経済学101は主に皆様の寄付によって賄われています。温かい支援をお待ちしています

ホアン・コスタ=フォント「ワクチン接種の社会的価値とインセンティブ」(2021年6月29日)

Joan Costa-Font “Social value and incentives for vaccine uptakeVOXEU, 29 June 2021

新型コロナワクチンは、個人の感染防御効果を越える大きな正の波及効果をもたらし、そのためその価値は費用を大きく上回る。しかし、こうした便益は十分な人数が2回接種を受けた場合にのみ実現するものであり、したがって政策決定者はワクチン接種忌避を緩和するための適切なインセンティブを確保する必要がある。本稿では、考えられる様々なインセンティブを検討したうえで、ワクチンを受けることによる社会からの敬意についてのナラティブを生み出すことが、広範なワクチン接種を確保するうえでの最も効果的な方法となりうると主張する。


ワクチンが接種可能であることが必ずしも広範なワクチン需要をもたらすわけではない。一定割合の人たちはワクチンを受けることを希望しないかもしれないからだ。世界保健機構(WHO)は、ワクチン忌避は2019年における世界の健康に対する脅威のトップ10のひとつであり、ワクチン忌避とワクチン受容はワクチンの社会的価値への認識がさまざまであることを意味していると発表した。とはいえ、ワクチン接種への反対の多くは宗教、哲学ないし社会政治的な理由でワクチン接種を拒否する個人や団体によってなされ (Wolfe and Sharp 2002)、パンデミックの第一波において緊急医療サービスがどれだけひっ迫していたかにも影響を受ける (Blanchard-Rohner et al. 2021)。その結果として、ワクチンの社会的な価値に関する人々の認識は、部分的には個人の選好に依存する。新型コロナワクチンの社会的価値に関する社会と個人の見積もりはどんなものだろうか、そしてワクチン接種をインセンティブ付けするにはどうすればよいだろうか。

ワクチンの社会的価値

ワクチンの社会的価値は、より広範囲の人々への感染防御効果を踏まえれば、個々人にとっての価値を上回る。実際、ワクチンは大きな正の外部性を同じ社会の人たちにもたらし、それにはワクチン未接種者も含まれる。例えば公衆医療の観点で見れば、ワクチン接種は地域が集団免疫(すなわち一定割合の人々が病気に対して免疫を持つ地点)に到達する可能性を高め、これはそれ以外の人たちにとっても感染者との接触を減らし、罹患や死亡を防ぎ、経済活動や社会生活を妨げる制約の必要性を減じるといった直接的な効果がある。

個人及び社会に対するワクチンの価値の推定は、複数の段階で個人の認識に左右される(例えばワクチンそれ自体、開発プロセス、規制当局に対する認識など)。株価とワクチン接種進展の指標に基づく複数の研究は、新型コロナ治療薬1 の価値は世界全体の資産の約5~15%であると推定している(Acharya 2021)。

新論文 (Costa-Font et al. 2021)において、私たちは新型コロナのパンデミック第一波の時期の西側4か国(アメリカ、イギリス、スペイン、イタリア)における仮想的なワクチンへの支払い意思(WTP)を明らかにしている。支払カード方式2 を用い、私たちは新型コロナワクチンの金銭換算価値(補償変分3 )をワクチンの効果や性質とは切り離して推定した。

私たちの推定は、そうしたワクチンの社会的価値がその市場価値を上回ることを示唆している。支払い意思の推定は、黙従バイアス4 を回避するため支払カード方式を用いて導き出しており、また反抗回答5 、サンプル選択バイアスによる効果のほか、政府への信頼やリスクへの暴露の影響についても検討を行った。私たちは、サンプル中の西側4か国における仮想的なワクチンの平均的な価値は、100~200米ドル(購買力平価で調整後)であることを見出した。この発見の中では、スペインとイタリアでは差が見られないが、イギリスでは高く、アメリカでは低いことが示された。結果からは、アメリカにおける支払い意思は、部分的には回答者の連邦政府への不信が原因となっていることが明らかとなった。すなわち、連邦政府を信頼している回答者は他の国と等しい支払い意思を示した。図1は、若者、裕福な人、新型コロナに感染したことがある人、子供のいる人ほど高い支払い意思を示すことを表している。アメリカの支払い意思の推定値は、ヨーロッパの国を大きく下回っている。

図1  新型コロナワクチンに対する支払い意思へ関連要因(米ドル)

ワクチン接種をインセンティブ付ける

ワクチン接種は必ずしも自己防御的な動機から行われるのではなく、より広範囲な地域を守るという社会性ある行動からなされるのかもしれない。この論理から言えば、リスク選好的で社会を思わない個人 (Betsch et al. 2013)ほどワクチン接種する可能性が低い。しかし、医療分野での社会性あるふるまいを動機付けることに関しては、そうしたふるまいが小さなインセンティブや制約の除去に非常に敏感であると分かっている(Costa-Font and Machado 2021)。Madrian (2014)は、ワクチンの社会的な限界価値を個人にとっての価値に近づけるよう、行動上の介入策と組み合わせた補助金を各個人にワクチン接種を促すナッジとして用いることを検討している。しかし彼女(Madrian)は、ワクチンを忌避し、ワクチン接種の限界費用を変化させる補助金に過敏に反応しうる個人が必ずいるだろうとしている。したがって補助金は、補助を受ける行為が補償されるべきリスクをはらむものであると見なされる場合には逆効果となってしまう。現時点で、アメリカではワクチン接種をどのようにインセンティブ付けするかの長大な例示リストが提示されており、その中には無料ビールすら含まれている。

