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サイモン・レンルイス「緊縮の2つの側面」(2021年1月25日)

[Simon Wren-Lewis, “The two sides of austerity,” Mainly Macro, January 25, 2021]

『フィナンシャル・タイムズ』が〔財政政策に関する〕過去の誤りを認めたのをきっかけに,世間の議論で見落とされやすい論点を述べておこうと思う.イギリスで2010年からごく最近まで継続されて人々を苦しめた緊縮はひどいものだった.それには,2種類の理由がある.第一に,政府支出の削減(国家規模の縮小)は,たんに無駄を削ぐどころではなく支出をあれこれと切り詰めて紛れもない苦しみを引き起こした.この点に,大半の人々は関心を集中させている.第二に,マクロ経済に関わる理由がある.景気後退期に政府支出を削減するのは,けっしてよい考えではない.しかも,金利がゼロ下限にあるときに政府支出を削減したのは,災厄だった.

この2点の区別をはっきりさせるために,こう主張しておきたい――今回の景気後退において,(いくつか条件付きではあるものの)いまの財務大臣〔リシ・スナック〕はいまのところ第二種のマクロ経済に関わる間違いをおかしてはいない.その点で,緊縮の第二波は実現していない.だが,ごく一握りの例外をのぞいて,彼はあいかわらず政府支出の削減を継続している.これは,かつての緊縮期になされたのと同じだ.その点で,緊縮は消え去っていない.

国家規模の縮小という切り口での緊縮は,消え去っていない

公的支出の総額にもとづく誤解を招きやすい分析が,たくさん出回っている.緊縮期の公的支出を主な項目別にわけた数字を見てみよう.数字は GDP 比を示している.この種の分析ではかならず GDP 比で見るべきだが,そうしていない分析が大半だ(数字の出典は IFS).

見てのとおり,2010年からの緊縮期に公的支出のこうした項目すべてが GDP 比で見て大幅に減少している.チャートの起点は2004年度にしてある.〔緊縮がはじまる前年にあたる〕2009年度の支出が景気後退ゆえに異例な高さになっているかもしれないためだ.このチャートからは読み取りにくいので,別途,GDP比で見た2017年度の支出額を2004年度と比較しておこう(2017年度と2009年度の比較をカッコ()内に記す):

  • 年金受給者の社会保障 87% (82%)
  • その他の社会保障 82% (73%)
  • 保健 111% (93
  • 教育 86% (74%)
  • 防衛 85% (77%)
  • 治安維持 74% (69%)

緊縮期になされた公的支出の縮小ぶりは,実にはっきりしている.IFS からさらに別のチャートを引用しよう.こちらは,一人当たりで見た数字だ.これを見れば明瞭なとおり,公的支出が近年増えているからと言って,この全体像はゆるがない:


【図5】 過去10年間の公的サービスへの日常的支出.
〔2010年度を 100として指標にしてある.折れ線について:いちばん上の濃い緑色の実線が物価調整した実質値の推移,その下の破線は一人当たりで見た実質値,薄い緑の実線は保健省の支出を除外した実質値,いちばん下の破線はそれを一人当たりで見た実質値.〕

公的支出の大幅削減という話で,ひとつだけ例外になっていそうなのが,保健・医療の支出だ.「保健・医療は保護されてきた」と政府が言い出し,メディアでも受け入れられている.だが,それは幻想だ.なぜなら,歴史を見てみると,GDP に占める保健医療支出の割合はこれまでずっと増加傾向にあるからだ.これは,下のチャートを見ればわかる(出典).


【図】 イギリスにおける保健・医療への公的支出:GDP 比でみた実質値,1949年度~2018年度
〔青い線は GDP に占める割合(左),赤い線は額面そのもの(右)を示す〕

1950年代の保健・医療支出は GDP の 3% 前後だった.1990年代には 5% をわずかに下回る割合になり,2005年度には 6.5% 前後になっている.こうなった理由はいくつもある.豊かになるにつれて,私たちは所得から保健・医療に回る分を増やしてきた.人口は徐々に高齢化してきた.医療ができることに技術革新がいくつも生じた――などなど.それはつまり,〔保健・医療の支出の〕割合を一定に保つのは,実のところ支出を絞ることに等しいということだ.だからこそ,保健・医療サービスは COVID 危機がはじまる前に崩壊寸前になっていたのだ.そして,COVID 危機のなかで政府は固く占めたサイフの紐をある程度まで緩めるしかなくなった.国の支出総額に占める保健・医療支出の割合が増えていく必要があるという一事からは,税に関していくつか重大な含意が導かれる.これについては,のちほど述べよう.

