例の馬鹿馬鹿しい統計ネタがまた出てきた
「誇張された危機論といえば,あれはどうなの? アメリカ人の大半が,『かつかつの生活をしている』ってやつ.」 そういう主張をしている人はたくさん見かけるね.たとえば,尊敬すべきバーニー・サンダースもこう言ってる:
不誠実な雇用主たちが意図的に従業員の分類を誤り,彼らが苦労して稼いだ賃金をむしりとろうとするのに歯止めをかける労働省の最終的な規制を私は称賛する.アメリカ人の 60% がかつかつの生活を送っているなかで,自分たちがむしり取られないように守る法が労働者には必要だ.
さて,ぼくも,労働省による規則変更を支持してる.ただ,アメリカ人の大半が「かつかつの生活を送っている」というヨボヨボの枯れ木のような決まり文句には引退をしてもらわないといけない.経済統計に関するかぎり,これはデタラメにもほどがある話だ.
ざっくり言うと,こういう話だ.LendingClub みたいな民間企業が人々にこういう質問でアンケートをとっている――「あなたはかつかつの生活を送っていますか?」 で,たいていの人は「はい」と答える.すると,そうやって出来上がった数字が経済紙なんかで経済に関する事実であるかのように報道される.でも,この数字はそんな事実なんかじゃない.だって,「かつかつの生活を送っている」には明確な定義がないからだ.
「かつかつの生活を送ってる」が意味するのは,どんなことだろう.
- 「貯蓄ゼロ」って意味だろうか?
- 貯蓄が少なすぎて安心できないってことだろうか?
- 流動性の貯蓄が――退職後に備えた口座の株式とかじゃない銀行の普通預金が――ゼロだったり不十分だったりするって意味だろうか?
- 典型的な月々の稼ぎでは財産を蓄えられないって意味だろうか?
- 退職口座に貯金しつつ毎月ずっと住宅ローンを返済してるけれど流動的な現金貯金は殖やしてないって意味だろうか?
- 翌月の給料が入らないと今月の請求金額を払えないって意味だろうか?
- 毎月の給料振り込みをいつも心待ちにしてるって意味だろうか?
誰にも知りようがない.きっと,人それぞれに「はい」と答えたときに念頭にあったことはさまざまだろう.だから,ぜひとも,「かつかつの生活を送っている」の数字を引用するのはやめてほしい.無意味なんだから.
実のところ,経済学者たちのなかには,アメリカ人がどれくらいの金銭的な余裕をもっているのかに関する定義明瞭なデータをみてる人たちもいる.2022年の「消費者の金銭状況調査」(Survey of Consumer Finances) では,アメリカの世帯の 98.6% が当座預金口座かそれと類似の口座をもっていて,そうした口座にある預金額の中央値が 8,000ドルなのが示されている.2016年には,アメリカ人の約 76% が銀行に 400ドル以上を預けていた――2000年代の中盤に比べると,金額が増えている.それに,予想外の出費で400ドルが入り用になったとき,現金で払うのを選ぶと答えるアメリカ人の割合は,2013年には 50% だったのが,2019年には 50% に増えている:
400ドルの出費がまかなえないと答えた人たちは 12% にすぎない.
さて,400ドルの出費をまかなえないアメリカ人が 12% いるっていうのは,あるべき状況からほど遠いよね.でも,「かつかつの生活を送っている」と主張されてる人数からはかけ離れてる.金銭的な不安定も,ぜひとも真剣にとりくむべき経済問題だ.とはいえ,世間に出回る危機論や衰退論は,あまりにも誇張されすぎてる.
[Noah Smith, “At least five interesting things to start your week (#25),” Noahpinion, January 16, 2024]