それ以外の選択肢としては、ワクチンを義務化するというのがある。しかし、選挙投票の義務化と同様、義務的ワクチン接種(及び従わなかった人への罰金)を実施するための行政費用は非建設的なものとなりかねず、更なる敵対心と反抗心を育てることにもなりうる(言うまでもなく、政府がワクチンを社会統制の手段として用いることをもくろんでいると主張する陰謀論も)。それよりは押し付けがましくない介入方法としては、ワクチン接種を不要不急の活動へのアクセスの条件とすることだ。しかし、これは最低でもすべての人がワクチンを受ける機会を得ない限りは差別的なものとなりうる(そして例外となる活動のリストも必要になる)。そしてこれもまたワクチンの社会的な効果についての肯定的なナラティブ(語り)を構築する助けにはならないかもしれない。

ナッジを用いてワクチン接種の制約を引き下げるほかのやり方もある。ワクチン接種のための既定の時間を設けたり、ワクチン説明会などほかの活動と抱き合わせでワクチン接種を行うことなどがそれだ。ワクチンを接種しないと決めた人に後ろ指を指さないようにしつつ、ワクチン接種者への社会からの敬意を変えるないし改善することで社会的なインセンティブを呼び起こし、それによって望ましいネットワーク効果を生み出すことができる。ワクチンについてのナラティブを変え、ワクチンを拒否する個人がワクチンを接種するのが通常の選択であると理解することで状況を変えることができる。有名人がワクチン接種をして、他の人にも接種を呼びかけるのも重要だ。

最後に、ワクチン接種の主要な論点のひとつは、ワクチンがどのように個人と社会の両方に便益をもたらすかについての正しい知識と、接種による潜在的な副反応は制御可能であるはずと人々を納得させることだ。フェイクニュースに対する弱さや疑い深いソーシャルメディアへのアクセスは、まれな副反応を過大評価してその発生可能性の小ささを無視する方向(「まれな出来事のほうに道を誤る」と呼ばれる)に人々を容易に導いてしまいかねない。メディアには、平静を呼びかけてワクチンにまつわる小さなリスクを増幅しない責任とともに、ワクチンによる便益のプラスの側面やそのリスクが無視できるものであることを描き出す力がある。これには地域や地元のリーダーや労働組合といった、公衆衛生当局や一般医のような医療職を支援できるその他の社会的なステークホルダーが関わるのもよいかもしれない。

新型コロナワクチンは、個人の感染防御効果を越える大きな正の波及効果をもたらす。したがってそのためその価値は費用や個々人にとっての便益すら大きく上回る。しかし行動を促すにあたっては、インセンティブはよりふわっとしたものである必要があり、(補助金のような)従来型のインセンティブはうまくいかない可能性が高い。これは「ナッジ」や、ワクチン接種者に対する社会からの敬意を増幅させるより幅広い社会的インセンティブの設計がうまく働く地合いであるように思われる。

参考文献

●Acharya, V (2021), “The value of a cure for COVID-19: What are asset prices telling us?”, VoxEU.org. 

●Blasi, F, S Aliberti, M Mantero and S Centanni (2012), “Compliance with anti-h1n1 vaccine among healthcare workers and general population”, Clinical Microbiology and Infection 18(5): 37–41.

●Beshears, J, J J Choi, D I Laibson, B C Madrian and G I Reynolds (2016), “Vaccination rates are associated with functional proximity but not base proximity of vaccination clinics”, Medical Care 54(6): 578.

●Betsch, C, R Bohm and L Korn (2013), “Inviting free-riders or appealing to prosocial behavior? Game-theoretical reflections on communicating herd immunity in vaccine advocacy”, Health Psychology 32(9): 978–985.

●Blanchard-Rohner, G, B Caprettini, D Rohner, H-J Voth (2021), “From tragedy to hesitancy: How public health failures boosted COVID-19 vaccine scepticism”, VoxEU.org, 01 June.

●Costa-Font, J, C Rudisill, S Harrison and L Salmasi (2021), “The Social Value of a SARS-CoV-2 Vaccine: Willingness to Pay Estimates from Four Western Countries”, IZA Working Paper 14475.

●Costa-Font, J and S Machado (2021), “How can policy interventions encourage pro-social behaviours in the health system?”, LSE Public Policy Review 1(3).

●Madrian, B C (2014), “Applying insights from behavioral economics to policy design”, Annual Review of Economics 6(1): 663-688.

●Thomson, A, K Robinson and G Vall´ee-Tourangeau (2016), “The 5as: A practical taxonomy for the determinants of vaccine uptake”, Vaccine 34(8): 1018–1024.

  1. 訳注;原語は”cure”。参照されている論文では医療的な観点ではワクチンと治療薬は大きく異なるとしつつも、パンデミックの終焉をもたらす何らかのものという意味で同義に用いるとしており、(参照論文の著者の前提が疫学的に妥当かはともかく)ここではワクチンの価値と読み替えてよい。 []
  2. 訳注;一定範囲の提示額の集合を示した上で、被験者が支払ってもよいと考える最大の金額を選択する方式。 []
  3. 訳注;ある便益を受けるために支払ってもよいと考える最大の価値 []
  4. 訳注;はい/いいえ式の質問をされると、本当はそう思ってなくても肯定的な返事を返してしまうバイアス。 []
  5. 訳注;金銭的な価値づけに対する拒否感等から、回答をゼロにしたり拒否したりすること。 []

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください