タイラー・コーエン 「コウルズ委員会に集いし傑物たち ~クープマンスからマーコウィッツまで~」(2008年5月4日)

●Tyler Cowen, “What do I think of the Cowles Commission?”(Marginal Revolution, May 4, 2008)


ついさっき投稿したばかりのエントリー〔拙訳はこちら〕のコメント欄で、Angry at the Margin から次のような質問が寄せられた。

最後の引用箇所で名前が挙がっている面々についてどうお考えでしょうか? 誰もが主流派として成功を収めたわけですが、さらに一歩踏み込んでどう評価されているか知りたいです。貴殿もその流れを汲んでいる「ジョージ・メイソン流の経済学」は、「コールズ委員会流の経済学」と志向が真逆のように思えるのですが。

一人ずつ順に取り上げていくとしよう。

1. チャリング・クープマンス(Tjalling Koopmans):「オペレーションズ・リサーチ(OR)の父」。ノーベル賞を受賞して当然の一人だ。もしも「ノーベル数学賞」があったとしたら、経済学賞よりも数学賞を貰う(もらう)方がふさわしかっただろうけれど。最適経路の選択についての彼の業績は、輸送問題(輸送管理)について考える上で今でも欠かせない貢献だ。量子化学の礎の一部を築いた一人でもある。クープマンスは、私の内部に息づいている「オーストリアン魂(オーストリア学派に共感する心)」には訴えかけてこないが、畏怖すべき知識人の一人なのは間違いない。第二次世界大戦でアメリカが勝利するのに加勢した一人でもある。偉大なるチャリング・クープマンスに敬礼!

2. ケネス・アロー(Kenneth J. Arrow):サミュエルソンを遥かに凌駕する名声を博していて、サミュエルソンよりも哲学的な面がある。どこからはじめたらいいだろう? 「アローの不可能性定理」を誰よりも深く理解しているのは、彼だ。「現代医療経済学の父」でもある。偉業ではあるが、彼が生涯を通じて果たした貢献の10分の1くらいでしかないだろう。アローと親交のある人たちの言い分によると、彼ほどの博識家は見たことがないとのことだ。

3. ジェラール・ドブリュー(Gerard Debreu):「一般均衡理論の父」。「『時間』の哲学者」でもある。ドブリュー本人が自ら語っているように、マルセル・プルーストの正統なる後継者なのだ。ドブリューは、経済学の世界に公理主義(できるだけ少ない公理から一連の結論を演繹しようと志す立場)のアプローチを持ち込んだ。そのようなアプローチの真価は、二流の模倣者によるよりも、一流のスターによってこそ存分に発揮される。言うまでもないだろうが、ドブリューは正真正銘のスターだ。「経済SF(サイエンス・フィクション)の父」とも言えるのではないかというのが私の考えだ。からかうつもりで、そう形容するわけじゃない。

4. ジェームズ・トービン(James Tobin):最も奥の深いケインジアンの一人。そう悟ったのは、15年くらい前のことだ。(計量経済学のツールの一つである)トービット・モデル(Tobit model)の考案者で、現代ポートフォリオ理論(MPT)の礎を築いた一人でもある。私とは住んでいる知的世界が違うが、ノーベル賞を何度も受賞してもおかしくない一人なのは間違いない。

5. フランコ・モジリアーニ(Franco Modigliani):同じく、ノーベル賞を何度も受賞してもおかしくない一人。「モジリアーニ=ミラー定理」――企業価値に一切影響を与えることなしに、企業が保有する資産を好きなように細かく切り分けるのが可能なことを証明――でも(ノーベル賞を)貰えるし、「ライフサイクル仮説」でも貰える。流動性選好に関する1944年の論文でも貰えるかもしれない。「流動性選好」という概念だけでは、ケインジアン好みの結論が導き出されるモデルはおそらく作れないこと――流動性選好(貨幣需要)の利子弾力性が無限大になる例外的なケースを別とすれば――を明らかにしているのが、この1944年の論文だ。悲しいことに、この論文は現代版の「流動性の罠」論者から無視されたままだ。

6. ハーバート・サイモン(Herbert Simon):「限定合理性」だったり行動経済学だったりが経済学界に旋風を巻き起こしたのは、今に始まったことじゃない。サイモンが前例を作っているのだ。人間の計算能力、神経学、人工知能についてのサイモンの洞察は、主流派の内部に依然としてうまく取り込まれていない。そんなわけで、サイモンの影響力はこれから強まる一方と言えそうだ。

7. ローレンス・クライン(Lawrence Klein):クライン流のマクロ計量経済モデルのファン(支持者)かと問われたら、「はい」とはとても言えない。クラインの業績にじっくり向き合ってきたかと問われたら、「はい」とは言えない。

8. トリグヴェ・ホーヴェルモ(Trygve Haavelmo):計量経済学の分野で「識別問題」として知られている課題の解決に取り組んだパイオニア(草分け)の一人。彼がいなければ、スティーヴン・レヴィットも『ヤバい経済学』も存在しなかった可能性があるわけだ。ホーヴェルモがノーベル賞を受賞したのは、スカンジナビア(ノルウェー)出身だからというわけじゃないのだ [1] … Continue reading

9. ハリー・マーコウィッツ(Harry Markowitz):「現代ポートフォリオ理論の父」。以上。

「アメージング!」 って思わないだろうか? とは言え、不満な面もある。全般的な傾向として、理論に偏していて、「広さ」や「実体験」が軽視されているように思えるのだ。とは言え、誰もが尊敬すべき思想家であることに変わりはない。上の9人の中で私が影響を受けたのは誰かと言うと、アローとサイモンの二人だ。段違いで。「ジョージ・メイソン流の経済学」も、いつもと違う道に足を伸ばすことだってたまにはあるのだ。サイモンを除く8人については、主流派によって掘り尽くされてしまった感があるので、「コウルズ委員会流の経済学」によって敷かれたレールの上をみんなして走る必要はないように思える。

References

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1 訳注;受賞者を選考するスウェーデン王立科学アカデミーが身内びいき(同郷のよしみ)でホーヴェルモに賞を与えたわけじゃない(ホーヴェルモは、ノーベル賞を受賞して当然なだけの業績を残している)、という意味。
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