んでしまっている。国民が予想しているよりも高めにインフレを誘導すれば、(実質賃金なり実質金利なりが予想よりも低下することで)失業率の抑制を後押しする強力な効果が期待できる。何とも甘い誘惑だ。

しかしながら、上で描いたような展開が「均衡」となることはあり得ない。中央銀行が「インフレを低い水準にとどめるつもりだ」と宣言(約束)したとしても、国民はこう反論することだろう。「そんな約束は信用できない。約束を鵜呑みにしたら、それ幸いと後になって手のひらを返すにきまってる。インフレを高めに誘導して、我々を騙そうとするに違いない」。そうなると、どうなるだろうか? 国民は「この先インフレは低い水準にとどまるだろう」とは予想せず、そのため、(何らかのショックが起きて、失業率が上昇した場合に)中央銀行が失業率を抑えたいと思っても、国民が中央銀行の宣言を鵜呑みにする場合よりもインフレをずっと高めに誘導しなければならなくなるだろう。インフレが高止まりするだけで、失業率が(国民が中央銀行の宣言を鵜呑みにする場合よりも平均して)低く抑えられるわけでもない。最終的には、そのようなゲームの「均衡」に落ち着くことになるのだ。

事態をいい方向に向かわせるためには、どうすればいいだろうか? 意外な手がある。冷血漢をセントラルバンカーの地位に据えるのだ。そうすれば、誰もがよりよい境遇を手にできる可能性があるのだ。

「冷血なセントラルバンカー」というのは、インフレを低く抑えることだけで頭がいっぱいで、失業を抑えることには一切関心が無いような人物のことだ――その具体的な人物像としては、債券の利息収入で暮らしを立てている金満家の共和党員なんかを思い浮かべればいいだろう――。「冷血なセントラルバンカー」は、失業を減らすために(インフレを高めに誘導して)景気を刺激しようなんて考えもしない。そのため、「冷血なセントラルバンカー」が語る「インフレを低い水準にとどめるつもりだ」との宣言(約束)は信憑性が高く、国民は「冷血なセントラルバンカー」の宣言(約束)を信用して、「この先インフレは低い水準にとどまるだろう」と迷い無く予想することだろう。最終的に落ち着く「均衡」では、失業率は中央銀行の約束が一向に信用されない先の場合と(平均してみると)変わりがない一方で、インフレは(中央銀行の約束が一向に信用されない先の場合よりも)低く抑えられることになる。こうして、国民の誰もがよりよい境遇を手にすることになるわけだ。

トーマス・シェリングは、次のような例を使って、似たようなアイデアを先んじて論じていた。あなたが誘拐犯の魔の手に落ちてしまったとしよう。あなたを救い出すために誰かに誘拐犯と交渉する窓口になってもらうとすれば、一体誰にその役割を引き受けてもらうのがいいだろうか? あなたのことを深く愛している妻だろうか? それとも、冷血な前妻(別れた元妻)だろうか? その答えは、迷うまでもないだろう(そうでしょ?) [1] … Continue reading。それでは、次のような場合はどうだろうか? あなたがまだ誘拐されていないうちから――もしも誘拐された場合に備えて――誘拐犯と交渉する役目を誰に引き受けてもらうかを決めておき、誘拐犯にも前もって――あなたの誘拐を企てるよりも前の段階で――そのこと(誰が交渉の窓口役を務めるか)がわかっているとしたら、どうだろうか? あなたのことを深く愛している妻と、冷血な前妻のどちらに交渉の窓口役を引き受けてもらえばいいだろうか? 答えはおわかりだろうか? [2] … Continue reading 冷血漢もいい仕事をやってのけることが時にはあるのだ。

References

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1 訳注;答えは、「あなたのことを深く愛している妻」。誘拐犯が身代金を要求してきた場合に、交渉の窓口役を務めるのが「あなたのことを深く愛している妻」であれば、身代金がいくら高額であってもそれを支払ってあなたを救い出そうと尽力してくれる可能性が高いが、「冷血な前妻(別れた元妻)」が交渉の窓口役を務める場合には見捨てられてしまう(その結果として、最悪の場合あなたは誘拐犯に殺されてしまう)可能性がある(「その人とは、もう何の関係もないわ。好きなようにして頂戴」)。
2 訳注;答えは、「冷血な前妻(別れた元妻)」。「冷血な前妻(別れた元妻)」が交渉の窓口役を務めるとわかっていたら、誘拐犯はあなたを攫(さら)おうとはしない可能性が高い。あなたを誘拐しても、身代金が手に入らない可能性が高いからだ。つまりは、「冷血な前妻(別れた元妻)」のおかげで、あなたは誘拐されずに済むかもしれないわけだ。
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