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タイラー・コーエン 「ポール・ローマーがノーベル経済学賞を手にしたのはなぜ?」(2018年10月8日)

●Tyler Cowen, “Why Paul Romer won the Nobel Prize in economics”(Marginal Revolution, October 8, 2018)


タバロックがMRUniversity向けの教材としてローマーの業績を解説するビデオを制作している〔拙訳はこちら〕が、それよりもうまく解説できるかどうかというと困難と言わざるを得ない。実に正確な内容だし、ローマー本人もお気に入りのビデオというんだから。ともあれ、できるだけのことはやってみるとしようか。ローマーがノーベル経済学賞を受賞するに至ったのはなぜかというと、アイデアに備わる「非競合性」という性質1が持続的な経済成長および「内生的な」技術進歩を可能にする様を跡付けてみせたというのが一番重要なポイントとなってくることだろう。さらにローマーは「内生的な」技術進歩に支えられた経済成長のプロセスには限度がある――壁にぶつかることなく無限に続くわけではない――ことを(それなりの扱いやすさを備えた)数理的なモデルを使って証明したのであった。ローマーがそのことを証明するまでは、「規模に関する収穫逓増」が組み込まれたモデルは理論的にうまく扱いきれないのではないかと経済学者の間で恐れられていたのである。このあたりのローマーの貢献についてはこちらの検索結果の一番目に出てくる論文(1990年論文)と二番目に出てくる論文(1986年論文)を参照されたい。三番目に出てくる論文(1994年論文)では経済成長論の分野での自らの研究成果が要約されているが、比較的読みやすいうちに入るだろう。

偉人としてのローマーにスポットを当てた本としてはデビッド・ウォーシュ(David Warsh)の『Knowledge and the Wealth of Nations: A Story of Economic Discovery』がある。科学読み物としても伝記としても非常に優れた作品だ。ちなみにだが、ローマーの父親はロイ・ローマー(Roy Romer)。コロラド州知事を務めたこともある政治家だが、数々の空港の建設に関わった人物としても有名だ。ローマーが経済成長の重要性に興味を持つようになったのは父親が空港の建設に関わっていたことも影響しているのではないかというのが私の考えだ。

収穫逓増モデル(収穫逓増が組み込まれた経済成長モデル)は1990年代に比べると経済成長の現実をうまく捉えられなくなってきているようだ。多くの国々では経済成長率は加速するどころか停滞気味だったり落ち込みさえしている昨今なのだ。とは言え、アイデアが(次々と積み重なるようにして)経済成長をいかにして支える役目を果たすことになるかを理解する上ではローマーの研究は絶対に見逃せない重要性を備えている。「シリコンバレーの成功を誰よりも巧みに説明してくれる経済学者は?」という疑問に対して真っ先に挙げるべき答えはローマーということになろう。

ローマーがノーベル経済学賞を受賞したというのはまったく驚くにあたらない。「ローマーはそのうちノーベル賞を獲るだろう」とは長年言われ続けてきたことなのだ(とは言え、それが今年になるとは思わなかった。なぜかというと、アメリカ経済が息を吹き返して経済成長が加速しているのは自分のおかげとトランプ大統領が吹聴している真っ只中だからだ。ノーベル賞委員会はトランプ大統領の言い分に少しでも味方するやもしれない決定は下したがらないのではないかと思われたのだ。ノーベル賞委員会が躊躇なんかせずに思いを貫いたのは喜ばしい限りだ)。

ローマーのTwitterのアカウントはこちら。ウィキペディアのページはこちら。ブログはこちら。ローマーは現在ニューヨーク大学に在籍中だが、学者としてのキャリアの大半はスタンフォード大学で過ごしている。本ブログでのローマー絡みの過去エントリーはこちら(かなり幅広い話題がカバーされている)。ノーベル賞委員会が用意している(ローマーとノードハウスの受賞対象となった業績に関する)一般向けの解説はこちら(pdf)だが、例年通りお見事な内容だ。ラッセル・ロバーツとの対談を収めたポッドキャスト(計3つ)はこちら。ジョシュア・ガンス(Joshua Gans)によるローマーの業績解説はこちら。セバスチャン・マラビー(Sebastian Mallaby)の手になるローマーのプロフィール紹介はこちら

ローマーは2000年にAplia(アプリア)という名の会社を立ち上げて事業的にも成功を収めている。Aplia社はオンライン教育の世界に革命をもたらした会社だ。経済学向けの教材で言うと、インターネット上のサイトで需要曲線だとか供給曲線だとかをシフトさせたりする練習問題が一番の売りだ。Aplia社はその後Cengage(センゲージ)社に買収されるに至っている。ローマーはノードハウスと同じく実践家(ローマーの場合は民間のビジネスマン)という経験を積んでもいるわけだ。ところで、ローマーはかつてツイッター上でバーナンキ(Ben Bernanke)を相手に次のようにつぶやいている。「お金持ちになることは過大評価されている。お金を幸福(満足)に変えるのはなかなかの難事なのだ」。

ローマーは最近まで世界銀行のチーフエコノミストを務めていた。紆余曲折があって辞職することになったが、そのあたりの顛末については探せば大量の記事がすぐに見つかることだろう。

