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アレックス・タバロック 「時代に取り残されたアイデア?」(2010年11月30日)

●Alex Tabarrok, “Ideas Behind Their Time”(Marginal Revolution, November 30, 2010)


「時代を先取りしたアイデア」については馴染みがあることだろう。バベッジの解析機関だったり、ダ・ヴィンチのヘリコプターのエピソードだったりがその例としてよく引き合いに出されるところだ。また、「同時代的なアイデア」とでも呼べるものについてもよく知られている。電話、微積分、進化論、カラー写真などがいい例だが、「そこここに漂って」いて、複数の人物によって同時発見されることがままあるアイデアがそれだ。しかしながら、「第三の可能性」についてはあまり顧みられることがない。時代的にもっと早く発見されていてもおかしくなかったのに、結局はそうならなかったアイデア。言い換えると、「時代に取り残されたアイデア」(ideas behind their time)についてはあまり注意が向けられないのだ。

「時代に取り残されたアイデア」の一例が「実験経済学」だ。実験経済学の分野は、アダム・スミスによって開拓されていてもおかしくはなかった。あるいは、リカードだったり、マーシャルだったり、サミュエルソンだったりの手によって開拓されていてもおかしくはなかった。しかし、結局のところはそうはならなかった。1960年代に入ってバーノン・スミス(Vernon Smith)が本格的にその研究に乗り出すまでは、実験経済学の分野は鳴りを潜めていたのである(正確には、バーノン・スミスは実験経済学の創始者ではないものの、かなり早い段階でこの分野の研究に着手した先行者ではある)。

自然科学の分野に比べると、経済学を含めた社会科学の分野は時代に取り残されがちな面があると言えるかもしれない)。

実験社会心理学の分野で日々公にされている多くの論文は、1000年前に書かれていてもおかしくはなかった。それゆえ、この分野も「時代に取り残されたアイデア」の例だと言えるかもしれない。中でも、ランダム化臨床試験(random clinical trial)なんかはそうだ。アリストテレスやその弟子の誰かがランダム化や実験の意義を褒めそやすことになっていてもおかしくはないし(そのような可能性は万に一つも無いとまでは言えないだろう)、仮にそうなっていたら世界は変わっていたことだろう。

テクノロジーの世界でも「時代に取り残されたアイデア」の例を見つけることは可能だ。例えば、1999年の映画『マトリックス』で採用されて一躍有名になった「ビュー・モーフィング法」(「バレットタイム」)は、もっと早い段階で多用されていてもおかしくなかった(複数のカメラを用意して被写体を同時に様々な角度から撮影し、その映像をつなぎ合わせて一本のフィルムにする必要があるだけだ)。ビュー・モーフィング法の前身と呼び得るものはいくつかあるが、この技術が花開くためには『マトリックス』の登場を待たねばならなかったのだ。

「そんなに重要なアイデアなのだとしたら、どうしてもっと早く発見されなかったんだ?」。「時代に取り残されたアイデア」に対してはそんな強烈な突っ込みが思い付くが、「時代に取り残されたアイデア」はその他のアイデアに比べて発見するのが困難な特別な事情があるのかもしれない。ソーシャル・イノベーションが概して時代に取り残されがちなのは、発見するのが困難な特別な事情を抱えたアイデアに依拠することが多いからなのだろうか?

「時代に取り残されたアイデア」の例として、他にはどんなのがあるだろうか? アイデアのタイプごとに時代に取り残される傾向には違いがあったりするのだろうか? 「然(しか)り」だとしたら、その理由は?

(追記)ジェイソン・クロフォード(Jason Crawford)が「xが発明されるまでにこんなにも時間を要したのはなぜ?」と題したエントリーを物している。一読あれ。


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