サイモン・レン=ルイス「医療支出の推移」(2018年11月5日)

[Simon Wren-Lewis, “Health spending over time,” Mainly Macro, November 5, 2018]

NHS への支出が近年増加したことでイギリスの国家支出に医療予算の占める割合が伸びてきているという事実について論評が多少なされている.しばらく Flip Chart Fairy Tales(ブログ)の投稿がなくて物寂しいところでもあるし,今回はグラフ満載で記事を書いてみよう,政治報道で歯がゆいほどに伝えられていない明白な論点を1つ2つばかり指摘したい.

1点目.イギリスの総支出(すなわち GDP: 投資を含むあらゆる支出)に占める医療の割合は長らく増え続けている.下に掲載したグラフは IFS が公表したものだ.もとになった報告は,より掘り下げた分析をするのに格好の情報源となってくれる.

[▼Figure 1.1: 公共の年間医療支出(2018年-19年の物価で調整),および国民所得 [GDP]に占める割合]

実質支出の数字は誤解を招きかねない点に注意しよう:実質でみた支出は2010年から伸びているけれども,これは GDP が伸びずそれまでの傾向と逆に減少しているためだ.この一点だけでは NHS の近年の問題が必ず説明できるかといえばそうともかぎらないけれども,これで説明されうる可能性はある.

では,どうして最近になってようやく公共〔の医療〕支出が占める割合の伸びがこれほど明らかになったのだろう? ここでも,IFS が手頃なグラフを提供してくれている.語れば長くなる答えも,これを見ればわかりやすい.

[▼Figure 4.5: 医療・教育・防衛支出が総支出に占める割合]

1955年/6年を見ると,防衛支出は総支出の 20%以上を占めていた.他方,2015年/6年にはたった 5% にまで減少している.この平和による恩恵(実際には2段階で減少した:まず帝国からの撤退,次に冷戦の終結)の影に隠れて,医療支出を着実に増加を続けた.1955年/6年には総支出の 7.5% にすぎなかったのが,2015年/6年には20%に達しようとしている.

多くの経済学者はきっと単純にこう考えるだろう――「医療は高級財で,所得が上がるにつれて所得に占める割合は増えていくものなんだ.」 あらゆる証拠がこの考えを裏付けているわけではない.たとえば,宝くじ当選者の支出パターンがそうだ.現実には,いろんな要因が働いているのだと私は思う.ひとつ挙げれば,医学は寿命を延ばすのには上達したけれども,加齢・老化のプロセスを遅らせるのにはそれほど成功していないという要因があるかもしれない.また,医療の技術革新により,医療ができることの射程が拡大しているという要因もあるだろう.たとえば,いまや癌になっても以前よりずっと生存率が上がってきているものの,そのための治療は高額だ.NHS の生産性は向上しているものの,全体の生産性成長は下回っている.このため,賃金の上昇に追いつけていない.ここまでに挙げたいろんな数字の出典となっている IFS の文書では,こうした要因によって今後19年にわたって毎年 3.3% ずつ実質の医療支出は増加していく必要が生じるという予想を述べている.

政治家たち,とくに課税をしぶる政治家たちは,なんらかの制度再編でどうにかすれば,政府支出と GDP それぞれに占める医療支出の割合を上げざるを得ない事情を変えられるのだと好んで考えたがる.だが,こちらの出典から引用したこのグラフを見てもらえば,こうした傾向はイギリス特有の制度的な事情によるものではなさそうなのがうかがい知れる.

[▼医療支出が GDP に占める割合(出典: OECD)]

上記の5ヶ国で,1970年に医療支出が GDP に占めた割合は 4-6% だったのが,2016年には GDP の 9-16% になっている.(イギリスでは2013年に定義の改定で以前とのつながりが絶たれている:2013年になって急に支出が急増したわけではない.) もしここから制度についてなんらかの教訓を引き出すとすれば,「アメリカのように医療サービス制度を運営してはいけない」ということは言えるだろう.アメリカでは近年に成し遂げたよい方向への制度改革を政治家たちがなんとかして崩壊させようとつとめている様を見れば,現在の世界がはまっている面倒ごとがどういうものかわかる.イギリスでは,かつて政治家たちが医療制度をアメリカのようにしようと語っていた.

IFS が正しいとすれば,なんらかの課税を大幅に引き上げねばならなくなる事態は避けられないだろう.ところが,保守党は主要な税をどれひとつとして引き上げないと繰り返し誓って見せている.また,労働党も保守党のそうした約束にせめて部分的にでも対抗せねばと思っている.課税最低額の引き上げを予算案に盛り込んでいる点を見ても,労働党内部でこれに賛成するかどうかで争論が起きたのを見ても,この点でなんら事態は変わっていないらしい.今年,この課税/支出のジレンマは誰も予測しなかった税収の増加で回避された.だが,近い将来のどこかの時点で,なにかを諦めねばならなくなるだろう.私としては,そこで諦めるのがまたしても医療サービスの品質ではないことを願うばかりだ.

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