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タイラー・コーエン 「エコン族の生態」(2007年2月16日)

●Tyler Cowen, “Life Among the Econ”(Marginal Revolution, February 16, 2007)


アクセル・レイヨンフーヴッド(Axel Leijonhufvud)の「エコン族の生態」(“Life Among the Econ”)(pdf)は、経済学界の実状が皮肉を込めて描かれている諷刺論文だが、面白くて愉快な論文だ。以下に少しだけ引用しよう。

(a)エコン族の民は、ステータス志向の塊であり、少しでも高い身分(status)を得ようと必死である。(b)高い身分を得るには、「モドゥル」(“modl”)1を自作するしかない。(c)モドゥルの大半は、実用上の価値がほとんど――あるいは、まったく――無いようである。エコン族が未開の状態にとどまり、その文化が惨めなまでに貧弱である理由は、以上の(a)~(c)の事実からきているものと思われる。身分の高低とモドゥル作りの腕前が緊密に結び付けられるようになったのも、モドゥル作りで実用性よりも儀式への適合性が優先される2ようになったのも、比較的最近になってからのようである。エコン族の生態に関心を寄せる人々の間からは、「このままでは、この民族の未来は危ういのではないか」と悲観する声が相次いでいる。

おまけに、もう一丁。

エコン族の若い衆――「グラッド」(“grad”)3と呼ばれている――が成人として認められるためには、奉公先である「邸」(“dept”)の元老たちから高く評価される必要がある。元老たちのお眼鏡にかなうモドゥルを作ってはじめて、成人として認められるのだ。グラッドを成人として迎え入れるための儀式は、複雑極まりなく、その具体的な手続きは村ごとに違いがあるようである。さらには、エコン族の中でも由緒ある村について伝え聞くところでは(辺鄙な場所にある村については、情報が乏しくて詳しいことはわからない)、成人として認められてからまだ日が浅い連中は、モドゥル作りの腕前を絶えず披露し続けなければならないという。その試練に耐えられない者は、「邸」から追い出され、荒野の真っただ中で野垂れ死にする運命が待っているという。 ・・・(略)・・・しかし、元老の地位4が授けられるや、モドゥル作りの試練からは解放され、特段何もしなくてもよくなるという。それにもかかわらず、元老には手厚いもてなしが約束されているとのことだ。

この論文が執筆されたのは1970年代半ばだが、当時の「ワルラス族」(”tribe of Walras”)は今以上に身分が高かったことだろう。

この論文を再読するきっかけをくれたピーター・クライン(Peter Klein)に感謝。今回の件と関連する話題として、こちらのエントリーもあわせて参照されたい。

  1. 訳注;我々が住むこちらの世界では、「モデル」と呼ばれている []
  2. 訳注;現実に起こっている問題を理解したり、政策的な処方箋を提供したりする上で役に立つ論文を書くよりも、専門ジャーナル(学術誌)に掲載されやすい論文を書く方が優先される、という意味。 []
  3. 訳注;我々が住むこちらの世界では、大学院生(graduate student)と呼ばれている []
  4. 訳注;我々が住むこちらの世界では、テニュア(終身在職権)と呼ばれている []

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