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ダイアン・コイル「昔々,あるところに:物語と感染の経済学」(2019年8月29日)

[Diane Coyle, “Once upon a time,” The Englightened Economist, August 29, 2019.]

これほどいろんなところで物語への関心がぽこぽこ湧き出しているのはとても興味深い.王立協会は,人工知能における物語,ひいては科学における物語に,着目している.『投機バブル:根拠なき熱狂』の著者として(そしてノーベル賞受賞者として)名高いロバート・シラーが新しく出した本の題名は,『物語りの経済学:お話はいかにして伝播し大きな経済的事象を駆動するのか』という.この本のもとになっているのは,2年ほど前にシラーがやった講義だ.冒頭をこう書き出している:「本書は,経済変化の新理論の初手を提示し,定番の経済的要因リストに新しい重要要素を導入する:その要素とは,口コミや報道メディアやソーシャルメディアをつうじて人から人へと伝播して人気を博する感染力のあるお話だ.」

序文で記されているように,この着眼点は新しくない.1894年に出たパルグレイブの政治経済辞典は物語の経済学に言及している.有名なロバート・マートンの「自己成就的予言」(または自己回避的予言)の概念は,物語の力学という領域をかなりおさえている.ただ,今日の経済はもしかするとかつてないほど感染に弱くなっているのかもしれない.本書の序盤で掲載されているグラフは,いくつかの社会科学・人文学分野で「物語」(‘narrative’) という単語を含む論文の割合が急増していることを例証している.経済学と金融の領域は(もちろん)歴史学にずいぶん後れをとっているし,人類学・社会学・政治学にも遅れている.

ともあれ,本書は物語の感染が経済的な事象にどう影響するのかを論じている.本書が考えているのは疫学モデルであり,同時に――なんというか,物語の感染の物語でもある.どの章でも,たくさんの事例をとりあげてじっくり論じている.第一部は,物語が行動と結果にどう影響するのかを示す例にビットコインをとりあげて考察したあと,物語が「バズる,拡散する」(‘go viral’) 方法と感染の心理学に関わる概念をいくつか導入する.第二部は,「物語の経済学の7大命題」を提示する短いセクションだ(たとえば「真実では虚偽の物語を押しとどめるのに足りない」とか.ごもっとも).第三部では,金融バブルとその崩壊だとかオートメーションと雇用みたいに何度も繰り返される経済の物語を記述する.そして,最後に,今後の研究課題を並べている.

本書は最初から最後まで途切れなくおもしろい.ただ,いくぶん断片的で,具体例は次々に出てくるけれど,物語の枠組みをあつかう大理論はない.とはいえ,シラーも最後のセクションで指摘しているように,物語りが経済で果たす役割を理解する計量的アプローチの射程には宝の山が眠っている.とくに,近年のテキスト分析ツールを利用したアプローチから得られる成果は豊かだろう.皮肉屋なら,こういう風に物語を強調するのを――さらには近年ジョージ・アカロフとデニス・スノウアがこの領域を探査しているのを――古典的な経済学帝国主義と言ってすませるかもしれない.皮肉屋さんはこんな風に言うかもしれない――「なんたって,そういう領域は長年にわたって社会学と人類学が取り組んできたでしょうに.」 その一方で,こうして経済の動きの源として物語を強調するのを逸話しかないボンヤリした戯言といって片付ける人も経済学者のなかにはいるかもしれない.どちらの反応も,否定的すぎる.

経済学の計量的アプローチを利用する範囲を広げる動きは歓迎すべきだし,経済史の復権の拡大も同じく歓迎すべきだ.物語の経済学という分野には,他にも2冊ほど合流している.1冊はモーソンとシャピロの『餞別と多感』(Cents and Sensibility),もう1冊はジェンス・ベケットとリチャード・ブロンクが編集した『不確実な未来分岐』(Uncertain Futures) だ.どちらも,人文学を経済学に復権する内容となっている.


Comments

  1. たんい says:

    翻訳ありがとうございます。
    「2年ほど前にシラーがやった抗議だ」
    ここは原文でlectureなので、「講義」かなと。

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