働きづめでも報われない国
日本からこんにちはこんにちは! 2週間の旅行でこっちにきてて,せっかくだから日本について何本か記事を書こうと思う.まずは,経済の話からはじめよう.
たいていの人たちが日本について最初に気づくのは,各地の都市がいかにすばらしいかってことだ.とりわけ東京は,現代の驚異だ.キレイに刈り込まれた木々に取り囲まれて,設計のしっかりしたぴかぴかのビル群がそびえたっている.レストランやお店や各種の娯楽は目眩がするほど数知れず,どれもこれもすばらしい.どこも混み合ってるけれど,それでいていつもなぜか静謐を感じさせる.そして,ほんの数分歩けば電車の駅にたどり着いて,そこからどこでも必要な場所に向かえる.他のどんな国もおよばない都市設計・計画の偉業を日本は達成している.それを支えているのは,異例なまでに平和で驚くほど創造的な文化だ.
でも,この夢の楽園みたいな外観の下で,日本全体はそれほど栄えていない.数十年にわたって,日本の実質賃金は下向きに漂流を続けている:
これが実際の生活にもたらしてるのはどんなことだろう? 日本の人たちは,静かな隠れた貧困に苦しんでいる.アメリカからやってきた観光客は,たいてい,こう考える――「日本人って,ほぼ全員,中流階級なんでしょ.」 なぜって,日本はきわめて平等な社会だっていうあれこれのステレオタイプにどっぷり浸かっているし,アメリカ人が貧困に結びつける目に見えるしるしがあまり見当たらないからだ.犯罪も,汚物も,朽ちた都市の様相も,日本ではあまり目につかない.でも,そういうステレオタイプは間違ってる.日本の所得格差は,豊かな国としては平均ていどで,日本の相対的貧困率はヨーロッパよりも高い(相対的貧困率は,所得中央値の 50% 以下にいる人たちの割合と定義される).
そして,それはあくまで相対的な貧困だ――思い出してほしい,そもそも日本の平均的な生活水準は,他国よりも低いんだよ.購買力平価での日本の一人当たり GDP は,アメリカの 64%,フランスの 87%,韓国の 92% にすぎない.中所得国にまで落ちぶれてこそいないけれど,先進国の範囲では,下の方に位置している.
2019年に『ブルームバーグ』コラムに書いたように,人生の結果は個人の選択の結果だと信じてる人たちにとって,日本の貧困度合いはとりわけ苛立ちの種になる.日本では,薬物濫用・十代の妊娠・婚外出産・犯罪がきわめて低い.日本の貧しい人たちはルールの枠内でフェアプレイして,それでもシステムにいいようにされてる.
片沼麻里加〔ブルームバーグ記者〕が言うように,この貧困は女性に重くのしかかっている.女性たちは,出口のない低賃金パートタイム仕事に追いのけられている.さらに,年金制度のスキマに落ちてしまう女性も多い.また,貧困は不釣り合いなほど重く若者にものしかかっている.なぜなら,日本企業の慣習で,賃金は年功序列でおおむねまたは全面的に決まっているからだ.こうして,若者は切り詰めた生活を送って貯金しつつ,陰気で単調で心が折れるような仕事で長時間労働に励んでいる.帰宅して睡眠をとる部屋は小さくわびしい.どうにかがんばって少しでも生活費を切り詰めてみても,毎年毎年,しだいに購入できる贅沢品は減っていく.
なんとかうまいこと中流階級の職にありついた人たちですら,そのライフスタイルは死ぬほど退屈なことが多い.日本の有名な過労文化は,タスクを手早く効率的にやりとげた従業員ではなく職場に長時間いつづけた従業員に報いる.これは,日本のホワイトカラーの悪名高い低生産性による部分が大半だ――壊れた企業文化を埋め合わせるべく労働者たちは時間外労働にはげんでいる.でも,それだけじゃなく,フィードバック・ループもある.いきすぎた長時間労働で労働者たちが疲れ果てて能率を落としていることがわかっている.
