ノア・スミス「権威主義体制の統治はべつに有能じゃないよ」(2022年10月6日)

[Noah Smith, “Authoritarians are not governing effectively,” Noahpinion, October 6, 2022]

軍靴が人々の顔を踏み潰す一方で,列車は定刻通りに走っていない

先週は,こんな話をした――自由民主主義を支持する人たちは,自分たちが創り出したいとのぞんでる未来像がどんなものなのか,具体的に世の中に提示する必要がある.ただ,この未来像はまだ浮かび上がってきてないけれど,あちこちの権威主義国家のおかげで,自由民主主義を支持するすてきな論拠が出てきてる.単純に,権威主義国家がびっくりするほど無能をさらしてくれたおかげなんだけどね.

権威主義統治の売りといえば,きまってこれだ.「独裁者・寡頭制支配者・ 絶対的指導者は有能で決然と行動する――民主主義国家がちんたらしてる間に,権威主義国家は行動する.」 こんなフレーズを聞いたことないかな,「ムッソリーニは列車を定刻通りに走らせた.」 あれが言わんとしてるのも,こういうことだよ.

民主主義国家と権威主義国家のどちらが効率よく統治できるのか,それぞれが効率よくやれるのはどういう場合なのかについて評価を下す用意はない(この論点についてはすごく長きにわたる学術文献の蓄積があるけれど,たしかな結論を出してるものはほとんどない).民主主義だけが上手に統治できるなんて主張するつもりは毛頭ない――朴正煕や鄧小平やリー・クアンユーは,そんな考えの反例だ.そうじゃなく,ここでは,具体的に2つの点で,「権威主義国家は有能だ」説に異を唱えたい.

一つ目.「権威主義体制は有能だ」説の多くは,単純に,虚像にもとづいている.実際には,ムッソリーニは列車を定刻通りに走らせなかった――たんに,豪華な駅舎をいくつか建てただけだ.その一方で,列車はあいかわらず遅延していた.で,実のところ,これはすごく典型的だったりする.というのも,独裁者達はしょっちゅうウソをつくからだ.最近の論文で,Luis Martinez が夜間照明の衛星データを検討してる.これは,経済活動をはかる代理変数になるんだ.そしてわかったのが,あちこちの権威主義国家(Freedom House のランキングに準拠)の方が,公式に発表されてる GDP の数字と観測された照明の産出量との落差がずっと大きいってことだ.雑誌の The Economist がこの論文についてすぐれた記事を書いてる.そこで,ここではその記事に載ってる美しいグラフから1つだけ引用しておこう:

出典: Martinez (2022) via The Economist

つまり,民主主義国家はかなり誠実に経済統計を発表してる傾向があるのに対して,権威主義体制は自国の経済実績を大幅に誇張しがちってわけだ.

Martinez の研究結果では,とくにひどいうそつきには中国が含まれてる.公式統計では,中国の GDP は過去20年間で5倍近くも増えてる.衛星データを使った Martinez の推計では,中国 GDP は3倍増に届かないくらいらしい.現実の数字がこの2つの中間のどこかにあるのだとしても,中国の経済成長はまぎれもなく鮮烈ではあるけれど,多くの人が信じてるほど非凡なものじゃあないわけだよ.これと対照的に,インドの経済成長はほんの少々だけ誇張されてると推計されてる.これを踏まえると,「中国は独裁体制のおかげでインドとの競争で先をゆけた」っていう決まり文句には,いくらか水が差される.

権威主義体制が有能だっている伝説を疑うべき理由は,そういう虚偽だけじゃない.みんなが自分の目で見てきたことっていう,単純な証拠もある.過去20年間に,独裁的で権威主義的な統治,さらには全体主義的な統治がふたたび息を吹き返してきた.そのなかには,民主主義国家のなかで「ポピュリスト」運動をとおして新体制が台頭した例もある.その手の指導者たちを,ぼくは「ムッソリーニロイド」って呼んでる.というのも,そうした指導者たちがそろって過去の偉大な時代への復帰を約束して「自分に任せておけば大丈夫」と見得を切る傾向を示してるように見えるからだ.ウラジミール・プーチンはこの手の指導者だし,習近平やドナルド・トランプも同種だ.

ただ,元祖のイタリアファシストと同じように,2020年代のムッソリーニロイドたちも,口先で言っていることと実態とを釣り合わせられずにいるようだ.とにかく,列車を定刻通りに運行していない.

一例として,プーチンをとりあげよう.支配者になってからの15年間,プーチンは成功した指導者だと世間に思われていた.ソ連崩壊後の経済の混乱という苦境からロシアを引っ張り上げ,ロシアの生活水準はまちがいなく改善した.少なくとも,2008年までは:

でも,あとから振り返って見ると,その多くは原油価格の歴史的な一度きりの上昇に起因するものだった.原油価格の高騰が終わると,ロシアの経済成長も終わった.2008年から経済成長が停滞してグラフが水平気味になってるけれど,その一部は,2014年にロシアが対ウクライナ戦争をはじめたあとに合衆国が実施した対ロ経済制裁によるものだ.でも…これはプーチン本人の意思決定によるものでもある.