こうした数字のすべてが,実際の経験とぴったり符合している.司法行政の業務遅延はますます悪化してきている.それは,COVID のせいばかりではない.福祉の切り詰めは,フードバンク〔民間の食糧支援〕利用が広がる一因になった:

これほどまでにフードバンク利用が増えてきたのは,なぜだろう? 給付申請者に冷酷かつ恣意的な処遇がなされてきたことと,最貧困層の相対所得が劇的に減少したこと,この2つの組み合わせだ.そして,これらは緊縮の帰結として生じた部分がある.(チャートは The Resolution Foundation から引用.)

2010年以降に国家規模を縮小させようと試みたことで人々のあいだに苦しみと混乱が広がってきた証拠は,いまや大量にある.右派の多くの人々は,「公共部門には非効率が大きく,〔公共部門が利用できるお金・人員などの〕リソースを絞れば生産性が向上する」と信じていた.それで効率がよくなったところもあるかもしれない.だが,多くの分野では,リソースの縮小が行き過ぎてしまっている.(オズボーンがやったように)税負担を減らすために国家規模を縮小させたがっている人々の根本的な問題の半分がここにある.もう半分は,保健・医療支出だ.

先ほども述べたように,GDP に占める保健・医療支出の割合は一貫して増えてきた.そこには,保健・医療サービス需要が増えてきたことが反映されている.利用者が保健・医療サービスの大半を無料ですませられるようにすれば,どこか他の項目を切り詰めるのでないかぎり,課税水準は高くなる.過去数十年にわたって,他の項目を削減できていたのは,イギリスの帝国時代の終焉と,後の平和の配当のおかげで,防衛支出を大幅に削減できるようになったからだ.その選択肢は,いまはもう使えなくなっているように思える.それはつまり,国民健康保険をまかなうためになんらかのかたちの税が増えなくてはいけない,ということだ.保守党はいまもこの点を否認している.メディアもこれを否認し,それゆえに国民の一部も否認しているために,労働党も選挙で勝つために「特定の税を引き上げない」という保守党の約束に同調せざるをえなくなっている.

マクロ経済の切り口でみた緊縮はおおむねなくなっている

2010年当時にも,「金利が下限にある深刻な景気後退のさなかに政府支出を削減するのはよいことだ」という考えは,マクロ経済理論(学部生向けレベルの理論と先端の理論の両方)と証拠に反していた.そのため,学術系のマクロ経済学者の大半は緊縮を支持しなかった.だが,IMF や OECD のようなマクロ経済研究所は緊縮を支持した.これにイギリスやユーロ圏の政権も加わってできあがった共通見解を指して,『フィナンシャル・タイムズ』は自分たちの誤りと言っている.

政府や国際機関が緊縮を支持したのはなぜだろうか.これは入り組んだ問題で,このブログでいくつも記事を書いて分析してきた.国家規模を縮小させたいという欲求が一因になっているのは,間違いない.ここで重要なのは――『フィナンシャル・タイムズ』の文章からはいまひとつはっきりしない点だが――学者たちのあいだでは当時から緊縮を間違いだと考える意見が大半だった,という点だ.2010年当時,緊縮によって経済の産出は減るだろうとあらゆる証拠が物語っていたし,現にそうなった.

緊縮の短期的なコストとして,景気回復は遅れ,しかも開腹の度合いは弱まった.これは標準的なマクロ経済学からわかることだ.2013年にオズボーンが緊縮をめぐる戦いに勝利したと『フィナンシャル・タイムズ』が宣言したときには,この点を指摘するのに私は苦労した.私じしんの推定では,景気回復の遅延と弱まりがもたらしたコストは,一世帯あたりが失った平均リソースでおよそ1万ポンドだ.これだけでも十分にひどい.とくに,失業してしまった人たちにとってはそうだ.だが,緊縮がマクロ経済にもたらした最悪の結果は,これではないかもしれない.

他国にくらべて2010年以降のイギリスでは生産性の伸びがとても弱かった.その理由に関する生産性のパズルを説明しうる説はいくつもある.だが,このパズルで重要な部分を占めているのは緊縮ではないかと私は考えている.ここでも以前に経済学の観点で理由を説明しようと試みてきた.ここでは,ごく単純に要点を次のようにまとめておこう.第二次世界大戦以降,景気後退が起こるとほぼ例外なく政府が景気回復を支えてきたのを企業は経験してきた.景気後退がおこるのを政府は止められないものの,金融・財政政策によって政府は景気後退を短期で終わらせられる.2010年に,この通例は破られた.これにより,投資・技術開発を行う企業の意欲に顕著なマイナスの影響が及んだにちがいない.言い換えると,緊縮は,GDP と実質賃金を減少させる永続的な影響を及ぼしたのかもしれない.

