Paul Krugman, “Free Markets Are Not Always the Best Medicine,” May 23, 2014.
[“Faith-based Freaks,” The Conscience of a Liberal, May 16, 2014.]
自由市場がいつでも最良の処方ってわけじゃない
by ポール・クルーグマン
新しく出たスティーヴン・ダブナーとの共著『ヤバい思考法』(Think Like a Freak) で,スティーヴン・レヴィットがこんなことを書いている.イギリス首相デイヴィッド・キャメロンに,国民保健サービスをつぶして市場の魔法に保健問題を任せちゃった方がいいですよとレヴィットは語ったんだそうだ.これでレヴィットはお利口ぶりを発揮したつもりだった.ところが,あれれ,キャメロン氏はべつに感銘を受けなかった.
ここで起きてることはいくつかあると思う.1つは,レヴィットに固有の,または『ヤバい経済学』に固有のことだ:「頭がいいヤツならどんな主題でもヒョイととりあげてパパッと料理できる」「そうやってサクッとやってみせた断定も専門家の主張に匹敵する」という信念がそこにはある.覚えてるかな,レヴィット氏はこれを前作『超ヤバい経済学』でもやっている.「太陽光パネルは黒い(厳密にはちがうんだけど),だから熱を吸収して地球温暖化を悪化させてしまう」みたいな断定を,聡明な判断のつもりで言っていた.
というわけで,大勢の医療経済学者がやってる研究に――もっと言えば,経済学者ケン・アローの洞察に――いちいち注意を払う必要はないとレヴィットが考えて,「ねえねえ,ここで市場を信頼しない理由なんかないでしょ」と言ってのけるのも,至極当然な話なわけだ.他にも,信念だけによりかかった自由市場原理主義がまた息を吹き返してる様子はあれこれと見うけられる.
これについてはこのあとすぐ書くとして,この7年間で世界に起きたことをまるっきり無視して「市場はいつでもいちばんよく知ってる」って考えに舞い戻ろうとする試みの徴候を,このところいくつか目にしてる.「ほらほら,解決法はいつだって希少な資源の配分方法なんだよ(失業者だのゼロ金利だのは知ったこっちゃないっすね).それに,市場価格が間違ってるなんて想像するやつがいるのはどういうわけですかね(バブル?知らんがな)」ってわけだ.
こうしたことすべての根っこにあるのは,方法論の問題だ.経済学者が愛してやまない完全競争モデルは,どう使うべきなんだろう? もちろん,あれはモデルにすぎない.それに,土台にある過程が事実とちがうのもみんなご存じのとおりだ.ミルトン・フリードマンがこんな発言を残してる――モデルがすぐれた予測をするかぎりそういうことは問題にならない,ですって.ところどっこい,これはけっこうな問題だったりする.〔モデルの基礎においてる〕いろんな仮定が事実かどうかも大事だって主張には,まっとうな理由があるのよ.
ただ,間違いなくみんながやっちゃいけないことが1つある――フリードマンすらこう言っただろうし,少なくともこう言うべきではあった――それは,ダメダメな予測ばかりもたらす理想化された自由市場モデルにしがみつくことだ.
医療問題の場合,みんなが知ってるように,自由市場の最適性の背後にある仮定はものすごく事実と食い違ってる.もしかすると――そう,もしかすると――それでもなお,自由市場が医療の場合にも実地にうまく機能してるなら,医療を通常の市場で取引することだって正当化できるかもしれないね.でも,うまく機能しちゃいないんだよ!〔グラフ参照:右上にある点がアメリカを示す〕 アメリカでは,〔主要先進国で〕ただ1国だけ民営制度をやっていて,ただ1国だけ高くついてる.その一方で,医療の品質を示す指標は全体として,アメリカが質の面で優位にあるなんて示してはいない.これに照らしてみれば,「医療分野で民間市場はひどいはたらきをする」って命題は経験に裏付けられていることが証拠からしっかりと見て取れる.
この証拠を却下するっていうなら――靴にかぎらず外科手術でも市場はうまく機能するにちがいないんだって言い張るなら――こう問わなくちゃいけない:いったいどんなことがあった場合に,自由市場原理主義は疑わしいってことになるの? これを問わないんだったら,そいつはたんに純粋な信念を吹聴してるだけだ.
© The New York Times News Service
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【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する
医療は別問題
by ショーン・トレイナー
経済学者スティーヴン・レヴィットとジャーナリストのスティーヴン・ダブナーによる最新刊『ヤバい思考法』に,こんな一幕が描写されている.2010年にデイヴィッド・キャメロンと著者たちが会った時の様子だ.当時,キャメロンはイギリス首相に就任する直前だった.ベストセラーの『ヤバい経済学』でよく知られる著者たちは,こう提案した――イギリスは市場に基づく医療制度を採用すべきですよ.ところが,キャメロン氏は彼らの助言にはしたがわなかった.
市場に基づく医療制度は,現行制度の真逆にあたる.いまは,税金を財源として,イギリス国民に大半の医療サービスを無料で提供している.国民保健サービスは国民から広く支持されているし,その成果と効率は国際基準で高いランクにある.
「医療には感情が強く結びついているから」――とレヴィットとダブナーの両氏は記している――「医療も経済の他の事柄とだいたい似たようなもんだって考えるのは,難しいかもしれないね.でも,イギリスがとってるような制度のもとでは,個人が出かけていって必要なサービスをほぼなんでも受けられて,しかも,実際のコストが100ポンドだろうと10万ポンドだろうと当人の払う額がほぼゼロに近いなんてことが見られる経済分野は,実質的に医療ただひとつなんだよ.」 著者たちはキャメロン氏に,この制度はムダが多いと説いた.医療に必要な「店頭表示価格」〔実際のコスト〕を請求されるなら受けないはずの医療サービスまで人々が消費してしまう見込みが高いから,というのがその理由だ.
今月になって同書が刊行されてから,医療に関するこの著者たちの主張を否定するアナリストもちらほらでてきている.『ザ・ウィーク』誌の経済記者ジョン・アジズは,ノーベル賞経済学者ケネス・アローの主張を引いて,こう解説している.「医療は他の市場と大きく異なっている.(…)心臓移植を受けようというときには,車を選ぶときみたいに.かんたんにあちこち回って最良の価格と品質を品定めできるわけではないのだ.」
© The New York Times News Service
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