ドレシェル&カレムリ=オズカン「雇用を守るため中小企業にマイナス税を支給せよ」

Thomas Drechsel, Sebnem Kalemli-Ozcan “Standard macro and credit policies cannot deal with global pandemic: A proposal for a negative SME taxVOXEU, March 24, 2020

新型コロナウイルス・パンデミックでは,経済を支援する強力な政策介入が必要だ。本稿では,中小企業に対する給与総額に基づくマイナスの定額税の費用とコストについての推定を示す。従業員500名未満の全ての企業の給与総額を3か月に渡ってまかなう政策により,アメリカの6,100万が恩恵を受けることができ,その費用はGDPの3%である。


新型コロナウイルスの流行は,標準的な経済活動の鈍化ではなく,医療面でのショックだ。これは不可避の一時的な経済麻痺として具現化しつつあり,その結果は世界経済の深刻な収縮と世界金融危機にまで至ると見込まれる。ウイルスの拡散を避けるためは,死にものぐるいの一致団結した取組が必要だが,そうした封じ込め活動は世界経済の大部分における経済活動のほぼ完全な停止につながるだろう。

標準の拡張的な財政・金融政策頼りでは,今すぐに効果が現れない可能性がある。教科書的な拡張的政策は需要の刺激を狙うものだが,家の中に閉じこもったままの人たちはそのような刺激には今現時点では反応せず,それどころか後々これらの政策の火力が必要になった際に火力不足になってしまう可能性がある。「戦時」経済的な思考により,ウイルスは外敵であって通常に機能する経済を回復するためにあらゆる費用を払ってでも打倒しなければならないと指示すべきだ。そのためにはIMFチーフエコノミストのジタ・ゴピナスが提案するように(Gopinath 2020),対象を絞った政策を多数打つことが必要となる。

この考えの一部には,ショックの核心とその短期における経済的波及の把握が含まれる。マクロ経済学者にとって,この危機は今や需要ショックと供給の遮断の両方として具現化しているように見える。また,このショックが実物部門の流動性もしくは支払能力問題へつながるかを追究することも重要だ。

純粋な流動性問題は,今日来るはずの儲けが明日になると判明したときに起こる。このとき必要なのは,融資などを通じて流動性を適切に管理することだ。純粋な支払能力問題は,長期的な信頼性の不足と関連している。現在の麻痺状態によって影響を受けてる大多数の企業にとっては,この支払能力問題は当てはまらないだろう。しかし中小企業は破産してしまうかもしれない。そうした倒産による影響はよく知られたものだ。すなわち,解雇,返済の滞り,銀行の弱体化,需要の減退,不活発な投資,回復の遅れだ。

したがって,経済麻痺による損失を分かち合うべきなのだ。起業活動の中長期的な継続性は社会にとって重要だ。

小規模企業が直面する流動性の逼迫をどう解決するか

いくつかの政府は,企業にのしかかる流動性不足の解決のため既に断固とした措置をとっている。その特筆すべき例として,ドイツ政府は一連の経済措置をすばやく立法し,その中には納税猶予に加え,ドイツの国有開発銀行KfWによる融資の無制限の利用が含まれている [1]原注1;https://www.bundesfinanzministerium.de/Content/DE/Pressemitteilungen/Finanzpolitik/2020/03/2020-03-13-download-en.pdf?__blob=publicationFile&v=2を参照

こうした政策はこの上なく歓迎すべきものであり,議会を通すのも速かったが,その規模や時タイムリーな実施は未だ問題といえるかもしれない。というのもまず,納税猶予は企業の残存する納税義務額の支払いを遅らせることを許可するものだ。経済活動の収縮による収入の劇的な減少と比べた場合に,この納税義務額がどれだけ大きく響くものなのかは企業によって大きく異なる。

また,緊急融資を求めるための行政手続が適切な期間内に実施できるかは分からない。例えば,需要が実質ゼロになってしまっている中で,小さなカフェやクリーニング屋が未払の支払いを行う前にそうした緊急融資を受けることができるだろうか。

代案:中小企業に対してマイナスの定額税を至急実施

多くの企業は流動性を緊急に必要としている。これは数週間内,場合によっては数日内という問題だ。小さな企業に対して政府が至急マイナスの定額税を給付するというのはどうだろうか。

この政府からの移転の大きさは,2018年(もしくは過去数年の平均)のその企業の収入もしくは費用の何割かという形で決めるのでよいのではないか。その割合をどれだけにするか(これは原則的には100%,もしくはそれ以上でもよいかもしれない)は,政府がこの事業に対してどれだけ支出する意欲があるかによって決まる。

このマイナスの税金には,例えば企業に対して従業員を維持することを義務づけるなどの何らかの条件を付けてもよい。特定の種類の企業や産業を対象,理想的には一定の従業員数未満の企業に対して行うのがいいだろう。これらの企業については,上述した既存の施策の実施上の困難が制約になるだろうからだ。さらに,このマイナスの税金は完全な移転(この場合「ヘリコプターマネー」とほとんど同じものとなる)でもいいし,あるいは経済が回復した後々の年度に部分的に返済するようにもできる。

マイナスの定額税は素早く実施できて企業のキャッシュフローにもなる

私たちが提案するマイナスの税金には,実際の実施が迅速にできるという利点がある。小さな企業にとって,問題は現金であって時間は既に尽きかけている。そうした企業を救う政治的意思があったとしても,実際に企業に対してお金を送るのは実務的にやっかいだ。マイナスの定額税であれば,既存の納税額の支払い猶予よりも大きな額の現金送金も可能となる。重要なのは,ここで「即座」と言う場合,それは企業の銀行口座に対して政府が既存の納税制度のインフラを通じて文字通り直接送金するので,まさに今すぐという意味なのだ!これは企業が何の事務作業を行うこともなしに実施可能だ。

アメリカの場合では,これは歳入庁(Internal Revenue Service)を通じて直接実施可能だ。歳入庁には必要な情報とインフラがあるはずなので,うまく法制化すれば数日内にお金を送ることが可能で,これは通常の税還付と同じ方式となる。倒産の恐れが間近に迫った場合には,企業の登録情報や銀行口座番号のデータベースを作る実務上の詳細に行き着くことになるが,これは米国国勢調査データベースとリンクさせることが可能だ。

これが相当粗のある提案であることは承知しているが,今は既存の枠を越えた考えが必要だと私たちは考えている。また,対象となる企業の規模や分野といった線引きを決めなければならないことも認識している。しかし,この基本的な考えには,それが小さな企業の破滅的な流動性不足を直接かつ即座に解消するというきわめて重要な利点がある。ほとんどの雇用はそうした小さな企業にあるのであり,今はそここそ政策介入の効果が一番あるところだと考えている。

どれだけのお金が必要か

アメリカついてちょっとした数量分析を提示することで,私たちの提案を具体化してみたい。これは,どれだけのアメリカの中小企業を支援するとどれだけのお金が必要になるのかという問いに答える物だ。この問いを考えるにあたり,私たちは米国国勢調査局で公開されているデータを用いた。

原則として,このマイナスの税金は企業の収入もしくは費用に基づいて計算できる。たいていの場合に企業にとって一番大きな費用は給与支払であることと,失業が積み重なり始めていることから,給与支払いに焦点をあてる。例えばイギリスは,ウイルスの流行のせいで働くことのできない従業員の給与の80%を支給することを今や決定した [2]原注2;https://www.theguardian.com/uk-news/2020/mar/20/government-pay-wages-jobs-coronavirus-rishi-sunak?CMP=share_btn_twを参照

以下に示す数字は私たち独自の提案の範囲を超えて有用であるかもしれない。これらの数字は,アメリカの企業を対象とするほかの政策を数値的な文脈に落とし込むのに使うこともできるからだ。表1は,2017年におけるアメリカの雇用と給与支払い額を企業規模ごとに分類した統計を示している。


表1:アメリカ企業の雇用と給与支払額
出典:米国国勢調査局アメリカ企業統計年次データテーブル(2017年)

(訳注;左から企業のサイズ,企業数,雇用数,年間の給与支払額(単位:10億ドル))