『フィナンシャル・タイムズ』が記しているように,金利がゼロ下限にある景気後退では財政刺激が必要だという点を OECD と IMF もいまや認識している.ではイギリス政府はどうだろう? 彼らは認識していない.2010年の過ちを一度として認めてこなかったという点では,政府はこれを認識していない.今回のパンデミックへの対応の仕方をみると,〔緊縮はよくないと理解した行動をとっているという点では〕政府はこれを認識している.ジョージ・オズボーンの論理をパンデミックに当てはめれば,ウイルスへの恐怖と都市封鎖で生じた財政赤字を減らすために,支出を削減するのが優先事項になるはずだ.その路線をとれば,自宅にこもるのを余儀なくされた人々への支援はなされないはずだ.合衆国と似た政策をとりつつも,財政刺激ではなく緊縮がなされるところだろう.

〔財務大臣の〕スナックは,正しいことをやってオズボーンの轍を踏まなかった.ここから,緊縮の愚かさをスナックも認識しているらしいことがうかがえる.それどころか,スナックが実施した「外に出て助けよう」〔イギリス版の飲食業支援〕は(時期尚早だったために)不運なものとなったが,あの支援策を打ったことから,どんなものであれ景気回復を能動的に助ける用意が彼にもあることがうかがえる.オズボーンの施策が景気回復を阻害したのと,これは好対照だ.

だが,これにはいくつもの但し書きを加えねばならない.まず,これまでのところ,彼の支援は不完全だ.また,ギャップを埋めるための策を彼はほとんど打っていない.疾病手当の増額を彼が拒否しているのは,謎でもあり,危険でもある.感染の第二波に対処するための全国の都市封鎖を進んで遅らせたのは犯罪的だったし,あれによって人々の健康だけでなく経済にもひどい影響がおよんだ.第一波のときと同じく第二波でも自宅にこもる方式が必要になるだろうことを財務大臣が認識するのが遅きに失したことで,多くの人々が仕事を失った.こうしたことを但し書きとして並べている理由は,都市封鎖〔の有効性〕を信じない保守党議員たちの「無謀な右派」グループの歓心を買おうとする動機からこうしたことがなされたのかもしれないからだ.だが,国の財政についての懸念も動機になっているかもしれない.その点で,マクロ経済レベルでの緊縮を財務大臣が放棄している度合いには限定がつく.

さらに,先を見据えた但し書きも加えておこう.これは,〔労働党議員のアンネリーズ・〕ドッズが先日行ったメイス講義で明快に述べられている.(2024年に選挙が実施されるとして)次の選挙の直前にスナック財務大臣が減税をやりたがる恐れがある.そして,選挙前の減税を実現するために,パンデミックからの景気回復が完了する前にスナックは財政再建に乗り出すかも知れない.スナックが公共部門の賃金据え置き〔一律引き上げの凍結〕を行ったのは,その一環かも知れない.ここから,オズボーンと同様にスナックも経済が必要としていることにマクロ政策をあわせるのではなく,政治のサイクルにマクロ政策をあわせる誘惑にかられていることがうかがえる.スナックがこの動きに出るかどうかはわからないが,警戒すべき点ではある.

いまはっきりしているのは,「ひとたび景気回復が終わったら責任ある財政政策をとるべきだ」とスナックが信じているということだ.ここで重要なのは,「責任ある」という言葉ではなく,その責任をスナックがどう定義し,それをどう達成するかだ.みずからの願望からであれ,彼の後ろ盾となっている面々の願望からであれ,スナックは増税と支出削減に集中するかもしれない恐れがある.〔低所得者向けの福祉手当を統合した〕ユニバーサル・クレジットの問題がスナックにとって厄介である理由はそこにある.だが,同時に,これは貧困にある人々にとっても,なおのこと深刻な問題だ.近年,ユニバーサル・クレジットは増加してきた.この傾向を逆転させれば,イギリスにおいてすでに受け入れがたい水準にあってしかも増加しつつある児童の貧困が大幅に増えるだろう.この点は,Resolution Foundationが示しているとおりだ(図20).

ユニバーサル・クレジットを増やすどころか削減するのをスナックが思案しているのを見てわかるように,マクロ経済戦略の面でこそ緊縮を放棄しているとしても,公的支出の削減と福祉国家縮小という面での緊縮をスナックが放棄する見込みは薄い.


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