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サイモン・レン=ルイス「増税は不可避になるか?」(2020年9月1日)

[Simon Wren-Lewis, “Will taxes have to rise?” Mainly Macro, September 1, 2020]

――という問いが,ジョナサン・ポーツとビル・ミッチェルの討議で取り上げられている.今回の議論は私から見て実にいらだつものだった.というのも,なにかもっと根本的な問題を論じているかのように見えて,実は中期的なインフレ予想をめぐって論議しているからだ.いまのパンデミックがもたらす財政コストを「まかなう」ために増税する必要がないという点は,ミッチェルもポーツも同意している.この超低金利の時代に,グローバル金融危機やパンデミックのような事態で対 GDP 比でみた債務にショックが発生しても,債務にかかる金利を経済成長率が上回っているかぎり,時間をかけて徐々に減少させていくのにまかせるべきだ.債務を減らそうとして財政赤字をゼロに近づけたり,それどころかオズボーンがやったように財政黒字にしようと図ったりすれば,景気の完全回復を妨げてしまう.

ジョナサン・ポーツが出している論は,こうまとめても不公平ではないだろう――「これから数年にわたって,さまざまなかたちで GDP に占める公共支出のい割合を増やすべきだ.増税や大幅な金利引き上げがなければ,どこかの時点でインフレ率が目標を永続的に上回るようになる.これを阻止するためには増税が必要となる.」 公共支出を増やすべきだという点にビル・ミッチェルは同意するだろう.だが,その帰結としてインフレ率が上がるとは彼は考えない.もしもインフレ率が上がったなら,標準的な MMT の考えでいくと(少なくともステファニー・ケルトンの考えでは),財政政策が「マクロ経済安定化の主要ツール」となるべき,となる.このように,増税すべきかどうかをめぐる2人の討議は,本質的に,中期的なインフレ予想をめぐる意見の相違となっている.

この点が具体的に出ているのが,ビル・ミッチェルが財政について述べたところだ.彼はこう書いている:

「はるかに大きな割合の生産リソースの差配を――たとえばグリーン転換〔炭素排出量の少ない経済への移行〕を――政府は模索すべきだろうか.その場合,おそらく,追加支出を相殺しインフレを抑制するのに増税が役割を果たすだろう.」

ジョナサン・ポーツなら,これに対して「自分の論はまさにそうした状況を前提にしている」と応じるところだろう.冒頭で彼はこう述べている:

「国民保健サービスや公的介護への支出増に加えて,構造的な経済の移行(コロナウイルス以後〔の社会に合わせた経済への移行〕から低炭素排出への移行まで)がなされれば教育や訓練への支出がさらに必要となる.コロナウイルスのために増税する必要はない.だが,コロナウイルスによって,経済的に,社会的に,政治的に,よりよい未来をつくるために増税が必要だということが明らかになった.

この例からは,2人の間に原則的な意見の相違はなく,たんにどんな水準の公共支出増加であれば目標をこえるインフレ率になりそうなのかについて意見が異なっているだけなのがうかがえる.それどころか,こうした引用を見るに,その点についてすら意見の相違はないのかもしれない.たんに,公共支出がどうなるべきなのか(ポーツ)と現在や将来の政府のもとで起きそうなこと(ミッチェル)との区分があるだけなのかもしれない.

私としては,追加の公共支出をまかなうために増税すべきかどうかをめぐる論争全体が不必要だと言いたい.様子を見る余裕が私たちにはある.もしもインフレ率が目標を永続的に上回る様子であれば,中央銀行は金利を引き上げてインフレ率を下げると確信できる.正確にいつ中央銀行が行動をとるべきかは,いま合衆国で進行中の問題となっている.これまでインフレ率が目標を下回ってきたのを「埋め合わせる」ためにしばらくインフレ率が目標をこえるのを許容するという決定を連銀は下した.だが,たしかにこの変化は重要ではあるものの,給料分の仕事をする中央銀行であれば,インフレ率が目標を永続的に上回るのを許容しないことに変わりはない.

政府が増税を検討する必要があるのは,中央銀行が本腰を入れて金利を引き上げはじめたときだけだ.増税することで,政府は総需要とインフレを抑制し,そうすることで,中央銀行による金利引き上げの度合いを穏当に抑える.パンデミックが到来する前に各国の中央銀行がやったのと同じ間違いを政府がおかして,NAIRU〔インフレを加速しない失業率〕に関する時代遅れの考え方にもとづいてインフレ率がどうなるか予測しようと試みるのは愚かというものだろう.[1]

赤字については,どうだろう? 「よい財政政策とは,ひとえに持続可能な赤字(対 GDP 比の債務を安定化させる赤字)を達成しようとするものではないのだろうか?」 ジョナサン・ポーツと私が論じているように,金利が下限にとどまっているときに,こうした規則を当てはめるべきでない.金利が下限にあるときには,財政政策がマクロ経済安定化の主要なツールになるべきだ.金利が下限にあるとき,標準的な学術的マクロ経済学と MMT がやろうとすることは同じだ.

いま,「金利が下限にあるとき財政再建は悪しき考えだ」ということを大学のマクロ経済学者たちは総じて受け入れている.他方で,イギリスの財務省は逆の考えを抱いているらしい.「パンデミックの(財政的)コストをまかなう」ために増税や支出削減をしようという論議がさかんに行われている.ちょうど,2010年と同じだ.だが,支出削減にせよ増税にせよ,金利が下限にある景気後退期に財政再建をやれば,一時的な経済の下降を永続的な産出の減少にしてしまうリスクを冒すことになる.


原註 [1]: 連銀でなされた変更は歓迎すべきものだ.というのも,こうした変更は,グローバル金融危機以降に各国の中央銀行がやってきた誤りを正そうとするものだからだ.金融危機以前には,中央銀行は将来のインフレ率がどうなるか推測するときに,失業率のような指標や予測に着目していた.当時は,それでインフレ率をかなりうまく予測できていた.だが,当時,私など一部の人々が論じたように,グローバル金融危機以後には,同じやり方を続けるのは馬鹿げていた.なぜなら,金融危機によって経済のはたらきが根本から変わったからであり,また,〔インフレ予測が過大なのと過小なのとで〕失敗したときのリスクが非対称的になったからだ.


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