それはつまり,日本が経済成長をつづけるためには,より多くの人が仕事にいく必要があるってことでもある.なるほど女性は日本ではあまり稼いでいないかもしれないけど,15歳~64歳の人々のうち約 74% がいま働いている――アメリカの 66% にくらべて,ずいぶん高い率だ.働いている高齢者も日本の方が多い:
つまり,日本にいるほぼ誰もが,永遠に身をけずって働きつづけながら,その見返りとして,とても十分とはいえない対価しか受け取っていないわけだ.
べつに,日本をこの世の終わりみたいに描き出したいわけじゃない.日本はまだまだ豊かな国だ.その治安やすばらしい都市生活には,大きな値打ちがある.それに,間違いなく,日本の生活の質はいろんな面で改善してきた――たとえば,自殺率は過去最低水準にまで下がっている.自分の生活にとても満足している日本人も大勢いる.憤慨やるかたなしって調子で新聞は低い出生率やセックスしない若者やその他のよくない社会の傾向を「日本の経済状況のせいだ」と非難するけれど,そうした比較は総じて誇張されている(日本の出生率は他の東アジア諸国よりも高いし,セックスしない若者は世界で広く見られる現象だ).
でも,かつて2000年代前半にぼくが暮らした頃とくらべて,それほどしあわせでも気楽でもない国に感じられるのは,どうにも無視できない.生活水準が年ごとに下がり続け,労働時間は延び続けたことで,しずかに犠牲が払われている.なんとかする必要がある.
もちろん,日本の指導者たちは問題に気づいているし,まるっきり無為無策で手をこまねいているわけでもない.去年,日本は最低賃金を引き上げた.金融庁は,企業に自社の男女賃金格差を開示するように求めようとしている(ぼくの経験では日本の省庁のなかではいちばん賢くて先を見越してるのが金融庁だ).岸田文雄首相は,エネルギーコストの上昇から消費者を守る手立てを導入しようとしてるし,日本企業に賃上げさせる政策について語ってもいる.
これは悪くはない初動ではある.でも,欠けているものが2つある.ひとつは,よりよい福祉国家だ.日本の社会福祉支出は中程度の水準にある―― GDP の 21.9% で,この数字はアングロスフィア〔アメリカ・イギリス・NZ・オーストラリアなどの国々〕よりは上だけれど,ヨーロッパの豊かな国々よりは低い.ただ,その多くはたんに政府の業務だ――中流階級の人たちは,自分たちがみずから消費する医療その他のサービス分の税金を払っている.日本に本当に足りてないのは,貧困緩和だ.他の豊かな国々の大半よりも再分配の度合いが小さい財政制度を,日本はとっている.このOECD データは 2005年のものだけれど,あの頃から大して変わってはいない〔グラフは,OECD諸国の課税後に格差がどれだけ縮められたかを示している〕:
長い話を短くまとめると,社会の平等の実現で日本はいまだに企業に大半を頼っているんだけど,そうした企業もすでに十数年にわたってその努めを果たせなくなっているんだ.この異様に高い貧困率を減らすべく,政府は財政移転で手立てを講じる必要がある.たとえば,負の所得税や勤労所得控除タイプのプログラムが,具体案に挙げられる.
2つあると言った要因のもう片方は,経済成長だ.こちらはいっそう重要だ.一人当たり 48,000ドルの GDP しかない国では,再分配をするといってもそう大したことはできない.よりよい福祉国家になっても,低所得の日本人は,ドイツやイギリスやフランスの似た境遇の人たちにおよばないだろう.なぜって,単純に日本の方が貧しい国だからだ.いちばん恵まない人たちに機会を与えるためにも,中流階級の沈滞感をぬぐうためにも,生活水準を他の豊かな国々なみに引き上げなくてはいけない.それには,労働時間をいっそう長くする必要はない――言い換えると,生産性が上がらなくてはいけない.
次回の記事では,その方法についていくつかアイディアを語ろう.
〔ノア・スミスは,この記事のあとで Twitter で連続ツイートもしている:こちら〕