表1からは,アメリカの雇用の大多数が比較的小さな企業によって占められていることが分かる。表1の情報に基づき,様々な政策シナリオの計算結果を示そう。各シナリオにおいては,特定の企業グループ(従業員数で計った企業の規模で定義する)が給与支払いを賄うために一定の期間,すなわち1四半期,半年,1年にわたって現金の直接支払を受取ると仮定している。これらの政策にはどれだけのお金がかかるだろうか。私たちによる推定は表2に示している。ドルで計った価値とするため,ありうべき支援政策の費用をアメリカのGDPに対する割合として計測しているほか,所与の政策の対象範囲となる従業員数をアメリカの総就業人口に対する割合として含めている。

表2:様々な政策シナリオの推定費用と範囲
注:列3と列4の計算に使用した年間GDPとアメリカの非農業分野総就労人口には,2017年のFRED(連邦準備制度経済データ)からとった。GDPは19.9兆ドルで,総就労人口は1億4,560万人。これには,表1で用いている非農業・非政府部門就労人口のみを対象とした数値よりも多くの就労者が含まれている。

(訳注;列は左から補助金を支給する企業,政策の費用(単位:10億ドル),年間GDPに対する費用の割合,対象となる範囲がアメリカの総就労人口に占める割合,行はそれぞれ従業員100人,500人,100~499人未満及びすべての企業に対して1四半期,半年,1年支給した場合を示している。)

アメリカは介入を負担できるか

私たちは,表2がアメリカの中小企業に対するありうべき支援の支払いの規模の把握に有用なガイドラインを示していると考えている。従業員500名未満のすべての企業の給与支払いを3か月にわたって全額支給しようと議会が考えているとしよう。この政策により,6,100万人のアメリカの労働者の給料が賄われ,その費用はアメリカの年間GDPの3%程度だ。企業活動の停止と労働者の失業によって迫りくる損失と比較すれば,表2の数字は過激すぎるとして政策決定者が退けるてしまうほど大きなものとは思われない。この政策は,企業に対して従業員への給与支払いを続けるよう条件をつけることもできる。従わない企業は翌年の申告時に政府に対して超過受取額を返還しなければならないようにするのだ。

これに加え,私たちの計算が潜在的な一般均衡効果をすべて捨象していることも協調したい。特に,私たちが提案する介入はどれも,一定の乗数効果を持つものと見込まれる。ある企業の費用は原則的として別の企業の収入を含んでいる。仮にある企業が費用の支払いを遅延したり踏み倒すということにならなくなれば,ほかの企業にとっても助けになると見込まれる。さらに,企業が間違いなく給与を支払えるようにすることは,家計の懐にお金を入れることであり,労働市場を通じた収縮による更なるマイナスの効果を軽減するだろう。

願わくば政策が正しい方向に向かわんことを

アメリカの議員たちは様々な経済対策について議論しており,それには直接の現金支給も含まれている。私たちが提案するマイナスの定額税という提案は,歳入庁を通じて実施されるものであり,議員たちの目指すところを正しくすぐさま達成できる。上述したとおり,素晴らしい献身とソーシャルメディアを通じた未曽有のスピードでなされたほかのマクロ経済学者の助言は同様の方向を示している。例えば,欧州投資銀行を通じたヨーロッパ企業に対する直接の「流動性ライフライン」などだ [3]原注3;https://voxeu.org/debates/commentaries/throwing-covid-19-liquidity-life-lineを参照 。経済学者たちが自分たちの助言を真剣に考慮した積極的な対応を政策決定者に望んでいることは明らかだ。

参考文献

●Baldwin, R (2020), “The supply side matters: Guns versus butter, COVID-style”, VoxEU.org, 22 March.

●Drechsel, T and S Kalemli-Ozcan (2020), “Are Standard Macro Policies Enough to Deal with the Economic Fallout from a Global Pandemic?” econfip policy brief 25, March.

●Fornaro, L and M Wolf (2020), “Coronavirus and macroeconomic policy“, VoxEU.org, 10 March.

●Gali, J (2020), “Helicopter money: The time is now“, VoxEU.org, 17 March.

●Gopinath, G (2020), “Limiting the economic fallout of the coronavirus with large targeted policies“, VoxEU.org, 12 March.

●Gourinchas, P-O (2020) “Flattening the pandemic and recession curves”, in R Baldwin and B Weder di Mauro (eds), Mitigating the COVID Economic Crisis: Act Fast and Do Whatever It Takes, A VoxEU.org eBook.

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