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ポール・クルーグマン「間違いを認めることって大事よ」

Paul Krugman, “The Importance of Admitting Error,” Krugman & Co., June 27, 2014.
[“Wrongness, OK and Not,” The Conscience of a Liberal, June 13, 2014]


間違いを認めることって大事よ

by ポール・クルーグマン

Luke Tchalenko/The New York Times Syndicate

Luke Tchalenko/The New York Times Syndicate

『ブルームバーグ』のコラムニスト,バリー・リソルツが自分の金融ブログ Big Picture でいい記事を書いてる.最近のコラムでやってしまった間違い(ぜんぜん根本的な間違いじゃあない)を認めつつ,なにか間違いをやってしまったときにどう対処すべきか論じてる――誰だって間違いはやらかすもんだからね.ぼくなら,「やらかした間違いはなくしようがない」とでも付け加えたい.これについては前に書いたことがある.でも,この要点を言い表すのにいくぶん新しい方法があるかもしれない.

いま,なにか予測を立てているところだとしよう――世の中の仕組みについて主張するなら,必ず,言外にであってもなにかを予測することになる.そうじゃないなら,なにも言ってないのと同じだ.この予測はなんらかのモデルから出てくる――「ぼくはモデルなんかもちあわせてないぞ」って思ってるなら,自分をごまかしてる.それに,モデルなんか使ってないと思い込んでると,そのせいでキミのモデルはろくでもないものになっちゃう.

議論のために,キミのモデルはこんなかたちをとってるとしよう:

y = a + b * x + u

この式で,予測してる対象は y で,x はなんらかの説明変数,a と b はパラメタ,そして u はランダムなものを表す(必ずしもほんとにランダムじゃなくて,ただ,キミのモデルには含まれてないものを表してる).この最後の項が重要だ:誰も,そして誰のモデルも,物事をすみずみまで余さずとらえてはいないんだ.

さて,y に関するキミの予測が大外れに終わったとしよう.そこから何がわかるだろう?

たんに,よく車のステッカーに書いてあるように,「起こるときには起こるもの」ってことかもしれない.株価のランダムな動きがあったのかもしれない.あるいは,もっと言えばキミの説明変数がこちらの予想通りにならなかったのかもしれない.でも,それだけでなく,キミが土台にすえてるモデルがまるっきり間違っていて,考え直す必要があるのかもしれない.

ここが大事なところだ:長く生きていれば,どちらの間違いもやらかすことになるだろう.問題は,とっておくか捨てるか――基本的な説明をあくまで保持しておくか,それとも,その説明が間違ってると認識するかだ.

4つ具体例を挙げよう.どれも,ぼくがやらかしてきた失敗歴から引いてきた.

1つ目.これは1990年代中盤の昔話だ.当時,ぼくは IT によって生産性が急上昇するって主張にものすごく懐疑的だった.で,ぼくは間違っていた:生産性はほんとに急上昇していた.もっとも,やがてしぼんでいったけどね.これは,どっちの種類の間違いだろう?

答えは,「根本的なものじゃない」だ.世の中の仕組みに関するぼくのモデルは,生産性急上昇をまったく排除していなかった――たんに,自分の視野に入ってきてるものの判断をぼくが間違っていたんだ.ただ,ここで1つ学んだことがある.このときから,公式の数字に入っていないグチャグチャしたものを,前よりも真剣に受け止めるようになった.

2つ目.2003年に,ぼくはアメリカの金融危機について警告した.その数年前にアジアでおきた危機にいくぶん似た,無責任財政による金融危機を警告した.これは,いまのぼくの考えでは,根本的なまちがいだった:自国通貨で借り入れる国は,そうでない国で起こるようなリスクに直面しない.この点を間違ったとき,ぼくが心底イヤな気分を味わったのは,ぼくじしんの分析がまさにそれをぼくに教えようとしてくれてたってことだ.アジア危機については,ずいぶんと研究していた.そのときのモデルは,外国通貨債務とバランスシート効果に決定的に依拠していた.でも,ぼくはその分析を脇にやって,直感にしたがってしまった.これは,ほぼいつでもマズイ考えだ.

というわけで,これはモデル化にあたっての根本的な間違いで,見解の大幅修正が必要になった――で,そうしたの.

3つ目.ぼくは2010年から2012年にかけて,ユーロ圏の崩壊をものすごく心配していた.で,このとき,ぼくは根本的な欠陥をもったモデルを使っていた.でも,欠陥はぼくの経済モデルにあったわけじゃない.そっちはかなりうまく機能してくれた.でも,暗黙のセイジモデルには欠陥があったんだ:ぼくは,欧州のエリートたちのインセンティブを正しく理解し損なったし,債務国と欧州中央銀行の両方で,エリートたちが完全な分裂をさけるためになんでもやろうとする意欲を正しくつかみそこなった.

最後,4つ目.いまのイギリスは,ぼくの予想を大きく上回る成長をみせている.「根本的なモデルの欠陥じゃないの?」 いや,そうは思わないな.経済学者サイモン・レン=ルイスがこのまえ指摘しているように,この上昇が起こる前に,デイヴィッド・キャメロン首相の政権は本質的に財政緊縮政策をやめている.つまり,ぼくの方程式で例の “x” がやるはずだったことをやってないわけだ.それに加えて,民間貯蓄も減少していた.これはときどき起こることだ.要点は,イギリスの経済成長が標準的なケインジアン・モデルが予測するはずの状態から現に外れているといっても,それは通常の「たまにはそういうこともある」タイプの変異から逸脱してはいないってこと.ここには,枠組みの大幅修正を正当化するものはなにもない.

というわけで,人はときに間違うことがあるし,その理由を探り出すべく最善をつくす必要がある.もちろん,そのときにぜったいやるべきじゃないのは,言い訳をしてみたり,自分が言ったことを言わなかったことにしちゃうことだ.

© The New York Times News Service


Comments

  1. 「土台にすてる」は「すえる」?「してる」?
    「この間違いで・・・」の「間違い」が直前の文を指していると誤解されないように何か工夫をしたほうがいいのでは。

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