もっと全般的な話をすると,自国を石油国家にしてしまうのは,国の発展戦略としては悪手だ――ソ連も70年代に同じまちがいをやった.でも,ソ連は工業製品に関して国内供給でまかないつづけられるように多大な努力をしたのに対して,プーチンのロシアは原油を輸出して工業製品を輸入した――工作機械とか,採掘機器とか,コンピュータチップとか,その他もろもろの必要な製品を輸入でまかなった.今年になってウクライナに侵攻したことでいっそう厳しい経済制裁がなされると,これがプーチンにとってひどく裏目に出た.ヨーロッパやアメリカから部品や工作機械を買えなくなると,ロシアは戦場で喪失している資材を非常に補充しにくくなってしまった.

これでおしまいじゃない.プーチン体制の無力・無能ぶりは,輸入依存や目論見ハズレの戦争をはるかにこえた範囲にまで及んでる.最近になって,ロシアは軍事動員を発表した――これによってウクライナと西洋諸国を領土面での譲歩に追い込めるという目論見だった――けれど,これは完全な失策だった.毎日のように,こんな動画や記事をぼくらは目にしてる:

こういう “mobiks”たちは――哀れな野砲のエジキたちは――投入された戦場にこれといった変化をもたらせずにいる.その一方で,ウクライナの勝利はずっと続いてる

軍事面・行政面・技術産業面でのプーチンの無能ぶりは,ソ連と好対照だ.ソ連は自らの関与した戦争のかなりの割合で負けはした(1918年~21年のポーランドや1970年代のアフガニスタンがそうだったし,1939年~40年のフィンランドも負けと言っていいだろう).でも,いまのプーチンの戦いブリに比べて赤軍の方がはるかに恐るべき勢力だったのは,否定しにくい.ソ連は製造でこそ大して効率的じゃなかったけれど,自分で工作機械をつくれた.それに,宇宙ロケットや宇宙旅行技術をプーチンのロシアが発明することなんて,想像しにくい.かつての共産党だって,およそ有能さのお手本からはほど遠かったけれど,プーチン体制に比べれば,油がしっかりさされた機械のようになめらかに動作してた.

プーチンとちがって,習近平が引き継いだのは,経済成長が続いていて実力が絶好調だった国だった.その GDP はいくらか誇張されていたとはいえ,鄧小平と彼がみずから選んだ後継者の胡錦濤や江沢民は,世界屈指の経済成長を達成して,機能不全な三流国を世界の製造業の中心地に転換して見せた.その間,わずか2世代での達成だ.間違いなく,習近平はこの体制を我が意のままに手懐ける専門家だった.それどころか,来月の党大会で3期目が確約されていると予想されている.これによって,彼は毛沢東以来でもっとも力のある指導者になるはずだ.

でも,習近平が運転席についてすぐさまなにをやったかと言えば,事態をしっちゃかめっちゃかにすることだった.前任者のときはクラクラするほどの高みにあった中国の経済成長は,習近平の在任期間中に,だいたい 6% というそこそこの数字にまで徐々に下がっていった.そして,目下の景気後退でさらに大きく減速してしまっている.「中国製造2025」産業政策など,習近平がとった大きなイニシアティブによって,戦略的サプライチェーンはいくらか国内に回帰したかもしれないけれど,経済成長を再び高水準にもどすのには明らかに失敗している.中国は工業化しているけれど,いまなお中所得国だ.ということはつまり,先進国に追いつくコースには,もはや中国は乗っていない.

習近平が最初にやってしまった大失敗は,一帯一路プロジェクトだった.中国国内の契約業者に仕事を提供しつつ国外に中国の地政学的な影響を及ぼす方法として構想されたこの世界規模の巨大プロジェクトは,経済的に有用なインフラを他国に創り出すのには基本的に失敗している.「債務ばかり積み重なって」とか「投資が割に合わないじゃないか」とか「中国の労働者や企業が地元企業にとってかわってしまった」と,あちこちのホスト国は怒ってる.

でも,習近平のやらかしはこれにとどまらない.やらかしを列挙すれば,そのリストはどんどん長くなる.国内 IT 企業への無意味に厳しい処置によって,起業や投資に抑止効果が生じてしまった.恒大集団(エバーグランデ)の経営危機・債務不履行につづいて不動産の産業が崩壊するにまかせる決定を習近平が下したことも一員となって,中国は景気後退に入った.その一方で,長期的な「ゼロコロナウイルス」政策継続を頑として譲らず,これで問題を隠蔽した.また,習近平の攻撃的な「戦狼外交」や香港・ウイグル潰しは,ただ世界を敵に回すだけの結果になった.中国共産党の指導部は次にどうすればいいかよくわからないまま右往左往している.その一方で,相変わらず,習近平は自分の絶対権力を盤石にしつつ自分の個人崇拝を広めることに注力している.