ローマーは「チャーター都市」構想をぶち上げた中心人物の一人でもある。「チャーター都市」というのは外部(外国)のルールによって統治された経済特区のことを指しており、「法の支配」を通じて経済成長を促すのがその目的だ。「チャーター都市」構想はローマーの経済成長に関する研究から自ずと湧き上がってきた発想だと言える。「低廉なコストであちこちに移転できる(非競合性という性質を備えた)公共財は何だろうか?」と自問に自問を重ねた末に辿り着いた答えが「法律」ということなのであろう。「チャーター都市」構想についてローマー本人が語っている有名なTEDトークはこちら〔日本語字幕付きバージョンはこちら〕。ローマーが「チャーター都市」構想への質問に答えているインタビューはこちら。ローマーは「チャーター都市」構想の実現に向けてホンジュラス政府と協議を重ねていたものの、2012年にそのプロジェクトから手を引いている。そうなるまでの経緯についてはローマー本人がこちらで語っている。

個人的な思い出を語らせてもらうと、ローマーがバロー(Robert Barro)と二人で物している論文突っ込みを入れた経験がある。その論文ではスキー場にあるリフトの料金設定がテーマとなっていたのだが、アミハイ・グレーザー(Amihai Glazer)と一緒になってその論文にコメントを加えたのである。ローマー&バローの共著論文はブキャナン(James Buchanan)考案の「クラブ(クラブ財)の経済理論」と密接なつながりがあるように思われてその点を指摘したのだ。我々二人のコメントのおかげで財に備わる「競合性」という性質が経済学の分野において果たす意味を再考するきっかけとなり、それに伴って経済成長がテーマの彼の代表作の論文が思い付かれることにもなったとはローマー本人による述懐だ。このあたりの事情については詳しくは先に言及したデビッド・ウォーシュの本を参照されたい。

ローマーはギターリストであるクラレンス・ホワイト(Clarence White)の熱狂的なファンでもある。それは私も同じでローマーとはホワイトの演奏を収めたお気に入りの映像について何度かメールで意見交換し合ったものだ。ザ・バーズがバンドとして名を馳せる上でホワイトが果たした役割があまりも過小評価されているというのがローマーの意見であり(私も同意見)、ローマーはケンタッキー・カーネルズ時代のホワイトの大ファンでもあるとのことだ。ローマーの音楽の好み(その目の肥え具合)についてはこちらも参照されたい。

ローマーは経済成長を支える要因としての「人的資本」の重要性に関する有名な展望論文(pdf)も書いている。人的資本こそが新しいアイデアの生みの親(出所)ということは言うまでもないだろう。

ローマーが2016年に書いているこちらのブログ記事によると、彼がその発展に貢献した内生的成長理論から引き出されるのは気候変動という副作用への配慮を伴う「条件付きの楽観主義」であって「手放しの(悦に入った)楽観主義」ではないとのこと。ローマーの研究とノードハウスの研究とが交わる場がここに、というわけだ。

ローマーは「英語の綴り(文字)と発音とを一致させよ」と言語改革を訴えている一人でもある。英語の綴りと発音が一致するようになれば経済成長も加速するというのが彼の考えであり、その背後には経済統合と経済成長との結び付きに関する彼なりの研究が控えている。英語が簡単に学べる言語となれば、世界経済の統合も進んでアイデアが拡散されるスピードも速まる可能性があるわけだ。

(数式処理ソフトである)JupyterとMathematicaとの優劣に関してだったり、ギリシャの汚職問題に関してだったりと、ローマーが関心を寄せている対象はかなり広いようだ。他にも不良資産救済プログラム(TARP)と銀行改革に関するローマーの見解はこちら、現代マクロ経済学に対するローマーの批判はこちら(pdf)を参照されたい。

ローマーの考えでは、文書――特に学術的な文書――の中で接続詞である「and」という単語が多用されすぎているとのこと(私もそう思う)。この件についてフィナンシャル・タイムズ紙は次のように報じている

世界開発報告(WDR)の草稿が職場のあちらこちらを行き交う中、ローマー氏は世界銀行の職員に対して各人の思い思いの案や持論を報告書の中に一緒くたに詰め込もうとするなかれと注意喚起した。各人の持論が一斉に詰め込まれる結果として世界開発報告のインパクトも弱められ、『“and”の蔓延』が招かれることになったとローマー氏は語る。

「我々(世界銀行)のメッセージは『これ“と”これ“と”おまけにこれ、“そして”あれ、・・・です』なんていうふうにまとめなきゃいけないような風潮になっているために、世界銀行が公表する文書の中で一番使用頻度が高い単語は“and”なんていう結果になってしまっているんです」。ローマー氏はメールでの取材にそのように不満を漏らしている。

「世界開発報告の内容が世間に深く浸透するためには論点を絞らないといけないんです。ナイフを深く切り込むためには刃の幅を狭くしないといけないのと一緒です」とローマー氏。「報告書の中で“and”の使用頻度が2.6%を超えるようなら報告書の最終稿には承認を与えない。論点を絞ることの重要性を理解してもらうために世界開発報告の執筆を担当する面々にはそのように伝えてあるんです」。

ローマーと直接やり取りをする機会がある度に感じるのだが、ウキウキと楽しそうで打ち解けた気持ちで向き合ってくれている印象を受けるものだ。1年前の夏にも(Kent Presents主催の)アイデア・フェスティバルの席上でローマーにインタビューする機会があったのだが、大変楽しいひと時を過ごさしてもらったものだ。会場にいた観客もローマーに親近感を抱いて引き付けられていたようだ。

  1. 訳注;誰も彼もが同時にその恩恵にあずかることができる、という意味。 []

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