世間に知れ渡りはじめる一年前から,習近平に統治能力が根本的に欠けていると予測できていたのが自分としてはうれしい――べつに,中国について深い知識があったから予測できたわけじゃなくって,単純に,虚勢を張ったムッソリーニロイドをひと目見てそれと識別したからにすぎない.さて,習近平のブランドをいくぶん損なった景気後退のあと,中国体制についてぼくより深く知ってる人たちのあいだでも,だんだんとそういう発言を言いやすくなってきている.

ともあれ,ここで,3人目の現代版ムッソリーニロイドの話題に移ろう――ドナルド・トランプだ.さいわいにも,アメリカの民主主義体制は,2020年にトランプが民主制〔選挙結果〕をひっくり返して権力を握るのを防いだ(もっとも,トランプは 2024年にまたやろうとするだろうけど).ただ,〔シンクタンクの〕「フリーダム・ハウス」みたいな組織は,トランプの権威主義的な傾向についてまったく幻想を抱いていない

また,海外のムッソリーニロイドのお仲間たちと同じく,トランプも過去の栄光をよみがえらせるのがそれほど上手くない.「海外からアメリカに製造業を回帰させる」と誓いながら,海外に雇用を流出させないように企業を説き伏せることが,トランプにはできなかった.ウィスコンシンの田舎に巨大な電子機器工場をつくると大言壮語しながら実現できなかったし,従来の税制以上に雇用・業務の海外移転を促進するだろう起業税制改革案を可決させたし,貿易戦争をはじめながらも国内回帰なんて大して実現できなかった

さいわいにも,アメリカはトランプをお払い箱にした.その点は,ロシアや中国がそれぞれのムッソリーニロイドたちを追放できずにいるのとちがう.ただ,共和党の一部には,「国民保守主義」(national conservatism) というイデオロギーでトランプの衣鉢を継ごうとしている人たちもいる.このイデオロギーのプロジェクトは,ハンガリーのムッソリーニロイド指導者オルバーン・ヴィクトルから多くのヒントを得ていて,伝統的な共和党の文化戦争と権威主義支配の崇拝とを組み合わせている.彼らの考えでは,〔差別・不公正への〕過敏さ (wokeness) がもたらす恐怖からアメリカを救うには権威主義支配が必要だということになっているんだ.

ただ,実際に国を統治するための各種計画となると,国民保守主義がもちあわせてる構想は実現待ちの災害でしかない.彼らのいちばん強力な構想は,移民流入の阻止だ.これは,民主主義的な変化を遅らせたり逆転させたりしたいという彼らの望みと合致してる.でも,アメリカ経済にとって,移民たちは欠かせない活力源だ.とくに,アメリカのハイテク産業が中国みたいなライバルたちの一歩先をいけているのは,移民たちがいるおかげだ.一方,国民民主主義は差別への過敏さをもたらす温床になっているといって言葉の上では大学を攻撃しつつ,科学研究の推進器として大学が果たしてる重要な役割は無視してる.また,国民民主主義は郊外の生活様式を擁護したがるけれど,それは,郊外を支えるインフラが財政的に持続しがたいことや密度を高める必要があることに相反している.

つまり,アメリカで権威主義体制を支持してる人たちは,もっぱら文化戦争を告発する道具として経済政策を利用したがってる.で,実のところ彼らが本当に気にかけてるのは,文化戦争の方なんだ.彼らが思うとおりのことになったらどうなるか,その結果はすばらしく予想しやすい――プーチンのロシアや習近平の中国をはじめとして,不運によってか愚かさによってかムッソリーニロイドの指導者たちに支配下におかれてしまった国々を苦しめてる機能不全や停滞が,アメリカでもいっそう増えるだろう.

ようするに,権威主義体制の支持者たちが机上では有能に統治できようとできまいと,明らかに,2020年代の具体的ないまここでは失敗しているように見える.あの国でもその国でも,権威主義的な指導者たちは,国を築きあげていく労苦よりも国内での紛争やら隣国との争いやらに夢中になっている.ソ連もや鄧小平の中国など,20世紀の権威主義国家は残虐行為を大量にやらかした.でも,少なくとも,そうした国々の一部は,強固な制度をつくりだしたり経済成長や技術進歩や軍事力強化をもたらしたりした.他方で,21世紀の権威主義者たちは絵に描いたような駄々っ子でしかない.国を築きあげていくよりも,駄々をこねる方がずっと簡単だ――実際に列車を定刻通りに運行させるようりも,ただ他人の顔をブーツで踏みにじるだけの方が簡単だ.でも,そんなものに未来はない.

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